Eye of the Moon   作:微積分出来太

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長らく何も更新しなくてすみません。その理由(言い訳)や一話を書き直した理由(言い訳)は活動報告のところに書かせていただきましたので、宜しければご覧下さい。


さて、この小説は衛宮士郎の声優をなされている杉山紀彰さんが、NARUTOのうちはサスケの声優もなされているということなので、声優繋がりでクロスオーバーさせちゃおう、という安直な発想で作られたものですが、楽しんでいただけたら幸いです。


第1話 捻れた運命は絡み合う

──10年前──

 

 俺のいる街、冬木で大火災が起こった。

 闇に飲まれた街は朱に染められ、炎はどこまでも広がり、どこまでも高く上っていた。

 行く宛もなく、目的地もなく、逃れる(すべ)もない。そんな地獄の中を俺は歩いた。

 死の臭いが充満し、助けを求める人々の声がする。手を伸ばしこちらを呼んでいる。

 俺はそれらに背を向け、歩き続けた。

 子供だったのだから助けられなくてもしょうがない、多くの大人はこう言うだろうが、それでも俺の心にはこの闇がいつまでもへばりついていた。

 どれくらい歩いたのかもわからず、どこまで来たのかも分からないまま、ついに俺は力尽きた。

 その場に倒れ込み、俺も彼らと同じように絶望の色に染まっていく。朦朧とする意識の中、丸い黒い何かから流れる、血のようなどす黒い液体を見た。それを視界に収めた瞬間に直感する。

 誰にも平等に訪れる死。

 家族は死に、友人も死に、今ここに息をしている者は俺一人だけなのではないか。そのような思いが一瞬かけたが、その俺ですら今は虫の息だ。俺が死にゆくまでは時間の問題、そう遠くない話。

 ここは地獄だ。

 

 

 ──ふと、前にもこのような出来事に出くわしたことがあるような気がした。

 

 

 電流がながれる。ザザッと壊れたビデオテープみたいに、ある光景が乱れを生じさせながらも俺の頭に浮かび、再生される。そしてそれと同時にパキリと何かが呆気なく壊れる音がした。俺は何かを失った。失った引き換えに、荒かった映像が鮮明になった。

 

 月が淡い。固まったような、貼り付けられたような夜の町中を、少年が一人、自身の家に向かって走っている。

 嫌に静かな町に不信感を覚えながらも進んでいくと、人が倒れているのを見た。

 側に寄り、声をかけても返事はなく、力なく横たわる彼らの身体から流れる真紅のものに、少年は彼らの死を悟った。

 一体誰がこんなことを、少年はそう思い、家族の身を案じ駆けていく。不安が少年の心を支配する中、少年は走る。

 

 

「父さん! 母さん!」

 

 

 家につき、引き戸を開けて、少年は父と母を呼ぶ。

 

 

「──! 来てはならん!」

 

 

 父の絶叫が廊下に響き渡る。今までに聞いたことのない父の声だった。怒声とは違う。生物の本能に訴えかけるような、そんな声だった。

 少年はその声が聞こえた部屋の方へ進む。膝は震え進むのを拒むが、それでも足を前に出す。脳からは緊急停止の信号が出ていたが、それらを無視して絶叫の聞こえた扉に触れる。やけにひんやりとし重々しい扉。普段の日常であったならその扉をここまで重厚感のあり冷たいものだとは思わないだろう。少年は震えながらも凍てつく重い扉を押す。

 ゆっくりと戸を開き、中の様子がかいま見える。少年の父と母は口から血を流しながら、父が母に被さるように倒れていた。衣服の背中側には血が滲んでいて、それにより二人がこうなっているのは明白だ。

 

 

「父さん! 母さん!」

 

 

 父と母を呼ぶも返事はない。

 そして、横たわる父と母のその側にいる者の眼が、闇の中に赤く鈍く光る。赤い瞳には黒い三つ巴がある。

 その人物が兄だと気付くまでに時間はかからなかったが、普段の様子とは違う兄に驚く。驚きながらも少年は彼に何があったのかを問うたが、返ってきたのは手裏剣だった。肩を掠めて服が裂ける。そしてそこから血が滲む。

 

 

「愚かなる弟よ………」

 

 

 月明かりの影の中でさえ、不気味に輝く赤い瞳が見開かれる。

 赤い瞳に浮かぶ黒い三つ巴が形態を変えて──

 

 

 ──万華鏡(まんげきょう)写輪眼(しゃりんがん)!!

