『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L   作:クローン少女

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08 気に食わない奴

降り注ぐ、橙色の柔らかい陽が世界を包む。

 

魔法の学び舎、ホグワーツ城。

 

その最も尖った塔の上には小さな人影があった。それは本当に豆粒のようにちっぽけで心もとなかったが、その人影は塔の先端をしっかり掴んでいた。

 

人影はアルセーニだった。

 

粉のように降りてくる紅い光の粒と9月のキンとした空気の中、アルセーニは一人、染まる地平線を見つめていた。

 

そして、さらさらと風に揉まれる濡れ烏色を纏い、目の奥まで差し込む日に黎明色に染まった大きな瞳を細めた。

 

 

 

 

アルセーニは、「ふぁああ‥‥」と小さな口から鋭い犬歯をのぞかせ、大きな欠伸を一つした。

 

 

眩しい光の粉がとても綺麗だ。こうして朝日に包まれている時だけ、生きているという生暖かい感じがした。自分もよく分からなかったが、何故か明るいお天道様をみると心が安らぎ、開放的な気分に浸れた。

 

そしていつの間にか、朝焼けを眺めるのが日課になっていた。

 

 

「‥‥ふう」

 

 

大きく深呼吸をすると、肺いっぱいひんやりとした空気で満たされ、思わず笑みがこぼれた。

 

 

「やっぱり、屋根の上の方が朝日がよく見えるなあ‥‥」

 

 

本当は部屋から見てもよかった。だが、スリザリン寮は地下室にある。日の出なんて拝めるわけがない。

 

それを見越して朝4時半に起きたのだ。いつものようにアブラクサスを起こしに行こうとアルセーニは一瞬考えたが、彼の部屋の場所が分からなかった上に、小言を言われそうなのでやめておいた。(それは正解だろう。確実に彼は、屋根に上ることを了承しなかったはずだ)

 

兄に注意されると分かっているのに、突拍子のないアルセーニは朝ご飯まで持ってきていた。ここに登る前に厨房へ寄ったのだ。朝ご飯を頼めば、ハウスエルフたちは喜んで彼女のためにサンドイッチとソーセージをバスケットに入れてくれた。

 

アルセーニは小さなバスケットを懐から取り出すと、蓋を開けた。中にはトマトとハム、レタスの挟まった大きなサンドイッチ3枚と、しょっぱそうなソーセージが2本入っていた。

 

腹ペコだったアルセーニは早速、その中の一番大きなサンドイッチ取り出してかぶりついた。

 

口の中で何度も咀嚼すると、味わい深いハムのうまみが口内に広がり、思わず感嘆のため息がこぼれた。

 

 

「‥‥やっぱり、おいしいよ」

 

 

(あんなにお父さんはイギリスの料理は糞だとか言ってたのに。美味しいじゃん)

 

 

昨日の夕食といい、期待が大きく外れてとてもホグワーツの料理は美味しかった。グリンデルバルドに散々、イギリスの料理は食えたものじゃないだとか言い聞かされていたので、びくびくしていたというのに。

 

そんなことは取り越し苦労で料理全般、ドイツ料理とくらべものにならない程どれも美味だった。

 

夢中で1枚、2枚とサンドイッチを平らげ、ソーセージを齧りつくしたところで、アルセーニは最後のサンドイッチに手を伸ばし、喰らい付いた。

 

すると、ぬるっとトマトだけがレタスの間から飛び出してしまった。慎重にかぶりつかなかったので、かなり勢いよくトマトは宙に舞った。

 

しかも、トマトと一緒にハムまで飛んで行ったではないか―!

 

 

「っ!!」

 

 

食い意地を張ったアルセーニは慌てて手を伸ばし、何とかトマトとハムをキャッチした。

 

が、

 

 

「‥‥ん?」

 

 

ふわっと重力が無くなった。そして、急に体が下に引っ張られて、アルセーニは真っ青になった。足を滑らしたらしい。自分は今、地面に向かって一直線に落下しているのだ。

 

思わずサンドイッチを口に押し込み、地面の衝撃に備えて頭を腕で抱えこんだ。

 

耳元で風を切る音が聞こえる。アルセーニはギュッと目を瞑った。

 

途端、バキバキという枝が折れる音共にドスンと地面の衝撃を感じた。その強い打撃に頭がワンワンと鳴ってアルセーニは顔をしかめた。

 

