Eye of the Moon   作:微積分出来太

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久しぶりの投稿です。第6話です。
待っててくださった方々ありがとうございます!
これからも応援していただけるとありがたいです!

突然ですが、私はイタチ好きですね。
皆さんはどうですか?


第6話 陽差しの中

 ───夢を見た。

 

 

 俺が(・・)、一人の男の背中を追いかけていた。

 

 その男は俺にとって紛れまない憧れだった。

 

 同じ家に住んでいて、同じご飯を食べて、偶には同じ部屋で寝る。そんなありふれた日常が、どこまでも愛おしかった。彼から受けた刺激が俺を更に最長させたと思う。

 

 そして、こんな日々が毎日続くと思っていた。けれどそんな普通だった筈の日常は、ある月夜を経て一夜のうちに瓦解するのだ───。

 

 まるでそれまでの幸せな現実が幻であったかのように───。

 

 俺はその男をきっと誰よりも尊敬していた。

 けれど、その尊敬と同時にその男を羨ましく、妬ましくも思っていたりもした。

 でもその嫉妬は些細なもので、俺のその男への思いはやはり、憧れが占めていたのだ。

 

 

 幼い俺は男と一緒にいたくて、遊びに誘ったり、修行に誘ったりした。まだ俺が小さかったときは、男はそれに付き合ってくれたのだが、いつからだっただろうか………

 

 

 ───男が俺の額を小突き、許せと言って構ってくれなくなったのは………

 

 子供ながらに、俺は男との距離を感じた。男が俺を遠ざけているように思えた。

 

 俺は誰かに認めてもらいたかった。それはきっと、その男の影響だと思う。その男はとにかく凄かったのだ。とても優秀で、皆から認められていて、期待されていた。幼かった俺には、男が輝いて見えた。だから俺もきっと、そんな男と同じように、皆から期待されたり尊敬されたりされるような人になりたかった。そして父が男に言う、「さすがオレの子だ」という言葉が羨ましかった。俺もそんな風に父に褒めて貰いたかった。俺も俺なりに頑張ってみたけど、父はそうは言ってくれなかった。そのことが子供心を揺さぶり、俺の無意識のうちに、尊敬していた男に対しての、暗く黒い感情を芽生えさせたのだ。その感情の萌芽は育ってはいったものの、それでもやはり男に対しての俺の感情は憧れや尊敬の方が占めていたのは確かだ。だから俺は自身の黒い感情に気付かなかったのかもしれない。

 

 しかしある日、夕焼けの暖かい橙色の中、家の縁側で俺は思わずポロリと男に愚痴を零してしまう。父はその男の話ばかりしかしないと。不満そうに言う俺に男は苦笑すると、

 

 

「オレがうとましいか?」

 

 

と言った。それは俺の意識外の感情の核心を突いた言葉だった。俺は今まで認識していなかった、男に対する負の感情を自覚した。俺は今まで慕っていた男に対してそんな感情を懐いていたことを知り、同時にその男自身により当てられてしまい、何も言えなかった。言い当てられてしまったことへの焦り、恥、そして申し訳なさが生まれるだけだった。

 

 そんな俺を男は許した。

 人に憎まれて生きていくのが道理だからと言って───。

 そんなふうには思っていない、そう言いたかったのだが、俺のその男に対する負の感情を自覚した今、その言葉は尻窄んでいった。俺の無意識の負の感情を見破った本人は、俺を貶したり、罵ったりする訳でもなく、ただただ微笑んだ。いつもの優しい男の姿がそこにあった。

 

 続けて男は言った、自分たちは唯一無二の兄弟であると。

 そして──

 

 

「お前の越えるべき壁としてオレは───

 

 

 

 

 ───お前と共に在り続けるさ」

 

 

 例え憎まれようともそれは変わらないと、男は言って、笑った。

 焼けた空の向こうには、烏が二羽並んで飛行していた、そういう風に見えた。片方は大きくて、もう片方は少し小さく感じるが、それは目の錯覚かどうか。

 あの二羽は、穏やかな夕陽に抱かれていた。遠くに見えるその光景が、俺の胸に染み込んできた。俺の胸が夕焼け色に染まった。それはどこか不安を孕んでいながらも、温かいものであった。

