BIOHAZARDnew theory FATE OF EDGE   作:ダークボーイ

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第五章「突撃! 閉ざされし魔島!」

 

「はっ……はぁ………」

 

 もつれそうになる足を必死に上下させ、女性が路地裏を逃げていく。

 その背後からは、くぐもった声が女性の跡を追ってくる。

 

「ふぅ……はっ………」

 

 すでに息は上がり、足は感覚すら定かでなくなっている。

 しかし、それでも女性は必死になってそれから逃げようとしていた。

 だが、角を曲がった先に絶望が有った。

 

「あ…………」

 

 女性の眼前には、無機質なビルで構築された袋小路があるだけだった。

 

「あ、ああ………」

 

 何かにすがるように、女性は壁へと手を伸ばす。返ってくるのは、冷たい壁のざらついた感触のみ。

 

「うう………」

 

 そこで、女性の背後の声が追いすがってくる。

 振り返った女性の前には、崩れた顔を持ち、腐臭の漂う手を伸ばしてこちらに向かってくる亡者の姿が有った。

 

「いや………」

 

 逃げ場を失い、女性がその場にへたり込む。

 亡者が女性へと追いすがろうとした時、その側頭部に突然野球用の硬球がめり込んだ。

 

「こっちだよ!」

 

 聞こえてきた凛とした声に、亡者と女性が振り向く、

 ローラー音を響かせ、亡者のそばに一人の少女がスピンしながら止まる。

 空色の瞳に、黒色の髪を頭の両脇で丸めた、どこか凛々しさを持った十代後半くらいの少女だった。

 両足には流行の最先端と言われている小型のイオンブースターを持ったジェットローラースケートを履いて、動きやすいように両袖をカットしたミニのチャイナドレスをまとっているが、左腕には血のにじんだ包帯が巻かれ、片手には木製バットが、腰には硬球の入ったネットと何か赤黒い物が入ったビニール袋がぶら下がっているのが、ある種異様だった。

 

「そっちじゃなくてこっち!」

 

 少女は叫びながら、亡者の顔面に何かが入ったビニール袋をぶつける。

 破砕した袋の中から、生臭い液体が亡者の顔面にぶちまけられ、同時に亡者の反応が変わる。

 

(血!?)

 

 それが何らかの血液で有る事に女性が気づいた時には、亡者は少女へと向かって迫っていった。

 

「D4エリアの崑崙ドーム! そこにみんな避難してる!」

「あ、あなたは!?」

 

 女性の問いに答える暇も無く、少女は亡者を伴うようにしてジェットローラーでその場で離れていく。

 しばし女性は悩んだが、やがて身を翻すと少女の言ったドームへと急いだ………

 

 

 

同時刻 上海 人民軍上海基地・崑崙島緊急対策本部

 

「どういう事だ!」

「説明しろ!」

 

 カルロスとスミスが、二人がかりで目前に立つ人民軍兵士に食ってかかる。

 

「オレ達は対生物災害国際法でバイオハザードが確認された地帯には無許可で出動出来るはずだ! それが進入禁止とはどういう了見だ!」

「政府の決定だ! 崑崙島の周囲500mはいかなる人間も立ち入り禁止になっている!」

 

 海を背にして立つ、まだ成り立てに見える若い兵士が手にしたニコノフAN94アサルトライフルを鳴らしながら威嚇してくる。

 そんな新兵の背後の海のはるか先、黄海と東シナ海の境に近年発達の一途を辿るアジア圏の新たな経済拠点として建造された巨大メガフロート都市《崑崙島》こそが、新たなT―ウイルスバイオテロの発生地点だった。

しかし……

 

「オレ達どころか、手前らも突入しないってのはどういう理由だ! 説明しろ!」

「だから政府の決定だと言っている! この場で待機してろというな!」

 

 今にも食いつきそうな勢いで吼える二人に、睨み合う形となった人民軍の兵士達はなんとか引かずにその場で待機しているSTARSメンバー達と対峙する。

 

「突撃どころか、救援すらしないってのはどういう決定だ! それ所か電波妨害と通信遮断で連絡すら出来ない! あの島には10万近い人間が取り残されてんだぞ! まだ感染が中期段階なら間に合う!」

「くどい! 貴様らの手は借りんという事だ!」

「ほう、なんなら手前ら全滅させてから突入してやろうか?」

 

 スミスのとんでもない一言に、双方に緊張が走る。

 

「そうだな、オレ達はいつもそうしてきたよな………」

「た、隊長本気じゃないですよね?」

 

