魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
この時、殺したいとさえ思ってなかった。
ただ、この男だけは許してはならないという、鋼の意志だけが重く圧し掛かっていた。
一直線に飛翔する桃色の閃光が、日秀源道の背中を貫く。
――――筈だった。
「そこまでだ」
彼の肉体に当たる寸前で矢が暗黒に消え失せたのと、耳元で低い女の囁きが聞こえたのは同時だった。
いろは、瞠目。
「ぐっ!?」
後頭部を押されてアスファルトに顔面を思いっきり叩きつけられた。
不意を突かれた。驚愕に思考が空白して振り向く事すらできなかった。起き上がろうとしたが、背中に鈍重が圧し掛かり、いろははうめき声を挙げる。
「あぁっ!」
ギリギリと靴の踵をいろはの背中に捻じ込みながら、“彼女”は不敵に嗤った。
「
「っ……!」
艶のある声色には、ねっとりとした愉悦が過分に含まれていた。
どうにか首を持ち上げて声の方を見上げる。顔面を鴉に似た黒仮面で覆い、黒いフードを被った女の微笑みが見えた。
「はな……してっ、はな……せ」
「おっと、動くなよ」
女が屈んだ。同時に背中に膝を落とされ、いろはがうっ、と呻く。
膝で抑えつけながら、黒仮面の女はいろはの後ろ髪を鷲掴みにすると、強引に引き上げた。愉悦に満ちた顔面を近づけて、囁く。
「動いたら、『神楽』が頭をミンチにするぞ」
「っ!?」
怒りの熱が一瞬で引いた気がした。
ごつ、とこめかみに冷たく固いものが押し付けられて、いろはの顔が蒼褪める。
覗き込むように瞳だけを左に動かして、おそるおそる確認した。
――――なんだ、あれ?
初めて見る“それ”に、呼吸が止まった。
酸素が渡らなくなって心臓が一気に冷たくなるのを感じた。
“それ”は銃だが、ただの銃では無かった。
『神楽』と思しき女が抱えた銃は丸太のように極太で、先端にはハチの巣のような穴が空いている。
「ガトリングガンだ。覚悟はできているな?」
いろはの表情が恐怖に歪んでいく様を、黒仮面の女が愉快そうに見つめていた。
鉄仮面の女――『神楽』は彼女とは対照的に一言も発せず、まるでスイッチを入れた機械の様に、ゆっくりとガトリングガンの引き金に指を掛ける。
「戯れは終いだ。コルボー」
――――死を覚悟し、眼を瞑った直後だった。
まさか、彼に救われるとは思ってもみなかった。
「……フン」
運が良かったね、そう吐き捨てるとコルボーと呼ばれた黒仮面の女はいろはの背中から離れた。目を見開いて安堵の息を吐くいろは。同時に、神楽もガトリングガンを下すと、コルボーに合わせるように距離を置いた。
代わりに日秀源道が車椅子を旋回して、いろはに近づいてくる。
「私も、企業を経営する身だ。ボディガードの一人や二人、連れていないと思っていたのかね?」
「……っ」
キッといろはは源道を睨み付けた。
うつ伏せ状態から立ち上がろうと試みるが、コルボーと神楽の両名が両脇から見下していた為、動けなかった。
「っ! あなたは…………卑怯だ」
ギリッと奥歯を喰いしばり、いろはは唸る様に断言した。源道は短く嘆息。
「どう思ってくれても構わんよ。しかし、これが……」
源道は手を払って、コルボーと神楽の両名をいろはから離れさせる。代わりに自身をいろはの目前まで近づける。
「非力なジジイが、君たち魔法少女から身を護る為の、極めて合理的な手段なのだ」
「……」
「勘違いしないで欲しいが……私は、
日本有数の大企業・サンシャイングループを運営する日秀源道には、20万人以上の社員の生活を背負う義務が在る。
彼が突然死ねば、当然、社員全ての生活に影響が及ぶのは確実だ。
「お互い、これ以上は時間の無駄の筈だ。諦めたまえ」
