魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

98 / 155
FILE #91 少女が見る世界は 神の未来か、悪魔の過去か

 

 

 

 刹那の雑音。

 みたまの声が“彼女”と入れ替わったのは、その直後。

 

 

「っ…………っ」

 

 パクパクと唇が上下し、開閉を繰り返す。

 この世から酸素が消えた。

 この世から光が消えた。

 息苦しく、どこまでも果ての無い漆黒。

 そこに、いろはだけが唯一人、ポツンと取り残されたかのように。

 

「っ…………あ」

 

 分かっていた。

 これは、“彼女”の声が訊けたことへの生理的反応。

 強い衝撃――それは、記憶の片隅に居る、懐かしき親友に会えた歓喜とは違う。

 この感情は――苛立ち、怒り、悲しみ、嫌悪、憎しみ、絶望のような、激しいマイナスの起伏――それが違和感で。自分にとって不愉快過ぎるその感情の群れが、動悸を加速させる。

 

「あ、あなたは……」

 

 急速に襲い掛かってきた悪寒に膝が震え、折れそうになるのだけは耐えながら。

 体の中に取り残された酸素を、どうにか絞り出していろはは掠れた声を発した。

 

『んー?』

 

「私の知ってる、灯花ちゃんじゃ、ないんだね……」

 

『くふっ』

 

 よく聞いた含み笑いの後、一瞬の沈黙。

 

『わたくしに関しては、ヒントを上げるねー☆』

 

 そして、少女は記憶の頃とは一切変わらぬままの声色で、語り始める。

 

 

 

一切(ものみな)はただ火炎なり』

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 歌を謳うように発せられたその詩に、いろはは瞠目。

 

 

 

 

『天空覆いて(くま)なし

 

四方および思維(しゆい)

 

地上にも空隙存せず

 

一切の暗き大地は

 

悪人みな遍満す

 

われいま帰するに所なく

 

孤独にして同伴なし

 

悪所の闇中に在って

 

大火災の(なか)に入る

 

我は虚空の中にして

 

日・月・星を見ざるなり』

 

 

 それは、彼女自身の言葉というよりも、誰かの言葉を引用したかの様だった。

 

 

『然し、私は生きている。

 

今を生きて、この生命(いのち)を噛み締めている』

 

 

 

 

 

 

「あ…………あ…………っ」

 

 いろはの視界が歪み、口から自然と嗚咽が漏れた。

 そこにあるのは“闇”。

 追い求めれば、探し続ければ、いつかはその答えに辿り着くのは、()()()()()()()なのに。

 大粒の涙が瞳から零れた。鼓動が激しいせいで胸が強く痛み、悪寒が酷くて膝の震えが止まらない。

 

「ちょっとは、思い出してくれた?」

 

「……っ」

 

 でも、少女の声は無邪気そのままで。

 自分の中に有る、とても大切で、輝かしい世界の住民のままでいてくれて。

 ――――いや、違う。

 ねむだってそうだったじゃないか。あの輝かしい記憶は全て幻想で、偽りだった。

 だって、そこにあるのは“闇”だから。

 思い出したく無かったもの。脳の片隅にしまい込み、封じ込めていた暗黒を、自分自身が白く塗り替えて、作り物の“光”で照らしていただけで――!!

 

「あぁ……!!」

 

 懺悔の言葉が頭の中で無限に彷彿する。

 それは彼女にとって傲慢で、極めて愚かな行いの筈だ。

 “現実()”に生きる少女に対して、自分は“空想の絵空事()”に浸り、苦しみから逃れてきた。痛みから開放されてきた。

 裏切り者で、落伍者の愚考――恐らく彼女からは、永久に赦される事は無い。

 

『くふっ』

 

 ――――やめて。

 “輝かしいあの頃()のまま”の貴女の声で、いつもの笑い方をしないで。

 

 叫び出したくなる衝動は、急激に湧いた不快感に止められた。

 胃が荒々しく掻き乱され、汚いものが喉元まで昇り詰める。

 こんな気持ちになるなら。これから先、ずっと続くなら。

 

「灯花ちゃん……」

 

 見ないまま、空想()に癒しを求めていた方が、幸福なのかもしれない。

 ねむも、青佐も、やちよも――それが自分の為だと、言ってくれた。

 

 それでも、いろはは。

 

 

「貴方は、一体、何者なの……?」

 

 

 かぶりを振り、暗黒に手を突き入れた。

 自分の中の“深淵”――そこにある本当の姿を知るために。

 例え、自分自身の手で彩った空想の偽物であろうとも、大切にしていた人達を取り戻していく為に。

 “現実()”と向き合い、進むことを選んだ。

 その為なら、耐え難い苦痛だって受け入れてやる、と。

 

 

『聞けば、何でも教えて貰えると思ったのかにゃー? まあでも、これだけははっきり言えるよ。

 

【人の生命とは無限に有限。だから価値は無い。

為れば、私はこの生を掛けて、有限を無限へと創り代える。

私の人生の価値を、絶対的な唯一にする】

 

 それが、()()()“わたくし”だから。覚えておいてね。たまき」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プツン。

 “彼女”との会話が途切れ、刹那の雑音――――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――………………ああ、良かった! 繋がった! 一体なにが……!?』

 

「…………」

 

 数拍置かれて、聞こえてきたのは、みたまの声。

 いろはの口が、自然と酸素を取り込んだ。

 世界が光を取り戻し、同時に群集の喧噪が騒がしく耳を打つ。

 常闇から開放された意識は、『神浜市中央商店街』へと戻された。

 まるで、今の数分間の“彼女”との会話が、いろはの夢であったかのように。

 

「みたまさん」

 

