魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
☆
「UGggg……」
高菜舞桜は困惑していた。
崙 明零のスピードは倒れる前と比べて明らかに飛躍していた。
チームメンバーから回避不可能とさえ言われた百眼の光線も、彼女は難無く回避した。息一つ乱れずに。
――――これが、蒼海幇の実力。
――――これが、中国拳法。
――――これが、天才少女の神髄。
「GuuuUuuUuU……!!!」
負けてなるものか――と、舞桜は低く唸った。
自分とて、“秘密兵器”と呼ばれた身だ。
本来、結界を含めて『一つの生命体』と呼ばれる魔女を、自分の身体一つに集約させることで、究極のパワーとスピードとタフネスを得たのだ。
正に、“怪獣”のように。
誰にも負けることは無い。誰にも追いつくことはできないし、許さない。
そうだ、誰にも――――
「……追いついてみてくださいよ」
「GI……!?
GUUA!!!」
明零の、心中を見透かした様な挑発的な一言が舞桜の逆鱗に触れた。
舞桜はお辞儀をするような動作で、背中を丸めた。剣山の尖端が、一斉に明零へと向く。
「ミャオッ!!」
明零、再び猫の真似――両手を丸めて、上体を低くして構える。
瞬間――舞桜が咆哮!!
「GOAAAAAAAAAAA!!!」
同時に、背中の剣山から突起がミサイルの様に一斉発射!!
だが、攻撃は想定内。明零は再びミャオミャオ鳴きながら、猫の如き俊敏さで自分の身長くらいは有る大型の突起を、ひらり、ひらりと回避していく。
10秒間避け続けると、攻撃が止んだ。
明零が周りを見渡すと、擂台はすっかり針山地獄と化していた。
「それでもうおしまいですかっ!?」
「……HA~」
「……!!」
舞桜の顔面は百眼に覆われていて表情は見えないが、今の声は明らかに愉悦に染まっていた。
明零は目を細めて、近くに突き刺さった一本の針を睨む。
『gi……gi……』
「……!」
気を研ぎ澄まして、耳を澄ますと、確かに聞こえた。
――――間違いない。針の中に、『何か』が居る。
明零が気づいた刹那――――針に
同時に、針が割り箸のように割れる。二つの針の間に、ゴボゴボと気色悪い音を立てて、『肉』が形成されていく。やがてそれは、毬のような毛むくじゃらの球体を形成すると、身体中から高菜舞桜と同じ『百眼』が出現して、一斉に明零を睨む。
「使い魔!?」
『gigigigiiggigi』
『giiiiiiiiiii!!!』
『gi・gi・gi・gi・gi・gi』
『giigiiiiigiiiigiiii』
それは一体だけでは無かった。鋸の刃音のような“鳴き声”が周囲から聞こえて、明零が振り向くと、
ざっと見渡すだけでも、30匹はいる! それらが蜘蛛の如くカサカサ足音を立てて近寄ってくるのだから、不気味この上ない!
「っ!? ……………」
流石にこの光景には一瞬ギョッとなる明零だったが、すぐに腹式呼吸を行って、気を引き締める。そして――――
「征ッ!!」
『giiiiiii!?』
至近距離で近づいてきた使い魔の一匹を、ワンインチパンチで迎撃! 爆音を伴った一撃は、皮膚を軽く貫き、使い魔は桃と朱色の血漿を撒き散らしながら、擂台の端まで吹っ飛び、絶命した。
「GUAAAA!!!」
だが、使い魔ばかり構ってもいられなかった。
攻撃した瞬間の隙を見て、舞桜が瞳の光線で明零を狙撃する!
「ミャオッ!」
『gii……? giiiiiiiii!!?』
彼女は読んでいた。
明零はまたも猫のように姿勢を低くして、近くに居た使い魔の腹の下に潜り込む。
舞桜の放った光線は、使い魔の球体に直撃! 金切り音の様な悲鳴を挙げながら、使い魔は体がドロドロに溶けて絶命した。
液体状となった使い魔の身体が明零の全身を覆う。
「ぷはっ」
『giiiiiii!!!』
「っ!」
ヌルリと顔を顕す明零。
すると、至近距離に居たもう一匹の使い魔が、その鋭利な足で明零の顔面を貫こうとしていた。
「ミャオン!」
踏み抜かれるよりも早く、明零は猫の様に鳴いて、飛翔した!
