魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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悩んだら、書く。
そうしないと進みません。



FILE #79 蒼海幇vs竜ケ崎 副将戦 ― 中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――チーム竜ケ崎・応援席。

 

 

 

「竜親分」

 

百花(ももか)、戻ったか」

 

 声を掛けられて、チーム竜ケ崎・監督役の大庭樹里は振り向いた。

 固有魔法を使ったのだろう――傷が完治して、私服姿の繚蘭(りょうらん)百花(ももか)が歩み寄ってきていた。

 

「失礼。……灼め、相変わらず姑息な真似をする……」

 

 百花は一度会釈して樹里の隣に座ると、擂台の上で戦う宮根 灼を見つめて、一言、ため息混じりにそうボヤく。

 

「そう苛立つなよ。『勝てば官軍』が竜ケ崎(ウチ)のモットー、だろ?」

 

 樹里は笑い飛ばして、百花の胸をトントンと叩いた。

 

「相手の“ここ”のウィークポイントを的確に突いて突いて、叩きまくる。それがあいつの十八番(オハコ)だからなぁ」

 

 「故に“無敗”、ですね」と、百花が頷く。

 

「そうだ。それに相手のメンタルが強靭だったとしても、灼には“奥の手”がある。それがある限り……負けることは絶対に、無い!」

 

 蒼海幇が慌てふためく様を思い浮かべているのだろうか、樹里はニヒッと嬉しそうにほくそ笑んだ。

 だが、百花は複雑な表情で灼の相手を見る。

 

(そう上手くいくかな……?)

 

 仮にも、蒼海幇最強の武術家集団・五強聖の一人の実妹。

 確かに現状、灼が翻弄し、押してはいるが……決して油断してはならない相手だと百花は睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――擂台(れいだい)の上。

 

 

「そーれっ!」

 

 バシッと音が響く。

 灼がラケットを強く振るい、スマッシュを放つ。高速で迫りくる球を、子静(ズージン)が身体の急所に当たる前に叩き落さんと、右拳を突き出す。

 

「ぐぅ……!」

 

 球と拳が激突!

 真上に球を弾いたが、鈍い衝撃が右前腕に響いて、子静は顔を歪ませる。

 やはり――重い! 右腕にジンッと痛みが広がって、キツイ。

 

「もういっちょう!」

 

「っ!?」

 

 右腕を摩る余裕も無かった。

 灼が間髪入れずに、二度目のスマッシュを放つ。子静が慌てて左拳を振るうが――寸前で球が消失。子静が目を見開いた時には、下腹部を球が貫いていた。

 

「ぐふっ」

 

 唾液を吐き出す子静。思わず両膝を床に付いた。

 その様を見て、灼が可笑しそうに笑う。

 

「ふふん、()()見落としちゃいましたねー!」

 

「そんな筈は……!」

 

「誤魔化さなくていいですよ。不思議ですよね? どうして歴戦の武術家であるあなたが、大した実績も無いテニスプレイヤーの私に、こうも完封されてしまうのか?」

 

 苦々しく睨んでくる子静を見下ろしながら、灼は自分の()をトントンと叩き、余裕の笑みで言い放った。

 

「すべては“ここ”で決まる。“ここ”が強い人、余裕がある人は、何したって勝てるんです。逆に“ここ”が弱い人は、何したってダメ!」

 

 ダメ、という言葉に、子静の目が震えた。

 

 

 (ダメ……)

 

 ダメ……

 

 ダメ……

 

 ダメ……

 

 ダメ……

 

 ダメ……

 

 

 頭の中で、『ダメ』が何度も、なんどもなんどもなんども木霊する。

 

 ――――今まで生きてきた中で、()()()()()()()、周りに何度言われてきただろう。

 

 

 勉強が苦手。だからダメ

 反応が鈍い。だからダメ

 気を配れない。だからダメ

 喋るのが下手。だからダメ

 人の話を聞かない。だからダメ

 

 ●●●●に向いてない。だからダメ――――

 

 

<子静! 奴の言葉に惑わされるな!>

 

 突如、尊敬する姉弟子の一喝が、ネガティブの海に割り込んできた。

 

<奴は打った球を自在に操れる。魔法少女なら当然の技能だ。変化球は2パターン。一つ目は、『拳を狙う球』。二つ目は『消える球』だ>

 

 テレパシーによる(ウー) 豪杏(ハオジン)の凜とした声が、頭の中で響いた。

 

