魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #88 黒幕

 ――――2018/07/19(日) PM17:10

 

 ――――神浜市神浜町・中央区

 

 

 

 

 

 

 数時間後――――その日の夕方。

 七海やちよは、徳江龍二の家に来訪していた。

 

「君がここに来るのは久しぶりですね」

 

「ええ……」

 

 玄関前で二人は話し合っていた。

 やちよは笑顔を浮かべて返すが、どこか神妙そうな面持ちに見えて、徳江は眉を顰める。

 

「どうかしましたか?」

 

「実は、テストに向けて数学を教えて頂きたくて」

 

「おや、君みたいな魔法少女は、学校は別にいいんじゃないのかな?」

 

 徳江の問いに、やちよは頷いた。

 公機関に勤める魔法少女は、学校に関する事は全て公欠扱いにされるのである。つまり、学校に()()()()()()、時期がくれば卒業できる、という訳だ。

 これは、国が定めた法律である。

 原則として、就職可能な年齢は中学1年生から。そして大学卒業まで、『公務員である限り』、その恩恵を受けられる仕組みだ。

 

 やちよは市役所に勤めているが、年齢はまだ19であり、一応、神浜大学に籍は残してある。

 といっても、治安維持部長の仕事が多忙でほぼ全く通えていないのだが……せいぜい、学園祭等のイベント行事の際に、大学側に呼ばれて講演に行くくらいだ。

 

「それが数学の教授が強情でして……『試験で平均点以上取れなければ単位は与えない』の一点張りで」

 

「それは難儀だな」

 

 徳江は目を細めているが、口元は微笑んでいた。

 そこまで心配していない。

 やちよは聡明であり、教えたことはすぐに身に着くタイプだ。それに、大学側に申し訳ないと思い、密かに勉強を続け、課題を提出しているのは聞いている。基礎知識は既に身に付いている筈だ。

 

「では、家に上がりなさい。分からない所を教えてあげよう」

 

「ありがとうございます。大したものではないですが、こちらを」

 

 やちよは菓子折りの入った手提げ袋を差し出したが、徳江は首を振った。

 

「君の祖母、(そら)さんにはよく世話になったからね。これは私から、あの人への恩返しだよ」

 

「よろしいのですか?」

 

「ささやかではあるけどね」

 

「ありがとうございます」

 

 さ、早くあがりなさい――と徳江はやちよに上がるよう促すと、彼女は「失礼致します」と会釈して家の中に上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――同じ頃、神浜市役所。

 

 最上階、市長執務室。

 夕陽が差し込み暖かなオレンジに染まるその部屋にはデスクに座る夕霧青佐。脇を固める秘書の粟根こころと、加賀美まさら。そして、八雲みたまがいる。

 

「環いろはの補助だって? このオレが?」

 

 彼女らと向かい合っているのは深月フェリシアだ。彼女は青佐に呼び出されて、指令を受けていた。

 その内容にきょとんと、目を丸くする。

 

「良いのかよ、ばばあ。オレはれっきとした犯罪者だぜ」

 

 市長を前にしようが、フェリシアはふてぶてしい態度を崩さなかった。

 椅子にぐっと背中をもたれかけて、呆れた様なセリフを吐き捨てる。

 

「でも、今は公務員、でしょ? 貴方の実力は私も七海部長も認めている」

 

 青佐はその姿勢に構わず、笑って言った。

 たった一人でみかづき荘の“あの”メンバーwith鶴乃を追い詰めたのは只者ではない。間違いなく、歴戦の猛者が為せる業だと伝えると、フェリシアは「うるせえ」と毒づき後頭部を掻いた。

 自分の犯罪行為を堂々と褒められる――しかも公機関のトップに――というのは、どうもむず痒い感覚である。

 

「それで、みんなで話し合って決めたのよ。貴方には、いろはさんの試験の補助係として、試験終了まで共に行動してもらう」

 

 いろはは、やる時はやる子だ。

 神浜での生活を見る限り、彼女は人望も胆力もある。

 だが如何せん、つい最近まではただの中学生。社会人としては、全てが経験不足だし、試験を満足にクリアできるかどうかは、正直、難しい所だと青佐達は捉えていた。

 

 ()()()の、深月フェリシアだ。

 彼女は頭の回転が速く、戦闘力も高い。心理学も精通してるから人の動かし方も心得ている。裏社会を転々とし、傭兵として名を挙げてきただけあり、経験も豊富だ。

 要は、いろはに無いものを全てもっていたので、青佐達にとってはちょうど都合の良い人材だったのだ。

 

「それを“このオレ”に頼むのかよ? やちよといい、あんたもイカれてるな、ばばあ」

 

「イカレばばあで結構。市長はね、たまには頭がおかしいと思われるぐらいの判断をしなきゃ守れないものもあるのよ」

 

 フェリシアの皮肉に、青佐は心からの笑顔で返す。ばばあにツッコむのはもう諦めた。

 「けっ」とフェリシアは悪態を付く。七海やちよといい、ここには喰えない女ばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方――――徳江宅。

