Eye of the Moon   作:微積分出来太

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今年の駅伝の主題歌、BUMPのロストマンなんですね。BUMPの曲の中でも僕はこの歌が結構好きなので、なんか嬉しいです。ああ、BUMPを聴きまくっていたあの頃を思い出しますねー。


第4話 変えられる運命と、変わらぬ運命

 

 時刻は零時をとっくに過ぎた。月は雲に顔を隠していて、月明かりが零れていることは無い。深夜の色が街に下りている。街灯は怪しく照っていて、その周囲のみを夜の支配から淡く解放している。街にこれ以外の明かりはない。皆が寝静まるこの頃、街は静寂に置かれ、冬の寒々しさに棘が増す。そして夜の静かなその街の一角に、相応しくない程の轟音が鳴り響いている。

 

 

「───っ!!」

 

 

 ランサーは有り得ない光景に理解が追いついていない。今戦っている赤銅の頭に琥珀色の瞳を持つ少年が、手にもつ物干し竿を槍のように扱っている。いや、それはまさに槍であった。熟練の槍さばきでランサーを追い詰めているのは少年の方だった。故にランサーには物干し竿は槍にしか見えない。そんな有り得ない状況にランサーは追いつけないのだ。

 ランサーが攻撃をしようとすると、それはあっさりと防がれてしまい、反対に少年の攻撃にランサーは対処するのがやっとである。数分前まではランサーの方が明らかに少年を圧倒していたはずなのに、それの立場が変わっている。ランサーは少年に、今まで戦った相手の中でもかなり上位に食い込むほどのやりにくさを感じている。それは少年がまるで、ランサーの動きを知っているようで、ランサーの弱点や癖を突いてくるのだ。さらに少年の動きそのものがランサーと酷似していた。ランサーは戸惑いの中、この少年と渡り合っていた。

 ランサーが攻めあぐねている理由はその戸惑いによるものでもあるが、それよりも少年に対する警戒心である。ランサーはこの少年に警戒を怠ったことはなかった。それは目の前の少年が魔術師であるとランサーは考えているからだ。学校で少年を襲撃した時、その少年は雷系統の術を使ったり、紫のあばら骨や腕を作る、奇妙な術を使った。しかし今はどうだろうか。目の前の少年はそれを使う素振りを全くと言っていいほど見せない。少年が家にいるときを襲った時、この少年はランサーの攻撃を尽く防いだあの紫色のあばら骨を出現させたりはしなかった。ランサーは疑問を感じている。この打ち合いにおいても、少年は強化以外の魔術を使用していない。それに不可解な点はまだある。少年の眼が赤くないのだ(・・・・・・)。学校で見た時、少年の瞳はゾッとするように赤い光を放っていたのだが、今少年の眼は琥珀色である。

 

 

「おい、坊主。お前それ以外の魔術はどうした?」

 

 

 ランサーが問いかける。それは純粋な疑問であった。まさか少年が、ランサーを他の魔術を使わずして倒せるだろう、等と思っているはずもあるまい。だとしたら何故か。ランサーは今、目の前の人物が自分よりも格上の存在なのではないか、とさえ思っているのだが、この少年は本来の実力であろう魔術を使わずに、槍術のみでランサーと戦闘している。手加減でもしているのだろうか。だとしたらランサーとしても屈辱である。故にランサーは問うたのだ。返ってくる返答次第では、ランサーの逆鱗に触れるであろう。

 少年はランサーの問いに首を傾げる。少年の顔色から窺えるのは、こいつは何を言っているだ、という感情であろう。その通りである。

 少年自身、自分が使える魔術のことは熟知している。その中でも最も生存の可能性の高い強化の魔術を使っているのだ。それに先程からの戦いで、少年が他の魔術を使えたのなら使っていただろう。だが使っていないということは少年が使えないということだけである。だから少年はランサーの問いかけの意味が分からなかった。

 だが、ここで自分がこれ以外の(すべ)がないことを、目の前の青い男に伝えてしまったのなら、それが敗北に繋がる可能性もある、と考えた少年は、ランサーの問に対して黙るという選択を取った。

 ランサーは沈黙を続ける少年に、「まただんまりかよ」と言って、悪態をつく。しかしランサーは少年のこの反応や、先程から続く状況から、一つの仮定に辿り着く。それは、"もしや目の前の少年は、何かしらの要因により、今他の魔術を使えないのではないか"、という仮定だ。

 この仮定に従って動くのなら、ランサーが警戒しているものに注意を払う必要はなくなり、決め手に欠ける、などという事案も発生しない。この警戒心を解けば、ランサーは強気に攻めることができる。けれど、もしその仮定が誤りであったのなら、ランサーの敗北は免れないだろう。

 

 

「チッ……やりずれぇ相手だぜ」

 

 

