ゾンビになったけれど、私は元気です   作:トクサン

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見慣れた影

 

 セツナとの交流関係はまずまずと言った所。お互いつかず離れず、この世界では丁度良い具合のパートナー関係を結べていると思う。

 彼女は自分がゾンビだからとどこか一歩引いた場所にいるし、私もまた彼女に対して嘘偽りを続けているという気まずさから深くは踏み込まない。それがある意味、彼女がゾンビだから腹の底までは信頼しないという【人間らしさ】を演出していた。

 

 私とセツナが出会ってから一週間ほど、トントン拍子で私達は半同棲生活をする事になった。家のゾンビを追い出した後――と言っても元々が嘘なのでゾンビなど居なかったが――彼女の提案で私の家に彼女を住まわせる事にしたのである。曰くゾンビは危ない、超危険、なので身を守れる存在を近くに置くべきだと。私自身一歩退いてしまう様な気迫で彼女はそう言い切った。

 

 その超危ないゾンビというのに自分も含まれている事に彼女は果たして気付いているのか、恐らく無意識の内に自分をゾンビという存在と認めていないのだろう。私もその危ないゾンビの一員なのだけれど。

 恐らく漸く出会えた人間を死なせまいと必死なのだ、その気持ちはよく分かる。何せ私もゾンビ達から人間を守ろうとした側だ。ゾンビ形態から見ると人間の何と脆弱な事。

 

 私の空間に他人を入れるという事実に思う所がない訳ではなかったけれど、この関係を破綻させる位ならば多少の我慢のしどころと受け入れた。

 

「ジョン君、今日は調達どうしようか?」

「そうですね……」

 

 リビング、ソファに座ったまま所在なさそうに手を遊ばせるセツナ。彼女の言葉に私は補給食を齧りながら思案顔で窓の外を見た。外は快晴、食料調達から一週間は引きこもって彼女と話に華を咲かせた。久々の会話は酷く心を落ち着けた、何も無い宙に向かって言葉を吐き出すより何倍も幸福感に包まれる。自分の言葉に何らかの反応が返って来ると言うのは実に良い。

 

 そして彼女と同棲を始めてから『人間のフリ』が随分と上達した。暴飲暴食は無くなったし、定期的な食事を摂るようになった。夜になれば膝を抱えてベッドの上に座るのではなく、ちゃんと布団を被って横になる。実際に寝る事はないけれど横になって目を瞑るという習慣を身に着けただけで随分と朝を晴れやかに迎えられるようになった。

 

 人と同じサイクルで日々を過ごしているという実感が私の精神を慰めているのだ。実際、彼女も私と一緒に暮らす様になって余裕が出て来たように見える。どこか切羽詰まった、危うい状態であった彼女は朗らかに笑って日々を過ごしていた。

 

 自分を人間だと思い込める環境は私達にとって唯一無二の薬だった。その笑顔の理由は良く分かる、何せ他ならぬ私が通った道だ、ゾンビと人の二面性を持つ私だからこそ彼女の内面を理解する事が出来た。

 

「籠ってばかりだと息も詰まりますし、食料調達に行ってみましょうか」

「うん、分かった、護衛は任せて!」

 

 私が外の天気を見ながら頷けば、彼女は立ち上がって誇らしげに胸を張る。護衛、今の私は文字通り人間そのもの。この形態では大した力は発揮できない、何せ強靭な皮膚も筋繊維も持ち合わせてないのだ。勿論、口からビームを吐き出す事も出来ない。恐らくゾンビ形態ならば銃の弾丸を幾つ喰らっても生き残れるだろうが、この状態では一発の弾丸で死にかねない。

 

 彼女の護衛という言葉は強ち間違っていなかった。私をゾンビと言う脅威から守る盾、彼女は自ら進んでその役割を買って出る。人の役に立ちたい、そうする事によって自己を確立し心を慰めたい。

 私も同じだ。

 

「場所はどうする? 私の居たコンビニとか行ってみようか」

「いえ、実はちょっと心当たりがありまして、近場のスーパーマーケットから歩いて五分程の場所にドラッグストアがあるんです、薬品もそうですが食料品とか飲料も売っているので、其処に行ってみようかと」

「ん、そっか、分かった」

 

 快く頷いてくれるセツナ。私は最後の一口を噛み砕くと調達に向かう為の準備をする。ゾンビ形態なら着の身着のままで問題なかったのだが、人間として外に出るのなら相応の準備が必要だった。

 

 多分この体の事だ、噛まれても全く問題はないのだろうけれど一応警戒しているフリはする。フィルター付きのマスクに護身用のロッド、警棒とも呼ばれる携帯武器。少量の食糧と水、包帯と消毒液、ライトが入ったリュックサック、後はジーパンにTシャツを着込んで準備オーケー。調達に赴くための装備としては大分心許ないが、その辺りはセツナを信用しているという形をとる。

