BIOHAZARDnew theory FATE OF EDGE   作:ダークボーイ

7 / 33
第七章「激突! 黒の光と白の闇!」

 

「……潜入部隊突入から90分が経過。未だ警備システムは解除されず。ただし、発光信号にてワクチンの到着を確認。ほかは不明」

 

 淡々とした声が、状況を記録していく。

 しかし、その声は強固な意志で感情を押し殺しているのが誰が聞いても明らかだった。

 

「追加報告、先程船舶にて脱出を試みた一団に謎の変異体が急襲、全滅した模様。確認が遅れたため詳細は不明だが、全長10m近い蛇のような体型、ヨーン・タイプに類似した個体と思われる。本隊突入の際は注意されたし…………」

 

 報告の最後に、強い歯軋りの音が響く。

 自らが突入したい衝動を、己の任務で押さえつけ、声は再度監視を再開した。

 

 

 

同時刻 崑崙ドーム 地下二階通路

 

「……!!」

「はああっ!」

 

 背後から聞こえる中国語の叫びを無視して、レンの振るう刃が襲い掛かってきた若い男のゾンビの首を斬り飛ばす。

 斬り飛ばされた首が床へと鈍い音を立てて落ちる中、レンは刃を振るって血肉を落とすと、鞘へと収める。

 そこへ、中年の中国人女性が駆け寄ると、レンの裾を掴み、嗚咽混じりで何かを問い掛ける。

 

「……何が言いたいかは分かるな」

「なんで息子を殺したのか? って言ってるよ………」

 

 その中年女性の背後、顔を青くしているリンルゥが女性の言葉を英訳してやる。

 レンの背後には、ゾンビ化してまもない、まだ〈人間〉の姿と左程変わらない死体が多数転がっていた。

 そして、それを遠巻きにして見ている警官や警備員達が、泣き、怒り狂って殺された肉親を呼ぶ者達を必死になって抑えていた。

 

「みんな言ってるよ………なんで殺した、なんで助けなかった、って………」

「……無理だ。この部屋の中の感染者は完全に末期だ。〈人〉として殺すか、〈ゾンビ〉として殺すか、どちらかしか手は無かった………」

「でも!」

 

 再度問おうとするリンルゥの言葉より早く、どこかから飛んできた空き缶がレンの肩へと当たる。

 それを皮切りとして、そこいらにある物が片っ端からレンへと投げられる。

 次々と飛んでくる飛来物を裂けようともせず、レンは黙ってそれを受けていく。

 

「待って! この人は悪い事は何もしてないよ!」

「ほっておけ。気が済むまでやらせればいい」

 

 何とか止めさせようとするリンルゥを逆に制止し、レンは物を投げてくる民衆の方へと歩み寄っていく。

 偶然、投げられたクリスタル製らしい灰皿がレンの額に直撃し、そこから鮮血が流れ出す。

 それをぬぐおうともせず、レンは民衆へと歩み寄る。

 その異常な態度に、段々と民衆は手を止め、彼へ道を開けていく。

 その時、かすかな声がレンが出てきた部屋から響いてくる。

 

「! まだ残って!」

 

 ドアを開けて、少女が姿を表す。

 それを見た一人の男性が、おそらくはその少女の名を呼びながらそちらへと走っていく。

 

「止めろ! そいつはもう!」

 

 慌ててきびすを返そうとするレンだが、民衆に阻まれて先へと進めず、その内に男性が少女の元に到着した。

 名を呼ばれて振り向いた少女の目は血走り、その口は鮮血にまみれている。

 それに男性が気付いた時には、少女の口が男性の喉笛へと向かっていた。

 絶叫が、通路の中に響き渡る。

 恐らくは父親であろう男性の喉笛を噛み千切ったゾンビ少女の延髄に、次の瞬間セラミックの刃が突き刺さる。

 

「………」

 

 無言で少女ゾンビの首を貫いたレンは、刃を抜き取り、倒れていく二人を見た。

 男性の目には、驚愕の色だけが有ったが、やがてその目からも光が消える。

 レンは少女ゾンビの血にまみれた刃で男性の延髄も貫き、ゾンビ化を抑止した所で、跪いて静かに親子の瞳を閉ざしてやった。

 

「………サムライ」

「言ってくれ、これで分かったはずだと。そして、恨まれる人間は少ない方がいいとも」

 

 背を向けたままのレンの言葉を、リンルゥが中国語で話してやる。

 しばらく民衆は騒いでいたが、やがて、一人、また一人とその場を去っていく。

 後片付けを申し出た警官達を、二次感染の危険を指摘して追い払うと、やがてその場にレンとリンルゥだけが残った。

 

「…………」

「…………」

 

 二人が無言でいる所に、一つの足音が近付いてくる。

 リンルゥが振り向くと、そこにはアークの姿が有った。

 

「アークおじさん…………」

「済まないな、Jr。親子そろってこんな事やらせちまって…………」

「父さんも、やってたんですね。こんな事を…………」

 

 背を向けたまま、レンは淡々とアークに言葉を放つ。

 アークは小さくうなずくと、言葉を紡いでいった。

 

「ああ、そうだ。オレは情報収集専門だったから、あまりお前の父親と、水沢 練と一緒に戦った事は無い。だが、いかな状況でも彼はサムライの誇りと、鋭さを失う事は無かった…………」

「みんな、そう言いますね…………。母さん以外は」

「言わせとけ。その権利があるのはミリィだけだからな」

 

 ゆっくりと立ち上がったレンは、血まみれのセラミック刀・白咆を懐から取り出した懐紙で拭い、それをその場に捨てて刃を鞘へと収める。

 

「あと、ゾンビ化の危険がある感染者は?」

「まだ大丈夫だ。お前がワクチンを持ってきたお陰でな」

「遅くても、半日以内に全員にワクチンを投与しないと…………」

「本部のストックは使い果たしたはずだ。間に合うか?」

「レベッカさんがWHOの総力を使ってワクチンを量産しているそうです。ただ、警備システムが邪魔して投下できないらしくて……」

「シェリーが行ってるにしては遅いな。何かあったか?」

「あの………」

 

 レンとアークの会話に、リンルゥが割って入る。

 

「何だ?」

「アークおじさん、何を話してるの? 母さんと同じルポライターじゃなかったの?」

 

 そこで、レンとアークの視線が軽い困惑と共に合わされる。

 しばしの間を持って、ため息混じりにアークが口を開いた。

 

「悪い、それは嘘だ。オレの本業はICPO直属特殊機動部隊《STARS》情報課課長、アーク・トンプソン。ルポライターの方は世を欺く仮の姿のバイトだ」

「……母さんは、知ってるの?」

「一応、な」

「そっか、何も知らないの、ボクだけなんだ………」

 

 複雑な表情で俯くリンルゥに、アークが言葉に詰まる。

 

「無知が必ずしも悪とは限らない。知らない方が幸という事もある。お前がどちらかは知らないがな」

「他人事だと思って言ってない?」

「FBIなんてやってると、そんな状況は幾らでも出てくる。知ろうとするか、耳を塞ぐかは自分で選ぶしかないがな」

「……とにかく、今は生き残る事が最優先だ」

 

 話を強引に中断させたアークは、再度指揮を取るべくその場を去っていく。

リンルゥもその後に続き、レンが最後に何も無い虚空を居合で薙ぎ、その場に溜まった陰気を払って踵を返す。

 

「お見事デス、術者ミズサワ」

 

 物陰から掛けられたどこかたどたどしい日本語に、レンの足が止まる。

 

「竜巣(ロンツァオ)か? それとも道教会の奴か?」

 