 

「うう‥‥」

 

 

涙目になりながら軋む身体を起こし、妙に引き攣る頬に手をやった。

 

 

「‥‥?」

 

 

指先にぬるりとした感触があった。不思議に思い、その手を見てみると赤いものがベッタリと付いていた。

 

 

「これ‥‥」

 

 

思わずそれをじっと見つめた。どこかで見たことがある。

 

この赤黒い、ドロッとしたよく分からない液体。

 

そう思ったのだが、何処でこれを見たのかよく分からなかった。

 

 

(‥‥最近、なんか変だなあ)

 

 

ぼやっとする頭をポンポンと軽く叩き、首を振った。近頃、昔のことを思い出そうとすると頭がモヤモヤとするのだ。

 

 

「頭がグルグルする‥‥」

 

 

そう呟き、恨めしそうに自分を傷つけたモミの木を見上げた。

 

案の定、木は無残にもボキボキに折れまくっていた。

 

それはそれは、アルセーニの身体より何倍もひどいことになっている。

 

だが、その憐れな木への思いやりはアルセーニの心に芽生えなかった。

 

物を壊したから、兄に怒られるかもしれない。そのことが真っ先に思い付いた。

 

アブラクサスに怒られるのは御免だったのだ。彼の穏やかな微笑みは好きだが、自分が器物損壊した時の鬼の形相は本当におっかなかった。

 

と、あたりを見渡したが、朝食の時間だからか他の生徒はいない。というより、城の外側に普通、生徒がいるはずもなかった。

 

 

「‥‥よしっ、お兄様に見つかる前に逃げよう」

 

 

懐の杖が折れていないのを確かめると、アルセーニは痺れる足に力を込めて立ち上がろうとした。

 

 

「‥‥?」

 

 

しかし、なんか変だった。右足に力が入らない。

 

 

不可解に思い、ローブを捲ってみると、太腿に荒削りの木が生えていた。

 

少なくとも初めのうちはそう見えたのだ。

 

よく見てみると、裂けた木の枝がぐさりと太ももに突き刺さり、見事に貫通していた。(もし、この有様を近くで見た人が居たとしたら、おそらくその人間は卒倒するか、あまりの気持ち悪さに目をそむけただろう)

 

 

「‥‥これ、抜いたほうがいいよね?」

 

 

しばらく何のことやら理解できず見つめていたアルセーニは、刺さった木を掴んで淡々とそう言った。

 

そして、グイッと遠慮なく木を引っ張ると、ブチブチと何かが切れる音と共にそれを抜き取った。ビシャビシャと赤いものがあたりに散ったが、アルセーニはちっとも痛みを感じられなかった。ただ、痺れるような不自由さを感じるだけで、表情一つ動かさない。

 

それはまるで、自分が血の通った人間だということを理解していないかのような振舞いだった。だが、流石に自分の太腿の変わりようを気味悪く感じて、思い出したように杖を取りだした。

 

 

「レパロ(直れ)」

 

 

クルクルとグリンデルバルドに教わったように杖を振る。(治癒呪文ではなく修復呪文を使った時点で、彼女の心の闇が伺えるが)先ほどまで肉の間に何か白っぽいものがのぞいていた太腿は半分ほど肉で覆われた。

 

そして、アルセーニ自身の治癒能力により、1分ほどで傷は跡形となく消え去った。それは本来、ソースォード人らしい治癒力であったが、今の彼女には思い出せないことの一つに入っていた。

 

すっかり消えた傷を興味津々に見つめた後、アルセーニは再び口を開いた。

 

 

「スコージファイ(清めよ)」

 

 

くるりと杖を振ればお決まりのように、ローブと身体についた血は綺麗になくなった。これで、とりあえず安心して寮に戻れそうだ。

 

 

「そろそろ、授業も始まるかな」

 

 

とローブのごみをはたき落とし、ふと忘れかけていた重要なことを思い出した。

 

 

(―”トム・リドル”にペアをお願いしなくちゃな)

 

 

昨日の大広間での組み分け。あの少年はやっぱり、自分と同学年だった。それに、同じスリザリンに組み分けられていた。

 

あの少年とこれから一緒に授業を受けられると考えると、アルセーニの心は期待に踊った。何と言っても、目の前であの魔力を見れるのだ!