 

 小苗や美香はコレに加えて怪我をした時用の各種医療品、使い捨てのペンライト、コミュニティに知らせる為の発煙筒、浄化タブレットなどを携帯していた。正直サバイバル知識だけなら彼女達の方が上だろう、ゾンビとしての側面は幸か不幸か私にサバイバル知識を与える余地を残さなかった。

 

「すみません、お待たせしました」

「全然、じゃあ行こっか」

「はい」

 

 寝室からリュックサックを持ってリビングに出て来た私は、ソファに座って準備を待っていたセツナさんに一声掛ける。彼女と一緒に家を出ると太陽光が一気に肌を刺激した。ゾンビで外をうろつく事に慣れ過ぎたせいか、未だに温度の変化には弱い。

 

「一応離れないでね、無いとは思うけれど襲われたら大変だから」

「えぇ」

 

 家から少し離れた場所にたむろするゾンビ達。けれど彼等はチラリと此方を一瞥する事はあっても襲って来ない。いつか私が美香や小苗を抱えて移動していた時の様に、人間形態であってもセツナと一緒に居る時は襲われる事が無かった。

 きっと何か法則性があるのだ、私はそう思った。

 

「けれど不思議だね、何で私と一緒だと襲って来ないんだろう」

「存外、私もゾンビの仲間だと思われていたりして」

「ははは、それはないよぉ」

 

 並んで歩きながら私がそう口にすれば、セツナは冗談だとばかりに笑い飛ばす。それが本当だと彼女が知ったらどうなるだろうか、怒るだろうか、失望するだろうか、ぶるりと私の背筋が凍った。一時の安寧を得る為とは言え、今更人のフリをして彼女を騙している事が後ろめたくなった。我ながら何とも軸のブレるダメ人間か。

 

「今更だけどジョン君、日本語とても上手だよね、外国人だとは思えない位」

「……えぇ、まぁ、日本に住んで長いですから、生まれて直ぐにこっちに来たんです」

「へぇ、ずっとこの街に居たならどこかで逢っているかもね、ジョン君位の美人さんだったら忘れそうにないけれど」

「どうでしょう、小さい頃は他の街に居ましたから、この街に越して来たのは中学生辺りだったと思います」

「じゃあ今は高校生くらいか!」

「そう、なるんですかね?」

 

 呼吸をする様にペラペラとある事無い事喋り出す自分の口に関心する。良くもまぁそんな嘘ばかり吐き出せるモノだ。これも一つの才能なのだろうか、こんな才能ならば要らなかった。セツナは私を疑っている気配を微塵も出さない、あるがままを受け入れる、そう言えば聞こえは良いが彼女のソレは盲目である様に見えた。

 

 他愛もない雑談を交わしながらドラッグストアまでやって来る。車で来ればそれなりに近い距離も歩きだと大分遠く感じる。荒廃した店は乗り捨てられた車と僅かなゾンビに彩られ、地面や建物の隙間から植物が顔を覗かせていた。

 まだ半年も経過していないというのに、人が居ないというだけでこれほど人工物は朽ちるものなのか。

 

「このお店です」

「大きいね、これなら色々調達出来そうだよ」

「えぇ、ついでに日用品なども調達出来ればしてしまいましょう」

 

 半開きのまま停止している自動ドアを潜り抜け、店内へと足を踏み入れる。中は少し埃っぽかった、念の為マスクを着用した私はライトを使って苗床が無いか確認する。外ならば苗床の飛ばすウィルス――私達は胞子と呼んでいた――を目視する事は難しいが、室内であれば多少色の違いに気付く。苗床が二体、三体と増えて濃度が高くなると空気が僅かに黄ばむのだ。

 

 店内は広い為全て見て回る事は出来ない、それでもざっと一周し崩れた商品を跨ぎながら安全を確認した。

 

「……大丈夫そう、ですね」

「うん、ゾンビは居ないね、じゃあ物資集めしようか」

 

 セツナはそう言って家から持ち出して来た空っぽのリュックサックを下ろす。そして地面に散らばった手付かずの医療品や携帯食料、飲料などを詰め込み始める。一応消費期限などには目を通している様だがこの世界になってから大分経過している、もう期限が過ぎている商品が殆どだった。

 

「ジョン君はさぁ、食べ物なら何が好き?」

「え、食べ物ですか?」

「うん、そうそう」

 

 倒れた陳列棚から商品を選別しているセツナは手を動かしながらそんな事を聞いて来る。私も彼女に倣って近くの冷凍庫だったモノを漁って、好きな食べ物という単語を頭に浮かべた。正直この体になってから好きな食べ物なんて意識した事がなかった、なにせ味わって食べる様な事はしなかったから。じゃあ生前好きな食べ物は何だったかと言われれば――もう憶えていない、それが欠けてしまった記憶なのか、それとも単純に忘却してしまっただけなのかすら分からなかった。