 物陰に、その姿を溶け込ませるようにして立っている年齢不詳の男に、レンは問うと男はすぐに答えた。

 

「道教会にテ、準道士の位にオリマス」

「なら、無位階(位階=魔術師のランクの事)のオレよりは上だな。はぐれ陰陽師になんの用だ?」

「少しお話ガ。我らモこのバイオはザーどに感染し、逃げ込めた僅かな生き残りが先程託宣(占い)をしタ所、この都市ニ大きな陰気を放つ物が」

「幾つだ?」

「大きな物が三ツ、各所ヲ移動してマス。それと、とてつもなく巨大な陰気ガ二つ……」

「後者は、中枢センターか?」

「心当タリでも?」

「少しな」

 

 道教会(中国の霊幻道士達の組織)の者を名乗る男に、レンは顔も向けずにその巨大な陰気の持ち主で有ろう人物の事を脳裏に浮かべる。

 

「移動しているのは多分T―ウイルスを媒介しているBOWだ。場所は分からないか?」

「それガ、段々とコチらに…」

 

 男の言葉の途中で、男の腰につけていた帝鐘(ていしょう=道教で使われる柄付きの鈴)がひとりでに鳴り始める。

 

「!」

「来たか、どこから!」

「お待チヲ」

 

 男は帝鐘を手に取り、それを持って腕を前に伸ばす。

 男はその場で手を離すが、まるで何かに吊られているかのように帝鐘はその場に留まり、しばらく鳴っていたが、突然叩き落したかのような速度で床へと落ち、甲高い不協和音を立てる。

 

「下か! 何がある?」

「競技練習用ノプールが」

「すぐにアーク課長に知らせてくれ! オレは迎撃に向かう!」

「お願いイたシます。最早、我々のテにハ………」

「だろうな」

 

 即座に身を翻し、階下へと続く階段を飛び降りるような速度で下りていくレンを男は見送る。

 

「陰陽寮に残っていれば正導師級どころか、大導師(幹部級の事)にすらなれたものを、地位を捨てる事で確執に囚われず、名誉を捨てる事で名に囚われない。とても真似できません、術師ミズサワ…………」

 

 母国語で心底感嘆の声を上げながら、男は敵襲を知らせに走った。

 

 

 

 階段を駆け下りたレンは、プールへと続く大きなスイングドアの前で一度足を止めると、息を殺し、中の様子を伺う。

 

(いる………何かが)

 

 明かりが点いていない、漆黒の地下プールをそっと覗き込み、レンは気配を殺して静かに中へと入る。

 何らかの気配を感じ取りながら、壁を背に張り付けるようにして進みながら、壁にある室内灯のスイッチを手探りで探し当てると、それをONにした。

 途端に室内が明るくなり、そこに透明な水を湛え、白いプールロープが張られた大型の競技用プールが露になる。

 レンは素早く上下左右を見渡し、敵の姿を探すが、どこにも異常は見当たらない。

 

(いない、だが気配は有る。変色体か? それとも………)

「敵はどこだ!」

 

 そこに、手に木棍を持った警官三名がなだれ込んで来る。

 

「来るなっ!」

 

 思わずレンが叫んだ時、プールに浮かんでいたプールロープが、正確にはプールロープに見えていた物が動いた。

 

『!!』

 

 全員がそれに気付いた時には、それはプールから瞬時に跳ね上がり、警官の一人に襲い掛かった。

 

「うわあぁ!」

 

 警官の首筋に食らいついて動きが僅かに鈍り、ようやくそれの正体が見えた。

 

「ヨーンタイプか!?」

 

 それは、全身を純白の鱗で覆った大蛇だった。

 かつて確認されたヨーンタイプ程の体格は無いが、それでも全長は10m近くあり、子供の胴体程はある胴体に、鱗と同じ純白の翼が何対か付いている。

 平べったい頭部に、何か十字型の機械らしき物が埋め込まれたそれは、警官の首筋を咥えたまま素早くプールへと戻っていく。

 

「鳴蛇(めいだ=中国の奇書・山海経に記された有翼の蛇)、いやケツァルコアトルか!」

 

 その姿が古代アステカ神話の光を司る蛇神の姿である事を思い出しつつ、レンはケツァルコアトルの胴を目掛けてセラミック刀の刃を振るう。

 だが、刃は奇妙な弾力と共にその表面に傷跡だけを付けて通り抜けた。

 

(鱗じゃない、強弾性装甲! 間違いなくBOWだ!)

「がほっ、たすけ……ああああぁぁ!」

 

 プールへと引き込まれた警官がもがいて逃れようとするが、その肌からみるみる間に生気が失われ、萎びていく。

 それと同時に、ケツァルコアトルの口の中から、モーター音のような異音が響いてきた。

 

「血を吸ってるのか!?」

「あ…ああ………」

 

 生気を完全に失った警官が無造作に投げ捨てられ、プールの中へと沈んでいく。

 

「なるほど、こいつがキョンシーの正体か。だが、媒介は?」

 

 水中を動き回るケツァルコアトルに向けてセラミック刀を構えながら、レンは更に相手を観察する。

 そこで、ケツァルコアトルは顔を出すと、口を開いてレンへと向ける。

 そこには、一対のノズルが有った。

 

「伏せろ!」

「何だ!?」

 

 直感的にレンが叫びながら伏せ、警官も思わずそれに続く。

 その頭上を、ケツァルコアトルの口内のノズルから噴出した赤い帯が薙いでいった。

 

「ウォーターガン!」

 

 赤い帯、超高圧で噴出された獲物の血液混じりの水が、壁を穿って溝を掘っていく。

 それを見たレンは脳内で相手の特性を解析していく。

 

(媒介はこっちか! 吸血で栄養を補充し、補充した後の残った血液に水とT―ウイルスを混ぜて飛散させる。殺害現場周辺には噴霧されたT―ウイルスが飛び交い、それが今回のバイオハザードを引き起こした! だが……)

「それだけなら、怖くは無い」

 

 立ち上がったレンは、再度水中へと潜ったケツァルコアトルを追ってプールサイドへと歩み寄る。

 だが、プールにレンの姿が映るよりも早く、ケツァルコアトルが水中からレンへと襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 襲い掛かってきた鋭い牙の生えた顎をレンはとっさに弾くが、ケツァルコアトルはそのまま反転してレンへとその長い体を素早く巻きつけようとする。

 レンはわざとその場で転び、呪縛を寸前で逃れると、頭上のケツァルコアトルの胴体に刃を突き刺す。

 しかし、転んだ状態からの膂力だけの刺突は、刃の切っ先が僅かに強弾性装甲の鱗を貫いただけで、即座に弾き返される。

 

(ダメだ、おそらく銃弾も通さない。居合しかない!)

 

 転がってその場から逃れたレンが、刃を鞘に収め、半身を引き、居合の構えを取る。

 ケツァルコアトルは身を翻してレンへと相対すると、再度ウォーターガンを放ってきた。

 

「ちっ!」

 

 居合の構えのまま、レンは横へと跳んで水の弾丸から逃れるが、今度のは水量を少なくし、代わりに連射で放ってきてレンを追い詰めていく。

 右手を柄に添えたまま、身を低くしながら横へと跳んで水弾をかわす。

 レンの体勢が崩れた所で、ケツァルコアトルは再度プールの中へと身を沈めていった。

 

「こっちの手を読んでいるのか? 随分と賢い蛇だな………」

「サムライ!」

「ミズサワ捜査官!」

「来るな! こいつは強敵だ!」

 

 居合の姿勢のまま、駆けつけたリンルゥとインファ、そして増援の警官や警備員達をレンは一括して留まらせる。

 

「相手の類別は!」

「蛇型、全長10m未満!」

「特徴は!」

「吸血及び高圧のウォーターガン! あとおそらく翼は水中移動用の電磁推進翼!」

「対策を取るわ! 三分持たせなさい!」

「了解!」

 

 矢継ぎ早に質問したインファが対策のために遠ざかっていくのを感じながら、レンの脳内にある疑問が生まれた。

 

(……間違いない。彼女は、対BOW戦の経験が有る。しかも、かなり豊富な………STARS関係者以外に、そんな人物がいるのか?)

