魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――2018/10/21 PM16:40
そして、時は流れ、三か月後――――いろはは、真面目に働いていた。
「これは……『骨折』しているねえ。どれどれ、『手術』が必要だから、入院させようか」
「そ、そうなの?」
神浜市神浜町・中央区某所、“ここ”は神浜市で最も有名な
不安な顔を浮かべる少年と向き合い、白衣を着た老人は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「なあに、明日には治っているよ。いろはちゃん」
「はい。それでは、こちらの『預かり所』に記入をお願い致します」
白衣の老人に呼ばれて、いろはは子供に同伴する母親に、書類を差し出す。
「いつもありがとうございます」と母親は笑顔で会釈したので、いろはも釣られて笑顔を返した。
そうして、去っていく親子を外まで見送った直後、いろはに声がかかる。
「おねーちゃーん!」
「夕夏ちゃん!」
振り向くと、親子連れが見えた。いろはを呼んだのは、母親に手を引かれた小さな女の子だった。
“常連”の少女、夕夏である。おっ、と思い、いろはは両手を背中に回した。
「あの子、げんき?」
「うん。元気にしてるよ。ほーら」
とてとてと目前まで歩み寄る夕夏に、いろはは両手を前に出して、背中に隠していた“それ”を差し出す。
「そろそろ来る頃だと思って、待ってたんだよ。『ぼく、さみしかったんだよー』って」
見せた途端、パアッと夕夏の顔に歓喜が灯る。夕夏は“それ”を受け取り、舞い上がるように喜んだ。
「わあー! クマちゃん元気になったーっ!!」
「うん、ちゃんと治ったよ。良かったね、夕夏ちゃん」
子供が無邪気に喜ぶ姿を見て、顔を綻ばせない者はいない。
クマちゃんを抱いて飛び跳ねる夕夏を見てると、心が暖かくなるようで、いろはも自然と笑顔を見せていた。
――――そう。
上述した通り、いろはが勤務している“ここ”は中央区で最も有名な診療所である。
その名も、『おもちゃ診療所』――――。
☆
――と、いう訳で。
“ここ”は、実は診療所ではなく、神浜中央図書館と隣接する、中央公民館の一室を利用した施設である。
務めている白衣の高齢男性達も、医者ではなく、元家電メーカー勤務や、町工場を経営等していた腕利きの“職人”達なのだ
「いつもありがとうございます。身近にこういうところが有って助かってます!」
おもちゃ診療所の受付にて、いろはは、夕夏の母親から感謝を送られていた。
彼女は以前も、夕夏の玩具が壊れた、という事で、おもちゃ診療所に診察に来たことがある。
本来、おもちゃが壊れた時は、メーカーに頼んだ方が確実性はある。
しかし、時間が掛かる上、部品の一部が海外製だった場合は、保証が効かず高額を請求される可能性もある。
子供にとって玩具は宝物だ。
長期の修理なんて待てる筈無いし、子供がいる親にとっても高額の修理費は大変な痛手となる。
よって、地元の小さな子供がいる家庭にとっては、即日+低額で修理してくれるおもちゃ診療所の存在は大変有難かった。
「いつでもいらっしゃってください。来れない時は、電話を頂ければいつでも駆け付けますから!」
「本当にありがとうございます。じゃあいこ、夕夏」
「おねーちゃーん! ありがとー!」
「ふふ、またね。夕夏ちゃん」
いろはが“治療”したクマのぬいぐるみを大事そうに抱えながら、夕夏は大きな声でお礼を言って、母親と共に去っていった。
いろはも、外に出て二人の背中を見えなくなるまで見送った。
――――そして、受付に戻ると。
「頑張ってるね、いろはちゃん」
「こころさん!」
入口より姿を現した少女――粟根こころを笑顔で迎えるいろは。
珍しく私服姿であるが、やはりスタイルの良さが見て分かる。つまり、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいて、年相応の少女というよりも、女性的な美しさが服の上から顕れていた。
やちよと一緒にモデルをしているだけあって、鍛え上げてるのだろう。羨ましいと思う。
「今日は非番でね。どう、上手くやれてる?」
そして、陽の様に眩しい笑顔を向けてくるのだから、同姓のいろはでさえ、直視を躊躇うほどだ。
若干目を背けながらも、遠慮がちに答える。
「え、ええ。思ったより来る子供達が多くて、最初は頭が回んなかったですけど……」
言うまでも無く、いろはは人見知りである。
