レガリア   作:kuraisu

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ふとしたことから思いついたネタを膨らませてみただけのもの。
この話含めて、二話か三話で完結すると思います。


主戦派の聖地

「本船はまもなく惑星ヴァラーハ中央宇宙港に着陸します。御忘れ物のございませんよう、ご注意ください」

 

 まもなく目的地に到着することを告げるアナウンスがスピーカーから聞こえてきて、宇宙船の乗客である三人の若者達は雑談を中断させた。全員まだ中等学校の学生であり、その容姿には幼さが色濃く残っている。

 

「いよいよヴァラーハか。怖いなぁ」

 

 不安気にそう呟く少女に、大柄の少年が反応した。

 

「まだ言うのかよファティマ」

「あなたたちが気にしなさすぎるのよ。解放記念日のヴァラーハには過激な人たちが集まるって前調べしたじゃない」

 

 ヴィシュヌ星系の首星ヴァラーハは三億の人口を抱える有数の都市惑星であるが、それ以上に自由惑星同盟領内において、もっとも主戦派の勢力が強いとされる惑星として有名であった。どれくらいかとヴィシュヌ星系政府が祝日と定める解放記念日には自由惑星同盟中の有名な主戦派勇士が集うと評されるほどである。

 

「俺らが普通だよ。そりゃあ、さすがに俺でもアネクドートがヴァラーハ星系政府首相をやってるってなら不安になるかもしれねぇけど、もう三五年も昔の話だろ? それに写真や動画で見る限り、どうみても普通の街だったじゃないか」

「オギョン、実際に行くのとは話が違うわ。それにあの頃なら、父さんがまだ……」

 

 そう言われてオギョンはバツの悪そうな顔をした。ファティマの父は二年前に帝国軍との戦闘で戦死しているのである。だから彼女が反戦派的な思想に惹かれるのも無理からぬといえたが、オギョンはそれでも個人的な信念からか、または少しでも不安をやわらげようとしたのか、抗弁を試みた。

 

「その、こういうのは言いたくないんだけどさ。だからって、主戦派のことを嫌う必要はないと思うんだ。もちろん、ファティマが戦争が嫌うのは当然だし、俺だって死にたくないから戦争は嫌だよ? だけどだからって軍人さんたちが戦うのをやめたら俺らは帝国に虐げられるだけじゃないか。ほら最近なんかよくニュースに出るハゲ頭の政治家だって言ってるじゃん。『故郷の平和のため戦うか、奴隷として生きるか』だって。で、俺は奴隷になるのは絶対嫌だ」

「それはわかるわ。でも、その二択しかないと決めつけてしまっていいの? 戦う以外に解決の道があったら、父さんは戦死せずにすんだんじゃないの……」

 

 そう言われてはオギョンとしては閉口せざるを得ない。彼個人は好戦的なところがあったが、親友に対して無理に主義主張を押し付けるような汚い部分はなかったし、感情論ではファティマに同意していたからである。

 

 気まずい空気が流れ、黙って二人の話を聞いていた気弱そうな丸眼鏡をかけた少年が、申し訳なさそうに声をかけた。

 

「ごめんファティマ、僕が『コルネリアスの大侵攻』をテーマにしたいなんて提案した僕が悪いんだ」

「……ラザフォードのせいじゃないわよ。それにその時は私も興味持って賛成したんだし、お互い様よ」

 

 ラザフォード、オギョン、ファティマの三人は、自由惑星同盟の首都星ハイネセンの小さな街クラムホルスにある、クラムホルス中等学校のクラスメートである。彼らがヴァラーハに向かう目的は夏休みの課題研究のテーマとして決めた宇宙暦六六八年五月から第二四代銀河帝国皇帝コルネリアス一世が自ら軍を率いて同盟領に攻め込んできた時のことを研究テーマに定めてしまったのである。

 

 このテーマに決まったきっかけはラザフォードが戦争映画にドハマりしたことである。そしてそのまま現在の戦争に興味が向いたのだが、六八二年にフェザーン自治領(ラント)が成立して以降の帝国との戦争の記録にはあまり興味関心を持てなかった。彼が好んだのは国家の存亡がかかっているような総力戦の戦争を描いた戦争映画なのである。