 橙色の抱擁を受けて、俺はその男の表情を改めて見る。あの言葉は紛れもない彼の本心であったのだろう。この夕焼けの中の男の微笑が、その事実を物語っていた。例えこの笑顔の中に薄く陰が差していたとしても、この瞬間はきっと、この男のこの思いはきっと、本当だ。

 なぜならこの男は───

 

 

 ────オレの(・・・)

 

 

 ────たった一人の(・・・・・・)

 

 

 ────()なのだから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ゆっくりと閉じていた瞼が開く。ぼやけた視界に、置き去りになった意識の見ていたものを、微かに思い出す。俺の胸には懐かしさが秘めていた。あの夕焼けの縁側を俺は一体いつ経験したというのだろうか。俺の、衛宮士郎の記憶にはない出来事なはずだ。けれど衛宮士郎の中にないあの景色はそれでも本物で、決して創作されたものでは無く、確かに俺の中に存在していた。何より胸に秘める懐かしさが、あの夕焼けの縁側は本当であったと物語っている。だが、いつもと同じでその夢も起きてから時間が経っていく程に泡沫のように消えていく。

 虚ろな眼で、俺の額の真ん中を指でなぞる。そこには大切な何かがあるような気がした。夕焼けの感傷が確かにここにあるはずがした。けれどそれは音もなくスーッと消えていく。俺は失っていくことに、喪失感を覚えた。消えてしまったら最後、虚しさだけが俺の心中に湧いていた。あの胸の奥まで染み込んで来た夕焼けはどこへ行ったのか、額をなぞった指を離す。

 

 

「シロウ、起きたのですか?」

 

 

 その声が俺を現実に引き戻した。声の聞こえた方へ視線を向けると、金と青の少女がいた。少女は俺の側で正座をして座っていて、少女の可憐さと姿勢の美しさから人形のように思えた。彼女の金の糸が星のように瞬いていた。

 

 

「………セイ……バー………?」と俺は寝起きのぼんやりした記憶を辿り、彼女の名前を口にした。

「はい、シロウ。どうされました?」

 

 

 少女、セイバーは俺の問いかけに頷く。そして俺は昨日からの出来事を思い出した。学校で見た、ランサーと赤い男の戦い。ランサーとの戦闘。セイバーとの出会い。そして、それら全ての原因となる聖杯戦争。この数時間で俺は様々なことと出くわした。眠りから目覚めたばかりだが、それらのことを思い出しただけですっかり頭は醒めた。

 俺は体を起こす。起こしてからもう一つ思い出す。俺はランサーとの戦いで、体を動かせなかったはずではないか? なのにこんなに簡単に体を起こせるなんて……。

 俺は服を捲り体を確認するが、どこにも傷や痣らしきものら見当たらなかった。セイバーが治療してくれたのだろうか?

 

 

「セイバーが治してくれたのか?」俺は服を捲ったままセイバーに訊ねる。

「いいえ、それはシロウが自分で治したのです。驚きました。まさか自分自身を回復する手段を持っているとは」

 

 

 セイバーは大変感心しているようだった。俺はセイバーの言うことに首を傾げる。俺はそんな方法は持ち合わせていないが、まあ、寝て治ったというのならそれに越したことはない。あまり気にしないようにした。

 居間の明かりは付けっぱなしだったが、もうその明かりは必要は無いみたいだ。夜の闇はどこかへ行き室内には陽の光が感じられた。俺は立ち上がり、居間と縁側の方を仕切る襖を開けると、朝陽が差し込んでいるのが分かった。セイバーの髪が朝陽を浴びて、星のようにキラキラと輝く。その光景に俺は夜の彼女との出会いを思い出した。冬の冷気が、開けた襖の下方から流れ込んだ。それはぬるりと俺の足を撫でる。冬の冷気に触れた肌は一瞬でピリッとして張り詰めた。俺は寒さに耐えきれず、すぐ様襖を閉めた。やはり廊下に比べ、一晩中ストーブのついていた居間は暖かかった。

