木の葉の寧日。   作:ふま

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あのひと。(上)

 

 

 

入梅も近づく頃だと言うのに、今朝はまるで秋の初めの様な涼風が裏庭を吹き抜けていた。

体感的にはとても過ごし易く、燕がこの天気を保障するかの高さに跳んでいた。

この洗濯日和りに恵まれ、私、紫紺はシーツやタオルケットを干している所であった。

 

「紫紺様、これで最後で御座いまするよ?」

「おお、さすが雪羽が居てくれると早いなぁ~。いやぁ~、ホント助かりましたよ。」

 

自分の体より大きなタライを両手に抱える幼女にそう言えば、尖がり気味だった口元が緩んだ。

そう、さっきまでツマラなさそうにちょっとスネていたのだ。

 

『___アジサイ市? なんでしょう、何だか美味しそうな予感のするその名は!?』

 

人間の子の様に感情が豊かな冬の化生の子・雪羽は御頭・・・いえ、八香様の式なのだが、

「その姿のまま出歩いてはいかん。解けては大変」と脅されてお留守番を言い付かった訳で。

まったくアノ人ときたら、私が後ろでしかめっ面をして首を振っていなければ嘘も付かず

強請られるままに雪羽を一緒に連れて行こうとなさるのだから困ったもんですよ。

 

(解ってますか?______八香様・・・アナタ、これからデートなんですよ!?)

 

万が一、連れて行ってもはたけ殿は怒りもしないでしょうが・・・しかし。

せっかく薄桃色の紅を差して、紺色の芍薬柄の素敵な浴衣を着込んだのに、です。

二人して雪羽の世話ばかり見なきゃならんハメになるでしょうが!

それにですよ___縁日でキャッキャされて親子と間違われた日にゃアナタ・・・。

 

(はたけ殿が、民衆の白い目の矢の雨あられにブッ刺されますって・・・;)

 

コーデ担当した私が云うのもナンですが、今日の八香様ったら

和装に合わせて髪をアップにしたものの、まだ未成年なのにお色気が発ってしまって。

パッと見ね? アノ人と、雪羽を連れてる男性を見たならば・・・

まともに足し算、引き算ができるならば___世の人は大抵こう思う筈。

 

『どうやって騙くらかしやがったぁあああ!』

『貴様ァアアアア! 親の同意はあったんだろうなァ!?』

 

とかってね・・・!

と言うのもコレ身内びいき目で云う訳じゃないんですが___お綺麗になられた。

鍼師としての腕も然ることながら、本業も満員御礼だし、朝定は大人をお断りしてる始末。

ご本人は地味にやっているツモリがなぜかしら評判になってしまっている。

 

(恋の力ってヤツですかねェ・・・・・。)

 

嘗ては”マタギ姫”と猟師から嫌われ、前線では”静御前”と恐れられた野生児のアノ人がですよ。

今では影で”ロリ美しい”とまで云われて、まるで人寄せパンダの様・・・世も末ですな。

何だか褒めてるのか貶しているのか解らなくなってきましたが、私は今の御頭様が好きです。

昔の酷い時代、いつも凍る様な空気を纏わせていたあの頃よりもずっと良いじゃありませんか。

 

「そうだ、雪羽。あとでお茶にしましょう。冷蔵庫に塩豆大福が買ってありますから。」

「し、塩豆大福ですと!?」

「天気もいいし、縁側で頂きましょうか。」

「あいっ!では私が用意をば!」

 

そう云うと雪羽は跳んで中へ戻っていった。お昼前だというに、私も甘い。

しかし放っておいたらその内その辺の小枝で「のの字のの字」と書き兼ねないしねぇ;

ま、そんなんで機嫌が直るなら安いモンです・・・_____ん

 

(殺気までとはいかないが・・・。)

 

私の気持ちは一転し、様子を変えない様、後ろ腰にそっと手を忍ばしてる。

”それ”は明らかにこの家の誰の気配でもなく、妙な気を散らして近づいて来ていた。

 

「_________!」

 

バッ!と干してた途中のシーツを翻させ、一気に横に避けながら大針を投げ放つ。

キン!キン!キキン! 土の上に落ちたそれを拾い上げた男がニヤリと笑った。

独特の形をする、手入れの行き届いたクナイはこの土地の忍が使う物とは異なる。

 

「平和ボケしたんじゃねぇのか? 後1秒遅れてたらお前の首を拾う事になってた。」

 