 

 レンの疑問は、ケツァルコアトルが再度水中から顔を出した事で一時停止させられる。

 

「だがまずは、こいつを倒さないと!」

 

 襲ってくる水弾をかわしつつ、レンは勝機を見出そうとしていた。

 

 

「向こうのトイレからトイレ用洗剤あるだけとバケツを!」

「はい!」

 

 インファの指示で警官の一人がトイレへと走る中、インファはプール用具室へと来てそこを開けようとするが、そこには電子ロックがかかっていた。

 

「テロ対策も考え物ね」

 

 必要以上に厳しいセキュリティに辟易しながら、インファはポケットからパスケースを取り出し、そこから何も印刷されていない白無地のカードを取り出し、電子ロックのリーダーへと通す。

 すると、一発でロックは開いた。

 それを見た警備員が顔色を変える。

 

「ちょっと待て! それマスターカードか!? 警備主任でも持ってないのを、どこから!」

「説明は後。そっちからビート板を全部持っていって!」

 

 警備員に用具入れを漁らせつつ、インファは棚からプールの消毒用の塩素剤を取る。

 

「バケツに洗剤!」

「そこに置いて!」

 

 インファは警官が持ってきたバケツに塩素剤を入れると、そこにトイレ用洗剤をぶち込む。

 

「いい? 大抵の変異体は、外見をよく観察すれば大体の特徴が見えてくるわ。特殊な変異を起さない限り、感覚器は能力が上がるけど、根本的には特徴は変わらない。たとえば、蛇だとしたら一番の感覚器は」

「嗅覚か!」

「正解」

 

 バケツの中で、塩素と洗剤の酸が反応して異臭を漂わせ始める。

 

「塩酸があればいいんだけど、洗剤じゃこんな物ね。それほど強力じゃないけど、塩素ガスが発生している。鼻を潰すには十分のはず」

「………」

 

 淡々とBOWへの対策の手を打つ母親に、リンルゥは今まで知らなかった母親の側面を見ていた。

 

「誰かここの設備関係に詳しい人は?」

「あ、一応ここが職場ですが………」

「すぐに空調系と水道系のチェックを! あれが侵入してきた個所があるはずよ! そこを封鎖しないと、別口が来るわ!」

「はいっ! リー、水道系を頼む! オレはダクトを見てくる!」

「了解!」

 

 警備員が慌てて侵入路の確定に向かう中、インファは手にバケツを持ってプールへと向かった。

 

 

「このっ!」

 

 レンは最早何度目か分からない悪態をつきつつ、床に身を伏せながら小柄を投じる。

 小柄は水弾を掻い潜り、ケツァルコアトルの首元に僅かに突き刺さって内部の冷凍ガスを撒き散らすが、ケツァルコアトルが再度水に潜った衝撃で小柄は抜け、冷凍ガスは鱗の表面をわずかに凍らせるだけに留まる。

 

「徹底したヒット&アウェイか、計算され尽くされた戦い方だ。呪を唱えてる暇も無いか………」

 

 すでに放出用の血を使い果たしたらしく、完全な水とはなっているが、威力はまったく変わらない水弾をなんとかかわしているレンは、反撃の手を脳内で汲み上げる。

 

(居合の届く範囲に、あいつを一瞬でも留められれば………)

 

 攻撃する時ですらその素早い挙動を止めないケツァルコアトルに、レンは限られた攻撃手段までどう持ち込むかを考えていた時、背後から足音が近寄ってくる。

 

「生きてる? ミズサワ捜査官!」

「!」

 

 無造作にレンの方に向かってくるインファに、ケツァルコアトルの顔がそちらへと向いた。

 だが、その背後から警官達が持ってきた大量のビート板が宙を舞い、放たれた水弾はそれに阻まれる。

 無数のビート板を水弾はなんなく貫通するが、二枚、三枚と続く内に水圧は弱まっていき、インファに到着する頃には殺傷力は失われていた。

 

「これでも食らいなさい!」

 

 インファの手から、バケツが放り投げられる。

 その存在に気付いたケツァルコアトルは素早くバケツを避け、その投げられた空のバケツはプールへと軽い水音を立てて落ちる。

 

「残念!」

 

 ケツァルコアトルが避けた先に、リンルゥが持っていた中身入りのバケツが投じられる。

 二段構えのフェイントにはまったケツァルコアトルの顔面に、その中身がぶちまけられた。

 喉から空気を吐き出して鳴らす蛇独特の絶叫を上げながら、ケツァルコアトルがプールの中へと潜る。

 

「これなら!」

 

 レンが居合のモーションのまま、プールの端まで近寄った時だった。

 目をつぶったままのケツァルコアトルが水中からレンへと向き直り、一瞬にしてその蛇体を伸ばして正確にレンへと牙で襲い掛かり、からくもかわしたレンが反撃する間もない内にまた水中へと潜行する。

 

「!? まだ……」

「潰しきれなかった? それとも!」

 

 襲い来る牙から逃れたレンは、ケツァルコアトルの両目が完全にふさがっているのを見ていた。

 

「………!」

 

 驚く者達の前で、唐突にインファが左手をそちらに突き出し、右の人差し指を口の前でかざす。

 

(鼻と目はつぶした。残ってるのは、音か?)

 

 レンもその場で止まり、息を殺す。

 静かになったプールだが、それでもなおケツァルコアトルはレンへと向かって襲ってくる。

 

「違う!? こいつはどうやってこっちの位置を!」

 

 再度ケツァルコアトルの牙をかわしたレンの耳に、かわしざまに奇妙な、耳鳴りのような音が響いてくる。

 その音が、ケツァルコアトルが水中に入ると同時に小さくなった事に気付いたレンが、ケツァルコアトルの頭部に有った十字型の機械の事を思い出した。

 

「音、アクティブ・ソナーか!」

「そんな物を取り付けてるのか!?」

 

《アクティブ・ソナー》―音を発し、その音の反響を持って相手の位置を知る潜水艦特有のセンサーの存在に気付いたレンが、その対処を脳内で算段していく。

 

(スタン・グレネードがあれば一発だが、爆発物は持ち込めなかった。だが、似たような事なら!)

