ゾンビになったけれど、私は元気です   作:トクサン

5 / 10
ジョン・ドゥ

 

 順風満帆とはこういう事を言うのだろうか。依然この世界はゾンビ塗れだし私もその御仲間と成り果ててしまったが、それでも小市民的――いや、小ゾンビ的幸福は享受出来ている。

 

 三日に一度の食料調達、本当は彼女達とのコミュニケーションのお蔭で一日少量の食事すら必要ない程に精神が安定してきた私だが、それでも彼女達と逢う為に定期的な食料調達に出向いている。故に最近は保存食が溜まる一方だ。

 

 彼女達も相変わらずスーパーマーケットに食料を調達しに出向いている。最近では日用品の確保も視野にいれたのか、私を護衛代わりに付近のドラッグストアや服屋等にも足を運んでいた。ゾンビが中に居た場合は私が掴んで外に放り投げる。直接殺すような真似はしない、例えゾンビだとしてもむやみやたらと殺すのは精神衛生上悪かった。

 

 その生活は、まさに私にとってはこの世界での理想的な生活だった。

 何かに怯える事も無く、人との触れ合いが約束されている日々。服屋に行って彼女達の服、キャンプメンバー用の服を見繕ったり、帽子や靴、もっと大きなリュックサックを見繕ったり。或は雑貨屋に行ってちょっとした便利グッズを取って来たり。

 

 私は会話をする事ができなかったが彼女達のやり取り、もしくは相槌をうってただ彼女の話を聞くだけでも心が安らいだ。あの何も語らず、喋らず、あっても独り言だけの二ヶ月と比べればゾンビ形態縛りとは言えこれ程精神的な安定はないだろう。何より飯や水を余り消費しないのが良い、【人と一緒に何かをする】という行為がこれ程自分の人間回帰欲求を満たすとは思わなかった。

 

 私は彼女達の要望に出来得る限り応えた。

 美香は言った、「キャンプの人達は貴方の事を信じてくれないんです」と。どうやら私に助けられたその日に巨躯で三つ目のゾンビが居るという話をしたらしいのだ。それでいてそのゾンビは心優しく、決して人間と敵対はしないと。

 

 私からすれば余計な事をと思わなくもなかったが、しかし彼女が私という存在を受け入れて欲しいと他者に働きかける行為は、何か私を大切に想ってくれている様で悪い気はしなかった。迷惑と言う程のものでもない、それに私とて大多数の人間を助けたくないという訳では無いのだ。裏方に徹するのであれば別段、手を貸しても良かった。どうせ彼女達を助ける事はコミュニティを助けると同じようなもの。

 

 尤も、裏方だけならばだ。何か直接的に手を貸す事は出来ない、それが私の設けたライン。

 

 姿を見られないならコミュニティにも手を貸す、私はそう決め彼女達と協力しキャンプに幾つかの資材譲渡を行った。譲渡と言っても元は私のモノではない、ホームセンターやら百貨店からかっぱらって来たモノを駅の拠点近くに置いておいてやるのだ。気分としては足長オジサンである。結果的に彼女達を助ける延長線上でコミュニティを助ける事になった、まぁやる事に変わりは無い。

 

 彼等が欲しいと言っていた小型の発電機であったり、或は汚水を綺麗な水へと濾過する道具であったり。トイレットペーパーやタオル、ガソリン、灯油、釘やトンカチ、鉈まで。日用品として必要なものからバリケードの補強に使えそうなモノ、私は彼女達を連れて街の中にある店からそれらを定期的に収集し駅近くの集積所に置いてやった。

 

 その集積所は木の板で区切られた簡素なもので、彼女が「大きな優しいゾンビ」の話をしてから半信半疑で設置されたものらしかった。曰く、もし物資に余裕があるのならば少しだけでも譲ってもらえると嬉しいとの事。あつかましいと言えばそうなのだろうが、何せこんな時代である、私と違って彼らは生きるだけでも困難だった。

 

