魔王の親友は転生せし喰種   作:睡蓮

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復讐者(アヴェンジャー)

ほんの少しの光源に照らされているだけの薄暗い洞窟の中を同族の血で全身を染めた一匹の二尾狼が恐怖にのまれたのか、焦燥に駆られたような必死な様子で何かから逃げていた。

どこに向かっているのかなど考えずにただただ生き残ることだけを考えて逃げ続けていた。

 

ザシュ

 

「ガァ……ァァ…ァ………」

 

だがそんなこと関係ないとでも言うかのように、いつのまにか二尾狼と並走していた影から放たれた凶刃によってその首が切り落とされた。

もの言わぬ骸と化した二尾狼に今回の下手人である先ほどの影―――鱗赫を生やした一人の喰種()が近づく。

二尾狼からの出血がほとんど無くなったことを確認すると、仕留めた時と同じように鱗赫を一瞬で分裂させて二尾狼の体をある程度の大きさに切り刻む。

 

「ま、こんなもんかねぇ」

 

自分という存在を改めて認識したあの出来事から早数日。

これまで一切使って来なかった赫子の操作といつの間にか高まっていた身体能力に慣れるのと食料確保のために目に付く魔物を手当たり次第に殺し回っていた。

その結果、身体能力にもしっかり慣れ、赫子もムラは有るが各種ある程度まで扱えるようになった。

特に鱗赫をよく使い、最初の戦闘での経験も相まって今では自由に扱える。

甲赫や尾赫は今の段階で相対する魔物では身体能力で充分対応できることもあり、あまり使う機会が無い。

羽赫はその能力の関係上今居る場所では危険過ぎるため、能力確認のために使用して以来高速移動や結晶による遠距離攻撃の時以外では使っていない。

 

「にしてもこの世界だと喰種()にとっては魔物の肉も人間の肉も同じ扱いなのか?」

 

切り刻んだ二尾狼を食べながらふとそんなことを考える。

何でも無いように食べているが、本来の喰種は一部の例外を除いて人間しか喰うことは出来ず、それ以外の食べ物を食べると形容しがたいほどの不味さを感じて普通は吐いてしまう。

にもかかわらず俺は人間とはほど遠い獣である魔物を食べても吐くどころかものによっては美味しく感じている。

まあ、俺自身が普通の喰種とは違っているわけだが。

前世ではあのくそ医者の手で喰種の臓器を移植して造られた人工喰種だし、今世では普通の食事が取れた上にそもそも俺以外に喰種という種族自体が存在すらしていなかった。

ならなぜ俺は喰種である証拠ともいえる赫子や普通の人を遙かに上回る身体能力などを持っていたのか。

人工喰種だった前世に体が引っ張られたのか?

そんなとりとめの無いことを考えていると何かを蹴った感覚がした。

 

「ん?」

 

一旦考え事を辞めて辺りを見回してみると、短剣やポーチ代わりにに使われていた小袋、魔力回復薬等が散乱していた。

その中でも特に目を引いていたのがさっき俺が蹴ったと思われる鮮血を思わせる緋色に染まっている十二センチ×七センチの板状のもの―――ステータスプレートだ。

 

「こいつは……そういやあの時落としたまんまだったな」

 

見回した周りの景色にどこか既視感を覚えながら呟く。

あの時とはハジメの叫び声を聞いて急いで移動していた時のことだ。

結局間に合わず、俺一人に対して寄ってたかって群れてきた魔物達相手に大暴れしたのだが、あの後に持っていた荷物がないことに気付いたのだ。

その荷物がなくても特に困ることもなかったので放置していたわけだが……

 

「………ま、持っていても邪魔にならないものばっかだし持って行くか」

 

まず小袋を拾い、その中に他に落ちているものを拾って入れていく。

短剣は腰に差しておき、最期にステータスプレートを拾う。

ふと自分のステータスが弱体化していたことを思い出し、気になったので今現在のステータスの状態を確認しておく。

 

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黒羽錬 17歳 男 レベル:21

 

天職:喰種

 

筋力:3420

 

体力:3110

 

耐性:3420

 

敏捷:3260

 

魔力:3750

 

魔耐:3750

 