 

 レンはプールサイドを回るように動き、その後を追うようにケツァルコアトルが迫る。

 

(アクティブだけじゃなく・パッシブ(周囲の音を感知するタイプのソナー)もついてるな。ならば)

 

 レンは水面へと向かって立ち止まると、息を吸いつつ、白咆を両手で大上段に構える。

 

(持ってくれよ…………)

 

これから放つ技に白咆が持つ事を祈りつつ、ケツァルコアトルが迫ってくる中、レンは一気に刃を水面へと叩きつけた。

刃が水面に触れた途端、爆発にも匹敵する勢いで水柱が上がる。

 

「何だコレは!?」

「何をしたの!」

 

 剣術の奥義の一つ、斬撃の意を完全に制御する事で刃から完全に切れ味を無くし、全開の膂力を持った打撃へと変ずる技、光背一刀流《砕輝断(さいきだん)》が打ち込まれたプールが、レンの身長を超える水柱と共に、爆音にも匹敵する水音を立てる中、圧倒的な音にセンサーを一時的に潰されたケツァルコアトルが水中から飛び出す。

 

「はあぁっ!」

 

 刃の切っ先を水につけたまま、全身のバネを効かせてレンはケツァルコアトルへと向かって跳び、水の抵抗を鞘代わりに下段から〈抜刀〉した。

 水面から鞘走った刃が、ケツァルコアトルの体を上下に二分させる。

 

「やった…!」

「いえ………」

 

 リンルゥが歓声を上げそうになるのを、インファが遮る。

 宙を舞ったレンの体が、プールの中に落ちるのを、上下に二分されたケツァルコアトルの上身が追った。

 

「まだ生きてるのか!」

「まずい、水の中じゃ……」

「多分、大丈夫よ。彼の父親がそうだったように………」

「え?」

 

 インファの呟きに、リンルゥは首を傾げるだけだった。

 

 

(やはり来たか)

 

 水の中で、ケツァルコアトルの上身が追ってくるのをレンは気付いていた。

 

(マンティコアタイプと同じ、分割並列制御か。ならば弱点は脊髄に並列している制御ユニット………)

 

 平然と動いているように見えても、やはり両断された影響は大きいらしく、目に見えてスピードが落ちているケツァルコアトルに向かうようにレンはわずかに水をかいて体勢を調節。

 

(水中なら、ウォーターガンは使えない。何より、ダメージ回復の栄養を狙って、一番手近な獲物に襲い掛かってくる!)

 

 水中で刀を鞘に収め、レンは左手で小柄を二本取り出した。

 

(昔、父さんが似たような事をやったとカルロス隊長は言っていた。何が起きたか分からない、とも。だが、同じ技を持った者ならば、分かる!)

 

 水中で、レンは自分の足元に向けて小柄を投じる。

 足元付近のプールの底に当たった小柄は内包されていた冷凍ガスを噴出し、レンの足ごと周囲の水を凍らせ、底へと完全に固定した。

 

(いざ、参る)

 

 ケツァルコアトルの牙が突き立てられる寸前、凍りついた足が固定された底を強く踏みしめ、その力が下半身から上半身へ、上半身から肩へ、肩から腕へ、そして腕からその手に握られた刀へと伝わっていく。

 水中に、一筋の閃光が、走った。

 

 

『!!』

 

 プールの水面に、一瞬水の無い直線が出現する。

 直後、鼻先から半ばまで左右に二分されたケツァルコアトルの上身が水中から踊りだす。

 

「あれでもダメか!?」

 

 左右に千切れそうになりながらも暴れるケツァルコアトルを見た者が愕然とする中、足に氷の破片を張り付かせたままのレンが水中からプールサイドへと転がり出す。

 

「このっ!」

 

 レンの手から、水を滴らせたセラミック刀が天井から吊るされたライトの根元へと飛ぶ。

 切断されたライトが水面へと落ち、内部に溜まっていた電流がプールへと流れ出す。

 それを食らってケツァルコアトルの動きがしばし鈍るが、また暴れだす。

 

「足りないか!」

「電気に弱いなら!」

 

 レンの行動を見ていたリンルゥが、足のイオンジェットローラーを最大出力で走らせ、一直線に壁へと爆走。

 瞬く間に加速していくリンルゥは壁に激突する瞬間、充分な加速度がついた体を上半身を無理やり後ろ向きに倒す事によって、バランスをわざと崩す。

 

「危ない!」

 

 警官の言葉が終わるよりも早く、転倒直前の姿勢からショートジャンプするかの様に両足を床から壁へと移す。

 壁に向かう激突へのベクトルが、彼女の解れた髪の毛を揺らし頬を撫でる。

 が、リンルゥ自身は全身のバネと加速を続けるイオンジェットを使って、加速のベクトルを正面から上方へと受け流し、そのまま壁を駆け上がっていく。

シューズ下部のイオンジェットが大気を引き付け、突き飛ばす。

ポリマー樹脂のローラーがイオンを帯びた風で壁へと押しつけられ、壁を強引に天井近くまで駆け登っていく。

 

「おいっ!」

「行けぇっ!」

 

 レンの制止も聞かず、リンルゥが天井から伸びるライトへと向かって跳ぶ。

 伸ばされた両手がライトのコードを掴み、飛びついた勢いと体重がかかったコードが留め金を弾き飛ばし、ライトは一気にリンルゥごと下へと落ちていく。

 水面に落ちた衝撃と、水との温度差でライトのハロゲン球は砕け散り、剥き出しになったフィラメントから電流が水中へと流れ出す。

 電流をまともに食らったケツァルコアトルが大きく身を震わせてもだえる。

 ショートのために一時プール内の照明が全て落ち、ドームの管理システムがショートした配線への通電をカットして再度照明が点灯する。

 そこには、水面に浮かんだまま動かなくなったケツァルコアトルと、つま先が水につく寸前でコードにぶら下がっているリンルゥの姿が有った。

 

「え~と、どうしよ?」

「無茶のし過ぎだ。少しは考えろ」

 

 プールの上でぶら下がったまま身動き出来なくなったリンルゥに、レンは呆れつつも、浮かんだまま近寄ってきたケツァルコアトルの体を鞘で突付く。

 

「大丈夫だな、完全に行動停止している」

「電撃に弱い? 見た事のないタイプね…………」

 

 インファもこちらに近寄ると、ケツァルコアトルの死体を興味深げに観察する。

 

「ノースマンで初めて確認されたタイプです。生体神経と電子神経の双方で構成された並列型の制御系を持ち、それらを全て破壊しない限り行動を続ける」

「なるほどね、それで神経系に直接電圧をかけてショートさせたの」

「あの、母さん助けて…………」

 

 自分を置いてけぼりでケツァルコアトルの観察を続ける二人に、リンルゥが涙混じりに訴える。

 

「それくらい泳いだらどうだ?」

「このローラー、サルモの最新モデル! 夏休みのバイト代全額注ぎ込んだんだよ!」

「濡らしたくないなら、プールに向かって飛び込むな。あと15cm下がってたら、お前も感電してたぞ」

「ロープか何かないか?」

「ちょうどいいのがある」

 

 レンは無造作に上身と同じようにプールに浮かんでいたケツァルコアトルの下身の尾を掴む。

 だがそちらはまだ完全に止まってなかったらしく、レンの手の中で暴れる。

 

「まだ動くか」

「やだ!」

 

 レンが行動を起す前に間髪入れずリンルゥが拒否。

 だが、リンルゥのすがっていたコードが更に下がり、ローラーが水に漬かりそうになる。

 

「わあぁぁ!」

 

 身軽な動きで水に漬かるまいとコードをよじ登るリンルゥを、レンはぬるい視線で見送る。

 

「ホース持ってきたぞ~」

「投げるから掴まれ~」

「ありがと!」

 

 警官達が投げたホースに捕まろうとした時、リンルゥの間近に天井に突き刺さっていた白咆が水面へと落ちてくる。

 

「おっと」

 

 水面に落ちて沈もうとしていた白咆をリンルゥは慌ててさらい、柄を咥えると改めてホースを掴んでプールサイドまで引っ張られる。

 

「はいカタナ。拭いてから使って」

「すまない」

 

 柄に多少唾液が付着した白咆を受取ったレンが、袖で柄を少し拭ってから鞘へと収める。

 

「なんて無茶するんだ。噛まれて感染したらどうするつもりだったんだ?」

「噛まれてるよ、もう」

 

 困惑顔で注意する警官に、リンルゥは左腕の包帯を示す。

 途端に、二人を除いた周囲の人間が一斉にリンルゥから距離を取る。

 その反応に身を固くするリンルゥに、インファが微笑で娘の肩を抱いてやる。

 

「心配ないわよ、抗体があるから」

「え?」

「昔ね、ディライト・ワクチンの接種を受けた事があるの。あなたにも遺伝してるはずよ」

「それって………」

 

 微笑でそれ以上言わず、インファは娘を伴って上階へと向かう。

 

(……やはり、彼女はアンブレラ事件の関係者。しかも、遺伝レベルとなると、相当深く関わっている。一体何者だ?)