 手にしたH&K(ヘッケラー&コッホ) M―8コンパーチプルライフルに初弾を送り込むカルロスを、周囲の隊員達が慌てて止めようとする。

 

「落ち着いてください! 今長官が話つけに行ってるんですし!」

「待ってられるか!」

「その通りだ、手前らは下がってろ!」

「隊長! ちょっと待ってください!」

 

 同じくSPAS21ダブルバレルショットガンのセーフティーを外すスミスを、CHが必死になって制止する。

 

「離せ! 馬鹿やるのはオレらだけで十分だ!」

「く、来るな!」

 

 壮絶な形相でこちらを睨みつける二人に、間近にいた新兵が思わず空へと向けて威嚇射撃。

 銃声が響き、その場に沈黙が訪れる。

 だが、二人の顔にはためらいは一切無かった。

 

「それがどうした? ルーキー」

「こちとら、手前が生まれる前から常識外れの化け物ばかり相手にしてんだ。今更そんなの怖くもねえ。STARS止めたければ、宇宙戦艦でも持ってきな!」

「ひっ………」

 

 実戦経験も覚悟もまるで桁違いの男達に、兵士達の間に動揺が走る。

 その時、一機の報道ヘリが周辺を飛んでいた軍用ヘリの合間を縫って崑崙島へと向かう。

 

「ちっ、先を越された!」

「何をしている! 早く連れ戻せ!」

 

 その場の指揮官らしい上級仕官が、大慌てで無線に怒鳴る。

 

「………何をそんなに慌ててる?」

「そんなに近寄られたらヤバイのか?」

「そ、それは…………」

 

 

 

同時刻 上海基地敷地内・STARS緊急本部

 

「理由をお聞かせ願いたい。我々が納得出来るだけの」

『理由など分かりきっている! 感染の防止だ!』

 

 臨時に設けられた指揮所テントの中、通信用大型モニター越しに、レオンが中国政府の重鎮達に詰め寄る。

 しかし、向こうの反応はどこか要領を得ない。

 

「先程の私の発言は知っているはずだ。もしこれ以上長引くようならば、こちらとしてはあなた方を今回のテロの最重要容疑者として扱わせていただく」

『貴様! それが一国の元首の前で言う言葉か!』

「ならば、説明いただきたい。崑崙島封鎖の本当の理由を」

『だから……』

『大変です!』

 

 そこへ、モニターの向こうで一人の兵士が軍の指揮官と思われる男に近寄り、耳打ちする。

 

『つ、連れ戻せ! 早く!』

『し、しかし!』

「レオン! 映像が入ったわ!」

 

 テントの中に、シェリーが小型テレビを片手に飛び込んでくる。

 

『ご覧下…い! 崑…島で…… 我々……バイオテ…が起きている………場へと近……てお…ま……』

 

 テレビの中では、ノイズ混じりの映像でCNNのレポーターがマイクにがなりたてるようにレポートしている。

 カメラの先には、あちこちから黒煙が上がっている海上都市が映し出されていた。

 

『何………の都市を封鎖し……国人民軍は、…切…進入を阻んで…ま…… 我々……後にも……軍のヘリが…を追ってきてお……す! ……我々は真実…報道す……』

 

 そこで、海上都市の映像に妙な変化が現れる。

 都市の片隅にあるタワーの上部が開かれ、何かがこちらへと向けられる。

 次の瞬間、タワーから噴煙を上げて飛ぶ物、紛れも無い対空ミサイルがぐんぐんと近付いてきた。

 

『…あれ…』

 

 カメラマンだろうか、誰かの言葉を最後に、突然画面がノイズアウト、同時に遠くから爆音が響いてきた。

 

「な、何よ今の…………」

「なるほど。これで理解できた」

『な、何をかね?』

 

 予想外の展開に唖然とするシェリーと、どこか焦りが感じられる重鎮達に、レオンは言葉を続ける。

 

「暴走してるのだな。あの崑崙要塞は」

 

 レオンの言葉に画面の向こうの者達は一斉に顔色を変える。

 

『き、貴様どこでそれを!』

「一部で囁かれた事だ。経済拠点とは表の顔、あの崑崙島は、高まりつつあるアジア圏の緊張に対処するために、軍事的拠点としての顔も持つ、と。その証拠に、表向きに公表されている数値よりも多くの資金と資材があの島の建設には使われている」

『な、なぜそこまで………』

 

 顔色をなくした重鎮達と、顔色を変えてすらいないレオンの間に、更なる緊迫した空気が流れる。

 

