『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L 作:クローン少女
少女がグリンデルバルドの元へ来て、早や半年が経とうとしていた。
当初、神経質であまり喋らない寡黙な少女だと彼は思っていた。そのために、あまり話しかけず、黙って笑いかけ、頭を撫でたり抱きしめたりと彼はいろいろと気を使った。
組織に売られていた以上、人間不信であることに間違いはないと思っていた。
人間不信の子供は大人を信用しない。だが、一度飼いならせば決して裏切らない。
そのことを彼はよく知っていた。
子供とて、大人を信用したいに決まっている。
自分がそれになればよいのだ。
事実、この数か月間、彼が愛情を与えれば与えるほど、少女の冷え切った心は次第に溶けて行った。
初めのうちは、他人に触れられることに慣れておらず、少女はただ固まっていた。しかし、手をつないで散歩を繰り返すうちに、自ら膝上に飛び乗ってくるほどになった。
そして、新しい環境になれるに従い安心したのか、年齢相応の煩さを取り戻していき、今では笑顔で城の中で走り回る始末である。
それどころか――
「魔法使いのお父さん!鬼ごっこしよう!」
書斎で静かに本を読んでいたグリンデルバルドは、小さくため息をついた。だが、本をパタンと閉じて重い腰を上げた。
彼も彼で、柄にもなく毎日少女の遊び相手をしているのだ。そのおかげで、二人は早々と打ち解けた雰囲気になっているが、彼も五十路である。体力の限界に近かった。
彼は走り寄る少女を屈んで抱き留めた。
「アルセーニ、今日は鬼ごっこをやらないで街に出かけよう」
その言葉に少女は黄金の瞳を瞬かせ、嬉しそうに彼を見上げた。
「あ!分かったよ。杖でしょ?前に言ってたやつだ」
「‥‥ああ、そうだ。お前が魔法を扱えるか知りたいのさ」
青くさらさらとした髪の毛にキスを落とし、彼はニコリとほほ笑んだ。
そう、彼がここまで少女を大事にしていた理由はそれだった。
”鬼ごっこ”
先ほど、少女が言っていた言葉であるが、これは普通の子供が行う鬼ごっこではなかった。
少女は杖もないままに、数メートル先へ瞬間移動を繰り返し、恐ろしい体力とスピードで城の中を走り回るのだ。これには度肝を抜かれたが、それと同時に彼はしめたものだと喜んだ。
三階から一階に飛び降りても無傷であるほど丈夫な体、俊敏な動きに高い身体能力、対象に直接触れずにそれらを宙に浮かせる能力。
少女に詳しく尋ねたところ、彼女は痛い注射を定期的に何度も刺されて、長いことそれらの能力を無効化されていたことが分かった。
おまけに彼を信用しきっている少女は、自分のことをぺらぺらと話しはじめたのだ。
『これはね、宇宙エネルギーを借りているだけ。わたしの力じゃないんだ。見えない力は一番宇宙でありふれていて、とっても崇高なものなんだって』
エネルギーは過去、未来に渡って、途切れることなく繋がっているもので、自分はそれを”視”たり、”扱”ったりできるだけなのだと言った。
要は未来や過去を覗き見ることが可能で、その上、宇宙エネルギーの振動を感じることによって人の思考や、動物の言葉も理解できると言った。
『ほら、わたし、今、同じ言葉喋れてるでしょ。言葉はすぐに理解できるの』
思考を読めるといわれたとき、グリンデルバルドは俄かに肝を冷やしたが、少女は不思議そうにこう言ったのだ。
『でも、わたし、ソースォード人以外で思考が読めない人に会ったことなかったよ。魔法使いって、ソースォード人と同じで宇宙エネルギーを借りているの?』
ソースォード人とは何なのか、と聞けば、少女は少し首をひねり、私たちのことだよと言った。理解不能だが、ここまで少女のことが分かれば充分である。
時間をかけて、辛抱強く、彼女がすっかり話してしまうまで、自分はただ待っていればよいのだ。
・・・・・・・・・・
すっかり身支度を終え、グリンデルバルドは上等なスーツ姿の壮年紳士に変身した。お尋ね者の彼が素顔で街を歩き回るわけにはいかない。
少女には、上品な黒いレースの子供用ドレスを着せ、腰まで伸びている長い青髪はおさげにした。毛は七変化とでも言っておけば、変に怪しまれなくて済むだろう。
さて、と玄関の扉に手をかけ、彼は少女の方を振り返った。案の定、少女は初めてのお出かけに目を爛々と輝かせている。
ふいに不安がよぎり、彼はしゃがんで少女と視線を合わせた。
「アルセーニ、約束してほしいことがある」
「何?お父さん」
こてんと首をかしげて、不思議そうに少女は大きな瞳を見開いた。
「今日、出かけている間、お前は何を聞かれても黙っていること。名前を聞かれても、アルセーニとだけ答えなさい。フルネームを答えてはいけない。あと、私を呼ぶときはお父様と呼びなさい」
「はい。わかりました。お父様」
「いい子だ。最後に、これは特に大事なことだが、人前でソースォードという言葉を発しないように。決して言ってはいけないよ。理由は分かるね?」
諤々と少女はうなずいた。人身売買組織の恐ろしさを少女は一番よく知っている。また狙われたらひとたまりもないのだ。
「それにしても、お父様」
「‥‥ああ?」
「何故、そんな変な顔に変えたの」
「お父様はな、ちと有名人なんだ」
ふーんとつまらなさそうに少女は鼻を鳴らした。
彼は本名すら少女に明かしていなかったし、自分が闇の魔法使いだとか余計なことは何も教えていなかった。
そのせいだろうか。
いつの間にか少女は、勝手に自分のことをお父さん呼ばわりしている。
「さあ、アルセーニ。姿くらましで街へ向かうぞ」
「!」
おいで、とローブを広げると少女は嬉しそうに飛びついた。
本で姿くらましを知った時から、少女はずっと楽しみにしていたのだ。
はい、時間的に飛びすぎですね。
でも、早足に行きたいので、どんどん行きます(笑)