予想通り夜になってしまったが『テドン』はとても穏やかな村だった。
だが親父の友はというと牢屋の中でまた『魔法の鍵』では開かない。
なんだか隊長のせいで『魔法のカギ』が全く使われないまま役目を終えてしまった感がある。
「……犯罪の匂いがするから、ここは私と少年に任せて船でゆっくりしてくれ。朝には……戻る」
隊長は皆を船に返した。
流石に牢屋を蹴り破るとなると犯罪と認識するのか。
そう茶化そうかと思ったが、どこか寂しげな表情していた隊長に冗談を言えなかった。
皆も何か感じるものがあったのか、「ここはアルスに任せよう」とティナが先導して、皆隊長のことを心配しながらも先に船に戻って行く。
「隊長」
「ああ」
隊長はいつも通り扉を蹴り破ってくれた。
そんな隊長を見ても驚かずに囚人は落ち着いた声でこう言った。
「ずっと待っていたよ」
ただ一言そう言った後、しばらくの間をおいてから『グリーンオーブ』を俺に渡した。
「あんた、何の罪でここに?」
「そうだな。僕は大切なものを何も守れなかった。だからここで反省してるんだ。だから別に捕まってるわけでもないし、出る気も無いよ」
囚人はそう言って穏やかに笑ってみせた。
反省部屋と言ったところだろうか。
何にせよ目的の『グリーンオーブ』は手に入った。
「待ってくれ」
でも帰ろうとしたら隊長に呼び止められた。
「もう少しだけ……0時までで構わない。ここにいさせてくれ」
『テドン』に向かうことを決めた時から隊長の様子はおかしかった。
隊長はこの囚人と知り合いなのか、今にも泣きだしそうなくらい悲しそうな顔をしている。
こんな顔をされたら断れる筈が無い。
しばらくそっとしておいてあげよう。
かといって隊長一人だけ残して船や『アリアハン』に帰るのは気が引ける。
ティナや他の皆にも隊長のことを頼まれているのだ。
隊長が少し落ち着くまでしばらく『テドン』を散歩するとしよう。
だけど『テドン』を一通り見て周っても隊長はその場から動いた様子はなく、無言のままただ牢獄を見つめている。
事情を聞くべきなのだろうか。
もう少し様子を見てまだ動く様子がなければ聞いてみよう。
時間つぶしの意味合いもあるが、なによりも自分の気持ちを落ち着かせる為に、村の入り口でギターを弾く。
穏やかな村に似合う穏やかな曲を自然に弾くことができた。
「こんばんは。旅人さん。良い音色ね」
知らない女性が俺の目の前に立っていた。
隊長によく似た綺麗な人だ。
「ああ、こんばんはだ」
胸は割りと大きい。
「どこを見てるのかな?」
「胸」
隊長に似すぎていたせいか、つい即答してしまった。
失礼なことを言ってしまったが女性はくすくすと笑い出す。
「なんだかオルテガさんみたいな人ね。オルテガさんの弟?」
「いや、息子だ」
「大きい子供ね。まあオルテガさんならありかな」
「どういう意味だよ」
「早くから女の子に手を出しそうって意味よ。君も大人になればきっとカッコいいよ。うん、私が保証する」
女性は優しく微笑み空を見上げる。
俺もつられて見上げると綺麗な星空が広がっていた。
「旅人さんは良いな、自由に旅ができて。私ね、鳥に生まれたかった。鳥に生まれてこの空を自由に飛びまわりたかった。だからちょっと旅人って羨ましいかな」
「鳥目だと星空が見えないぞ」
「わ、くどき文句も一緒だ。それに加えて「それに鳥だったら美しい君と甘い恋ができないだろ」って付け加えたらまんまオルテガさんだ」
親父、母さんいるのに何やってたんだあんたは。
「でもね、ずいぶん昔のことだし、元気付けるために言ってくれた言葉だから、多分本人は忘れてるかな」
だってオルテガさんだもん、そう苦笑していた。
「この村って『バラモスの城』に近いでしょ? だから明日、皆と『ロマリア』に避難するの」
違和感があった。
どこかで聞いた話だった。
でも考えたくなかった。
「せっかくオルテガさんが来てくれるのに入れ違いになって会えないんだよね。だけど息子さんに会えたから良しとしますか」
俺の親父がまだ『ロマリア』に居ることになっている。
「それじゃあ私は妹を探してるからここで失礼するね。今日はありがとう」
女性は元気に手を振って別れの挨拶をした。