 

 そして自由惑星同盟が挙国一致体制の総力戦をしていた時代など、リン・パオやユースフ・トパロウルが活躍したダゴン星域会戦とコルネリアス一世の大親征の脅威に晒された時代程度である。というのも、総力戦体制は自由を束縛するものであって同盟憲章に反する行為であるという、同盟の理念的な問題もさることながら、総力戦体制に対する同盟人のイメージが最悪だからである。

 

 というのも、銀河帝国初代皇帝ルドルフがまだ連邦の国家元首兼首相に過ぎなかった頃、宇宙海賊をはじめとした反社会武装勢力撲滅を掲げて総力戦体制を敷き、社会のあらゆる面で統制を強めて強大な権力を握って銀河連邦を簒奪した歴史から、同盟人は軍を優遇する総力戦の拡大と長期化はルドルフを生み出す道であると幼い頃から教育されてきたからである。

 

 だから同盟の例では総力戦の記録はその二つしかなく、そして長期的に展開されたなるとコルネリアス一世の大親征の頃しかなかった。その時の帝国軍の侵攻開始は六六八年の五月のことであり、帝国軍が同盟領から完全撤退したのが六七〇年九月のことである。約二年間、同盟領内を戦場として、祖国存亡をかけた総力戦を同盟は繰り広げたのである。

 

 現在が七二〇年であるから、ほんの半世紀前のことである。それなのにその当時のことについて自分達があまりよく知らないのは考えてみればおかしいことだ。そう考えたラザフォードは夏休み突入前に研究課題のテーマを『コルネリアスの大侵攻』にしようと提案し、軍事的なことに興味津々だったオギョンは賛意を示し、ファティマも多少興味があったので賛成した。

 

 彼らが所属するクラスの先生は中等学校の生徒がそのテーマで研究する難しさを懸念し、やんわりと別のテーマにしたらどうだと説得しようとしたのだが、ラザフォードとオギョンが熱心にこのテーマでやりたいと主張したので、結果として生徒の自主的意識を尊重することになったのである。

 

 しかし学校の先生が考え直しを勧めただけあって、『コルネリアスの大侵攻』をテーマにした研究は資料が膨大で中等学校生徒が理解できないような難解な代物も多くあった。情報収集と理解に苦しんだが、惑星ヴァラーハの星系政府では、半世紀前に惑星ヴァラーハから帝国軍の支配から解放した八月二一日を“解放記念日”と定め、毎年大規模な式典が行われているのだという。

 

 ひとまずそれを見物してみようか、ということで三人の意見はまとまり、家族を説得して少年少女だけで三泊四日のヴァラーハ旅行にしゃれ込むことになったのである。もっとも、惑星ハイネセンから惑星ヴァラーハへは一日二本しかでない定期直通便を使っても、三〇時間の長旅で宇宙船で一日寝ることになるので、惑星ヴァラーハにいられるのは二〇日と二一日の二日間だけであるが。

 

 惑星ヴァラーハに到着して真っ先に三人は予約していたホテルを探し出して、チェックインした。慣れない場所であるから早いうちに安らげる場に行きたいというのもあったが、街の様子に不安を禁じ得なかったからである。

 

「街中にあんなに反帝国的なスローガンを大量に掲げるなんて、信じられないわ」

「ああ、俺もちょっと怖くなってきた」

 

 ファティマの言葉に、オギョンが同意した。街中のいたるところに『帝国残滓滅却・民主主義絶対擁護』と書かれた垂れ幕がかかっていたのである。他にもとにかく露骨なほど帝国への敵意を剥き出しにした横断幕が街灯から吊り下げられており、ハイネセンっ子としては異常を感じずにはいられないものだった。

 

「『帝国残滓滅却・民主主義絶対擁護』は、たしか星系政府の標語だったはずだよ。アネクドートが首相だった時に定めたとか」

 

 ラザフォードがハイネセンで調べた情報を脳内から引っ張り出して言った。

 

「でもそいつって民衆から独裁者扱いされて地位を追われたんだろ? なのになんでそんな奴が決めた標語がいまでも使われてるんだ?」

「僕もわからない。てっきりアネクドートが失脚した時に、星系政府の標語も撤回されたんだと思ってたんだけど……、なんだかんだで解放の英雄なわけだし、民主主義を護ろうって呼びかけること自体は間違ってないから、撤回する必要はないって考えたのかな?」

