魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
そうしないと進みません。
――――チーム竜ケ崎・応援席。
「竜親分」
「
声を掛けられて、チーム竜ケ崎・監督役の大庭樹里は振り向いた。
固有魔法を使ったのだろう――傷が完治して、私服姿の
「失礼。……灼め、相変わらず姑息な真似をする……」
百花は一度会釈して樹里の隣に座ると、擂台の上で戦う宮根 灼を見つめて、一言、ため息混じりにそうボヤく。
「そう苛立つなよ。『勝てば官軍』が
樹里は笑い飛ばして、百花の胸をトントンと叩いた。
「相手の“ここ”のウィークポイントを的確に突いて突いて、叩きまくる。それがあいつの
「故に“無敗”、ですね」と、百花が頷く。
「そうだ。それに相手のメンタルが強靭だったとしても、灼には“奥の手”がある。それがある限り……負けることは絶対に、無い!」
蒼海幇が慌てふためく様を思い浮かべているのだろうか、樹里はニヒッと嬉しそうにほくそ笑んだ。
だが、百花は複雑な表情で灼の相手を見る。
(そう上手くいくかな……?)
仮にも、蒼海幇最強の武術家集団・五強聖の一人の実妹。
確かに現状、灼が翻弄し、押してはいるが……決して油断してはならない相手だと百花は睨んでいた。
☆
――――
「そーれっ!」
バシッと音が響く。
灼がラケットを強く振るい、スマッシュを放つ。高速で迫りくる球を、
「ぐぅ……!」
球と拳が激突!
真上に球を弾いたが、鈍い衝撃が右前腕に響いて、子静は顔を歪ませる。
やはり――重い! 右腕にジンッと痛みが広がって、キツイ。
「もういっちょう!」
「っ!?」
右腕を摩る余裕も無かった。
灼が間髪入れずに、二度目のスマッシュを放つ。子静が慌てて左拳を振るうが――寸前で球が消失。子静が目を見開いた時には、下腹部を球が貫いていた。
「ぐふっ」
唾液を吐き出す子静。思わず両膝を床に付いた。
その様を見て、灼が可笑しそうに笑う。
「ふふん、
「そんな筈は……!」
「誤魔化さなくていいですよ。不思議ですよね? どうして歴戦の武術家であるあなたが、大した実績も無いテニスプレイヤーの私に、こうも完封されてしまうのか?」
苦々しく睨んでくる子静を見下ろしながら、灼は自分の
「すべては“ここ”で決まる。“ここ”が強い人、余裕がある人は、何したって勝てるんです。逆に“ここ”が弱い人は、何したってダメ!」
ダメ、という言葉に、子静の目が震えた。
ダメ……
ダメ……
ダメ……
ダメ……
ダメ……
頭の中で、『ダメ』が何度も、なんどもなんどもなんども木霊する。
――――今まで生きてきた中で、
勉強が苦手。だからダメ。
反応が鈍い。だからダメ。
気を配れない。だからダメ。
喋るのが下手。だからダメ。
人の話を聞かない。だからダメ。
●●●●に向いてない。だからダメ――――
<子静! 奴の言葉に惑わされるな!>
突如、尊敬する姉弟子の一喝が、ネガティブの海に割り込んできた。
<奴は打った球を自在に操れる。魔法少女なら当然の技能だ。変化球は2パターン。一つ目は、『拳を狙う球』。二つ目は『消える球』だ>
テレパシーによる
<一つ目については、わざとお前の拳を狙っている。身体の急所ではなく、な。
「…………!」
<球の動きをよく見ろ。パターン1が来たら、わざわざ拳で弾き返す必要はない。拳を開き、掌で受け止めろ。そしてパターン2。寸前で球が消えたら、空気を切る音を聞き、空気の流れを肌で感じろ。基礎通りに戦えば、決して敵わない相手ではない>
わかっている、そんなことは――――。
しかし、姉弟子の言葉は、何よりの励みだった。
正直、自分一人では、その推測に全く自信が持てなかったから。
「……」
子静が、ゆっくりと立ち上がる。
深呼吸すると、気持ちが落ち着くのを感じた。
そして、灼を再び睨み据える。瞳から不安の色が消えて、燃えるような闘志が宿っていた。
「へえ……!」
さっきまでビビッていたのに。
その極端な程の変わりように、灼も少し驚いた様子だ。
恐らく、奴の仲間の誰かがテレパシーで助言したのだろう――――しかし、
(想定済みです……よっ!)
バシッという音と同時に、三度目のスマッシュが放たれる!
球は、真っ直ぐ子静に向かっているように見えたが――――
(よく見ろ。これは…………)
先程まで反射的に拳を突き出した事を悔いた。奴の思惑通りに動かされていたのだ。
子静はあえて、両手は開いたまま、じっと球の動きを見極める。
(……拳を狙う方か!!)