 

 疑問を己の胸中だけに止めながら、レンは自らも上階へと向かった。

 

 

 

同時刻 上海 人民軍上海基地

 

 海上を前にして、合計三つの発砲飲料ボトルを手にした者達が、喉を鳴らしてその中身を嚥下していく。

 

「くはあっ………やってられるか~!」

「ふざけんな~!」

「レンのばか~!」

 

 チンタオ・ビールを一息に飲み干したカルロスが瓶を足元に投げ捨て、追加のバドワイザー・ビールを開けながらスミスが悪態をつく。

 トモエも雑言を叫びながら、残ったペプシ・コーラに再度口をつける。

 三人の足元には空になった酒瓶が幾つも転がり、それでもペースが衰えない二人(トモエ除く)を遠巻きにしている人民軍兵士とSTARS隊員が恐怖の目でそれを見守っていた。

 

「おい、そっちじゃ出動前に飲んでいいのか?」

「いい訳ないだろ」

「どうする、誰か止めないと………」

「馬鹿、止められるのジル教官ぐらいだぞ? 今から呼んでくるのか?」

「下手に止めると、どんなとばっちり食らうか………もう爆発寸前だ」

「まだ出動できないのか? 三年前、あれと同じ状態で出動かかって、二人でテロリストのアジト瓦礫にしたんだぞ………」

「最悪、八つ当たりでこの基地が壊滅するかもな…………」

「そんな危険人物連れて来るな! すぐに持ち帰れ!」

「核廃棄物か?」

「いや、あっちの方が安全だ」

「酒が切れたぞ! もっと持って来い!」

「あんな事言ってるぞ………」

「どうするよ、オイ…………」

 

 STARS隊員達が思わず顔を見合わせた時だった。

 突然、基地内のスピーカーが一斉に警報を撒き散らし始める。

 

「最緊急警報!?」

「何だって!」

「何か起きたのか!」

 

 兵士、STARS隊員達が一斉に崑崙島に双眼鏡を向ける。

 そこには、明確な変化が起きつつあった。

 

「なんだありゃ!」

「馬鹿な………自動報復システムが動いてる!?」

 

 崑崙島の各所から、大型のサイロのような物が複数出現し、上へと伸びていく。

 それが、大型のICBMサイロだという事に気付いたSTARS隊員達の顔から一斉に血の気が引いていく。

 

「あんな物が設置されてたのか!」

「目的地はどこだ!?」

「し、知らん! 詳細を知ってるのは上層部だけだ!」

「どこに飛んでいっても世界大戦が起こるぞ!」

「隊長!」

 

 慌てるSTARS隊員が視線を飲んだくれている二人の方へと顔を向けると、そこにはお互いにボディブローをぶち込んでいるカルロスとスミスの姿があった。

 

「ぐっ…………」

「おぼええぇぇ!」

 

 そのまま二人で海の方へと向き、胃の内容物(ほとんど酒)を海面へと垂れ流す。

 吐き出すだけ吐き出すと、カルロスは海水を手で掬って口をゆすぎ、スミスは頭をそのまま海へと突っ込む。

 

「強行突撃準備!」

「ヘリじゃ落とされる! 船はあるか!?」

 

 隊員達へと向き直った二人は、多少顔色が悪い点を残せば酔いのカケラすら消え失せ、居並ぶ隊員達に鋭く指示を出す。

 

「し、しかしまだガードシステムが…」

「分散して一斉突入すれば、そう簡単には」

「あの……ちょっと…………」

「なんだトモエ、今忙しい……」

「あれ………」

 

 カルロスの腕を突付いていたトモエが、ポカンとした顔で、空を指差す。

 同時に、周囲を一斉に影が差した。

 

「な………」

「こ、こいつは一体!?」

 

 上空を見た者達が、その影の主を見て絶句する。

 それは、あまりにも巨大な〈機影〉だった…………

 

 

 

崑崙島 中枢センター・管制室

 

「これは一体?」

「始まったわね」

 

 突如として鳴り響き始めた警報に、シェリーとの激闘を繰り広げていたランがほくそ笑む。

 

「何をしたの!」

「知りたい? おばさん」

 

 突き出されるシェリーのパンチを炎の壁で防ぎながら、ランが距離を取る。

 その頬にはかわし損ねた攻撃の跡が幾つも現れ、片腕は力なく下がっている。

 それに対し、シェリーは体やプロテクターの各所がわずかに焦げているが、動きには微塵のよどみも無い。

 

「大変だ! 報復プログラムが動いてる!」

「なんだそりゃ!」

「どういう事です!?」

 

 制御システム・ユニットに寄生しているバイオ・パラサイトコンピューターの触手を双刃と矢で取り払おうと試みていたムサシとCHが、智弘の絶叫に近い叫びに、思わず手を止める。

 緊急表示の赤い点滅を繰り返すディスプレイを凝視していた智弘が、表示されていくプログラムを見て顔色を変えた。

 

「素粒子弾頭ICBM!? 発射まで30分……目的地は、ワシントンDC、台湾、カブール、大阪! どれか一発でも落ちれば世界大戦が起きる!」

「止められないの!?」

「無理よ、それはここからは一切制御できないの。総帥室の専用コンソールからじゃないとね」

 

 負傷しながらも、慌てる者達を見てランは嘲笑う。

 

「じゃあ、あなたを倒して止めてくるだけよ!」

「こうしたら?」

 

 ランが動く片腕をエレベーターの方へと向け、そこから電光が迸る。

 電光がエレベーターに当たった途端、エレベーターが爆音と共に吹き飛んだ。

 

「爆弾!?」

「仕掛けてやがったのか!」

 

 吹き付けてくる爆風から身を守りながら、アニーとムサシが舌打ちする。

 

「これで私の仕事は完了。さて、どうする? おばさん」

「こうするのよ」

 

 シェリーが拳を握り、ランへとまっすぐに突撃する。

 

「そう何度も!」

 

 シェリーが拳を振りかぶるのを見たランの右足が、濡れた軌跡を描いて跳ね上がりつつ、己の前に弧を描く。

 その濡れた軌跡に沿って現れた業火が、攻撃を阻む障壁となる、はずだった。

 

「!?」

 

 予想していた攻撃が来ない事にランが気付いたのと、業火が消えてその向こう側に、前髪の一部を焼かれながらも、拳を床へと突き刺して突撃の勢いを強引に止めたシェリーが見えたのは同時。

 

「ハァッ!」

 

 拳を突き刺したまま、シェリーはその場で倒立、その勢いを載せて両足を振り下ろす〈浴びせ蹴り〉と呼ばれる蹴り技をランの両肩に叩き込んだ。

 

「きゃう…………」

「能力を全然活かせてないわね。経験が全然足りない証拠よ、小娘」

 

 マトモに食らって両腕から力を失っているランに、床に突き刺さったままの拳を引き抜きながらシェリーが言い放つ。

 

「まだやる? それとも、大人しく案内してくれると嬉しいんだけど?」

「誰が、誰が………」

 

 両肩を傷めて上がらない腕と、全身に及ぶ負傷。そして圧倒的な実力と経験の差に、ランの目に涙が溢れ出始める。

 

