魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
☆
崙 明零(ロン=ミンリン)は、6人兄妹の末っ子として生まれた。
物心付いた頃より、武術が共に有った。
特別な理由などない。その時、たまたま父がアクション・スターのDVDを鑑賞していて、たまたま、明零がアクションの真似事をしただけ。
しかし、その動きを見た時、明零の父は度肝を抜いた。
そして、思ったそうだ。
――――『この子は天才だ』と。
明零が武術の門を叩いたのは、5歳の頃である。
当然、日夜繰り返される過酷な修練に心が押し潰されたこともあったが、明零は同門の大人の兄弟子達さえも驚愕する程、恐るべきスピードで武術を吸収していった。
明零自身、不思議に思うくらい、中国拳法が肌に合っていた。
映画で繰り広げられるアクションスターの功夫を見ると、一瞬後には、全く同じ動きができていた。その時点で動作の手順を理解していた。
――――順調に修練をこなしていく彼女だが、転機は起きた。
7歳の頃。
自宅の近所の商店街で、強盗団が横暴の限りを尽くしているという噂を耳にした。
本来なら、対応は警察の役目だが、彼らはいつも、警察が駆け付けた頃には、忽然と消えていた。痕跡一つ残さずに。
ある日、同じ強盗団と思われし集団が近所の店で暴れていると聞いた明零は、すぐに駆け付けた。
相手は五人の大男――銃やナイフも持っている。
だが、明零の敵ではなかった。彼女の卓越した武術によって、彼らは赤子の手をひねるように次々と打ち倒されていった。
――――だが、ここで、明零が予期せぬ事態が起きた。
一人の女が現れた。床に倒れた男たちの言葉から、そいつが『ボス』だと明零は認識した。
今思えば、ここで冷静になっていれば良かったのだ。
義憤に駆られて頭に血が昇っていた明零は、女に挑みかかった。
――――しかし、彼女は『魔法少女』であった。
いや、ただの魔法少女であったのなら、明零の敵ではない。
だが、女は武術家であった。
中国でも、最も精妙な技術が要求される、内家三拳の一つ、『
魔法と武術の併用――――それに成す術も無く、明零は叩き伏せられた。
それは、今まで感じたことが無い程の屈辱だった。
自分が今まで習得してきた武術が――――全く意味を為さなかったのだから。
悔しい――――
病室で仰向けになり、点滴を繋げられた明零の身体は、まさに満身創痍だった。
両掌を踏み砕かれ、膝を割られ、腰の骨を叩き折られた。
全治6カ月――――退院しても、車椅子生活が確定だと。
失意のドン底にいた時、“そいつ”は現れた。
『君の願いを叶えてあげるよ』
悔しい――――
『君は強い。しかし、人のままだと限界はある』
悔しい――――
『身近の大切な人達を、護りたいのなら、僕と“契約”するしかない』
悔しい――――
だから、強く、なりたい。
みんなを護れるために。
誰よりも、強く。
その為には――――
「わたしの願いを、“最高の師”に届けさせて」
数カ月後、崙 明零は、純 美雨と出会い――――
“蒼海幇”の家族となる。
☆
――――これは、ある修行の時のこと。
明零の意識は、深海の中にあった。
息が出来ない。
脳に酸素が足りず、四肢も思う様に動かせず、ただ沈んでいく。
視界が蒼から暗闇に徐々に染まっていく。
水圧が増したのか、体が鉛のように重くなっていく。
自分は今、死んでいるのか。
それとも、生きているのか。
どちらも判別できないまま、明零は、“師”へと問いかけた。
――――宗師さま。宗師さま。
「明零よ。私の声が聞こえるか」
――――苦しいです。辛いです。宗師さま。
「そうか」
――――どうしてですか。どうして私ばっかり、こんな辛い思いをしなきゃいけないんですか。
「それが、君の望んだ結果だからだ」
――――苦しい、苦しい、つらい、つらい、いたい、いたい。
――――もう、辞めたいです。宗師さま。
――――もう、いやだ。こんなこと。
「君は、強くなりたいと誓った筈だ」
――――…………。
「大切な人を護る為に、誰よりも強くなりたい、と。あの時、君の眼には確かな覚悟を感じた。嘘偽りだとは思えなかった」
――――…………。
「そして、君は“天才”だ。明零」
――――…………。
「才能に合った修練を課すのも、師の務め」
――――わかってる。
――――でも、もう、いやだ。
――――こんなこと、続けたってただ辛いだけで、強くなった気がしない。
――――もう、やめたいんです。
「明零よ。ならば、何故、私に声を掛けた?」
――――…………。
「とうに諦めているのならば、何も言わずに、ただ沈めばいいだけだ。修業は終わり、“才無き者”と私に判断される。
――――…………。
「…………魔法少女になった時、何を得たのか、よく思い出してみなさい」
――――
「深海から地上にいる私まで気持ちを届けた、ということは」
――――!!