ここは『ムオルの村』と同じで時間が狂っている。
俺が思った通りここがもしも聞き覚えのある話が出て来た村だとしたら。
「ああ、私の……故郷だ」
いつの間にか隊長が戻ってきていた。
そして俺の表情から返す言葉を当てた。
隊長の故郷は親父が到着する寸前に『バラモス』によって滅ぼされた。
「あの日の前夜だけが毎日繰り返されている。朝になったらまた廃墟だ」
悲しい表情で語らないでほしい。
「いつからこんな事になったかは知らないが、3年前にはこうだった。もちろん村人を連れ出そうとしたさ。家族を、友達を、みんなをっ。だがここを離れた瞬間に光になって消えてしまった。分かるか。私はそこに存在しているのに守れないんだ。私は成長してしまうから夜だけ昔に戻ることもできないんだ! 私は!」
いつも冷静な隊長が取り乱している。
救えない事に苦しんでいる。
きっと救ってもらいたいのは隊長自身の筈なのに、救われない過去の幻影に苦しんでいる。
隊長は自分のコートの胸元を強く両手で握りしめながら泣いていた。
親父は救えてないじゃないか、ここの唯一生き残った少女を。
こんなにも苦しんでるではないか。
これも、俺に押し付けるのか。
「救ってやるさ。一人でも多く、この村の人間を」
マリアという少女はここに縛られている。
それにあの囚人も縛られている。
どちらも親父が遣り残したことだ。
だから俺がやる。
親父の尻拭いなんかじゃない。
親父を超える為にやる訳でもない。
大切な仲間の涙を拭う為にやらなくちゃいけないんだ。
今の時間は3時過ぎ。
朝日が昇ってこの街の時間が元に戻るまでが勝負だ。
「あの囚人……マリアの親父か?」
「っ……」
何も答えないからそういうことだろう。
時間を置いたら多分隊長は落ち着いて、俺と一緒にはもう二度とこの村には来ない。
そうなったらマリアはこの村に縛られたままだ。
あの囚人だってあのままだ。
そんなの許さない。
俺は結末なんかにはさせない。
「マリアの親父に会いに行くぞ」
「……嫌だ。どうせおせっかいを焼くつもりだろ。無駄なんだ。何もかも試した。あいつは……お父さんはこの村を救えなくって悔やんでる。成長した私を娘だなんて思わない」
「なら認めさせるだけだ」
どうやったら救えるかなんて考えていない。
だけどまずは二人を会わす事からだ。
マリアの父親だけおそらくこの無限に続く平和の夜から少し外れた人物だ。
そうでなければ村を守れなかった罪に苦しむことは無い。
マリアの手を強引に引いて行く。
抵抗する気力は無いらしい。
「まだ居たのかい。この村の仕組みは気付いただろ?」
「あんたを救いに来た」
その言葉で一瞬マリアの父親の口がどもる。
「僕はこの村を」
「ああ、救えなかった。だけどあんたは一人だけ守れたんだよ。あんたの娘を、マリアを俺の親父が到着するまで守りきったんだ」
俺は弱音をさえぎった。
「マリアは運がよかっただけだと言っていたけど、運だけで生き残れる訳がない。毒で動けなくなった娘を、父親が、母親が、そして姉が守った時間があったからこそ間に合ったんだ。あんたは途中で気付いた。この村は滅びるって気付いてしまったんだ。違うか?」
言い返してこない。
本当にこいつらはどうしようもなく親子だ。
「だから必死で守ったんだろ。幼い娘一人を必死で守った。俺は親ってそういうものだって信じてる。家族ってそういうものだと信じてる。仲間ってそういうもんだろ。あんた達親子は、いや、
ほとんどは俺の空想に過ぎない。
でもマリアから話を聞いて、皆仲の良い村だって聞いていた。
隊長は俺の言葉から耳をそむけて塞いでいる。
皆の命の代わりに生きていると知って悲しんでいる。
苦しんでいる。
だから。
「だから認めちゃダメだろ。喜んであげなちゃダメだろ。娘が生きていたことを! あんたの罪は村を守れなかったことでも村よりも娘を選んだことでもない。認めずに、マリアを十字架に貼り付けたことだ!」
時間が経つのが早い。まだ言い足りない。時間が足りない。
それでも俺は言葉が足りなくっても良いから叫んでいた。
「子供の幸せを祈るのが親ってもんじゃないのかバカやろう!」
俺はマリアに酷い事をしている自覚はある。