足と球体の付け根を、蟹ばさみの如く両足で捉えると、腰を捻る。
『giii!?』
すると、使い魔の視界がギュンッ一転した。
床に薙ぎ倒されたそれは、そのまま明零の“盾”となる。
『giiiiiiiiii!?!?』
舞桜が放った光線が顔面に直撃して、使い魔は悲鳴を挙げて絶命した。
明零は今、攻撃回避と使い魔の撃退、そして高菜舞桜の攻撃への防御を同時にやってのけた。
まさに、神業であった。
☆
――――結界の外。チーム竜ケ崎の観客席。
「な、なんかヤバくないですか~……?」
「クソっ!」
「親分っ!?」
いきなり結界に向かって全力疾走する樹里を、灼が呼び止める!
「ちくしょうっ! 灼ぅッ!! アタシに続けぇ! こんなことでウチの“秘密兵器”が敗れるなんてあっちゃならねえんだッ!! 絶対になァッッ!!」
振り向いた樹里の顔は泣いていた。灼が慌てて羽交い絞めにする!
「ちょちょちょっ!? 待ってくださいよ! 乱入したらほんっとーに終わっちゃいますからねウチらッ!!」
「うおおおおおおおおお!! 頑張れ――――!! 頑張るんだ舞桜―――――!!」
「…………」
「先生! 試合ばっか見てないで、たまにはこのバカ止めてくださいよっ!?」
――――後に灼が頭痛薬を飲んだのは、言うまでも無い……。
☆
――――結界内・擂台。
「Grrrruuu……!!」
高菜舞桜の苛立ちは頂点に達していた。
それもその筈である。全力を尽くして攻撃してるのに、一向に決定打にならない。
使い魔に気を取られた隙を付いて光線で狙撃する。すると、明零は
そんな応酬が5分間、繰り返されていた。
30匹はいた筈の使い魔は、既に全滅――――明零は窮地を脱し、高菜舞桜の顔にはいよいよ焦りが生じていた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
高菜舞桜が怒りの咆哮を盛大に挙げると、彼女の足元に特大の魔法陣が出現する。
明零は動じず、深呼吸をして構えた。
高菜舞桜が魔法陣に向けて、自分の尻尾を突き刺す。すると、
「っ!」
明零の足元にも同じく特大の魔法陣が出現した。それは彼女を中心に捉えている!
直後――――明零は目を見開いた。
彼女の周囲の床から、高菜舞桜の尻尾が“生えてきた”のだ! 一本だけでは無い。3mはあろうかという極太な鉄柱と見紛う程のそれが、八本も生えて、明零を周囲を取り囲んだ!
「……ミャオ!!」
全ての尻尾の先端が、大きく仰け反った時――――明零が鳴いた。
☆
――――どうしてだ。どうして、崙 明零は倒れない。
「G G G G ……」
高菜舞桜の百眼には、狼狽の色が浮かんでいた。
今、彼女の眼の前で起こっているのは、明零がまたも猫の真似で、自分の攻撃を回避している光景であった。
鞭の如き俊敏さで風を切って迫ってくる鋼鉄の尾――――計8本による同時攻撃を、明零は涼しい顔でひらりひらり、又は、のらりくらりと避けていく。それは正に極上の劇団が演じる曲芸の様で。
ふと、審判の美雨を見ると、その顔に心配の色は微塵も無く、ただ、その華麗な動きに見とれていた。
「GUuuuuu……!!」
――――私は強い。
――――竜親分が“秘密兵器”と呼んでくれた。
――――
――――先生が評価してくれた。
――――なのに……!
