魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
「連中の目的は、“貴女”よ」
冷徹に放たれたその一言に。
心がざわつくのを感じて、いろはは瞠目した。
『攫われたの。サンシャイングループに……』
『いろはさん。貴女が本気で彼らに立ち向かいたいと思うのなら、ここで力を付けるべきだわ』
『君は……“主人公”だ』
『……奇遇だな、オレもいろはに聞きたいことがあったんだ。
――オマエは、“何者”?』
『わからないかね。恐らく、標的にされたのは、
『「人間とはお互いに響き合い、高め合うことができる」』
『君のその精神が、いつか、犯人を表舞台に登場させることだろう』
言葉が、頭を巡る。
可能性は有ると思っていた。
けど、確信が持てなかった。
自分の身の回りの不可解な出来事――その原因が、外ならぬ自分自身ではないかと。
『うそつき』
『まるで、童話の主人公みたいだね』
『……もうやめてくれ。自分だけが正常であろうとするのは』
『やめてぇっ!!殺さないでぇっ!! その子は私の――――』
『お前と私は一緒だ。――だから、“親友”なんだよ。たまき』
いや、違う。
確信が持て無かったのは嘘だ。
自分はとっくに気付いていた。分かっていて、知らないふりをしていたんだ。
存在しない記憶に居る人たち――頭の中の深淵の底で、答えを知る彼女達は、最初から自分にヒントを与えていたじゃないか。
――――そこにあるのは“闇”だ、と。
それが、答え。
ういの喪失も。
両親の拉致も。
サンシャイングループの暗躍も。
全て、自分のせい
「いろは」
深淵に思考が堕ちる前に。
肩をグッと掴まれて、いろははハッと目を見開いた。
我に返った時に視界に移ったのは、七海やちよの顔。精悍なそれの中で、優しさに満ちた瞳の蒼穹が穏やかに揺らいでいる。
「貴女には、まだ選択肢があるわ」
「選択肢……?」
「ええ、大賢者試験から降りるという選択肢よ」
いろはが全ての原因なら。
相手の目的が、いろはなら。
これから先、彼女を中心に騒動が厄災の如く発生するのは必定。“神浜市全体を周る大賢者試験”の最中に襲われるだけじゃなく、彼女の近くに居る人達も巻き込んで、燃え上がるのは間違いない、とやちよは予測した。
市長には悪いとは思うが、だからこそ――
「貴女に、戦う義務は無いわ」
そう、教えなければならなかった。
いろはは下唇をくっと噛み締め、深く俯いた。
「けれど、私、治安維持部の一員になりましたし……」
「内勤という手もあるわ」
七海やちよのように、戦いだけが治安維持部ではない。
工匠大祭と同じく、イベント行事等を手伝いながら市民と交流を深め、魔法少女と一般人の垣根を無くしていくのも立派な仕事の内だ。
「でも、やちよさんに迷惑が」
「それが私の義務よ」
いろはがが何者であろうと関係ない。
例え、彼女が全ての原因だったとしても、神浜市民で有る限り、七海やちよは環いろはを守る。
それが、治安維持部長の務め。“最強”の異名を手にした勇者だけが背負う、絶対の責務。
「やちよさん……っ」
いろはは、目を丸くしてやちよを見上げた。
こくりと頷き、やちよも慈母の如き微笑みをいろはに向ける。
「…………っ」
嬉しい。
両親がいなくなって、自分はずっと一人だった。
まるで、世界に自分一人が取り残されたような感覚をずっと抱えてきた。
楽しい時も、苦しい時も、ずっと――永遠に続くという気さえしていた。
でも今、心から安心した。
自分はまだ、一人じゃない。
頼れる家族がいる。守ってくれる“姉”がいる。
そう気づけたのが溜まらなくて、激情が込み上げてきた。
視界が揺れる。
「っ…………でも」
いろはは一度視線を逸らして、グッと拳を握りしめる。
津波のように押し寄せてきた感情をぐっと飲み込んで。
もう、泣く訳にはいかない――覚悟を決めて、いろはは再びやちよの顔を強く見つめ直した。
「私、戦います」
やちよは何も返さず、穏やかな海を向けたまま頷く。
「ねむちゃんが、言ってくれました。私は“主人公”だって。私が初めて、全てが私のせいで起きた物語なら……私が自分の手で片付けないといけない」
「そう」
「私のせいでみんなが巻き込まれて、いつか傷つくことになる。そんなこと、私には耐えきれませんから」
真剣な顔でいろはは、やちよに言い切った。
やちよは頷きはせず、ただ一言。
「辛い選択よ、それは」
“やめなさい”、と。
その言葉は、遠回しに言われたような気がして。
「だって…………」
いろはの声が震え、口元が歪む。
やちよの気持ちは分かる。その覚悟も理解できた。だとしても――
バッサリと言い放たれた言葉が、いろはの導火線に火を付けた。だとしても、譲れない。
キッといろははやちよを睨む。
「っ……だって……、悔しいじゃないですか!!」
抑え込んでいた激情が口から飛び出した。
途端、涙が溢れだした。
