ゾンビになったけれど、私は元気です   作:トクサン

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人とコミュニティ

 

 熱が籠っていた、溶け堕ちた建物群から立ち上る白色を眺めていた。街を焦がす蒸気は空高く舞い上がり消えて行く、膝を突いた私は呆然とソレを見ていた。ゾンビたちは既に消えており、ヘリが遠ざかった時点で興味を失くした様に散会した。

 

 私は煤けたジョンTシャツを掴みながら項垂れる。人の名残に縋って自分を保とうとしたのだ。身から吹き上げた蒸気は既に霧散し体温は元に戻っている。あれ程私を蝕んでいた怒りは消え去り、代わりに悲しみだけが残った。

 

 日が暮れる。

 

 太陽が沈み茜色の世界が来る、この荒廃した世界を美しい色合いで染め上げる。私は呆然とその景色を見ながら思った。

 

 帰らなくちゃ。

 

 シャツを掴んだまま私は立ち上がる、硬化した皮膚がパラパラと足元に落ち下から新しい皮膚が覗いていた。まるで私の人間性のようだ、人である事に固執する私の心が破片となって落ちていく。その中に在るのは、きっと私も認めたくない獣の本性――怪物としての本懐。

 

 ゆっくりとした足取りで帰路についた。走る気力もなかった、ぽっかりと胸に穴が空いた気分だった。世界はどこまでも茜色で残酷だった、振り向けば倒壊しかけの駅が見える。私の熱射によって屋上は抉られ酷い惨状、まるで私の怪物としての証の様で思わず顔を背けた。

 創られた口から「ぉォ」と音が漏れた、人間だったら何て言っていたのだろうか。

 

 寂しい、だろうか。

 

 怪物なのに。

 

 可笑しな話だ。

 

 

 家に帰るまで長い時間を掛けた、一歩踏み出すのが億劫だった、体から生気と言う生気が抜け落ちていた。家に帰って玄関に入り、そこで何かを引き摺った様な血の跡を見て彼の存在を思い出した。玄関から伸びるそれは外に続いている、辛うじて見えるそれは家の外、丁度国道の向こう側に向かっていた。途切れ途切れのソレは良く見なければ分からない程。

 

 そして血の痕跡を辿った私が見たのは倒れ伏した一人の男。建物と建物の間、路地、薄暗い空間。私にコミュニティの崩壊を知らせてくれた彼。

 

 彼は頭部に一発、弾丸を撃ち込んだ状態で死んでいた。うつ伏せで、惨めに、身体中のあちこちを齧られた状態で。

 

 また一人、死んだ。

 

 私は何も言わず踵を返した、彼が死ぬ事は分かっていた。分かっていたけれど胸に込み上げる何かがあった。そして今度こそ帰宅した。扉に鍵を掛けて人間の姿に戻る、大き過ぎるシャツが体に纏わりつき、煤けたそれを細く小さな手で掴んだ。

 

 キッチンに行くと小苗と美香のお蔭で全く消費されていない食料と水が積んである、私はその中の一つ――携帯食料とも言えるブロック体の商品を手に取って開封、味気ないそれを指で摘まんで一口。久々に食べた食料はもさっとしていて、冷たくて、人としての実感を得るには余りにも無機質だった。

 

「寂しい」 

 

 今度こそ口をついた。

 気付けば頬に何かが伝っていた、それは目元から流れる涙だった。

 

「寂しいなぁ」

 

 言いながら食い物を口に突っ込む。涙は止まらなかった、食べる手も止まらなかった。

 私は人間であると誰かに声を掛けて欲しかった、抱きしめて欲しかった、私は私だと、化け物なんかじゃないんだよという都合の良い理想を脳裏に描いた。食い物は味気なかった、不味かった、冷たかった、人と会話をする事の方が何百倍も暖かかった。

 

 ボロボロと欠片が零れる、足元に落ちる、食べても食べても満たされない、なまじ一度人肌の温もりを知ってしまった為に、私は到底無機質な食べ物では満足できない体になっていた。

 

 泣きながら食べた、なけなしの人間性を失うまいと、必死に掻き集める様に足掻き、食べ続けた。それでも心の穴は埋まらなかった。人の真似事をしても暖まらなかった。

 