球は急に方向転換し、吸い込まれるように自分の右手へと向かっていく。
子静は掌を差し出し、球を掴み取ろうとした。
しかし――――
「っ!?」
子静が愕然となる。
掌は虚空を掴んだ。掴もうと指が触れる寸前で、球が、『ふわりと浮いた』のだから。
まるで
浮き上がった球はそのまま上昇していき、子静の――
「ぅぐっ!!」
――下顎に直撃!!
脳が揺さぶれるような不快感のせいで、子静は眩暈を起こして背中から倒れる。
「あったりー! 中国武術から“無傷”で一本取っちゃいました! これって私が初めてっ?」
「くっ……」
子静は首を持ち上げて苦々しい顔で灼を睨んだ。
こいつの言葉が逐一癪に障る。
どうしてだ。
どうしていつも、私だけが“こう”なんだ。
どうして――――
「私がお姉さんのこと、話題に出したら、完全に調子狂っちゃいましたよね」
そうだ。
こいつが悪いんだ。こいつが、姉さんの事さえ口に出さなければ。
「ほんとーにコンプレックスなんですねー。反射神経イカレてますし、さっきも、掴もうとしたのは良かったけど、ハズレちゃいましたからねー」
違う。それはお前の――――
<今のも変化球だ。子静>
そうだ。変化球だ。私の手を避けるように動かしたんだだろう。
そうに違いない。絶対。
「…………!」
子静は何も言わずに灼を睨み付ける。
だが、灼は余裕綽々と笑うだけ。
「もう一回、試してあげましょう……か!」
パシッと音がして灼が、軽くサーブを放つ。
子静が背筋の力で直ぐさに立ち上がった。
今度こそ――――と、気持ちを切り替えて、灼の変化球に備える。
大体自分との距離1mのところで、球がゆらりと軌道を変えた。
――――狙いは、また拳か。
子静は掌を差し出した。吸い込まれるように、球が向かっていく。
「よしっ!」
バシッと音がした。
掌にぶつかった瞬間、握り締める。すると見事、球をキャッチ!
「やった!!」
子静の表情が輝く…………が――――次の瞬間、
「……げうっ!!?」
下腹部に鋭い一撃を突き刺さった!
衝撃の余り、再び背中から勢いよく倒れ込む。
(おバカさん☆)
その様を見下げて、灼がニッとほくそ笑む。
一球目はフェイク――弱いサーブの球をわざと掴ませて、安心させたところで、スマッシュで『消える球』を急所に放ったのだ。
「難しい事が成功すると、つい嬉しくなっちゃいますもんねー」
「う……うるさい……!」
床に両手を付き、立ち上がろうとする子静だが、
「あーっと。もう
――――おやめなさい。
「……え?」
灼のその一言のせいで、子静の脳裏に、姉の言葉が過る。
最悪のタイミングだ。
どうして、こんな時に……
「もう分かってるでしょー? 私に敵わないって。何をしても“無駄”だって」
「…………!」
――――無駄なのですよ。
――――貴女の才能では。
――――いくら、どうやっても。
――――だから、おやめなさい。
<子静、聞き逃せ! 二度や三度の失敗など気にすることは無い。何度でも立ち向かい、球の癖を把握するんだ! 相手を理解することが蒼海幇の流儀の筈だろう!>
「ぐぅうぅぅ……!」
忌々しい記憶が強烈に蘇ってきて、子静は被りをふった。
――――おやめなさい。
――――おやめなさい。
――――おやめなさい。
<子静っ!!>
尊敬する姉弟子の声すら、今は届かない。
☆
――――幼い頃から、常に姉が上だった。
昔は気にしなかった。
姉――
だから、比較されても、姉は違う世界の人間だから、と割り切ることができた。
当時から、
卓越した中国武術のみではない。
勉学は上海の超難関高校にトップの成績で入学した程、頭脳明晰だったし、大手モデル会社からも多数スカウトが来る程の容姿端麗だった。
当時は、そんな神翔に憧れた。
追いかけるまま、自分も日本へ行き、蒼海幇へ属した。
だが、私はその選択を、今は後悔している。
憧れの人と、同じ土俵に立たない方が良い。
自分の価値の無さを痛感するから――――
姉への憧憬が歪んでしまったのは、いつだったか。
――――そうだ、思い出した。
――――あれは、ある日、蒼海幇の本部で修行していた時の事。
セイッ、セイッ、と――掛け声を発しながら、蝋燭の灯火に向かって只管、拳を突き出していたのは覚えている。
これは端的に言えば、『突きの風圧で蝋燭の火を消せるか?』というものだ。
蒼海幇の魔法少女にとっては、まず基本的な修行の一つであり、達成できなければ、
時季は真冬。
岩と土壁に覆われた、足を一歩踏み入れるだけでも凍り付く程の極寒の修練場にて、私は只一人、2m程前にある蝋燭と格闘していた。
全身汗みどろになり、熱いのか寒いのかも肌と脳が正常に判断できない。
伸縮運動の連続で肘から上の筋肉は疲れで重くなり、痛い。
休んだ方が合理的だろう。
だが、私は焦っていた。痛みを歯で喰いしばって堪えながら、拳を打ち続けていた。
同じ赤竜隊のメンバーである、豪杏姉様、
そして、
同年代の魔法少女達は、皆、あっという間に火を消して、次へ行ってしまった。
私だけが、ただ一人その場に残されていた。
――――何でだろう。何で、私だけが上手くできない。
――――どうして、みんなよりも、遅い?