「お教えいただきたい。崑崙要塞の防衛システム暴走時の対処法は?」

『こ、これは我が国の国家機密だ! そう安々と…』

「対処法は?」

 

 一切の感情を排したような、低く重いレオンの問いに重鎮達の顔色が更に変化していく。

 

「もしお教えいただけないのなら、我々はその方法模索のため、保有してる崑崙島の全データを全世界に公表する。世界中の軍事学者達の意見を聞き、そしてそれを討論させてもっとも有効な方法を公表し、実行させる」

『貴様正気か! ICPOの一長官でしか過ぎない者が…』

「シェリー、シンクタンク―NETにアクセスを」

「了解」

『ま、待て!』

 

 何のためらいも無く次の手を行おうとするレオンに、軍関係者達が泡を食いながらそれを止めようとする。

 

「何か?」

『貴様には交渉という概念は無いのか! 目先の判断だけで国家機密を漏洩しようとするなど!』

「交渉? 我々の敵にはそんな物は通用しない。必要なのは行動だ。今こうして話している間にも、感染者と死者は増大していく。当事者から協力が得られないなら、外部から得るしかない」

『中国政府として、国家機密の漏洩は断固抗議する! スパイ防止法に基づき、しかるべき措置を…』

「勝手にやっていろ、こっちは忙しい。データファイルC―32をアップロード…」

『待て! 待つんだ! そちらにシステムの専門家を派遣する! それで対処してほしい!』

「……到着までの予定時間は?」

『そ、それはまだなんとも』

「シェリー、ブレイン―NETとMAコミュニティにも接続を」

『さ、30分だ! すぐに派遣する!』

「ご協力、感謝する」

 

 それだけ言うと、レオンは通信を強制遮断。

 

「……本気だった?」

「冗談を言ってる暇があるのか?」

「でしょうね」

 

 とても政府関係者との交渉とは思えないレオンの交渉に、シェリーは心底呆れ果てる。

 

「隊長を全員招集。緊急対策会議の準備を」

「了解」

 

 

30分後

 

「パーフェクト・ディフェンスシステム?」

「ええ、この度我が国で開発に成功し、初めて実装された究極の防衛システムです」

 

 白衣姿のやたらと尊大な態度の中国人システム・エンジニアの説明に、STARSの隊長達は首を傾げる。

 

「近年懸念されている各種テロに対処するため、ある種危険度があるとされる全ての物を的確に迎撃するシステムです。初期段階でECMで内部通信網を完全に途絶。次に防空手段としてある程度の質量と熱量を有する飛行物体を自動撃墜、内部においては武器と認識される物体を持つ人物を全て攻撃されるセキュリティが敷かれております」

「具体的には?」

「ある程度の質量、もしくは体積を持つ金属、および一定量以上の熱量を発する物体など。前者はナイフなどの近接武器、後者は炸薬を用いる全ての銃火器となります」

「ちょっと待て! それじゃあ、ナイフも銃もあの島には持ち込めないって事か!?」

「その通り! この私が全て完璧に設定しました!」

 

 カルロスの指摘に、システム・エンジニアはさもえらそうに胸を張る。

 

「で、それが完璧に乗っ取られて暴走してる訳ね」

 

 シェリーの指摘に、胸を張っていたシステム・エンジニアが凍りつく。

 

「な、なぜだ! 認可IDを持った人間は除外されるはずだ! どうやってボクの完璧なシステムにハッキングしてきたんだ!」

 

 先程の態度とは裏腹に、喚きたてるシステム・エンジニアに隊長達は冷たい視線を突き刺していく。

 その中、態度を一切変えていないレオンがもっとも重要な質問を口にした。

 

「そのシステムの解除方法は?」

「は、ハッキングの方法が分からないが、直接中枢センターのコントロールに行ってシステムを停止させるしかない。外部からは一切干渉できない仕組みになっている」

「じゃあ何か? あのゾンビ達の巣窟に、ナイフも銃も持たずに行けって事か?」

「そうなる」

「誰かカタパルト用意しろ! この大アホを中枢センターまで打ち出して責任取らせてやる!」

「そんなのいらん! オレがそこまでぶん投げる!」

「ま、待て! オレは軍嘱託とはいえ、民間人だぞ!」

『知った事か!!』

「止めておけ。その程度の奴、責任取る前に逃げ出すに決まっている」

 

 カルロスとスミスがシステム・エンジニアを引きずっていこうとするのを、レオンが止めさせた。

 

「飛行機も近づけない! 武器も持っていけない! そんな場所にどうやって行けっていうんだ!」

「私が行くわ」

 