 

 

 それは人に幻を見せる術。見せられた幻術により、少年は最愛の兄が父を、母を、一族の人々を殺したことを知る。

 そうして少年はその日に全てを失った。

 

 

 

 

 ──ああ、これだ。オレが以前経験した地獄はこれだった。

 

 その記憶にいる少年が誰かは分からない。分からないけれど、どうも他人事とは思えなかった。何かと繋がった気がした。

 その少年は決して俺ではない。俺ではないはずなのにどうしてかそれがまるで自分であるかのような錯覚を覚える。だがもうそんなことに思考を費す余力は俺にはなかった。死に瀕した今、辿り着いたその記憶すらも薄れゆく。

 

 ゴーッと荒い音を立てて燃え盛る炎。その地獄の業火とも思われるものに燃やされた建物が、軋む嫌な音を立てる。激しい炎に耐久値が脆くなったのであろう、バキバキと音を立てて、こちら側に倒れてくる。

 もう何をする気も起きない。逃げる気も、生き残る気も。視界の隅で、こちら側に倒れてくる赤い炎を纏った焦げて黒い建物、最期に俺はあれに押し潰されて死ぬのだ。そう思っていた。けれど──俺の視線の先に物体などそこら中に転がっている。

 意図などしていなかった。左眼が焼けたように熱い。

 

 

 ──天◼力(アメ◼◼ヂカ◼)

 

 

 何故かは分からないが、燃え盛る建物に潰されて消えるはずだった俺の命は未だに絶えていなかった。俺の後ろの方で何かが倒壊する音が聞こえたが、そちらを向くことはできない。命は助かった。だけれども、俺は既に疲労困憊の満身創痍の身。もう思考することも難しい。何も考えることができない。

 次第に息が出来なくなり、俺はぼやけた赤い視界を眠るようにそっと閉じる。音も聞こえなくなり、光も閉ざされた。最後に聞こえたのは燃え盛る炎の音と、どこから湧いたのか分からない、恐らく直ぐに死に直面するであろう蟲の声。このまま地の底に、俺の精神は吸い込まれていくのだろう。残った肉体は炎に飲まれて灰になるか黒く焼け焦げる。俺という存在がこの世界から消える。だと言うのに、不安などは感じなかった。そう、ここは地獄なのだから……

 

 なのに、俺の胸を灯すものがある。

 止まったはずの鼓動(じかん)を動かすものがある。

 それはとても眩しくて、暗澹とする地獄に黄金の光をもたらす。俺の肉体、そして精神にしつこくへばりついていた死は、その光により散り散りに消し飛ばされた。

 

 あまりの眩しさに俺は閉じていた目を開く。

 

 そして出会う。

 

 中肉中背の黒い服を纏った男、正義の味方に憧れた男に。

 いや、その男は俺にとっては正しく正義の味方だった。

 

 

「よかった。生きててくれた。一人でも生きててくれて……救われた……」

 

 

 男は心底安心したような、救われたような表情をした。涙を流す男の顔は満たされたようにも見えた。男は俺の伸びた手をしっかりと握りしめながら涙を流す。

 

 

「ありがとう。ありがとう」

 

 

 男は感謝の言葉を述べた。救われたのは俺のはずなのに。

 だが、その男の表情を、俺は忘れることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見る。

 

