『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L 作:クローン少女
入学式の次の日の朝、
ああ、今日も本当にいい朝だ!、と
自称将来有望なクディッチプレーヤー、スティーブン・エイブリーは大きく深呼吸をし、いつものように朝の体操を始めた。
ここはスリザリンの談話室、朝早すぎて誰もいなかった。だが、この地下深くにある談話室は決して暗くない。水族館のように湖の中が見えるガラス張りの窓からは、朝日が差し込み、ゆらゆらと光が踊っていた。
彼は気分がよくなり、長めのブロンドを掻き上げると張り切って腕立て伏せを始めた。
(ふふん、やっぱり僕は早起きだ。スリザリンで一番の健康体さ)
と、自分の習慣を誇らしげに思っていると、ふいに紅茶の香りが鼻をかすめた。
「やあ、スティーブン。朝が早いね」
頭上から涼やかな声が聞こえ、スティーブンは慌てて立ち上がった。この声はアブラクサスだと彼はすぐに気が付いた。
「お、おはようございます。マルフォイ先輩」
「偉いね。朝から筋トレなんて」
高価そうなティーカップを手に、気だるげに壁へ寄り掛かるアブラクサスは、ニコリとほほ笑んだ。と、その時、なぜだかその微笑みにスティーブンは胸がヒヤッとしたような気がした。
「‥‥習慣なので、逆にやらないと落ち着かないんです」
と、何とかそう言うと、語尾が僅かに震えた。
純血貴族のパーティーで、いつも遠目に見ていたあこがれの上級生。そんな彼と二人っきりでスティーブンは幾らか緊張していたのだ。
「私はとても真似できないよ。健康的だね」
血の気のないアブラクサスの手が、湯気の立つティーカップを包みこむ。紅茶を飲むにしても、その洗練された優雅な動きからスティーブンは目が離せなかった。
「そういえば、アビエスがクディッチを是非やりたいと言っていたよ」
「‥‥‥‥えっ?アビエスがですか?」
彼は、アブラクサスの声で我に返った。
「ああ、そうとも。ああ見えてアビエスは運動が好きだからね」
昨日の夜、アビエスにクディッチのことをしつこく聞かれたのだと言う。
しかし、いくら病気のせいとはいえ、説明中に寝てしまった奴だ。興味があるなんて本当か?よく分からないなと思いつつ、素直に嬉しかった。
「妹のことを是非頼んだよ。世話が焼けるだろうけれど」
ニコリとほほ笑みかけられ、スティーブンは姿勢を正した。尊敬する先輩から信頼を寄せられ、思わず頬が緩む。
「本当は私が責任を持つべきなのだが、四六時中一緒にいられるわけじゃない。学年も違うしね。‥‥だから、君が居てくれて本当に頼もしいよ」
形のいい唇が綺麗な弧を描いている。
スティーブンは恐る恐る聞いてみたかったことを口にした。
「あ、あの、マルフォイ先輩」
「何かな」
「先輩はクディッチをおやりにならないんですか?」
「‥‥ああ、やらないよ。やったことはほんの数回だけだ」
壁に頭をもたげ、アブラクサスはそう言った。
朝日を受けて白く輝く銀糸の髪が、さらりと彼の顔にかかった。
「あ、そうか。君は理由を聞きたいのかな」
「あ‥‥、い、いえ」
気まずさに慌てて首を振り、スティーブンは下を向いた。が、アブラクサスはそのまま続けた。
「私こそクディッチはやらないが、見る分には好きさ。お父上と試合を見に行ったりもする。だけど、いざやるとなると、私はあまり丈夫じゃないからね。その上、‥‥まあ、見ての通りだけど、私は男にしては貧弱な体系だ。運動も苦手だし、クディッチには向いていない」
「そ、そんなことないです!」
自嘲気味なアブラクサスの言葉をスティーブンは慌てて否定した。すると、アブラクサスは少し眉を上げた。
「マルフォイ先輩は身長も高いし、頭もいいからきっと司令塔になったらいいんです!それに、スリザリンが負け続けているのは、先輩みたいな司令塔が居ないからだと、僕、思っているんです」
「‥‥」
返答がないので、彼が恐る恐る顔を上げて見てみれば、アブラクサスは驚いたように目を丸くしてこちらを見つめている。スティーブンは、自分が何かおかしなことを言ってしまったのではと青ざめた。
が、しかし、
「‥‥ふっ‥‥ははは」
我慢できないと言うように笑い声を立て、アブラクサスは肩を揺らした。
「あ、あの、すいません。僕、なにか失礼なこと言ってしまったでしょうか」
「いやいや、違うよ。ごめんね。つい、大笑いしてしまった。将来有望な君にそう言われたからね」
アブラクサスは再び柔らかく微笑んだ。
「向いているなんて初めて言われたな。嬉しかった、ありがとうスティーブン」
「い、いえ、僕は本当にそう、そう思っていただけで‥‥」
なんだか恥ずかしくなって目を逸らし、スティーブンは手をひらひらと振った。
「しかし、それにしても君はすごいね。随分と分析好きのようだし、きっと君の将来は保証されているよ」
「あ、ありがとうございます!」
思わず声が裏返った。
「ああ、期待しているよ、スティーブン」
静かに、そして、大人の余裕を含ませたその微笑から、スティーブンは目を逸らすことができなかった。
そして、再び、彼はぼうっと惚けてしまった。
すると、アブラクサスはクスクスと可笑しそうに笑った。
「どうした、スティーブン。私の顔に何かついているかな」
「い、いえ、何も」
慌ててスティーブンは目を泳がせてそう答えたが、言われてみてから、あれ?と思った。
アブラクサスは昨日の夜よりも顔が青白く、目の下には軽く隈ができていた。
「‥‥そう言えば、先輩、かなり早起きなんですね。まだ、5時ですよ」
すると、アブラクサスは疲れたように眉を下げた。
「‥‥仕方ないね。習慣というものは、すぐには治らないさ」
「え‥‥?」
「まあ、今日も朝が早すぎるし、私はとりあえず本でも読もうかな。‥‥スティーブン、話せて楽しかった」
では、また朝食の席で、とアブラクサスは微笑を浮かべて手をひらひらと振り、上級生の部屋に続く廊下へと消えてしまった。