 

 彼の家の中は一人暮らしの高齢者らしく、殺風景だ。

 大学教授現役の頃は、色々なアンティークに満ちていたのだが、今はもう全て骨董品屋に売り払ってしまったらしい。

 子供が家を出て、妻が亡くなってから、全て興味を失ってしまったとのこと。

 

「それで、どこが分からないんだね」

 

 客間に案内されたやちよは、徳江龍二から数学を教わっていた。

 目の前に置かれた、ローズマリーティーのほのかな甘い香りが、心を落ち着かせている。

 

「ここですね」

 

 やちよは数学の教授に渡された課題の一部を徳江に見せる。

 そのプリントに書かれたのは、計算式をもとめよ、という問題だ。その公式と答えが分からないのだと伝えると、徳江はうんうん、と頷いた。

 

「ふむ、君の所の数学教授は随分意地が悪いな。これは東京大学レベルの問題だぞ」

 

「えっ」

 

 やちよは呆気に取られて、目を丸くした。急に不安になったのか目線をソワソワ動かす。

 

「だっ、大丈夫なのでしょうかっ?」

 

「安心しなさい。ここはね………………こう……こんな風に解くと、分かるんだよ」

 

 やちよにローズマリーティーを飲んで落ち着くよう促し、その間に徳江はプリントに公式をスラスラと書き上げた。

 その鮮やかな手際に、やちよはパアッと顔を明るくする。

 

「わあっ! ありがとうございます!」

 

「はは、こんなのは、お安い御用だよ」

 

 徳江は孫もいる老人だが、やはり男は男。やちよのような美人に褒め称えられると、つい照れてしまう。

 頬を赤くして後頭部を掻く彼の仕草がなんだか可愛く見えて、やちよはふふっ、と笑った。

 

「流石、徳江先生。やっぱり――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――貴方なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方――――神浜市役所・市長執務室。

 

 

 

「もっとも、神浜市にいる以上、定められた条例や憲法に違反したらどうなるか、分かってるわよね?」

 

 青佐の目がギンと鋭く光る。その威圧にフェリシアは一切動じず、手をひらひらと振って答えた。

 

「当然だろ」

 

 その時点で、『契約解除』なのは答えるまでもない。

 それよりも、恐れるべきは、自分が裏切った時点で『神浜市民総勢320万人を敵に回す』事態になることだ。それは意地でも、避けねばなるまい。

 

「で、あんたらのことだし、オレに対する鎖ぐらいとっくに付けてるよな?」

 

「ご明察」

 

 そう聞かれて即座に答えたのはみたまだ。

 

「実は貴女のソウルジェムに細工を施したの」

 

 それは、調整課の新技術。

 

「『承認式』に加工したのよ。貴女が変身する時、そして固有魔法を使う時、私の許可が必要になるわ」

 

 げっ、とフェリシアは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「二度とみかづき荘のような事件を起こさせない為よ。私達の新技術の試験体になるぐらい、我慢なさい!」

 

 みたまはいつになく真剣な面持ちだ。

 市長ややちよと違って、フェリシアの事はまだ信用ならない様子で、声色も剣呑としている。

 

「わーった、わーったよ! それで? 報酬は?」

 

「真面目に働いてくれればこちらも給料はきちんと出すわよ。それに、悪条件で同い年の魔法少女のお守りをしろなんて無茶苦茶言ってるワケだから。貴女がここで希望を言ってくれれば、出来る限り叶えるつもりよ」

 

「市長……!?」

 

「……っ」

 

 正気か。

 みたまとまさらがキッと睨んでくるが、市長は二人を眼力で制した。

 

「そうかよ。じゃあ」

 

 言質得たり――――フェリシアはニッと嗤って、青佐に言い放つ。

 

 

 

 

「オレにも“大賢者試験”を受けさせろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「徳江先生、深月フェリシアを動かしたのは、やはりあなたですね」

 

「何の事かな?」

 

 やはり、はぐらかすか。

 やちよの中でスイッチが切り替わった。

 声のトーンが落ちる。鋭利な蒼眼光が徳江の顔面を突き刺す。

 対する徳江は微笑んだままだが、その目は、笑っていない。

 

「彼女がウチに来た時、筆記試験を実施しました」

 

 

 国語:26点

 

 数学:10点

 

 理科:5点

 

 社会:31点

 

 英語:2点

 

 

 以上が深月フェリシアの筆記試験の各科目の点数だった。

 

「……理科と英語が特に悲惨だね。数学もかなり酷いが」

 

「そう思いますよね。普通は」

 

 そう、“点数だけ”見れば、その感想しか出てこない。

 だが、このテストを作成した人間――――ピーター・レイモンドは。

 

「嫌な大人が、意地悪な問題を混ぜていたんですよ。それが、これです」

 

「……」

 

 徳江が目を細めて、笑みを止めた。

 やちよが指し示したのは、先ほど徳江に公式を教えて貰った用紙の問題。

 

