魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #08 全ては“勝利”の為にっ!

 

 

 

 

 

 

 市役所屋上――――そこではピーターが一人佇んでいた。足元には袋詰めの小さなキュゥべえが居る。

 前方の(へり)の方から、スタッ、スタッと二つの足音と同時に、魔法少女が姿を現した。

 ――――環いろはと、朝香美代だ。

 まさか、短期間で『答え』に辿り着いたのか、それとも――――

 

「おかえりなさい、二人共」

 

 にこりと、笑みを浮かべて迎えるピーターだが、その瞳は鋭利な眼光を放っていた。

 

「帰ってきたってことは、降参ってことでいいのかしら」

 

「いいえ」

 

 即座に美代が否定。次いでいろはが告げる。

 

「私達は『勝つ為に』、ここに戻ってきたんです」

 

 はっきりとした口調と、表情からは一片の迷いは無い。ピーターは笑みを浮かべたまま、いろはの方を注視する。

 

「みたまさんから最後のキーワードを貰って、答えに辿り着きました」

 

 ここがドローンの着陸地点ですね? と問いかけると、ピーターは観念した様に、ふう、と溜息を吐いた。

 そして、パチパチと、小さな拍手を送った。

 

「正解よ」

 

 よもや、ここまで早く見つけ出すとは思えなかった。やはりこの少女は只者では無い。

 みたまも、さぞや驚いた事だろう――――そう考えると、自然と笑みが顔に浮かんだ。

 しかし、

 

「でも、やっちゃんはどうするの?」

 

 まだ終わりではない。七海やちよを足止めしなければ確実にこの場所で衝突する事になる。

 それを暗に込めて問いかけるが、いろはと美代の顔から自信は崩れない。既に対策済みの様だ。

 

「鶴乃さんって人にお願いして、足止めして貰っています」

 

 『鶴乃』――――その名を聞いて、ギョッと目を見開くピーター。いろはの策は、ある意味、禁じ手である。

 

「あっちの方で、野蛮な展開にならない事を祈るばかりね……」

 

「怪我しないようにって、伝えているから、多分、大丈夫だと思いますけど……」

 

 呆然としながら、心配そうにボヤくピーター。鶴乃とやちよがぶつかれば、ゲームどころでは済まなくなる可能性が有る。

 二人の因縁を余り知らないいろはは、苦笑いを返すしかない。

 

「いろはくん、ドローンですな!」

 

「!!」

 

 と、そこで美代が声を張り上げた。慌てて振り向くと、美代が注視していた前方の上空に小さな黒い飛行物体が見えた。

 ――――バラバラと、プロペラが旋回する様な音が聞こえて間違いない、と断定する。

 同時に、全身を電撃が走った!

 

「美代さん……っ!」

 

「承知しておりますな……っ!」

 

 二人の顔に緊張が走る。プレッシャーが錘となって胃の中に落とし込まれた。

 横並びになると、互いに武器を召喚。いろはの右手首にはボウガンが装着され、美代は、護符を手の中に出現させると、強く握り締める。

 二人は、臨戦態勢を構えると、電撃の発生源を、じっと待つ。

 

 

「まさか、スタート地点だったなんてね」

 

 

 ――――やがて、ドローンが来るよりも早く、その人物は、屋上に足を付けた。

 

「完全に盲点だったわ」

 

 ピーターさんにしてやられたわね。と呟く彼女の声は鈴の様に綺麗でか細いが、揺るぎない闘志が存分に込められていた。

 

「七海部長さん……っ!」 

 

 ゲーム前に彼女に痛めつけられた記憶がフッと過り、恐怖で視界が揺れ始めた。

 

(でも……!)