「誰があんたみたいなオバサンの言う事なんか聞くか!」

 

 子供のように泣きじゃくるランの着ていたベストが、突然外れて落ち、その背に急激的に何かが盛り上がり始める。

 背に盛り上がった肉から、透明な何かが突き出し、羽ばたき始める。

 

「羽根!?」

「変身なんてさせない!」

 

 アニーがランの羽根に銃口を向けてトリガーを引くが、弾丸は当たる寸前に羽根の周囲を覆うように現れた電光に阻まれて爆発する。

 

「発電機能付きの羽根とはね………」

 

 背中から生えた四枚の羽根を鋭い音を立てて羽ばたかせ、今までとは比べ物にならない電光を周囲にまといながらランの体が宙へと浮かぶ。

 

「消してやる! 何もかも!」

 

 両手両足から滴る発火体液が、ランの周囲をまとう電光に導かれ、虚空に電光と炎の筋を幾つもの網の目のように構築していき、それはどんどんと激しさを増していく。

 

「ちょ、ちょっとこれは………」

「まずい! 物陰に!」

 

 周辺を照らし出すまでに激しくなった業火と電光に、CHが硬直している智弘を慌てて物陰に引きずり込む。

 

「消えちゃえ!《Vanishing Tempest(消滅の嵐)》!」

「ムサシ! アニー! フォーメーション・ジェットゲイル!」

『了解!』

 

 高電圧電撃の一斉放出と、発火体液の一斉発火によって解き放たれたすさまじい炎雷が荒れ狂う中、シェリーの指示でアニーが先頭、ムサシが中間となる三人縦列陣形を組んだ。

 

「SHOOT!」

 

 アニーが炎雷の中心に、ゲイル&ガストを向けるとありったけの弾丸を叩き込み、直線状に撃ち込まれたケミカル炸裂弾頭が次々と爆発し、炎雷に空白のポイントを作っていく。

 

「オオオオオォォォ!」

 

 続けてアニーの肩を蹴ってムサシが宙へと飛ぶと、双刃を大上段に構える。

 

「《双雷斬(Double Thunderbolt)》!」

 

 振り下ろされたセラミック刀、穿牙・崩牙の刃が、先程の銃撃で開いていた炎雷の空白のポイントを斬り裂き、繋いで完全な空白地帯を作り出していく。

 

「ハアアァァッッ!」

 

 シェリーが気合と共に、アニーの肩からまだ宙にいるムサシの肩へと連続して跳び、驚愕の表情を浮かべるランのみぞおちに、全力の拳を突き刺す。

 

「ガハァッ!」

 

 血反吐をぶちまけながら、ランの体が力を失って床へと叩きつけられるように落ちる。

 その手前に着地したシェリーが、あお向けで倒れたまま動こうとしないランを見下ろす。

 

「勝負あったわね。私達の勝ちよ」

 

 屈辱と憤慨、その二つを秘め、わがままを押し止められた子供のような涙混じりの目でランがシェリーを睨み返す。

 

「話してもらおうかしら、あなた達が何者なのかを」

 

 その相手を射殺さんばかりの目を受け止めながら、シェリーが手を伸ばした時、ランの口唇がすぼまり、突き出される。

 

「!!」

 

 それが、かつて見たBOWの動きと同じだった事を思い出したシェリーが、片手を上げながら後ろに下がろうとする。

 だが、ランの口腔から噴き出された発火体液が、業火となってシェリーの頭部を覆う方が早かった。

 

「シェリー!」

『シェリー隊長!』

 

 絶叫が響く中、業火が晴れてそこから利き腕と引き換えになんとか頭部への直撃を免れたシェリーの姿が現れる。

 

「待てっ!」

「ケツァルコアトル!」

 

 背の羽根を羽ばたかせ、宙へと逃れようとするランをCHが狙ったが、ランの声と同時に通気口を突き抜けて現れた純白の蛇体が矢を阻む。

 

「新手!」

「覚えてろ! 《Azathoth(アザトース)》4エレメンツの力はこんな物じゃないんだから!」

 

 捨て台詞を残し、ランは天井を足からの雷で破ると壁を垂直に這って登るケツァルコアトルを伴って中枢シャフトの空洞部を飛んで去っていく。

 

「逃げられたわね………」

「シェリー、大丈夫なのか!?」

 

 天井の大穴を見るシェリーに、大慌てで智弘が駆け寄る。

 

「油断したわ。しばらく食事の準備は出来そうにないわね……」

「ひどいな………」

「アニー、応急処置を!」

「OK」

 

 右手の肘から先が重度の火傷となっているシェリーの腕からムサシがプロテクターを斬り外し、アニーが止血・治療用の救急ジェルスプレーをくまなく吹き付けていく。

 

「今はこれくらいしか、出来ればすぐにでも戻ってちゃんと治療した方が」

「そうね。とりあえずシステムの復旧を……」

 

 そこで、制御システム・ユニットが突然エラー表示を明滅し始める。

 

「まずい、さっきのでユニットが!」

「ちっ、半分焦げただけでこれかよ!」

 

 智弘が大慌てでコンソールを操作し、システムの現状をチェックしていく。

 

「フロート制御プログラムが損傷した! 下手したらこの島は沈む!」

「え~!!」

「復旧の方法は?」

「ダメだ、残っているシステムもまだ寄生されてて…」

 

 そこで、智弘は焦げた部分から、バイオ・パラサイトコンピュータの触手が遠ざかっていくのに気付いた。

 

「そうか、温度変化に弱いのか! だったら!」

「冷却装置のリミッターを解除して過冷却すれば、寄生は解除される!」

「装置はそっちに! ボクはシステムのバイパスを構築する!」

「お願い!」

 

 シェリーは片手でユニットの一部のカバーを外してそこに並ぶ装置と配管の改造を始める。

 

「なんとかなりそうだな……」

「そうでもない、客人だ!」

 

 CHが叫びながら、入り口から入ろうとしていたゾンビの頭を矢で撃ち抜く。

 

「大変だ、ここの警備システムもやられてる! 残っているゾンビがこっちに向かってきてる!」

「接待が必要みてえだな………」

「いつでもどうぞ」

 

 損傷がさらに酷くなってきている右手の穿牙を正眼に、左手の崩牙をその背に添えるようにムサシは構え、アニーが残弾少ないゲイル&ガストのシリンダーを交換する。

 

「来た!」

 

 CHが放った矢が先頭のゾンビの頭部に突き刺さり、崩れ落ちるそのゾンビの背から新たなゾンビが続々と現れる。

 

「オオオオォォォ!」

「SHOOT!」

 

 ムサシが咆哮と共にゾンビの群れに突っ込み、その背後からアニーが弾丸を撃ち放った。

 

 

 

「はっ!」

 

 レンの手にした練習用の木製朴刀(幅広で湾曲した中国の剣)が、ゾンビの頭を一撃で砕く。

 相手の動きが止まるのも確認せずに、レンはゾンビの蠢く道路を、中枢センターへと向かって走り出した。

 

『報復プログラムは中枢センターの総帥室からのみ制御出来る様になっているわ。止めるなら、そこに向かいなさい』

 

 インファから教えられた事を実行するためと、ドームの監視班が発見した物を確かめるために、レンはひた走る。

 やがて、中枢センターの間近へと迫った所で、レンは足を止めて上を見上げた。

 

「間違いない………」

 

 無機質なビルの上階、ビル中央よりやや上の階の一室から、長い何かがぶら下がっているのをレンは確認する。

 そのぶら下がっている物、中央から縦に真っ二つにされたケツァルコアトルの死体と、その死体に墨文字で描かれた『一騎打所望』の文字をかすかに見たレンは、小さく舌打ち。

 

(いる、あいつが………だが、戦えるか?)