「まだ、諦めていない証拠ではないのか」
―――――…………
―――――…………
明零の身体は、深く、もっと深く沈んでいった。
視界が完全に暗黒に染まった時、再び宗師の声が聞こえる。
『明零』
『こわいか。死の恐怖を感じているか』
『それを与えた私を“憎い”と思うか』
『ならば、良いことを教えよう』
『かつて、この地――日本には“塩田剛三”という高名な武術家が居た』
『ある時、弟子が彼に“武術の極意”を問いかけると、こう答えたそうだ』
『“ ”、と』
☆
――――そうだ。
「…………」
音は聞こえない。
目も見えない。
体の感覚も無い。
本当に深海に沈んだようだ。
生きているのか。
死んでいるのか分からなかった。
でも――――指くらいは動いてくれるのかも。試しに頭で『動け』と命令したらどうか――――
<……明零?>
動いた。ピクッと。本当に、僅かに震顫する程度だけど。
同時に、敬愛する姉弟子の声が、ぼんやり、本当に小さくだが、聞こえた。
――――よし、耳もちゃんと聞こえる。
ここで明零は、自分が“生きている”ことを認識した。
――――今度は左手の指を、動かしてみよう。『動け』………………よし、動く。
――――今度は右足の指を。……………よし、動く。
――――左足の指は。
――――右手は拳を握れる? 右手首は可動できる? 腕は? 肘は? 肩は? 関節は?
――――左上肢はどうだろう? 今になって物凄い痛みを感じる。落下した時、強くぶつけたのかもしれない。だけど…………拳は握れた。右手首の可動域は良好。腕の上下はOK。肘、肩、関節……問題ナシ。
――――いける。
そう判断した時、両足の太腿からふくらはぎにかけてカッと熱くなるのを感じた。
同時に、筋肉に鋭い痛みが走る。だが、明零は自分の“生”を強く実感できた。
両膝は問題無く動く。ならば、グッと曲げてみよう。さっき両足の指が動いたのを確認しただったら、床を爪先で踏んでみようじゃないか…………よしOKそしたら両肘も床についてみるか力をぐっと込めて――お、いいぞいいぞ体が少し起こせたよし、ここまで来れたんだ最後のステップだ思いっきり踏ん張って立ち上がってみよう。
それ、いっせーの、せっ!!
「…………ッ!!」
彼女と闘う“怪獣”が。
彼女を見守る美雨が。
結界の外で、固唾を飲んで見守っていた――――全ての魔法少女達が。
その瞬間に、瞠目した。
――――彼女は、立ち上がった。
――――崙 明零が、“復活”したのだ――――!!
☆
――――そうだ。
「みなさん」
明零の声は震えていたが、両足はしっかりと床を踏んでいた。
――――私は、まだ、戦う相手の声を。
「お待たせ……いたしました」
詠春拳の構えを取り、“怪獣”をしっかりと見据える。
――――“高菜舞桜さん”の言葉を、何も聞いちゃいない!
