【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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プロローグ.運命の邂逅

 ハリー・ポッター。

 その名を知らぬ者は、魔法界に住む住民には誰一人も居ないくらい、彼は超有名な偉人だ。

 最強の闇の魔法使い・ヴォルデモート卿率いる闇の陣営が猛威を振るっていた第一次魔法戦争に終止符が打たれたのは、言うまでもなくハリー・ポッターの活躍によってである。

 『死の呪文』を免れた唯一の魔法使いとして、そして『生き残った男の子』として、彼は僅か1歳と3ヶ月で魔法界の伝説の人物となった。

 ヴォルデモートがハリー・ポッターを殺し損ねてひと度姿を眩ますと、闇の帝王に忠誠を誓い、『許されざる呪文』を使って多くの魔法使いを拷問・殺害・服従させて魔法界を恐怖に陥れた闇の魔法使い・死喰い人(デスイーター)の多くがアズカバン行きを逃れるべく、崇拝してきた御主人様との関係を真っ向から否定し、日常生活に戻っていった。

 

 こうして、魔法界全土を震撼させる脅威は嘘のように鳴りを沈め、住人達は平穏無事な日々を過ごすことが出来た。

 そう、全てはハリー・ポッターのおかけで。

 当時、まだ赤ん坊であった彼の存在が、暗黒の勢力が支配する魔法界を救ってくれた。

 だから、偉大なる彼に敬意を払い、今の平和な世の中を祝う。

 今日も魔法界の何処かで、国中の人があちこちで夜な夜なこっそりと集まり、杯を挙げて『生き残った男の子、ハリー・ポッター』に乾杯しているだろう。

 

 

 

 だが―――そんな彼の実際の生活は、祝福とは程遠い惨めなものであった。

 

 

 

 

✡️

 

 

 

 サリー州リトル・ウィンジング、プリベット通り4番地。

 そこに在る親戚の所在地・ダーズリー家に住んでいる、クシャクシャな癖毛の黒髪にアーモンド状の緑眼を持つ小柄で痩身な少年、ハリー・ポッターは憂鬱な面持ちで一人公園のブランコに座っていた。

 着ている服はダブダブで、壊れた丸メガネはセロハンテープで補強している。

 ハリーは重苦しいため息を吐き、空を仰いだ。

 雲一つない輝く晴れ空で、太陽がギラギラと照り付ける真夏日の今は夏季休暇中だ。

 従兄のダドリーと共に通学しているセント・グレゴリー小学校は長期休業の期間で、これが普通の家庭の少年少女なら歓喜するだろうが、生憎ハリーは楽しい気持ちになど、これっぽっちもなれなかった。

 何故なら彼は、他のクラスメイトとは違う。

 その違いのせいで、学校ではいつも孤立していて友達も誰一人いなかった。

 

 まず、ハリーは孤児だ。

 それだけでも、他のクラスメイトとはちょっと違う。

 その『違い』を苛めたりする大人や子供は、周りに大勢居る。

 何か特別な事情を持っている者を蔑み排除することで、自分が周囲から浮いていないことを自覚し安心感を得る。そのために、他人を標的にしようとする人は、何処にでも居るのだと、ハリーはなんとなく理解するようになっていた。

 

 そしてハリーは学校だけでなく、自宅も嫌っていた。

 孤児故に唯一の親戚であるダーズリー家に身を置いているのだが、その一家はハリーにとって家族とは言い難い存在だった。

 一応は育ての親であるダーズリー夫妻―――バーノンとペチュニアは息子のダドリーを溺愛して甘やかすのに、甥の自分には一切見向きもしてくれない。与えられる服は全てダドリーのお古で、自分の身長に合ったサイズの服は一着も買ってくれなかった。

 食事作りや郵便受け取りといった家事も強制的にやらせ、1年に一度しかない特別な日・誕生日を迎えたとしても、祝って貰えるどころかプレゼントらしいプレゼントを渡された記憶は一片たりともない。

 幸せな家庭だと全然感じられないハリーは、家でも学校でも身の置き所が何処にもなかった。

 

 が、ハリーには、何故ダーズリー夫妻が自分を残酷に扱うのか、その心理を悟っていた。

 時々、ダーズリー夫妻は夕食抜きの罰を与えたり、階段下のクモだらけの物置に閉じ込めるのだが………そういう時はいつも決まって、何かまともでない出来事が起きるのだ。

 例えば、叔母のペチュニアがクシャクシャな髪がすぐ伸びることに腹を立ててキッチンバサミで前髪だけを残してほとんど坊主になるまで刈ってしまったのに、翌日には元のクシャクシャな状態まで伸びたことがあった。

