クラリスは恋愛クソザコ錬金術師である

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クラリスちゃんは幸せになりたい

 うちには好きな人がいる。

 

 いつからかは分からないけど、帝国と渡り合えるだけ強くて、それでいて茶目っ気もたっぷり持ってて、何より誰よりも真っ直ぐで優しい彼は、気がついたら心の中の大事なところを占めていた。

 

 一回意識しちゃえば、彼を……グランを見るだけで嬉しくなった。特に目が合って笑いかけられたりした時なんてヤバい。頰がすっごく熱くてまともに顔、合わせらんないもん。

 

 会話するだけでその日一日はドカーンとハッピーだったし、ホワイトデーでお返しをもらった時なんて、グランがいなくなってから小躍りしちゃったくらい。……グランにとっては、たくさんいる団員の女の子の一人でしかないって、分かってはいるんだけどね。それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。

 

 こんなに乙女してる自分に、うち自身も驚いた。

 

 結構ざっくりとした女の子だって自覚はある。

 錬金術も創造の細々とした分野は苦手も苦手だったし、そもそもが大雑把というか、能天気だから、その辺の機微にも疎かった。

 

 本当にいつからなんだろう。一年目のバレンタインは、特に意識とかしてなかったんだけど。二年目の時はもう本命チョコ作ってたんだよね……。

 

 やっぱり家のゴタゴタとししょーの一件が片付いたあたりから、なのかな。あの時のグラン、カッコよかったなぁ……。

 

 ……なんて。これは重症だなー本気なんだなーとは思ってたけど、側から見ても分かりやすかったのかな。うちがグランに向けてる気持ちのこと、お母様たちにもバレてるみたいなんだよね。

 

 毎度のようにお小言と一緒に送られてきてたお見合いがパッタリと来なくなったのはいいけど……たはは、やっぱり恥ずかしいな。

 

 でも、二人ともがグランのことを認めてくれたのかなぁ、なんて思うと、ちょっと誇らしい。うちの好きになった人は凄いんだから!

 

 それにね? 両親の反対がないなら、あとは当人同士の問題。も、もし、おお、お付き合いすることになったら、なったらだよ?

 クラリスちゃん、大勝利ー!☆ いぇい!☆

 ってことだもんね! だから、そんな未来に向けてちょっとずつアピールしちゃってたりなんて。

 

 ……みんながみんな距離が近いからか、あんまり意識してくれてないんだけどね。うぐぐ……この団の美形率高すぎると思う……。

 

 そんな感じでグランを目で追っかけてたら、気づいたことがある。

 うち以外にもいるんだよねー、熱烈なラブラブ光線送ってる子が。目に見えてハート飛んでる。しかも、片手の数じゃ足りないんだもん。ちょっと凹んだ。

 

 ただでさえみんな可愛いのに、性格までいい子達ばっかりだから、いくらうちが最カワ☆でもグランに選ばれる保証なんてない。どんどん自信とかなくなっちゃって……やっぱり無理なのかな、初恋って実らないって言うもんね……って弱気になるのもいつものこと。

 

 それでも、笑ってるグランにほっこりして、おバカやってる姿も可愛くて、でも戦いの時は誰よりも頼れる大きな背中に守られて。その度に胸がキュンと締め付けられる感じがする。心が叫んでる。

 

 ああ、うちはこの人のことが好きなんだって。だから、諦めたくないって強く思った。

 

「ということで、ししょー! クラリスちゃんに何か知恵を授けてください!☆」

「押し倒せ」

「無理!」

 

 困ったときに頼れる人は限られてるし、その筆頭のグランに言えないことともなれば、自然と相談相手は決まってくる。うちの足が向かったのは、オブザーバーとしての立ち位置がすっかり定着したししょーのお部屋だった。

 

 いつものごとく、アポもなしで急に尋ねたけど、嫌な顔をしつつも一応中に入れてくれた。でも、ししょーはうちを見向きもせずに、試験管を三本指でつまんで振り混ぜている。

 

 よく分かんないけど、錬金術の新しい実験らしい。可愛い可愛い弟子の恋模様よりもそっちが大切なようで、抗議してもめんどくさそうに一瞥してくるだけだった。酷くない?

 

「何が酷いもんか。毎日毎日飽きもせずに真っピンクな話ばっかりしやがって……ちったぁオレ様の都合を考えろ。そのくせ錬金術についてはこれっぽっちも学ぼうとしねぇ。やる気あんのかお前?」

「……てへ☆」

「ウロボロス、つまみ出せ」

「あー! やーめーてーよー! 追い出そうとしないでー! うち本当に切羽詰まってるの! ねえ、このままじゃ可愛い弟子が失恋しちゃうかもしれないんだよ!?」

「いっそのこと玉砕してこい。その方が錬金術の研究に身が入るだろ」

「ししょーが冷たい! ……簡単に諦められるような恋なら、こんなに苦しくなんてないもん」

 

「あのなぁ」ししょーはゆっくりと振り返った。完全に呆れ顔。「そんだけ好きなら、もう結論は出てるじゃねえか。わざわざ相談になんて来るな、バカ弟子」

「え……?」

「諦められねえなら勝ち取るしかねえだろう。譲れねえなら奪い取るしかねえだろう。うじうじしてる暇があるなら行動しろ、何せ人の気持ちなんて、いつの間にか変わっちまうもんだ。いい子ちゃん気取って順番待ちしてるだけじゃ、男は振り向いたりなんかしねえのさ」

 

 雷に打たれたような衝撃が走る。そんなうちを見ながら、ししょーはニヒルに口角を上げた。

 

「なんでもやりゃいいんだ。最後に笑うためにあらゆる努力をするのは、他の何とも変わらねえ。よく言うだろう? 恋は、戦争なんだよ」

「……!」

 

 な、なんという含蓄のある言葉……。ししょーってば気の遠くなるような年齢だし、やっぱり元が男だか「おい」と、とにかく説得力が段違いだ、うん!

