登校途中の道で、綺麗な花屋さんを通ることになる。
それはごく普通の景観のこの町において、明らかに華やかで、それでいてどぎつく無く、町に自然と馴染んでいる美しさがあった。
私たちが登校をしていると、自然と表の掃き掃除をしているそこの店主と顔を合わせることになる。
白髪で長髪、誰が見ても美形だとわかる顔立ちの長身の男性が「アヴァロン生花店」と書かれたエプロンを着けて、掃き掃除をしている。
「おはようございます、マーリンさん」
この店主の名前はマーリン。
私たちの学校ではアイドル的な存在だ。
彼自身、自らの女性好きを公言しており、通学途中の女子生徒にその花よりも爽やかな笑顔を振りまくものだから、彼のその手の話には毎度いとまがない。
「おはようございます……?」
先輩の挨拶に併せて私も挨拶したが、しかし今朝のマーリンさんは少しいつもと様子が違う。
私たちの方を見ると、キョトンと不思議そうな顔をしたのだ。
そして、辺りの様子を、まるで自分が何故ここにいるかわからないと行った様子でキョロキョロと見渡す。
私たちもその様子に驚いて、立ち止まってマーリンさんを見ていると、彼はやがて得心がいったという風に、一つ頷いた。
「なるほど、つまり私はここではこういう役割をあてがわれたらしい。
取り敢えず入って見たら、そのまま巻き込まれてしまったか、なんとも厄介なものだね」
一人で納得した風にウンウンと頷きながら、マーリンさんは独り言を言う。
彼の言っている事は何一つとして理解できない。
「あの、マーリンさん?」
その様子が少し怖くて、私はおずおずと声をかける。
すると彼は、今度こそいつも通りの笑顔を見せてくれた。
「ああ、おはよう。マシュちゃん、立香くん。
今日も心地の良い朝だね」
私と先輩は、いつも通りの彼の様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
「んもぉー驚かさないでくださいよ、マーリンさん!なんだったんですか今の」
プリプリと怒りましたと言う表情を作って、先輩がマーリンさんへと絡む。
マーリンさんも困ったように、あまり困った風ではなさそうに、苦笑いを作って応えた。
「ははっ、ごめんごめん。今日は随分と暖かい春の陽気だからね、少しぼうっとしてしまったのさ」
そして、彼は先輩の服装を一瞥する。
「それ、セーラー服かい?華やかで似合うじゃないか、可愛らしいよ」
「え、そうですか…ってマーリンさん、いつもここ生徒が通るんだから見慣れてるじゃないですか」
「あれ、そうだったかな?だが、可愛いものは何度褒めたって良いものさ」
マーリンさんは相変わらずキザな台詞でお茶を濁す。
「んもーまた上手いこと言って」
先輩も少し照れている。
私はその様子がなんだか少し気に入らなくて、そっと胸に手を当てる。
するとマーリンさんは目敏く私の方に目を向けた。
「おや、すまないねマシュちゃん。君の先輩を取ってしまって」
「あ、いや、違うんです!全然そう言うんじゃなくて!」
マーリンさんに気づかれた事に、恥ずかしくなってしまい、慌てて首を振る。
彼はそんな私の様子を見て楽しそうにウンウンと頷いた。
「さ、そろそろ登校の時間だろ?お兄さんとのお話も楽しいだろうけど、今は学校に向かうといい」
「は、はい!行ってきます、マーリンさん!」
私が慌てて逃げるようにそう言って歩き出すと、先輩も「待ってよ〜」と声を掛けながら私の後をついてくる。
私は彼女がついて来てくれることを嬉しく思いながら、同時にマーリンさんに鋭く見抜かれた事を恥ずかしく思う。
うぅ…顔が赤くなっていないだろうか。
マーリンさんはそんな私達を見送りながら、私達に声をかける。
「行ってらっしゃい、二人とも。どうかこのひと時の日常に、花の祝福があらん事を」
学校の見送りにしては不思議な言い回しだなと思ったが、私達は特に疑問を呈することは無かった。
*
私立カルデア学園。
それが私たちの通う学校の名前だ。
なんて言うことのないごくごく普通の構えの建物に、ちょっとだけ変わった先生と生徒が通うこの学園に、私と先輩も毎日登校している。