<一つ目については、わざとお前の拳を狙っている。身体の急所ではなく、な。()から潰して無力化するのが目的だろう。そして二つ目、球は私から見ても消えているように見えた。決してお前が見落としたからじゃない。深呼吸しろ。焦るな>

 

「…………!」

 

<球の動きをよく見ろ。パターン1が来たら、わざわざ拳で弾き返す必要はない。拳を開き、掌で受け止めろ。そしてパターン2。寸前で球が消えたら、空気を切る音を聞き、空気の流れを肌で感じろ。基礎通りに戦えば、決して敵わない相手ではない>

 

 わかっている、そんなことは――――。

 しかし、姉弟子の言葉は、何よりの励みだった。

 正直、自分一人では、その推測に全く自信が持てなかったから。

 

「……」

 

 子静が、ゆっくりと立ち上がる。

 深呼吸すると、気持ちが落ち着くのを感じた。

 そして、灼を再び睨み据える。瞳から不安の色が消えて、燃えるような闘志が宿っていた。

 

「へえ……!」

 

 さっきまでビビッていたのに。

 その極端な程の変わりように、灼も少し驚いた様子だ。

 恐らく、奴の仲間の誰かがテレパシーで助言したのだろう――――しかし、

 

(想定済みです……よっ!)

 

 そこ(・・)から切り崩す方法を、灼は心得ていた!

 バシッという音と同時に、三度目のスマッシュが放たれる!

 球は、真っ直ぐ子静に向かっているように見えたが――――

 

(よく見ろ。これは…………)

 

 先程まで反射的に拳を突き出した事を悔いた。奴の思惑通りに動かされていたのだ。

 子静はあえて、両手は開いたまま、じっと球の動きを見極める。

 

(……拳を狙う方か!!)

 

 球は急に方向転換し、吸い込まれるように自分の右手へと向かっていく。

 子静は掌を差し出し、球を掴み取ろうとした。

 

 しかし――――

 

「っ!?」

 

 子静が愕然となる。

 掌は虚空を掴んだ。掴もうと指が触れる寸前で、球が、『ふわりと浮いた』のだから。

 まるで()()()ように。

 浮き上がった球はそのまま上昇していき、子静の――

 

「ぅぐっ!!」

 

 ――下顎に直撃!!

 脳が揺さぶれるような不快感のせいで、子静は眩暈を起こして背中から倒れる。

 

「あったりー! 中国武術から“無傷”で一本取っちゃいました! これって私が初めてっ?」

 

「くっ……」

 

 子静は首を持ち上げて苦々しい顔で灼を睨んだ。

 こいつの言葉が逐一癪に障る。

 どうしてだ。

 どうしていつも、私だけが“こう”なんだ。

 美篶(メイイェン)姉さんも、心蝶(シンディエ)も、明零(ミンリン)も、みんな先手は打てたというのに――――

 どうして――――

 

「私がお姉さんのこと、話題に出したら、完全に調子狂っちゃいましたよね」

 

 そうだ。

 こいつが悪いんだ。こいつが、姉さんの事さえ口に出さなければ。

 

「ほんとーにコンプレックスなんですねー。反射神経イカレてますし、さっきも、掴もうとしたのは良かったけど、ハズレちゃいましたからねー」

 

 違う。それはお前の――――

 

<今のも変化球だ。子静>

 

 そうだ。変化球だ。私の手を避けるように動かしたんだだろう。

 そうに違いない。絶対。

  

「…………!」

 

 子静は何も言わずに灼を睨み付ける。

 だが、灼は余裕綽々と笑うだけ。

 

「もう一回、試してあげましょう……か!」

 

 パシッと音がして灼が、軽くサーブを放つ。

 子静が背筋の力で直ぐさに立ち上がった。

 今度こそ――――と、気持ちを切り替えて、灼の変化球に備える。

 大体自分との距離1mのところで、球がゆらりと軌道を変えた。

 ――――狙いは、また拳か。

 子静は掌を差し出した。吸い込まれるように、球が向かっていく。

 

「よしっ!」

 

 バシッと音がした。

 掌にぶつかった瞬間、握り締める。すると見事、球をキャッチ!

 

「やった!!」

 

 子静の表情が輝く…………が――――次の瞬間、

 

「……げうっ!!?」

 

 下腹部に鋭い一撃を突き刺さった!