 怒号が飛び交う中、シェリーが静かに宣言する。

 

「STARS内でも、武器無しであそこに行けるのは私しかいないわ。私一人で、システムを解除して、後からみんなで突入すれば…」

「危険だ! たった一人で行くなんて納得できるか!」

「オレも行くぞ! 銃がダメなら、弓矢でも棍棒でも………」

「オレが行きましょう」

 

 会議を行っているテントの中に、今まで姿が見えなかったレンが顔を出す。

 

「Jr! 何やってたんだ?」

「知り合いに少し。あの島の攻略法について」

「ダメだ、ナイフすら持っていけない場所じゃ、カタナなんてとても………」

「すでに考察済みです。もう直、届くはず」

「何が?」

 

 

 

「………何やってんだ、二人して」

「あ、CH」

 

 基地の中央、滑走路のど真ん中で突っ立っている羽織姿とレザーベスト姿のケンド兄妹を見つけたCHが、首を傾げつつ声をかける。

 

「レン兄ちゃんが、もう直荷物が届くから受取っておいてくれって」

「ここで? 滑走路だぞ?」

「空輸でもしてくるのかな……?」

 

 ふと上を見たアニーの目に、やたらと晴れている空にある黒点が映る。

 

「あれ?」

「どうかした…」

 

 ムサシがつられて上を見た時、その黒点は急激的にこちらへと近づいてきている最中だった。

 

「は?」

 

 その黒点は、ちょうど三人が立っていた場所の中央に轟音と共に突き刺さる。

 衝撃で砕けた滑走路が膨大なホコリとなって舞い、視界を塞ぐ。

 

「な、何だ?」

「攻撃か!?」

「見てあれ!」

 

 ホコリが晴れたその場所には、とんでもない物が滑走路へと突き刺さっているのが見えた。

 

「ICBM(大陸間弾道ミサイル)!?」

「馬鹿な、ここは軍基地だぞ!? こんな物打ち込む前に迎撃される!」

「届いたか……」

 

 慌てふためく三人の背後から、レンが平然と歩いてくるとそのICBMへと近付いていく。

 

「レン兄ちゃん、ひょっとして荷物って………」

「これだ」

「何事だ!」

 

 ようやく事態に気づいた軍人達が、大慌てでICBMの周囲を包囲していく。

 

「ミサイル!? すぐに爆発物処理班を呼べ!」

「どういう事だ! レーダーには反応が無かったぞ!」

「そこのお前ら! 危険だからどけろ!」

「落ち着け、弾頭は入っていない」

 

 慌てる軍人達を無視して、レンはICBMのカバーの一部を開けると、そこにパスコードを入力して指紋を押し付ける。

 すると、ICBMの胴体が開き、そこから幾つかの武装が出てきた。

 

「これは?」

「ムサシ」

 

 レンはその中から刀を二本取り出し、ムサシへと手渡す。

 

「こいつは………」

「非感知性金属とセラミックを焼結させて製作されたセラミック刀だ。それはお前の分。アニー」

 

 続いてシリンダー部分がやけに縦長のリボルバーを取り出すと、アニーへと手渡す。

 

「? 見たこと無い銃ね」

「フレームはこちらと同じ材質だが、弾丸は耐食処理されたセラミックに特殊な薬品を詰めた薬莢と、衝撃で先端が破砕すると内部の薬品が融合反応して爆破を起すケミカル炸裂弾頭だ。ハンマーが薬莢を叩けば、薬莢内の薬品が反応を起して発射するガスガン。どちらもウェポンチェックをすり抜ける事を前提として作られた武器だ」

 

 レンは更にICBMの中から同じセラミック製の小柄やプロテクターを次々と取り出していく。

 

「二人とも武装をこちらに変更しとけ。あそこにはこれじゃないと入れないみたいだからな」

「レン、どこからこんな物?」

 

 硬度ではなく、弾性で防ぐ事を目的として作られたらしい見た事も無いプロテクターをCHは指で弾いてみる。

 

「知り合いにこういうのを作るのが得意な化学者がいてな。融通してもらった」

「他には? まさかあんたらだけで行くつもりなのか?」

「シェリーさんと、オレと、ムサシとアニー。装備がその分だけしか用意出来なかった。金属製の装備が一切持ち込み不能では、大勢で行く訳にもいくまい」

「オヤジじゃ、丸腰でも反応するな」

「手足もいでくなんて言わなきゃいいんだけど…………」

「まさか」

「いや、隊長の事ですから……………」

 