 

 レンは腰に指したままの白咆を握り締める。

 ケツァルコアトルとの戦いで連続しての水中抜刀を使用した白咆は、すでに限界に達しつつあった。

 

(恐らく居合はあと使えて一回。下手したら、それで折れるな………)

 

 ケツァルコアトルの死体の脇から伸びる、長い緊急避難用タラップ(ハシゴ)を見ながら、レンは迫り来る死闘の予感を感じ取っていた。

 意を決して、レンはタラップへと手を伸ばす。

 本来は火災やテロなどの際、危険な階から安全な階へと移動するために考案された緊急用タラップは階事に左右交互に設置されており、風を防ぐためのドーム型の外壁に、安全のために階ごと交互に仕切られたタラップからは上の様子は窺う事は不可能だった。

 それを手早く登っていくレンは、途中の階で血まみれになって事切れた男性の遺体と遭遇する。

 

「ここもか………」

 

 街中、余すとこ無く死者がいる惨状にレンは苦渋を浮かべる。

 

「うう……」

 

 更に上に上がろうとした所で、遺体と思っていた男性がうめく。

 振り向いたレンの目前で、その男性は濁った瞳で腐臭の混じりつつある口を開く。

 無言でレンは小柄を取り出して投じ、ゾンビになっていく男性の額に突き刺す。

 噴出した冷凍ガスが頭部を凍らせ、再びその体が倒れていく。

 

「急がなければ………」

 

 急いでタラップを登っていくレンは、上の方から人の気配がするのに気付いた。

 

(生存者!)

 

 登る速度を速め、レンは上を目指す。

 気配は近付いていくに従って脅えていくのが感じ取ったレンが声をかける。

 

「誰かいるのか!」

「い、いるぞ! 助けてくれ!」

 

 たどたどしい英語での返答に、レンは更に速度を上げて近付く。

 気配のする階まで辿り着いたレンは、そこで上級将校の軍服を来た、痩せた中年男性が震えているのを発見する。

 

「お、お前は何者だ?」

「FBI特異事件捜査科捜査官、レン・水沢。STARSからの協力要請に応じて来た。状況の説明をもらいたい、クァン司令」

「そ、そうだ。私が崑崙島防衛部隊司令、クァン・アンヤンだ」

 

 その男が、この島の軍の最高司令官だという事を資料で見て知っていたレンが、クァン司令に状況を問い質す。

 

「センター内部の状況は?」

「……いきなりだった。白尽くめの男と少女が乱入し、管制室を占拠したかと思うと、全てのシステムが暴走を始めた。部下はほとんど死に、死んだ端からゾンビになっていった………最早、軍人の誇りも投げ捨て、私は死にたくないばかりにこんな所で震えていたのだ………」

「だろうな。その白尽くめの男というのは……」

「白い着物に、日本刀。まるで、あんたを鏡に映した対照みたいな奴だ………知り合いか?」

「まだ分からない。だが、オレはその男と決着をつけなくてはならない。報復システムが動いているのは気付いているか?」

「ああ、私にしか動かせないはずなのに、どうやって………」

「止める方法は?」

「一度動いた以上、システム的には止められない。止めるには、総帥室の起動装置を破壊すればいい。だが、無理だ」

「なぜ?」

「軌道装置はすぐに分かる。設置されている金の龍の彫像だ。だが、チタン複合合金製だ。破壊するにはBコンポ爆薬が2kg以上必要な計算だ」

「Bコンポ2kg(※二次大戦時の1トン爆弾の破壊力に近似)!? ビルごと吹っ飛ぶぞ!」

「本来は、爆撃されても停止しない事を前提にして作られた装置だ。残念だが最早……」

「いい、方法は後で考える。あんたはここにいるか、崑崙ドームに向かってくれ。生存者がいるし、僅かだがワクチンもある」

「……ここにいよう。最悪、この島が無くなる瞬間までは生きられるだろうしな」

 

 絶望に沈んでいるクァン司令にレンは視線も合わせず、上へと続くタラップに手を伸ばすが、ふと手を止めて口を開いた。

 

「一つ言っておく。オレの両親はラクーンシティの生き残りだ」

「!」

「その時、父親は17歳。アンブレラの事もT―ウイルスの事も分からなかったが、最後まで戦って生き延びたそうだ」

「……そうか」

「オレは、そんな父親の事を知りたくてFBI捜査官になった。あんたは軍人で、しかもこの島の司令官だ。みじめに逃げるか、あがいて戦うか……好きな方を選ぶといい。この状況ではどっちでも生存率は左程変わらない」

「そう、だったな。こんな私の指示を待っている人間がいるかもしれない。どうにか指揮が出来る所を探してみよう」

「管制室にSTARSの突入部隊がいるはずだ。安全なルートがあれば行ってみるといい」

「総帥専用の機密通路が有ってね。ここからすぐだ」

「武運を」

「君もな」

 

 二人の男は、それぞれの戦場に向かい始めた。

 レンは更にタラップを登り、ケツァルコアトルの死体の間近まで来るとその断面を凝視した。

 

(……見事だ。刃筋に乱れがまったく無い。だが、刃こぼれしてる個所があるのか?)

 

 断面の微細な乱れを目ざとく見つけたレンは、それを疑問に思いつつも、一気に登る。

 

(いる………奴だ)

 

 たどり着いた階の通路の先から、漂ってくる気配にレンは息を呑んだ。

 その気配に導かれるように慎重に廊下を進む。

 激しい戦闘を物語るように、廊下の壁や床には無数の弾痕が穿たれ、兵士達の物であろう血痕が多量に散らばり、そしてその血痕を辿れば息絶えている兵士の屍が必ず転がっていた。

 それに対し、数は少ないながらもジンが残したのであろう刃創や、何らかの手段で焼かれたのであろう焼け焦げた跡、何らかの高熱で溶けた照明器具やガラスの破片が散っている。

 だが、それをもたらしたであろう者の影はどこにも見えなかった。

 

(大きな陰気が二つ、ジン以外にも何者かが崑崙島に入り込んでいる)

 

 おそらく、シェリー達が遅れているのはもう一人と戦っているからであろうとも、推測が立つ。

 

(他者を足止めしてなお、俺との勝負を望むか)

 

しかし、臆す事なくレンは通路を進み、その先の扉の横に張り付いて様子を窺う。

 

(トラップが仕掛けられている気配は無し。誘ってるな)

 

 レンは腰のセラミック刀に手をかけつつ、ドアを一気に開けて中へと踏み込む。

 

「待ってたよ」

 

 豪奢な飾りが幾つも並ぶ見るからに身分の高い人間がその場にいる事を前提として構築された広い室内の中央、本来そこの主がいるべきイスに、白地の小袖袴を着込んだ中性的な顔立ちの人物が、この街の惨状に似合わない微笑で座っていた。

 

「今回はちょっとハード過ぎたかな? 随分と遅かったけど」

「やはり、お前がこの街の地獄を作り出した張本人か…………」

「他にも幾つか実験はしてるけどね」

「お前には大量殺人及び大量殺人幇助、大量破壊及び危険物不正使用、そして国家転覆の容疑がある。おとなしく…」

「そんな事、言う必要はないって分かってるでしょ?」

 

 イスから立ち上がった相手の白装束が、無数の返り血で染まっているのを見たレンは、宣言を途中で止める。

 

「そう言えば、ちゃんと自己紹介してなかったね。ボクは刃のジン、《Azathoth》4エレメンツの一人さ」

「FBI特異事件捜査科捜査官、レン・水沢」

 

