『統計学と”魔法使い”という生物』著:A.L 作:クローン少女
優しい青藤色の空が広がる、緑豊かな草原。
空にとても近い丘の上で、静かに横たわる小さな人影――。
そこから発せられる強いエネルギーが、その少年の存在を強く主張していた。アルセーニは、その強い波動を不思議に思い、近くへ駆け寄ったのだ。
でも、傍に寄って顔を覗き込んだ時、アルセーニは息をのんだ。少年の顔は真っ白で血の気がなく、とても不健康そうな血相をしていた。
それは、今にも消えてしまいそうなほど、脆く、――そして、美しい。
少女の心はやけにざわざわとした。
気が付けば、少年の目を開けさせようと必死に呼びかけていたのだ。
すると、麗しい少年は目を開けた。眠たそうにまどろむ鳶色の瞳だった。
そう、その時から既に始まっていた。
この少女は魅せられてしまったのだ。
か細く、貧相な身なりと体格からは想像もできないような強い、――力に。
とてつもない色香を放つそのエネルギーは、幼い少女の感覚を惑わせた。
グリンデルバルドと会った時のような‥‥いや、それとは比にならないほどの衝撃と高揚感。宇宙エネルギーとはまた違う、強く魅惑的な少年の力。
初めて会ったあの日の夜。
少女はなかなか寝付けずにいた。だが、幼い少女には目が冴えてしまう理由が分からない。自分はきっとあの子と話せて楽しかったのだと少女は考えた。
幾程会話などしていないのに。
その日から数日たった後、諸事情あって少女はマルフォイ家に移り住むことになった。グリンデルバルドとはしばらく会えないとのことで彼女の心はふさぎ込んだが、アーマンドもアブラクサスもとても親切だった。それに、アーマンドは"大切な友人"だとグリンデルバルドは言っていた。彼女は少し安心だった。
そして、ある日。少女の元へ一通の手紙が来た。ホグワーツ入学許可証だ。
なんだかよく分からなかったが、少女はとても嬉しかった。学校に通えるのは一体何年ぶりだろう?と感嘆した。前にそうだったように、自分は今回も学校で一番数学と運動が得意な生徒に違いないと少女は思っていた。
だが、ここで一つ少女に心配事が生まれた。あの少年にも、入学許可証がちゃんと届いたのだろうか、と。”魔法”という言葉にきょとんとしていた少年はきっとまだ魔法を知らないのだ。10歳か、あるいはその下なのだろう。でも、あそこまで大人びている少年が、自分の年下だとは思えない。
不安になった少女は、書斎に入り浸るアーマンドに尋ねたのだ。マグル界にいる魔法使いもホグワーツに入学できるのか、と。すると、彼は少し不愉快そうな表情になったが、”今のところはマグル生まれも入れる”とだけ言った。
しかし、あの少年は”マグル生まれ”ではないと少女は思っていた。マグル生まれは魔力が大したことがないとか、頭があまりよろしくないとかグリンデルバルドは言っていた。だが、あの少年はそうではない。マグル生まれが魔力に劣るなら、グリンデルバルドの魔力にそう引けを取らないあの少年はきっと純血なのだ。
子供であの魔力があるなら、大人になる頃にはどんな凄まじい力を持つのだろうと少女は気になって仕方がなかった。
グリンデルバルドは自分のことを”魔力にあふれる有望な魔女”と褒めてくれたので、自分もそれなりの力があるのだろうが、流石にあそこまでではないだろう。
と、マグル界の魔法使いもホグワーツに入学できると分かった。だから、学校着の汽車に乗ると聞いたとき、少女はとても嬉しかった。あの細っこい少年と学校へ着くまでの間に会えると思ったのだ。
だが、駅に着いたときこれはダメだと彼女はがっかりした。何より人が多すぎたし、背の低い子供だと前さえ見えなかった。おまけに魔力の強い大人がたくさんいて視覚で感覚でも彼を見つけられない。しかし、それでも諦めきれず、彼女はキョロキョロとしていた。当然ながら見つからなかった。