蒼海幇に所属してからは、姉と比較される日々だった。
当然、五強聖の一人、神翔の妹として、最初は皆から期待されていた。
しかし、私はあまりに愚鈍だった。加えて要領も悪く、口が下手だった。
良いところは他の子より恵まれた体格と腕力だけ――――皆が何気無く、私を下に落として、神翔を持ち上げる――そんな雰囲気が日常的に有ったのが、悔しかった。
豪杏姉様は、そんな私でも、“才能が有り”として、チームに引き上げてくれた。
それが、嬉しかった。
姉と並びたい。
豪杏姉様の期待に応えたい。
だから、もっと頑張らないと――――
気持ちを込めて、私は更に百回近くの拳を突き出した。
しかし、灯火はただ揺れもせず、直立不動のまま――――
「まだやっているのですか、子静」
ギョッと、驚いた私は振り向いた。
姉さん――――羅 神翔がそこに立っていた。
神翔は、175cmある私よりも遥かに小さく華奢な体躯だった。腕も白くて細長く、筋肉があるのかさえ外見上、分からない。気品溢れる佇まいは、武術家というよりは、令嬢といった方が相応しい。
だからこそ、姉の少女期の武勇伝を知った者は、皆、唖然としてしまうのだが。
「みんな、もう先へ行ってしまいましたよ?」
そんな姉は、妹である自分にさえ、酷く丁寧な口調で語りかけていた。
なんとなく、神経が逆撫でされた。
「分かってる……!」
貴女と比較されてきたから、と言ってやりたかった。
自分の短所も、この修行を達成できない理由も、分かっていた。
だけど、上手く解決する方法なんて思いつく頭も無いから――――できるまで、只管、打ち込むしかないのだ。
「替わりなさい」
見かねた様子の神翔が、私を押し退けて、蝋燭の前に立った。
「…………」
神翔は深呼吸をして、蝋燭をじっと見つめる。
そして――
「!!」
刹那、私は驚愕した。
ヒュッと風切り音が聞こえると同時に、蝋燭の火が掻き消えた。
暗闇の中で目を凝らすと、“寸勁”を打った体勢のままの神翔が居た。
「すごい……!」
速すぎて、拳が見えなかった。まさに一瞬の内に披露された、鮮やかな武芸に私は思わず感嘆を漏らす。
神翔は、構えを解いて、私の方を振り向いた。
「子静」
「はっ、はい!」
神翔は含みを持たせた微笑みを浮かべて、私に近づいた。耳元で言葉を囁く。
「おやめなさい」
――一瞬、何て言われたか分からなかった。
「え?」
「貴女に、中国武術は向いていない」
その時、生まれて初めて“心臓が凍える”様な錯覚に陥った。
冷たい血液が全身に周り、身体の底から震え上がるような感覚だった。
「なんで……」
神翔は私の言いたいことを読んでいたのか、首を振って答えた。
「確かに貴女は恵まれた体を持っています。しかし、それは武術に活かしていいものではありません」
私は、自分で自分を慰めるように、右の拳を摩った。
――誰のせいで、自分がこんなに頑張っていると思っている。
今にもそう吐き出したい気持ちを抑えて神翔を睨んだ。奴は微笑んでいた。
「私は老師。生徒の才能を見極めるのが務め」
「…………」
「才無き者が、道を無理に歩もうとする姿は、見苦しいものです」
ショックだった。
凍り付いた心臓に、ずしん、と鉛を落とされた感じがした。
「だから、おやめなさい」
「全て、無駄なのです。貴女の才能では。いくら、どうやっても」
動けなかった。
神翔がそう言い残して、先に修練場を去った後も、ずっと――――
☆
「ぐぅうううううぅぅぅぅ!!!」
結局、私には何もできない――――
子静は懸命に両足に力を籠めるが、立ち上がることができなかった。
最も自分の努力を認めて欲しかった人、評価して欲しかった人から“否定”されたトラウマが。
自分に対する大き過ぎる諦念が、全身の力を奪い、人より発達した筋肉を只の鉛とした。
「そんなに、辛いんなら、辞めちゃえばよかったのに」
「……!!」
冷笑混じりに放たれた灼の一言が、罅割れた子静の心に突き刺さる。
「届かない物を必死こいて目指したって、何にもならないのに」
立ち上がる気持ちが失せた。
「その様子だと――――お姉さんに見捨てられちゃったんですね」
身体の中で、何かがパリンッと、音を立てて弾け飛んだ。
「…………!」
見捨てられた。
そうだ、あの時、私は姉に見捨てられた。
努力を認められることも、頑張ったことを褒められることも無く。
ただ、無駄だ、と――――
目の前がじわりと滲んだ。
子静の頬を熱いモノが伝い、床に垂れ落ちる。
汗では無く、涙――驚いた。泣いていることに気付かなかった。