 

 だが、今は一人では無い。隣に美代もいるのだ、とそう思う事でなんとか視界の揺れを抑えつつ、やちよの姿を中心に焦点を合わせる。

 

「自分の力では無く、街の魔法少女で足止めなんて、随分卑怯な手を使うのね」

 

 これはどちらの策かしら――――と、睨みつけてくるやちよ。その絶対零度の眼差しにいろははウッと息を飲む。

 

「……っ!」

 

「このゲームにそんなルールはありませぬ。故に、卑怯ではありませぬ」

 

 たじろぐいろはの隣で、美代が即座に反論。

 

「ただ、鶴乃くんが突破された事が……信じられませぬ。一体、どんな秘術を?」

 

「それはね――――」

 

 やちよは淡々と説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は、少し遡る――――

 

「しゃっ……(シャ)アアアアア!!」

 

 掛け声と同時に鶴乃が、やちよに更なる追撃を加える。

 両腕を広げると、右腰をグッと捻ってから旋回!! 遠心力を伴って威力が倍加した紅蓮の扇をやちよに叩きつける。

 

「く……っ!!」

 

 先端で受け止めるやちよだが、その表情は苦々しい。鶴乃の攻撃は一つ一つが重く、受け止める度に両腕の骨にまで衝撃が走ってくる。

 加えて素早い上に、苛烈!! これ以上は長く持ちこたえられそうにない。何処かで隙を見つけて、早めに勝負を付けなくては――――!

 

(ふん)っ!!」

 

「っ!?」

 

 そう思った矢先に、両腕がフッと軽くなった。

 鶴乃が攻撃した際に、自動的に下になった左手の扇を一思いに振り上げて、自身の槍を弾き飛ばしたのだ。

 

(ふーん)っ!!」

 

 驚愕に目を見開く間も無かった。隙有りと判断した鶴乃の蹴りが飛んでくる! 咄嗟にガードするやちよ。

 

(上と下はガードしたみたいだけど……)

 

 蹴りを飛ばしながら鶴乃はその姿勢を注視。右肘を折り曲げて上腕で頭部を、右膝を高く上げて下段を護っている。

 

(ボディがガラ空き!!)

 

 方向性が決まった! グンッと足を伸ばす。鋭い爪先がガードの薄い腹部へと――――

 

「っ!?」

 

 突き刺さることは叶わなかった。寸前で本能が危険を察知して、鶴乃は足を引っ込める。

 

(『蹴り足挟み殺し』かっ!?)

 

 やちよの体勢をもう一度注視する鶴乃。単なる防御の様に見えて、実は攻撃の構えで有った事に気付いた。

 それは空手の高等防御法――――上段と下段をガードし、ボディは全くのガラ空きだと相手に思わせて、蹴りや拳をそこに誘い込む。そして、直撃する寸前で、肘と膝で挟み込んで押し潰すという、難易度の高い技だ。

 今さっき蹴り飛ばした足は、後少しで、肘と膝の間に入るところだった。危ない。自分の勘の良さに感謝する――――

 

「っ!?」

 

 間もない。攻撃を止めてしまった事が隙になった。一気にやちよが肉薄してくると、右手の掌底が、顔面に迫る!

 咄嗟に顔を横に傾けて回避するが、胸ぐらを左手に掴まれた。

 

「やばっ!!」

 

 次いで右手も胸ぐらを掴んでくる。これは拙い、と思い、抵抗するべくその手を掴もうとする鶴乃だったが――――それよりも早くやちよは一本背負いの要領で鶴乃を後ろに投げ飛ばした!!

 そのまま、背中から木に直撃!!

 バァンッ! と手榴弾が弾けるような爆裂音が響いたと思うと、次の瞬間には、木の幹がメキメキと音を立てて――――根本からポッキリと折れた。

 ドスンッ! と音を立てて、地面に横たわる。

 鶴乃も合わせる様に、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「……くそっ!」

 

 背中を強かに叩きつけられた事で、全身に痺れが走る。

 思わず毒づく鶴乃だが、両手を地面に付いて、なんとか立ち上ろうと身体を起こすが、

 

「……もう済んだ(・・・)ことよ」

 

「っ!」

 

 直後、そのザマを、冷ややかに見下ろすやちよから、鋭利な言葉が飛んできた。

 耳に突き刺さった途端、鶴乃の動きが、止まる。

 

「私を倒した所で、意味は無い」

 

「……っ!!」

 

 やちよは平然と近づくと、槍を拾い上げて、淡々と告げる。

 その酷薄に満ちた言動と態度が、鶴乃の怒りを更に湧き上がらせた。ギリギリと歯軋りすると、キッと強い眼差しを向けて、訴える!!