「自己顕示欲が抑えきれなかったんでしょうね、彼女。これと同じように、東大の授業と同レベルの問題を少し混ぜていたんです。5問ほど。当然、環いろはと由比鶴乃は不正解だった。けれど、彼女は“全て”正解していた」

 

 フェリシアの答案用紙には、公式は書かれていない。

 だが、答えだけが、見事に全問正解していた。

 

「当てずっぽうで書いたのではないかな?」

 

「全問正解するなんてあり得ますか? それに、普通なら、頑張って解こうと考えて式ぐらいは記述する。けれど彼女の答案用紙には、式を書いた形跡すら無かった。明らかに不自然ですよ」

 

 やちよの眼は徳江を捉えて離さない。不意に徳江が目を、瞬きさせる。

 

「これは私の推測ですが……深月フェリシアの頭には既に公式が有った。だから短時間で答えられた。()()()()()()()()()()()

 

「っ……」

 

「もしかしたら、答えを書いたのは、無意識だったのかもしれませんが」

 

 徳江はわざとらしく咳払いすると、ローズマリーティを口に付けた。

 反応有り。

 

「それだけで私が、犯罪者をみかづき荘へ送り込んだ、とでも?」

 

「あらやだ徳江先生、私は深月フェリシアが犯罪者だと言った覚えはありませんが」

 

「……」

 

 やちよは緩やかに笑う。焦りを逆手に取られて、徳江は沈黙。

 

「深月フェリシアは確かに犯罪者だった。狡猾で、用心深くてその上、用意周到だった。目的遂行の為なら、自分さえ欺ける。けれど、それだけで、みかづき荘の環境に短期間で溶け込んで、私達から疑念を晴らすのにはまだ不十分」

 

 裏技が必要だと、やちよは考えていた。

 いくら百戦錬磨の傭兵とはいえ、先日まで裏社会で生きてきた者が、一般家庭に()()()馴染めるはずが無い。

 徳江の目をじっと見つめたまま、やちよは推測を続ける。

 

「みかづき荘に一番関係が深いのは、この私。だから、彼女はみかづき荘に来る前に、“私と馴染み深いだれか”をトレースしておく必要があった」

 

 みかづき荘の環境に、すんなり溶け込む為に。

 七海やちよと古くから親しい人間の行動を、佇まいを、癖を、嗜好を。把握し、身に着ける。日常生活の中で自然と発揮するまでに――――それが、深月フェリシアの作戦。

 

 

「それが、貴方だったんですよ。徳江先生」

 

 

「…………っ」

 

 徳江は何も返さず、沈黙を貫いた――が、無性に後頭部がむず痒くなり、無意識に手が回る。

 

「ほら、またやった」

 

「っ」

 

 やちよの指摘に、徳江は息を飲む。

 

「その癖、深月フェリシアもよくやってましたよ。感情が掻き乱されると、つい、手がそこにいく」

 

「……ただの偶然だよ」

 

「癖だけならともかく、癖に至る理由まで全く同じ、という偶然ですか」

 

「…………」

 

 徳江は再びローズマリーティーを口に運んだ。刹那、やちよの眼光。

 

「その紅茶だってそうです。深月フェリシアは朝食を作った後、必ずローズマリーティーを煎れてくれた」

 

 他の飲み物だって選べたはずなのに、フェリシアはローズマリーティーしか作らなかった。

 

「私達に……私にとってローズマリーティーが馴染み深い、思い出のある飲み物だって分かっていたから、違和感を持たれない筈だと考えた。そして、ローズマリーティーを嗜む貴方は、最近、スムージー作りに嵌っているそうですね? 材料は『ブルーベリー』に『バナナ』に『豆乳』、そして隠し味に『甘酒』……」

 

「……君は随分、嫌な性格になったな」

 

「職業柄ですよ。それに、そういうのはお互い様じゃないですか」

 

「私だという確たる証拠は無いだろう。決めつけは良くないよ」

 

「あるんですよね。これが」

 

「どこにだね?」

 

「私が仕掛けたら、彼女が自分からバラしましたから」

 

 

 

 

 

『誰に教わったの?』

 

『ああ、それはな、とく

 

 

 ――

 

 

『それより、深月フェリシアさん、今の(数学)は誰に教わったの?』

 

とっくに昔のことだからなー。忘れた』

 

 

 

 

 

「その言い直し方が明らかに不自然だったんですよ」

 

「…………」

 

 徳江はローズマリーティーに口づけた。既に飲み干したにも関わらず。

 カップを持つその手は、微かに震えていた。

 

 

江先生。“私と馴染み深い人間”で “とく” が名前に付く人間は、貴方しかいない」

 

 

 ――――それが、答えだった。徳江が諦めたように、目を閉じる。

 

 

「…………もういい」

 

 

 そう一言呟くと、長く溜息を吐いた。

 カップを握り締める手の震えが収まり、力なくテーブルの上に落ちる。

 

 その一連の仕草は、溜め込んでいたものをようやく吐き出せて、安心した故の脱力にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




以上、ジジイと美女回
そして、またもみんなに正気を疑われる神浜市長でした。
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