「……!」
“時間の無駄”――――
“諦めろ”――――
彼の一言がいろはの地雷を踏み抜いた。
源道は車椅子を旋回させ、再び背中を向ける。いろはの憎悪が燃え盛る。
「っ!! ……あぁっ」
「諦めろって言ったのが、聞こえなかったかな?」
殺害を試みようと再び伸ばされた右腕は、コルボーに思いっきり踏みつけられた。手首がメキメキと不快な音を鳴らし、反射的に金切り声を張り上げる。
「そこまでにしたまえ。コルボー」
振り向いた源道の顔には眉間が寄っていた。
暴力へのあからさまな嫌悪感を顕わに注意するが、コルボーはせせら笑う。
「僭越ながらオーナー。我等護衛の責務は、『貴方の命を護る』事にある。今は勿論、将来もね……」
そう呟いて、苦痛に呻くいろはを見下ろすコルボーの笑みは残忍に歪んでいた。
「貴方の障害となる芽は、潰しておかなくては!」
コルボーは愉悦を深めると、更に踏みつける足に体重を掛けた。
べきっ、ばきっ、と骨が罅割れる様な音が響き、堪らずいろはは絶叫した。
「~~~~~っ!!!」
最早言葉にすら出来ない程の激痛。手首の神経が痛みで捩じ切れそうだ。ああ、痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
このまま、終わってしまうのか。
せっかく、自分から大切なものを奪った張本人と会えたのに。
何も取り返せないまま。
仕返しさえできずに。
奪われて、貶されて、踏み躙られて、更に奪われて。
このまま――――
「動けよ。
聞いた事のある声が暗闇に木霊して、いろはは瞠目。
コルボーが踏むのを止めて、後ろを振り向くと、巨大なハンマーヘッドが視界全面を覆った。
「アステリオスか」
バッと飛び退いてハンマーの持ち主を確認するコルボー。危ない危ない、頭を叩かれる所であった。確かコイツの固有魔法は……。
一方、ハンマーを掲げた軽装の少女は、綽名で呼ばれて、ハァ、と嘆息。
「見ねーツラだがオメー、“
幼さの残る丸目が一瞬で、狡猾な女狐の如く鋭く瞬いた。ニタリと歪んだ笑みを見せる相貌の残忍さは、目前のコルボーと匹敵する程だ。
コルボーもまた、ニィッと口端を吊り上げると、「元・そっち側だ……」と不敵に嗤ってフェリシアと睨み合った。
「……!」
「おっと」
刹那――ジャキッと音がして、フェリシアは身構えた。見ると、神楽がガトリングガンをいろはの後頭部に押し当てていた。
いいぜ、撃てるものなら撃ってみろよ――――フェリシアは動じずに、そのような意図を込めて顎で指示した。神楽は躊躇うことなく、引き金に指を掛ける。
「そこまでよ」
「っ!」
囁かれた声に神楽が一瞬たじろいだ。
瞬間――背後の暗闇から白銀の人型が飛び出し、神楽の頸筋にナイフを当てる。神楽が硬直。白銀の少女の氷よりも冷たい瞳が鉄仮面をジッと捉えていた。
「ほう……!」
「……」
一転して、劣勢に立たされたコルボーと神楽だが、その表情や仕草に焦りも困惑も無い。
コルボーに至っては、寧ろ期待通りだ、と拍手しそうな程、嬉しそうに見えた。
「コルボー、神楽、戻り給え」
だが、一触即発の修羅場は、
コルボーはふぅ、と溜息を付き、神楽はガトリングガンを下す。フェリシアとまさらも武器を下した。
「
自分の頭部より二回りも大きいハンマーを、バトン選手の如く指でヒュンヒュンと器用に回してから背負いこむと、フェリシアはニッとはにかんでコルボーを皮肉った。
コルボーもフン、と鼻で笑って返すと、神楽と共に背中を向けて、主の両脇へと並び立った。
「魔法少女同士の争いはご法度だ」
「承知いたしました、オーナー」
恭しく頭を下げるコルボーの顔には、獰猛な笑みが張り付いたままだった。気分が高まっている証拠だ、反省など微塵も感じていないのだろう――。