 

「無くは無いッ!!」

 

 そう叫んで見開いた瞳の奥の闘志は、未だ衰えずに激しく燃え上がっていた。

 やちよの顔は一切の感情を削ぎ落とした様に凍り付いていたが、瞳はじっと鶴乃の顔を捉えている様だった。

 

「あの時……わたしは……商店街を守れなかった」

 

 両手に精一杯の力を込めて、なんとか身体を起こす鶴乃。

 

「自分の事に手一杯で……ようやく抗う力を手にした時には、もう全部、終わってた……」

 

 言ってから、当時に味わった悔しさが猛烈に頭を叩きつけてきた。ギュッと握り締めた拳が、震える。

 

「止むを得ず店を畳んだ人、商店街を去ってしまった人、諦めて家族の元へ帰った人を、たっくさん見てきた……」

 

 その灼熱の眼差しには、最大級の怒りが込められていた。しかし、やちよの凍てついた表情は全く溶ける素振りも見せない。

 能面のまま、何も言わずに、鶴乃の言葉を聞いている。

 

「みんな優しかった……暖かくて良い人達だった!!」

 

 だが、瞳を通して放たれた鶴乃の熱は、やちよにじわじわと伝わっていた。

 お前たちはそれを消し去ろうとしたのだと、商店街から日溜まりを奪ったのだと――――籠められていた。

 やちよの額に一筋の汗が垂れる。気圧されたのか、半歩、足が退いていた。

 

 

「あの時の後悔を二度としたくないし、もう誰にも味わわせたくない!!」

 

 

「っ!!」

 

 その言葉に、やちよは息を飲む。能面だった表情が驚愕に染められた。

 当然であろう、何せ鶴乃の今の言葉は――――先ほど自分が美代に告げたものと全く同じ(・・・・)『決意』だったのだから――――!

 鶴乃は更に灼熱を吐き続ける。

 

「確かに過ぎ去ったことかもしんないけど……今も、商店街の皆は怯えてる!! 市が、あんたたち治安維持部が……いつか、本格的に此処を潰しに掛かるかもしれないって!!」 

 

 だから、わたしは――――!!

 

 鶴乃はそう付け加えると、全身に紅蓮を纏わせる。

 

「絶対に、あんたを倒すっ!! そうすれば、神浜市“最強”の魔法少女はわたしだ!!」

 

 ジリジリと、滲み寄る鶴乃。一歩進む度に、足元の草花が焼き尽くされて、プスプスと硝煙を漂わせる。

 

「商店街の皆にとっての“英雄”になれるっ!! みんなが希望を持ってくれる!!」

 

 そこで、両膝をグッと屈めると――――勢いよく飛んだ!! 業火を纏わえた鉄拳がやちよの顔面に迫る。

 

「みんなが、安心して暮らせる様になるんだああああああああああ!!」

 

「くぅっ!!」

 

 やちよが咄嗟に反復横跳びの要領で避ける! 背後の木に紅蓮の拳が衝突した!!

 瞬間――――やちよが思わず瞠目する様な光景が映り込む。

 木の下半分が、弾け飛んだ。

 支えを失った上半分が、まるで蹴られた空き缶の様にクルクルと回転しながら遥か彼方へと飛んでいく。

 

「……」

 

「思い知れ七海やちよ!!」

 

「っ!!」

 

 呆然と眺めていたやちよだったが、即座に怒号が飛んできて、ハッと振り向くと――――既に鶴乃の右拳が迫っていた!!