 襖を閉めた俺は再び座布団に腰を下ろした。その一連の動作をセイバーは、綺麗な姿勢なまま、目で追っていた。

 

 

「シロウ、痛みはありませんか?」セイバーは確認するように聞く。

 

 

 セイバーが俺を目で追っていたのは、俺の状態を心配してのことだろう。確かに傷が治ったと言えど、体のどこかに痛みがあったのなら、まだ安静にしておくべきであろうが、今の何気ないちょっとした動作の中で痛みは感じられなかった。このことから日常生活に支障はないと判断できるだろう。

 

 

「ああ。痛みはない。けどまだ激しい運動ができるかは分からないな」

「ええ、今は避けた方がよろしいでしょうね」

 

 

 セイバーは落ち着いた声でそう言った。

 俺は時計を見る。時刻は7時を迎えていた。今日は休日で、学校は休みだから、学校へ行く支度をする必要は無い。とは言ったものの、俺は着替えずに寝たため、制服自体は着ているのだが。それにしても制服の汚れに目がつく。所々破れているし……。この制服の修復を思うと、自然とため息が出た。

 さて、もう7時を回ったということで、そろそろ朝ご飯の用意をしよう。俺は腰を上げて、台所に向かう。向かいながらセイバーの食に関する苦手なものを聞いたが、特にないとセイバーは答えた。

 俺は台所に立ち、黒いエプロンの紐をキュッと結ぶ。時間も時間だし、そんな豪勢なものは作れないけど、残り物とかも合わせれば、それなりの量になるか。俺は冷蔵庫の中を漁り、食材を取り出す。コンロに火をつけて、

 

 

「さあ、始めるか」

 

 

 料理に取り掛かった。

 時間にして数十分。一時間はかかっていない。それくらいで、朝ご飯は出来上がった。俺はそれらを机に並べる。彩りもいいし、栄養のバランスも考えて作った。やはり朝は華やかに始めたい。セイバーの分のご飯も装って、完成だ。

 

 

「セイバー、朝ご飯が出来たぞ。食べよう」

 

 

 机から離れたところで正座をするセイバーに呼びかける。セイバーは「よいのでしょうか?」と遠慮気味に返事をする。そうは言いつつも、俺はセイバーの目が机に並ぶ料理に目が釘付けなのを知ってるし、元からセイバーの分も作るつもりだったから、そう畏まる必要は無いのだ。

 

 

「もちろん。セイバーの分も作ったんだ。是非食べてくれ」

 

 

 俺の応えにセイバーはおずおずとこちらにやって来て、腰を落ち着かせた。座ったセイバーはやはり変わらず綺麗な姿勢だった。改めて見る机の上を彩る料理達に、セイバーの瞳がキラリと光った。この様子では、実は調理中に出る物音、例えば包丁で食材を切る時に鳴るリズミカルな音とか、に聞き耳を立てていたとしても不思議ではない。今度ご飯を作る時に、それとなくセイバーの方を見てみよう。そう思うが、それはきっと叶わない。なぜなら俺は今のところ、マスターを辞退するつもりなのだから。耳の奥で、本当にそれでいいのかと俺に問いかける声がするが、俺は首を横に振り、その問いかけをかき消す。

 セイバーの方を見る。今も目を輝かせて食卓に咲いた料理の花々を見つめている彼女を、俺は微笑ましく思った。まだ出会って一日も経ってない彼女に、俺が何かしらの感情を抱いているのは確かだ。

 

 

「さあ、食べよう。いただきます」

 

 

 俺は手を合わせて食の感謝の言葉を唱えてから、箸を手に取って食べ始めた。セイバーもそれを真似るようにして、ご飯を食べ始める。そう言えば、セイバーは箸を使えるのだろうかと思って、セイバーの手元に注目する。セイバーは箸をちゃんと使っていた。見た目が完璧な異邦人なのに、箸はちゃんと使えるんだなと感心する。セイバーは俺の視線を気にすることなく、箸を進めている。その表情が綻んでいるので、きっとお気に召したのだろう。それなら良かった。食べ進めるセイバーの、もきゅもきゅと動く口に愛らしさを感じた。