汽車に乗ってからも外の景色を眺めてはいたが、少年のことばかり考えていた。クディッチ好きの男の子や変な人に会ったのはかろうじて覚えているものの、彼女にとって重要なことは少年と寮で一緒になれるかどうかであった。
(わたしはスリザリンに入るけど、あの子はどこだろう?頭がいいならレイブンクローかなあ)
ホグワーツに4つの尞があり、それぞれに特色があるとアーマンドが教えてくれた。その中のスリザリンに入れということも言い聞かされていた。彼女は勿論、スリザリンに入るつもりだ。彼女にとってグリンデルバルドの存在は”絶対”であり、その親友であるアーマンドも”絶対”に限りなく近かったのだ。
***
ホグワーツの大広間についたアルセーニは、横に五月蠅い男の子たちを引き連れたまま、周りと同じようにしゃがんで座っていた。そろそろ、組み分けが始まるらしい。集まった新入生はどこか落ち着かずに、そわそわと浮足立っていた。
アルセーニもその一人。まあ、彼女の場合、あの色白の少年をずっと探しているのだが。しかし、ここも魔力の強い教員が大勢居るおかげで‥‥というよりも、教員席のほうに凄まじい魔力の塊が存在して、他の魔法使いの魔力の波動を把握できなかった。
(すごいな‥‥お父さんの魔力なんて比じゃないくらい強い魔法使いっているんだ‥‥一体、どの先生だろう?)
「なあ、お前どこの尞に入りたいんだ?」
キョロキョロとして立ち上がると、ローブの端が引っ張られた。
黒いくせ毛を撫でつけながら、顔のいい少年がこちらを見上げている。すると、先ほどクディッチを熱く語っていた金髪の少年、スティーブンがずいっと割り込んできた。
「アルフォード、決まってるよ。純血ならスリザリンさ。悪くてもレイブンクロー」
「別に知ってるし、お前に聞いてねーよ」
アルフォードは興味なさそうにそう言った。みるみる金髪の少年の機嫌が急降下していくのが、手に取るように彼女にも分かった。
「わたしはスリザリンに入りたいよ」
そして、珍しく気を使って、最後にこう続けた。
「スティーブンはどこに入りたいの」
「僕はもちろんスリザリンさ。家族みんなスリザリン出身だし。なにより、スリザリンのクディッチが一番だ」
「ふーん」
聞いておいて、アルセーニが興味なさげに鼻を鳴らしたので、スティーブンは少し不愉快そうに顔を歪めた。が、アルフォードの方へ向き直るとお前はどうなんだと聞き返した。
「俺か?当然だろ。スリザリンだよ。それにクディッチは、お前とお前の姉ちゃんがいないとグリフィンドールに勝てる気しねえもん」
「クディッチって、グリフィンドールが強いんだ‥‥」
アルセーニが感心したようにそう言うと、隣でスティーブンが鼻息荒く、声を張り上げた。
「そんなことない!一番はスリザリンだ!」
「はあ?うんな訳ねえだろ。去年だって一昨年だって、ずっとグリフィンドールが優勝してるぜ?寮杯だってそうだ」
「だ、だけど、今年は違うよ!絶対にスリザリンが全部持っていくさ!」
すると、とんとんとアルフォードに肩を叩かれた。アルセーニが何?と聞き返すとアルフォードは小声で呆れたようにこう言った。
「こいつ、グリフィンドールのことになると目の色変えて怒り出すんだぜ。まじで痛々しいよな。お前、どう思う?」
「っな、な、なんだって。アルフォード!君、もしや、グリフィンドールに行きたいんじゃないか!?」
「何言ってんだよ。なんで毎年勝ってるチームの方へ、俺が行かなくちゃいけねえんだ?劣勢のチームに居たほうがプレーしてて楽しいだろうが」
「劣勢!?違うよ!たまたまさ。僕が入ったら絶対に優勝だ!」
「‥‥お前のそういう所、」
