わたしたちは仲のいい家族だった。
お母さんは病気で運動できなかったけどお人形遊びやトランプで遊んでくれる。
お父さんは元気だから外で遊んでくれる。
2人とも優しくて大好きだ。
お父さんが仕事で帰ってくる時間が日に日に遅くなってきた。
怪我して帰ってくることもある。とても心配。
それでもお父さんはわたしとお母さんのために毎日時間をつくってくれた。
お母さんの容体が悪化した。
お父さんはお医者さんとお話をしている。
お金が足りないらしい。
「絶対に母さんを助けてやる。だからいい子で待ってるんだよ」
お父さんが帰らなくなった。
お金は毎日のように送られてくる。
そうしたらお医者さんがご飯も作ってくれるようになった。
お金の管理をしてくれるらしい。
お母さんの容体は変わらない。
そんな生活が1年近く続いた時だった。
外で遊んでいたらお医者さんと村長がお話しをしていた。
「実はあそこの父親が海賊をやってるんですよ。なんとアクアブルーの船長。優しい人だと思って無償で家族の面倒を見てあげていたのに……」
よく分からないことを話している。
でもお父さんが海賊というのはなんだかカッコよくてよかった。
お父さんのことをお母さんに教えてあげようと思ったら、お母さんは苦しそうに咳き込んでいた。
いつもと様子が違う。
なのにお医者さんは来ない。
冷たいタオルやお水を用意することしか出来ない。
お医者さんを呼ぼうと思ったけどその間にお母さんがもっとひどい容体になってしまうかもしれない。
お父さんがいればきっと何とかしてくれる。
「お父さん……」
そういえばお金は毎朝ポストにお父さんの手紙と一緒に入っていた。
ポストにお父さん宛の手紙を入れておけば毎朝届けている人がお父さんに持っていってくれるかもしれない。
封筒に大きな字で「おとうさんへ」と書いて家のポストに入れてお母さんのそばに戻る。
「……逃げなさい。あのお医者さん……お金を自分のためにつかってるの。私はもうダメだって気付いたから……きっと……」
よく分からない。
お母さんと一緒じゃないとどこにも行きたくない。
夜、村の人達が押し寄せてきた。
何か外からひどい事を言って怒鳴っている。怖い。
お母さんは……目を開けない。
どこから火が出たのか分からないけど家が火事になった。
お母さんは動かない。
外に出してあげないと熱いから一生懸命運ぼうとしたけど、重くて私だけでは運べない。
窓から外の人達に泣いてお願いしたけど聞こえていないのか誰も動いてくれない。
私はいい子にしてた。
お母さんと一緒にいままで頑張ってきた。
なのにお父さんは帰ってこない。
お母さんを助けるって言ったのに帰ってこない。
私が泣いているのに帰ってこない。
「……いい子にしてるから……」
帰ってきてほしい。守ってほしい。
お母さんを助けてほしい。私を抱きしめてほしい。怖い人をやっつけてほしい。
炎の中、人影が見えた。
お医者さんだ。なぜか剣を持っている。こっちに来る。剣を振り上げる。
「いい金のなる木だったがカーチスの賞金の方がおいしくなった。悪く思わないでくれよ」
何を言っているのかよく分からないけど、お医者さんは笑っていた。
その顔が口の裂けた悪魔にしか見えなかった。
火が熱い。お母さんを連れ出さないと。怖い。お父さん助けて。悪魔。火が熱い。お母さん。怖い悪魔。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ。
喉が、渇いた。
お父さんは助けに来てくれない。
お母さんは動かない。
思い出の詰まった家は燃えている。
「――――――――」
目の前にいるのは人ではない、悪魔だ。
頭が真っ白になる。
気付いた時、わたしの手には見覚えのない赤い液体がこびりついたナイフが握られていて、見覚えのない草原で月を見上げていた。
それからの私は、当てもなくさまよって、物を盗んで、怖い大人たちから逃げて、生きることに必死だった。
誰も助けてくれないから自分の力で生きていくしかなかった。
§
「捕まえたぞ、泥棒猫」
初めてつかまった。怖い。悪魔が剣を振り上げる光景が頭から離れない。
「……殺すの?」
それがあるすとの出会い。
あるすは必要以上にわたしに構ってくれた。
笑ってくれる。悪魔とは違う。お父さんとも違う。
あるすがあの場にいたらきっと助けてくれた。