 

「だから本当なら一発、既成事実作るのが手っ取り早いんだが」

「そそそそんなこと出来るわけないっしょ!?」

「ま、それができりゃ苦労はしねえよな」

 

 ぶんぶんぶん、と何度も首を縦に振る。うちも自分がここまで奥手だなんて思ってなかったけど、無理なものは無理だ。

 ゆくゆくはその、そ、そういうこともするかもしれないけど!

 というかしたいけど!

 やっぱ段階があると思うんだよね!

 

「いいか、グランはな、どえらい朴念仁だ。オレ様が保証してやる。最初はわざとやってんじゃねえかと思ったが、どうにもアレは本当に自分への好意に気づいてないらしい。つまり、だ。あいつを射止めるのは地道なアピールなんかじゃなくて、ドカンと殴りつけるような一撃。強制的に意識を叩き変える、わかりやすいパンチが効果的だろう」

「ほ、ほうほう!」

「ナルメアまで行きすぎると違ってくるが……基本的にはまず、グランにクラリスって女を意識させる必要がある。そこで聞くが、お前も何もしてこなかったわけじゃないだろう? 今まではどうアピールしてきたんだ」

「えーっとね……」

 

 アピール、アピール……。そうだなぁ、覚えてる限りだと、食堂では出来るだけグランから見える位置に座るようにしたり、依頼の前後で会話を心がけたり、バレンタインとかのイベントがあれば、どうにかプレゼントを渡したり……そんなところかな。

 

 うちの言葉を聞いたししょーは下を向いたまま頭を抱えた。え、何その反応。予想以上にダメダメでした、みたいな……。

 

「みたいな、じゃねえ! アホかお前は! 一桁のガキじゃねえんだぞ……。イベントを利用したプレゼントは、まあいい。問題はそれ以外だ。バカ弟子、お前最後にグランに触れたのはいつだ」

「んとね……二週間くらい前のティアマト・マグナの時に怪我したグランの応急処置した、と思う」

「初対面の時より距離感が遠くなってるじゃねえか……」

「そ、そんなことは! ……ないこともない!」

「威張るなポンコツ」

「だってぇー!」

「言い訳するな。……お前だってオレ様の次ぐらいには可愛いだろうが、何をそんなに怖がってんだ」

 

 訳がわからん、とししょー。いやね、怖いってかね、どうしたらいいかわからないっていうかー…… 。

 

「ハズいじゃん! 好きになっちゃったら、その……ドキドキするし、話しかけたりしたら迷惑じゃないかな、とか色々考えちゃうし……最初みたいに、ズケズケとはしてられないっていうか」

「そんで一歩を踏み出せないうちにグランを掻っ攫われるのか?」

「うぐっ」

「あいつはモテるぞ。ジータが目を光らせてなかったらもうとっくに誰かとくっついてただろうよ。いや、今にも告白されるかもしれねえな」

 

 ししょーに言われて、想像する。グランの隣に、うちじゃない女の人がいて、グランはその人と照れ臭そうに笑いあって、手を繋ぐ。そしてすっごく幸せそうな顔をするの。お互いにお互いがいればいいってほどわかり合ってる二人。

 

 それを側から見てるしか出来ないうちは、きっと笑っていられない。耐えられない。そんなのは絶対、嫌だ。

 

「……ねえししょー、うち、どうすればいい?」

「オレ様が知ったことか。お前の恋はお前が舵取りするもんだ。ただ……後悔だけはないようにしろよ」

 

 う、にべもない……。でも、確かにそうだよね。これはうちの恋、うちの問題。これから行動するのももちろんうちだし、その結果がどうなっても、それを受け入れなきゃいけないのもうちだ。ししょーは関係ない。

 

 ううん、もうたくさん相談にも乗ってくれたし、背中を押してもらえたんだ。充分すぎるほど応援してくれてるんだもん……。だったら、ここから先ぐらい、自分で頑張らないとダメだよね!

 

「まぁ、その……なんだ。また何かあったらここに来てもいいぞ。親族のよしみで応援だけはしといてやる」

「うん、ありがと、ししょー。わかったよ。うち、全力でやってみる!」

 

 照れたのかな、そっぽを向いて目線を合わせてくれないししょーに一礼。そんなししょーはうちの目から見ても本当に可愛くて、あーこの人がライバルじゃなくてよかったーなんて安心する。

 

 まだまだ色々と不安は尽きないけど……うん、やっぱり考え込むのは性に合わない! まずはグランにアタックする事から始めよう! そうと決まれば行動あるのみ!

 

「失礼しましたー!」

「おう。……いや待てクラリス、お前錬金術はいつ」

 

 バタン。ししょーのへやをでた。あれ、いま何かししょーが言ってたような……ま、いいか!☆

 思い立ったが吉日って言うし、とにかく今の押せ押せテンションのうちに、グランに会っときたい!

 

「よーし!☆ クラリスちゃん、頑張っちゃうぞ! いぇい!☆」

 

 うちは逸る心のままに、グランの部屋へと向かった。




可愛いのに変なとこで奥手だから失恋して泣いてる絵しか見えないクラリスを大勝利させたかった。
失敗した。


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