「お前のそういう所、なんだ、アルフォード!言ってみろよ!」
「スティーブン、煩いぞ」
先ほどラドルファスと名乗った体の大きな少年が、迷惑そうな顔でこちらを見ていた。一体、いつから近くに居たのだろうか。アルセーニを除く、言い争っていた少年2人は同じ意見だったらしく、ビクリと体を強張らせた。スティーブンの方もすっかり怒りが消えてしまったようだった。
「‥‥ラドルファス、いつから居たんだ」
「ずっと後ろからついてきてたよ」
再び魔力の強い人間を探し始めたアルセーニがそう言うと、ラドルファスは黙って頷いた。
「こわ‥‥」
アルフォードが小さい声でそう言ったと同時に、校長のあいさつが始まった。
***
『ねえ、早くしてよ。スリザリンで決定だよ』
組み分け帽子は大変困ってしまっていた。
こんなことは今まで一度だってなかったのだ。
『‥‥あーそうだな、君はスリザリンか‥‥なるほどなるほど』
少女の不思議な頭の中は宇宙のように混沌としていた。いろんなものが詰まっていて、四方八方に思考が飛んでいる。そのスピードは速すぎたし、たとえそれを捕まえても、帽子にとって理解の及ばない概念があまりにも多かった。
‥‥現実と空想が判別できない未知の天才?それとも、‥‥もしや宇宙人?
奇妙過ぎて把握できない。帽子の得意とする分析はおろか、未来のことも、少女の生い立ちさえも、明瞭に知ることができない。
その上、現在進行形の少女の頭の中の独り言は
(あの子、居るかなあ‥‥同じ寮だといいな)
この通り、気になる子のこと以外何も考えていない。
『‥‥君の友達のことかな』
『え?何?』
『同じ寮になりたい子が居るんだね』
『そうだけど、スリザリン以外はいかないよ。ねえ、いいから早くして。あんまり長いから足がしびれてきたよ』
周りの新入生より一回り小さい少女は少しイラついた様子で、高い椅子から浮いている足をぶらぶらとした。
『もう少し見ていたいが‥‥君はおそらく、頭がいい、レイブンクr』
『嫌だ』
『わ、わかった、わかった‥‥きっと、たぶん、スリザリィィィィン!』
帽子がそう大きい声で叫ぶと、すぐさま少女は帽子を頭から引っぺがした。乱暴に投げ出されて帽子は宙を舞ったが、ディペット校長によって地面に激突するのは免れた。
何事もなかったように、その後も粛々と組み分けは進んでいく。
そして、またもや帽子は困った新入生を見つけてしまう。
身を切るほどの孤独と劣等感に心を蝕まれた、少年を。
『なにをそんなに悩んでいるの?』
『‥‥君はマグル出身かな』
『だから、何だというんだ』
可愛らしい容姿の少年は、不愉快そうにそう吐き捨てた。
(ここに来る間も、何度もそのことを言われた。本当に腹立たしい‥‥ふん、今に見ていろ。ここに居る全員が、僕が誰よりも優れていることをそのうちに思い知るさ)
『なるほど、性格に難ありか』
『‥‥何?』
『いやいや、何でもないよ。多少不安はあるが‥‥君が魔力、知力ともにずば抜けているのは事実だ。それはあのダンブルドアにも劣らない。それどころか、魔力は勝っているかもしれん。‥‥これからの君次第だが、スリザリンに行けば素晴らしい成功を収めることができるだろう。どうか思いやりを忘れずに、‥‥スリザリン!』
祈りを込めて帽子は精一杯そう叫んだ。
少年のよくない未来が見えなかったわけではない。
しかし、帽子の仕事は”組み分け”だ。
その子供に合う寮を選ぶのが、ホグワーツの創始者たちから伝承された彼の仕事だった。
だが、この日のことを彼は決して忘れることはなかった。
そして、いつまでもこの日の決定を深く悔やむことになる。
せめて、‥‥せめて、あの2人を同じ寮にさえしなければ――と。
次回から水曜日まとめて更新します。書き溜めてから上げた方が楽なので‥‥