「やれるか?」
美雨が問いかける。その顔に心配の色は無く、「待っていたぞ」という期待が溢れていた。
明零は力強く頷いた。
「はい!!」
彼女は、声を張り上げる。
「ウォーミングアップは、終了です!!」
結界の外から、ワア、と騒ぐような声が一斉に聞こえてきた。
だが、明零の意識は“怪獣”に集中している。
再び、擂台の上は、二人だけの世界となった。
「GIi……!!」
“怪獣”が、呆然とした様子で明零を見下ろしている。
復活を遂げた姿に、聊かたじろいでいるように見えた。しかし、顔面に生える百眼はより紅く血が滾っており、なんで倒れないんだ、という猛烈な苛立ちに染まっているように感じられた。
「“高菜舞桜さん”」
「GuUA……!?」
唐突に、本名を呼ばれたのが意外だったのか、“怪獣”――――『高菜舞桜』は驚いた。
「決着を、付けましょう」
「……! GURRuAaA……!!」
明零の身体は、満身創痍だ。しかし、闘志が存分に込められた黄金色の瞳は試合前よりも一層強く光り輝き、舞桜も腰を落として身構える。
「今から、わたしは本気で闘います。だから、あなたも本気で向かってきてください」
「GuAA……!!
……KAAAAAAAAAAAAA~~~~~」
その言葉を後悔させてやるぞ、と言わんばかりに舞桜の顔面は口に変わって、大きく息を吸い込んだ。再び、その頑強な胸板が瘤のように隆起する。
「…………」
明零も、拳を向けて、静かに腹式呼吸を始めた。
気を練るための基本は腹式呼吸だ。(※)
腹式呼吸に慣れたら、
丹田と呼ばれる場所は上・中・下の三か所ある。
上丹田は眉間に、中丹田は
そして下丹田が、臍から一寸下にある。
この下丹田が気を練る上で最も重要なのだ。
吸った息を臍下丹田に蓄えるような気持ちでゆっくり腹式呼吸を繰り返す。
臍下丹田に気が溜まるのが実感できるようになったら、息を吐くときに、その気を、殷の下を通し、背を昇らせる。
脊椎にそって昇らせるのだ。
そのまま、頭の頂点を通し、正中線を降ろして鼻から出す。
吸うときにまたまっすぐ下丹田に気を降ろす。
こうして、気を体に巡らせるのだ。脊椎にそった気の通り道を督脈といい、体の前面の正中線にある通り道を任脈という。
この任脈と督脈に気を通すことを、小周天法という。
小周天法ができるようになると、今度は、丹田から、五臓六腑をとおり四股の指先に至る十二経路すべてに気を巡らす。
これを大周天法という。
気を練ることは、勁(ジン)の大小におおいに関わりがある。
勁というのは、その安定した姿勢から発する筋力プラスアルファの力だ。
体のありとあらゆる関節を鞭かヌンチャクのように使うことによって得ることができる。
呼吸法もまた大切な勁の要素なのだ。
充分に気功を行わないとうまく
したがって打ちは威力の無いものとなる。
崙 明零のワンインチパンチの威力の秘訣が、それである。
彼女は宗師・王 海龍から、“気功”と“魔力”を同時に身体の内側で練る術を修得していた。
「Guu…………!!」
「…………!!」
お互いに呼吸は完了した。準備万端。あとは――――
「OGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――――どちらが先に動くか、だ!!
先に飛び出したのは高菜舞桜の方であった。その踏み込みの強さに、床がバコンッという音を立てて爆発した。天高く飛び上がった彼女は、組み合わせた両手を大きく振り上げた。
そして、全力を込めたハンマーパンチを明零に振り下ろす!!
「…………」
高菜舞桜の勢いは、先ほどとは比較にならない程、激しい。あんな状態で攻撃を諸に喰らえば即死は免れない。免れても、致命傷は必至だ。
だが、明零はどこまでも冷静だった。
頭上に迫る巨槌の如き剛腕に向けて、軽く、拳を向ける。
――――明零。
――――中国の武術は大自然の理に従っている。
――――大自然の中では、確かに弱者は強者に喰われる。
――――それが本当の強さなら、自然に受け入れられるだろう。
――――だが、凶暴なのはいけない。
――――凶暴すぎると、やがて我が身を破滅に追いやるものだ。
(※)
今にも潰さんと、ハンマーパンチが目前に迫った瞬間――ふと、明零の脳裏に師の教えが過る。
――――だから。
――――凶暴な相手が全力で拳を振るってきたら。
――――そっと、拳を返してあげなさい。
――――力を籠める必要は無い。優しく、穏やかな気持ちで、だ。
「…………!!」
明零が、添えるように拳を当てた。
ゴォォンッ!! という爆音を放って、舞桜のハンマーパンチと衝突する。
瞬間、結界の外に居る全員が再び目を疑った。
明零の小さな拳が……彼女の身体より一回り大きい舞桜の拳を――――“止めた”のだ!!
