優しき日常に   作:warlus

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四時間目の授業の終わるチャイムが鳴った。

あの後、私は本当に何事もなくいつも通りの時を過ごした。

クラスメイトのみんなには心配させてしまったのだが、二時間目が終わる頃には、頭の痛みもすっかり抜けてしまったのだ。

随分とピンポイントな頭痛だった。

四時間目の授業が終われば、お昼休みの時間だ。

私はお父さんが持たせてくれた弁当を机の上に置いて、そわそわと人を待つ。

クラスのみんなは私に声をかけることは無い。私がだれと一緒に食べるか知っているからだ。

そうして少し待つと、教室の後方の扉からよく見慣れた姿が見えた。

歩くたびにぴょこんぴょこんと跳ねる赤髪。

「おーい、マシュ!ご飯行こう!」

言うまでもなく先輩だった。

「はい、今行きます!」

私もパタパタと彼女のそばまで駆け寄る。

「今日はどちらに行かれますか?」

「うーん、今日あったかいし校庭で食べよっか。

ちょうどいいベンチがあるんだ、案内してあげる」

「はい、お願いします」

そうして、二人で歩きだそうとした所に、まったをかける声があった。

「すみません、立華先輩。少しよろしいですか」

声を掛けたのはラーマさんだ。

「えーと、マシュじゃなくて私に?」

「はい、時間は取らせないので、出来れば少しだけ二人で話をさせていただきたいんです」

彼の顔つきは真剣にそのものだ。

先輩は少しだけ考えると「いいよ、マシュは先に玄関に行ってて」と応えた。

そう言われてしまうと、私もいいえと言えなくなってしまう。

私は二人の様子に後ろ髪引かれながら、一人玄関に向かう事にした。

 

 

玄関で一人、そわそわと待っていると何だか良からぬ想像ばかりが頭をよぎる。

先ほどのラーマさんが声を掛けた時の真剣な表情は、ついつい想像を掻き立てさせる。

邪推はいけないと思うのだが、やはり妄想は止まらず、私は「むうっ…」と呻いて頭に手をやる。すると、そんな私に誰かが後ろから声を掛けてきた。

「あれ、マシュちゃんじゃん。どしたい、こんな所で」

振り返ると、黒髪で綺麗なストレートで長髪の男性が軽い笑みを浮かべて、こちらに手を振っていた。

着崩した制服の襟首からは、龍を象ったタトゥーが見え隠れしている。

「こんにちは、新シンさん」

「よう、こんにちは。立華なら、さっきそっちに向かったと思うぜ?」

先輩と同じ2年生の、通称新シンさんだ。

先輩と仲の良い友達なので、なにかと私も目をかけてもらっている。

なんと彼は上半身全てを覆い尽くす刺青を身体に挿れていて、入学当初は大きな問題となったそうだ。

しかし彼の「これは我が誇り、我が拳法の収斂の証。それを無くすことは、この研鑽全てへの侮辱だ」という言葉により不問になったとかで、学校ではちょっとした有名人になっている。

