ゾンビになったけれど、私は元気です   作:トクサン

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 という訳で書いたので投稿します。
 本日二度目です。多分三度目は無いです、明日か明後日になります。
 ヤンデレ化の目途が付いたので次回・次々回位には主人公大立ち回りかなぁ……。
 あとがきは本編関係無いです、その場繋ぎで書きました。


人肌

 スーパーマーケットからゆっくり歩いて十分、道行く姉妹は挙動不審にチラチラと周囲を警戒していた。彼女達は人間である、だからゾンビに見つかった場合は問答無用で襲われてしまう。

 

 しかしどういう事か、私が二人を二本の腕で抱えて歩くと全くと言って良いほどゾンビたちは反応しなかった。この事には私も含め姉妹も驚きを露にする。元々少しでも危険を減らす為傍にいて欲しいという意図から二人を抱き上げたのだが――何とも心細い表情だったので仕方なかった、感染しない事を心から祈る――全く襲われなくなるとは予想外であった。

 

 もしかしたらこの二人は私の獲物だと勘違いされているのかもしれない。他人の――更に言えば格上の奴の獲物には手を出さない。生物的な本能からか、それとも別の法則性があるのか。兎にも角にも助かった事だけは事実であった。

 

「此処が貴方のおうちですか?」

「―――」

 

 砕けたアスファルトを飛び越え、乗り捨てられた車の合間を潜りゾンビたちを無視しながら突き進む。そして辿り着いたのは一軒家、庭と駐車場の付いた少しだけ豪華な家。まだまだローンが沢山残っていた筈の我が家である。

 

 私は帰宅するや否や目を輝かせる妹と心配げな姉を家の中に入れ、それから発電機を稼働させる。周囲のゾンビが音に反応するものの相変わらず襲って来る気配はない。そうして電気を通せば家電が息を吹き返す。未だ外も明るく電灯を点ける必要はないけれど、パッと点灯したソレに二人は「わぁ」と声を上げた。

 

「ここは電気が使えるんですね……! 凄い」

「あっ、じゃあお風呂、私お風呂入りたい!」

 

 電気が使えるという事に驚き顔の姉、そして遠慮する事無く挙手し自分の我儘を通す妹。こらっ、と姉が妹の頭を抑えつけるものの私としては一向に構わない。流石にシャワーなどは使えないがここ数週間で確保した雨水や水道水がある。何なら最近は近くの貯水槽を怪力でぶち抜き強奪して来るなんて事もしていた。水は貴重である、幾らあっても困りはしない。

 

 段々私の倫理観が汚染されていく、だが人間とはそういうものなのかもしれない。初めて人を――ゾンビを殴り殺した時はあれ程動揺したというのに、私はこうなる前は世界の裏側で自分の製作した兵器が使用されるのに何の感慨も抱いていなかった。目に見えた死も絶望も無かったからだ。

 罪とは犯して初めて自覚する、そうでなければ偽善や優しさという薄い殻に覆われてしまう。人は極限状態に陥って初めて人間性が露わになる。

 果たして私は自分の利便性、あるいは生存の為に手を汚す事を厭わない人間らしかった。

 こんな状態になって初めて私は自分を知った。存外私は自分が思っていたよりも余程汚らわしい人間だったのだ。罪を犯す事を躊躇わない人間、畜生か下衆か、ある意味今なら外見相応だろう。

 

 一度浄水器で水を綺麗な状態にした後、風呂場に運んで中にパイプヒーターを投入。元々実験用に倉庫の奥で眠っていたものだが風呂にも使えない事は無い。リビングでキョロキョロと忙しない二人にスーパーマーケットから持って来た菓子を出してやった。私の分はなくなってしまうがまた明日にでも取りに行けば良い。今の私に食事は必要なかった、彼女達との会話が私の人間性を保つ薬だった。

 

「あの……貴方は此処に一人で暮らしているんですか?」

 

