放課後になった。
それぞれ皆さんは、部活に行ったりクラスメイトと話したりしている。
そんな中で私はというと、カバンを机の上に置いて一つのため息をついていた。
白状すると、少し気が重いのだ。やはり部活動はどこも魅力的で、中々決められないでいるのだが、私以外はみんな既に部活動を決めているという状況がプレッシャーになる。
そうしていると、私に声を掛けてくる人がいた。
「マーシュ、ちょっといいかしら?」
教壇からこちらに向かって歩いてくるのは、エレナ先生だ。
「少しお話ししましょう?」
「…はい」
やはり、一人だけ部活が決まっていない事を怒られるのだろうかと身構えて、指示されるままにエレナ先生と廊下に出る。
するとエレナ先生は私を見るとプッと吹き出した。
「なあに、マシュ、そんなに緊張した顔をして。部活がまだ決まってないから怒られるとでも思った?」
「ち、違うんですか?」
私が呆けた顔で応えると、エレナ先生は「しょうがない子ね」と言って私の頭に手を置いた。
「違うわよ、寧ろ逆。私は一生懸命悩みなさいって、励ましに呼んだの」
「…へ?」
間の抜けた声を出す私に、エレナ先生はにっこりと微笑む。
「そりゃ、うちの生徒達はみんな意志がはっきりしてるから、貴女は置いていかれた様に感じるかもしれない。でもね、悩む事は悪い事じゃないのよ。
貴女が今悩めば悩んだだけ、それは貴女の中に経験として積み重なるの。掛けた時間も、その苦悩もね。
だから、貴女は焦らずに今はじっくり考えなさい。それは貴女にとって大切な財産になるわ」
「財産…」
「そ、財産」
エレナ先生の言葉を、私は頭を撫でられながら繰り返す。
いいのだろうか、悩んでも、今は立ち止まっていても。
「いいのよ、先生が保証してあげる。それにね、去年は一人、貴女よりずっと部活を決めるのが遅い生徒がいたのよ。
どこも面白そうで決められない〜、なんて言ってね」
「それは…私と同じですね」
「そうね、今の貴女と同じ状況。
その生徒がなんて言う名前か、知りたい?」
私がコクリと頷くと、彼女は悪戯な笑みを浮かべてウインクをする。
「藤丸立華って言うのよ」
「せ、先輩が!?」
「そう、彼女も去年は一生懸命悩んで、それでも今は陸上部として頑張ってる。だから貴女も大丈夫よ」
エレナ先生の言葉に、私は塞ぎこんでいた気持ちが一気に晴れ渡るようだった。
たくさん経験しよう、まだまだ何処に入るかなんて決められないけれど、精一杯今の時間を大切にしようと、そう思えた。
「さ、マシュ。貴女がこれからする事は?」
「はい、マシュキリエライト!部活動見学に勤しんできます!」
私が先生の言葉に合わせてビシッと敬礼すると、彼女はもう一度にっこりと笑って
「よくってよ」
と言って送り出してくれたのだった。
*
「おやおや、これは新入生のマシュ殿でございませんかwwwひょっとして見学でごじゃりますかなwwwデュフフフ、歓迎いたしますぞwww」
「……」
ごめんなさいエレナ先生、早速心が折れそうです。
私はエレナ先生に背を押されてから、まずは文芸部の部室へと向かった。
私の趣味が読書なので、まずは自分の趣味に沿った部活にあたってみようという思いからだ。
そして、勇気を出して文芸部の扉をノックして見ると、なんと扉を開けて現れたのは、身長2m越えるであろう大男だった。
「ちょっとくろひー、あんたが急に表れたらびっくりするでしょ、そこどきなよ」
私が何も言えずに口をパクパクさせながら固まっていると、部屋の奥から女性の声が聞こえる。
すると、くろひーと呼ばれた大柄の男性が、振り返って部室の方を見た。
「そうは言ってもオッキー、マシュ殿は恐らくオッキーの初対面でござるぞ。
そのモードのまま会ってよろしいのですかな?」
「あ、え、嘘、ちょっと待って時間稼いでくろひー」
「まかされて♪」
ひとしきり部屋の中の人と会話を済ませたと思いきや、くろひーさんは再びこちらに向き直る。
部屋の中からバタバタと物音が聞こえるが、くろひーさんの大きな体が邪魔して、廊下から中の様子は伺えない。
「というわけで、すまぬマシュ殿。ちょっと待ってくだされ」
「は、はあ…」
「マシュ殿は文芸部の見学ですな?
ようこそ歓迎いたしますぞ、拙者文芸部部長の黒ひげでござるwww」
まくしたてるくろひーさん、もとい黒ひげさんに私は曖昧な返事をしながら、気になっていたことを尋ねてみる事にした。
「あの黒ひげ先輩は…」
「おっとくろひーと呼んでくだされマシュ殿」
「…くろひー先輩は、なんで私の名前がわかったんですか?」
「おっと、そりゃ勿論、在学生の可愛い女の子のチェックは欠かさないからでござるよ。
ふうむ、しかし改めてよく見ると、中々に良い体をお持ちですな」
黒ひげさんの舐めるような視線の動きに、私は瞬間的に一歩引いてしまう。すると黒ひげさんはその場で身悶えするように自分の体をくねくねと揺らした。
「んんwwwその侮蔑の眼差し、堪りませんなwww」
「…ひっ」
私が更に2.3歩退がると、その時黒ひげさんの背後から黒ひげさんにチョップが飛んだ。
「いでっ」
「こらー、くろひー!それじゃ彼女が逃げちゃうでしょう!」
叩かれた黒ひげさんが頭をさすりながら一歩脇に避けると、先程から声だけ聴こえていた女性が顔を見せた。
「こんにちは、マシュちゃん!みんなのアイドル刑部姫だぞっ!
オッキーって呼んでね!」
そう言って刑部姫さんは顔のそばで、横向きのピースをした。
「あ…えと…よろしくお願いします、オッキーさん」
そのなんとも言えない勢いに気押されながらも、私は取り敢えず一礼をする。
「オッキーオッキー、貴女もどうやら中々の引かれっぷりですぞ」
「え、うそ、こういうのってもしかして寒いのかな!?でも、私初対面の人にはこれ以外どうしたらいいかわからないし」
私が一歩引いているのを見ると、黒ひげさんは冷静に刑部姫さんに解説する。彼女はアワアワと口をふ歪めて狼狽している。
「あ、いえすみません、あまり慣れていないタイプなので、ちょっと驚いてしまいました。
刑部姫さんはアイドルをされているのですか?」
私がなんとか会話をしようとそう尋ねると、刑部姫さんは「う…純粋な疑問が痛い…」と傷ついた様な顔をしする。
「そうですな、オッキーこと刑部姫は、今ネット界隈ではちょっとしたアイドルとして、人気を博しているのですぞ」
「ネット上のアイドル…そういう物もあるんですね。学生の御身分でアイドルもされているなんて、凄いです!」
黒ひげさんの説明に私がそう感嘆の声を上げると、彼女は更に辛そうに目を細めた。
…何かマズイことを言ってしまったのだろうか。
「ささ、何はともあれ、先ずは中に入ってくだされ、マシュ殿。我々文芸部一同、歓迎いたしますぞw w」
刑部姫さんの苦悶の表情を黒ひげさんは特に気にする様子もなく、彼はそう言って私を教室に招き入れたのだった。