源道は軽く嘆息すると、フェリシア達の方へと目を向ける。
「部下が大変無礼な真似をしてしまい、申し訳なかった……」
「ハッ、サンシャイングループもお先真っ暗だな」
天下の日秀御前ともあろう御仁が、直近の部下の接遇すらまともに教育できないとは。
フェリシアは鋭い視線のまま、頭を下げる源道の醜態を鼻で笑った。間違いなく、挑発のつもりだろう。
だが、源道は深く頷く。
「驕る平家も久しからず、か……肝に銘じておこう」
源道は、まさらに介抱されているいろはの方を向き、「安心しなさい。骨は折れていない」と伝えると、コルボー、神楽を両脇に伴って踵を返す。
「大丈夫?」
「はいっ……!」
右手首はジンと痛むが、感覚は有った。この程度なら、少し待って入れば自然と治癒するだろうか。
そこを抑えながらいろはは、立ち上がった。その瞳は、小さくなっていく日秀源道の背中を力強く見据えている。
先の恐怖がフラッシュバックし、足が震えた。だが、決して屈してはならない。
奪われた家族の為にも、そして、自分の為にも――――
「日秀源道さんっ!!」
いろはは吠えた。
奴にこれだけは訴えなければならない!
存分に敵意を込めた怒声に、源道は一旦、車椅子を止めた。
「こんなの、冗談じゃない……!」
「……」
源道は振り返って睨み返す護衛二人を抑えつつ、
「あなたのこと、絶対許しませんから……!」
「……」
無言のまま、いろはの声を背中で聞いた。
「いつか、思い知らせてやりますから……!」
「……」
「大切なものを奪われた悲しみと、今、味わった苦しみを……!!」
「……」
「いつか、あなたに……っ!!」
深い怒りと悲しみは、全て受け止めた。
源道は振り向かぬまま小さく微笑んで、呟いた。
「好きにしたまえ……」
そして、彼ら三人は暗黒へと消えていく――――
☆
「ありがとう。フェリシアちゃん、まさらさん」
「ん」
「いいって別に。……で、その『乙女』ちゃんは、仕事ほっぽらかしてここで何してたってワケ?」
「聞いてたのフェリシアちゃん!? ……ていうか何、その恰好……??」
変身を解いたフェリシアの服装を見て、いろはは思わずポカンとなった。頭にバンダナ、長い金髪は後ろで団子に縛り、顔にはサングラス、身体には花柄のエプロン、ポケットには何故かヘラが刺さっていた。このスタイルはまるで……
「へへ、今日のオレはお好み焼き屋のねーちゃんだよ。ひとつどーだ?」
そういうとフェリシアは、どこからともなくパック詰めのお好み焼きを取り出した。ちなみに広島焼きである。ソースの臭いが鼻腔を刺激して、いろはのお腹がぐう、と鳴った。
「お、美味しそう……。それで、まさらさんは?」
「私は焼きそば屋さん。一つあげる」
「イメージと違う……」
まさらもフェリシアと似たり寄ったりな恰好である。普段クール美人なだけにギャップが酷い……。
そしてどこからともなくパック詰めの焼きそばを取り出すと、いろはに手渡した。
「あ、ありがとう、二人とも。だけど、どうして祭りに?」
「私は公務員だから。民間交流の一環で、市長から祭りを手伝って欲しいって」
「フェリシアちゃんは? 確か、やちよさんに監視されてたはずじゃあ……?」
まさか、隙を見て逃げ出した?――そう思ったいろはは疑惑の目線でフェリシアを見つめるが、即座に首を振られた。
「このオレが、そんな命知らずな真似するかよ」
「じゃあ、どうしてここに?」
「外に出られる理由は一つしかないだろ。“お上”だよ」
「おかみ??」
聞き覚えの無い単語にいろはは首を傾げる。
直後だった。どこからともなく、『おほほほほ』と不気味な笑い声が響く。
――――まさか、お化け!?