 

「これは川野のばあちゃんの分だああああああああああああ!!!!」

 

 もう避けられない! そう思ったやちよは頭から『逃避』の二次を消し去った。

 覚悟を決めて顔を顰める。鶴乃に一歩足を踏み込むと――――掌底!!

 

「なあっ!?」

 

 それが右肩に叩き込まれたせいで、鶴乃の拳がやちよの眼前で止まった!

 まさかこんな形で攻撃を止められるとは思ってなかった鶴乃の顔が、驚愕に染まる。

 隙有りと見たやちよは、身体を屈めて足払い。見事に足元を掬われた鶴乃は空中でひっくり返り、背中から地面に転げ落ちる。

 その間にやちよは、バックステップで2m程距離を置いた。

 

「くうっ……まだまだだあああああ!!」

 

 だが、即座に立ち上がると、猛烈な勢いでやちよに突進する。

 

「…………」

 

 だが、彼女は構えていた槍の先端をスッと下に向けると、同時に臨戦態勢を解いた。

 その姿に、鶴乃が目を見開く。

 相手が明確な攻撃の意図を持って迫っているのにも関わらず――――彼女はゆったりとした動作で、地面に槍を寝かせると、自分もまた両膝を地面に下ろした。

 

「……ッ!!」

 

 異様に不可解な行動に愕然となった鶴乃は、彼女の眼前で思わず足を止めた。

 綺麗な正座の姿勢を取るやちよの表情は能面で、その行動の意図が伺いしれない。だが、何か意を決した様にも見えて――――

 

 そう思った瞬間、やちよが自身に向けて、深々と上半身を倒した。

 

「あっ!? えっ!? ええっ!?」

 

 先程まで死闘を繰り広げていた相手が、突然戦いを止めて、土下座――――!?

 全く理解出来なかった。鶴乃は困惑して、素っ頓狂な声を挙げ続ける。

 

「『鶴』……いえ、由比(ゆい)鶴乃さん、お願いが有ります」

 

 地面に付くぐらいに頭を下ろしたやちよが、静かに丁寧な言葉を発する。鶴乃が目を細めた。

 

「何っ!? 降参して、見逃してもらおうって訳!?」

 

「いえ、降参はしない。でも、見逃して欲しい」

 

「はあっ!?」

 

 僅かに頭を上げて、そんな事を言うやちよ。鶴乃がそう驚くのも当然の反応と言えた。

 

「お願いします」

 

 グッと頭を下げるやちよ。だが、鶴乃の怒りは収まらない。

 

「ふざけるなっ!! 承諾できる訳ないでしょっ!?」

 

 睨み下ろして怒声を張り上げるが、やちよの姿勢は変わらない。

 

 

「誤ちを繰り返したくないのは、私も同じです……!」

 

 

「っ!」

 

 静かに返された言葉に、鶴乃はハッとなる。

 

「お願いします……っ! 行かしてください……っ!」

 

 頭を地面に擦りつけながら懇願するやちよ。鶴乃は、じっとその姿を見つめている。

 どこかで見覚えのある姿に見えてならなかった。

 これは――――

 

「このままだと、一人の魔法少女が、神浜に縛り付けられてしまう……っ!」

 

 考えていると、やちよから震えた声が飛んできた。

 

「……だから?」

 

「最悪、死ぬことになるかもしれない……っ!」

 

「あんたに……っ!」

 

 ギリッと音が出るくらい、歯を噛みしめる鶴乃。握り締めた両手の拳がワナワナと震えている。

 

「人の心配をする資格が有るっていうの……っ!? お爺ちゃんの店を潰そうとして……仲間を二人も死なせて……相棒とも喧嘩別れした……あんたが……っ!!」

 

 鶴乃の声は未だに怒りに満ちていた。やちよの下げたままの顔が、苦々しく歪む。

 