 また同じ夢だ。

 剣の夢。

 最近になってその夢をよく見る。けれどその夢は起きると同時に泡沫のように消えていく。その夢を見ていたことすらも曖昧になってしまう。

 でも俺は毎日変わらずその夢を見ている。

 夢に出てくる剣は、伝説の剣とか魔剣とか聖剣だとか、そんな高尚な物じゃなくて、極々一般的な平凡な剣。なんの特徴も無い、ありふれた剣。

 でも俺はそれを凝視していて、脳に焼き付けんばかりの勢いだ。その事も起きたら忘れてしまう意味の無い行為であるにもかかわらず、俺は剣から目を離す事は出来ない。

 そしてその剣はぼんやりとして消えていく。

 

 

 

 

 

 ああ、またか。

 

 

 

 

 

 その後俺は決まってそれとは違う夢を見る。

 その夢は剣とは全く関係の無い夢だ。

 俺とも全く関係の無い夢のはずだ。

 その夢は俺があの炎を生き延びてからずっと毎日のように見続けている。

 その夢も剣の夢と同じように、目が覚めてしまったら思い出せなくなる。でも、子供の頃はもっと綺麗に覚えていた気がする。そしてその夢は決していい夢なんかじゃない。寧ろ俺はその夢を、夢の人物を許すことは出来ない。

 復讐に侵されて、全てを消そうとした男。

 最初はそいつに同情した。

 誰だって家族を殺されたら憎しみだって懐くはずだ。それは仕方の無いことだ。でもそいつの復讐心は異常ともいえるものに思えた。

 歩み寄ってくる仲間を切り捨てようとし、自ら闇の中をひたすら進んで行った。

 そして殺した。復讐を果たした。そうかと思えば真実を知り、新たな復讐心が芽吹いた。

 どうしようもない、一族と里の因果。その狭間で葛藤を続け、多くのことを考えて、一人で背負い込んだ兄の下した判断。それは正しい。正しいけれど、悲しい。

 だからその男はその話を聞いて───故郷の里を滅ぼすことを決めた。

 悲しい男だ。だがここまで来ると許せなかった。

 その男はその後起きた戦争に関わる人物だ。

 多くの命を奪った男だ。悪だ。

 俺はその夢の男のことがどうしようもなく嫌いだ。

 

 だがその男の夢で、戦争の起こった先のことを見ることは無かったし、例えば声や顔のような、その男の夢に出てくる人物に関わることもいつもぼんやりしていて、俺は夢の登場人物を把握出来ないでいる。ここまで組み立てられた夢物語なのに、登場人物は分からない。しかもそれは年々薄れていっている気がする。唯一分かることは、この男が復讐鬼であったこと。もしかしたら俺はこの夢を将来綺麗さっぱり忘れるときが来るのかもしれない。それはきっと、いいことなんだと思う。夢に気を取られる時間が減るのだから。でもさみしさもある。

 不思議だった。けど、そんな男の、正義と対をなす悪のような男の人生なんて見たくもないという感情も事実だ。

 でも………。

 俺はその男のことを気になっているのもまた事実だ。

 その男の行動の一つ一つが俺の頭に焼き付いている。

 嫌いなはずなのに、認めたくないはずなのに、その男の技一つ一つに魅せられている自分がいる。

 

 

 

 ああ、俺は──

 

 

 

 

 

 どうしようもなくこの男のことが────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──先輩。起きてますか?」

 

 

 優しく温かみのある声に、俺は目を覚ます。

 寝惚けた俺の目に写ったのは、紫がかった髪、目をしている少女、間桐桜だ。桜は俺の後輩だ。最近何気ない仕草が妙に色っぽく感じて、俺は少なからず彼女を意識してしまう。

 俺は辺りを見回す。

 どうやら鍛錬のためにこもった蔵で寝てしまっていたらしい。俺の寝ていた付近には、色々な工具や道具が散らかっていた。鍛錬の途中で寝てしまったのだ。

 寝覚めは最悪。けれどそれはいつもの事。何か大切な夢を見ていたはずなのだが、起きてしまえばそれらは跡形もなく消え去っていく。本当は忘れてはいけない夢であるはずだけれども、目を覚ますと共に呆気なく消失してしまう。そして俺は毎朝喪失感だけを感じながら起床するのだ。