 

よほど、すごいものに違いない。

 

そう考え、張り切ったアルセーニは、すっかり治った足で寮の方へと走り出した。

 

 

この時、”機嫌の悪いアブラクサス”が自分を心配し、探して回っていることなど知らずに。

 

 

 

 

寮に戻ってみると、もう既にスリザリン生のほとんどが朝食を終え、授業の準備をしていた。そのため、談話室は上級生で溢れかえっていた。

 

アルセーニはできるだけ目立たないようにしながら、部屋に戻ろうとした。

と、名前を呼ばれた。アルフォードだ。

 

 

「おい!お前、どこ行ってたんだよ!」

 

「あのね、ちょっとね」

 

 

予め考えておいた言い訳をアルセーニは言おうとして、ポリポリと頭を掻いた。

 

 

「外を走っていたの」

 

「はあ?」

 

 

呆れたようにアルフォードは変な顔をしたが、「お前の兄ちゃん、めっちゃ怒ってたぞ」と教えてくれた。まずい、そんなに怒っていたなんてとアルセーニは真っ青になった。とりあえず、逃げようと思って談話室から部屋に戻ろうとした。

 

そして、部屋のドアノブに手をかけたときだった。

 

 

「アビエス、」

 

 

ぎくりとアルセーニは動きを止めた。とっても、穏やかな声だ。

 

だが、間違いない。この声は兄が怒っている時の声だ。

 

恐る恐る後ろを振り返ると、優しい微笑を浮かべたアブラクサスが立っていた。

 

案の定、その目は笑っていない。

 

 

「おはよう、アビエス。朝ご飯は食べましたか?」

 

「う、うん。それに、お兄様、私は何も壊してないよ」

 

 

うわずった声でそう答えれば、僅かに兄の眉が上がった。

 

 

「ほーう、そうですか。それはよかった」

 

「うん、本当だよ」

 

 

必死にそう言えば、意味深に兄は口の端を釣り上げた。

 

 

「まあ、いいでしょう。早く授業の準備をしなさい」

 

「はい」

 

 

ですが、と兄は声のトーンを少し落とした。

 

 

「朝早く起きたからと言って、外に出ないこと」

 

 

そして、アルセーニが苦手な、あのおっかない表情になって、最後に釘を刺すようにこう続けた。

 

 

「君のお父様を心配させるような真似は、今後しないこと」

 

 

兄が急に恐ろしく思えて、うんうん、と大きく頷けばアブラクサスはニコッとほほ笑んだ。そして、杖を振ってアルセーニの身体についた草を綺麗に取り去った。

 

 

「さあ、スティーブンたちが待っているから、急ぎなさい」

 

「う、うん!」

 

 

慌てて部屋に戻り、魔法薬学、呪文学の教科書と筆箱を掴むと、アルセーニは談話室へと降りて行った。既に、アルフォードとスティーブンが今か今かと自分を待っていた。

 

 

「おはよう、スティーブン」

 

「遅いよ、アビエス。君は何をやっていたんだ」

 

 

スティーブンは長めの前髪を払いのけ、昨日と同じようにキザな態度でそう答えた。なんだか偉そうな奴、とアルセーニは再び彼を評価したが、アルフォードも同じ意見だったらしく、嫌そうな顔をした。

 

 

「おい、スティーブン。その前髪切ろよ。邪魔くさい」

 

「な、なんだって!お前!また、僕のことをとやかく言うつもりなの?」

 

 

煽り耐性のないスティーブンはすぐに声を荒げたが、アルフォードはそれ以上構うつもりはないようだった。

 

 

「アビエス、行こうぜ」

 

「うん」

 

 

アルフォードはアルセーニの手を取ると、スティーブンを置いて混み合う談話室から抜け出した。人の多い中で迷子にならないようにと気を使ってくれているのかもしれない。

 

そう思ってお礼を言うと、アルフォードは白い歯を見せて二カッと笑った。

 

 

「お前、学校で一番のチビだからな。感謝しろよ」

 

 

口にされると不愉快なことを軽々しく言われ、少しばかり頭に来た。が、不貞腐れれば不貞腐れるほど、余計にアルフォードが笑うのでアルセーニは無視することにした。

 