 しばらく考えた後、CHが大慌てでスミスの元へと向かっていく。

 

「……今ごろ、チェーンソーでも探してるかもな」

「早く準備した方がいい。カルロス隊長辺りが棍棒を用意して強引に行きかね…」

 

 そう言うレンの目前を、大量の圧縮バットや角材を持ったSTARS隊員達がぞろぞろと横切っていく。

 

「……行く気だな」

「……行く気だね」

「隊長の事だからな」

「隊長の事だからね」

「………説得してくる。残った装備を全部降ろしておけ。2分以内に」

「なんで?」

「自爆する」

「へ?」

 

 ムサシがICBMの中を覗き込むと、まん前にあるカウントダウン最中のカウンターと目があった。

 

「わ~!」

「離れて! これ爆発する!」

「何だと!?」

 

 残った武装を全部かかえたムサシとアニーが、謎のICBMを回収しようと待ち構えていた兵士達と一緒に大慌てで離れる。

 カウントが0になる寸前で二人は伏せたが、その耳には爆発音とは違う甲高い音が響いていきた。

 

「な、何?」

「何だありゃ?」

 

 ICBMの方を見た二人は、そこで甲高い音を撒き散らしながら、まるで砂のように崩壊していくそれを見て愕然とする。

 

「ひょっとして、超音波爆弾!?」

「うそ……まだ理論段階じゃ………」

 

 従来の火薬による爆発ではなく、超高音域の高周波の振動を持って分子レベルで破壊する最新型爆弾の自爆装置に、周囲にいる者全員が唖然とする中、ICBMは完全に崩壊していった。

 

「すげ、何も残ってねえ……」

「あら?」

 

 砂鉄の山となったICBMに、何かが混ざっているのを見たアニーがそれを手に取る、

 それは、《to BLACK SAMURAI》と宛名書きのみされた一つの封筒だった。

 何気なくそれを開き、中から出てきた便箋を見て、アニーは眉根を寄せる。

 

「『オードブルはカナッペ一皿に二つ、トッピングを4つ添えて。スープはゼリーを各皿で3つ。サラダはスティックを一種が一皿、二種が一皿。メインデッシュは大皿で』? 何これ?」

「カナッペが銃でトッピングは予備弾丸4箱、スープがプロテクター、サラダが刀か? じゃあメインは何だろ?」

「さあ?」

 

 二人は首を傾げつつ、用意された銃と刀を見ると、それぞれに銘が刻印されているのに気づいた。

 

「ゲイル(疾風)にガスト(突風)、ね」

「穿牙(せんが)に崩牙(ほうが)、こっちのは白咆(はくほう)か………」

「名前負けしてないといいんだけど」

「さあな」

 

 謎の最新兵器の謎を調べようと砂鉄の山を掘っている兵士達を差し置き、二人は装備を手にレンの元へと向かった。

 

 

 

「作戦を説明するわ」

 

 崑崙島の概略マップを前に、シェリーがレン、ムサシ、アニーに説明を始める。

 

「現在、崑崙島の防衛システムは完全に暴走。ECMで通信は完全に不能、半径500m以内に進入してきた金属反応及び熱源を持つ飛行物体、航行物体、潜水物体全てに攻撃が施されるわ。挙句、島内に侵入した時点で内部防衛システムの監視を受ける訳。

システムの許可を受けない人間が全長10cm以上の金属物体および1500度以上の熱を発する物体を持ってるだけで、内部防衛システムの的にされるそうよ」

「何だってそんな代物………」

「本来は、IDを付けた兵士だけを戦闘可能にするシステムだったみたいね。……ハッキングされてそのIDシステムが一番最初に破壊されたみたいだけど」

「つまり、今あそこに行けるのは、金属や火器で武装してない人間だけか」

「そういう事。私達は水中からこの内部直通ドッグに進入、中枢センター内に突入してこの防衛システムを停止させるのが任務よ」

「市民の保護は?」

 

 レンの問いに、シェリーは首を横に振る。

 

「たった四人でどうするの? とても無理だわ」

「せめて、ワクチンだけでも送れれば………」

「それはこっちでも考えたわ。高度上空から投下を試みたけど、上空で撃墜されたわ」

「そうだ、さっきのミサイルは?」

「……あれはSODM(衛星軌道降下ミサイル)だ。衛星軌道まで一気に上昇、ターゲッティングしたポイントに急降下する事でレーダーの感知よりも早く着弾するタイプだが、ワクチンなんて入れたら、着弾と同時に砕け散るぞ」