 ――――やはり駄目だったか。

 

 自分と彼女は似ている。同じ思いを抱えて、貫こうとしている。

 だから、理解してもらえるかもしれないと希望を抱いたのだが……。

 諦め掛けるやちよだったが――――

 

 

「…………分かった」

 

 

 時間にして5分程間を置かれてから――――鶴乃の口からそんな言葉が呟かれた。

 

「!」

 

 バッと、顔を上げる。

 

「……行ってよ」

 

 見上げた先の鶴乃の頭上には陽が刺しており、逆光のせいで顔が影に覆われてしまっていて伺えない。

 だが、やちよは気付いた。鶴乃の声色は静かだが、一片も怒りは含まれていなかった事に。

 

「……止めなきゃなんでしょ。だったら……さっさと行けばいいじゃない……」

 

 透き通った声色を聴きながら、やちよは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ありがとうございます」

 

 ペコリと、背筋を直角に曲げて、礼儀正しくお辞儀するやちよ。

 そして、上体を起こすと、鶴乃に背を向ける。

 

 

「恩に着るわ」

 

 

 最後に、それだけ伝えてから、走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

 

 やちよの話はそれで終わりだ。舞台は再び市役所屋上へと戻る。

 話の全てを聞き終えたいろはの顔は、複雑に歪んでいた。まさか、二人の間にここまで根深いものが存在していたなんて思いもよらなかったのだ。

 そう思うと、やちよ、鶴乃双方に申し訳ない気持ちが芽生えてきた。

 

「あとで、万々歳に寄ってあげなくっちゃね」

 

 話し疲れたのか、ふう、と溜息を吐くやちよ。

 

「鶴乃さんとは、過去に一体何が……?」

 

「教えてあげるわ」

 

 私に勝てばね、と言った瞬間――――やちよの眼光が蒼く光る。同時に姿がフッと消えた。

 

「え?」

 

 目を丸くして呆気に取られるいろはだが、

 

「いろはくん、上ですな!」

 

「!!」

 

 直ぐに美代の声が耳朶を叩いた。

 刹那、頭上に気配。見上げると――――自分達を飛び越えているやちよの姿が有った。

 彼女はそのまま、驚愕する二人の真後ろに着地、既に100m先に着陸を終えたドローンに向かって、直進!

 

「美代さん!」

 

 やちよをなんとしても止めなくては。

 振り向き、右手首に装着したボウガンを構えると、隣の美代に声を掛ける。

 

「承知っ!!」

 

 美代も両手いっぱいの護符を握り締めると、威勢よく返事をした。

 闘志を滾らせた二人の瞳が、やちよの背中を睨み据える。

 

「っ!!」

 

 バシュッと何かが発射する音が響いた。

 やちよが後ろを振り向くと、一本の矢が迫ってくる。咄嗟に槍を構えて身構えるやちよだが、それは彼女の脇を横切ってしまう。

 

(狙いが甘いわね……っ!)

 

 そう思ってると二度目の発射音。今度の矢は、正確に自分に迫ってくる。

 先端に美代の護符が刺さっているのが気になったが、やちよは槍を横振りして――――カンッ!と、弾き飛ばした。

 直後、護符から煙幕が発生!!

 やちよの全身が白い煙に包まれる。

 

(なるほど。私の視界を遮って混乱させようって訳ね……でも)

 

 これでは、いろは達も自分の姿が見えない筈だ。白煙はどんどん広がりを増していくので、向こうも狙いを定めるのが難しい筈。それに、自分はドローンの位置も特定している、

 よって、この攻撃は全くの無意味――――

 

「っ!?」

 

 に思われた瞬間――――やちよの顔が驚愕に染まる。

 前方を覆う白煙の一部が揺らいだかと思うと……いろはの矢が飛んできた! 明後日の方向ではなく、正確に、自分に向かって!!