「先程合流したのですが、私のクラスの人が先輩に話があると言って、私はここで待っているんです」

「ほへ?クラスって、一年だろ?」

「はい、それが…」

私がざっくりと説明をすると新シンさんは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

こういう所でからかいが好きな人なのだ。

「実は告白だったりしてな」

「言うと思いました…残念ながら、彼に限ってそれは無いんですよ。だってラーマさんは彼女さんがいらっしゃるのですから」

「へえ、ラーマってあのいかにも真面目って感じの一年だろ?何だかそんなイメージわかないねぇ」

そうなのだ、クラスでも特等真面目で、クラス委員を務める彼には、幼馴染の彼女がいる。

私たちの隣、1-3のクラスで名前はシータ。二人とも同じ赤毛で顔つきも似ているため、一見すると兄妹のようにも見えるが、二人がラブラブである事は周知の事実だ。

以下、校内で行われたやりとりである。

「ラーマ君、お昼作って来たから一緒に食べよっ」

「おぉ、シータ!君に弁当を作って貰えるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ!」

「んもう、そんないちいち大げさにリアクションして。この程度、ラーマ君のためなら幾らでもしてあげるよ」

こんなやりとりが、教室の中で堂々と行われる。

これでラーマさんが他の女性に色目を使っていると考える方が無理だろう。

「となると、一体なんのようなのかねえ」

新シンさんは不思議そうに首をかしげる。

「はい、私もそれでちょっと悶々としていまして…」

んーと唸りながら首を傾げていた新シンさんだったが、直ぐにかぶりを振って「わからん!」と考えを放棄した。

「まあ、そういうのは本人に聞くのが一番さね。俺、そういうのを考えるよりも、誰かの言うことを聞く方が性に合ってるし」

新シンさんはそう言ってニパッとスッキリした笑みを浮かべる。彼はこう見えて奉仕体質なのだ、とは先輩の言である。

「ちょうど来た所だしね、おーい立華ーー!!」

新シンさんは、私の後方へ向けてブンブンと手を振る。

私も振り返ってみると、丁度先輩がこちらに駆けてくる所だった。

「あれ、新シン?あんたここで何してるの?」

「何してるの、とは随分な言い草だなあ。寂しそうな後輩がいたから、相手してもらってたのさ」

二人は挨拶代わりの軽口を交わす。

私がそんな二人を見ていると、先輩は私に声をかけてきてくれた。

「さ、待たせて悪いねマシュ。ご飯行こっか」

そう言って彼女はさっさと自分の下駄箱で靴を履き替える。

私も慌てて一年生の下駄箱で靴を履き替えていると、新シンさんは「それじゃ、またねー」と手を振って居なくなってしまった。

どうも、自分の疑問より私と先輩の時間を尊重してくれたらしい。

 

 

二人で、桜が見えるベンチに座る。

「うーん桜はまだだったね」

先輩は苦笑いして、まだ蕾の桜の木を見つめる。

「そうですね、早い所だと明後日からだそうですけど」

「また来ればいっか。さて、ご飯ご飯と、私お腹空いちゃったよ」

二人で談笑をしながら、お弁当をつつく。

話題は勉強の事とか、昨日見たテレビの事とか、或いは私の今朝のホームルームの事だとか、そんなたわいもない事だ。

そうして、一通り食べ終わった頃に、私は勇気を出して先の疑問を尋ねてみる事にした。

「先輩、先程はラーマさんと何を話されたのですか?」

「ん、それはね、君の事を話してたんだよ」

「私ですか?」

私が繰り返すと、先輩は真面目な顔でコクリと頷く。

「そう、ラーマ君だっけ。一年で真面目な人だとは聞いていたけど、優しいんだね。

マシュが今日の二時間目に体調が悪そうだった。僕たちにはなんでもなさそうに振舞っていたが、貴女から無理をしていないか見てほしい。だってさ」

「それは…」

無理をしていると思われていたのか。

私は知らず、思っていたよりもクラスメイトに心配をかけていたらしいと知って、申し訳ない気持ちになる。

「それで、体調が悪くなったの?今はもう大丈夫みたいだけど」

先輩は心配そうに顔を覗き込んでくる。本当は今までずっと、それとなく様子を伺っていたのだろう。

「あ、はい。二時間目に何だか急に頭が痛くなって…でも大丈夫です!

私、自分でも不思議なくらい今はなんともないですから!」

心配を掛けないように、ふんっと両手を挙げてアピールをする。

すると先輩は、はぁとため息を一つ吐いて、こちらのおでこにデコピンをしてきた。

「痛たっ」

「あんまり大丈夫アピールしちゃ駄目だよ。マシュはそうやって直ぐに周りに心配掛けないようにしようとするんだから。

駄目だったら駄目、大丈夫だったら大丈夫って強がらずにしっかり言うの」

「はい、すみません」

私はデコピンをされた額を抑えながら謝る。

すると先輩はもう一度真剣な顔で尋ねてきた。

「それで、本当に大丈夫なの?」

「はい、本当に痛みは無いんです。頭痛がしたのはあの一瞬だけで、それからはまるっきり」

「…そっか、なら良かった」

私が今度はしっかりと先輩の目を見つめながら言うと、今度こそ彼女は安心したと言う風に胸を撫で下ろしたのだった。

予鈴のチャイムがなる。

そろそろお昼休憩も終わりの時間だ。

「さて、そろそろ戻りますか」

先輩がグーっと伸びをして、弁当を持って立ちあがる。

そして一緒に立ちあがる私のおでこをもう一回、今度は人差し指でとんと突いて、

「でも、また頭が痛くなったら無理せず保健室に行って診てもらうんだよ?」

と釘を刺したのだった。

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