 またある日は、従兄のダドリーとその友人のグループ『ダドリー軍団』がハリーを追い掛けて楽しむ『ハリー狩り』と呼ばれる特殊なゲームの真っ最中、気が付いたら食堂の屋根の上に腰掛けていたこともあった。その時ハリーがやろうと思っていたのは、食堂の外に在った大きな容器の陰に飛び込もうとしただけである。

 ハリーはジャンプした拍子に風に浚われたに違いないと思っているが―――どうしてそんな不可思議な現象が周囲で引き起こっているのか、何も知らないハリーには知る由もない。

 

 でも、これだけはハッキリと理解している。

 ダーズリー夫妻はとにかく『普通』を好み、不思議とか神秘的とか、『まともでない』非常識を憎悪している。

 だから、そういう原因を作っている甥の自分を嫌悪しているのだ。尤も、何故そういった出来事が起きるのかを誰よりも知りたいのは、ハリー本人なのだが―――。

 

 天を仰ぎ見ていたハリーは額に触れる。

 物心ついた頃から両親は居らず、ダーズリー夫妻の話によれば、両親は交通事故で死亡し父親は無職の飲んだくれだったとか………。

 そして、自身の額にある稲妻型の傷痕もその事故でついたものらしい。しかし、ハリーは本当にそうであるのか、不思議で堪らなかった。

 時折、ハリーは額の痛みと共に緑の閃光と冷たい高笑いを思い出すことがあっても、僅かばかり記憶に残っている光景が何なのか、自動車事故なのか、それだけは思い出せない。

 真相を確認したくても、出来なかった。

 バーノンとペチュニアはとにかく質問を禁じ、特に両親について尋ねる行為を嫌っている。

 なのでハリーは故人の両親について知り得るのを断念せざる得ないのだが―――。

 

「―――おーい、ダドリー! アイツが居たぞ!」

 

 公園の出入口から、馬鹿デカイ声がした。

 ハリーはハッと視線を声がした方向に向ける。

 案の定、そこにはダドリーとダドリー軍団のヤツら―――マルコム、デニス、ゴードン、そしてピアーズ・ポルキスが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを見ていた。ちなみにさっきの声はマルコムである。

 ハリーは反射的に立ち上がり、逃げようとしたが………皮肉なことに、此処には逃げ場が何処にもなく、袋のネズミであったハリーは彼らに捕まってしまった。

 

「離せ!」

 

 喚くハリーをピアーズが抑え込む。

 ガリガリに痩せたネズミ顔の彼はその見た目に反して腕力が強い。

 ダドリーが誰かを殴る際、大抵相手の腕を後ろに捩り上げる役を買っているのは言うまでもなくピアーズだ。

 

「大人しくしてろよ。………ダドリー、いつでもいいぞ」

 

 ピアーズが目配せすると、ダドリーは待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で、動きを封じられている従弟の前に立つ。

 ピンクのデカイ顔に、薄水色の小さい眼、ブロンドの髪をした巨漢のダドリーは、従弟のハリーから「豚がカツラをつけたみたい」と言われるほどの肥満体型だ。

 ダドリーは血の繋がった従弟をお気に入りのサンドバッグにし、ハリーは従兄の顔面パンチがしょっちゅう飛んで来ることから、丸メガネのあちこちにセロハンテープを貼り付けてあるのはそういう訳である。

 

 ハリーはギュッと眼を閉じ、下唇を噛み締め、これから来るだろう痛みに身構えた。

 マルコム、デニス、ゴードンは興奮気味な様子で包囲し、ダドリーは殴る態勢に入る。

 そしてダドリーが拳を握り締めた、その時。

 

 

 

「おい。止めとけよ」

 

 

 

 何処からか、誰かの声が全員の耳を打った。

 今まさに殴り掛かろうとしていたダドリーは聞き慣れない声に意識が移り、顔をしかめながら後ろに振り返る。

 ダドリー軍団も同じく後ろに向き、ハリーは束の間ホッとしつつ、止めてくれたのは一体誰なんだろうと緊張感が走った。

 

「あっ!? 誰だお前!」

 