「あ、そうなんだ………」

「せめて、生存者の状態が確認できればね……」

「班長! これを!」

 

 ブリーフィングをする四人の所へ、STARS化学班の一人が大慌てで一枚のプリントアウトを持ち込んでくる。

 

「さっき上空からの衛星写真で撮れた物です! 紛れも無く生存確認です!」

「えっ!?」

「これは………」

 

 それには、崑崙島でもっとも大きな多目的会場である〈崑崙ドーム〉の屋上に、有り合せのペンキやインクなどで書かれた大きな文字だった。

『SURVIVOR A LARGE NUMBER(生存者多数) A・T』と書かれた文字に、全員が色めき立つ。

 

「誰かがここに避難者を集めたのか?」

「A・T………アーク・トンプソン!」

「アーク課長があそこにいるのか!」

 

 そのイニシャルが、STARS情報課の長を示す事に気づいたムサシが、思わず叫ぶ。

 

「アークなら、最適な指示をしてくれているはずだわ。ただし、中にいるのはおそらく万人規模…………」

「誰かが、増援に行かなくてはならない。一人で万人を守れる人間が」

 

 そう言うレンの鳶色の瞳に、強い決意の色が宿っているのにシェリーは気付く。

 

「……行く気ね?」

「オレ以外に、適任者はいない」

「でもレン兄ちゃん! 一人じゃ…」

「お前達は最短時間でシステムの解除に当たれ。それがSTARS隊員としての任務だ」

「……やっぱり棍棒でも持たせて他の隊員達も出撃させた方がいいかしら?」

「それなら、オレも行きましょう」

 

 背に弓と矢筒を持ったCHが、名乗りを上げる。

 

「CH!」

「だが、武器は? お前の分までは……」

「カルロスさんから、これを借りてきました。強化プラスチックとガラス繊維のアーチェリー、これなら持ち込めます」

「よくカルロスが貸してくれたわね? 自分で行くってさっきまで騒いでたのに」

「それなら、オレとレンとで説得しましたから」

 

 

その頃

 

「はひをふる、ひゅにあ!」

「ひぃへいひ! ほれがはいひょうにふるほほか!」

「レン! 私も行く~!」

 

 チェーンでがんじがらめにされて猿ぐつわまでされたカルロスとスミス、あと勝手に付いて来ようとしてロープで縛り上げられたトモエが騒いでいるのを、周囲のSTARS隊員と兵士達が生ぬるい目で見張っていた。

 

 

「OK、じゃあ突入はこのメンバーで…」

「ちょっと待った」

 

 再度かけられた声に、シェリーがそちらを向く。

 そこには、不自然に膨れた不恰好なマネキンのような物が立っていた。

 

「ぶっ!?」

「何それ!?」

「……ヒロ?」

 

 その奇妙な全身防護スーツ、正確には対ABC(原子力、生物、化学)兵器完全防護スーツに身を包んだ夫の姿に、シェリーの声のテンションが一気に下がった。

 

「何してるの?」

「防衛システムを解除するんだったら、システム、・エンジニアリングに詳しい人間が行った方がいいだろ? それならボクも行くよ」

「危険よ!」

「だから、これなら何が有ったって死ぬ事はないからね。かなり不恰好だけど………」

 

 歩く度に間接各所が奇妙なきしみ音を立てる、かっこ悪さ満点の防護スーツを着た智弘に、シェリーは心配そうな顔を見せるが、しばし迷った後、決断した。

 

「実は、私だけじゃシステムを解除出来るか不安だったの。着いてきてくれる?」

「ああ、足手まといにならなきゃいいんだけど……」

「その代わり、私のそばを離れないでね」

「そうするよ」

「さて、行くか」

『おお!』

「随分と勇ましい事」

 

 気勢を上げるメンバーの前に、中国についてから姿を消していたキャサリンが現れる。

 

「課長、いままでどちらに?」

 

 レンの問いに薄く笑って答えたキャサリンは手にしていた一枚のデータディスクをシェリーの脇に置かれていた端末に通す。

 すると今まで表示されていた崑崙島のマップが、あちこちに変更が加わった物へと変わる。

 

「これは?」

「崑崙島の先月行われた第5期工事後の図面よ」

 

 当たり前のように出された軍事機密データに、周りが一斉に驚愕する。

 

「こんな物をどっから? 政府筋でも渡してくれなかったのに?!」

「ま、ま、まさか盗んできたんじゃ」

「あー、確かにあちこち変更が加わっているようだな。事前に分かって良かった」

 

 一人平然としていたレンが何か思い出したのか、遠い目をする。

 

