木の葉の寧日。 作:ふま
「おおお・・・!凄いぞ!桜守でも治せなんだのに・・・・!」
「それだけではない、見よあの蕾を。弾けんばかりに膨らんでおるではないか!」
大名らの感歎の声に俺はつい口を緩めてしまい、慌てて千本を吊り上げた。
モノクロだった樹が、さぁッと緩い風の吹いた後、薄っすら桃色に色づいたからだ。
午前中の肌寒さが取れた時間帯、木漏れ日が眩しさを増してくる中、鳥の移動する影が見える。
その下、大きな枝垂れ桜の樹がある、大名屋敷のだだっ広い中庭に俺達は居た。
(一体____何を語り合っていたんだろうな。)
大名らは驚きの声を口々に上げ続けるが、まだ彼女は大木に触れたまま上を見上げている。
桃の樹の精を呼んだ時もそうだったが___こんな時の彼女はまるで聖母の様だ。
兎に角、お役目は上手く果たせたらしい。後は綱手様の仰る通り、此処には「長居させぬ」事だ。
「八香とやら、でかしたぞ! 褒美を取らせようではないか、何か望みはないかえ?」
彼女は枝垂れ桜の下から、そっと離れると目を伏せた。
「いえ___ただ、お願いが御座います。」
「なんじゃ? 申してみよ。」
俺は彼女に失言がないよう、常に見張っておかなければならない。
躊躇う間を置いて彼女がまた、大樹を見上げた。
「お神酒を・・・振る舞ってやって頂きたい。大名様達が、花見をするお席で構いませぬ故。」
「・・・お神酒とな?」
「左様に御座います___さすれば来年もまた元気に咲いてくれると申して」
「ゲフンゲフン!」
「申して___?」
あああ。俺は間髪入れず咳払いをする。俺に振り返り、首を傾げる大名から目を逸らしつつ。
「もぅ・・・・も、盲信しております。」
そんな俺に気がつき、適当に誤魔化した八香も自身の言い草に少々顔を赤らめている。
面の様な美しい顔がその様になるとは意外だったのか・・・大名はキョトンとした後。
「ホホ!面白い女子じゃ!構わぬ!遠慮せず、褒美を受け取るが良いぞ!これ、ゲンマ。」
「はッ。」
「この者に褒美を受け取らせ、持ち帰らせる様にの・・・!」
「___必ずや。」
頭を下げながら思う。大名からの依頼があった時__綱手様はやんわり断りたかったのだと。
というのも、今回やっと”枝垂れ桜の病気”を理由に彼らは八香を呼び寄せる事に成功した訳だ。
『ヒルゼンが保護し、亡命させた自の国の元・巫女を一度、目通しさせよ』
『お言葉ながら、まだ年端もゆかぬ少女___土地に馴染むまでもう少々お時間を___』
嘘も方便___
邪気に気付いておられた綱手様の配慮であった。大名は気に入った女をすぐ妾にしたがるから。
出入りする薬商達から”南の魔女”と云われてた美少女で、自然を司る民の末裔だと聞いたせだろう。八香を連れて入って来た時、彼らの目の輝き方を見れば五代目の読みは正しかったと思えた。
『南から来たのに、透ける様に色白よのう。それを引き立たせる、あの瞳の色・・・他に無い。』
『ああ誠、___噂以上に可憐で・・・美しいのぅ・・・・。』
可憐ってなに?俺は眉を波打たせて思う。
確か、3代目が亡命の話を相談した筈であったが__
それをもすっかり忘れさせる、”可憐”に見える魔物という訳だ。
どうやら薬商達は彼女の見た目の所だけしか知らないらしい。まぁそれも幸いだ。
「他里の薬商らから”南の魔女”とまで言わせてんだ・・・ちょっとは自重しとけ。」
「そう知って呼んだのであろ・・・?何故、樹と話した事がいけない?」
「万が一の事だ。この先、何か厄介な事が起こったとして___お前のせいだと吹き込む奴らが出てこないとも限らない。つまりは”魔女狩り”なんて事態を避ける為・・・綱手様の配慮さ。」
「そんな気遣いを・・・・・。」
「あぁ・・・だからお前もちょっと抑えてくれないとな・・・・。」
過去の肩書きを捨てたがっている彼女を知っているだけに___勝手な事は言いたくない。
此方の都合でその力を借りているのに、きつく云えるものではないが・・・彼女の為だ。
余所者のイメージを払拭し、無くてはならない存在に仕立て上げ・・・この地に根付かせる事。
そして八香自身にもいつか、俺達の期待に応える様な___自覚が芽生える事を期待している。
「確かに前世は流浪の民・・・そう云われれば、己のタチも納得も行く。だが彼の地に必要とされるのであればヒルゼン様の願った通り___もう、根を下ろす覚悟に御座いますよ。」
「_____」
思わず眉間に皺が寄る・・・・・・感がいい事、この上ない。
カカシさん、浮気だけはしちゃならねェ・・・;!