前言撤回。こっちも偉そうで失礼な奴だ、とアルセーニは思った。

 

そして、無視を決め込んで”トム・リドル”を探し始めた。スリザリン生だから、きっとこの人ごみの中に居るに違いない。そう思い、キョロキョロとあたりを見渡すが、如何せん、背が低いので探しにくい。

 

教室につくまで諦めようかな、と思った瞬間だった。

 

斜め後ろの方に、ちらっと美しい横顔が見えた。ハッとして、そちらに駆け出そうとした。すぐにでも、話しかけて授業のペアになってもらうつもりだった。

 

だが、その行く手はアルフォードに遮られた。ローブをガッチリと捕まれる。

 

 

「おい、アビエス。そっちじゃねえ、魔法薬学の教室はこっちだ」

 

「知ってるよ」

 

 

うるさいな、と思った。いくら自分の身長が低いからと言って、そんなに間抜けそうに見えるのかとすこしばかり腹が立った。

 

アルフォードを見上げて軽く睨むと、余計、呆れたような表情をされた。

 

 

「知ってんだったらなんで、反対方向へ行こうとすんだよ。意味わかんねえよ」

 

「あの子にペアを頼もうと思ってたの」

 

「あの子ってだれだよ」

 

 

キョロキョロとアルフォードがあたりを見渡した。だが、あの子をアルフォードに先に会すわけにはいかない。先を越したアルフォードがあの子と組むなどと言い出したら大変だからだ。

 

あの子はアルセーニのペアだった。

 

だから、友達だよ、とだけ教えてあげた。

 

 

「名前は?」

 

「知らないよ」

 

「‥‥それ、友達なのか???」

 

「うん、そうだよ」

 

 

またも困ったような表情を浮かべられ、アルセーニは心底ムカついた。あの子は友達なのだ。会ったあの時から。向こうのことはともかく、少なくともアルセーニはそう信じていた。

 

 

「‥‥あっそ。でも、今は授業が優先だぜ」

 

 

ポンと背中を押された。その年下に対するような扱いを不服に思い、アルセーニは唇を尖らせた。自分だって、11歳なのだ。いくら身長が低くてもアルフォードと同い年であることに変わりはない。

 

身長以外の原因で年下扱いされていることに、アルセーニは全く気が付かなかったのだ。単に身長が低い理由で年下扱いされていると思っていた。

 

だから、スティーブンがおさげに刺さった小さな芝生を取ってくれても、相変わらずムスッとしていた。

 

そうして、無視を決め込んだまま、再びあの子を探し始めた。見失ったせいで、また探さなきゃいけないじゃんとアルセーニは不機嫌になったが、今度は頭の上でスティーブンとアルフォードが言い争いを始めていた。

 

うるさいな、と呆れてため息をついたとき。

 

前方にあの子がいた。

 

さっきは後ろに居たが、のろのろ歩いているこちらをいつの間にか抜かしたのだろう。

 

あの子は一人で歩いていた。きっと、まだ友達だって出来ていないのだ。

 

やった、これならペアになれるねとアルセーニは思わず喜びの声を上げた。

 

 

「待って!トム!」

 

 

そう叫んだアルセーニは重い教科書を抱えたまま、トム・リドルに走り寄って行った。

 

 

 

 

「ねえ、ねえ!トム!待って!」

 

一人で一限目に向かっていると、突然声を掛けられた。自分には知り合いなんていないので、違うトムのことだろうと彼は無視した。が、どうやら自分のことだったらしい。トントンと後ろから肩を叩かれた。

 

振り向くと、そこには自分より頭一つ分背が低い女子生徒が琥珀色の瞳をキラキラとさせてこちらを見上げていた。

 

誰だ、こいつ。と彼は思ったが、親しみやすい笑顔を浮かべてやった。

 

 

「おお、初めまして」

 

 

すると、女子生徒は、え?っと言った。

 

とんだ間抜け面だ。ミーアキャットみたいなあほ面で僕を見るのをやめてくれ、と機嫌の悪いトムはイライラとした。

 

昨日、トムの伸びきった出鼻はポッキリと折られてしまったのだ。

 

周りを見渡して、いかに自分が魔法界で忌み嫌われる、穢らわしいマグル生まれで、どうしようもなく貧乏で、ただの孤児であるのかが身に染みたのだ。マグル界で感じた劣等感よりも魔法界で感じた”それ”のほうが明らかに酷かった。