技能:全属性耐性[+耐性力上昇III]・物理耐性[+耐性力上昇III]・状態異常耐性[+耐性力上昇III]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・五感強化[+強化幅上昇III]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化[+万物消化]・食物変換[+Rc細胞化]・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・土石操作・火属性適合[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+火炎操作][+炎生成][+炎吸収][+炎増幅][+詠唱破棄][+イメージ補強力上昇][+陣省略][+温度操作]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・超速再生[+痛覚操作][+再生操作][+再生力増強II]・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・豪腕[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・甲赫:アラクネ・羽赫+鱗赫:天狐・尾赫:ヒュドラ・■■■・限界突破・言語理解

 

===============================

 

「……………ふ~ん」

 

小さく呟きながらステータスプレートに表示されている内容を見る。

弱体化が無くなってたりレベルが上がったりしているからか、前見た時からの短時間でステータスがものすごく上がっていた。

技能のほうも閲覧不可だったものが見れるようになっていたが、聞いたことのないものが多くあり、派生技能も多くあった。

天職は予想通りだったけど他のが予想の斜め上をいっていたので少し驚いてしまった。

 

「これも喰種だからこその恩恵なのか………。てか赫子って技能扱いでいいのか?確かに喰種にしかない固有能力だけども」

 

ステータスプレートに表示されている内容に対しての疑問を溢しながら、いくつか心当たりがあったり気になったりしている技能について考えていく。

まず一つ目に赫子と名前が一緒になって表示されているが、名前のほうには微かに聞き覚えがあった。

前世で糞医者に喰種化施術を勝手に施され、監禁された後に初めて目が覚めた時のことだ。

閉じ込められていることに困惑していた俺に対してあの糞医者は俺の特殊な体質に現在の状態、移植した喰種の通り名とその赫子について意気揚々と語ってきた。

その時に聞かされた通り名がステータスプレートに表示されている赫子の名前と同じなのだ。

二つ目に胃酸強化と食物変換の二つの技能とその派生技能。

恐らくこれが魔物を食べても平気なことと人間を食べなくても赫子が使える理由なのだろう。

三つ目としては纏雷や天歩、土石操作といった技能についてだが、これにも少し引っかかるものを感じるので一度試して見る。

 

「………やっぱりか」

 

一度も使ったことのない技能のためやり方がいまいちよく分からなかったが名前からイメージして使おうとしたら使えた。

それで使ってみた結果、これまでに殺して喰らってきた魔物達が使っていた固有魔法と同じものだった。

纏雷は二尾狼の、天歩は蹴りウサギの、土石操作は地牛の固有魔法だろう。

 

「魔物を喰うと技能を奪えるのか?だけどそれだと炎虎の固有魔法が無いのはいったいどういう……まさか」

 

ふと思いついたことを確かめるために改めてステータスプレートを確認する。

 

“火属性適合”

 

属性に関係する技能で知っているものは“適性”だけ。

ほとんどが戦闘職でこの世界の人間からしたらチート揃いであったクラスメイトの中でも属性の“適合”なんていう技能は見たことが無い。

名前から“適合”とは“適性”の上位互換だと考えられるが、何故それを自分が持っているのか。

そこで気になるのが炎生成と火炎操作という火属性適合の派生技能。

初めて炎虎と遭遇したとき、炎虎は口から炎をはきだしてそれを操っていた。

つまりこの2つの派生技能は炎虎の固有魔法と同じものだと推測できる。

さらに俺の持つ鱗赫も同様に炎を扱う。

つまりこの“火属性適合”という技能は炎虎の固有魔法と俺の持つ鱗赫の特徴が火属性適性とあわさって出来上がった技能なのではないのか。

いろいろな要因からそういう結果に思い至ったのだ。

まあ、本当かどうか定かではないが。

いまだに虫食い状態になっていてどういったものか分からない技能もあるが今考えてもわからないということは変わらないのでこれ以上考えることは辞めておく。

身体能力については喰種として完全に覚醒したこととレベルが上がっている分戦闘などの経験から成長したということが理由だろう。

あと考えられるとしたら魔物を喰った影響か。

 

「ま、とりあえずこれからは技能に慣れることを目標にしますか」

 

考察を辞めて呟くとまた次の獲物を求めて歩き始めた。

無意識に感じている心に穴が空いたと思わせるような空虚感とその奥で燻っているどす黒い感情を無視しながら。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれからさらに数日。