 私としては生きるだけならば何も必要のない身である、正直必要なものならば今家にあるものだけで事足りる。この体には十二分な食事も日用品も必要ない、生活の大部分を彼らの生活補助の為に充てる事が出来た。

 

 だが私とて聖人君子ではない、行動する時は美香と小苗がついて来る時に限った。そうでない時は自分の生活を豊かにするための行動である――最近は偶に彼女達が家にやってくるので、くつろげる空間を手に入れる為という部分もあるが。つまり物資収集は彼女達の共をするついでだった。

 

 美香と小苗を連れて物資を手に入れた日は集積所にそれを積み、あとは彼女達が駅の中から荷物を運ぶ人手を呼んで来る。私はそれを近場の建物の裏手から見守り、彼女達の安全を守る。最初は駅の人々も半信半疑、と言うより彼女達二人の功績だと喜び讃えていた。

 けれど明らかに女手二つでは運んで来る事が出来ない発電機、ろ過装置、或は大きな工具箱や家具などが調達されて来ると『目に見えない第三者の協力』が確実になっていく。困惑するメンバーに美香と小苗は根気強く大型のゾンビの話を続け、少しずつ――本当に少しずつではあるが私という存在が駅コミュニティ内で認められるようになってきた。

 

 二メートル超えの大型ゾンビが人間の為に物資を集めてくれる。

 

 言葉にすると何とも胡散臭くあり得ない妄言と吐き捨てられそうなものだが、小苗と美香が調達に出掛けた日に積まれる物資は現実のものとして人々に齎されていた。コミュニティだけでは調達出来ない家具や家電、工具の類は非常に有難く思われ美香や小苗を介して何度も感謝の声を聞いた。特に発電機は非常に助かったとの事、ガソリンの確保が課題となるがその辺りは向こうで何とかして貰うしかない。

 

 悪い気分ではなかった、人間ではなくなった自分が間接的とは言え大勢の人間の役に立っているという事実は私の承認欲求、あるいは自己肯定感を大いに擽った。しかし同時に認められれば認められる程、感謝されればされる程、彼等の前に姿を現したくないという感情が大きくなった。

 脳裏に過るのは初めて美香と小苗に出会った日、あの私を見る怯えた瞳、赤の他人にあの目で見られるのならばまだ――まだ耐えられるだろう。けれど自分を認め、ましてや感謝してくれた人間にあんな目を向けられたら、きっと私は耐えられない。だから私は何度も自分に言い聞かせ、感情に蓋をした。

 

 そんな日々とは裏腹に彼女達が大型ゾンビの存在を明かしてから凡そ一ヵ月、私という存在が目覚めて三ヵ月目。いつもの様に物資調達に赴いている道中、美香が言った。

 

「貴方にも名前が必要だと思うんです、なので生前の名前を教えて頂けませんか?」

 

 私の腕の中でそんな事を言う彼女、私は足を動かしながら内心で苦々しく思う。

 ここだけの話、私は自分の名前を失っていた。研究内容に関する記憶を失っているように私は私として生きた記憶を持っているものの肝心な名前を消失していたのである。

 最初は随分取り乱した、今では落ち着いているが自分の持つ名前を失うというのは酷く寂しい気持ちになる。これで自分の生きていた記憶すら失っていたら完全に発狂していただろう。欠片でも自分の記憶を持っていた事は救いだった。

 

 だから私は彼女に名前を教えて欲しいと乞われても応える事が出来ない。故に緩く首を横に振って見せれば彼女は少しだけ困った様な顔をした。

 単純に教えたくないのか、或は何か理由があるのか。その二つの選択肢で迷っているような気配。幸い彼女のリュックサックの中に紙とペンは入っている、足を止めれば意思疎通は可能だった。けれど一々説明する事でも無いだろう、私は私という自己が確立できていれば呼び名など何でも良かった。

 

「ん、名前ないの?」

「……やっぱり、呼び名が無いと不便でしょう? だから名前を、そうでないのなら愛称くらいは知りたいのだけれど」

「じゃあポチ!」

 