 俺は自分の左目に手を当てる。そこには布が宛てがわている。その理由はあの大災害にある。俺はあの大災害で左眼を失ってしまった。視力を失ったという訳ではなく、眼球ごと無くなってしまったのだ。薄らとした炎の記憶に残る、焼けたような左眼の痛み。俺はあれが原因だと考えている。あの時俺は自分の左眼が焼け落ちたのだと考えている。そしてこの左目が俺に喪失感を感じさせるもの一つでもある。

 桜に挨拶をすると、朝の支度を彼女に任せて、俺は散らかったものを片付け、蔵を出る。朝ご飯のために居間に向かった。

 

 居間で朝ご飯を食べてる時に、藤ねえこと藤村大河と一悶着あった後に、俺は桜と学校へむかった。テレビのニュースで新都で起こったガス漏れ事故を報道していた。最近は物騒だな。

 

 藤ねえは教師で、テストの採点をまだしていないらしく、俺たちより一足先に原付バイクで学校へ向かっている。

 

 桜は四年前俺が怪我をしてしまったときに桜の兄、間桐慎二に宛てがって貰って以来、ほぼ毎日俺の家にやって来ては俺の世話をしてくれる。正直これには非常に助かっている。最初は彼女に出来ることは少なかったのだが、教えているうちにだんだんと家事を覚えてきていて、料理もあと少しで負けてしまいそうだ。台所に立ちながら桜本人が俺に言ってきたのだ、射程圏内だと。全く弟子に負けてしまったら師匠の面目が丸潰れではないか。そう言うと桜は俺が桜より料理が上手いと困ると言っていたのだが、あれはどういう意味だったのだろうか。

 

 桜は弓道部の朝練のため、俺と校門で別れる。その際に弓道場に来てくれと言われたが、弓道部を退部した身としてはそう易易と弓道場に顔を出す訳には行かなく、また今日は生徒会の用事があったため断る。その代わりまたいつか行くことを約束する。

 

 生徒会の用事とは、備品を直すことなのだが、これには魔術を使うため、生徒会長を務める柳洞一成には外に出てもらう。

 

 

「──同調、開始(トレース・オン)

 

 

 内部を把握し、どこに異常があるのかを突き止める。それを見つけたら、俺は分解して部品を交換したり、はんだ付けしたりする。

 この世界では魔術を人前で使うことは許されていない。だから、一般人はこの世界に魔術があることを知らないだろう。実際魔術は神秘とされているものであるし、人前で魔術を行使するのは魔術師業界ではタブーとされている行為の一つだ。もし人前で魔術を使ったら捕まるとか捕まらないとか。

 

 修理が終わったので、一成を中に入れるために生徒会室の扉を開けると、そこには一成と学園一の美女、遠坂凛がいた。

 

 艶やかな黒髪を二つ結びし、制服の上に真っ赤なのコートを羽織っている。彼女は学園の男女ともに認める美女で、そして才女だ。俺自身もやはり遠坂に憧れている節はある。一成は彼女に何か警戒をしているようだが、彼女はそんな一成を面白がっているように見える。

 彼女はそのまま俺たちをすっと抜け、去っていく。何となく声かけた方がいいかなと思い、かけた言葉は「遠坂、今日は早いんだな」という自分でもなんでそんな言葉を選択したのか分からないもの。

 

 俺たちはその後視聴覚室へ行き、教室に戻り、ワカ……慎二と会話して、朝礼が始まる。藤ねえ、学校では藤村先生と呼んでいる、が最近物騒だから早く帰宅することを勧告し、そんな感じで時間が過ぎていく。

 

 下校中に不思議な少女と出会った。彼女の髪や肌は処女雪のように白く透き通っていて、赤い瞳が印象的だった。そんな少女と通り過ぎる際に可憐な声で「早く呼びださないと死んじゃうよ。お兄ちゃん」と言われたが、振り返ると少女の姿はなかった。あの少女は一体何だったのだろう。

 

 

 そして夜。

 俺はいつものように土蔵にこもり、日課となっている鍛錬を始める。俺がやるのは強化の魔術。これは初歩の魔術なのだが、魔術師として未熟な俺はそれくらいしか(・・・・・・・)満足にできない。

