優しき日常に   作:warlus

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「とぉーーう!!」

というわけで、2時限目。

授業開始のチャイムがなるとともに、熱血漢を体現したような先生が教室に入ってくる。

飾り気のないジャージの上からでも、鍛え上げられているのがわかる肉体に、燃え盛る火のような赤髪。

数学の教師、レオニダス先生だ。

クラス全体の意見としては、明らかに教える教科を間違えていると言われている。

私は彼の教え方は非常にロジカルでわかりやすいと思うのだが、それをクラスのみんなに伝えると「マシュはレオニダス先生大好きだからね〜」と笑われてしまう。

実際非常にわかりやすいと思うのだが…

「それでは、これより数学の授業を始めます!

日直の方、号令をどうぞ!」

「起立っ!」

今日の日直はクラス委員のラーマさんだ。

レオニダス先生の号砲に負けぬ、ハキハキと通りの良い声がクラスに響く。

「礼っ!」

「はい、大変ハキハキとした良い号令です!それでは教科書の15ページから開いてください」

私は、先生の言葉通りに教科書を開く。

最初のインパクトとはかけ離れた、淡々と合理的に述べられていく数式を、教科書と見比べながらノートに書き留めていく。

「今日はこれからやっていく項目の基本、数の集合についてですな。

まず、AとBの二つの集合体があったとします」

ちらりと前の席を見てみると、アルテラさんは黙々と黒板を書き写している。

僅かに見える横顔からは、困っている様子は無いように見えた。

「このうち、Aのすべての要素がBの要素であるものを部分集合と言います。

ただし、この場合BのすべてがAであるというわけではありません。

イコールでは繋がらないのです」

朝の宿題と一緒にやった予習が功をそうしたのだろうか。そう思うと私は、少しだけ誇らしい気持ちになった。

「え…なに、わかりづらい?では例えで説明しましょう!

かの伝説のスパルタ軍は、ギリシャ最大の戦力でした。スパルタ軍をA、ギリシャ軍そのものをBとします」

なぜかレオニダス先生は、ギリシャとスパルタを例えに持ち出した。

社会科の先生でも無いのに、独特の感性である。

「この場合、スパルタ軍(A)は、ギリシャ軍(B)でもありますが、ギリシャ軍(B)はスパルタ軍(A)ではありません。

いかに強固なラケダイモンと言えど、ギリシャ軍そのものとは呼べないのですな」

レオニダス先生の例えは的確だ。

レオニダス先生本人と、かのスパルタ軍は何の縁故も無いというのに、スパルタに対して随分と詳しいようだ。

私も先生の話題につられて、ついつい数学と関係のないことについて考えてしまう。

あの、たった300人でペルシャ軍と渡り合ったスパルタの王の名前はなんといったか、確かー

「……っ?」

そこまで考えたところで、私はズキリと頭の痛みを感じた。

なんだろう、この感覚は。

ぐわんぐわんと、思考が遮られる感覚。

頭の触れてはならないところに、無遠慮に指を挿れられた様な感覚。

 

ー思い出すな、

 

熱を出した時のように、じっとりとした冷や汗をかく。

 

ーー思い出すな、

 

私はこの茹だるような頭の熱を何とかしたくて、自分の手を額に当てる。

 

ーーー思い出すな、

 

今の今まで考えていた事が、苦痛に流されてわからなくなる。

 

ーーーー思い出すな。

 

ああ、だれか。お願いだからこの痛みを止めて欲しい。

「マシュ・キリエライトさん?」

男の、芯の通った声で意識が戻る。

顔を上げてみると、レオニダス先生が心配そうな顔でこちらを伺っていた。

「大丈夫ですかな?なにやら苦しそうにされていましたが」

「…はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

「無理をしてはいけませんぞ、苦しくなったら声を掛けてください。

保健室へお連れします」

「はい、ありがとうございます」

彼の声を聞くと、すうっと先までの痛みと熱が抜けていくのを感じた。

額の汗を、そっと服の裾で拭って、私は何事も無かったように、ノートに書き込みをする。

少し授業に集中するうちに、いつも通りになったので、私はそれまで何を考えていたかすっかり忘れてしまった。

 

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