 

それ故にトムの心は今までにないほど荒んでいた。

 

 

「初めましてじゃない。この間、湖のところで会ったよ」

 

 

そう、何も知らない無垢な馬鹿面に言われると、どうにも腹が立ってきた。自分でも理不尽だとは思うが、どうしようもない。

 

だが、自分は友好的な微笑みを浮かべている。それを感じながら、トムは少しばかり辛辣に返答した。

 

 

「人違いじゃない?僕は君のことを知らないよ」

 

「人、違くないよ」

 

 

即答した。変な奴。こんな面倒な奴の相手なんて御免だった。それに、どうせ僕の容姿に惹かれて近づいてきたのだろうけど、ファミリーネームを聞いたら去っていく連中だ。そう思い、時間も時間であるので、魔法薬学教室へ向かって、トムは歩き始めた。

 

これだけ相手にしなければ、追いかけてこないだろう。

 

だが、その女子生徒は自分についてくる。

 

 

「トム・リドル君だよね。私に自己紹介させて」

 

 

ついてくるばかりか、フルネームで名指ししてきた。気持ち悪っとトムは思ったが、笑顔を向けてやった。

 

 

「うん、構わないよ」

 

「アビエス・マルフォイ。得意なことは、食べることだよ」

 

 

マルフォイ、聖28一族の一つだな、と彼は昨日読んだ本を思い返しながら、握手に答えてやった。(最後の馬鹿らしい自己紹介は聞かなかったことにした)

 

それにしても、純血を重んじるスリザリン生ばかりだというのに、名家のお嬢が一体マグル生まれに何の用だろうと彼は不審に思った。

 

だから、少し投げやりな感じで

 

 

「僕は純血じゃないよ」

 

 

とだけ言った。その瞬間、胸が妙な感じにキリキリとしたが、何にも感じていませんと言うような顔をした。

 

で、あるのに、マルフォイは知ってるよ、とあけらっかんしていた。

 

 

「昨日、組み分けの時にファミリーネームは聞いてたし」

 

 

ああ、なるほど、だから僕の名前が分かるんだね。と、違う違う。そこじゃない。

 

一体、何の用だ、とますます不快にトムは感じた。

 

なんだ。マグル生まれは奴隷みたいに学校内でパシられる風習なのか?ここの学校はそういう所なのか?

冗談じゃない。僕をパシリにするなんて、いい度胸してるじゃないかこの鳥頭。

と、心の中で毒づいた。

 

が、そんなことを露も知らないであろう間抜け面は、こちらを見て目をキラキラとさせていた。

 

 

「それより、トム、一緒に授業受けようよ」

 

「は?、っえ?僕と?」

 

 

信じられない誘いに驚いて、彼は思わず大きな声を出した。

 

 

「うん。お兄様が言っていたんだけど、授業でね、2人組になることが多いんだって。だから、ペアになる子をあらかじめ決めておきなさいって言ってたの」

 

 

そう言った、彼女の琥珀色の瞳は真っ直ぐで、今の言葉は本心であるとトムにも分かった。

 

が、それにしても耳を疑う。純血貴族がマグル生まれを誘うだなんてあり得ない。

 

賢い彼は本で読んだことを覚えている。魔法使い、特に純血の魔法使いたちはマグル生まれや混血を嫌っているという記述があった。それに、本当に悔しいことにその本には純血であれば純血であるほど、魔力も総じて強いと記されていた。

 

それなのに、自分と組みたいとは一体‥‥

 

 

「おい、誰だよそいつ」

 

 

乱暴な声が聞こえ、ハッとトムは我に返った。

 

マルフォイの後ろに、金髪でそばかすだらけの男子生徒がヌッと立っていた。同学年のようだ。

 

 

「スティーブン、そいつじゃないよ。トムだよ」

 

 

マルフォイの不満そうな声に、(トムから見て)非常に残念な容姿の男子生徒はこちらを鋭く睨み付けてきた。

 

嫉妬だろうかとトムは直感的にそう思ったが、すぐに今回は違うかもしれないと思いなおした。相手はマルフォイ家と同じ純血貴族の可能性が高い。

 

トムは仕方なしに友好的な微笑みを浮かべて、手を差し出した。

 

 

「やあ、僕はトム・リドル。よろしく」

 

「聞いたことのないファミリーネームだ」

 

 

握手にも答えずに相手はそう言った。その無礼にトムは白熱した怒りを感じたが、グッと堪えた。

 

が、

 

 

「失礼だよ、スティーブン」

 

 

当の本人が堪えたというのに、何故だか隣のマルフォイが急にキレ始めた。

 

トムはまたも驚いて唖然とした。何を考えているのだろうか。マグル生まれを庇って、純血の君に何の得があると言うんだ?