「課長、また政府の要人か地元のハッカー脅して協力させましたね」

 

 その一言に、全員の視線がキャサリンへと集まる。

 

「人聞きが悪いわね、こういう事態が予測できたから、各所から協力を募っただけよ」

「………やっぱり脅迫ね」

「だな」

「絶対に」

「…………」

「STARSに来てた崑崙島の事前情報もまさか同じ手段で?」

 

 皆の言葉をまるで気にした風でもなく、キャサリンは肩を軽くすくめる。

 

「ありがとうございます、課長」

 

 レンの言葉に、キャサリンは表情を厳しくする。

 

「礼はいいわ、行動と結果で示しなさい」

「もちろんです」

「当たり前よ」

「無論」

「当然」

「見てなさい」

 

 全員の表情を一望したキャサリンが、その視線を崑崙島へと向け、まっすぐに右手をそちらへと向ける。

 

「それでは潜入班出動!」

『了解!』

「あんたが仕切るな!」

 

 シェリーの抗議はあっさりとキャサリンに無視された。

 全員の視線が崑崙島へと向けられる中、レンはさらにその奥を伺うかのような、厳しい視線を向ける。

 

(………いるのか、あいつは)

 

 レンは崑崙島のある方向を、黙って見つめていた。

 

 

 

「そっちのゲートは持たない! 負傷者を二階に移してシャッターを下ろせ!」

「東第三通路辺りに何人か回して! 進入されたわ!」

 

 崑崙ドーム内、逃げ込んできた市民達を前に、二人の男女が矢継ぎ早に指示を出していた。

 一人は鋭い目つきをしたジャケット姿のアメリカ系中年男性で、一人は凛とした雰囲気を持ったスーツ姿の中国系中年女性だった。

 

「アークさん! やっぱり通信は繋がりません!」

「繋がるまで何度でもやるんだ! 救援は絶対来る!」

 

 駆け寄ってきた制服警官に再度指示を出しながら、男―STARS情報課課長、アーク・トンプソンは現状の処理を進める。

 

「また生存者が!」

「状態は!?」

「負傷無し! 意識の混濁も感覚の鈍化も見られません!」

「カテゴリーA班に!」

 

 アークの隣で指示を出す中年女性の言葉に従って、警官が逃げ込んできた女性を非難させようとする。

 

「ま、待って!」

 

 しかし、女性はそれを制止して声を振り絞った。

 

「私を助けてくれた子がいるの! 助けに行ってあげて!」

「……ハイティーンで、空色の瞳を持った?」

「そ、そう……」

 

 それを聞いた中年女性の顔が険しくなるのを、アークは黙って見ていた。

 

「ダメだ! システムの暴走で武器が使えない現在、外に出る事は不可能だ!」

「そんな! 見殺しにしろって言うの!」

「誰がしたくてするか! その子は、リンルゥは…」

「私の娘よ」

「え………」

 

 中年女性の言葉に、避難してきた女性のみならず、そばにいた警官や避難民全員の視線がそちらに集中した。

 

「待ってください! さっきからその子に助けられたって人が何人も来てるんですよ! 見殺しなんて!」

「……オレだって、すぐに助けに行きたい。リンルゥはオレにとっても娘みたいな物だからな。だが、同時に今の状況をもっとも冷静に判断できるのは、オレと彼女しかいない。今外に出るのがどれだけ危険かはこの身でイヤってほど経験してる」

「しかし!」

「あと少し持ちこたえろ! きっとオレの仲間達が駆けつけてくれる!」

 

 半ば怒鳴りつけるようにアークは言い放つと、隣に立つ中年女性を見た。

 

「インファ……」

「大丈夫、私と彼の娘よ。きっと生き残ってくれる………」

「そう、だよな。あいつの娘が、そう簡単にくたばる訳がない」

 

 二人は半ば自分達に言い聞かせるように言葉を搾り出す。

 周囲の者達も思わず無言になる中、屋上から繋がる階段から転げ落ちるようにして若い男が飛び出してくる。

 

「海上の監視船舶から発光信号!」

「内容は!?」

「コチラスターズ ボウエイシステムカイジョノタメ トクシュブタイガセンニュウスル システムカイジョトドウジニ トツゲキヨテイ ゼンセイゾンシャヲアツメラレタシ!」

「来てくれたか! 全員もう少しだけ持ち応えろ! みんなで生き残るぞ!」

『オー!』

 

 手に有りあわせのモップや棍棒で武装した者達や、救急箱を持った者達が気勢を上げる中、中年女性だけが無言だった。

 