 俺もセイバーを見ているだけではなく、箸を動かす。食べ物を箸にとり、口に運ぶ。うん、今日も悪くない出来だ。自分の料理の味に満足感を覚えながらも、俺とセイバーはご飯を食べ進めた。その間一言も発することは無かったが、それはお互いに気不味さを感じているからではない。セイバーは食べることに夢中になっていて、俺は嬉しそうに食べるセイバーに夢中になっていたからだ。

 ご飯を食べ終わって「ご馳走様」を終えた。食器をシンクへ運び、食後の清掃作業。洗剤を付けたスポンジで、お皿を一枚一枚丁寧に洗っていく。後ろを振り返ると、セイバーは食後のお茶をしている。落ち着いた騎士然としている。流水で食器を流し、洗い物は終わる。水を止めて、俺もキッチンから居間に戻って、腰を下ろした。

 セイバーがお茶をすする。俺も急須を手に取り、湯のみにお茶を注いだ。若草の緑が湯のみを満たし、茶葉の芳醇な香りが俺の体を休ませる。温かいお茶をすすると、一気に香りが鼻の奥まで広がって、洗われたようだった。それを飲み込むことで、胃の中から自然の洗浄の効果を感じた。堪らず俺は、リラックスした声の含んだ息が漏れた。

 

 

「シロウ。朝ご飯感謝します。とても美味でした」

 

 

 セイバーが俺に朝ご飯の感想を言い話しかける。セイバーの舌を満足させられたようで俺も安心した。俺はセイバーに「それならよかった」と応えた。俺はお茶を飲む。セイバーもそれに合わせるようにお茶をすすると、湯のみを机の上に置いた。

 

 

「これからどうしましょうか。監督役の人物のもとへ行きますか?」とセイバーが徐に訊ねる。

「そうだな。でもこんなに早い時間から行くのは迷惑じゃないか?」

 

 

 時計を見るとまだ昼にもなっていない。確かに太陽はもう空高くに昇っているが、まだ朝と言える時間帯に伺うというのは考えものだ。恐らく対応はして貰えると思うが、向こうの気分を損ねる可能性もある。

 

 

「そうですね。ではどうしましょう」

 

 

 セイバーがそう言ったタイミングで、廊下にある家の電話が鳴った。廊下に響き渡り、居間にまでその音はハッキリと聞こえた。俺は立ち上がり、襖を開けて廊下に出て、電話に出る。電話のディスプレイに、発信先がカタカナで記載されていて、『ホムラバラガクエン キュウドウジョウ』と出ている。このことから電話の相手は藤ねえの可能性が高い。

「はいもしもし、衛宮ですけど」と俺が電話に出ると、やはりと言った感じで陽気な声で藤ねえの声が聞こえてきた。俺は暇じゃないぞと伝えると、大きな声で自分も暇ではないと返ってきた。曰く藤ねえは今日の休日を返上して、弓道部員の面倒を見ているらしい。そして最後に弁当の催促をして、藤ねえは電話を切った。一方的に切られた電話になんだかなぁ、と思いつつも俺は藤ねえのために弁当作りを始めるのだった。

 セイバーには悪いが、監督役のもとへ行くのは後回しになりそうだ。その事をセイバーに伝えると、構わないと了承してくれた。その代わりに俺の学び舎に着いていくと言い出した。断ろうとするのだが、セイバーは危険だと言って一歩も引かず、結局セイバーは俺に着いてくることになった。なんだかなぁ、と思いつつも俺は支度するのだった。俺の周りにはこういった割かし強引気質の女性が多い気がするのは何故だろう。そういう手合いの女性がこれから増えるような気がしてならないのは、何かの間違いだと思いたい。

 俺は制服を脱ぎ着替える。セイバーの服も現代ではとても目立つ格好であるため、着替えてもらうことにした。と言っても我が家には女性物の服はないため、俺が昔着ていた服を着てもらった。それは冴えない俺のような男が着れば地味な格好に見えるかもしれないが、彼女のような美人が着れば何故かどことなく華があった。ただのジーンズにシャツその上に寒くないよう上着を着てもらってるだけなのに! 雑誌や服屋のCMでも美形の人を採用する理由に触れたような気がする。