 お互いが名乗りながら、柄に手をかけ、半身を引き、身をやや低くして居合の型を取る。

 そのまま、すり足でお互いの間合いを徐々に詰める。

 両者の間には、まるで空気自体が凝固したかのような緊迫感が張り詰めていた。

 

「いざ」

「参る!」

 

 お互いの間合いが居合の範囲に入ると同時に、二つの刃が同時に鞘走る。

 僅かな差も無く、同時のタイミング、同時の速度で繰り出された刃は、ちょうど両者の中央で激突し、甲高い音を周囲へと迸らせる。

 

「……律儀に、同じ武器か」

「やっぱり、ここで持ち込める武器はこれだけだろうしね」

 

 激突した状態で拮抗している刃は、双方セラミックで構築された物だった、

 だが、ジンの刃は幾つか刃こぼれが生じ、レンの刃は激突の瞬間に不協和音が混ざっていた。

 

「どれくらい持つかな?」

「さあな」

 

 拮抗状態のまま、お互い微動だにしないで相手を見据える。

 見た目の上はジンの刀の方が損傷が酷い。

 だが、レンの白咆はそれ以上にまずい状態だった。

 

(今ので鬆(す=物質内に生じた気泡や空洞の事)が入った………もう持たない!)

 

 レンは右手で白咆を握ったまま、左手を素早く懐へと潜り込ませると、そこから小柄を取り出してジンの顔面へと向けて投じる。

 

「ふ~ん」

 

 至近距離からの投擲にも関わらず、ジンは笑顔のままわずかに顔を横へと傾けて小柄をかわす。

 その結果、力の拮抗が崩れた瞬間、レンは刃を引くと後ろへと跳ぶ。

 そこへ、今度はジンが懐へと左手を潜り込ませ、そこから透明なクリスタルのような細い楔を取り出し、レンの顔面へと向けて投じる。

 

「なるほど」

 

 レンも僅かに顔を傾けてそれをかわすと、距離を取って双方、対峙状態のまま停止する。

 

「やるな」

「そちらこそ。ただ、長く出来そうにないのが残念だね」

 

 たった一度刃を合わせただけで、お互いの剣の技はほとんど互角だと二人は悟っていた。

 

(先に折れた方が、負ける!)

 

 その思考にレンが達した時、ジンが一気に間合いを詰める。

 横薙ぎに振るわれた刃をレンがバックステップでかわすが、ジンは更に間合いを詰めつつ、刃を返して同軌道を逆に薙ぐ。

 

「ちっ!」

 

 とっさにレンは鞘を腰から半ばまで抜いてその斬撃を防ぐと、動きが止まったジンの心臓目掛けて刺突を繰り出す。

 ジンは微笑のまま左腕を心臓の前にかざし、刃は裾に隠れていたジンのプロテクターに阻まれ、異音を立てて止まる。

 再度両者は離れ、その後をジンの砕けた刃のカケラと、未だ鳴っているレンの刃の不協和音が追った。

 

「ふふ……」

「何を笑う?」

 

 怪訝な顔をするレンに、ジンは子供のような無邪気な笑みを返す。

 

「楽しいからだよ。ボクと初めて互角に戦える人とあって」

「そうか、オレは自分と互角に戦える奴を4人は知っている」

「へえ! それはうらやましいな~」

 

 まるで子供がおもちゃの自慢をしているような口調で話すジンに、レンは大上段からの斬撃で答えた。

 前髪数本を斬り飛ばされながら、身を翻して大上段からの斬撃をかわしたジンが、下段からの右切り上げでレンの腰を狙うが、レンは反対側に故意に転ぶ事でそれをかわし、左拳を床へと叩きつけ、その反動で後ろへと転がって素早く起き上がって、構える。

 

「オレと戦いたいなら、いつでも来ればいいはずだ! なぜここまでする必要がある!」

「分かってないね。この状況じゃなきゃダメなんだよ!」

 

 袈裟斬りで襲ってくるジンの刃に、レンは地を這うような体勢からの突撃でかわしつつ、大きく歩を踏み出すと、それを力強く踏みしめながら、真下から一気に斬り上げる。

 必殺の刃は、高速で後ろに下がったジンの衣服の切れ端を僅かに舞わせただけで終わり、強引に動きを止めたジンの直蹴りがレンの腹へと突き刺さる。

 

「ぐふっ!」

 

 強烈な蹴りに胃液が登ってくるのを無理やりこらえ、レンは左手で蹴り足を掴むと、それを捻りつつ手前へと引く。

 吊られてこちらへと近寄ってきたジンの胴体に、レンの右肘が突き刺さった。

 

「がはっ!」

 

 至近でお互いの顔を見た二人は、鋭い視線だけ残して再度離れた。

 

「どうやら、パワーとスピードはボクが上みたいだね」

「だが、経験はオレの方が上だ」

「差し引き、互角かな?」

「さあな、これならば?」

 

 レンは懐から呪符を取り出すと、ジンへと向けて投じる。

 

「オン アビラウンケン! 招鬼顕現!」

「へえ……」

 

 虚空で呪符から三本足の鳥の姿へと変じたレンの式神が、ジンへと襲い掛かるが、ジンは左手を無造作に前へとかざす。

 突然、そこに淡い障壁が生じ、式神はそこに激突すると次々と砕け散った呪符の姿になって床へと散らばっていく。

 

「やはり、能力者か………」

「驚かないんだね、ビックリさせようと思って今まで使わなかったのに」

「お前の剣が光背一刀流なら、使えて当然だ」

「でも、彼は使ってなかったけど?」

 

 それが父親の事を言っているのにレンが思い当たると同時に、レンの脳内に疑問が生じる。

 

「……知らないのか?」

「何を?」

「ならば、確かめる!」

 

 レンは左手で鞘を抜くと、鍔元近くにあったスイッチをスライドさせ、鞘を振るう。

 二重構造になっていた鞘は、それで倍の長さへと伸び、更にそれを手の中で反転させたレンは、刀の柄に有ったスイッチを押し込み、柄尻から出てきた金具を、鞘の先端にあったスリットに入れると、再度スイッチを押して完全に固定。

 すると、刀は変異的な〈槍〉へとその姿を変貌させていた。

 

「へえ、そんな仕掛けがあったんだ」

「参る!」

 

 両手でその槍を構えたレンは、刀の時よりも鋭い刺突を連続で繰り出す。

 左右のステップでその刺突をかわすジンが、反撃に転じようとした時、レンは槍を大きく横へと薙ぎ払う。

 

「その程度?」

 

 刀よりも威力は高いが、その分隙も大きい横薙ぎをかわしたジンの前に、横薙ぎの勢いで回転してきた槍の石突(柄の末端部分)に当たる部分の鞘が襲ってくる。

 

「!?」

 

 回転は止まらず、刃の横薙ぎと石突の横打撃が連続してジンへと襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 幾筋かの鮮血が宙を舞う中、ジンは大きく後ろに跳んでその嵐から抜け出す。

 

「光背一振流(いっしんりゅう)、《光嵐旋(こうらんせん)》」

 

 回転を止めたレンは、槍を構えたまま、ジンの状態をつぶさに観察しながら、技の名前を呟く。

 

「光背……一振流?」

「どうやら、これも知らないらしいな」

 

 疑問を確信へと変えつつ、レンはすり足で体勢を整え、構えをゆっくりと変えていく。

 

「調べさせてもらうぞ、お前の知っている事と知らない事をな!」

「そう上手くいくかな?」

 

 黒の刃と白の刃、双方が同時に繰り出された…………

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。