魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――数分経つと、稲光は収まり、煙が晴れた。
「…………」
「…………」
観客全員が安堵した――――のも束の間だった。
二人は確かに無事だった。お互いに顔を合わせて立っている。
しかし、爆風と魔力の衝撃波を諸に浴びたのだ。全身や衣装に傷や汚れが痛ましい程に目立ち、足元には鮮血が溜まっている。
肩で息をしており、お互いにギリギリで立っている、という状態だ。
(やはり、最後に頼れるのは……)
二人とも、刀は無い。衝撃で吹き飛んだ。
梅華は握り締めた拳を胸元まで掲げて、綾濃を睨み据える。
(これしかない、か……)
対する綾濃も同様に拳を胸元まで掲げた。
最早、武器は無用。鍛え上げた己の肉体と研鑽した武術こそが全て。
「参る」
「よしなに」
綾濃が間合をつめ始めた。
摺り足で身を寄せてきたが、上半身にすこしも揺れもなく、どっしりと腰が据わっていた。
右足が負傷し、満身創痍にも関わらず、である。
間合がせばまるにつれ、綾濃の気迫が高まり、熱気が満ちてきた。いまにも、打ち込んできそうである。
間合まで、あと、一間――――と、梅華が読んだ。
「っ!!」
綾濃が歯を喰いしばり、左足を一歩、踏み込んだ。刹那的な速度で放たれた右正拳逆突きが、梅華の胸元に炸裂する。
「ぐっ」
同じく満身創痍の為か、梅華も回避できる程の余力は残されていなかった。固めた胸筋で受け止める。威力はそれ程でもない。だが綾濃は、そのまま拳を押し込んだ! がごんっという大きな衝突音と同時に、梅華の
――――これぞ、古流武術の秘技「裏当て」、またの名を二度打ち。
『透勁』などとしても知られる、身体の内部に打撃を通す技である。一発目の打撃で物体の抵抗力を殺し、瞬時に肩を入れて二発目を打ち込むことで完全に破壊する。
戦国時代に、鎧を着た武士を鎧の上から打撃で倒した技であり、かつての達人は身体の外から背骨だけを叩き折ったとも云われる。
「……っ!?」
だが、綾濃はギョッと目を見開いた。吹き飛んだ筈の梅華が、霞む様に消えたのだ。
刹那、伸ばされた右腕に何かが絡まった様な感覚――――同時に身体が横転。
「覇ッッ!!」
まさか、『木化け』!?――――
綾濃が驚愕する間も無く、足首が無数の鈍痛に襲われた。
いつの間にか、鬼の形相が視界に有った。マウントを取った梅華が、倒れた綾濃の下肢から昇るようにチェーンパンチを繰り出していた。
一撃、一撃の威力は凄まじく、喰らう度に身体の内部で骨が轟音を鳴らした。
「~~~~っ」
想像を絶する痛みに、綾濃は悲鳴どころか呻き声さえ挙げられなかった
だが、連続突きが顔面に達した途端、綾濃は左足を横薙ぎし、梅華の軸足を払う。攻撃に意識を集中していた為、完全に不意打ちとなった。今度は梅華が横転。瞬時に綾濃が馬乗りし、顔面に向かって何度も拳を振り抜く。ドゴッ、ドゴッ、と固い物同士を叩き合わせたような鈍い音が鳴り響いた。
「ぐはっ」
勢いよく振り抜いた拳が梅華の頬骨を強打した。口の中を切って梅華が吐血。
瞬間、観客席から怒号が響く。
「おい、何やってんだ審判!!」
「このまま続けたら本当にどっちかが死んじまうぞ!!」
「子供の前で見せていいのっ!!」
「早く止めて――――!!」
「…………」
怒号を一身に受けながら、審判の美雨はひたすら耐えた。今はまだ、自分が動く時ではない。
「ママ……っ!」
――――阿鼻叫喚を聞きながらも、花織はただ、母の勝利を願う。
(花織!)