 しかし、いろはにとっては、紛れも無く現実だった。

 だから――

 

『! ……なあに、いろはちゃん?』

 

 

「一緒に、戦ってくれますか?」

 

 ――覚悟を決める。

 

 

『え……?』

 

 本当のことは、未だ分からないままだ。

 現実だと思っていた“光り輝く絵空事()”も、夢だと思っていた“現実”()も、実際の所は、まだ何も思い出せなくて、非常に曖昧で。

 だけどいろはは、この胸に誓いを立てる。

 

 

「一緒に、彼女を……里見灯花ちゃんを、止めてくれますか?」

 

 

 絶対に全てを取り戻すと。

 何があっても、生き抜いて、戦い抜いてみせると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。プロフェッサー」

 

 暗黒の中枢に戻った灯花を、白衣の少女が出迎える。

 恭しく緑髪の頭を下げた彼女を、灯花は一瞥し、

 

「ただいま、『490』」

 

 とだけ、静かに告げる。

 490と呼ばれた白衣の少女――灯花の“助手”が頭を上げた。エメラルドの右眼がメタリックに輝いている。

 

「如何でしたか、“環いろは”は?」

 

 微笑を浮かべて、490は主に問うた。

 くふっ――と、灯花は彼女に振り返らず、それだけの含み笑いを零す。490はそれを見て、満足そうに頷いた。

 その端的なやりとりが二人の関係の深さを現していた。お互いに言葉など、今更必要も無い。助手は主の考えを、表情を見れば即座に理解して汲み上げ、それ以上、追及はせず。

 主もまた、助手の先の質問の意図を理解していたから、言葉を返す事はなかった。寧ろ、明確な解説など、助手とのコミュニケーション間では、時間の無駄だと。

 

 暗晦の中枢を根城にする孤高の王。

 血に飢えた怪物の如く、その冷たき紅眼で世界を見下ろす、少女の姿をしたマッドプロフェッサー。

 その思考を理解できる者は、常人は愚か、彼女自身が立ち上げた組織にさえ、一人だっていなかった。

 “天才”がチームメイトと認める者は、同じく“天才”のみ。

 

 それは此処にいる『490』と――――

 

 

「おかえり、『896』。そしてようこそ、“マギウスの翼”へ」

 

 

 ()()ぐらいだ。

 

 490とは反対側の暗闇から、歩み寄ってくる靴音が聞こえた。

 既に誰か理解していた主は瞬時に振り向き、笑顔の花を咲かせた。現れたのは、490とは頭一つ分は背丈が高く、然し幼女の如く無垢な顔付きの、少女であった。

 ――――彼女もまた、“助手”。

 血の様な真紅のドレスの上に羽織った白衣がその証左だ。彼女もまた、主に深々と頭を下げた。

 

「お招き頂き、恐悦至極にございます。プロフェッサー」

 

 896と呼ばれた少女が浮かべる笑顔は、主や490とは違って、人間らしい暖かみが感じ取れた。

 生来は優しい性根の持ち主だと分かる。

 けれど、そんな彼女も、目前のマッドサイエンティストに心酔し、忠誠を誓っているのだ。向かい側に立つ490と同じく、天才独特の狂気に魅了された者の一人だった。

 

「我等“両翼”を再びお傍に置いて頂けるとは」

 

「計画の様子をプロフェッサーと同じ席で鑑賞できるなんて……」

 

 490と896はお互いに喜びを抑えきれない様子で、期待に満ちた眼差しを向けた。

 主は再び、くふっ、と嗤い、

 

「これからの先のことを考えたら、()()()なるからねー。わたくしの護衛も兼ねてもらうけど?」

 

 490は敬礼。

 

「承知しております。プロフェッサー」

 

「我等“両翼”、全て貴女様の為に……!」

 

 896も、彼女の動きに合わせるように、頭を深く下げた。

 

「……ですがプロフェッサー、僭越ながら私より一つ、意見を挙げても宜しいでしょうか?」

 

「いいよー?」

 

 490に、灯花は頷く。

 

実働部隊(はねども)の指揮官は、本当に梓みふゆで、よろしいのですか?」

 

「まー、その辺の人事はおいおいとねー」

 

 助手の質問に、灯花の態度は素っ気ない。

 秘密結社・『マギウスの翼』の最高幹部は、里見灯花・日秀源道・梓みふゆの三名となっており、三人の合議制によって組織方針が決められている、とされているが、あくまで表向きだ。

 実際、里見灯花にとっては、源道もみふゆも眼中に無い。一般人から見れば二人の才能は非凡に映るだろうが、生まれながらの天才である彼女から見れば、愚鈍な俗物に過ぎない。

 

 故に――――

 

「だって、羽根の実用性を証明できるのなら、()()()()()し」

 

「仰る通りです。『マギウスの翼』は()()()に存在する。ゆくゆくは“解放”の為に――」

 

 人が創造する世界は美しい。

 我等が崇拝する主が創り上げる世界ならば、より一層。

 それは例え、女神にさえ模倣できない。

 

 そう、全ては――――

 

 

 

「我等が深淵の王、

プロフェッサー・マギウスによる

超越計画(トランセンデンス)の為に……」

 

 

 

 そして、明ける闇に。

 溺れる光へ。

 

 

 漆黒に満ちる少女達を、天高き位置から静かに。

 黒鉄の生気を映さぬ虚無の双眼が見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無惨な状況においてさえ

 

私はひるみも叫びもしなかった

 

運命に打ちのめされ

 

血を流しても

 

決して屈服はしない

 

 

――――ウィリアム・アーネスト・ヘンリー『インビクタス』(負けざる者たち)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。