 誰も居ない街、私はまた独りぼっち。

 

 

 ☆

 

 

 夏が来る、誰も居ない街に初めての夏が。

 

 人類以外に猛威を振るう事が無いウィルスのお蔭で街は徐々に自然に覆われていった。育ち伸びる草々、ビルの表面に絡みつく蔦、苔の類。木々に取り付いた蝉が鳴く、音だけを聞けば以前の世界と全く変わりない――けれど其処に人の姿はない。

 あるのは心を失った怪物と生きる屍のみ。

 

 私は人の姿のままTシャツに包まって蹲る、暑さで脳が溶けそうになるものの空調をつける気はない。ゾンビ形態ではものともしない暑さでも人の身では堪える、けれどその気怠ささえ今の私にとっては生きている証に他ならなかった。私は夏を暑がることが出来る、汗は出ないけれど気力は削がれる、暑いと思える事に意味がある、だからまだ大丈夫。そう言い聞かせた。

 

「……食料と水、無くなっちゃったな」

 

 あれ程あった食料と水、キッチンに山の様にあったそれらは殆ど消えている。初日の暴飲暴食が祟ったと言うのもそうだが、既にあの日から一月。特に飲料水の消費は凄まじい。相も変わらず心にはぽっかりと穴が空いたまま、けれど飲み食いすれば多少は気が紛れた。何より時間という最高の薬はこの時も私の傷を少しずつ癒してくれたのだ。ない物ねだりは出来ない、欠片となった人間性はそれでも未だに根付いている。

 

 パキリと音が鳴る。

 欠片がまた零れ落ちた。

 

「調達、行くか」

 

 私は立ち上がる、立ち上がらなければならない。人との触れ合いを失くし食事まで失くしてしまったら本格的に私は【人間でいる事が出来なくなる】、そんな確信が心の中に在った。あの悪鬼羅刹と成り果てた暴走で知ったのだ、私は。

 

 この肉体の人間性はゾンビと成り果てる一歩手前、紙一重、薄氷一枚で区切られているに過ぎない。そして行き過ぎた感情の暴走は怪物としての己を呼び出す。即ち暴虐と残虐の限りを尽くす怪物であり、それが己の本性であった。

 

 私は人だ、人で在りたい――そうでなければ、私は。

 

 一月ぶりに怪物と成る、全身を覆う赤黒い肌に辟易とする。けれどこれが最もこの世界で安全な姿である事を私は知っていた。六本の腕に三つ目、二メートルを超える巨躯、心なしか少しばかり大きくなった様な気もする。洗濯したジョンTシャツ、それを着たまま外に出る。所々焼け焦げて煤けたソレはボロボロだ、けれど私にとっては何物にも代えがたい宝。きっと私は死ぬまでコイツを持ち続けるだろう。

 

 外に出た途端、家の中とは比較にならない熱気が体を覆い尽くした。太陽の光は熱く、ゾンビ形態であっても思わず呻いてしまう程。

 

「………ぉォ」

 

 口から吐息が漏れる。歯を模した骨と模造品の舌、それらをギチギチ鳴らしながら歩き出す。足は自然とスーパーマーケットに向いていた、初めて彼女達と逢った場所だからだろうか。まだ何かに縋ろうとしている、私は人として生きる事の出来た名残を求めて歩いた。

 

 スーパーマーケットは相変わらず乱雑としていて埃っぽい、四ヶ月前より外壁に蔦が生え揃い苔も見える。このままでは店内に樹でも生えてきそうだ。けれどそれはそれで良いだろう、中々ファンタジーな光景だ。

 

 陳列棚を順に漁って回るが、あの数ヶ月で粗方漁り終えてしまったせいか飲料水も食事も見つからない。ふと周囲を探っていると毎回律儀に支払っていた私の金銭が視界に入る――それを見た私は衝動的にレジを殴り付けようとして、寸前で拳を止めた。

 

 何か制御できない激情があった、まるで底なしの様に湧いて出る黒い感情。

 風圧で札束が宙を舞う、私は慌ててそれを拾い、レジの上に戻した。

 