朦朧とする意識の中で、愛娘の声がはっきり聞こえた気がした。
梅華の目が、光る。
「噴ッ!!」
「あっ!!」
綾濃が右拳を顔に振り下ろした瞬間を見計らい、梅華は頭突きを繰り出した。拳が頭頂部に直撃し、右手の五指がべきリ、と不快な音を立てる。
当然だ。どれだけ拳を鍛え上げたとしても、頭蓋骨より固くすることは不可能。綾濃が梅華から離れた。声の無い悲鳴を挙げた。今だ、
「覇ッ!!」
全力を込めて、梅華が拳を打ちこんだ。これで、
――――“それ”は深々と心臓に突き刺さった。
何も、湧かなかった。
当たり前だ。
自分達は被害者である。
こいつらは独裁者に縋りつき、私腹を肥やし、貧しい人達から搾取した。
死んでいい人間だ。
彼女は突き刺した胸元から“それ”を引き抜いた。
鮮血に染まっていた。先ほどまで卑下た笑みを浮かべたふくよかな“そいつ”は、只の物体と化していた。
最早、興味も無い。
彼女は、彼のコートから財布を抜き取る。誰も見ていない事を仲間と確認し合って、そのまま走り去った。
そうだ。
どうでもいい。
こいつらはいくらでもいる。
でも、私には。私達には。
家族を助けたい。村の人達を助けたい。自分が、生きたい――――大切な想いが、たくさんある。
だから、奪え。
私達からありとあらゆる生命をむしゃぶりつくそうとする害虫どもから。殺される前に、殺せ。搾取しろ。みんなの為に。気にするな。命を奪ったら、只のものだ。気にするな。自分には関係ない。奴らの仲間が復讐したら? 都合が良い。どうせ群がる蟲共だ。そいつらからも奪ってやれ。みんなの為に。この狂った世界で、皆が不自由無く生きる為に。
――――
――――殺したいなら殺しなさい。
――――だけど、その前に。
――――それが、本当に貴女の人生の為になるのか……今一度、考えてください。
――――拳が、打ち込まれることは無かった。
寸前で、止まっていた。
綾濃は、きょとんとしていた。“死”を覚悟していたのに。
いつまで経っても、攻撃は来なかった。
「…………」
梅華は、腕を伸ばしたまま、硬直していた。その表情に―――“鬼”は居ない。
「っ!!」
――――今だ、勝てる!!
梅華の様子に疑問に感じる暇は無い。
綾濃は咄嗟に動いていた。立ち上がり、彼女の鳩尾に向けて、拳骨一閃!
一撃目はドッと深々と突き刺さり、続け様に肩を入れて二撃目を放つ。ガオンッと抉るような爆裂音が響いた。必殺の『透頸』が決まった瞬間だった。
「っ!! …………ぐっ」
“蒼海幇の虎”、“紅鬼”、“雷神”と呼ばれし魔法少女の膝が、遂に折れる。
「……っ!!」
がくりと膝から崩れ、前のめりに倒れ伏す梅華の姿を見て、綾濃はハッとなった。
気が付けば、自分は
「ママっ!!」
――――彼女の、子供が見ている眼の前で。
「…………っ」
かろうじて、意識は残っていた。
梅華はうっすらと目を開けた。そして、審判の美雨にアイコンタクトを送る。
「……!」
美雨はコクリと頷くと、声を張り上げた。
「試合終了。 竜宮綾濃の勝利!!」
――――しかし
「いいえ。…………私の“敗け”です」
呟かれたその一言で、全てが覆った。
その一言で、周囲が騒めいた。
「は……!? 先生……なんで……!?」
「一体、どうして……!?」
特に混乱が大きかったのは、チーム竜ケ崎の面々だった。
当然だ。倒れたのは洪 梅華、立っていたのは竜宮綾濃である――大将戦の結果を見れば、勝者は一目瞭然――樹里と舞桜もそう確信していただけに、綾濃の一言にはショックが大きい。
「……!」
ただ、唯一百花だけは、何かを悟ったのか、真剣な眼差しで二人の様子を見つめていた。
「っ…………」
綾濃がゆっくりと歩き出す。
苦痛に顔が歪んだ。破壊された右足を引きずりながら、彼女は梅華の下へと近寄っていく。