<焦っているんですね。高菜舞桜さん……>
「!? GOOA!!」
不意に明零のテレパシーが頭に響いてきた。
再び心を見透かされた様な一言に、そんなことないっ! と言わんばかりに声を張り上げる舞桜。
<無駄です。あなたの攻撃には、さっきみたいな精細さが、感じられない>
「GUuuu……」
<大ざっぱに振り回しているだけ。パターンはもう、読めました>
「gu…………」
舞桜が後退した。
自分の意志では無く、明零への“恐怖”により、自然と足が動いていた。
百眼は小刻みに震え、相貌は血の気が引いたように、白く染まりつつあった。
<私の“勝ち”です>
明零を取り囲む尻尾群の動きが、停止した。
その内の一本に向けて、明零が拳を突き出す。
「征ッ!!」
――――ズドン。
盛大な破裂音が、静寂に満ちた結界の内部で木霊した。
☆
――――暗闇の中を、明零は泳いでいる。
そこはかつて、師の修行によって沈められた“深海”の領域よりもっと深く感じられる場所であった。
視界は全て漆黒に染められており、何も見えない。
水圧のような“何か”が全身を締め付けてくる。そのせいで身体が鉛の様に重く、動きも鈍い。
だが、明零は暗黒を両手で掻き分けながら、只管、前へと泳ぎ進む。
宛ては無い。何も感じられない。
ただ、信じていた。
果てしない暗闇の向こうに、彼女の“心”があると――――
そう、全ては、彼女を知る為に――――
彼女の言葉を聞く為に――――
自分の言葉を、彼女に届ける為に――――
(どうして……!?)
(どうして……倒れてくれないの……!!?)
おぼろげだが、声がはっきりと聞こえてきて、明零は目を見開いた。
――――『そこ』に、いるんですね。高菜舞桜さん。
声の方向に向かって泳ぎ進める。
声が次第に大きくなる。
(私の方が強いのに……体だって、こんなにも大きいのに、どうして……!!)
怒りに震える様にも、泣きじゃくっている様にも聞こえた。
すると、小さな“何か”が、暗闇の中心に現れた。
目を凝らし見ると、それは“怪獣”・高菜舞桜の顔面に生えた百眼の一つであった。
血管が走り、真紅に染まっているそれは、ギロリと明零を睨み据えていた。
<高菜舞桜さん>
怒りを顕わにした“瞳”に近づいて、明零が小さく語り掛ける。
声に驚いたかのように、大きく震顫した。
<どうしてあなたは、その力が欲しいと思ったんですか?>
(…………)
問いかけた途端、“瞳”が、下を向き、暫しの静寂が訪れた。
それは彼女の躊躇いを顕していた。
(………………馬鹿に、されたから……)
“瞳”は明零をしかと見つめ、小さく声を挙げた。
「えっ」
(みんな、体が小さくて、碌に運動もできなくて、気も小さな私を……トロイとかノロマって、馬鹿にするだけ馬鹿にして……! でも、いつまでも馬鹿にされて溜まるかって……)
真っ赤に染まった瞳は、涙に濡れていた。
刹那――――暗闇に映像が映し出されて、明零は顔を上げた。
これは、高菜舞桜の過去だ。魔法少女になる、少しばかり前の出来事だ。
普通の人間だった頃――――彼女に友達はいなかった。
身体が小さく、生来の気の弱さのせいでスポーツは全く出来ず、そればかりか外に赴くことすら禄に関心を持てなかった。
必然的に、クラスメイトに必ず二、三人はいる『調子の良い連中』から、槍玉にされた。
……いや、彼ら彼女らの言葉は、言葉の暴力と断ずるには可愛らしく聞こえ、まだ『弄り』の範囲内だと明零は思った。
だが、舞桜にとっては『虐め』だったのだろう。
彼女は、自分の“弱さ”が酷いコンプレックスだった。
だから、自分の容姿や、動きの鈍さに関する物言いは、全て心に突き刺さってしまったのだ。
そんな舞桜の唯一の楽しみと言えば、ごく稀に公開される『怪獣映画』を観に行くことであった。
ある時、怪獣映画を観た帰り道――――彼女の前に、“それ”が現れて、転機が訪れる。
『キュゥべえ、わたしを魔法少女にして!!』
【願い事は決まったかい?】
自然と舞桜の目線は横を向いた。
映画館の外壁には、今しがた鑑賞した『怪獣映画』のポスターが貼り付いていた。
舞桜はそれを指差し、強く言い放った。
『あのポスターの…………アレだ! 怪獣に変身できるようにしてよ!!』
キュゥべえは逡巡するように、下を見つめた。
【……君の願いは叶えられるだろう。だが、とてもリスキーだ。もしかしたら君は君で無くなるかもしれない】