「妙・・・?」
「ええ___天の国から戻って以来、目もくれない者からも時折、声が聞こえて参ります。」
その帰り道、私はゲンマに密かな悩みを漏らしていた。
前世の巫女であったハルオリを一度、この体に憑依させたのが原因かと思われる。
そして木の葉の里もあと少しという所、小さな寺の近くを通った時であった。
「それ・・・・またで御座いますよ;」
その”声”にウンザリし溜息が漏れた。
前方に見える池の辺、一本の大木に縄を掛け数人が引っ張り倒そうとしていた。
その傍を通らなければならぬとは___あまり関わりたくは無いが。
「____供養が先ぞ・・・、でなければ怪我人が出る。」
「 「 「えッ!?」 」 」
男達が一瞬手を止めたのに目も合わさず、そう呟いてただ通り過ぎた。
ゲンマはチラリと後ろを見たが、直ぐに歩を合わせて隣に着いている。
「まだ、あそこで待っているらしい。首を括ったと云うに、死んだ事に気付いておらぬ。」
「オイオイオイ! そんなモンまで見えンのか? 」
「”この樹が無くなれば何処で待てと云うのだ?貴様ら全員、祟ってやるから覚えとけ!
この《PI-!》んカス野郎どもめが!!お前らアレだ、全員ハゲさせてやっから!ズルムケな!”
・・・と、そう云って男達の傍、女が喚き散らしておったのが見えた。」
「ピー音入ってんじゃねぇか;ガラの悪い地縛霊だぜ。というか、下品なとこは割愛しろ!」
身震いした後、彼は急いで私の手を引き出すのだ。
そう、確かに我々には関係ないのだが。
「わぁ~w イチゴ大福じゃありませんか!」
「あと、米が届くそうだ。」
「直ぐにお茶入れましょ。ともあれ、お疲れ様で御座いました。」
どちらかと言えば、道中の方が疲れる;
ゲンマが報告の為に戻った後、持ち帰った桐箱に入った沢山の大福を見て紫紺は大喜びだ。
「大ケガするのとハゲるのと・・・どちらがマシであろうな・・・。」
「ハ?」
「紫紺、お前ならどちらを選ぶ?」
「そりゃ、大怪我かも___てか、何があったのです;」
甘いものに目が無い雪羽を膝に乗せ、お手拭で手を拭いてやりながら私は事情を話す。
「___成る程、ではハルオリ様の霊力がそのまま残ったと云う事ですか?」
「としか、考えられぬ・・・。あれ以来の事だからな。気の毒だが私は必要以上、その畑に首を突っ込みたくはない___今やただの鍼医者だ、カカシ殿もそれを望んでおられるだろう。」
テーブル席にお茶と急須を運んできた紫紺は渋い顔をして見せた。
湯のみに注がれる茶の湯気を、片ほお杖を着いて私は眺めている。
「う~ん・・・果たしてそうでしょうかねェ。」
「____?」
「はたけ殿はただ、御頭様に穏やかに過ごして欲しいだけでは?・・・さ、頂きましょ。」
「・・・・・・・・。」
「戴きまーす! んむッ・・・・・・何とも甘もぅございますなぁ~~~。」
待ちきれなかった雪羽がそれを手に頬張れば、ウットリとその甘さを噛み締めていた。
思えば___彼は、冬の化生であるこの雪羽をヒトの子の様に可愛がってくれている。
「だいたい、もしそう思っておいでなら火影様の頼みなど彼が断るでしょうに。」
「むぅ____」
そう云われれば、そうかも・・・しれないが。
任務を終えて戻って来た俺は、彼女んちの外灯を見上げる。て、事はまだ紫紺が居るはず。
呼び鈴を押せばやはり格子戸の向こうから現れ、俺を招き入れてくれる。
「はたけ殿、お勤めご苦労様です。まぁまぁ・・・ゆっくりお風呂など。」
「_____え、こんな時間にまさか・・・彼女、居ないの?往診か何か?」
「アレッ、なんで解りました?」
「いや、その”お風呂に行け”という、ソフトな強引さかな・・・・・!?」
背中を押されつつ、中に入ったものの___不安が胸を過ぎる。
「そうか____それでな・・・・。」
