魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
「……不覚。祭りの役員でありながら、皆の手を患わせるとは」
「ダメだよ!! ママは怪我してるんだから、座ってて!」
――――その後。
全てのプログラムが終了し、祭りの後片づけが行われていた。
梅華の身体の負傷は深く、内臓や骨にまで及んでいた。一応、救護室に居た魔法少女から回復魔法を受けるも、完治まで三日かかるといわれた程だ。
現在、車椅子に乗っており、立ち上がろうと試みるも、娘に押し留められて泣く泣く断念している。
そんな花織であるが、現在、お組の法被を着て、年上の役員や学生ボランティア達と混じってテキパキと片付けを手伝っている。
「花織ちゃん」
「いろはお姉ちゃん!」
紐で結んだ荷物を運んでいると、同じ法被姿で片付けを手伝ってるいろはとばったり出くわした。
いろはに声を掛けられて、花織は笑顔を向ける。
「おめでとう! お母さん、かっこよかったよ!」
「うん、ありがとう!」
花織は荷物を片手にグッとサムズアップ。いろはも腰を屈めて、サムズアップした拳をトン、と当てた。
揃って、『イェーイ!』と掛け声。
「…………」
「どうしたの? いろはお姉ちゃん?」
不意にいろはの顔に陰が掛かった様に見えた。つい心配になった花織が顔を覗き込もうとすると、いろはは「ううん、何でもないよ」と首を振った。
「花織ちゃんは……お母さんのこと、好き?」
「うん! ママとパパも大好きだよ!! お姉ちゃんは?」
「勿論、私も大好きだよ。だから、二人のこと、一生懸命助けてあげないとだね」
「うん!!」
花織の笑顔は眩しかった。彼女は元気よく頷くと、他の学生ボランティアに呼ばれてその場から走り去っていった。
いろはは暫し、花織の様子を遠目で眺めていた。
ボランティアの少年少女に頭を撫でられるなり、母親の勇姿を褒めて貰って心の底から嬉しそうだ。
楽しそうな笑い声が絶えず聞こえてくる。
「…………」
胸に詰まるようなものを感じて、いろはは拳をギュッと握り込む。
不意に、花織の姿が“うい”と重なって見えた。
今は自分の記憶の中だけにいる、大切な妹。
ういもああいう子だった。引っ込み事案な自分とは違って、根っこから明るくて。
今の花織みたいに、いるだけで、周りの空気を和やかにしてくれた。周りの看護師さんからいつも可愛がられてたし、灯花やねむちゃん達とも、いつまでも楽しそうに話し合っていたっけ。
「うい……。お父さん……お母さん……」
顔を俯かせて、考え込む。
ういは今、どこで――どうしているのだろう。
そして、花織と話してから、両親の事も急に不安になった。
お父さんとお母さんも、早く助けないと。
「…………」
いろはは顔を上げて周囲を見渡した。
祭は終わったというのに、会場には人だかりが大勢いる。その中でも家族連れ――特に女の子がいる――を注視した。
『両親は、サンシャイングループに攫われた』
粟根こころは確かにそう言っていた。幼い頃から自分と両親を知っていた子だ。事実に違いないだろう。
だけど、未だに受け入れることはできなかった。
淡い希望かもしれない。だけど、もしかしたら、サンシャイングループに攫われた、行方不明になったとかは、全部、誰かの魔法が見せた“幻”で……本当は、三人だけでどこかに出かけているだけなんじゃないか。
「…………」
――――あれは、違う。
――――じゃあ、あの子は……髪色が違う。
――――あれは!? ……ううん、子供は似てるけど、お母さんとお父さんは違う人だ。
――――あの家族は! ……男の子が走り寄ってきた。違う。
いろはの瞳は泳ぐように、目につく家族連れを次々と見回した。一人ひとり、履いてる靴から髪形まで、眼を細めて凝視する。
“似てる人”は、確かにいる。だけど、全員一致は困難を極めた。
――――あきらめちゃダメだ。
それでもいろはは歯を喰いしばって、家族を探し続ける。
いやだ。攫われたなんて、いなくなったなんて。
私達は、普通の家族で、普通の暮らしをしていて、普通の幸せがあって……悪いことは、何もしてなくて。
だから、そんなこと、絶対に信じ無い。決して、認めたくない!