(これはまた微妙な感情を持った男が現れたものだ。結界見直しだな;)

 

「大物をまた洗うのは御免ですから_____何故、アナタが此処に?」

「俺しか空いてなかったもんでね。これを届けに来た。お急ぎなんだろ? あの人は。」

 

”兎”の名を持たない”裏方”の特異な存在であった私こと紫紺、そしてもう1人・・・。

”兎”の名を持ちながら別枠で活動していた男___

砂色の髪をしており、相変わらず鬱陶しい前髪で目が隠れている。

口を開けば皮肉しか言わない様な男が持参したのは、八香様が取り寄せた自の国のハーブだ。

いくら手が足りないからといって大よそこんなお使いを請け負う男ではない。

 

「零兎《レイト》さんも素直じゃないですな、____気になってたんじゃ?」

「馬鹿云え。コキ使われる事も無くなって、こっちはセイセイしてらぁ。」

「なァ~んだ、でしたら何も八香様の留守を狙って来なくても・・・。」

「オーイ、聞く耳持てや! お前、ほんッと、相変わらずだな!!」

 

両手をワナワナしながらそう云ってる辺り、どうせ図星なんですよ___あれ?

バサ。と彼の身から落ちたものを彼より素早くサ!と奪い取る。

小さな袋に詰まった、いくつかの銀色の缶・・・これはあの人の愛用品だと気付く。

零兎の顔を見直した私の、ポカンとしてる表情に耐えかねたか舌打ちを鳴らすのだ。

 

「チッ…、一緒にあの人に渡しといてくれ。俺からだって云うなよ。絶対な!」

「フフ、実にいいタイミングだなぁw まるで切らす頃合いを数えている様・・・。」

「そんな訳あるかよ・・・、じゃー頼んだぜ。」

 

ぷいと踵を返し、珍種ツンデレは姿を消した。

そこへお茶の用意をして来た雪羽が、消えた男の後をキョロキョロして探していた。

 

「今のオジサンは誰で御座います?」

「オジ・・・お兄さんだね、まだ; 自の国の裏方の衆__新生・御頭様かな。」

 

 一兎が抜けた穴を結局は掟を変えて彼が就任したと聞いている。

私より二つ上だけど、一応は後輩にあたる。と言うのも途中参入だから。

そう___八香様が拾って来た、どこぞの馬の骨というか、落ち武者ならぬ忍だった男。

だがそれ故、受けた恩を___体を張って返した忠義者でもある・・・。

それにしても長居しなくて良かった。現状を知れば多少ショックを受けるだろうし。

いや・・・このまま去ったとも思えないな。

 

 

 

 

 

 

 

何の朝市だか、いつの間にか縁日の様な賑わいの通りに出てて来ていた。

スイカ売りやら、扇子売り、金魚すくいまでやっており若い男女や子供が涼しげな浴衣姿で辺りを

闊歩している。まるで夏の準備の為の市だな。

色とりどりの紫陽花が綺麗に並べられていて大人達は真剣に物色していた。

忍大国であるこの土地の、ひと時の平和の図か。

俺の故郷は小国だったんでこんな余裕すらなかったな・・・。

 

「__________!」

 

目の前を藤色の浴衣を着た女が通り過ぎて行く。

ふと甦る、あの桟橋で振り向いた、同じ色のアオザイを着た女を。

 

(俺はいい____アンタはどうだ・・・。)

 

少しは・・・楽になれたのかい? 

大体の事は一兎から聞いちゃいるが、ソコんとこが気になってねぇ。

俺が戻って来た時、既に右京は暗殺済みで丁度アンタと上手い具合に入れ違いになった訳だ。

罰だったとは言え、長期に渡る他国での任務から解放されたのもそういうコトだろ。

 

”ハナから死ぬ覚悟の者など用無しじゃ___頭も使わんと、無茶ばかりする”

 

アンタは常々俺にそう云ってきた、もっと生きる事に執着せよと・・・な。

どうせ御館様にもそう云って俺を外させたに違いなかった。

まぁ・・・もう終わった事を蒸し返す気はねぇさ。

俺はアンタが今、穏やかに過ごせてるかどうか、それだけ知れれば良かったんだ。

けして、アンタを一目見ておきたいとか____

 

「ひぃいい・・・・!」

「・・・・?」

 

その時だ。ついさっき俺にあの人を思い出させた女が悲鳴をあげたんだ。

風鈴売りのオヤジが通りにドサリと投げ飛ばされてきた___誰だ?