 泣きたくなった、何で私は彼女達との名残を自ら壊そうとしたのか。自分でも分からなかった、黒い衝動だった。ゾンビ形態でなければ涙の一つでも流れていたかもしれない、どんどん人間らしい自分が消えて行く、無くなっていく、それが恐ろしく、同時に悲しかった。

 

 私は哀愁の漂う背を晒しながらスーパーマーケットを後にする、周囲のコンビニやマーケット系列、飲食店などを当たった。もうこの街にコミュニティは存在しない、だから食料や飲料も他に取られる心配がない。尤も、私としては取ってくれる存在が居た方が有難かったのだけれど。

 誰かを抱えずに歩くというのは寂しかった、空いた四本の腕が何となく空虚に思えた。

 

 適当に確保した籠にありったけの食糧と水を詰めて家に運ぶ。それを何度か繰り返し夕方、キッチンに山の様に再び備蓄を拵えた私は最後の一巡に向かった。出来るだけ外には出たくなかった、誰にも逢わないと分かっているのだから、せめて自分の殻に籠って微かな人間性を保とうとした。

 

 人を探す為に住処を移すという選択肢はなかった、私はあの家に【自分の人間であった頃の記憶】を見出していた。かつて自分は人間だったと言い聞かせるように、あの場所で生活する事によって自分の人間性、その輪郭をなぞったのである。

 

 今日の調達はこれで最期にしよう、そうすれば数週間は家に籠って居られる。

 

 私はそんな事を考えながら近場のコンビニに向かう。コンビニは天井が然程高くなく頭部スレスレだが問題無い。店内は荒れ放題で大抵の物は取り尽くされている、けれど所々に取りこぼした食料、水などがあって私はソレを探していた。

 

 ギィと扉を開く、嘗ては出迎える為に鳴っていた電子音さえ聞こえない。私の向かったコンビニも例に漏れず荒らされている。そして珍しく店内にゾンビが一体、苗床となった死体なら珍しくはないが建物内に居座っているゾンビと言うのは珍しかった。

 

 けれどまぁ、珍しいだけで完全にゼロという訳でも無い。私はソイツを無視して飲料水のある区画に目を向ける。扉を開いた音で分かったのだろう、ソイツは私の方をゆっくりと振り向き――ぎょっとした。

 

「―――」

 

 そう、ソイツは私を見て驚いたのである。

 

 ただ私を見て興味を失い、視線を逸らすならば何も変では無かった。音に反応し、人間でない事を確認した上で目を逸らすのは連中の行動で良く見られる行動だ。

 けれどそのゾンビは私を見て、あろう事か【驚いた】のである。

 

 まるで、『こんな奴、初めて見た』と言わんばかりに。

 

 私は有体に言って疑った、まさかと思った。けれどあり得ない話でもないのだ、何せ『私』という一つの実例が存在しているのだから。だから例えば仮に、私以外に『理性』を持ち合わせているゾンビが存在する確率は――ゼロではない。

 

 妙な胸騒ぎがあった、高揚感と言い換えても良い。

 じっとソイツを見つめる。

 そのゾンビは女性だった、元々OLだったのかスーツを着ていて外傷らしい外傷は存在しない。もしかしたら苗床の粘膜感染か空気感染にやられたのかもしれない。髪は肩ほどで顔色は蒼褪めている、それがゾンビなった弊害なのか単純に私を見たからなのかは分からない。兎に角じっと観察した、果たして有象無象の一匹なのか、それとも私と同類なのか見極めようとした。不意に一歩、私は踏み出す。

 

 瞬間、彼女は一歩後退った。

 

 確定だった。

 私は一も二も無く陳列棚を腕で薙ぎ払い、女性の方へと踏み込んだ。まるで獲物に飛び掛かる狩人の様に、素早く躊躇のない動きだった。件の女性ゾンビは私が飛び出した瞬間青かった顔色を白くまで悪化させ、喉を引き攣らせながら壁際にまで飛びずさる。しかし体のサイズも筋力も、何もかもが違う。私から逃げられる道理はなかった。

 

「――ぉ、ォォ」

「! ! !?」

 