 犬か私は。

 少しだけ抗議の意味合いも兼ねて小苗を抱えている腕をぐらぐら揺らす。「あばばばば」とぐわんぐわん揺れる小苗を見て、「まったく、犬じゃないんだから……」と美香が私と全く同じ言葉を吐き出した。何でも良いとは言ったがポチは嫌だ、ついでにミケとかも。どう見てもポチって感じの体ではないだろう。

 

「でもそうですね、名前じゃなくてもニックネームみたいなものは欲しいです、本名でなくても構わないので何かありませんか?」

 

 私の肩を叩いてそう問いかける美香。ニックネーム、愛称、そう言われてもパッと思いつくものが無い。首を傾げながら歩く私を美香はじっと見つめて来る、そんな目で見られても良い案は浮かんでこないぞ。

 

 しかし、名前、名前かぁ。

 

 言われてみれば確かに名前が無いと言うのは不便だ。一人切りだった頃は余り意識していなかった。彼女達からすれば大きなゾンビだとか、三つ目の巨人だとか、まぁ色々特徴的な部分で判別する事は出来るのだろうが固有名詞があるに越したことは無いだろう。

 何というかいつまでも無名では【味気ない】。

 

 私も真剣に考え、考え、考え――ふと街の看板に映画の広告が張り付けられているのに気付いた。

 タイトルは『JOHN・DOE』、ストーリーは分からないが何やらミステリアスな雰囲気の広告。日本式でいうなら権兵衛、別段拘りはない、無名には変わりないがWHO君でないだけ良いだろう。彼女達を抱えない余った一本の腕でその広告を指差す。

 

「……ジョン、ドゥ?」

 

 ジョンでもドゥでも好きに呼んでくれ。そう思って再び歩き出したがジョンと言う名前も結構犬っぽくはないだろうか? と思った。いや、しかしポチよりはマシだろう。多分、きっと。

 

「じゃあジョンさんで、改めてよろしくお願いしますね、ジョンさん」

「もしかして外国人さん?」

 

 いや、私は日本地区生まれだよ。

 

 

 ☆

 

 

 ジョンという名前は意外も意外、コミュニティの中では大分浸透したらしい。私としては日本人だというのに取って付けた様な西洋名を選んだ事に申し訳無さそう羞恥心が後々湧いて出たが、外見だけならゾンビなのだしバレなきゃ良いやと存外あっさり吹っ切れた。それ以降二人には「ジョンさん」と呼ばれ、私が物資を積んでいた場所もいつの間にか【ジョンさん集積所】と呼ばれる様になった。傍から見ると実に間抜けである。

 

 さて、そんな私の生活が一月続き、名前を得てから更に一週間後、美香の方から「コミュニティの中でジョンさんにお返しがしたいという声が出て来たんです」と嬉しそうに報告された。

 

 お返し、つまり礼。私としてはそんな声が上がることに驚きを覚える、精々こき使えるゾンビ程度にしか思われていないと考えていたが、駅で生活する彼らは私の【人間性】を認めている様だった。

 貰ってばかりは悪い、それは対等な関係で初めて生まれる感情だ。相手が異形ならば精々ラッキー程度にしか思わないだろうとばかり。故に私はその言葉を聞いて暫く呆然としてしまった。

 

 だが礼と言っても私は姿を彼らの前に晒すつもりはない。私はあくまで足長オジサンで良い、これまでの集積でどれだけ好感度を稼いだかは知らないが【一度受け入れられた後に突き放される悲しさ】は味わいたくなかった。それこそ笑顔で出迎えてくれた彼等を阿鼻叫喚の地獄に叩き落としたくはない。認められたと分かったからこそ、その期待を裏切るのは恐ろしかった。

 しかし私のそんな予想は杞憂に終わり、なにやらニヤニヤと笑う美香と小苗がリュックサックを抱え、「じゃーん!」と効果音を口にし、中から大きな布――いや、服を取り出した。

 

 それは余りにも大きな服だった。

 凡そ人の着るサイズではない、一体どんな大男用の特注品だと思い――ソレが自分へのプレゼントなのだと悟った。

 