 妹の方がクッキーのパッケージを開いてぽいぽい口にクッキーを放り来んで行くのを尻目に、姉は申し訳無さそうにそんな質問を飛ばしてくる。私が頷いて見せると、「じゃあ、この食料は誰が……」と不思議そうに言った。

 私は困り顔で頬を掻く。もっとも顔と言える顔がある訳でも無いので形ばかりだが。

 

 私はこの二人に人間の姿を見せる気はなかった。この二人に逢う時はゾンビの姿だけ、ある意味それは人であり続ける事を望む私のゾンビ的な側面から来る感情が理由だった。人でありながらゾンビであるという二面性はこの二ヶ月で私の精神に歪さを生んだ。

 私はソレを二人に知られるのが急に怖くなったのだ。

 

「……いえ、すみません、忘れて下さい」

 

 私が何も言わず、動かず、沈黙していたからだろう。彼女は首を横に振って自ら投げかけた質問を取り下げた。その表情は渋々と言うより、人の内側には入り込まない様にしようとする配慮が見られた。そうして姉はクッキーに手を伸ばし、「頂きます」と一言呟いてから端を齧る。

 

 私は俯き気味にクッキーを齧る姉を眺めながら緩やかに時間を過ごした。彼女達に振る舞った水や食料は貴重だったが、人間との触れ合いは私にとってもっと貴重だった。家の中にあったテレビでビデオやDVDなども見る事が出来たので、比較的電気消費の少ない小さな画面で久しぶりに映画なども楽しんだ。ここ二ヶ月はテレビを見るという発想すら浮かばなかったというのに、人は心が豊かになると大分余裕を持つ事が出来るのだと知った。

 

 残念ながら一般放送は行われていない、一体いつから止まってしまったのかは分からないがこんな状況なのだ、ニュースもドラマも、テレビを放送する余力はないだろう。辛うじてラジオからは時折連合駐屯地から避難を受け入れ云々という放送が聞こえて来る、けれど辺境である日本地区に駐屯する連合兵だけでコミュニティを維持するのは非常に困難であるように思えた。

 

 生き残りがどれだけいるか分からないが――一体外に出て命懸けの物資集めをする人間は何人いるのか。

 

「あっ、お風呂……良いんですか?」

 

 菓子を食べ、久々の映画を楽しんで二時間程。多少温いが風呂が沸いたジェスチャーをすれば小苗が「やった!」と風呂場に駆け出し、姉は申し訳無さそうな表情でおずおずと私の前に立つ。

 構わないとも、今までは精々体を拭く位が限度だった筈だ。衛生的にも風呂は大切である、私が頷けば彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。何だかんだ言っても女の子、お風呂に入れるのは嬉しい事なのだろう。

 

 投入したパイプヒーターで風呂を掻き混ぜ温度を均一にする。一応火傷が怖いので彼女達が入っている間はヒーターは引き上げる。コンセントを抜いて湯に指を浸してみれば、多少温いものの入れない程ではない。私と入れ違う形で脱衣所に入って行った彼女達を見送り、私はまるで彼女達の保護者になった気分になった。

 

 

 ☆

 

 

 わいわい、きゃっきゃ。はしゃぐ小苗と窘める姉。その声を聞きながら私は束の間、人の姿に戻って寛ぐ。そしてテーブルの上に紙とペンを用意してサラサラと文字を綴った。現状私と彼女達でコミュニケーションをとる為に残された最後の手段である。

『言葉が喋れない為、文筆で――』と始まった文章は『いつでも此処に来て構わない』、『困った時は此処に来て、事情を話せば必ず協力する』と私の胸の内を曝け出した内容となった。

 

 キャンプに行って多くの人間に協力する事は出来ないが彼女達個人の伝手として手助けするのであれば問題無い。人は群れれば力を得る、そして力を得た人間は増長する、あたかも群の力が個の力であるかのようにコミュニティの力を振りかざす。