魔物を喰うことで取得した技能に慣れるために獲物である魔物を探しながらさまよい迷宮の今居る階層を粗方回り終えた頃。

上にのぼるるための階段が無く、先日見つけた下の階層に降りるための階段で下にいこうと考えていたときに微かにある匂いを嗅ぎとった。

これまでに嗅ぎ慣れたものとは明らかに違いあまり嗅ぎ覚えのない、されど絶対に忘れるな、目をそらすなと本能が訴えかけている独特な匂い。

のどに小骨が引っかかったようなもどかしさを感じながら匂いのしてくる方向を見ていると、全長が二メートル以上とこれまで見てきた中でも巨体の部類に入り、足元まで伸びた太く長い腕に三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている白い毛皮の熊がこちらに近づいてくる。

近づいてきた事で漂ってくる濃くなっていく。

俺と熊の距離がだいたい10メートルぐらいになったところで熊は止まり俺に対して威嚇してくる。

俺がただ者じゃないということを獣や魔物としての本能で察知したのだろう。

だが、今の俺にそんなことはどうでもよかった。

 

 

 

ドクンッ!!ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

 

熊が近づいてくるにつれて心臓が激しく脈動する。

 

 

 

ドクンッ!!ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

 

濃くなっていく熊の匂いにつられてあの時の光景が―――ハジメの手が浮かんでいる血だまりがフラッシュバックする。

 

(ああ、そうだった。どうりで体がこんなに反応するわけだ。なんですぐ気づけなかったんだか。こいつは………この匂いは………………!!)

 

「あの場所に残っていた………ハジメの手に染みついていた匂い…………!!!」

 

だがこいつからはハジメの匂いは一切感じない。

技能の五感強化を使用した俺の喰種としての嗅覚はどれだけ薄れていたとしても、他のものにまぎれていたとしても、その匂いを嗅ぎ分けることが出来る。

何日もの時間が過ぎていても、水浴びをして体を洗い流していてもそれは変わらない。

俺自身に染みついているこれまで倒して喰ってきた魔物達の匂いがその証拠だ。

故におそらくハジメをやったのはこの魔物の同種の別の個体なのだろう。

だがそれでも………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空虚な心の奥底から湧き上がってくる憎悪(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を止めることが出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

約10mの距離を開けて二体の化け物(喰種と爪熊)が対峙している。

一方は漠然ながらも相手の力量を本能で理解し、己の体を奮い立たせながら威嚇する。

もう一方は傍目から見ればただ立っているようにしか見れないが、その碧眼は片方を赫眼へと変化させながら自身の内から湧き上がる憎悪を映し出し、相手を睨みつける。

 

「………………別にてめぇがあいつを殺ったわけじゃねぇのは分かってる」

「グルルルル………」

 

自身に言い聞かせるように静かに呟く。

 

「…………今感じているこの感情がお門違いなことも分かってる。だがな……」

「グルルルルルルルル……」

 

憎しみが

 

怒りが

 

悲しみが

 

恨みが

 

無力感が

 

嫌悪感が

 

他にもさまざまな感情が堰を切ったかのようにあふれだしてくる。

それらの感情は俺の空っぽになっていた心を瞬時に満たしてかき乱す。

頭の中がごちゃ混ぜになり何も考えられない。

俺ではどうすることもできないそれらの感情はやがてある一つの思考(本能)にたどりつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身の敵を殺せ

 

 

 

友の仇を殺せ

 

 

 

邪魔する者は殺せ

 

 

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺セコろセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ

 

 

 

理性と本能が一つに結びつき、俺の頭が、心が、そのことで埋め尽くされる。

こんなことをしても意味は無い、ただの八つ当たりでしかない。

そうだとしても……

 

「そんなことで我慢できるほど俺にとってあいつ(ハジメ)は安いもん(存在)じゃねぇんだよぉぉぉぉ!!!」

「グルルルルァァァァァァァァ!!!」

 

前世での記憶があった影響で周りとは明らかに雰囲気が違った幼少期の俺は周りから避けられていた。

何をしようとしても一人。

そんな俺に唯一関わってきたのがハジメだった。

あいつのおかげで完全に一人にならずにすんだ。

あいつのおかげでまともでいられた。

あいつのおかげでヒトでいられた。

あいつが居たから俺は救われた。

俺にとってあいつは家族と同様にかけがえのない大切な親友なのだ。

だからこそ許せないし、許すつもりもない。

心の奥底から湧き上がってくる激情を止めることなんてできはしない。

その激情のままに吼える。

それがきっかけとなったのか、俺の咆哮に応えるかのように爪熊も咆哮をし、相手に向かって突っ込んだ。

 

ゴンッ!!