「なんか納得できないな……」

 

 レオニード・アネクドート。ヴァラーハ出身の人物であり、彼の生家が国父ハイネセンの長征一万光年(ロンゲスト・マーチ)に参加した名家であって祖国を守護する気持ちが強かったレオニード少年は、国家意識から士官学校に進学して同盟軍人たる道を選び、コルネリアス一世の大侵攻の時代には少佐になっていたという。

 

 同盟軍は大軍をそろえ、かつてのダゴン戦役会戦の如くに帝国軍を壊滅させんとしたのだが、コルネリアス一世の軍事的才能と指揮旺盛な帝国軍を前に同盟軍は惨敗を喫し、国境付近の有人惑星の守護を諦めて撤退を決定した。その時にアネクドートは上官に対して「民衆を護らない軍になんの存在価値が?!」と叫んで階級章を床にたたきつけ、脱走。故郷ヴァラーハで有志を募ってレジスタンスを結成し、帝国軍の軍事支配を覆すべく抵抗活動を行ったのだという。

 

 帝国軍撤退後、ヴァラーハの民衆の熱狂的な支持を得て、ヴァラーハ星系政府の首相となり、多大な戦災を被った故郷の再興に大きな役割を果たしたのだが、アネクドートの政治手法はとにかく強権的なものであり、また故郷を蹂躙した帝国に対する憎悪がとても強かった。それがゆえ、『帝国残滓滅却・民主主義絶対擁護』を星系政府の標語に定め、占領中に帝国軍に協力した者達や帝国で優遇されたことがある亡命者に対する公然とした迫害を実施したのである。

 

 このことは星系外から批判されたが、帝国軍の蛮行に苦しんだヴァラーハの民衆は帝国軍協力者への断罪を望んでいたし、「自分達を見捨てて逃げた連中が終わってからなにを偉そうに」と反論されると、軍事上やむを得なかったと言えど、それが事実であるだけに同盟中央政府は沈黙せざるをえなかった。

 

 だが、帝国への憎悪も時間とともに徐々に冷めていき、解放から一〇年以上もたつと帝国軍協力者に対する断罪より星系政府の強権的やり口への不満の方が民衆の間で強くなってきた。それでもアネクドートの帝国への憎悪はまったく変わっておらず、不満を持っている民衆を宥めて首相の座を維持して亡命者や帝国軍協力者に対する迫害政策を継続しようとしたが、それと前後して重病を患ってしまい、これ以上政務を執るのは身体的に無理があると自覚して辞任した。ゆえに辞任の理由はあくまで自分の体調の問題であって、強権的な政治手法や迫害政策の実施に対する謝罪の言葉は一切なかったとされている。

 

 これに対してアネクドートを無責任と評価する記録を見たが、ヴァラーハの星系政府がまだアネクドートが掲げた標語を高らかに掲げていることを考えると、同じ自由惑星同盟だというのにハイネセンとヴァラーハではアネクドートに対する評価が異なるらしい。そう、ラザフォードは考えた。

 

「とりあえず、解放記念資料館に行ってみようよ」

 

 その提案に、やや戸惑いの表情を浮かべつつもオギョンもファティマも頷いた。自由なる祖国が帝国軍の軍靴で踏み荒らされた屈辱の記憶が風化しないよう、その頃の写真や記録が残されている資料館が設置されている。ここに来るまでは同盟首都にある国父ハイネセンの行いの記録がある記念館と同じ性質のものと考えていたのだが、現地にくると本当にその程度のものであるのか疑問を覚えずにはいられなかったのである。

 

 その不安は解放記念資料館の受付員の対応で、解消されるどころかより膨れあがった。

 

「きみたち、年齢はいくつだね?」

「一五歳。ハイネセンのクラムホルス中等学校の三年生です」

「保護者はどこだい?」

「いません。私たちだけでヴァラーハにきましたので」

 

 そう言われて受付員の人はかなり困った顔をした。

 