 鉄パイプに手をかざして、唱える。

 

 ──同調、開始(トレース・オン)

 

 

 ──基本骨子、解明

 ──構成材質、解明

 ──基本骨子、変更

 ──構成材質、補強

 

 

 結果は成功。

 

 嘆息をつく。この初歩的な魔術しかできない。本当はもっと凄い魔術を使って俺の夢に向かっていきたいのだがな。やはり俺はいつまで経っても未熟者らしい。切嗣曰く、俺の魔術は五大元素───【火】、【地】、【水】、【風】、【空】の属性と相性がいい、つまりは【アベレージ・ワン】とか言うやつらしいのだが、俺の魔力量が少ないらしく、宝の持ち腐れというやつらしい。それに切嗣があまり魔術を俺に教えるのに前向きではなかった、そして切嗣は俺がすぐにやめると思っていたため、強化くらいしかまともに教わっていないのだ。

 俺はそのまま後ろに倒れる。

 一体何をすれば正義の味方になれるのか。そんな思いが渦巻く。

 目を閉じて追想に耽る。

 思い出すのは俺の親父。

 俺も親父のような正義の味方になりたい。悲しむ人々、救いを求める人々がいるのなら、この手を差し伸べ救ってみせたい。俺は無意識のうちに手を伸ばす。土蔵の窓から月が顔を覗かせていた。

 俺は月を見つめる。月に目を奪われた、という訳ではなく、なんというか……月を見ていると、たまにここが自分の居場所ではないような、そういう感覚に陥ることがある。

 不思議なことだ。今確かにここに居るのは俺自身なはずなのに、月を見上げていると懐かしさや郷愁を感じるのだ。それらは帰巣本能に似た感情を呼び起こすのだ。でもただただ帰りたいという思いでははなくて、やり残したことがあるから帰らなければならない、というような義務感に馳せられる、帰還せよという命令のようである。それが結果として、俺の居場所がここではないようというように感じさせられるのだ。

 何を馬鹿な。俺は俺だ。他の誰でもない衛宮士郎だ。

 

 

 そうして今日も夜は更けていく。

 

 

 

 翌朝、台所で食器を洗い、桜が料理を作っていると、俺は桜の手首の痣に気がつく。慎二にやられたのか問うたが、桜が兄と痣に関係はないと悲鳴に似た声を上げて言うため、とりあえずその場はそういうことにした。

 

 学校の昼休み、食堂で弓道部員の美綴綾子から慎二が遠坂に振られ、その鬱憤晴らしに一年をいびっていることを聞き、俺は驚く。慎二が一年をこき使ってることに驚いたのではなく、遠坂の件でだが。

 

 そして俺は慎二が暴走しないよう弓道場に向かう。弓道場の窓から中を除いていると、三人の女生徒に慎二と勘違いされ絡まれるが、誤解がとけると謝罪を受けた。その際俺のことを穂群原の海賊ブラウニーだかなんだか言っていたが、俺はそんな風に呼ばれていたことを知らなかった。

 海賊ってこの左目に宛てがわれた眼帯からそう呼んでいるのだろうか、いやそれしかあるまい。この眼帯のせいで幼い頃からやたらと色んな人から弄られる。中学校では中二病だとよく馬鹿にされた、悲しい過去だ。

 そうしてそこで俺は一人の女生徒から学校付近の交差点で殺害事件があったことを聞く。

 本当に最近物騒になったな。

 

 バイト先に行く前に時間があったから、10年前の大災害の跡地に向かった。そこで切嗣に命を救われたことのことを思い出す。あの時の切嗣の顔を俺は今でも覚えている。

 

 切嗣は言った。誰かを救うということは、誰かを助けないということだと。

 

 その事は知っている。切嗣が言わんとしていることもよく分かる。誰かの味方になるということは、同時に敵をつくるということでもある。そうやって歴史は繰り返されてきたし、そういった衝突を繰り返して歴史を作り出してきたのだから。誰かが死に、誰かが勝利することでここまで人類は生き長らえてきたのだ。