 

「っ!!」

「ッグルァ!!」

 

お互いが相手に突っ込んだ勢いをそのままに頭突きをくり出す。

体格の違いからくる重量の差、いくらステータスが上がったとしてもそれを覆すことは出来ない。

よく漫画とかでは人間が自分よりも巨大な敵の攻撃を受け止めたり、その敵を殴り飛ばしたりしている。

しかし、それができるのはその行動を行うのに必要な行程―――防御ならケガなく防ぐために受け身や攻撃を受け流す、攻撃ならばダメージがとおるようにするための力を込めるなどの過程―――があって初めて成り立つ。

意識外からの不意打ちや咄嗟の攻撃ではちゃんとした防御や攻撃など出来はしない。

ただし、その人間が巨大な敵よりも隔絶した圧倒的な力を持っていた場合は例外として当てはまらないが。

故にさっきの頭突きではタイミングを測りながら事前に力を込めていた爪熊に対し、ただ勢いのまま突っ込んだだけの俺は、俺よりも体格も重量も上まわっている爪熊に僅かに競り負けてしまった。

そしてそんな隙を見逃すはずもなく、競り負けのけぞっていた俺に爪熊は右腕を振るって追撃を仕掛けてくる。

 

「ぐぅっ!」

「グァ!?」

 

咄嗟に左足でガードし、同時に纏雷を発動させる。

爪熊は纏雷により痺れてわずかにひるみ、俺は爪熊の攻撃を防いだ左足に切り傷が出来て少しだけ出血していた。

だがそれも超速再生によって元に戻る。

爪熊が痺れている間に吹き飛された勢いを利用して再び距離を取る。

傷つけられたことで少し冷静になれ、考えなしに突っ込んだことを反省すると共に、爪熊の固有魔法について考える。

基本喰種の肉体は通常の人間の4~7倍の力を持ち、ただの銃や刀などでは傷つけることはできない。

それに加えて魔物の捕食や技能等の影響で全体的なスペックが高くなっている今の俺の肉体に爪で傷をつけた。

いや、実際に攻撃が当たる瞬間を見ていたが、爪が当たるほんの少し前からすでに足は切れはじめていた。

今更ただの魔物の爪でここまで簡単に、綺麗に切られるとも思わない。

傷をつけられるとしても、爪なら切られたよりもえぐられたというような傷になるはず。

 

(爪に纏えてなおかつ不可視のもの。炎虎のように体から何かを出している様子はなし。つまり常に周囲にあり、目に見えないもので鋭い切れ味を出すことが出来るもの………………まさかっ!!)

 

「空気か!!」

「グオォォ!!」

 

俺がその考えに至ると同時に、痺れが取れた爪熊がその場から爪を振るう。

反射的に天歩の派生技能の一つである縮地を発動して横に飛ぶ。

元居た場所を見ると地面には爪熊から真っ直ぐに伸びた何かによる切断痕があった。

だがこれで爪熊の固有魔法は分かった。

 

“鎌鼬”

 

空気中に真空の部分ができたときに、それに触れて起こるといわれる突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象のことをいうが、漫画等では風の刃を飛ばしたりすることをそう言ったりしている。

爪熊は爪の周囲の空気を鋭い刃のようにして似たような現象を起こしているのだろう。

さっきの切断痕は派生技能でそれを飛ばしていたのだろう。

爪熊は避けられたことなどお構いなしに何度も爪を振るっては風の刃を飛ばしてくる。

それは本能からか、それとも先ほどの頭突きの際に全力でいったにもかかわらず、ただ突っ込んできただけの相手に僅かしか競り勝てなかったことに危機感を覚えたのか、近づけさせないように何度も繰り返し風の刃を飛ばす。

 

「グオォォォォォォォ!!」

「ちっ」

 