「入れていいのかな? 別に年齢制限とか規則にないけど、けっこうアレなのが……でもわざわざハイネセンから来た子を追い返すのもなあ……。うん、まあいいか」

 

 そんな意味深なことを言われたので、ラザフォードたちはかなり身構えたのだが、実際に解放記念資料館に入ってみると普通の資料館だった。特に帝国に対して攻撃的な内容は見受けられず、客観的かつ公平に物事が分析されているとハイネセンの辺境育ちのラザフォードはパッと見た感じ思った。そして三人と一緒に年表順に写真や映像があるコーナーをまわった。

 

 宇宙暦六六八年五月、度重なる臣従要請に対しまったくといっていいほど交渉の意思を見せなかった同盟政府の対応に激怒したコルネリアス一世は武力による懲罰を決意し、大軍を率いて同盟領に侵攻開始。同盟軍は迎撃するかまえをとり、正面から激突したが帝国軍に惨敗。遅滞戦闘を繰り広げつつも、戦力不足から国境周辺星域の一時的放棄を決定。帝国軍は同盟領内の地理を正確に把握していなかった関係上、情報収集と補給の意味もあって軍事的空白地帯となった周辺星域の有人惑星を占領していき、情報収集につとめた。七月には惑星ヴァラーハも帝国軍の占領下におかれる。

 

 一〇月に大まかな同盟領の星図を把握したコルネリアス一世は、もともと同盟政府が防衛時における後方拠点とするべく開発を進めていたこともあって設備が充実していた惑星ヴァラーハに占領区統括府を設置し、その長である統括府最高司令官にツェレウスキー帝国元帥を任命した。

 

 ツェレウスキーは戦術家としてはいまいちパッとしない人物だが戦略眼を持つ軍政家であり、統治者としては冷酷非情だがバランス感覚に優れていた。彼は占領統治の成功失敗が、そのまま前線で指揮を執り続ける皇帝陛下の生死に直結することを自覚していた。彼は最高司令官に任じられたその日に、以下の命令を全占領区に通達した。

 

「この皇帝臨御の大遠征が成功するか否かは、後方の安全を確保し、前線に物資を送るわれわれの働きにかかっているといっても過言ではない。そのためにわれわれが為さなくてはならないことは、なんといっても、この地域の軍需経済面における能力を帝国軍のために活用しつくすことが第一義である。それを実現するためにはわれわれの支配を受け入れぬ抵抗者の抹殺と、それを民衆に賞賛させることが必要である。これを達成するために民衆に占領前より良い生活を提供するのだ。はっきりいうと、戦争終結まで民衆が帝国のために働けるように飴を与え続けるのだ」

 

 民衆侮蔑を隠そうともしていない内容だが、ツェレウスキーの施策は柔軟性に富み、民衆への配慮に優れていた。帝国軍は権力者や富裕層、同盟軍将校に対して容赦しなかった一方、それ以外の労働者や同盟軍兵卒に対しては慈悲をもって対処し、彼らから不満の声があがればすぐさま問題解決のために行動したのである。その迅速かつ的確な対応に帝国軍の統治も悪いことではないのかもしれないと民衆が思い始めるほどであったという。これほどの成果をあげたのは、ツェレウスキーが遠征に先立って銀河連邦時代の資料を読み漁っていたからであり、民主主義体制をよく研究し理解していたためとされている。

 

 しかし翌六六九年二月に同盟軍から脱走したレオニード・アネクドートが故郷ヴァラーハでレジスタンス組織を結成し、帝国の要人や帝国軍協力者を暗殺する様になってくると事情は異なってきた。ツェレウスキーは自分のお膝元でこのような蛮行が行われることを許容するわけにはいかなかったし、また、そういった行為が市井に漏れて民衆の間でも反帝国意識が育ってきているのを見過ごすわけにはいかなかった。

 

 ツェレウスキーは六月一五日に融和的な手法から恐怖政治的手法へと統治方針を大転換した。これはアネクドートのレジスタンス組織による犠牲者が三桁に突入し、これを防止するのと民衆に対する融和的姿勢を並行させて実施していくのは無理があるという判断もあったが、コルネリアス一世の帝国軍本隊が同盟軍残存勢力とドーリア星域にて接敵し、またしても圧勝したという報告を受け、同盟征服は目前であると確信し、多少混乱してでも維持さえできればよしと断じたのである。