ひぃっ!! と怯えてまさらにしがみつくいろは。
四方八方が暗闇の為、いろはがそう捉えてしまうのも無理は無い。
なお、フェリシアは平然としている。まさらも同様だが、小さく溜息を付いていた。
やがて、茂みを掻き分けて、不気味な笑い声の『何か』が三人の前に姿を顕す!
「だ、誰ですか……!?」
「おほほほほ、驚かせてしまってごめんなさいね」
声色からして女性である。
右手にはランタンをぶら下げていたため、全体像がはっきりと伺えた。
腰がやや曲がった、老婆であった。それなりに裕福な家柄なのか、来ている衣装は洒落た柄のワンピースである。
「おばあさん、お一人でこんなところに来ちゃあぶないですよ……?」
いろはは純粋で優しい性分である。相手が何者か分からないが、老婆である以上、つい歩み寄って手を差し伸べてしまう。
……まさらが深く溜息、フェリシアの冷たい視線。
「オイ、いろは。そいつはな」
「シーッ! ちょっと黙っててちょうだい」
オホン、と老婆は咳払いすると、ポカンとなるいろはに自己紹介を始めた。
「初めまして。私は朝ヶ谷
「はあ、はじめまして……」
何やらフェリシアとまさらの知り合いらしい。
いろはは頭を下げて挨拶すると、老婆はニッとはにかんだ。
「――――っていうのは、仮の姿。正体は……」
老婆がそこまで言って、首筋に指を掛ける。
「えっ!」
直後、顔面がぺりぺりと剥がれて、いろはは目を見開いた。
老婆と思っていた女性は、変装用マスクを被っていたのだ。頭からそれをはぎ取ると、曲がっていた背筋をシャンと伸ばし、高らかに言い放つ。
「神浜市長、夕霧青佐よ!」
「夕霧さんっ!?」
まさかの大人物登場にいろは、ビックリ仰天!!
フェリシアは他人のふり。まさらは意気消沈。
「なんでここに!?」
「だって今日は休みだし……神浜市内の祭りに顔出さない訳にはいかないでしょう?」
別に変装までしなくてもいいんじゃ――――といろはは思ったが、そこは魔法少女保護特区の市長である。色々と事情が有るのだろう、とは察した。
ちなみに日中いろはは会わなかったが、娘の碧も、実は複数の出店を手伝っていたらしい。同じく変装して。なんとまあ、アグレッシブな親娘である。
「っていうか……三人で私のこと見張ってたんですね」
「見張ってたんじゃなくて、見守ってたのよ」
まさらは淡々と答えるが、いろははムッとなる。
「でも、それなら早く助けに来てくれても良かったんじゃ……」
「〇〇ゴンボール読んだことねーのか? 老〇王神様が言ってたぜ?」
「そうそう。ギリギリで助けた方が盛り上がるでしょう?」
「ええ……?」
フェリシアと青佐が笑いながらそんなことを返してきていろはは愕然となる。こっちは必死だったのに……。
だが、一部始終を見ていたということは――――
そう考えた途端、いろはの背筋に冷たいものが這い出した。咄嗟に青佐に詰め寄ると、頭を下げる。
「ごめんなさい! 私……!」
過ちを言おうとして、言葉が詰まった。
自分はなんという馬鹿な真似をしようとしたのか――――怒りを抑えきることができなかった。
激情に任せるまま、人を……一般人を殺そうとしたのだ。到底許されるべきではない。
しかし……
「いいのよ。いろはさん」
そっと。
涙ぐむいろはの頭を、青佐が優しく撫でた。
「えっ? でも、だけど……私、人を」
「貴女のその怒りは、当然よ。でも……爆発させるのは、今じゃ無いわ」
言葉は後悔しているが、顔には未だに日秀源道に対する悔しさと怒りが滲み出ていた。
青佐はじっと、その感情が映るいろはの表情を見据えて、毅然と言い放つ。
「いつか、“然るべき時”がきたら、思いっきりぶつけてやりなさい。ぶちのめしてやるつもりでね!」