あるすと一緒にいると楽しい。
あるすの友達も楽しい。
ステラはよく遊んでくれる。
ティナのご飯はおいしい。
マリアは抱きしめてくれる。
ニーナはあるすに悪戯するのを手伝ってくれる。
アリシアはお風呂上りによく髪をとかしてくれて世話をやいてくれる。
楽しかったのにあいつがいた。
こいつのせいでお母さんは死んだ。家を燃やされた。苦しい8年間があった。
「どいて。そいつ殺せない」
あるすに邪魔された。
アリシアに船につれて帰られた。
「昔あいつと何があったかは知らないけど、私やアルスを悲しませることはしないでよね、お願いだから」
アリシアがポンポンとわたしの頭をなでてくれる。
2人を悲しませるならやめよう。
それにあいつと関わるよりもみんなと一緒にいた方が楽しい。
でもすごく気になる。
わたしはそれほどお父さんを恨んでいたらしい。
昔あれだけ大好きだったのに今はこんな気持ちしかわかないのは少し悲しい気がする。
あいつのことはどうでもいい。
あるすが心配してるみたいだからあるすと一緒に遊ぼう。
部屋に呼んで話をしよう。
冒険の書の武勇伝は聞かされているけど、冒険する前のあるすの楽しい話はまだ聞いてない。
あるすの話は楽しいから好きだ。
「親父のところに帰れ」
今日のことで嫌われたのかもしれない。
あるすが冷たい。
楽しい話じゃない。裏切られた。あるすもお父さんと同じだ。あの悪魔と同じだ。
最後は必ず裏切る。
わたしはあるすを追い出して、鍵を閉めて、悔しくて、置時計を投げた。
ドアにぶつかって壊れる。
壊れるのなんて簡単だ。
でも直すのは難しい。
話も聞かずに追い出したから本当に嫌われたかもしれない。
でもあるすが悪いんだ。
一緒にいたいのにあんなこと言ったあるすが悪い。
だけどあるすは鍵を使って入って来た。
今は会いたくない。
会ってもわたしはきっとひどいことしか言えないし、あるすはもっとひどい事を言ってくるにきまってる。
「……信じてたのに」
「俺の何を信じてたんだ。俺はフィリアの親父じゃないし、フィリアの親父は俺の親父と違ってすぐそばにいる」
「……あるすのお父さんはカッコいいからそう言えるんだ」
あるすのお父さんは何でも出来た。
たくさんの人を助けた。
あいつとは違う。
「なら自分の父親の何を信じられない?」
「あいつのせいで…お母さんは死んだ」
そばにいてくれたら守ってくれた。
悪いことしなければあんなことにならなかった。
わたしはちゃんといい子にしていた。
「不器用だっただけだ。それはフィリアが一番良く知ってるはずだ」
お金と手紙は毎日来た。
会いに来ればいいのに一度も戻ってこなかった。
これは不器用だったからだろうか。
分からない。
「いじわるなあるすはキライだ」
「別に親父の罪を許せなんて言わない。理由はどうあれカーチスは悪い事をした。そして取り返しのつかない事態になった。許さなくても、憎むな。怒るなら好きだから怒れ」
「……言ってること……よく分からない」
少し矛盾してる。
「なら質問を変える。俺のことは嫌いか?」
好きだ。でも今のあるすは意地悪で大キライだ。
「なら俺なんかもう二度と会いたくないか? 信じたのに裏切られたもんな。俺はフィリアにひどいことをしている自覚はある」
「……いつものアルスは好き」
「それと同じだ。嫌なことをされたら誰だって怒る。相手が怒ったことで自分の罪の重さに気付ける。好きな相手だからこそ怒る時がある。好きな相手だからこそ許してはいけない時がある。でも、その感情は憎しみじゃない」
わたしは今、怒ったり悲しんだりしているけど……あるすを憎んでいない。
そういうことを言っているのかもしれない。
「好きって気持ちは簡単に消えない。好きだったから裏切られた時辛いんだ。人を許して罪を許さず。俺はこの言葉が好きだ。カーチスが犯した罪は許さなくても良い。むしろ責めてやれ。だけどカーチス自身を嫌いにならないでくれ。殺したいなんて悲しいこと、簡単に言わないでほしいんだ」
あるすは泣いていた。
わたしが泣かせたのだろうか。
「あるすは卑怯だ。あるすがわたしをいじめてるのに…わたしがあるすをいじめてるみたいになってる」
わたしはあるすをキライじゃない。
キライだったら涙を見て胸が痛くならない。
ならわたしはお父さんがキライだろうか。お父さんを見たとき胸が痛かった。
本当にそれは憎しみ?