 

 かくしてレジスタンスがだれかを暗殺すると、帝国軍はその現場付近の住民一〇〇〇人を報復として処刑していくようになった。さらにレジスタンスの一員を捕らえるとその周辺の住民も「帝国への叛逆者を匿った」として殺戮してまわるようになった。これが繰り返されるようになって恐怖心から帝国への反抗心を砕かれ、レジスタンスを通報する人物が多数出たのは確かだが、このまま死ぬなら帝国に一矢報いてやるとレジスタンス組織が人員面で増強されるようになったのも確かであり、結果としてツェレウスキーの方針転換は正しかったとも間違っていたとも言い難い。

 

 だが、現実的に言って帝国の同盟征服は目前であったから、アネクドートのレジスタンス活動のような小局的行為では大勢を覆せようはずもなかった。もしその年の暮れに帝国で宮廷クーデターが発生しなければ、同盟は帝国に征服され、増強された治安部隊によってアネクドートは拘束されるか射殺され、展望なき犯罪行為を行った愚か者の一人として歴史に名が刻まれていたであろう。そういう観点から見れば、アネクドートは幸運な人間であった。

 

 同盟首都ハイネセンを目前にして、宮廷クーデターが発生したことを知ったコルネリアス一世は激怒したが、その頭脳は冷静に状況を分析し、帝国本国への撤退という結論を素早く出した。しかしこの時点では同盟領からの完全撤退までは考えておらず、皇帝の威厳にかけて、シャンプール=ヴィシュヌのラインを遠征の成果として確保し続けるつもりであった。

 

 しかし勝利を目前に驀進していた帝国軍は突然「撤退」などという命令を下されて派手に困惑し、戸惑った。敵の謀略かと疑って前進を続けた帝国軍艦隊すら存在した。この隙を同盟軍は見逃さず、全軍をあげて突出した敵軍の各個撃破にのりだし、帝国軍に多大な損害を与えた。この大戦果にいまだ帝国の占領下にある民衆も勇気を与えられ、各惑星で帝国軍に対する暴動が頻発する事態が発生した。

 

 六七〇年にツェレウスキーも支配星域を放棄して帝国本国に撤退する他になしと考えるようになったが、そのために占領区統括府が立案した計画が最悪の代物であった。二月二六日、悪名高いコンキスタドール命令が発せられた。その原文が以下のものである。

 

「銀河帝国政府は全宇宙唯一の政府であり、人類を統治する資格をこの宇宙で唯一保持している合法的政府である。即ち、今回の遠征は不法な政府の統治下にあって共和主義の迷妄に苦しむ人民を解放し、正しき秩序を回復せしめることにあった。遺憾ながらわれわれの力不足により、撤退やむなきに至りつつあるが、それでもその目的を忘れ、ただ撤退することなどありえない。一人でも多くの人間を解放し、ひとつでもおおくの物資を正しき秩序のために活用されるべく、われわれは為すべきことを為さなくてはならない。すべては不可能であっても可能な限り、この使命は遂行されなくてはならない」

 

 要約すると『奪えるものを奪えるかぎり奪え』という趣旨の内容であり、あまりの非道な内容からコンキスタドール命令と俗に称されている。この命令が発せられる前と後で、帝国軍は戦争犯罪のが数百倍にはねあがったとまでいわれており、帝国軍が本国に完全撤退する五か月間、いまだ帝国軍の占領下にあった諸惑星の同盟人は地獄を味わった。被害総額一兆ディナールを超えるといわれるほどの大略奪が実施され、数百万の同盟人が帝国本土へと強制的に連れ去られた。そして一億七〇〇〇万人以上の民間人が公然と認められた略奪に熱狂する帝国軍に虐殺された。

 

 この命令を発したツェレウスキー帝国軍元帥が撤退中に同盟軍の追撃を受けて戦死したことが、かすかに犠牲者の慰めとなったが、膨大な犠牲と悲しみの前ではあまりにも虚しいものであったという。

 

「どうして、どうしてこんなことができるの……?」

 