「夕霧さん……!」
「それまでは、必死に耐えて、堪えて、前を向いて、積み重ねていきなさい。いいわね!」
「はい……!!」
何よりの励ましに、いろはは心が震えた。
涙を拭い、青佐の顔を力強く見据えて、頷く。
「ふう」
どうにか無事にひと段落したようで、まさらは安堵の息を吐いた。
が、不意に隣を見ると、フェリシアが渋い顔を浮かべて俯いている。
「………………」
「どうしたの?」
調子が悪い、という風には見えなかった。
暗黒に消え去った日秀源道達三人に、何か思うところがあるらしい。
「……………………アイツだ」
「え?」
「オレを雇ったジジイ。多分、アイツだよ」
サングラスの奥のアメジストの瞳が、獲物を捉えた野獣の如く、鋭い眼光を放っていた。
☆
――――八坂神社・境内。
鳥居をくぐり、建物の前で日秀源道は車椅子を止めた。
両脇を歩く護衛の二人も合わせて足を止める。
景色は、先ほどいろは達と対峙した場所より更にドス黒く覆われていて、何も見えない。獣や虫の気配も消え失せた。ただ風に揺れる林の木々の擦れ合う音が騒がしい。
不意に、源道は後ろを振り向いた。やや古ぼけた朱色の鳥居の向こう側には、周囲と変わらぬ暗黒があるだけだ。何も見えない――――筈だが、源道の眼には、見えていた。暗闇の中にある全てを、彼の肉眼は明確に捉えていた。
「よもや……貴方程の御方に、我が護衛を担って頂けるとは思いもよりませんでしたな……」
源道が独り言ちる。
こつん、こつん、と、鳥居の向こう側から、靴音のような小さな音が響いた。
源道が車椅子を旋回して、向き合おうとする。そして――――
ぱちん、と。
源道達の前に現れた“それ”が指を鳴らした。
瞬間――――コルボーと、神楽の両名が、自身の足元の陰に吸い込まれていく。ずぶずぶと、まるで底無し沼に呑まれるように。頭頂部まで沈んで、その場から消え失せた。
彼女達を吸い込んだ陰は、ぬるりと蠢くと、鳥居より姿を顕した“それ”の足元の小さな陰と一体化するように吸い込まれて、消えた。
『この二人は、お気に召しましたか?』
源道に近づいてくる“それ”が、幼さの残る可憐な声色で彼に語り掛けてくる。
源道はハア、と溜息を付き、首を振った。その仕草で、彼女は全てを察する。
顔を俯かせて、残念そうに呟く。
『ご迷惑をお掛けして、ごめんなさい……。ここには蒼海幇がいるから……特別に強い方がいいと思いまして』
“それ”が恭しく頭を下げた。
体つきは、それなりに成熟している反面、相貌は幼児のように無垢な可愛さが有った。
彼女は血のように紅いドレスを纏っていた。魔法少女の様な衣装――それを除けば、彼女は何の変哲も無い、どこにでもいる純朴そうな、愛らしい少女に見えた。
「いえ、お気になさる事はありませんよ。貴方のお陰で、私は件の『乙女』と相まみえる事が叶いましたのでね。何も、問題なく」
源道は首を振って、無垢な少女の言葉を否定した。
安心したのか、小さな丸顔の中で口元が緩やかに弧を描く。
『良かった。貴方はプロフェッサーにとって大切な人だから。困らせたらどうしようって思っちゃいまして……』
買い被り過ぎだ、と源道は即座に首を振った。
「私など、所詮、駒の一つに過ぎませんよ」
『そんなことは……』
「そうでしょう? “マギウス”と並び立つ、深淵の者よ……」
源道は、不敵に微笑むと、少女の名を呟く。
「『896』――――“無限”を冠する御方よ」
10月は辛い!
寒暖差が激しすぎて何度かメンタル崩壊の危機を乗り越えつつ、どうにか書き上げました!
で、今回のお話を読まれて、色々と疑問になられた点が出てきたと思いますが、それに関しての説明は次回で。