それとも好きだから許せなかっただけ?
分からない。
「俺はフィリアに笑っていてもらいたいんだ。だから過去を引きずるのを止めてもらいたかった。多分、それだけなんだ」
「……あるす」
あるすは弱い。
わたしなんかよりずっと弱い。
それだけのことで苦しんで泣いてるんだ。
泣き止んでくれるように抱きしめてあげる。
「……泣いたとき、お母さんがよくこうしてくれた。……お父さんも……たまに……」
お父さんが大好きだった。
だけど今の自分の気持ちが分からない。
「……わたしもあるすに笑っててほしい。ティナやステラやマリアにニーナにアリシアにも笑ってもらいたい。だから、けじめ……つけてくるね。わたしの笑えない原因を消してくる」
もしもこの気持ちが憎しみだったら……多分わたしはあるすが追いかけてくる前にあいつを殺して姿をくらませていると思う。
もしも好きだったら……どうなるか分からない。
『キメラの翼』で飛んでいく。
来ることが分かっていたのかあいつはアジトの入り口に立っていた。
何も喋らないまま部屋に案内される。
「俺を殺しに来たか」
分からない。
でも『アサシンダガー』を無意識のうちに手に持っている。
お母さんを殺した原因。わたしが苦しんだ原因。悪魔を家に招きいれた原因。
胸が苦しい。わたしはこいつに何を求めている。何を求めていた。
「……なんでっ」
わたしは自分の衝動に任せて勢いよく地を蹴った。
感情に任せて叫んだ。わたしはなにを叫んでいる。どんな気持ちで叫んでいる。
自分でもよく分からない。わたしはナイフを構えている。あいつは抵抗しようともしていない。
「――――――――――」
頭が真っ白になる。
ナイフが床に転がっている。
お父さんが抵抗してたら、きっと、また月を見上げていたんだろうな。
「……なんでっなんで助けてくれなかったのっ!?」
わたしはそう言っていた。
原因なんて関係なかった。
お父さんが家族のために必死だったのは分かっていた。
私が一番許せなかったのは助けに来てくれなかったことだった。
「いい子で待ってた……お母さん助かるって信じてた。とても怖い中震える中でお父さんが来てくれるって信じてたのにっ」
わたしはお父さんの胸で泣いていた。
あるすの言うとおりキライにはなってなかったんだ。
「必死で生きた。お父さんがいつか迎えに来てくれるって信じてた。辛い生活の中助けに来てくれるって信じてたのに、来てくれなかったっ!」
だから許せなかった。
憎しみだと勘違いした。
こんなにも好きだったのに。
こんなにも信じていたのに。
「すまない」
わたしの求めているのはそんな言葉じゃない。
「今度こそ、守ってやる。何があっても守ってやる。お前を生涯守り通す男が現れるまで守ってやるっ。だから、その日が来るまで俺をどうか許さないでくれ」
本当にお父さんは不器用だ。
もちろんお父さんの罪は許さない。
許す気はない。
その日が来るまで償ってもらう。
空白の8年間を埋めてもらう。
わたしはお父さんのことがこんなにも好きだったんだ。
今日は『海賊のアジト』でフィリアの父親カーチスに会った。まさかフィリアの父親が俺の親父の友で海賊の船長だとは驚きだ。
最近急ぎすぎてから回りが多かったのは自重するとして『最後の鍵』と『レッドオーブ』は無事入手。熱血男のアッシュとも出くわさなかったから万々歳だ。
それと本を持ち込んで皆に見せたマリア、後で覚えてろよ。
あるすやみんなへ。
しばらくお父さんのお世話をするからここに残る。
いつか『ルイーダ』のところでまた会おうね。
フィリアのキャラを考えた時、この場面が最初に浮かんだのでお頭の性別が男になりました。