身勝手なおせっかいで傷つけていることも理解している。
だけど救いたいんだ。これは俺の、ただのわがままだ。
「本当に父親そっくりだね。子供の幸せを祈るのが親だってオルテガは僕の亡骸に『グリーンオーブ』を置いていったんだ」
マリアの父親は穏やかに笑うと牢屋から外に出てマリアの前に立った。
「ごめんなさい……私……弱くて……あの時役に立てなくてっ……」
マリアは幼い子供のように泣いている。
ボロボロと大粒の涙をこぼし、顔をくしゃくしゃにして、何も出来なかった幼い自分を謝る。
「おおきく、なったね。マリア」
そんなマリアを優しく抱きしめた。
どうかこの日だけ太陽が遅く昇ってもらいたい。
時間が無い。マリアはまだ縛られたままだ。
「マリアのせいじゃないさ。僕達は僕達の意思でマリアを守った。小さいマリアなら気をそらしながら亡骸で周りを囲めば目立たなかった。この村の希望を絶やしたくなかったんだ」
多分マリアの父親も言いたいことは沢山あった筈だ。
でも時間が無いから思いついたことをそのまま口に出しているだけ。
「色々押し付けてしまってすまないね。でも、もういいんだ」
もう苦しまなくてもいい。そう言ってもきっとマリアは聞いてくれない。
だから、
「もう幸せになってもいいんだよ。マリアはもう大人なんだから」
朝日がゆっくりと昇っていく。
村が光になって消えていく。
だけど消える前に村のみんなが集まって、皆して笑っていて、光になっていって…マリアの名前を呼んでいた。
初めから皆気付いていたんだ。
例え村が滅んだことに気付けなくても、マリアが成長していても、マリアはマリアだと。
「……大丈夫。私には仲間がいるから」
光が空の彼方に消えていく中、幼い少女の泣き顔も一緒に消えていた。
「今、幸せだ」
最後に涙を浮かべたままマリアは笑っていた。
親父の友人の一人は柄の悪い『ランシール』神殿の神父だった。
悪い人ではないが親父の仲間が皆こうだと思うと溜息が出てくる。図らずともハーレムパーティーを結成で来た俺ってもしかして勝ち組って奴か。
だけど苦労に見合うリターンがない気がするのはなぜだろう。
まあ何にせよ『ブルーオーブ』ゲットだ。
神父の情報でまずは『テドン』で『聖なるオーブ』を受け取ろう。
その後『アープの塔』に行って、一番近くにある『スー』を目指すのがいいか。
今から出れば夜には『テドン』につけそうだ。
無事『グリーンオーブ』を入手。マリアの父親は俺の親父の古い友人だったらしい。
人の想いは時に奇跡を呼ぶのかもしれない。この『テドン』という村がそのいい例だ。
一夜のみ滅んだ村が復活する。それは村人全員が伝えたかったメッセージで一人の少女を救いたいと想いが奇跡を呼んだ、というのはどうだろう。
理屈や仕組みなんて魔法にも無いのだから想いは奇跡を起こせる、この考えが単純でいい。しかし問題なのはこの奇跡は役目を終えたらどうなってしまうかだ。
もしも仮に前立ち寄った『ムオルの村』の時間のずれが『オルテガの兜』を息子アルスに渡してくれという強い想いが引き起こしたものなら、消えてしまった理屈は元の時間軸に戻って一時的に消滅したか、そこもまた既に滅んでしまった村か。
私はこのどちらでもなく、オルテガの生きたいという想いが作り出した別世界の入り口がこの『ムオル』ではないかと考えている。
別の世界の村『ムオル』。突拍子もない発想だがこういう空想は好きだ。後にこれを読む者がいればそこでもまた勝手に空想してもらえると嬉しい。
さて役目を終えた『テドン』がどうなったかは、世界が平和になった時にでも花でも持って確認しに行くとしよう。
後アルス。私を泣かせた責任は取ってもらうからな。お前は強引で激しすぎだ。
バラモスに滅ぼされた村と聞いて予想していた方の方が多かったと思いますが、マリア回でした。
アルスの傲慢な我儘。
それは無我夢中でマリアを救おうと叫ぶ声は感情論でしかなく酷いものです。
それで救われる人もいれば、誰かを傷つけるだけの結果しか残さない言葉の諸刃の剣でしょう。
ただの子供で我儘で、けれど危険な諸刃な剣を振るう勇気がアルスにはあります。
決して完ぺきではない勇者アルスをこれからも見守って下さると幸いです。