 くっ、と苦い顔を浮かべて槍の先端で弾き飛ばすやちよ。

 

(まぐれ? それにしては……)

 

 思考する間もなく白煙から次々といろはの矢が飛んでくる。狙いが定まっていた。やちよは槍を旋回して、尽く弾き飛ばす。

 いずれの矢の先端にも護符が突き刺さっており、弾く度に白煙が発生して、視界がどんどん遮られていく。その都度、槍を振って先端で切り払い、視野を広げる。

 一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 

 

 一方、いろははというと……

 

 

 

「いろはくん、11時の方向ですな!」

 

「はい!」

 

 直径10mにも広がる白煙。やちよの姿なんて二人の目には全く確認できない。

 しかし、美代にはやちよの居場所が分かっていた(・・・・・・)。白煙のある一方を見つめて、隣のいろはに指示を出す。

 

「その角度で、右に微調整しつつ連射ですな!」

 

「はい!」

 

 バシュッバシュッ! とボウガンから矢を連射するいろは。

 ――――最初は、同じ魔法少女を傷つけてしまうかもしれない、と躊躇いを見せた彼女だったが、そこで美代がアドバイスをくれた。

 今、彼女が飛ばしている矢は、対象に当たっても刺さる事は無い。但し、確実にダメージを与える特殊なものだ。

 

 

 

 ――――一方、やちよは……

 

 

 

 

「どうして……!?」

 

 弾き飛ばしながら思案していた。いろはは正確に自分の位置が分かっている、そのカラクリを。

 

「もしかして……!?」

 

 ふと、ある事に勘付いた。

 先程、鶴乃が襲撃した時も、どうして彼女が自分の位置を特定できたのか気になった。

 そういえば、戦っている最中どうも、踏み込んだ時に力が上手く入らなかった事を思い出し――――鶴乃と分かれた後、靴底を確認すると、有った。

 美代の護符――『発』と表記されていた――だ。クラウチングスタートの姿勢を取った時に、貼り付けられたのかもしれない。恐らくこれを発進機代わりにしていたのだろう、とやちよは推測。

 すぐに剥がして、バラバラに破り捨てた筈だったのに――――

 

「まだどこかに、貼ってあるっていうの……!?」

 

 ヒュンヒュン飛んでくる矢を槍で弾き、或いは躱しながら、自分の身体中に目を回す。

 そこでふと、股下が気になった。上体を倒して両足の間を覗き込むと――――

 

「あった……!」

 

 スカートの内側に、美代の護符が一枚、ペタリと貼り付けられていた!

 なんという不覚! やちよは苦々しい表情を浮かべると、即座にひっぺがして槍の先端でひと思いに切り裂いた。

 途端に、白煙越しに飛んでくる矢は正確性を失い、明後日の方向へ向かっていく。

 

「よし、これで――――!」

 

 私の“勝ち”だ――――そう確信したやちよは、後ろに振り向くと同時に槍を振って白煙を切り開いた。

 視界を明確にしながらドローンの方へと、一心に走る!

 

「っ!?」

 

 が、ドローンの着陸地点に辿り着いた瞬間――――やちよの顔が驚愕に染まった。

 

「無い……? 一体、どういうこと?」

 

 心底困惑に満ちた様子で、誰にでも無く独りごちる。

 それもその筈、着陸地点と捉えていた場所から、ドローンの姿が忽然と消えているのだ。

 

 

「オーライ、オーライですな~~!!」

 

 

 刹那――――背後から美代の声がして、ハッと振り向いた。

 同時に、プロペラの回転音が聞こえてきて、ギョッとなる。慌ててやちよは、音の方向へと直進!! 白煙を切り払うと、その光景がはっきりと確認できた。

 

「っ!!」

 

 思わず口を開けて呆然と見つめてしまうやちよ。

 白煙の先に映ったのは……あろうことか、ドローンを操作して、自分の元へ引き寄せようとする美代の姿だった。

 彼女の手元にあるのは、ピーターのスマホではなく、一枚の護符。それを指でなぞってドローンを動かしている。

 

(まさか……っ!!)