 ゾンビの目前まで飛び込んだ私は彼女の顔を覗き込む様に身を乗り出す。私の三つ目にじっと見下ろされた彼女は肩を震わせながら視線を右へ左へ忙しなく動かし、恐怖に表情を引き攣らせていた。私の体は最早ひとつの壁である、六つの腕を広げた私の左右を抜ける事は難しい。それが分かっていたのだろう、彼女は恐ろしさに震えるばかり。

 

 感情が豊か過ぎる、表情があり過ぎる、ゾンビとして見るには彼女は余りにも――人間的であり過ぎた。

 

 彼女が私を見る目は怪物を見る目だ、ゾンビと疑っていない瞳だった。私は何とか自分が人である事を伝えようと思った。いや、私はゾンビだが――内面として人間の精神を残していると伝えたかったのである。

 

 人間の姿に戻って話しかけるのが手っ取り早い、そうだ、それが良い。私はそう思った。けれど直前で思い止まる、巨大なゾンビが人間になる。

 

 

 それではまるで【人がゾンビになった】のではなく――【ゾンビが人になった】様では無いかと。

 

 

 イメージは大切だ、特に初対面ならば。私はこれ以上彼女に不気味に思われたくなかった、それにゾンビに成り果ててしまった同類の前でこれ見よがしに人と成るのは何か要らぬ不満を買ってしまいそうで恐ろしい。

 

 理性を残したゾンビならば人の温もりこそ感じられないかもしれないが、今の私の精神を慰撫するには十分な様に思えた。

 私は必死に目を伏せて体を震わせるゾンビを見る、ゆっくり、緩慢な動作で後退った。これ以上怖がらせない様に、威圧しない様に心掛ける。後ろへ一歩一歩下がっていく私をゾンビは不安げな目で見守っていた。

 

 そしてある程度距離が離れた所で扉を破砕する勢いで外に飛び出す。脱兎の如くという表現があるが正にソレだ、私はゾンビに背を向け一目散に外に走り出した。彼女の方は見なかった、兎に角【人間にならなければ】という想いに支配された。

 

 ゾンビへと豹変してしまった人間が考える事は一つ、私はソレを良く知っている。自分以外に理性的で会話の出来る存在がいないと、まず酷く心細くなる。そして自分の体の冷たさに愕然とし温もりを求めるのだ。或は自分はまだ大丈夫だと言い聞かせる為に嘗ての生活の名残を追う、私にとっては食事がソレだ。

 

 兎に角安心したいのだ、自分はまだ『マトモ』だと言い聞かせたいのだ。独り善がりな妄想かもしれない、けれど強ち的外れでも無いと思った。ゾンビに成り果てた人間の心境は良く知っている――よく理解している。

 

 私はコンビニ周辺のゾンビを蹴散らすとゾンビ形態から人間形態へと切り替えた。瞬間、熱気が体を包んでくらりと視界が揺れる。人の体は脆弱だ、これでも元の体より大分マシにはないっているというのに暑さは私の体を蝕んだ。汗が流れない事も一つの原因だろう、けれどそんな事に弱音を吐いている時間はなかった。何度か両手足を動かし、「あー、あ」と声の調子を確かめる。まるで後ろ帯の少女の様に何度も何度も確かめた。それほどまでに必死だったのだ。

 

 私は人間の姿のままコンビニの中を覗き込む。其処には私の破壊した陳列棚を立て直し、半泣きでなにやら探し物をしている件のゾンビが居た。彼女は出入り口の方を向きながら床を探っている。商品か何かを漁っているのだろうか、今の私では分からない。

 

 見た目は人間、けれど中身は完全な怪物。

 

 私は彼女に人間としての自分を見せる事によって、その精神を慰撫しようと考えた。そして同時に元人間である彼女と交流を行い、失ってしまった過去の代替としようとしたのだ。

 

「あの」

「――!」

 

 私はコンビニを覗き込みながら声を上げた。瞬間、物凄い速さで此方を振り向くゾンビ。きっと久々に聞いた人の声に反応したのだろう。私は彼女の姿を視界に捉えながら、あえて『しまった』という風な表情を作った。

 

 彼女に接触する事が私の目的だったが、先の大男と今の私は別人であるという形をとらなければならない。無用な不満を抱える気はない、私はゾンビとしての私を一時的に切り捨ててまで誰かとの交流を欲した。