 

 

 崑崙島の海面下、中枢センターに直結する機密シーポートに、潜水服姿の六つの影が浮上する。

 影の一つが素早く水面から上がると、AGO(人口エラ潜水具)を吐き出しつつ周囲を警戒。

 異常が無い事を確認すると合図を送って他の影も上陸を始める。

 

「閉まっているかと思ったが、開きっ放しとはな」

「誘われてるのかもね」

 

 一番最初に上陸したレンが、セラミック刀《白咆》を手に周囲の警戒を続ける中、他の者達は潜水服を脱いで装備に身を固めていく。

 そんな中、一つだけ背を上にして手足を力なく伸ばした状態で浮かんでいる者があった。

 

「……生きてる?」

「ヒロ~着いたわよ~」

 

 シェリーが自分の腰に巻いておいたロープを引っ張り、途中で力尽きた夫を引っ張り上げていく。

 

「み、みんな泳ぐの速い…………」

「あなたが遅いのよ」

 

 体力が桁単位で違いそうな面々に着いていけず、途中からシェリーに曳航される形で到着した智弘が息も絶え絶えになっている中、シェリーが潜水服を脱がしてやる。

 

「やっぱり、今からでも帰った方が……」

「そうもいかないよ。ボクにはボクの仕事がある」

 

 智弘は密閉しておいた袋から、小型のインターフェイスモバイルを取り出すと、そばにあったシーポート管理用のコンソールに接続する。

 

「どう?」

「ダメだな……プロテクトされてる。もうちょっとハイスペックのが持ち込めればよかったんだけど………」

「システムに感知されないサイズはそれしかなかったから仕方ないわよ。中央に向かいましょう」

「それも早めにね!」

「お出迎えだ!」

 

 アニーが腰のガンベルトから素早くゲイル&ガストを抜くと、トリガーを引いた。

 鈍いガス薬莢の炸裂音を響かせ、放たれた弾丸は物陰からこちらを除いていた腐敗が始まっていた頭部を命中、同時に弾頭内の薬品が反応して頭部を吹き飛ばす。

 

「ふっ!」

 

 ムサシが穿牙と崩牙を振るい、反対側にいたゾンビの頭部を一刀の元に斬り落とす。

 

「こんな所にまで来てるのか……」

「いや、違う。戻ろうとしていた奴だ」

 

 レンが頭部を失ったゾンビの元へと近寄ると、その服装や装備を調べ始める。

 

「これは………」

「人民軍の特殊部隊だな。専用装備を持って先に来たはいいが、返り討ちにあったらしい」

 

 ゾンビの足元に転がっているゴムと硬質プラスチックのボウガンを手に取ったレンは、それがゾンビに対してどれくらい有効だったかを考える。

 

「感染率はまだ1割程度のはずよ。そうそう多くいるとも限らないけど………」

「それでも最低数千体か? 少しきついな」

「少し?」

 

 一番最後に潜水服を脱いだレンが、分担して持ってきた大型のバックパック―中身は300人分のディライトタイプ・ワクチン―を前後に分けて背負う。

 

「じゃあ、オレはドームに向かいます」

「本当に一人で行く気か? なんならオレも……」

 

 アーチェリーの弦を調節していたCHが不安げに提案するが、レンは首を横に振って否定。

 

「今一番の優先事項は、救援部隊突入のために防衛システムを停止させる事。オレがやろうとしている事は余計な事に過ぎない。それに一人の方が身軽でいい」

「OK、じゃあそっちは任せるわ」

「レン君、くれぐれも気をつけて」

「こっちは任せといて!」

「じゃあ、後でね」

 

 二手に分かれた一行は、それぞれの目的地へと向かって走り始めた。

 

 

 

「やっと来たね。待ちくたびれちゃったよ」

「でも、彼は別の方向にいっちゃったわよ?」

 

 崑崙島中枢センターの管制室の中、モニターに写るSTARS潜入部隊を見ていたジンに、隣にいる少女が問い掛ける。

 

「これは困ったね。どうしよう? どうしたらいいと思う?」

 

 ジンのさほど困ったようにも思えない問いに、少女は口元に笑みを浮かべる。

 

「仕方ないわね、私がエスコートしてくる」

「ああ、お願いするよラン。あくまでボクの目的は兄さんだけなんだからね」

「はいはい。それじゃあ行ってくるわ」

 

 ランと呼ばれた少女が、ドアへと向かいながら、指を鳴らす。

 同時に、彼女の手はすさまじい業火をまとっていた………

 

 

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