『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L   作:クローン少女

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03 杖選び

アルセーニは今の生活にとても満足していた。毎日、柔らかなベットで寝起きできるし、温かい食事にもありつける。お城はとっても広くて、少し寒いのが難点だけど、不思議な部屋がたくさんある。おまけに、ハンサムで優しい魔法使いだっているのだ。

 

魔法使いはとても親切で、自分の両親なんかよりずっと優しい。

 

家族のことを無理に聞いてきたりしない。

 

奴隷だったことについても何も言わない。

 

その上、自分のことを天才だとかいつも褒めてくれるから、彼が大好きだ。

 

両親が殺されたのも、ソースォードが爆発したのも、闘技場で飼われていたことも、夢だったのかもしれないと少女は最近考えるようになっていた。

 

と、言うよりも、心のキャパを大きく上回る衝撃的な記憶は、次第に彼女の脳裏から消え始めているのかもしれない。事実、彼女自身、多くの同種族がこの世にいないことを理解していたものの、その死に絶えていく凄惨な光景はすっかり忘れ去っていた。

 

脳という器官は、あまりストレスに強くないのだ。

 

アルセーニは呑気に手を繋いで、ふんふんと鼻歌交じりに街を歩きまわった。3月の街はのどかで人も多く、温かくてちょうどいい日和であった。

彼はどこかに向かっているようだったが、きっと杖のある場所だろう。

 

 

(わたしも魔法使いのお父さんみたいに、上手に魔法使えるかな?とっても上手だったら、きっと、もっと喜んでくれるよね)

 

 

自分にできないことなどないとアルセーニは考えていた。いつだって、自分は神童と言われていたし、数学だって、宇宙エネルギーの使い方だって、教えてもらわなくてもすぐにできたのだ。

 

 

(お父上とお母上は、私のことを愚図だと思っていたけど、魔法使いのお父様はわたしのことを認めてくれた。‥‥私より、兄上たちの方がいい子だったから、お父上たちはそう勘違いしたんだ)

 

 

彼女には二人兄が居た。彼らは破天荒なアルセーニと違って、問題も起こさなかった上に、両親に従順だった。当然、叱られるのはいつもアルセーニで、褒められるのは兄たちだった。

 

でも、兄たちは自分より、全然大したことない。いつも彼女はそう考えていた。

 

運動だって自分の方がはるかにできるし、数学だって自分は一番できた。

 

忘れない。自分を認めてくれなかった両親を。

 

自分をいじめ、見下してきた兄弟を。

 

 

しかし、少女は忘れ去っていた。もう、彼らはこの世にいないことを。

 

 

恨んでも、呪っても仕方がないのに、少女は気の毒なほどそればかりを反芻していた。

 

 

 

「アルセーニ、店についたよ」

 

 

ふと、頭上から優しい声が聞こえ、アルセーニは我に返りハッと顔を上げた。

 

 

「店の中の物は勝手に触ってはいけない。分かったね?」

 

「はい、お父様」

 

 

 

・・・・・・・

 

古めかしい店のドアを押してドアを開けると、ちりんと呼び鈴が鳴った。

 

すると、暗い店の奥から腰の折れ曲がった白髪の老人がのっそりと顔を出し、アルセーニは思わず声を上げそうになった。

 

老人のぎょろりとした目玉と鉤鼻が化け物のように見えたのだ。

 

 

「こんにちは、グレゴロビッチさん。娘の杖を買いに来ました」

 

「‥‥そのお嬢ちゃんのかね?」

 

 

グリンデルバルド扮する中年の魔法使いは友好的な笑みで、ええ、とだけ答えた。

だが、グレゴロビッチと呼ばれた老人は、杖が必要になる年齢より随分と幼く見える少女を不審そうに見つめた。

 

 

「‥‥七変化かね?」

 

「ええ、そうなんです。えらく目立ちますよね。ここを歩いている間に何回ジロジロ見られたか」

 

 

クスクスと笑い、アルセーニの頭を優しく撫でた。

 

 

「今年入学ですから、混む前に杖を早めに買っておきたくてね」

 

「ほう、そうかい!今年なのか。このお嬢ちゃん、随分小さく見えるが、10歳なのかい。では、どこの学校に行くのかもう決まっておるのか?」

 

「ええ、‥‥ホグワーツに」

 

「おや、めでたいの。わしの友人、アルバスが働いておるぞ。いつか校長になるかもな」

 

 

パッと表情が明るくなり、グレゴロビッチは嬉しそうに店の奥へと消えて行った。

 

アルセーニは自分の頭を撫でる手が少し強張ったのを感じて、彼を見上げたが、にこやかな表情は崩れていなかった。

 

しばらくすると、彼は何個か箱を大事に抱えながらニコニコと姿を現した。

 

 

「では、お嬢ちゃん、利き腕を教えてくれんか」

 

「‥‥」

 

 

アルセーニは黙って右腕を差し出した。

 

 

「ああ、そう言えばお嬢ちゃんの誕生日を聞いていなかったな」

 

「12.21の金水の日です」

 

 

そう答えて、アルセーニはしまったとグリンデルバルドを見上げた。

 

何も答えてはいけない、という約束を早速破ってしまったことに気がついたのだ。

 

だが、グリンデルバルドは何も言わずにニコニコとほほ笑み、何のことやら理解できずキョトンとしている老人を前に、すかさずフォローを入れた。

 

 

「12.21ではないだろう、アルセーニ。グレゴロビッチさん、この子の誕生日は12月21日ですよ」

 

「‥‥ああ、そうかね。ではでは、こちらがいいかの」

 

 

老人は持ってきた箱の中から、ごげ茶色の杖をひょいと取り出した。

 

 

「シカモアにユニコーンのたてがみ、26センチ、素直でしなやか」

 

 

差し出されるままにアルセーニは杖を手にした。が、すぐにグレゴロビッチにもぎ取られた。

 

 

「おっと、これは、いかんな‥‥次はこれだ。シカモアにセストラルの尾毛、29センチ、頑固で固く、気まぐれ」

 

 

グッと杖を押し付けられる。なんだか、乱暴だなとアルセーニは思い、渋々杖を受け取った。

 

 

「あっと、それもいかn‥‥」

 

 

と、グレゴロビッチが叫んだ、その途端、ぐるりとアルセーニの視界が暗転した。

 

暗い闇にグイッと引っ張られる、姿くらましにも似たそれにアルセーニは成す術もなく吸い込まれていった。

 




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