魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #90 深淵から伸びた手が、彼女に触れる

「連中の目的は、“貴女”よ」

 

 

 冷徹に放たれたその一言に。

 心がざわつくのを感じて、いろはは瞠目した。

 

 

 

 

『攫われたの。サンシャイングループに……』

 

『いろはさん。貴女が本気で彼らに立ち向かいたいと思うのなら、ここで力を付けるべきだわ』

 

『君は……“主人公”だ』

 

『……奇遇だな、オレもいろはに聞きたいことがあったんだ。

 

 ――オマエは、“何者”?』

 

 

『わからないかね。恐らく、標的にされたのは、()だ』

 

『「人間とはお互いに響き合い、高め合うことができる」』

 

『君のその精神が、いつか、犯人を表舞台に登場させることだろう』

 

 

 

 

 

 言葉が、頭を巡る。

 可能性は有ると思っていた。

 けど、確信が持てなかった。

 自分の身の回りの不可解な出来事――その原因が、外ならぬ自分自身ではないかと。

 

 

 

 

『うそつき』

 

『まるで、童話の主人公みたいだね』

 

『……もうやめてくれ。自分だけが正常であろうとするのは』

 

『やめてぇっ!!殺さないでぇっ!! その子は私の――――』

 

『お前と私は一緒だ。――だから、“親友”なんだよ。たまき』

 

 

 

 

 いや、違う。

 確信が持て無かったのは嘘だ。

 自分はとっくに気付いていた。分かっていて、知らないふりをしていたんだ。

 存在しない記憶に居る人たち――頭の中の深淵の底で、答えを知る彼女達は、最初から自分にヒントを与えていたじゃないか。

 

 

 

 

 ――――そこにあるのは“闇”だ、と。

 

 

 

 

 それが、答え。

 ういの喪失も。

 両親の拉致も。

 サンシャイングループの暗躍も。

 全て、自分のせい

 

 

 

 

「いろは」

 

 深淵に思考が堕ちる前に。

 肩をグッと掴まれて、いろははハッと目を見開いた。

 我に返った時に視界に移ったのは、七海やちよの顔。精悍なそれの中で、優しさに満ちた瞳の蒼穹が穏やかに揺らいでいる。

 

「貴女には、まだ選択肢があるわ」

 

「選択肢……?」

 

「ええ、大賢者試験から降りるという選択肢よ」

 

 いろはが全ての原因なら。

 相手の目的が、いろはなら。

 これから先、彼女を中心に騒動が厄災の如く発生するのは必定。“神浜市全体を周る大賢者試験”の最中に襲われるだけじゃなく、彼女の近くに居る人達も巻き込んで、燃え上がるのは間違いない、とやちよは予測した。

 市長には悪いとは思うが、だからこそ――

 

「貴女に、戦う義務は無いわ」

 

 そう、教えなければならなかった。

 いろはは下唇をくっと噛み締め、深く俯いた。

 

「けれど、私、治安維持部の一員になりましたし……」

 

「内勤という手もあるわ」

 

 七海やちよのように、戦いだけが治安維持部ではない。

 工匠大祭と同じく、イベント行事等を手伝いながら市民と交流を深め、魔法少女と一般人の垣根を無くしていくのも立派な仕事の内だ。

 

「でも、やちよさんに迷惑が」

 

「それが私の義務よ」

 

 いろはがが何者であろうと関係ない。

 例え、彼女が全ての原因だったとしても、神浜市民で有る限り、七海やちよは環いろはを守る。

 それが、治安維持部長の務め。“最強”の異名を手にした勇者だけが背負う、絶対の責務。

 

「やちよさん……っ」

 

 いろはは、目を丸くしてやちよを見上げた。

 こくりと頷き、やちよも慈母の如き微笑みをいろはに向ける。

 

「…………っ」

 

 嬉しい。

 両親がいなくなって、自分はずっと一人だった。

 まるで、世界に自分一人が取り残されたような感覚をずっと抱えてきた。

 楽しい時も、苦しい時も、ずっと――永遠に続くという気さえしていた。

 でも今、心から安心した。

 自分はまだ、一人じゃない。

 頼れる家族がいる。守ってくれる“姉”がいる。

 そう気づけたのが溜まらなくて、激情が込み上げてきた。

 視界が揺れる。

 

「っ…………でも」

 

 いろはは一度視線を逸らして、グッと拳を握りしめる。

 津波のように押し寄せてきた感情をぐっと飲み込んで。

 もう、泣く訳にはいかない――覚悟を決めて、いろはは再びやちよの顔を強く見つめ直した。

 

 

「私、戦います」

 

 

 やちよは何も返さず、穏やかな海を向けたまま頷く。

 

「ねむちゃんが、言ってくれました。私は“主人公”だって。私が初めて、全てが私のせいで起きた物語なら……私が自分の手で片付けないといけない」

 

「そう」

 

「私のせいでみんなが巻き込まれて、いつか傷つくことになる。そんなこと、私には耐えきれませんから」

 

 真剣な顔でいろはは、やちよに言い切った。

 やちよは頷きはせず、ただ一言。

 

「辛い選択よ、それは」

 

 “やめなさい”、と。

 その言葉は、遠回しに言われたような気がして。

 

「だって…………」

 

 いろはの声が震え、口元が歪む。

 やちよの気持ちは分かる。その覚悟も理解できた。だとしても――

 バッサリと言い放たれた言葉が、いろはの導火線に火を付けた。だとしても、譲れない。

 キッといろははやちよを睨む。

 