 衝撃の余り、再び背中から勢いよく倒れ込む。

 

(おバカさん☆)

 

 その様を見下げて、灼がニッとほくそ笑む。

 一球目はフェイク――弱いサーブの球をわざと掴ませて、安心させたところで、スマッシュで『消える球』を急所に放ったのだ。

 

「難しい事が成功すると、つい嬉しくなっちゃいますもんねー」

 

「う……うるさい……!」

 

 床に両手を付き、立ち上がろうとする子静だが、

 

「あーっと。もう()()()方が良いですよ!」

 

 

 ――――おやめなさい。

 

 

「……え?」

 

 灼のその一言のせいで、子静の脳裏に、姉の言葉が過る。

 最悪のタイミングだ。

 どうして、こんな時に……

 

「もう分かってるでしょー? 私に敵わないって。何をしても“無駄”だって」

 

「…………!」

 

 

 ――――無駄なのですよ。

 

 ――――貴女の才能では。

 

 ――――いくら、どうやっても。

 

 ――――だから、おやめなさい。

 

 

 

<子静、聞き逃せ! 二度や三度の失敗など気にすることは無い。何度でも立ち向かい、球の癖を把握するんだ! 相手を理解することが蒼海幇の流儀の筈だろう!> 

 

「ぐぅうぅぅ……!」

 

 忌々しい記憶が強烈に蘇ってきて、子静は被りをふった。

 

 

 

 ――――おやめなさい。

 

 ――――おやめなさい。

 

 ――――おやめなさい。

 

 

 

<子静っ!!>

 

 尊敬する姉弟子の声すら、今は届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――幼い頃から、常に姉が上だった。

 

 昔は気にしなかった。

 姉――神翔(シェンフェイ)とは15歳も年が離れていたので、同じ土俵に立つことがそもそも無かった。

 だから、比較されても、姉は違う世界の人間だから、と割り切ることができた。

 

 当時から、神翔(シェンフェイ)は才能の塊のような人だった。

 卓越した中国武術のみではない。

 勉学は上海の超難関高校にトップの成績で入学した程、頭脳明晰だったし、大手モデル会社からも多数スカウトが来る程の容姿端麗だった。

 

 当時は、そんな神翔に憧れた。

 追いかけるまま、自分も日本へ行き、蒼海幇へ属した。

 だが、私はその選択を、今は後悔している。

 憧れの人と、同じ土俵に立たない方が良い。

 自分の価値の無さを痛感するから――――

 

 

 姉への憧憬が歪んでしまったのは、いつだったか。

 

 ――――そうだ、思い出した。

 

 ――――あれは、ある日、蒼海幇の本部で修行していた時の事。

 

 

 

 

 セイッ、セイッ、と――掛け声を発しながら、蝋燭の灯火に向かって只管、拳を突き出していたのは覚えている。

 これは端的に言えば、『突きの風圧で蝋燭の火を消せるか?』というものだ。

 蒼海幇の魔法少女にとっては、まず基本的な修行の一つであり、達成できなければ、老師達(五強聖)には認めて貰えず、当然、組織の事業にも携わらせてはもらえない。

 

 時季は真冬。

 岩と土壁に覆われた、足を一歩踏み入れるだけでも凍り付く程の極寒の修練場にて、私は只一人、2m程前にある蝋燭と格闘していた。

 全身汗みどろになり、熱いのか寒いのかも肌と脳が正常に判断できない。

 伸縮運動の連続で肘から上の筋肉は疲れで重くなり、痛い。

 休んだ方が合理的だろう。

 だが、私は焦っていた。痛みを歯で喰いしばって堪えながら、拳を打ち続けていた。

 

 同じ赤竜隊のメンバーである、豪杏姉様、美篶(メイイェン)姉様、心蝶(シンディエ)

 そして、美雨(メイユイ)姉様、明零(ミンリン)鈴紗(リンシャ)……。

 同年代の魔法少女達は、皆、あっという間に火を消して、次へ行ってしまった。

 

 私だけが、ただ一人その場に残されていた。

 

 

 ――――何でだろう。何で、私だけが上手くできない。

 

 ――――どうして、みんなよりも、遅い?

 

 

 蒼海幇に所属してからは、姉と比較される日々だった。

 当然、五強聖の一人、神翔の妹として、最初は皆から期待されていた。

 しかし、私はあまりに愚鈍だった。加えて要領も悪く、口が下手だった。

 良いところは他の子より恵まれた体格と腕力だけ――――皆が何気無く、私を下に落として、神翔を持ち上げる――そんな雰囲気が日常的に有ったのが、悔しかった。

 

 豪杏姉様は、そんな私でも、“才能が有り”として、チームに引き上げてくれた。

 それが、嬉しかった。

 

 姉と並びたい。

 豪杏姉様の期待に応えたい。

 だから、もっと頑張らないと――――

 