――――体の中で、“気”が十分に練られている状態なら。
高菜舞桜の必殺の一撃は筆舌に尽くし難い程力強く、重い――――明零は確かに感じていたが、体がその威力に悲鳴を挙げることは無かった。
明零の身体が後ろに仰け反る。体が、全筋肉が、関節が、骨が。内臓が、体中を走る血液が、気が、魔力が、衝撃をバネの様に吸収し、そして。
――――“面白い事”が起きる。
「OGO……!?」
舞桜の両肩がガタガタと震えた。顔面に映る百眼がギョロギョロと忙しなく蠢く。あからさまな困惑の感情がはっきりと映し出されていた。
両肩に違和感を覚えているのは、一目瞭然だった。
刹那――――
「ONGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!」
舞桜がけたたましく咆哮。腹の底から絞り出すような悲鳴を挙げた。
またも、擂台の上で信じられない光景が展開される。
鋼鉄に覆われて、筋肉が瘤の様に隆起した両肩が――――爆裂した!!
腕が宙を舞い、桃と朱の混じった血流を四散させながら、擂台の上でボトリと落ちた。
「Goaa……?」
目の前で起きた事が、自分の身に起きた事が、一瞬の出来事と断ずるにはあまりにもショッキング過ぎて、舞桜には到底信じられなかった。
きょとんと、床に落ちたモノを、数秒間、見つめていた。
それらが“自分のモノ”だと受け入れられないまま、明零の方を見た。
彼女は、悪戯が成功した子供みたいに、にやりと笑っていた。
「“逆噴射”です……!」
「…………」
明零はそう言うが、審判の美雨は、今の技が何か理解していた。
――――“化勁”だ。(※)
読んで字のごとく
今、明零は自分の
日本の武道にもよく似た概念がある。すぐれた「合気」が化勁に近い。
「……!!GIiii……GiiIIuuaRrua……!!!」
してやったりといった笑みを見て、舞桜はようやく現実を理解した。
明零に両肩を破壊されたのだ。
彼女の使う、中国拳法の体術によって――――
「GUua……Aaaa……」
瞬間、消失した肩口から鋭い痛みが走り、舞桜の百眼が一斉に震えた。体が恐怖に慄き、ごく自然に足が一歩、後退した。
「aaaa…………
GuRUAAA……!!
OGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
恐怖を抑え込むかのように、舞桜は腹の底から咆哮した!!
顔面の百眼が全て、明零を睨み据える。
「GAAAAAA!!!」
怒号と共に、百眼から一斉にレーザーの如き“光線”が放たれた。
だが、明零は動じない。寧ろ、待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせた。
「…………。ミャオッ」
明零が
無数のレーザーが明零の目前に迫った瞬間、彼女は
レーザーは擂台の表面に焼きながら、縦横無尽に動き回り、四方八方から明零を追い詰める。だが、
「ミャオッミャオッ、ミャオン!!」
☆
――――結界の外。
「……ねえ。なんであの子、あんなことできるの……?」
「…………わかる訳ないよ」
苦笑いを浮かべながら不意にそう尋ねてきた鶴乃に、あきらは首を振ってそう答えるしかなかった。
擂台にいる明零と美雨に危険が迫った場合は、いつでも助けに行けるようにスタンバイしていた彼女達だが、その気概も失せつつあった。
“怪獣”と互角以上の戦いを繰り広げる崙 明零の超絶的な技巧に。
全員が唖然と呆然を繰り返しながら見つめている。
これでは、助けに行ったところで、“邪魔”にしかなならない。
「……………!!」
――――頑張って、明零さん。
いろはだけは、両手を組み合わせて明零の無事を祈っていた。
※ 参考 及び 引用元―― 今野 敏 著 『孤拳伝』1巻より