 

「っ……だって……、悔しいじゃないですか!!」

 

 

 抑え込んでいた激情が口から飛び出した。

 途端、涙が溢れだした。

 

「ういもお父さんもお母さんも、全部失って! 真実だってなにも掴めてないのに! アイツに、日秀源道にまだ何もやり返せていないのに!!」

 

 涙で顔がぐちゃぐちゃになるにも構わず必死に叫び続ける。

 

「貴女を失うのが怖いのよ」

 

「分かりますよ! 分かりますけど……じゃあやちよさんは耐えられるんですか!? 全部失って! 奪われてるのに動くなって言われて!? こころさんも!! みたまさんだって!!」

 

「! それは……っ」

 

「…………」

 

 噛み付くかのようにやちよに掴みがかりながら、いろはは激情の矛先を他の二人にも向けた。

 こころとみたまは何も返せなかった。ただ、神妙な顔をして黙りこくるのみ。

 けれど、いろはから視線を離さず、彼女の怒りを全身で受け止めていた。

 

「何とか言ってくださいよ! いってよ!! ねえ!?」

 

 両肩を揺さぶりながら必死に問う。やちよは答えない。

 それに倣う様に、こころとみたまも。

 

「…………」

 

「ごめんなさい、いろはちゃん……」

 

「っ!! いえって……! ……いえよ…………っ

 

 怒声の嵐はそこで止んだ。

 いろははようやく涙でぐずぐずになった瞳を腕で拭った。しかし涙は止めどなく溢れてくる。

 ぐちゃぐちゃになった顔を皆に見せるのが情けなく思い、顔を俯かせて両手で覆い隠した。

 

「いろは」

 

 ぐすぐすと鼻を鳴らして、泣き喚く妹の頭をやちよは抱いた。

 顔を胸に押し付け、自分を含めた皆に見られないように。

 

「っ、やちよさん……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

 

「大丈夫。貴女の気持ちは、ここにいるみんなが、きちんと受け止めたから」

 

 ねっ、とやちよはこころとみたまに笑顔を向ける。

 

「……うん!」

 

「ええ」

 

 二人も微笑みながら頷いた。やちよはこくりと頷き、胸の中のいろはに囁く。

 

 

「戦いましょう、いろは。私達と一緒に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また怒っちゃった……」

 

 その後――――

 外はすっかり陽が沈んで暗くなっていた。

 いろはは皆より先に、市役所を出て帰路に経っていた。

 

(こんなに怒りんぼだったっけな、私って……)

 

 いろははまだ中学生。

 その年齢で体験するにはあまりにも辛い出来事が多すぎて、感情の軸がぶれるのも致し方無し――――と、みかづき荘の誰かが隣にいたら、恐らく、そう言ってくれるだろう。

 だとしても解せない。

 

(宝崎にいたころは、もっと我慢できたような気がするけど……)

 

 自分の気持ちをハッキリ伝えることができた、というのは、紛れも無く彼女の精神的成長であり、気の置けない仲間を作り上げた証でもあるのだが、それを今の彼女が知る由もない。

 昼よりも明るく、買い物に回る主婦や、飲み屋に向かうサラリーマン達、遊び回る学生達によって昼より賑わう商店街を歩きながら、いろはは深い溜息を付いていた。

 

(もしかして、あれが、私の知らない“わたし”だったのかな? ねむちゃんの知ってる“わたし”って、どんな人だったのかな……?)

 

 ふと考える。

 “環いろは”の中には、“環いろは”が知らない“環いろは”が居る。

 それが全ての鍵を握ってるだなんて、よく考えれば相当奇妙な話だ。

 父は大賢者に会えと伝えた。

 会ったら、知らない“環いろは”の事を思い出せるんだろうか。その時、今の“環いろは”はどうなってしまうんだろうか。

 

「なんか、考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだなぁ……」

 

 ボヤきながら、いろはは商店街の中を進み続ける。

 周りはこんなに光で満ち溢れてるのに、心は暗澹としたままだ。

 昔、父親から倫理パズルの本を見せてもらって、けれど一日欠けても一問も解けなかった時のことを思い出した。今の心境はあの時と同じだ。自分の弱い頭じゃ絶対に解けない複雑なパズルが、まさか自分の中にあるなんて――――

 

 

「っ!」

 

 と、そこで携帯が鳴り、いろは我に返った。

 バッグから端末を取り出して画面を見ると、『八雲みたま』からである。

 

「? もしもし……」

 

 通話タブを押して、端末を耳に当てるいろは。

 

『ああ、いろはちゃん。ごめんなさい、急に』

 

「いえ……どうしたんですか?」

 

『前に、二人で神浜総合病院に行ったでしょ。そこで院長秘書を務めてるのが(かぶら) 美奈子って人で、私の昔からの友人の魔法少女なんだけど……』

 

 みたまの声色にいつもの調子はなく、どうも忙しない感じだ。

 だからか、嫌な予感がした。

 

「何か……あったんですか?」

 

 息を飲んで、いろはは尋ねる。

 

『ええ……。驚くかもしれないけど、聞いて欲しいの。実はその子が……突然、行方不明になっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりね、環いろは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 

 一瞬。

 刹那の様な瞬間だが、いろはは呼吸を忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ううん。“初めまして”、というべきかにゃー?』

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……里見、灯花ちゃん……」

 

 夢にまで見る程に。

 ずっと聞きたかったその声。

 けれど、それに彩られたその言葉は、できれば絶対に彼女の口から聞きたくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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