 

一方で、逆ギレされた金髪の男子生徒は耳を真っ赤にして、一生懸命弁解しようとしていた。

 

 

「違う、アビエス!お前、こんなやつと関わるのやめろよ!どこの誰かも分かんないんだ!こんなことしていたら、お前のお兄様が怒るだろ!」

 

「そんなことじゃ、アブラクサスは怒らないよ」

 

 

その言葉に男子生徒の表情が凍てついた。何か言いたそうに口を開けているが、言葉に詰まってしまっている。

 

はーん、とそれを見たトムは、心の中で意地の悪い笑みを浮かべた。

 

マルフォイがこちらを庇う理由はよく分からないが、男子生徒の方は分かったぞ、と。

 

きっと、彼の思い人はマルフォイなのだ。

 

クスクスと笑いがこみ上げるのを必死にこらえて、トムは顔を顰めていた。

 

 

「トム、行こう。授業に遅れるよ」

 

「うん、」

 

 

マルフォイに腕を引っ張られ、トムは素直に彼女について行った。

 

この時、彼はマルフォイに付きまとわれたくないとは考えていなかった。

 

むしろ、付きまとわれるのは面白いと思っていた。

 

自分を見下す純血の男子生徒が、自分の美貌のせいで自滅し、血を流していく有様を眺めたい。

 

要は、彼が味わっている虚無感を誤魔化すための”玩具”だった。

 

久しぶりに味わう優越感にトムは歪んだ微笑みさえ浮かべていた。

 

 

 

 

「どうして笑ってるの?」

 

 

魔法薬学で隣の席に座ったマルフォイは訝しげにこちらを見つめていた。

 

 

「ううん、君がマグル生まれの僕を庇ってくれたのが嬉しくてね。ありがとう。本当に嬉しかったんだ」

 

 

自分の美貌に惹かれたであろう相手に、最高に可愛らしい返答をしてトムは口の端を釣り上げた。

 

が、

 

 

「トム、本当にマグル生まれなの?」

 

 

マルフォイは周りを気にしたのか、小声でそう言った。

 

 

「‥‥え?」

 

 

その声のトーンが、”マグル生まれなんて最悪”または”あなたがマグル生まれなんてありえない”というどちらの意でも解釈できてしまい、トムは少し困った。

 

どう考えても前者だと彼は思うのだが、マルフォイの琥珀色の瞳は少しもこちらを蔑んでなどいなかった。むしろ、尊敬しているかのような眼差しを向けているのだ。意味が分からなかった。

 

 

「どうして、そんなことを聞くんだい?」

 

 

授業が始まったので前を向いたまま、とっても小さな声で聞き返した。すると、マルフォイは少しの間黙って足をぶらぶらとさせていた。

 

と、その間に寮監のスラグホーンが鍋に火をつけるように指示を始めた。仕方がないのでトムは準備をしながらマルフォイの返答を待とうとした。その時、マルフォイは重い口をようやっと開いた。

 

 

「‥‥前に、髪の毛が真っ青で、目が真っ黄色の子に会わなかった?」

 

 

髪の毛が真っ青で、目が真っ黄色?なんじゃそれ、化け物かとトムは呆れて物も言えなかった。やっぱり、こいつは僕のことを揶揄っているんじゃないかと再び彼は警戒した。

 

 

「そんな奇妙な人間に会ったら、一生忘れないと僕は思うな」

 

「そっか‥‥‥‥」

 

 

残念そうにマルフォイはそう言って、うつむいてしまった。そして、それっきりその話をすることはなかった。

 

 

 

――ここで深く追求しなかったことを4年後、痛く後悔することになるのだが、彼はまだそのことを知らない。

 

 

 

 

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