縮地を使ってかわしているが、デタラメだがまんべんなく振るわれて攻撃されているため爪熊に近づきにくく、思わず舌打ちをする。

このままだとやりにくいため、豪脚と縮地を同時に使用して一気に後退して30mほど距離を取る。

ある程度離れたからか、デタラメに攻撃して疲弊したのか、理由は分からないが爪熊は攻撃をやめて唸り警戒しながらこちらを見る。

 

「確かにお前の不可視の攻撃は面倒だ。……だが結局はとらえきれなきゃ意味ないよなぁ!!」

 

言い終わると天歩の派生技能の空力、縮地、豪脚を同時に使用し、空中を高速で移動する。

爪熊も近づかせないようにするために再び風の刃を連続でくり出す。

 

「はっ!これだけじゃねぇんだよ!」

 

俺は移動しながらさらに肩付近から霧状に噴出している赫子―――羽赫を出した。

それによって得られる推進力によってより高速で移動する。

爪熊は空中を自由自在に高速で動きまわる俺をとらえられないことに苛立っているのか徐々に攻撃に粗が出てきた。

そこを狙って噴出させていた羽赫を結晶化させて打ち出していく。

手足を狙っての俺の攻撃に爪熊の攻撃の粗がより大きくなっていく。

そして……

 

「そこぉ!」

 

爪熊の攻撃が一瞬だけだが完全に止まった。

その隙に羽赫を一気に噴出させて爪熊の後ろにまわりこみ、今までのよりも大きく結晶化させたものを大量に打ち込んだ。

 

「グオォォォォ…………」

 

爪熊の腕を、足を、体を羽赫の結晶が削り取っていく。

最初は苦しんでいた爪熊も次第に大人しくなっていき、トドメに打ち込んだ一際でかい結晶に貫かれて力尽きた。

 

「…………………………」

 

戦いは終わり、戦闘中の猛りはどこにいったのかといえるぐらいただ静かに爪熊の死体を見る。

落ち着いているように見える中、俺が思ったことはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ足りない。

 

 

 

奈落の底(ここ)に俺達を落としたのは誰だ

 

 

 

小数派の意見も聞かずに勝手に戦争に巻き込んだのは誰だ

 

 

 

この世界(トータス)に無理矢理連れてきたのは誰だ

 

 

 

仇はまだいるぞ

 

 

 

ハジメは死んだのにあいつらはのうのうと生きているぞ

 

 

 

そいつらを見過ごすな

 

 

 

相応の報いを受けさせろ

 

 

 

…………と。

一度空っぽになっ(壊れ)()を満たしたもの(憎悪)は簡単にはなくなら(消え)ない。

引き金はとうに引かれた。

一度放たれた銃弾は戻らないように憎悪に染まった喰種(復讐者)は対象を狩りつくすまでもう止まることはない。

邪魔する者がいたならば、例え以前親しい仲だった者でも……

 

「喰い殺す」

 

爪熊の一部の肉を回収した後、しばらく歩いてから爪熊の死体に向けて鱗赫の火炎弾を放ち、土石操作で通路を塞ぐ。

羽赫の結晶が鱗赫の火炎弾を起点に爆発した音と衝撃を背後から受けながら地を這うような低い声で言い先へと進む。

復讐者(アヴェンジャー)となった喰種はもはや死んだ親友を除いて誰にも止めることは出来ない。




赫子紹介

羽赫+鱗赫:天狐

元々はS+レート喰種“天狐”が持っていた赫子。

羽赫は出すとガスのように噴出していて、結晶化させて飛ばす、噴き出る勢いを利用して高速で移動する等の使い方ができる。また、この赫子の特徴として火や高温によって燃えるというものがあり、結晶化したものや密閉していて羽赫をばらまいたところに火をつけると爆発させることも出来る。

鱗赫は鋭い針のような毛に覆われた狐の尾のような見た目で、剥離と結合させやすい特徴があり、元々巨大な一本のものを小型で複数のものに分裂させることが出来る。また、表面の毛を撫でつけるように纏めて切れ味をよくしたり、高速で剥離と結合させることで火を発生させたりも出来る。

S+レート喰種“天孤”は自分では狩りのできない大人しい女の喰種で喰種捜査官に見つかっても殺さず、毎回逃げていた。ただし、二種の赫子とその能力、何度も捜査官から逃げ切っている事実(毎回上等捜査官から逃走し、一度特等捜査官からも逃げ切った)とその(逃走特化の)戦闘技術からS+レートとされた。

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