 わざと怯えた風を装って一歩後退る、正に彼女が『人間だと思って声を掛けた』体で。

 

「!」

「っ、あ……ッ」

 

 彼女は私が人間だと分かると倒れた陳列棚を飛び越え、私の目の前に飛び出した。けれど私に触れるかどうかというギリギリのところで踏みとどまり、表情を万華鏡の如く変えながら中途半端に手を伸ばす。

 普通の人間からすればその光景は恐怖そのものだろう、私もあえて恐れている風を装う。

 

 けれど彼女の行動は正に私の焼き増しだった、今目の前のゾンビが何を考え、どんな心境なのか手に取る様に分かる。歓喜、悲しみ、後悔、躊躇――やっと出会えた人間、嫌われたくない、怖がられたくない、けれど話したい、触れたい、私は危険な存在じゃないのだと知って欲しい。

 

 そんな思いがぐるぐると回って動けなくなる、どうすれば良いのか分からない。彼女がゾンビに成り果ててからどれ程の時間が経過したかは分からない、けれど恐らくゾンビに成り果ててから経過した時間は孤独で寂しい物だっただろう。己の人間性をすり減らしてしまう程に。

 

「っ、は――ぁ、の」

 

 何かを口にしようとして喉を引き絞る、何度か咳を繰り返して喉に手を当てる。彼女は言葉を発しようとした。けれど冷たく硬直した喉は上手い具合に動いてはくれない。恐らく今まで使ってこなかったのだろう、それを私と意思疎通を図る為に無理矢理にでも働かせようとしている。

 何度も何度も繰り返し彼女は喉を動かす、そして不器用な言葉を漸く絞りだした。

 

「私は、悪いゾンビ、じゃ、ないよ」

 

 

 ☆

 

 

 人と――正確にはゾンビだけれど――話すのは随分久しぶりだった。彼女は名前を「セツナ」と言うらしく、自分の名前を忘却していない事を少しだけ羨ましく思った。彼女の目の前から逃げ出さなかった私は『彼女は理性を残したゾンビ』だと納得した様子で名を名乗る。普通の人間なら一目散に逃げている場面だろう、肝が据わっているとかそういうレベルではない。

 

 けれど兎に角目の前の人間に無害と認められたいと必死な彼女は微塵も疑わなかった。きっと私も同じだ、同じような場面に遭遇したら少しも疑わず喜びを露わにするだろう。

 

 私は名前をジョンと名乗った。幸い容姿が容姿である為疑われる事は無かった、確かに見た目だけならば日本人ではない。歳も随分若い様に思う、精々十代(ティーン)である。服装はダボダボのジョンTシャツ一枚、失念していたが私は家に居た時の恰好そのままだった。ハッキリ言って露出狂と同じレベルであったが家にゾンビが入り込んできて着の身着のまま逃げ出したと苦しい言い訳をした。裸足である為微妙にタイルの冷たさが心地良い。

 

「それは……大変だったね」

 

 会話を重ねる毎に少しずつ流暢な言葉を取り戻すセツナが痛ましそうな目で私を見る。嘘も嘘、真っ赤な嘘だ。けれど罪悪感や後悔は少しも覚えなかった、彼女とこうして話せる事に嬉しさが勝った。

 

「セツナさんは、その……どうしてゾンビに?」

「……最後の記憶は会社に行く途中だったかな、普通に通勤中だったと思うのだけれど、気付いたらコンビニの中で突っ立っていて――外はこんなだし、私は何か凄い顔色悪くなってるし、一週間位此処に引きこもっていたの」

「一週間ですか」

 

 私より随分遅い、ある意味意識を取り戻したばかりと言っても良かった。彼女は頷きながら、「本当にもう、駄目かと思った、もしかして意識があるゾンビとか生存者とか諸々私だけ? って思っていたから」と嬉しそうに笑った。その気持ちはよく分かる、痛いほどに。

 

「あぁっと、ごめんね長話しちゃって、コンビニの中って言っても扉はこんなだし、出来れば安全な所に行った方が良いね……取り敢えず移動しない? 私なら多分、ジョン君の家に居るゾンビも追い払えると思うんだけれど」