 学校への道を行く最中セイバーは周囲をしきりに警戒していて、人によっては彼女のことが不審者に見えてしまうだろう。マスターっていうのは人目につくのは避けるものだとセイバーは言っていたのだが、その事についてセイバーに問うと、万が一ということがあると言って、俺一人で外を歩かせるのは危険だと言った。俺は思わずため息が零した。彼女が俺を守ろうとしてくれるのは素直になれ嬉しいけど、こうも過保護だとこちらも気疲れというものが起こる。それに俺はまだ聖杯戦争に参加する意志を持っていない。それななのに俺を守ろうとしてくれるセイバーに、申し訳なさをおぼえた。彼女はどこまでいっても騎士であったのだ。

 学校に着いてからもセイバーの警戒する素振りを変わらず、あちこちに目を光らせていた。俺はそんなセイバーに、誰かに話しかけられてもここでは素知らぬ顔をし、日本語が分からない雰囲気を作ってやり過ごせと言っているのだが、聞いているのかどうか。俺は少しばかりの呆れを覚えたのだが、それはセイバーの次の言葉で掻き消えることなった。

 

 

「魔力の残滓が感じられます」

 

 

 つまりはこの学校で魔術が行使された痕跡があるということ。更に言い換えれば、この学校に魔術師がいる可能性が高いという事だ。その事は想定内だ。なにせ昨日俺はランサーと赤い男の戦いをこの目で見たのだから。だがそうとは言ったものの、赤い男かランサーのマスターが学生であるかは分からないし、この学校にいる魔術師が聖杯戦争に関わるマスターだと言うことも断定はできないだろう。だからといって気を抜いてはいけない。聖杯戦争が行われているこのときに、この場所で魔術を使ったのならその人物がマスターである可能性が極めて高い。要するに、この学校にマスターがいる。

 その事実に直面して俺の体にじっとりとした汗が出た。こんな身近なところにも命の危険はあったのだ。昨日の夜闇が思い出される。それは凍てつく空気とともに俺の肌を、心臓を撫でて、そして俺の命は………。

「シロウ!」セイバーが俺の名を呼ぶ。俺の闇に囚われた意識はセイバーの呼び声によって、現実に引き返した。冬だというのに汗が止まらない。こんなにも自分が弱いだなんて思わなかった。

 

 

「シロウ、大丈夫ですか?」

 

 

 セイバーが俺の顔を心配そうに覗き込む。俺は自身を落ち着かせるために深呼吸をしてから、セイバーに大丈夫だと伝える。セイバーの気掛かりな様子は変化しなかった。

 

 

「本当に大丈夫だ。心配するな」

 

 

 俺はそうセイバーに言う。実際もう平気だ。深呼吸をしたら落ち着いた。だから俺は無理なく彼女に微笑みかける。セイバーは「だとよいのですが」と渋々納得したものの、その瞳にはやはり不安そうな色が滲んでいた。

 

 

「それで、魔力の残滓が感じられるって言ってたけど」俺は話題を変えるように彼女の言ったことについて訊ねる。

「はい。気になる違和感はありますが、とりあえず危険はないようです」

 

 

 俺はそれを聞いてほっとしたけど、この学校にマスターと思われる存在がいるのならば、これからは気を引き締めて行かなければならない。変に目をつけられてしまったのなら、今度こそ俺はそのマスターとサーヴァントのペアに殺されかねない。

 学校の弓道場の戸を開けて俺だけ中に入ると、弓道着を着た桜が出迎えてくれた。挨拶をするのだが桜はポカンとしていて、その視線は俺の後ろ、外で待機しているセイバーに注がれていた。藤ねえに弁当を届けに来たことを伝えると、桜は藤ねえを呼びに行ってくれた。それと入れ替わるように、弓道部の部長である美綴がやってきた。美綴曰く、藤ねえのテンションが空腹のせいで高くて、部員はそれに困っていたらしい。なんとも藤ねえらしい……。そんな藤ねえの扱いにも慣れている美綴なら、藤ねえの弁当のことに朝のうちに気付いてもらいたかったのだが、美綴は疲れているそうだ。それはきっと慎二のことであろう。美綴に慎二がいるか訊ねるが、どうやらいないらしい。美綴は新しい女でもできたのではないかと予想している。