接客、しかも、妹よりも年の低い子供の相手なんて絶対厳しいとさえ思っていた。
――――が。
「最近は、みんなの顔も覚えてきましたし……私に修理を頼んでくれる子も増えてきたんですよ!」
続ければ何とやらである。
いろはも、この仕事にはすっかり慣れた様子で、難無くこなせるようになっていた。
と言ってもそれは受付業務の話で、おもちゃの修理の腕の方は、まだまだ未熟である。
何せ、いろはは、職人では無いのだから。
一人で出来るのは、先のぬいぐるみの修繕くらいで、おもちゃ修理は指導員見守りの下、簡単な設計のものしかやらせてもらっていない。
つまり、それぐらい、おもちゃとはデリケートな“機械”なのだ。
使用されているネジは、六角形とか、楕円形とか、特殊な形のものが使われており、素人が無暗に解体してはならないとさえ言われている――
――とは言え、常連の子供達ともすっかり打ち解けた様であり、声色が溌剌としているのも、自信がついている証拠であった。
「あはは、やっぱりいろはちゃんは、人の心を掴むのが上手いんだよ」
「そんなことは……っ」
正面から褒められて、ほんのりと頬を染めて目線を下げるいろは。
こころのような美人に屈託ない笑顔を向けてもらうと、何故か恥ずかしい気持ちになってしまう。
――と、そこで新たな来客が。
「オホホホホホ……私はこの辺に住むしがない年金暮らしのおばあさん、朝ヶ谷 こうn」
「当て身」「ぐえっ」
手刀が叩き落される音、老婆が崩れ落ちる声。
「失礼したわね」
秘書のまさらが入口から顔だけ出して、ぺこりと謝ると、気絶した老婆をズルズルと引きずって去っていく。
「…………」
「あ、あー……あはは……ごめんなさい」
その光景に、いろはは青い顔を浮かべて沈黙。こころは苦笑い。
大体2時間おきぐらいには、こっそり現れて、まさらに見つかっておしおきされて、引き摺られていくというオチである。
「あの、今ので三回目です……」
「あはは……、それだけいろはちゃんのことが心配なんだと思うけど……、やっぱり自分で玩具を直したくて仕方ないんだろうね」
「え? 青佐さ……夕霧市長って、モノづくりされるんですか?」
きょとんと、いろはが目を丸くして問いかけると、こころは、うんと頷く。
「モノづくりもなにも……って、いろはちゃんは知らなかったんだね。あの人は、元々工匠区出身の技術者だったんだよ」
「え、そうなんですか!?」
意外な事実に、いろはは驚いた。
夕霧青佐の物腰や立ち振る舞いから見て、職人らしい無骨さや不器用さは感じられなかったからだ。
「実家は精密機械の製造工場だったんだよ? ほら、後ろの写真」
こころが指さしたので、いろはも後ろを振り向いた。
神浜市の工業の歴史を証明するかの如く、写真が端から端まで並べられている。
その内の一枚。丁度、いろはの真後ろに飾られていた、『平成8年、神凪製作所』という題名の写真。当時勤めていたらしい技術者達の集合写真の中に、
(あ、いた)
青佐と思しき……というか青佐としか思えない女性が、中央に立っていた。
切れ長の瞳と、眼鏡を掛けている所は今と変わらないが、それ以外は。
「うわー……、碧さんそっくりー……」
いろはが思わず感嘆を漏らすのも無理はない。
だって、娘の碧と瓜二つであったから。紺色のショートヘアーと、何故か存在する“犬耳”が、その証拠である。
「っていうか、碧さんの犬耳って遺伝だったんですね……?」
アレは年を取ると無くなるものらしい。
「やっぱりそっちの方に驚くよね……。まあでも、当時は優秀な技術者だったそうだし、工匠区でも珍しい女性の技術者、しかも経営者だったから余計に注目を浴びてたみたい」
「ご実家の方は……?」
「残念なことに、色々と複雑な事情が有って、潰れちゃったんだって……。けど、そこから政治家に転身して、市長に返り咲いたんだからすごいよね!」
確かに凄い。
いろはもこくんと大きく首を縦に振って、感心した。
政治にはあまり詳しくないが、政治家というのはニュースで見る限り、所謂“エリート”な家庭の人達だと思っている。当然、親もエリートで色々援助してもらったから、自分も後を継ぐ為に政治家やってる、というスタイルの人はよく見た。
対して、青佐は技術者だ。政治とは、ましてやエリートなる人種とは無縁の女性。
何も持っていない状態から市長にまで昇り詰めたと考えると、その苦労は並大抵では無かっただろう。
しかし、
「神浜市長、夕霧青佐で―――――っす!!!」
「裸絞」「ぐえーっ!! ……」ズルズル……
やけくそ気味に青佐参上! クールな秘書のチョークスリーパー! あおさはたおれた!