 

「……たこ焼き、ですかね」

 

 だから私は散らばった冷凍食品、そのパッケージを見ながら適当な答えを口にした。指に触れたパッケージから冷たさは伝わってこない、電気が止まってしまった今では殆ど全滅だろう。中はきっとカピカピ、だから私はもう食べられそうにない食品を挙げた。

 

「あ~、たこ焼きかぁ、良いねぇ、食べたいなぁ」

「海にでも行って捕まえて来ますか、蛸?」

「いやぁ、そこまでしなくても良いよ、それに私はもう食べなくても生きていける体だしなぁ」

 

 セツナはそう言って自分の腹を撫でる。彼女は空腹という感覚を忘れかけていた、恐らくもうずっと食べ物を口に入れていないのだろう。食べられない事はないのだ、私と同じで食べようと思えば普通に食べる事も出来る。

 けれどセツナは食料の貴重さを知っているし、私の取り分が減ることを恐れて頑なに食事を摂ろうとはしなかった。

 

「前にも言いましたけれど、調達は二人でやっている訳ですから、セツナさんも食べたいだけ食べて良いんですよ?」

「いやいや、私は食べなくても全然平気だけどジョン君は違うでしょ? 食べなきゃ死んじゃうんだから、重要度が違うよ、娯楽で君の分を減らすなんて私には出来ない」

「……セツナさんは優しいんですね」

「ただ意地を張っているだけだよ~」

 

 背中越しに会話をする、彼女の表情は見えなかったけれど何となくどんな顔をしているかは分かった。私は比較的食べられそうなものをリュックサックに詰めながら奥の方を指差し、「ちょっと向こう側の物資見て来ますね」と口に出した。

 

 セツナさんは軽く頷いて見せ、私はリュックサックを背負って医療品や栄養サプリメントなどが散乱している区画に入った。食料も大切だがこういうサプリメント、医療品の類も大切だ。食料品で補えない栄養素はこういうモノで摂取するしかない、尤も私には必要のない物だけれど。

 けれどもし万が一、生きている人間が見つかったら。

 そんな想いで私は物資をリュックサックに詰め込み始めた。

 

 そんな時だった。

 バキン! と金属の弾ける音、そして木霊する銃声が聞こえて来たのは。

 私は突然鳴り響いたソレに肩を震わせ、思わず顔を上げた。

 

「!」

「ジョン君!」

 

 その音は外から聞こえて来た。音に反応して顔を上げた私は、次いでセツナなの悲鳴に似た声を聞く。彼女は立ち上がって私の方に駆け出す、その顔色は優れない。銃声、この街ではまず聞く事のない音。そして銃などと言う道具をゾンビが扱う事は無い――例外なのは私達位なものだ。

 

 人間だ、人間が居るんだ。

 私の胸にその事実がすっと入り込んで来た。

 

「今のって……!」

「多分銃声です、人が居るかもしれない……っ!」

 

 私はリュックサックをその場に投げ捨てると、脇に差し込んでいた警棒を引き抜いて駆け出した。背後からセツナが「ジョン君、待って、私が先に――!」と言っていたが止まることはしなかった。何せ彼女はゾンビである、人間と邂逅した瞬間撃ち殺される可能性だってあった。その可能性を私は見過ごせない、最初に遭遇するのならば私が適任だ。

 

 陳列棚を飛び越えながらショップの出入り口まで駆け、半開きの自動ドアを転がる勢いで抜けきる。そうして太陽の元に再び身を晒すと、目前に見慣れぬ服を着た女性が立っていた。

 

 一昔前の野戦服、それに所々修繕された痕が見える連合隊服。彼女は口元をぴったりと張り付くマスクで覆い、拳銃で三人程のゾンビを射殺していた。全てこのドラッグストア正面にたむろしていたゾンビ達である。周囲に他のゾンビは見当たらない、きっとそれを理解した上で銃を抜いたのだ。

 

 そんな冷静な目で状況を観察する傍ら、私の瞳は彼女に釘付けだった。僅かに焼けた肌、短くなった髪の毛。まだ幼さの抜けていない顔立ち。それでも彼女の顔を見間違える筈が無い。

 私は震える口調で思わず呟いた。

 

 

 美香、と。

 

 

 彼女は今しがた店から飛び出して来た私を見て目を見開き、それから銃口を上に向けながら言った。

 

「……誰ですか、貴方?」

 

 

 





 インフルエンザに罹って昇天しました。
 投稿ペース遅れそうです、ごめんなさい。

 今日で春休み終わりだったので物凄くタイミングが悪いです。
 皆様も風邪には気を付けて下さい。ゾンビ物書いてたからウィルスに好かれたのかな……。
 書けば出ると言いますがウィルスは出ないでほしかったです。
 

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