『馬鹿にされたままの人生よりはずっといいよ!!』
【………………】
キュゥべえは少し黙り込んでいたが――――やがて、意を決するように舞桜をしかと見て、言い放った。
『……分かった。良いだろう。契約は成立だ』
以上が、経緯だった。
―――――
(――――キュゥべえにそう願ったの。そうしたら、いつの間にか、こんな力が自分には合って……)
彼女は“その後”を語り出した。
最初は、普通の魔法少女として戦っていた。だが、ある時、倒した魔女のグリーフシードの穢れをソウルジェムが
当時は、理性を失い、闇雲に暴れ回っていたところを、大庭樹里や両蘭百花ら、竜ケ崎の面々が止めてくれたのだという。
<そう、だったんですね……>
(ごめん、最低だよね。わたし……与えられた力で、調子に乗って……こんなの、自分の力じゃないのにね……)
静かに語りかける瞳から、怒りは感じられなかった。
ただ、自分の“弱さ”を克服できない悲しみと諦めが感じられた。
しかし、
<いいえ>
明零は、穏やかに。優しく微笑んで、首を振った。
<高菜舞桜さん、あなたは凄い人でした>
(えっ)
<わたしが今まで戦ってきた誰よりも強く、大きい人でした。正直に言うと、負けるかもって、本気で思っちゃいました>
(そう……)
<ありがとうございます。舞桜さん>
明零は、瞳に向かって、ペコリとお辞儀した。
<あなたのおかげで、わたしはもっと、前に進むことができました。武術の極意に、近づくことができました。だから、これからは>
――――もっと、
☆
「試合終了!! 崙 明零の勝利!!」
――――暗闇が晴れた。
擂台の上は、あちこちが爆発したように破損し、見るも無惨な状態となったが、それ以外に大きな物的被害も無く、けが人は一人も出ずに済んだ。
死闘を勝ち抜いた明零には、周囲から盛大な拍手が送られたが、彼女はそれらにまるで意に介さなかった。
「高菜舞桜さんっ」
担架に運ばれていく彼女に駆け寄って、声を掛ける明零。
「大丈夫ですカ?」
「うん……」
変身が解け、普通の少女の姿となった舞桜の顔は、微笑んでいた。
「ありがとう、明零ちゃん」
「エッ?」
「あの力を……竜ケ崎のみんなが、頼ってくれた。凄いって、強いって……評価してくれた。だけど……次に出すのは、“怖い”とか、“ヤバイ”とか“エグイ”とか……そんな言葉ばっかり。だから」
――――感謝されたのは、はじめてだよ。
そういう舞桜は、敗者には見えなかった。
長い憑き物が落ちたみたいに、晴れやかに見えた。
「これからは、もうちょっと、自信を持ってみるね。この力、“好き”になってみるから」
「ええ。また、会いましょう」
「うん。……次は、負けないからね」
舞桜は言いながら小指を差し出した。
「うんっ! 約束ですっ」
明零も力強く頷くと、小指を差し出して、舞桜のそれと絡み合わせる。
二人は指切りをして、離れた。
担架に運ばれていく舞桜に、舞零は拱手をしながら、いつまでも見送っていた。
――――かつて、師・
かの“塩田剛三”が、弟子に教えたと謂われる【武術の極意】。
それは、
☆
※ちなみに、チーム竜ケ崎の応援席では――――
「燃えたよ……。燃え尽きたぜ……。真っ白にな……」
ベンチにもたれかかって、真っ白な灰と化す、劇画調の大庭樹里が居た!!
――――ご愛読ありがとうございました。
――――大庭樹里先生の 次回作に ご期待ください!!
「いや、なにやる気無くなったからって勝手に連載終わらしてんですかっ!? まだ私がいますよっ!? 続けて続けてっ!!」
「………………」
「あっ、ダメだこれ完全に逝ってるっ!? 先生、何とかしてくださいっ!!」
「絶体絶命!! 果たしてチーム竜ケ崎は無事大将戦まで勝ち抜くことができるのだろうかっ!!」
「いやなに真顔で無駄に威勢の良いナレーションしてんすかっ! ってか微妙に傷つくんですけどっ? 私超がんばるんで期待してくださいマジでっ!!」
――――結局、頭痛薬と一緒に胃痛薬も併用した、宮根 灼であった。
というわけで、長い長い中堅戦はこれにて終了となりました。
文章量、約三万字……どうしてこうなった……!?
普段は、下書き→清書作業するんですが、
今回はにノリにノレたので、ほぼ下書きのままです。
ごちゃごちゃしてますが、雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。