 私はそれが恐ろしかった、人と触れ合いたいと願いながら多くの人の目にこの体が晒され、それでいて非難され排除される事を嫌ったのである。だからこそ彼女達の様な少数で非力な人間は交流して私の人間性を確かめるには十分で、これが私から譲歩できる最大限のラインであった。

 

 我ながら何と打算的で小心者、それでいて畜生な考え方か。それでも私は自分の命を投げ捨てる程善人ではないし、私のせいで世界が滅んだと責任感に押し潰される程細くも無かった。良くも悪くもゾンビと成り果てた私の精神は【それ相応】に変質した様に思う、キャンプに出向かない理由にはそれを知られたくないという部分もあった。

 

 その後、「さっぱりした~!」と笑みを浮かべポカポカしていた姉妹を出迎えた私は、彼女達に飲料を与えつつ書き綴った手紙を押し付ける。最初は疑問符を浮かべていた彼女達であったが、その文を書いた人間が私だと分かると目を瞬かせ確りと協力を結び付けた。

 

「い、良いんでしょうか、私達、何も差し上げられる様なものは……」

「えっと、ご飯なら……」

 

 不安げな表情を浮かべる二人、そして小苗の方は先程スーパーマーケットから手に入れて来た食料と飲料を差し出そうとリュックサックを抱く。私はソレを手で制しながら何度も頷いて見せた。

 

 私には人間と触れ合う時間が貰えればそれで十分だった、それでいて安全ならば何も言う事は無い。この時の私は【私を怖がらず、恐れず、普通に会話できる人間】を欲していたのだ。成り行きとはいえ彼女達はその条件を満たしていた、私としてはそれだけで満足なのである。

 

「元々助けを乞うたのは私ですが――すみません、助かります」

「ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる姉、元気よく頭を下げる小苗。

 こんなゾンビに成り果てた私ではあるけれど、まだ人の助けとなれるのならこの肉体も悪い事ばかりではない。私は内心で笑みを浮かべながらタオル越しに二人の頭を撫でた。

 

 その後はリビングで二人を暫く休ませ、日が落ちる前にキャンプの方へと送っていく。来た時と同じく私の腕に抱えての移動だ、風呂に入ったばかりの二人はほんわかと温かく心地よかった。残念ながら鼻が無いので匂いは分からないけれど。

 

 私に抱えられていればゾンビに襲われる心配が無いと分かったから、二人は最初と比べれば大分リラックスしている様に見える。尤もゾンビの近くを通る時はさすがに緊張するのか視線を逸らさないが、それでもスーパーマーケットに居た時を思えば大分落ち着いた方だろう。

 

 彼女達のキャンプはスーパーマーケットから歩いてニ十分ほどの距離にある駅に築いているとの事だった。ホームに停車したままの列車や駅構内の店、トイレなども一式揃っている。車両には補助電源・非常電源が搭載されており万が一の際はそれらも使用できるのだとか。尤もひとつにつき三十分程度で余り長持ちはしない、発電機の入手が目下の課題と聞いた、しかし私が足を運んだホームセンターは遠くとてもじゃないが調達に出向くのは困難らしい。

 

 車で行こうにもガソリンだって簡単に手に入らないのだ、既にスタンドからは持ち去られているだろう。乗り捨てられた車からチマチマ回収するのにも時間が掛かるし、なにより危険があった。作業中にゾンビにでも囲まれたら堪ったモノではない。

 

「集まっている人は五十人前後で、他にも幾つかグループはあるんですが多分ウチが一番大きなグループです、ただ年配の方もいて、動ける人は皆で食料や水を集めないといけなくて……」

 

 私の腕の中でぽつぽつとコミュニティについて語る少女。今更だが彼女は名前を『美香』と言った、先程自己紹介されたのである。私が本格的にコミュニケーションの取れる怪物だと分かった彼女は自分の身の回りのアレコレについて教えてくれた。

 

 私は言葉を発する事が出来ないので頷く事でしか態度を示せないが彼女にとっては十分な様だ。何よりコミュニティの大凡の数が分かったのは大きかった。この街の人は随分と減ってしまったらしいが各所で何とか生き残っている集団は居るという。

