『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L   作:クローン少女

11 / 12
アルセーニが塔に登って朝焼けを拝んでいたころ、のスティーブンのお話


 08 閑話

入学式の次の日の朝、

 

ああ、今日も本当にいい朝だ!、と

 

自称将来有望なクディッチプレーヤー、スティーブン・エイブリーは大きく深呼吸をし、いつものように朝の体操を始めた。

 

ここはスリザリンの談話室、朝早すぎて誰もいなかった。だが、この地下深くにある談話室は決して暗くない。水族館のように湖の中が見えるガラス張りの窓からは、朝日が差し込み、ゆらゆらと光が踊っていた。

 

彼は気分がよくなり、長めのブロンドを掻き上げると張り切って腕立て伏せを始めた。

 

 

(ふふん、やっぱり僕は早起きだ。スリザリンで一番の健康体さ)

 

 

と、自分の習慣を誇らしげに思っていると、ふいに紅茶の香りが鼻をかすめた。

 

 

「やあ、スティーブン。朝が早いね」

 

 

頭上から涼やかな声が聞こえ、スティーブンは慌てて立ち上がった。この声はアブラクサスだと彼はすぐに気が付いた。

 

 

「お、おはようございます。マルフォイ先輩」

 

「偉いね。朝から筋トレなんて」

 

 

高価そうなティーカップを手に、気だるげに壁へ寄り掛かるアブラクサスは、ニコリとほほ笑んだ。と、その時、なぜだかその微笑みにスティーブンは胸がヒヤッとしたような気がした。

 

 

「‥‥習慣なので、逆にやらないと落ち着かないんです」

 

 

と、何とかそう言うと、語尾が僅かに震えた。

 

 

純血貴族のパーティーで、いつも遠目に見ていたあこがれの上級生。そんな彼と二人っきりでスティーブンは幾らか緊張していたのだ。

 

 

「私はとても真似できないよ。健康的だね」

 

 

血の気のないアブラクサスの手が、湯気の立つティーカップを包みこむ。紅茶を飲むにしても、その洗練された優雅な動きからスティーブンは目が離せなかった。

 

 

「そういえば、アビエスがクディッチを是非やりたいと言っていたよ」

 

「‥‥‥‥えっ?アビエスがですか?」

 

 

彼は、アブラクサスの声で我に返った。

 

 

「ああ、そうとも。ああ見えてアビエスは運動が好きだからね」

 

 

昨日の夜、アビエスにクディッチのことをしつこく聞かれたのだと言う。

 

しかし、いくら病気のせいとはいえ、説明中に寝てしまった奴だ。興味があるなんて本当か?よく分からないなと思いつつ、素直に嬉しかった。

 

 

「妹のことを是非頼んだよ。世話が焼けるだろうけれど」

 

 

ニコリとほほ笑みかけられ、スティーブンは姿勢を正した。尊敬する先輩から信頼を寄せられ、思わず頬が緩む。

 

 

「本当は私が責任を持つべきなのだが、四六時中一緒にいられるわけじゃない。学年も違うしね。‥‥だから、君が居てくれて本当に頼もしいよ」

 

 

形のいい唇が綺麗な弧を描いている。

 

スティーブンは恐る恐る聞いてみたかったことを口にした。

 

 

「あ、あの、マルフォイ先輩」

 

「何かな」

 

「先輩はクディッチをおやりにならないんですか?」

 

「‥‥ああ、やらないよ。やったことはほんの数回だけだ」

 

 

壁に頭をもたげ、アブラクサスはそう言った。

 

朝日を受けて白く輝く銀糸の髪が、さらりと彼の顔にかかった。

 

 

「あ、そうか。君は理由を聞きたいのかな」

 

「あ‥‥、い、いえ」

 

 

気まずさに慌てて首を振り、スティーブンは下を向いた。が、アブラクサスはそのまま続けた。

 

 

「私こそクディッチはやらないが、見る分には好きさ。お父上と試合を見に行ったりもする。だけど、いざやるとなると、私はあまり丈夫じゃないからね。その上、‥‥まあ、見ての通りだけど、私は男にしては貧弱な体系だ。運動も苦手だし、クディッチには向いていない」

 

「そ、そんなことないです!」

 

 

自嘲気味なアブラクサスの言葉をスティーブンは慌てて否定した。すると、アブラクサスは少し眉を上げた。

 

 

「マルフォイ先輩は身長も高いし、頭もいいからきっと司令塔になったらいいんです!それに、スリザリンが負け続けているのは、先輩みたいな司令塔が居ないからだと、僕、思っているんです」

 

「‥‥」

 

 

返答がないので、彼が恐る恐る顔を上げて見てみれば、アブラクサスは驚いたように目を丸くしてこちらを見つめている。スティーブンは、自分が何かおかしなことを言ってしまったのではと青ざめた。

 

が、しかし、

 

 

「‥‥ふっ‥‥ははは」

 

 

我慢できないと言うように笑い声を立て、アブラクサスは肩を揺らした。

 

 

「あ、あの、すいません。僕、なにか失礼なこと言ってしまったでしょうか」

 

「いやいや、違うよ。ごめんね。つい、大笑いしてしまった。将来有望な君にそう言われたからね」

 

 

アブラクサスは再び柔らかく微笑んだ。

 

 

「向いているなんて初めて言われたな。嬉しかった、ありがとうスティーブン」

 

「い、いえ、僕は本当にそう、そう思っていただけで‥‥」

 

 

なんだか恥ずかしくなって目を逸らし、スティーブンは手をひらひらと振った。

 

 

「しかし、それにしても君はすごいね。随分と分析好きのようだし、きっと君の将来は保証されているよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

思わず声が裏返った。

 

 

「ああ、期待しているよ、スティーブン」

 

 

静かに、そして、大人の余裕を含ませたその微笑から、スティーブンは目を逸らすことができなかった。

 

そして、再び、彼はぼうっと惚けてしまった。

 

 

すると、アブラクサスはクスクスと可笑しそうに笑った。

 

 

「どうした、スティーブン。私の顔に何かついているかな」

 

「い、いえ、何も」

 

 

慌ててスティーブンは目を泳がせてそう答えたが、言われてみてから、あれ?と思った。

アブラクサスは昨日の夜よりも顔が青白く、目の下には軽く隈ができていた。

 

 

「‥‥そう言えば、先輩、かなり早起きなんですね。まだ、5時ですよ」

 

 

すると、アブラクサスは疲れたように眉を下げた。

 

 

「‥‥仕方ないね。習慣というものは、すぐには治らないさ」

 

「え‥‥?」

 

「まあ、今日も朝が早すぎるし、私はとりあえず本でも読もうかな。‥‥スティーブン、話せて楽しかった」

 

 

では、また朝食の席で、とアブラクサスは微笑を浮かべて手をひらひらと振り、上級生の部屋に続く廊下へと消えてしまった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。