「ういもお父さんもお母さんも、全部失って! 真実だってなにも掴めてないのに! アイツに、日秀源道にまだ何もやり返せていないのに!!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになるにも構わず必死に叫び続ける。
「貴女を失うのが怖いのよ」
「分かりますよ! 分かりますけど……じゃあやちよさんは耐えられるんですか!? 全部失って! 奪われてるのに動くなって言われて!? こころさんも!! みたまさんだって!!」
「! それは……っ」
「…………」
噛み付くかのようにやちよに掴みがかりながら、いろはは激情の矛先を他の二人にも向けた。
こころとみたまは何も返せなかった。ただ、神妙な顔をして黙りこくるのみ。
けれど、いろはから視線を離さず、彼女の怒りを全身で受け止めていた。
「何とか言ってくださいよ! いってよ!! ねえ!?」
両肩を揺さぶりながら必死に問う。やちよは答えない。
それに倣う様に、こころとみたまも。
「…………」
「ごめんなさい、いろはちゃん……」
「っ!! いえって……! ……いえよ…………っ」
怒声の嵐はそこで止んだ。
いろははようやく涙でぐずぐずになった瞳を腕で拭った。しかし涙は止めどなく溢れてくる。
ぐちゃぐちゃになった顔を皆に見せるのが情けなく思い、顔を俯かせて両手で覆い隠した。
「いろは」
ぐすぐすと鼻を鳴らして、泣き喚く妹の頭をやちよは抱いた。
顔を胸に押し付け、自分を含めた皆に見られないように。
「っ、やちよさん……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
「大丈夫。貴女の気持ちは、ここにいるみんなが、きちんと受け止めたから」
ねっ、とやちよはこころとみたまに笑顔を向ける。
「……うん!」
「ええ」
二人も微笑みながら頷いた。やちよはこくりと頷き、胸の中のいろはに囁く。
「戦いましょう、いろは。私達と一緒に」
☆
「また怒っちゃった……」
その後――――
外はすっかり陽が沈んで暗くなっていた。
いろはは皆より先に、市役所を出て帰路に経っていた。
(こんなに怒りんぼだったっけな、私って……)
いろははまだ中学生。
その年齢で体験するにはあまりにも辛い出来事が多すぎて、感情の軸がぶれるのも致し方無し――――と、みかづき荘の誰かが隣にいたら、恐らく、そう言ってくれるだろう。
だとしても解せない。
(宝崎にいたころは、もっと我慢できたような気がするけど……)
自分の気持ちをハッキリ伝えることができた、というのは、紛れも無く彼女の精神的成長であり、気の置けない仲間を作り上げた証でもあるのだが、それを今の彼女が知る由もない。
昼よりも明るく、買い物に回る主婦や、飲み屋に向かうサラリーマン達、遊び回る学生達によって昼より賑わう商店街を歩きながら、いろはは深い溜息を付いていた。
(もしかして、あれが、私の知らない“わたし”だったのかな? ねむちゃんの知ってる“わたし”って、どんな人だったのかな……?)
ふと考える。
“環いろは”の中には、“環いろは”が知らない“環いろは”が居る。
それが全ての鍵を握ってるだなんて、よく考えれば相当奇妙な話だ。
父は大賢者に会えと伝えた。
会ったら、知らない“環いろは”の事を思い出せるんだろうか。その時、今の“環いろは”はどうなってしまうんだろうか。
「なんか、考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだなぁ……」
ボヤきながら、いろはは商店街の中を進み続ける。
周りはこんなに光で満ち溢れてるのに、心は暗澹としたままだ。
昔、父親から倫理パズルの本を見せてもらって、けれど一日欠けても一問も解けなかった時のことを思い出した。今の心境はあの時と同じだ。自分の弱い頭じゃ絶対に解けない複雑なパズルが、まさか自分の中にあるなんて――――
「っ!」
と、そこで携帯が鳴り、いろは我に返った。
バッグから端末を取り出して画面を見ると、『八雲みたま』からである。
「? もしもし……」
通話タブを押して、端末を耳に当てるいろは。
『ああ、いろはちゃん。ごめんなさい、急に』
「いえ……どうしたんですか?」
『前に、二人で神浜総合病院に行ったでしょ。そこで院長秘書を務めてるのが
みたまの声色にいつもの調子はなく、どうも忙しない感じだ。
だからか、嫌な予感がした。
「何か……あったんですか?」
息を飲んで、いろはは尋ねる。
『ええ……。驚くかもしれないけど、聞いて欲しいの。実はその子が……突然、行方不明になっ
「え」
一瞬。
刹那の様な瞬間だが、いろはは呼吸を忘れた。
『ううん。“初めまして”、というべきかにゃー?』
「……里見、灯花ちゃん……」
夢にまで見る程に。
ずっと聞きたかったその声。
けれど、それに彩られたその言葉は、できれば絶対に彼女の口から聞きたくは無かった。