「・・・・・ではあの、工事人達は___」
「あぁ。お前の意見を無視した訳ではないんだが、住職の弔いが全く利かなかった様でな。」
私はその夜、綱手様から呼び出されてあの樹に関わった者らの顛末を聞かされていた所だった。
何でも住職が経を唱えた後、安心して撤去作業にまた取り掛かったあの者達が____
「樹の根が揺るいだ途端・・・全員の髪がズルムケたそうだ・・・;;」
「残酷ですな。」
「ああ。それこそ、全員が半狂乱だったそうだ; そこでだ。もし___」
「・・・・・承知致しました。今すぐ参りましょう;」
「済まんな・・・・・・!」
怒り狂った地縛霊が本気になっている。さすれば間違って他にも被害が出そうだ。
許可を得て、例の池の樹の所まで単身で向かう。
女は怒りを放出しすぎて疲れたか、半透明な肩を落として溜息を着いている所であった。
『男とは___勝手で、嘘つきに御座いますよ・・・。』
気配を察したか、そう背中越しに話し掛けてくる。
思わずその隣に腰かけ、同じ様に溜息をついた。
「そうだな___だが、中には優しい嘘しか吐けぬ者もいる・・・・。」
『え・・・・。』
「男とは、案外小心者なのだよ。お主を傷つけない為かも知れなんだ。
感じる所___相手の男ももう、天に召された様だ。恐らくは、病死だろうかな。」
『・・・ぁ、まさか・・・!やはり、あの酷い咳は・・・。』
「思い当たるのか・・・労咳だったかも知れぬな。」
女は大層、泣き崩れた。男が隠していた事実と、自分の愚行を思い出したか・・・。
身につまされる想いが私にはあった。
「死に方は選べただろう・・・だが、もはや同じ所へは行けぬ。お主は成仏して__
来世を待つ事だ。縁があれば___その男ともまた、必ずや会えるだろうて・・・。」
不思議だが、この女はまだ幸せであると思えた。
待ち合わせ場所であった其処で___ずっと、待ち続けた事を。
「せめて、私からの念仏を___」
そう云って、お経を唱え始めてやれば女は安堵の笑みを浮かべ元の優しい顔に戻っていく。
『有難や___・・・これで此処から離れられる・・・。』
女の姿がサラリと砂が散る様に消えて行く。
切なかった___嘗ての自分も、こうなったのではないかと___最初からそう感じていたのだ。
だから、関わりたくなかったのだと・・・・。
「・・・・・・南無。」
女の残情が消えた後、目を瞑り・・・片手に掌を立て独り呟いた。
何故だろうな。涙腺とやらが震える。また月を見上げた。
「________!」
気配の消し方は・・・私以上。後ろを取られ___前に回る腕に思わず絶句した。
あの時とは違う、首には食い込まない、優しい巻き込み・・・。
”八香____急ぐな、頼む・・・!”
貴方様の優しさが、私を生かした___
「心配したよ____俺は霊とは戦えないしさ・・・?」
「____大丈夫・・・たった今、成仏して下さった・・・。」
「ねぇ・・・。俺は今、君を___幸せに出来ているのかな・・・。」
あぁ___どうやら、どの部分か聞かれていたらしいと察した。
カカシ殿も同じ事を思い出したのかもしれない・・・。
「こうして、心配して下さるだけで十分に御座いますよ?」
だってまさか___予定よりこんなに早く、戻って来られるとは思いもしなかったのだから。
オマケに心配して、迎えに来てくれるなんて。
「堕ちるのが恐ろしいくらい____幸せで御座います・・・・。」
「・・・・・!」
そう云えばまたカカシ殿が抱く力は強くなり・・・腕の中、私は和らいだ気持ちになる。
言葉とは、なんと不安定で___それでいて助けられる物かと思い知る。
「堕とさないよ・・・絶対に。」
顎に回った手が、上を向けさせ___塞ぐ。
絡まる、柔らかな愛情にまた・・・心を溶かされる夜。
[終]