 ファティマが愕然とした調子で呟いた。彼女の視線は、コンキスタドール命令後に起きた帝国軍の暴虐をまとめた映像に釘付けになっている。監視カメラが偶然、勇気ある同盟人が決死の覚悟で、帝国軍が報告のために、理由はさまざまであるが、当時の暴虐は解説付きの記録映像として編集され残されていた。

 

 帝国へ強制連行されそうになった同盟人が撮った映像がある。宇宙船の荷台にまるで荷物のように詰め込まれ、帝国軍人たちが監視をしている。まだ幼い少年が立ち上がって抗議の声をあげると、帝国軍人たちが凶悪な表情を浮かべ、彼女に対して鞭を振った。それを止めようと立ち上がった青年男性は、別の帝国軍人に察知されてブラスターですぐさま撃ち殺された。この宇宙船は同盟軍に拿捕されて連行されそうになった同盟人は解放されたが、暴行を受けた女性はそのまま衰弱死した。

 

 帝国軍が略奪している様子を街灯の監視カメラがとらえていた映像がある。銃で家の住民を脅し、家屋から金目の物をを輸送車の荷台に積み込んでいく。士官と思しき人物が銃で怯え固まったいる住民を見回し、女性を指さした。すると兵士らはその女性を両腕を掴んだ。住民たちがさすがに顔色を変えて連れていかれれそうになっている女性に近づこうとすると兵士たちがいっせいに住民を射殺する。彼女はおどろき叫んだが兵士たちに力ずくで無理やり黙らされ、さっき金目の物を積んでいた時と同じように輸送車の荷台に乗せた。……彼女がその後、どうなったかなど想像したくもない。

 

 帝国軍が自ら撮影したらしい処刑の映像がある。まるで作業のように三〇人の人間を次から次へと射殺していく。その三〇人の中には年老いた老婆や、まだ初等学校に通っているかも怪しい子どももいる。彼らは全員、帝国軍の占領統治に反抗した罪で処刑されたというが、年老いた老婆や五歳前後の子どもが、死に値するだけの帝国への反抗行為をしたというのだろうか。

 

「こりゃあ……」

 

 オギョンも言葉を失っている。『コルネリアス一世の大侵攻』の末期には、帝国軍の残虐行為が多数あったという話は歴史の授業で知ってはいた。だが、それだけだったということを思い知らされた。この資料館には多くの帝国軍の蛮行の具体的解説とその物証が保存されており、それがこれが作り話ではなく現実にあったことなのだということだということを訴えかけてきていた。

 

「こんなことがあったなら、アネクドートが同盟政府から強権的だと批判されているのに、ヴァラーハの民が熱狂的に支持してたってのもわかる気がする」

 

 帝国軍の暴虐がもっともはげしかった時、同盟市民を守ることを使命としていたはずの同盟軍は同盟政府の判断でヴァラーハを含む国境周辺星域を見捨てており、実際にその時に民を護るべく奮闘したのはアネクドート率いるレジスタンス組織である。多少強権的な政治手法に反感を持ったとしても、肝心な時に自分達を守ってくれなかった同盟政府なんかの言い分など聞く耳持たなかったのではないか。

 

 これほどの仕打ちを受けたのなら、帝国を憎むアネクドートとヴァラーハの民にそれほどの乖離があったとは思えない。当時の民衆はアネクドートが推進した同盟憲章に抵触する迫害政策をむしろ望んでいたのではなのか。――当時? ラザフォードの脳裏に、街中に翻っていた『帝国残滓滅却・民主主義絶対擁護』の垂れ幕のことが浮かんだ。

 

 ひょっとして、当時、ではなく、今も、なのか? 思い浮かんだ疑問と恐怖――いや、期待か?――を確かめたくなり、あたりを見渡し、三〇代くらいの中年職員を見つけて声をかけた。

 

「すいません」

「どうしました?」

「僕たちはハイネセンから来たんですけど、ヴァラーハではこういうこと、学校で習ったりするんでしょうか?」

「いいや、コルネリアス一世の大侵攻に関して学校で習うことはハイネセンの学校とさして変わらないんじゃないかな。少なくとも、自分は学校でこういうことについて具体的に習った記憶はないな。新聞で主戦派の団体が子どもたちのためにも学校で習わせるべきだって主張して、こんな残虐非道を幼子に解説するほうが人格形成に悪影響があると星系議会で反対されたって記事も見た覚えがあるし」