私は今年の春に入学したピカピカの一年生で、先輩は二年生。
とは言え、学園という字面通り、中学からエスカレート式の学校なので、クラスメイトに関しては前からの馴染みが多い。
例えば、そう例えば毎日私にセクハラを仕掛けてくる同性の弓道部とか。
「……グッモーニン、マシュマロおっぱーーい!!」
「ひゃぁっ!」
私達が学校に到着し、校門をくぐった時に、私の胸を誰かが後ろから揉みしだいた。
いや、誤字や誇張表現ではない。本当に文字通り、私の後ろにこっそり近寄って胸を揉みしだいて来たのだ。
「おおぅ、相変わらずけしからん胸をしとるのう、このマシュマロは。ほら、これか?これが良いのか?」
「あ、あわわ、止めてください信長さん!」
私の制止を意にも介さずにセクハラを続ける彼女に、後ろから別の誰かが竹刀で頭をビシリと叩く。
「こら、そこまでですよ、ノッブ。イエスマシュマロノータッチです」
「あ、おはようノッブにオッキー」
先輩はまるで気にした風ではなく、二人に挨拶をする。
出来ればその前に助けていただきたかったのですが…
織田信長と沖田総司。
私と同じ一年生で、弓道部と剣道部に所属している、根っからのスポ根少女達だ。
弓道部に所属しているのは黒髪長髪で、小柄な織田信長。
普段の陽気な振る舞いと、ふとした時の凛々しさで多くの男性と一部の女性から人気を博しているのだが、本人はまるで気にする様子が無い。
弓道部に所属していながら、趣味はサバイバルゲームなのが、本人の自由気質をよく表している。
「弓とか、もう古い!やっぱり時代は銃だよネ!」とは本人の談。
剣道部に所属している金髪のキリッとした佇まいの少女は沖田総司。
昔から剣道の道場に通っている根っからの剣士である。
体育の土方先生が兄弟子で、女子達の間では二人は実は出来ているのではとまことしやかに囁かれてるが、当人はまるで気にする様子が無い。
「土方さんと?あっはっはっ、あれと付き合うんならそこらの犬と付き合いますよ〜」とは本人の談。
この二人は昔からずっと二人一緒に行動をしている仲で、二人曰く「別に仲良しとかじゃないんです(じゃ)けど、気づいたらずっといる腐れ縁ですかね(じゃな)」だとか。
傍から見れば、その返答がすでに仲の良さを窺わせるものである。
いつものたわいない(私からしてみれば決してたわいなく無いのだが)会話をしながら4人で校庭を歩く。
「それでマシュマロおっぱい」
「マシュです」
どこまで本気で言っているのだろう。
「おぉ、そうじゃったマシュよ。もう部活は何処に入るのか決めたのか?」
「それは…」
先ほどまでの緩い空気を一瞬で引き締めて、彼女はわたしに聞いてくる。
そう、カルデア学園はみんな部活動の入部を義務づけられている。
沖田さんや信長さんは既にそれぞれの部活に入部しているし、先輩は陸上部に所属している。
他にも何かと個性の強い生徒が多いこの学校は、その殆どが既に何処かしらの部活に所属してた。
何処に行こうか未だに右往左往しているのは私くらいなのだ。
「まだ…です…」
私が顔を伏せて言うと、信長さんは特に気にした風でもなく言葉を続ける。
「ふむ、別にやりたいことが無いわけじゃないんじゃろ?」
「はい、寧ろやりたいことが多すぎて決められなくて…」
そう、私が部活をいつまで経っても決められないのは、あまりにも魅力的な部活が多いからなのだ。
運動は苦手なものの、とにかく秀でたところがない私は、逆に何を選んだらいいかわからなくなっているのだ。
文系にしようと言うことだけは纏まったのだが…
「まあ、気にすことないじゃないですか。やりたいことが無いならともかく、意欲があるならきっとそのうち見つかりますよ!」
沖田さんが持ち前の明るい笑顔で、私の事を励ましてくれる。
「そうそう、うちのマシュは大器晩成型だからね、まあ見てなさいって」
そして先輩が何故か自分が誇らしそうに胸を張る。
「はい、ありがとうございます」
だけれど私は、そうやって励まされる事自体が申し訳なくて、ますます萎縮してしまう。
「…まあ、あまり気にせんことじゃな」
信長さんは素っ気なくそう言って、一番に玄関に入っていった。