 ランサーは手に握る赤い死棘に力を込める。ランサーはその仮定に賭けるつもりだ。

 ランサーが少年に向けて槍を突き出す。赤い槍は真っ直ぐに少年の心臓に向かっていくが、少年はそれをあっさりと防いでしまう。幾度となく繰り返された光景だ。

 少年が棒を振るう。それをランサーは腕に当てて防ぐ。それは今までになかった光景だ。

 少年の攻撃自体はランサーにとってはそれほど脅威にならない。サーヴァント──過去に英雄として名を馳せた者として、少年程度の腕力では決定打になりはしない。しかし、そうは言っても人間誰しも急所と呼ばれるものは存在する。

 少年は腕力はないにしても、槍術のテクニックはある。万が一でも、ランサーの急所になり得る位置に当たってしまったのなら、英雄であるランサーとてただでは済まない。そして少年は、執拗にランサーのそういった弱い所を突いてくるのだ。さらに少年には雷系統の魔術らしきものがあった。接触をすれば、それを受けてしまうと思っていたランサーは、なるべく少年と、少年の持つ金属の棒には接しないように、回避していた。しかしランサーは賭けに出た。だから難なく腕で受け止めてみせたのだ。

 どうだろうか。痺れはあるか?痛みはあるか?電撃が襲ってきたか?

 その全ての問に対する答えは否定である。

 だがまだその仮定を証明するには情報が不十分すぎる。故にもっと目の前の敵と打ち合い、情報を集めなければならない。もっと速度を上げて。あの少年が英雄クラスの速さに対応し切れないのは、先程からの戦いで分かっている。それは少年の体の至る所にある生傷が教えてくれている。

 ランサーは槍術だけではなく、体術をも駆使し、少年に攻撃を入れる。

 

 士郎は青い男の攻撃パターンが変わったことに気付く。さっきまでは慎重であったのだが、今は激しさが一段と増している。青い男からの降り注ぐ猛攻に、士郎は何とか耐え忍ぶ。青い男の姿は士郎にとってまさに獣であった。

 一手、また一手と、青い男の攻撃が追加されていく。先程までは何故かやたらとこちらを警戒していたはずなのに、それを感じることは出来ない。それに士郎には、青い男の表情からは覗かれる決然の意思が見えている。

 それは士郎に戸惑いを与える。数分前までは、生存の可能性が微かでも見えていたのだが、どうも先程からその微かな光明が閉ざされてきている。脳に浮かぶビジョンはハッキリとしているのに、士郎自身がそのビジョンに着いてこれていない。

 かすり傷が増えていく。

 士郎がビジョンに着いていけないのは、ビジョンが多岐に別れ始めたからに他ならない。それはどういうことかと言うと、ランサーの行動の選択肢が増えたという事だ。つまり士郎の脳内には、次にランサーがする動作が幾つも重なって見えているのだ。それを士郎は見分けることが出来ない、対応することが出来ない。なぜならば、士郎は圧倒的に経験が足らないからだ。

 

 苦戦を強いられる士郎に対して、ランサーは味をしめたようである。これほどまで接触を繰り返しているのに、電撃を浴びるどころか、使う気配すらない。士郎の傷が増えるばかりで、紫の骨格は現れない。ランサーの仮定は演繹的に証明され始めている。だが警戒を怠っている訳では無い。ここぞという時に、それらを使いランサーを仕留めようとしてくる可能性は捨てきれない。だから、必要最低限の警戒はしつつも、余計な注意は払わない。

 ランサーの手数はみるみる増えていき、士郎は最早その猛襲に着いていけていない。士郎の持つ物干し竿も、側面が凸凹し始める。そしてここでランサーの強烈な蹴りが士郎の体にヒットする。激しい痛みが襲うが、何とか士郎はその場に踏みとどまり、お返しと言わんばかりの渾身の突きを放つが、それはあっさりとランサーに躱される。

 ランサーは赤い槍を横に薙ぐ。咄嗟に士郎は物干し竿を縦に構えて、横薙を防ごうとしたが、物干し竿からイヤな音が鳴り、ぐにゃりと曲がった。幾ら強化したとはいえ、それは武器ではない。故に耐久値が遂に限界を迎えたのだ。士郎はその横薙を受け、そして吹き飛ばされた。

 士郎の体には疲労が蓄積されていたためか、士郎は受身をとることが出来ず、地面に背中から落下する。士郎はその一瞬息が出来なかった。

 急いで起き上がるが、ランサーの追撃はもうそこまで来ていた。槍が迫る。何とかそれを避けることには成功したが、次の蹴りには回避の行動は間に合わなかった。またもや士郎は吹き飛ばされ、土蔵の扉の付近で落下する。

 しかしこれは運が良かったと言えるのだろうか。土蔵の中には何かしらがある、と士郎は考えた。手に持っている物干し竿はもう使い物にはならない。士郎はランサーに向かってそれを投擲する。ランサーはそれを赤い槍でいとも簡単に弾き飛ばした。士郎はその隙に土蔵に入る。