 俺は救ったのに救われない事案があることも知っている。

 勝った方が振りかざした正義が世の正義となることも。負けた側の正義は正義とみなされない。そして俺の抱く理想は、苦しむ人々誰もを救うこと。

 それが難しいことを俺は知っている。でも、初めから定員が決まっている救いなんて御免だ。あの時のように、周りで見知らぬ誰かが死んでいくのには耐えられない。

 

 バイトが終わり、夜の街を一人で歩いていると、ビルの屋上に遠坂が立っているのが見えた。もう一度その方を見ると、遠坂はそこにはいなくなっていた。昨日出会った少女といい、遠坂といい、不思議なことが多いな。

 

 家に帰り今日も俺は土蔵で鍛錬をし、その後眠りにつく。

 

 

 

 

 朝、家のドアの鍵を閉める際桜に言われて手の甲の痣に気がつく。昨日何かしらで切ったりしたのだろう。俺は一度家に戻り、とりあえず湿布を貼っておいた。桜は酷く俺の手の甲にある、赤い蚯蚓脹れのような傷を気にしているようだったが、俺は気にするなと言って学校へ向かう。だが登校中、彼女の気分は誰が見ても分かるくらいに悪そうであった。

 

 校舎に西陽が指し、校内を温かな朱色に染めているとき、慎二と会う。慎二と桜のことで少し言い合いになったが、俺は慎二に弓道場の整理を任されて、慎二は女子を連れてどこかへ行ってしまった。

 

 俺は弓道場に赴き、弓道場の掃除を始める。

 

 

「全く……変わらないな、ここも」

 

 

 そんな郷愁じみた思いを抱きつつ、俺は雑巾がけをし、弓の手入れをする。

 

 思えば俺の放つ矢は的の真ん中に百発百中であった。皆それによく驚いた。片目がないというのはものを立体的に感じることが難しい。だから射撃なんていうものはどう考えたって俺には向いていないものなはずなのに、俺の狙う的は俺が射る前からハズレを予期していない限り、必ず的のド真ん中に中った。別に俺としては驚くことではないのだが、皆からしたら驚くことだったらしい。俺は他にもやはりと言った感じで、ダーツも必中だ。

 

 陽は傾いていき、影は長く伸びる。外の景色は朱から紫に、そして紺色に色を変えていく。それと並行して長く伸びていた影は徐々に夜の闇に溶けていった。

 

 よし、一通り掃除、整理を終わらせた。

 

 俺はバケツを置く。

 

 外の方から何か金属がぶつかり合うような音がする。

 

 ん? なんだ? 俺は弓道場の戸を開けて、外に出る。

 

 土煙が舞い、赤の線、そして白と黒の斬撃が見える。赤い槍を持つ青いタイツの男と、二刀使いの赤い外套に黒い甲冑を着た男が睨み合っている。そいつらは正しく異質と思われるものであった。

 

 赤い槍を構えた、青い男。

 それに対するのは中華風の双剣をもつ、赤い男。

 立ち振る舞いから彼らが相当な実力者であることが分かる。そこらにいる人間では手も足も出ない程だろう。赤子のように捻り潰されて終わりだ。

 青い男が姿勢を低くする。それに呼応して、赤い槍の穂先が魔力を帯び始める。解き放たれた魔力は一気に凝縮していき、禍々しく揺らめく。遠くにいる俺にもその脅威が伝わり、額から汗が一雫流れ落ちた。

 獰猛な獣のような目で青い男は赤い男を睨み付けている。まるで殺意の塊である。だが、赤い男はそんなものに恐れを抱いてる風には見えず、むしろ立ち向かう気でいるようだ。俺は生唾を飲み込む。

 恐らく次の瞬間には彼らは衝突するだろう。その結末を見てみたい、そう思うのと、恐れがあった。巻き込まれたら死ぬことは必須。彼らがぶつかったら訪れる衝撃に身が持つかも分からない。

 俺はここを離脱することを決定する。今にも己が力を誇示せんとばかりに睨み合う二人。幸いにも彼らは彼ら同士に注意が向いている。俺がここにいることすら気付いていない。ならばここから離れることは可能だろう。気配を殺し、ゆっくりゆっくりと俺は彼らを視界におさめながら後退していく。まだ彼らは俺に気付いていない。俺は冷や汗を垂らしながら、後ずさるようにその場から退こうとする。

 

 

 ──逃げ切れるか?