そして、引きずられて去っていく……。
「「…………」」
またも入口で繰り返される一発ギャグにいろはとこころはまたも苦笑。
こんな間抜けな様子からは、とてもそうは思えない……。
「でも、ああまで危険をおかしてこっちに来るってことは」
「うん、それだけモノづくりが大好きなんだよ。この“おもちゃ診療所”にしたって、元々は市長の発案で生まれたものなんだから」
「そうだったんですか?」
「うん、主に工匠区とかで定年した技術者の人達を、新しくシルバー人材として雇用して……創ったのがここなんだよ」
おもちゃ診療所に勤務する職員(通称:ドクター)は、ほとんどが高齢者だ。
彼らは元々、定年退職により暇を持て余していた者ばかりだが、いずれも現役だった頃の腕前は、一流であり、腐らせておくのは惜しいと青佐は思っていた。
それが、『おもちゃ診療所』の開設に繋がる訳である。
「『地域の子供達の為に貢献してほしい』って呼び掛けてね。元技術者の人達もその為なら、って喜んで集まってきてくれたんだよ」
「すごいなあ、青佐さん」
ちなみに、最初の内は、青佐自ら玩具の修理に励んでいたそうだ。
相変わらずのアグレッシブさである。
「知らなかったんだ?」
「ええ、まあ……」
診療所の中で、いろはは紅一点。
技術がない自分が務めていいのかと不安になったが、おもちゃ診療所の責任者(通称・院長)からは、『ウチのドクターは碌な事が言えない野郎ばっかだから、いろはちゃんがいてくれたら賑やかになるねえ』と言われて、あっさり受け入れて貰えた。
そんな訳で3カ月働き、ここの
なんとなく、失礼に当たるような気がしたのだ。
高齢とはいえ、職人は職人だ。
年相応の落ち着きは見られるものの、基本的に表情は固く、口下手な者ばかり。休憩中でも、技術の事なら嬉々として捲し立てるが、自分の事になると、途端に仏頂面となり、話そうとはしなくなる。
要は、プライドが高い人間が集まっているので、コミュニケーションのやりにくさをいろはは感じていた。
「分かるよ、職人さんだもんね……」
苦笑いするいろはの心境を察してか、こころはそう口にした。
「あはは……。でも、本当にこんなことしてて良いのでしょうか?」
そう尋ねるいろはの顔に急に影が差し込んで、こころはきょとんとなる。
「どうしたの?」
「はい。訓練はあまりしてもらえませんでしたし、私がこうしている間は、やちよさ……七海部長が魔女退治とか、夜間の街の見回りとかやってくれてますし……フェリシアちゃんと、鶴乃ちゃんがどうしてるかも、分からないままですし……」
うーん、とこころは首を捻る。
治安維持部長としての七海やちよは、背中で語るスタイルだし、夕霧青佐も冗談は言うが、本当の事はちっとも話さない。
ああいう性格の二人組が上に立っていると、下の者は苦労するのだ。
しかし、
「別に、良いんじゃないかな?」
「でも……」
「心配になるのは分かるけど、いろはちゃん、前に居た街でも、友達と協力して、指示も出したりして、何年も魔女を倒してたんでしょ。だから、部長もあんまり心配いらないって思ってるんだよ」
「そうなんでしょうか……? けど、これから大賢者試験も受けますし……」
戦うと、覚悟は決めたつもりだった。
しかし、
「たった一人で、各町役場を周って勤務していくっていうのは、やっぱり不安ですよ……」
「確かに、そうだね……。うーん、あの二人のことだから、何か考えてるとは思うけど……」
言葉を濁したものの、今のいろはが達成できるとは、到底思えなかった。
やる気を見せたからとはいっても、まだ公務員勤務三カ月目のいろはに、大賢者試験というのは正直無謀としか思えない。受験資格がある各町役場のチームリーダーの中でも、受かって“秘術”を授けられた者は、部長と副部長のみだ。
というか、一般魔法少女職員の中で大賢者試験を受けたいと挙手した者は、まずいない。
実は、環いろはが初めてだったりする。
――――と、そこで。
「いろは」
さっき青佐を引き摺っていた秘書姿のまさらが、いつの間にか入室していた。
「まさらさん?」
「時間空いてる?」
「はい。もう終業時間なので……」
「ちょっと来て欲しい。さっき意識が回復した市長が呼んでいるから」
「「???」」
いろはとこころはお互いに、きょとんと顔を見合わせた。