あの様子だと、試合中ずっと痛みを堪えていたのだろうか。無論、魔法少女なら痛みを遮断することもできるが、武道家としての意地が拒んだのだろう。
「洪 梅華さん……」
「っ……!」
呼ばれて、梅華は首を持ち上げた。
全身が、痛い。綾濃が最後に放った必殺の『透勁』は内腑を貫通して背骨にまで到達していた。下半身の感覚が無い。恐らく、脊椎がダメージを受けたのだろう。
「無念……。身体動作、不可」
もはや、指一本も動かせる余力も無い。痛みに顔を歪ませながら乾いた声で呟いた。
「……立っている、貴殿の勝ちだ」
「いいえ」
綾濃は梅華の眼前まで歩み寄ると、膝を屈めて、正座した。
「何故、あの時、拳を止めたのですか?」
問いかける。
恐らくその理由は……綾濃には察しが付いていた。
だが、本人の口から聞くべきだと思った。梅華の“武”の信念とは、その答えの中に有る筈だと。
「……」
梅華は綾濃をじっと見つめたまま、沈黙を貫いた。綾濃が言葉を続ける。
「打ち抜けば、私を倒せた筈。確実に」
「……っ」
梅華は眼を閉じて、首を振った。
「それは“勝ち”じゃない……」
呟かれた言葉に、綾濃が目を見開く。
「あれは試合だ……殺し合いでは無い……」
今にも消え失せそうな掠れ声。だが、絶対の信念が宿した瞳で梅華は訴えていた。
「ですが、結果として、貴女は私に隙を許し、打たれた」
勝利すると誓った愛娘の前で、無様な姿を晒してしまった――その事実に悔いは無いのか、と暗に問いかける。
「
「……!」
迷いの無い眼差しに、綾濃は圧倒された。
「子供達の前で、大人が間違ってはいけない。わたしはもう、二度と間違いたく無い」
悔恨は一切無く、寧ろ、満ち足りた表情だった。
勝利とか、全力を出し切った事は関係無かった。ただ、自分の正しさを貫けたことへの充足感。
くっと下唇を噛む綾濃。やはり、そういうことか――
「洪 梅華さん……私は、自分の勝利だけを考えていました。どうすれば、貴女が倒れるか、そればかりを……」
「……」
「剣士とは“詭”道たるもの。しかし、“鬼”道に踏み入ってはならない……」
一時とはいえ、綾濃は戦いに酔った。“鬼”となった。勝てばそれで良く、相手の生死など、関係無かった。子供のことなど気にも留めなかった。
だが、梅華は――最後まで子供達の模範であろうとした。その姿勢こそが、綾濃に身を以て大切な事を教えてくれた。
「……自分の立場を忘れなかった貴女こそ……真の武術家です。故に」
深呼吸。「改めて申し上げます」
――――私の“完敗”です。
綾濃が梅華に、深々と『土下座』した。
それを見て、審判の
「試合終了! 洪 梅華の勝利!!」
今、全ての決着が付いた。
「ええ~……??」
「ま、敗けた……!? あの先生が……!? そ、そんなぁー…………」
フッと意識が飛んだ。
一瞬で、顔面蒼白となった樹里がベンチから、ゴロンと地面に横たわる。
「お、親分!! しっかりしてください、おやぶーん!」
「…………」
樹里、両目をぐるぐるの渦巻きに回して気絶!
舞桜が必死に肩を叩いて声を掛けるが反応ナシ。完全に逝っていた。
「ナイスファイト」
ちなみに、百花は気絶した親分を無視して、大将二人に拍手を送っていた。
もう一方では――
「花織さん」
抱きかかえたその子は、判定が下るまで、ずっと堪えていた。
「ななかおねえちゃん……うん!」
“行ってきていいよ”と、その目が告げる。
花織は飛び出して、母親の下へと一目散に駆け出した!
「ママ~~~~~~~~~~~っ!!!」
※ 参考文献 及び 引用元
・峰 隆一郎 著……柳生十兵衛 《逆風の太刀》
・同作者 著……柳生十兵衛 《極意“転”》
・同作者 著……柳生十兵衛 《剣術猿飛》
・今野 敏 著……孤拳伝 3巻
・鳥羽 亮 著……二剣の絆 ―火盗改父子雲―
・輝井永澄 著……空手バカ異世界