今は確かに楽しい。人間関係も充実している。
だけど、失ったものによってぽっかりと開いた心の穴は、他人の優しさで埋まってはくれない。
いろはにとって、家族が全てだった。家族のいない人生なんて、生きる価値もない。
そう、思ってしまう程に。
――――盛大な祭りは終わり、人々は帰路に着く。
――――楽しいものには、いつか終わりが訪れる。
――――ならば、終わった後に、人を待ち構えるのは――――
「!!!」
――――厳しい“現実”だと、いろはは知った。
いろはの目が、その存在を捉えた。
電動式車椅子に乗った。黒い服の男性の後ろ姿だった。
“彼”は帰ろうとする大勢の群衆に混じり、どこかへと去っていく。
「ッ!!」
強烈に全身が粟立つような感覚に襲われた。
腹の底を掻き混ぜられたような違和に顔が歪む。
理性がパリンと音を立てて弾け飛び、同時に頭の中が焼け付く程の熱を帯びた。
――――なんで、“彼”がここにいる。
――――待て。逃げるな。逃がしてなるものか。決して逃がさない。
感情を抑えきれなくなったのは初めてだった。いろはの足は、自然と“彼”追いかけていた。
☆
――――八坂神社へ向かう林道。
そこは暗黒。
街灯も無く、見渡す限り漆黒に塗り潰された樹木の狭間に彼は居た。
端末を持っているが、ライトに頼っている様子は無い。そもそも、彼には必要無かった。暗黒にいる期間が長すぎて、目が慣れていたからだ。
<お爺様、お祭りは楽しめましたが?>
「ああ、やはり蒼海幇は強かったよ。あの『山の民』に勝ったのだからな」
<やはり、近い内に“アレ”を配置する以上は、そちらの方も警戒しなければなりませんか……>
「蒼海幇の力は強大だが、過去に血を流し過ぎたせいで首脳陣はこぞって保守派だ。手荒な真似は出来よう筈も無い。寧ろ、我等の影響力を思い知れば、大人しく妥協策を講じるに留まるだろう」
<ですが……警戒に越した事は>
「心配しすぎると“マギウス”の不興を買うぞ。案ずるな。あの御方を信じろ」
<え、それって、どういう>
源道が答えようとした矢先だった――――
「日秀源道さんっ!!!」
空気を震撼させる程の怒号が聞こえて、源道は思わず端末を切り、振り向いた。
漆黒の中で、桃色に光る二つの瞳が自分を鋭く見据えていた。
目を凝らすと、桃色の髪の法被姿の少女の全体像がうっすらと見えた。
「……まさか、後ろ姿だけで見破られるとはね」
“男”は嘆息すると、上着のフードを外して、サングラスを取った。
サンシャイングループ代表――日秀源道が顔が顕わになり、少女の顔が一層険しさを増した。眼光を鋭くして、問いかけてくる。
「どうして……! 何の理由があって……!! 私のお父さんとお母さんを攫ったんですかっ!?」
今にも人を殺しかねない程の、凄まじい剣幕。
少女の形相は、完全に怒りに支配されている。冷静に話し合える様子では無かった。
だが、源道は再び嘆息すると、眉一つ動かさずに平然と問い返した。
「……どこの誰かね? そんな与太話を君に吹き込んだのは?」
「とぼけないでくださいっ!!」
「そもそも、君は
「っ……!!」
ぐっと歯を喰いしばって、いろはは源道を睨み据えた。源道は涼しい顔で続けた。
「七海やちよを倒した外部の魔法少女、その噂は聞いているが……それだけだ。君と、君の家族は私と何の関係が有ったというのだね?」
「それは……っ!! けど、あなたが、攫ったんです……! お父さんとお母さんを……!」
「証拠は? あるのかね?」
「無い、けど……見た人がいます」
「ならば、その者が嘘をついたとしか思えんな」
源道はやれやれとまたも嘆息して、首を振った。その仕草がいろはの神経を逆撫でする。
どこまで、人を弄べば気が済む。奪っただけでは飽き足らず、馬鹿にして――
「どこにいるのか、教えてください……さもないと」
いろはの指輪が光る。源道が目を細めて、それを見た。
「さもないと……なんだ? 私を殺すのかね?」
「っ!? そんなことは……」
否定しようとして、口を噤んだ。
いろは自身、予想できなかったからだ。激情に任せた今の自分が、目の前の男にどんな報復をするのかを。
「ならば、私を攫って、社員に脅しを掛けるのか? 成程、単純な力関係なら君の方が上だ。やってみると良い。だが、やった後の事まで、君は考えているのかね?」
「えっ……」
「私を拘束すれば、当然、我が社に混乱が起きる。私が関わっていた全てのプロジェクトが停滞する。停滞すれば当然、プロジェクトに関わっていた社員や協力会社の方々の給与にも影響が出る。給与に影響が出れば、生活も厳しくなる。家族が居る者は尚更だ。そうなったら、君は責任を取れるのかね。彼らの生活を、保障してくれるのかね?」
「責任って……そんなこと」
「私には関係ない、と言うのかな? だが、我が社の社員は確実に声を挙げる筈だ。君への、怨嗟の声をね。ここまで言えばもう想像できるだろう。君の今後の人生、君と親しい人達、そしていなくなった君のご両親にも、悪い影響が及ぶ。……証拠が無いのなら」