「これ、ジョンさんにいつもお世話になっているから皆で頑張って作ってみたんです、ジョンさんと一緒に行った服屋さんで材料を集めて、ちょっと継ぎ接ぎだらけで申し訳ないんですけど……い、一応着れる筈です、はい!」

 

 恥ずかしそうに頬を赤くしながらそう捲し立てる美香。そう言えば彼女は最近、私の背中を熱心に観察していたように思う。六本腕が珍しいのだろうと大して気にしていなかった私だがこの時になってようやく服を作る為に観察していたのだと知った。

 

 私は彼女達の差し出したソレを恐る恐ると言った風に受け取った。

 

 その服は背中の部分に大きな穴が四つ空いていた。恐らく私の多腕の為に空けたのだろう。引っ掛からない様にスペースに余裕を持たせ、ベースは普通のTシャツに近い。幾つかの素材を使い分けたのか所々肌触りが違う、けれど色合いとしては統一された黒色。ぱっと見は随分綺麗な出来栄え。

 

 正面には白い糸で一言、ジョンと。

 ちょっと恥ずかしい――けれど嬉しい一品だった。

 

 他ならぬ自分の為に、自分の為だけに創られた服。素材を集めて服を作るなど大変だったろうに、それこそこんな時代でこんなものを作るなんて。私はその場ですぐTシャツを着ようとした。

 けれど腕が引っ掛かって上手く着る事ができなかった、背中の腕は未だに細かな制御が難しい。私の背後に回った美香が引っ掛かった布を引っ張り、一本一本腕を通してくれる。服は少しだけきつかったけれど十分に着れる範囲、張った胸元の【ジョン】の字を指で撫でると温かい気持ちになった。

 

 私が服を着た状態で感傷に浸っていると、くるくると回りを回っていた小苗と美香が感想を口に出す。

 

「胸回りちょっと小さかったかな……? うん、でも似合ってる!」

「パツパツだぁ……ジョン、ダイエットしよう」

 

 無茶を言う。

 私は小苗と美香の頭をくしゃくしゃと撫でる、まさかゾンビに成り果てた後にこんな日を迎えられるとは思っていなかった。高々シャツ一枚、されど一枚。人がゾンビに物を贈る、その事実に私は『高々』を付け加える気にはなれなかった。

 

 人は暖かい。自分もかつてその、温かい者の一員だった。その名残を求めているのか、単純に過去の自分に縋って己を保とうしているのか。私にはこの贈り物が自身の理想を具現化している様に見えた。

 

「えへへ……気に入って貰えましたか?」

 

 美香の言葉に私は深々と頷く、気に入らない訳がない。これは私にとって最高の品物だ、心の底から気に入った。

 

 幸せの絶頂だった、最も幸福な時期だった。

 

 或はこのまま積み重ねていけば、いつか自分もコミュニティの人々に受け入れられるのではないかと。嘗て人間だった頃の様にまた人の輪の中で笑う事が出来るのではないかと。そして誰もこの姿を怖がらず、恐れず、普通に会話し、普通に過ごし、普通の日常という奴を送れる様になったら。

 

 ちらりと私は小苗と美香の二人を見る。

 こちらを見る瞳は純朴で、真摯で、希望に満ち溢れている。

 

 私のこの変質した心さえ、受け入れて貰えるのではないかと。

 そんな果ての夢を見た。

 

 

 





 元々この小説はゾンビ物書きてぇ!⇒ゾンビラスボス主人公読みたい、けどない……読みたくない?⇒自給自足こそ我が誉れ の精神で書き出されたもの。その際にある意味バイオハザード的な御約束を内包しています。
 
 つまり主人公はシチャカメッチャラウンチャラメッカラ。
 だから不気味で何かおかしいと思うのは仕方ないね。
 
 評価者数が昨日の時点で100超えていたのですがここまで速いのは地下闘技場ぶりな気がします。お気に入り評価、多くの方から誤字脱字報告を頂き感謝します。続きは早ければ今日の夜、遅くとも明日には投稿します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。