 

「随分と此処の人間はノンキなもんだ・・・・!」

「ふん・・・! クソ面白くもねぇ・・・・。」

 

そう云って姿を現した二人組は山賊の様ないでたちをした___忍?

御国訛りがこの土地の者では無い事があからさまに解る。

現在地は隠れ里の外、まだ警戒網が緩い所を侵入してきたって訳だ。

 

「やめて!放して!」

 

一般人であるさっきの女を羽交い絞めに、辺りを見回してやがる。

もう1人、女を調達するツモリだ・・・・。

此処で一切、モメごとを起しちゃならねぇ_________

 

「あぁ、飽きたら放してやるよぅ? グヘヘ・・・うべッッ!!」

 

お前が悪いんだぜ・・・俺に、嫌な事を思い出させやがって。

やれやれ、御館様が心配する通りだ。軽い”キレ癖”が出ちまったよ。

気が着いたら俺は相手の左目を潰していた___

アンタの教えた、大針の投げ技で・・・まるでアンタの仇を取ってるみたいだ。

馬鹿だろ?結局の所、俺だけが不完全燃焼になっちまってるんだろうな。

 

「逃げろ・・・・!」

 

手が離れた女は後ろへと逃げられたのにまだオロオロして見てやがる。

商人達が慌てて女の手を引き、やっと撤退して行った。

相方の目に刺さった大針を抜いて布を手渡すと大柄の方の男がニヤリと笑う。

 

「貴様もこの土地のモンじゃねぇな。余計な事をしでかしたもんだ・・・!」

「・・・一緒にすんなよ?俺ァ、ヨソの畑で悪さはしねェ。礼儀を弁えな・・・!」

「後悔しねェといいがなぁ・・・・!?ふんッ・・・・!」

 

気張って投げたハズのクナイの時速の遅いこと___もはや武器でもなんでもない。

自の国の曲芸師でももっと速く投げんぜ?そう呆れながら俺は襲い掛かるガタイの良いヤツから

身を反らし、手首を取って勢いのまま弧を描く様にブンと振り投げた。

まして手負いの小さい方なんかは回転した蹴りで首根を打ち付けといた。

 

「体術もなってねェなァ・・・あんたら本当に忍で食ってンの?___!?」

 

あと一瞬、気付くのが遅けりゃ俺は火柱の噴水に突き上げられてお陀仏だったはず。

地鳴りがしたんで跳ね退いた途端、ゴオオオオ!!と地面からマグマみたいな火柱が現れたんだ。

 

「オイオイ・・・俺んとこの下っ端とナニ遊んでくれてんだ・・・・?」

「仲間・・・つか、ボスのお出ましかよ・・・。」

 

コイツは不味い。5人も増えたじゃね~か;

ナニ自由行動してくれちゃってンの!てっきりお二人様だと思うだろ~が!

 

「あ~アレだ。一つ聞いておこうか。」

「・・・なんだ。」

「”バナナはオヤツに入りますかー?”ってな・・・・・!」

「!?」

 

煙玉を叩きつけ、此処は退散することにした。

こんな大技を使われちゃ、大事になりかねない。

チンピラを片付けるのとは訳が違う・・・そう思いながら森を抜ける。

せめてやり合うにしても、火の国のこの領土から出ねェとな・・・!

 

「く____来やがった・・・!」

 

追尾されている、木の上を移動している俺の背中に向かってくる火の玉・・・!

 

「水遁___繭玉・・・!」

下に川が見えたので咄嗟に防御の印を結ぶ。直にくらうより幾分マシだろう。

ブシュゥウウウ!!!と音を立て、俺を包んだ水玉は飛び散って行く。

 

「チ____・・・・・・!?」

 

無傷では済まないと思ってはいたが、背に高熱を感じ転落する寸前だったその時。

まっ逆さまに落ちる最中、俺は龍を見たんだ____炎を喰う、巨大な。

 

「・・・・・・!?」

 

その次、俺の体は硬い、何かにぶつかった。

地面に堕ちたのではないらしい・・・寧ろ、浮いた感覚を覚えた。

 

「良い判断だ」

「・・・・・・・・・?」

 

俺はその声が、何をそう言っているのか解らないでいたんだ。

 

 

 

 

 

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