 気持ちを込めて、私は更に百回近くの拳を突き出した。

 しかし、灯火はただ揺れもせず、直立不動のまま――――

 

 

「まだやっているのですか、子静」

 

 

 ギョッと、驚いた私は振り向いた。

 姉さん――――羅 神翔がそこに立っていた。

 神翔は、175cmある私よりも遥かに小さく華奢な体躯だった。腕も白くて細長く、筋肉があるのかさえ外見上、分からない。気品溢れる佇まいは、武術家というよりは、令嬢といった方が相応しい。

 だからこそ、姉の少女期の武勇伝を知った者は、皆、唖然としてしまうのだが。

 

「みんな、もう先へ行ってしまいましたよ?」

 

 そんな姉は、妹である自分にさえ、酷く丁寧な口調で語りかけていた。

 なんとなく、神経が逆撫でされた。

 

「分かってる……!」

 

 貴女と比較されてきたから、と言ってやりたかった。

 自分の短所も、この修行を達成できない理由も、分かっていた。

 だけど、上手く解決する方法なんて思いつく頭も無いから――――できるまで、只管、打ち込むしかないのだ。

 

「替わりなさい」

 

 

 見かねた様子の神翔が、私を押し退けて、蝋燭の前に立った。

 

「…………」

 

 神翔は深呼吸をして、蝋燭をじっと見つめる。

 そして――

 

「!!」

 

 刹那、私は驚愕した。

 ヒュッと風切り音が聞こえると同時に、蝋燭の火が掻き消えた。

 暗闇の中で目を凝らすと、“寸勁”を打った体勢のままの神翔が居た。

 

「すごい……!」

 

 速すぎて、拳が見えなかった。まさに一瞬の内に披露された、鮮やかな武芸に私は思わず感嘆を漏らす。

 神翔は、構えを解いて、私の方を振り向いた。

 

「子静」

 

「はっ、はい!」

 

 神翔は含みを持たせた微笑みを浮かべて、私に近づいた。耳元で言葉を囁く。

 

 

「おやめなさい」

 

 

 ――一瞬、何て言われたか分からなかった。

 

「え?」

 

「貴女に、中国武術は向いていない」

 

 その時、生まれて初めて“心臓が凍える”様な錯覚に陥った。

 冷たい血液が全身に周り、身体の底から震え上がるような感覚だった。

 

「なんで……」

 

 神翔は私の言いたいことを読んでいたのか、首を振って答えた。

 

「確かに貴女は恵まれた体を持っています。しかし、それは武術に活かしていいものではありません」

 

 私は、自分で自分を慰めるように、右の拳を摩った。

 ――誰のせいで、自分がこんなに頑張っていると思っている。

 今にもそう吐き出したい気持ちを抑えて神翔を睨んだ。奴は微笑んでいた。

 

「私は老師。生徒の才能を見極めるのが務め」

 

「…………」

 

「才無き者が、道を無理に歩もうとする姿は、見苦しいものです」

 

 ショックだった。

 凍り付いた心臓に、ずしん、と鉛を落とされた感じがした。

 

 

「だから、おやめなさい」

 

 

「全て、無駄なのです。貴女の才能では。いくら、どうやっても」

 

 

 動けなかった。

 神翔がそう言い残して、先に修練場を去った後も、ずっと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅうううううぅぅぅぅ!!!」

 

 結局、私には何もできない――――

 

 子静は懸命に両足に力を籠めるが、立ち上がることができなかった。

 最も自分の努力を認めて欲しかった人、評価して欲しかった人から“否定”されたトラウマが。

 自分に対する大き過ぎる諦念が、全身の力を奪い、人より発達した筋肉を只の鉛とした。

 

「そんなに、辛いんなら、辞めちゃえばよかったのに」

 

「……!!」

 

 冷笑混じりに放たれた灼の一言が、罅割れた子静の心に突き刺さる。

 

「届かない物を必死こいて目指したって、何にもならないのに」

 

 立ち上がる気持ちが失せた。

 

 

「その様子だと――――お姉さんに見捨てられちゃったんですね」

 

 

 身体の中で、何かがパリンッと、音を立てて弾け飛んだ。

 

 

  

「…………!」

 

 見捨てられた。

 そうだ、あの時、私は姉に見捨てられた。

 努力を認められることも、頑張ったことを褒められることも無く。

 

 ただ、無駄だ、と――――

 

 目の前がじわりと滲んだ。

 子静の頬を熱いモノが伝い、床に垂れ落ちる。

 汗では無く、涙――驚いた。泣いていることに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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