「じゃ、じゃあ、知らべようと思わなきゃ、普通は知らないことなんですか」

 

 ラザフォードの問いに職員は目を丸くして、ついで苦笑した。

 

「いや、この星に生まれた人間なら誰だってそうだと思うけど、少なくとも自分は物心つく頃にはそのときに何があったのか知ってたよ」

「え、どうして……?」

「どうしてって、両親が占領時代の生き残りだからね。帝国軍が撤退した時、父親が一九歳で、母は一七歳で、その頃がどれだけ暗くて悲惨な時代だったかを幼い頃からよく聞かされたからね」

 

 ラザフォードはおどろいたが、考えてみれば当然のことだ。帝国軍がこの惑星を占領統治していたのは、ほんの五〇年前の話なのだ。それなら、今働いてる人たちの両親がその時代を生き抜いてきた人たちであるのは当然ではないか。現実にあったことだと理解してなお、ラザフォードは現在と過去を結び付けられていなかったのである。

 

 しかしだとしたら、学校で帝国軍の非道を学ぶよりより根深いことになる。ラザフォードは気になっていた疑問を口にした。

 

「帝国が憎いですか」

「なに?」

「帝国が憎いですか。僕はこれまで帝国打倒だとか叫んでるのを聞いたことが何度かありましたが、現実味のないことだと思ってました。ルドルフが銀河連邦を簒奪して民主主義を踏みにじったせいで、僕たちの祖先が帝国で奴隷として虐待され、国父ハイネセンと共に新天地に脱出できなかった奴隷たちは今なお残っている者達は圧政に苦しんでいるから解放しなくてはならない、そんな遠い昔や建前論で戦争するなんて馬鹿らしいと思ってたんです。でも、実際に帝国がこんなことをやっていたと知って、帝国を赦せないと思うようになったんです。会ったこともない人間を憎むのはいけないことだと父から教わったんですけど……」

「そりゃ、君の父親が正しいな」

 

 予想外のことを言われてラザフォードは目をギョッとした。職員はそれを見て、遠い昔の恥ずかしい思い出語るように目を逸らしながら言った。

 

「私も小さい頃、帝国を憎んでいたよ。両親から帝国軍の残虐非道ぶりをずっと聞いてきたんだからな。帝国には悪魔が住んでいると思っていたし、悪魔どもは一人残らず皆殺しにするべきだと友達と言いあったもんさ。そのほうが世のため人のためだと本気で信じていたよ。でもな――」

 

 職員の声にはほろ苦いものがあった。

 

「二三歳の時に徴兵されて、本当に本物の帝国軍と殺しあうようになって、投降した帝国軍人と軽く接したりしている内に思い知らされたよ。帝国人どもは悪魔ではなくて、同じ人間だったんだって。同盟人と同じように帝国人も銃で撃たれたら死ぬし、捕虜になったら自分達の銃に怯えてビクビクしてた。ちょうど、この資料館の映像で脅されている民間人のように。二年間兵役を終えて民間に戻ったら、なんともいえない虚しさを襲われて悟ったよ。よく知りもしない相手を憎んで殺しあうことほど愚かしいことはない。仕事か義務と割り切って人殺しやってる奴のほうが、人間として万倍マシだろうとね」

 




原作であれだけ主戦派の勢い強いってことは、ドイツがポーランドにやったくらいのこと同盟は帝国にされてんじゃね?
でも帝国が同盟領の大きく占領してたことなんてコルネリアス一世の大親征くらいしか……。よし、ちょっと妄想しよう。

その結果、なんやどえらいことになってしまいましたが、意外と形になったので『地球教勝利END』同様、短編二次小説として書き起こしてみる気になりました。


P.S.
ヴァラーハはハイネセンよりイゼルローン回廊やエル・ファシルに近い惑星って設定なのにハイネセンから定期直通便で一日半って早すぎだろうと思うのですが、
夏休みに中学生が片道何週間の旅をするってさすがにどうよ?という物語的都合でやたらと定期直通便の移動速度がおかしいことになってますが、おゆるしください。
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