「良いんですか?」

 

 私は少しだけ驚いた様子で彼女を見る。するとセツナは「お姉さんに任せなさい!」と自分の二の腕を叩いた。

 

 白くか細い腕である、とても強そうには思えない。いや、しかし彼女とて私と同じ類の存在、【ゾンビ形態(怪物の側面)】を持ち合わせていても何ら不思議では無かった。私はそれを見越して――という訳ではないが、頷いて見せる。

 暫くは彼女と共に過ごそう、その間私のゾンビとしての側面は封印する。それだけの価値がこの交流には存在する、そう信じていた。

 

 例えそれが傷の舐め合いだとしても。

 

 

 ☆

 

 

 美香は絶望の底に存在した。生きているだけで儲けものだという人も居るだろうが、彼女にとっては其処こそが生き地獄に他ならなかった。コミュニティの仲間達は残らず死んだ、血を分けた妹を失った、家族が皆死んでからは妹の小苗だけが私の心の支えだった。

 そして大きく心優しいゾンビは――もう私の傍にはいない。

 

「寂しい」

 

 ボソリと呟いた。

 

 場所は連合の持つ日本区第六駐屯地、辛うじて難を逃れた人たちが集まっている、恐らくこの付近では一番大きなコミュニティだろう。避難民、連合兵も併せて総人口は千人以上、尤もこれは美香の予想に過ぎず実際より多いか少ないかは分からない、兎に角それ程大きな場所に美香には見えた。実際大きいのだろう、何より今まで見た事も無い様な兵器が沢山ある、戦車にヘリコプター、四脚歩行車両など、モップにナイフを括りつけて戦っていた私達とは大違いだ。

 

 この駐屯地に連れて来られた美香は仕事と部屋を割り当てられた。流石に軍隊と言えどこんな状況では人手が足りないのだろう、動ける人間は何かしら仕事を割り当てられる。若く健康的な男性、もしくは女性なら問答無用で索敵・警邏・調達のどれか。それ以外は基地内部の雑用だ。バリケードの製作や炊事洗濯掃除、基地内部に畑もあるのでそれの管理、物資の確認に医療知識があるのならそちらも、仕事は美香が思っているよりも多い。

 

 最初は美香も警邏部門に配属される予定だったが、彼女の服装を見た連合兵が年齢を聞きだし十六歳と判明、そして彼女は駐屯地内配属となった。流石に高校生を危険な場所に送り込む程切羽詰まってはいないらしい、美香としては別段、警邏だろうが調達だろうが構わなかったのだけれど、彼等からすると今の美香は酷く情緒不安定に見えた。

 

 それはそうだ、何せ仲間は全員死んで妹も亡くなった。

 唯一寄り添えた優しいゾンビも今は彼方。

 

 割り振られた会議室、今は内部に布団を敷いて避難民の住居とされている。今部屋には誰も居ない、十数人が布団を敷いて寝る事が出来る大きさの会議室はがらんとしていた。皆割り振られた仕事に精を出している。しかし美香は一人何をする訳でも無く、部屋の隅で膝を抱えていた。

 

 昨日救出された美香には三日間の休養が言い渡されたのである。流石に心身共に疲弊した美香に今すぐ働けという程連合も鬼では無かった。然るべき救助者には然るべき休息を、と。

 

 彼女は今、その休養期間に在り一人体と心を休めていた。しかし三日で治る程の傷かと聞かれれば――恐らくもっと長い時間が必要だろう。体の方は兎も角、心は深く傷ついている。けれどそんな状態の人間は珍しくない、そして今の連合兵に体では無く心の傷を負った人間にただ飯を食わせるだけの余裕はなかった。故に三日、それが彼女に与えられた再起への時間である。

 

 此処の人達は暖かい、這う這うの体で生き残った美香を優しく出迎えてくれた。皆が皆誰かを失っていた、自分だけでは無いと嫌でも理解させられた。だからこそ同じ傷を持つ美香に優しく出来た、ある意味傷のなめ合いと言っても良い。彼等にとっては此処が第二のコミュニティ、つまり家なのだ。

 