 

 

 そう思ったのが失敗だったのか、彼らに気を取られすぎたのがいけなかったのか、俺は自身の背後に小枝があることに気付かずにそれを踏んでしまう。

 小枝が折れてパキリと音が鳴る。その瞬間俺は自身の体温がぐっと下がるのを感じた。額を伝い、頬を流れた汗の雫が地面に落ちる。それは地面に小さなシミを作るが、夜の闇に吸い込まれるように直ぐに消えていった。

 

 

「誰だ!?」

 

 

 青い男がこちらを睨む。獣の殺意の視線が俺に刺さる。

 

 

 ──まずい!!

 

 

 俺はすぐ様奴らに背を向け走り出す。恐らく青い男が俺を追ってくるだろう。いや追ってきているに違いない。青い男が俺を追う道理なんて無いように思えるが、俺の直感が追ってきていると伝える。後ろを振り向いたら殺される。前を向いていても追いつかれてしまったら命は無いだろう。

 あの男達は魔力を用いて戦っていた。ならば魔力を使って俺を追っているだろう。常人の脚では逃げ切ることは不可能。

 ヤツらが魔術師関連の人物であることは一目瞭然。しかしあの距離、そしてこの暗闇なら顔はしっかり見られていないはずだ。抵抗して魔術師に目をつけられるよりは逃げた方がいいように思えた。だが逃げるにしても速さが足りない。ならばできるだけ障害物の多い校舎内に逃げ込もう。

校舎の中へ駆ける。

 昇降口を抜け、階段を駆け上がる。廊下を走るが、走っている最中強烈な風を感じ、ヤツが来たと思うと腕で防ぐような体制を取り、そのまま転んでしまう。

 急いで起き上がり、周囲を確認するが、ヤツの姿は見えない。

 ちょっとした安心感を覚え、立ち上がる。嫌な汗が流れる。

 

 

「よう」

 

 

 どこからとなく聞こえた声に、俺は勢いよく後ろを振り返る。

 赤い槍の穂先が俺の胸に向けて一直線迫ってきていて、俺はそれを体を反らして回避する。しかし、大きく体を反らした結果、バランスを崩した俺は背中から転倒するが、なんとか手が出て尻餅を着く程度で済んだ。その拍子に俺の左目を覆っていた眼帯がするりと落ちる。

 

 

「ほう、避けるか」

 

 

 この声とともに青いタイツの男が、淡い光とともに現れた。

 

 

「運がなかったな、坊主。ま、見られたからには死んでくれや」

 

 

 そう言うと男はまた槍を構え、それを俺の胸にめがけて突き出した。

 

 

 

 

 男は俺に死ねと言った。

 見られたから死ねと言った。

 

 

 ───理不尽な死。

 

 

 俺が最も嫌がったもの。

 

 

 それを今まさに俺が体験している最中だ。

 あの赤い槍が真っ直ぐ突っ込んできて、俺の胸に刺さりそこで俺は絶命する。

 だというのに───

 

 

 

 ────動かない手足。回避不可能な状況。ただ槍が迫ってくるのを見詰める俺の目。

 

 

 それはさながら俺自ら青い男に命を差し出しているように思えた。

 

 

 

 

 ────呆気ない。

 

 

 

 

 衛宮士郎の人生はここで潰える。

 正義の味方を目指した人間は、苦しむ人々全てを救おうという理想を抱いた人間は、理不尽な死の前に屈する。

 戦場では生き抜くことを誓ったものが先に死ぬという、これもそれに類似したもののひとつだろうか。

 

 なんともまあ───呆気ないことだ。

 

 俺は迫り来る赤い死を受け入れるように、逃れるように目を閉じる───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───代われ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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