 

「私達にはゾンビに対抗するための力が無いんです、連合駐屯地に行けば銃なんかも置いてあると思うんですけれど……使えるかどうかは兎も角、手製の槍とか刃物ではやっぱり限界があって、特に私みたいなどんくさい人間だと外で食料や物資を調達するだけでも命懸けなんです」

 

 幸い駅構内には侵入を許していませんが、正直いつバリケードが突破されるかビクビクしています。美香はそう言って自分の二の腕を何度も摩る。

 

 成程、私は彼女が助けを求めた理由を何となく理解した。

 連合の兵士も無く、恐らく警察官など警邏の人間も居ないのだろう。本格的に戦える人間が居ないのだ、でなければ彼女の様な女の子、姉妹二人で食料調達に駆り出されたりはしない筈だ。この年代の女の子ならばまだ守られる側の人間――それこそ小苗の様な子ならば特に。

 

 彼女は――彼女達は防衛力として私を欲していた。自衛のための鬼札である、例えそれがゾンビだろうが理性を持つ獣ならば十分利用できるだろう。だが私は理性の他にも臆病さも持ち合わせた獣だ、多くの人間にこの姿を晒したいとは思わない。

 

 丁度駅に通じる国道、その半ばで私は美香と小苗を下ろす。コミュニティが近いせいかこの辺りにはゾンビの姿が余りない。一応彼女達が駅の中に入るまでは見守るつもりだ、「到着?」と小苗が首を傾げ、姉である美香が「そうだよ」と頷いた。

 

「あの、色々ありがとうございます」

「ありがとう!」

 

 頭を下げる二人に手を振り、私はてくてくと歩いて行く二人の背を見守る。一応建物の影に身を隠し、彼女達がゾンビに襲われそうになった場合は飛び出せるように構える。駅へと通じる入り口は全て机やら看板やらで封鎖されており、土台となった長机の下に潜れそうな穴が一つ。恐らく意図的に空間を確保したのだろう。美香がその穴を塞ぐ鉄板を二度、コンコンと叩けばスッっと鉄板が退けられ道が開いた。そのまま机の下を潜って中に入ってく彼女達。その背を見送り私は胸を撫で下ろす。

 

 何か心を満たす歓喜があった、満足感があった。人間とのやり取り、まるで友人の様な交流。それは長らく私が渇望していた生存理由そのもの。この関係が続く限り出来得る限りの助力はするつもりだ。

 

 そして彼女達もこれまで通り食料調達でショッピングモールに訪れるだろう。当分、人との交流に飢える事はなさそうだ。私は満足し、小躍りしそうな程上機嫌な様子で家に帰った。誰も居ない孤独な家だったが、それでもその時だけは寂しいとは思わなかった。

 人肌の力とは斯くも偉大である。

 

 




「本当ですって、凄く大きなゾンビで、けど凄く優しい人がいるの!」
「嘘じゃないよ! 本当だよ!」
 
 私の帰りが遅かったと心配し、集まってくれたメンバーに必死で説明する。妹が身振り手振りを交えて、私は客観的な事実を交えて。最初は私達が無事で安心していたメンバー、けれど私達の話を聞くにつれてどんどん困惑顔へと変わって行く。
 彼等は私達が精神を病んで狂ってしまったのではないかと思っている様だ。こんな環境で数ヶ月、狂ってしまった人は少なくない。けれど私は、私達は正気なのだ。

「ほら、私お風呂に入れて貰いましたし、食料と水もこんなに一杯!」
「そうは言うけれど……ねぇ」
 
 困惑気味な彼等に私は歯噛みする。確かに二メートルを超える体格にやさしいゾンビなど信じるに値する要素が一つもない。けれど私は見たモノは信じる主義だ、何よりあのゾンビは私達を助けてくれたのだから。
 主観ではあるが――彼はどこか、人恋しそうに見えた。

 
 私の訴えは月明かりの中に消えて行く。

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