 

 

「それより衛宮。外にいた人誰? えらく美人さんだったけど、知り合い?」

 

 

 美綴にセイバーのことを聞かれる。説明すると長くなるし、もしかしたらこれから関わらなくなる可能性だってある少女を態々話す気が起きず、説明のしように悩んでいるが、美綴の言葉に引っかかる点を覚えた。美綴は外にいた(・・)と言った。いた?

 俺は戸の外を見る。するとそこにはセイバーの姿は消えていた。俺はああ! と間抜けな声を上げて、美綴に弁当を藤ねえに渡すように頼み預けてから、急いで戸から弓道場の外に出た。

 外に出てセイバーを探すと意外とすぐに見つかった。セイバーの金の髪がとても目立つからだ。セイバーは校舎に向けて歩いていた。俺はセイバーのもとへ駆けていった。

「セイバー!」と小さなセイバーの背中に呼びかける。セイバーはそれに気付いていて敢えて無視しているのか、または本当に気付いていないのか、止まる気配はなく、校舎に向けて直進を続けている。急げ、と自分の脚を奮い立たせる。すると何故だが脚が軽くなった気がした。そして先程よりも、セイバーの背中が大きくなるのがはやくなった気がする。なんとかセイバーが校舎に入る前に追いつき、後ろからセイバーの肩を掴み歩行を止めた。

「シロウ?」と首を傾げるセイバーは、弓道場を出てすぐの俺の呼びかけに本当に気付いていないようだった。俺は結構全力で走ったため、少しばかりの息切れを起こしている。セイバーは俺を見たあと、俺の走ってきた道を見ていた。

 

 

「シロウ、貴方はあそこからここまで走ってきたのですか?」と言ってセイバーは俺の後ろの、弓道場の方を指さす。

「ああ。セイバーが先に行っちゃうから追いかけてきたんだ」

 

 

 俺はセイバーの指さす方向に目を向けず、真っ直ぐにセイバーを見て言った。セイバーは「そうですか」と言って、少し悩む素振りを見せてから俺に向き直る。

 

 

「シロウは凄いですね。走ってくるシロウの足音に全く気付きませんでした。それはある種の才能ですよ」

 

 

 セイバーは嬉しそうにそう言った。足音がしなかった? それはセイバーが気付いてなかっただけじゃないのか? 俺のセイバーの呼ぶ声にも気付いていなかったようだし。なんとも言えない賛辞を受けて、俺は勿論なんとも言えない思いになる。

 

 

「セイバー、藤ねえの弁当は美綴に託したし、その監督役のところに行こう」これ以上勝手に生徒ではなく職員でもないセイバーにウロウロされると学校にも迷惑がかかるし、その説明をする俺も困る。

「いえ、私としてはまだシロウの学び舎が危険かどうか見定めなくては」とまだ学校に残ろうとするセイバー。こうなったセイバーをこっちが説得させるのは骨が折れるというのは今朝方に分かったことなので、俺は強引に、

「いいから。はやく行こう」とセイバーの手を掴み、セイバーを引っ張って校門に向けて歩いていく。

 

 

 セイバーに付き合っていたら、学校を出る前に日が暮れちゃいそうだ。なるべく俺はセイバーの身に何かあったら嫌だから、監督役の用事を済ませ、夜になる前に家に戻りたい。

 セイバーは俺が手を引き始めたら「シロウ」と俺の名を呼び、何やら抗議したそうであったか、俺が引っ張ってるうちにセイバーも黙って俺に手を引かれた。

 後になって俺はこのときを後悔する。俺がセイバーの手を掴んで歩いているところを、弓道場にいる人物はしっかりと見ていた。俺がその人物に問い詰められる運命はすぐそこにある。

 

 




読んでいただきありがとうございます!

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