――――早まった真似は、辞めたまえ。
「っ!…………」
冷水を真上から掛けられた気分だった。全身を激しく駆けまわっていた熱が一気に引いて、代わりに悪寒が全身を刺してきた。
「…………」
本能が、彼の威厳に怖気づいたのだと分かり、いろはは苦々しい思いだった。
源道の瞳は――――自分には想像つかない程の死線を乗り越えてきた戦士の眼差しだった。到底敵わないと思い知らされる。見つめられただけで、膝が震え、感情が萎縮した。ただ、圧倒された。
「じゃ、じゃあ……」
だが、一度燃え上がった怒りを抑えきることはできないのだ。いろはは声を震わせながら、おそるおそる源道に問いかけた。
「どうして、お父さんとお母さんは攫われたと思いますか? 私だけを、残して……」
「ふむ……」
源道は顎に手を当てて、真剣に考え込む様子を見せた。
「経営の話になるが、『ゲーム理論』を知っているかな?」
「ゲーム……?!」
予想だにしない単語が表れて、いろはは一瞬だけ呆然となる。
「例えば、ここにいるのが、『私』ではなく、『魔女』だったとしよう。さて、君は『魔女』に対して何をすることが最善だと思う?」
唐突に話をすり替えられたような気がして不快だったが、源道の顔は真剣そのものだ。いろはは彼をしっかり見据えて、答える。
「それは……倒します」
「何故そう思う」
「それは……魔女は人を襲うので、魔法少女が護らないといけないからです。それに、魔女を倒せばグリーフシードが手に入ります」
「そういうことだ」
「……??」
源道は納得した様子で頷いた。彼が何を伝えたいのか、いろはには訳が分からない。
「『ゲーム理論』とは、相手が自分の行動にどういう対応をしてくるかを予想したうえで、どうすると自分は一番得をするかを考える、というものだ」
「どういうこと、ですか……?」
「わからないかね。恐らく、標的にされたのは、
「っ……」
いろはは唾を飲み込んだ。口中に苦みが満ちる。
「私の恩師の言葉だ。『人間とはお互いに響き合い、高め合うことができる』」
「……!」
「人間が、組織が成長し、革新的に飛躍する為には、対立する者が必要不可欠だ」
そして、対立者は『自身とは全く真逆の価値観を持つ者』が相応しい、と源道は付け加えた。
奇しくも、犯人が白羽の矢を当てたのが、いろはだった。
だが……その時のいろはは、魔法少女である事以外は、何の変哲も無い中学生。内気で、力とは無縁な、只の少女。
「ご両親を奪われたことで、君はドン底に堕ちたようだが……同時に何かを得たのではないのかね。今までの人生では決して得られない、掛け替えのないものを」
七海やちよに勝った、という名誉。
それだけではない。由比鶴乃、夕霧市長、皇会長、柊ねむ……神浜で得た様々な人脈が、自分の力になってくれている。
忌々しいが、源道の言う通りだ。両親がいた頃――宝崎に住んだままでは決して得る筈も無かった、強力な絆。
否定せず沈黙するいろはを見て、源道は満足気に頷いた。
「そういうことだ。悲しみと怒りを力に変える――君の性質を犯人は見抜いていたのだろう。ゆくゆくは、成長した君が、自分にとっての最高の対立軸になってくれる、と。それが犯人の願いかもしれんな……。今は堪えて、進み続けたまえ。それが君のためになる。君のその精神が、いつか、犯人を表舞台に登場させることだろう……。私が言えることは、以上だ」
源道は言い切ると、背中を向けて電動式車椅子を前進させた。駆動音が聞こえていろははハッと我に返る。
「待ってくださいっ! せめて、お父さんとお母さんの居場所を教えてください!!」
「私は犯人ではない。知らんよ」
源道の返事はそっけなかった。次第に小さくなっていく影に、いろはの心が騒めいた。
まだだ。まだ、彼を逃がしてはならない。
「かえしてっ!!」
いろはは必死に叫ぶ。だが、もはや、源道からは一切の返事も無く。
「かえして……っ!」
ゲームって何?
ゲームって何?
ゲームって何?
そんなことの為に、私からお父さんとお母さんを奪ったの?
あなたたちの『得』の為に、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?
失い続けて、それでも必死に追い掛け続けて。
追いついたら、平気な顔で、無視されて――――
あなたたちは、人間なの?
本当に、まっとうに生きているって、いえるの――?
こんな、酷い真似を、繰り返して。
どうして、あなたたちは、生きているの?
「かえして」
頭の奥が、熱い。
どうにか抑えてきたものが、沸騰するかの如く込み上げてきた。
いろははギリッと奥歯を噛み締めると、グッと右腕を伸ばした。
「かえせよ」
知らない声が、口から飛び出た。
自分でも驚く程低く、冷たい声。
桃色の光が一瞬、いろはを照らした。
刹那――――短い射出音が、暗黒に響く。