 土蔵の中は酷く静かであった。外での戦闘がまるで嘘であったかのように、冷たく静かであった。深夜の色に染まり、埃が待っている。月明かりが閉ざされている今、土蔵に光はない。

 

 

 ──何かないのか。

 

 

 急いで何かを探そうとするものの、あの青い男に対抗出来そうなものが見当たらない。それでも血眼になって探す。それは醜い生への執着にも見えるだろう。だが士郎には死に切れない理由がある。

 

 

 ──何かないのか。

 

 

 しかし残酷なことに、それらしいものは見当たらない。士郎の脳裏に"死"という言葉がべっとりとへばりつき始める。その感覚は懐かしい。確実に今、死は士郎に手招きをしている。それを認めたくない士郎は必死になるが、死が士郎に迫ってきていることは確かであった。

 背後から聞こえる、こちらへ向かってくる足音が大きくなるに連れて、士郎の額の汗の粒が増える。恐怖に打ち震え、固まりそうになる体になんとか鞭を打ち、考えを張り巡らす。何かはないのかと。

 先程まで見えていたビジョンが徐々に霞んでいくのを感じながらも、諦めてたまるものか、と心の火を灯す。けれど冬の深夜の冷たい風がそれを鎮火させようと、"死"を連れてきた。

 

 足音が止んだ。

 

 士郎の動きも止まる。

 

 外の世界は静止してしまったように、全ての音を失った。

 

 ゆっくりと振り返る。

 ランサーは静かに立っていて、士郎を見下ろしている。

 それは当然の結果で必然の運命だと言わんばかりに。

 

 内の世界、士郎の鼓動は自ら生きていることを主張するように、激しく士郎の胸を打つ。

 

 唯一見えるビジョンは、赤い槍がこのまま士郎の胸を刺し貫き、士郎の内の世界の時間をも停止させる運命。

 

 

「詰めだな、坊主」

 

 

 ランサーはここまで手こずらせた少年、士郎に少なからず敬意を抱く。本来ならここまでやってのけた少年を、ここで殺すというのはしたくないことであるが、これは聖杯戦争だ。目撃者は殺さなければならない。しかも聖杯戦争と関わっている可能性のある、"魔術師"であるならば尚更。

 ランサーは士郎に赤い槍の穂先を向ける。それは死の宣告である。士郎はその穂先を黙ったまま見つめ、そして俯く。

 手は固く握られていて、歯を食いしばる。

 学校での出来事のように死を受け入れたわけじゃない。そんな運命に従う訳でもない。でもそれ以外に道がない。

 諦めきれる訳があるものか。

 衛宮士郎はまだ正義の味方になれていない。

 

 

「……ふざけるな」

 

 

 士郎が静かに呟き、左手を胸に、心臓のある位置に持っていく。そしてそこで服を巻き込み、手をぎゅっと握る。

 ランサーはこれで最後だと、赤い槍に確かな殺意を込めて、士郎の心臓に向けて真っ直ぐ突き出した。

 

 

 ──夢見た未来がある。叶えたい理想がある。

 

 

 先程まで雲隠れをしていた月が、ようやく顔を出し、柔らかな月明かりを、暗く静まった士郎とランサーのいる土蔵の中に運んだ。

 

 

 ──それを果たすことなく、否定し続ける理不尽な死を前にして、死んでたまるものか。

 

 こんなところで意味もなく───

 

 

「───平気で人を殺す、お前みたいなヤツに!」

 

 

 その瞬間───なにかと繋がるような感覚を得た。

 突如として目の前に突風が起こる。

 そしてあの炎の夜のように、しつこくへばりついていた死が、黄金の光によって散らされた。死の運命が、黄金の極光によって、あっさりとその路線を変更した。

 

 

「七人目のサーヴァントだと!?」

 

 

 青い男は驚きとともに攻撃のために放った槍を、防御のために使用する。

 金属のぶつかる音がして、青い男は後方に吹き飛ばされた。

 士郎の目の前に、一人の少女が立つ。

 奇妙な風が吹く。その風も、そしてあの突風も、目の前の少女のものだと士郎は自然と理解した。

 青い衣装に銀の鎧。金の髪がその風に揺れる。そこには星があった。月明かりに照らされて、彼女の髪が星のように輝いたのだ。

 彼女の聖緑の瞳が士郎を見つめる。月夜に映る彼女は、それはとても美しかった。この美しさを士郎は生涯忘れることはないだろう。それほど士郎の目の前にいる少女は異質で綺麗だったのだ。この瞬間だけが切り取られた、一枚の悠久の絵画であるようにさえ思われる。

 そんな月明かりの静寂の中、先に口を開いたのは少女の方であった。小さな口が開かれて、凛とした声で言葉が発せられる。

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 

 

 

 




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