 けれど――そう美香は思う。

 膝に顔を埋めて、此処に来てから片時も離さない血塗れのリュックサックを抱いて思う。

 

 美香にとってコミュニティとはあの場所だけだったのだ、感染爆発が起きてゾンビが歩き回る世界になっても美香と小苗はあの街を離れなかった。何故か? あそこが故郷だったからだ、あの街で生まれ育ち、今は亡き両親との思い出が詰まっていたからだ。

 

「帰りたい」

 

 あの街に、こんな世界になる前の街に。

 

 それは小苗の前では決して吐かなかった弱音、独りぼっちになった美香は姉という殻を脱ぎ捨て等身大の自分に戻った。瞬間、ぐらりと自分の中の芯が揺らぐのを感じる。今までは何とか気丈に振る舞う事が出来た、小苗を守らなくちゃと、たった一人の家族だけは私が守らなくちゃと気を張っていたから。

 

 けれど美香は失念していた、たった一人の家族――それは小苗にとっても同じなのだ。

 彼女が妹を想うように、妹もまた姉を想っていた。

 その結果がこれだ、姉は生き残り、妹は屍と成った。

 

 一人残された姉は一時の生存欲を忘れ項垂れる。けれど彼女はまだ幼く、自殺を考えるには余りにも恐怖が勝った。恐ろしいのだ、怖いのだ、死ぬという事実がどうしようもなく。ならどうする? どうすれば良い? 死ぬ勇気はない、けれどこの寂しさを一人で乗り切れると思う程――強くもない。

 

 誰もが過去に囚われている、美香もまた囚われている。

 

「帰ろう」

 

 口から出た言葉は自分が思った以上に力強かった。先程のか細い声とは違う、しっかりと目的を持った人間が発する声だった。声に出してみると存外悪くなかった、自分の考えを確固たる意志を持って声にする、この儀式めいた行為を美香は繰り返した。「帰ろう」もう一度呟く、体の奥から気力が漲って来る。

 

「帰って、ジョンさんに逢おう」

 

 美香はそう独り口にする。

 

 あの、恐ろしくも心優しい怪物に逢いに行こう。外見は確かに悍ましい、初めて見た時は此処で死ぬのだと思った程。けれど彼には人としての理性と優しさが残っている、私達を決して襲わないし見捨てない。最後の瞬間、彼が激怒し奮闘した光景を今でも憶えている。

 

 そう考えると無性に彼に逢いたくなった。

 過去の私を知る存在と逢って、この孤独感を癒したかった。存外自分は独りでは生きていけない人間なのだと情けなく思う。その為に安全な場所を捨てるのだ、我ながらトチ狂っている。

 

 けれど美香は知っている、彼女だけは知っている。

 ジョン・ドゥと呼ばれる怪物は人一倍優しくて、気配りで、強くて――どうしようもなく【寂しがり屋】なのだと。

 他ならぬ美香は知っている。

 

 逢いに行こう、ジョンさんに。

 

 この大きな基地より彼の傍の方が何倍も、何百倍も安全な様に感じられる。何より美香が逢いたかった、彼に。そして彼も私を無下にしないだろうという確信があった。だから逢いに行くのだ、私から。

 

 彼は臆病だった、人の多いコミュニティに寄り付こうとしなかった。その癖裏から支援する事を厭わない、心優しい人。だから待っていても彼が此処にやってくる事は無い。

 

 まずは調査班に志願しよう、外に出る機会を掴むんだ。

 

 美香は自分にそう言い聞かせて立ち上がった。小苗のリュックサックを背負って目に強い光を灯す、意志と言う名の強い光だ。もう現実に心折れ、失意に沈む美香は居ない。立ち直った訳ではない、今でもコミュニティを失い妹を亡くした後悔と悲観はこびり付いている。

 けれどそれを理由に膝を抱える事はもうないだろう。

 

「帰るんだ、私の街に――コミュニティに」

 

 




 
 皆さんビーム好きなんですね、私も好きです。
 因みに主人公はあとピンチになると二回くらい変身します多分。
 人間形態使わないって言ったけど使いました許して下さい何でもはしません。  

 毎日5000字と二日で10000字投稿だったらどっちが良いのでしょうか……。
 
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