 

 やちよは目を細める。

 ――――一番最初にいろはが飛ばしてきた矢は、自分を外れた。いや、正確には、狙いは自分では無かったのだと確信した。

 

(よく見なかったけど、あれにも美代さんの護符が付いていたとしたら……!)

 

 一番最初の矢の狙いは、ドローンだった。

 自分の脇を通過したものが、それに直撃して、美代の護符――『操』――を貼り付けたのだ。

 

(小賢しい真似を……!)

 

 狐の様に細められた瞳が、研ぎ澄まされた刃物の様な光を瞬く。

 眉間に皺がグッと寄った。やちよの顔にじわじわと、怒りの感情が表現されていく。

 よもや、他所から来た新顔と、治安維持部で無い魔法少女にここまで手を焼くとは思わなかった。

 部長としてのプライドが傷つけられた気がして、腹立たしい。

 自然と、槍を握りしめる手に力が籠められた。あまりの力強さに槍がミシミシと静かに悲鳴を上げている。

 

 刹那――――やちよはバッと飛び出した!!

 

「オーライ、オーラ……っ!?」

 

 上空を舞うドローンが美代の真上で静止して、ゆっくりと降下を始めた矢先だった。

 ――――殺気がして、美代の身体がブルリと震える!

 咄嗟に前方に目を向けると、恐ろしい形相をしたやちよが眼光を蒼く瞬かせて、猛烈な勢いで迫ってくるではないか!!

 

「ひょえええええええ!!?」

 

 悲鳴を上げる美代。1m手前でやちよが飛んだ!

 

「のわっ!!」

 

 顔をぐにっと踏んづけられる。やちよはそれを踏み台にして更に高く飛翔!

 ドローンを両手でキャッチした。

 

「無念……」

 

 顔面に真っ赤な足跡を付けた美代が、両目をぐるぐるの渦巻きにまわして、バタリと仰向けに倒れ込む。

 やちよはというと、少し離れた位置で、着地。ドローンを天高く掲げて、

 

「私の勝ちよ」

 

 と、勝利宣言した。

 

 

 しかし――――女神は彼女に微笑まなかった。

 

 

「いいえ! 勝ったのは私です!!」

 

 

 毅然とした少女の声が、耳朶を叩いて、やちよは唖然となる。

 ――――そういえば、ドローンに集中し過ぎたせいで、いろはの事をすっかり見落としていた。彼女は一体何をしていたのだろうか。

 声の方向を、恐る恐る振り向くと――――そこに居たのは、どこか諦めた様に苦笑いしながら、ペタリと床に尻もちを付くピーター。

 そして、その背後で仁王立ちしているのは――――!!

 

 

「環、いろは……!!」

 

 

 声を震わせて、その名を呟くやちよ。やちよと同じく、いろはもあるものを天高く掲げていた。

 それは――――袋詰にされた小さなキュゥべえ!!

 

「ピーターさんっ!!」

 

 これは一体、どういうことだと、ピーターに訴える。

 

「ごめんなさいやっちゃん。取られちゃった」

 

 やっぱり魔法少女には敵わないわね、とピーターは頭を小突いて、ぺろりと軽く舌を出す。

 俗に言う「テヘペロ」の顔であるが、そんな気色悪いものを視界に入れてる間は無い!

 既にいろはは、袋を開けて、小さなキュゥべえに触れようとしていた!

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 咄嗟に走り出すやちよだが、距離が大分離れており、間に合う筈もない。

 

 

 ――――そして、いろはの手が、それに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうすぐ10話なのに未だに魔女戦がありません……。というか魔女を挟み込む余地が無い……(震え

 いい加減、ゆかマギを書かなくては、と思いつつも、こちらの方の話の想像がどんどん膨らんでしまった為、投稿しました。
 次回は、少し小話を入れてから、鶴乃加入回に突入致します。

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