 真っ先にマルコムが声を上げ、その場から弾け飛ぶように走り出す。ダドリー軍団はピアーズを除いてデカくてウスロノだが、腕力だけは人一倍ある。

 なので普通に考えればマルコムが圧勝すると誰もが思うが………バタンッ、と鈍い音がし、ハリーは恐る恐るといった感じに眼を開けた。

 ダドリー軍団は揃いも揃ってデカく、前方の視野は遮られているので、声の主がどんな人物なのか視認することは生憎出来ない。

 

 ………と思っていたが、現実は違った。

 瞼を開いて視界に飛び込んできた光景に、ハリーは緑眼を大きく見張った。

 信じられないことに、地面に倒れていたのはマルコムの方であったのだ。

 つい先程まで彼が立っていた場所の空間がガラ空きだったので、ハリーはようやく初めて聞いた声の持ち主がどういう人なのかを知る。

 年は自分達と然程変わらないだろう、一人の少年が立っていた。

 ………いや、ちょっと待てよ。

 あれは本当に少年か?

 そう疑問に感じたハリーはまじまじと見る。

 

 狼を思わせる、丸っこくて柔らかそうなウルフカットを施した短めの黒髪。

 眼光炯々という言葉がまさにピッタリな、蒼色の獣っぽい鋭い瞳。

 非常に整った顔付きは凛々しく、初見のはずなのに、この上無い頼もしさを感じる。

 

 割りと精悍な印象を受けたので、最初見た時はワイルドな少年と捉えてしまったが………よくよく見てみれば、美少年のようなルックスをした少女だと認識する点が幾つか見付かった。

 ロング丈の黒いカットソーに包むその身体は薄い服越しからでも容易に察するくらい華奢で、四肢もスラリとしている。外気に晒されている肌は雪のように白く、美容に気を配っているクラスメイトでさえ、あそこまで色白な女の子はいない。

 それらから推測するに、初見ではわかりづらいが、あの人は女の子なんだろうけれど………ついさっき耳にした低音ボイスや口調を考えると、見たまんまの通り、男の子であるとも言える。

 

 区別がつかないので、ひとまずは『彼』と呼ぶことにしよう。

 『彼』は何者なんだろうか?

 あのケンカ強いダドリーの子分の一人を倒すなんて、相当な人間だ。少なくとも、そこいらに居るような非力な少年少女では到底ダドリーやその友人達に敵わない。

 そのことは、ハリーがよく知っている。

 ってことは、やっぱり男子なのだろうか?

 しかし、それにしては身体が細い………。

 自分みたいに、お腹いっぱいに食べさせて貰えなくて年齢の割りに小柄で痩身だというのも一つの考えとしては挙げられるが、シンプルなのにスタイリッシュな格好を見ると、そうではないと思う。

 結論の出ない思考にハリーが囚われている間にも、邪魔者が乱入してきて腹を立てたダドリーが標的を従弟から『彼』に変更し、ピアーズに指示した。

 

「ピアーズ、アイツの腕を後ろに捩り上げろ」

 

 命令を受けたピアーズはハリーを解放し、ドンッと横に突き飛ばす。尻餅をついたハリーは手を擦り剥いて痛みに顔を歪めるが、あっ、と勢いよく顔を上げた。

 ピアーズは『彼』を束縛しようと接近する。

 『彼』は一歩も動かなかったが―――ピアーズが手を伸ばした瞬間、物凄い速さで彼の細い手首を掴み、逆に捻り上げた。

 

「イタタタッ………!」

 

 ピアーズは堪らず呻き声を上げ………『彼』は更に力を加える。

 屈辱的であったが、ピアーズは懇願した。

 

「は、放せ………ッ!」

 

 すると、『彼』は無表情でパッと手を放した。

 その途端、ピアーズは痛む手首を擦りながら、涙眼でその場にへたり込んだ。

 ハリーはビックリした顔で凝視する。

 ピアーズ以上に細い腕をしている『彼』は何処からそんな力が沸いてくるのだろう?

 ハリーがそう疑ってしまうのも無理はない。

 相手をガッチリホールドするほど剛力なダドリーの手下を、たった一度手首を捻り上げただけで制圧するなど………とんでもないヤツだ、と再認識した。

 

「お前ら、さっさと此処から立ち去った方が無難じゃないか? 極力は、傷付けたくないし」

「コイツ………!」

 

 『彼』の挑発的な態度と物言いにイラッとしたのか、リーダー格のダドリーは思い切り眉を上げる。ケンカする気満々のダドリーの様子に『彼』は深く息を吐き………眼を閉じた。

 同じく眉を釣り上げていたデニスとゴードンが勢いそのままに飛び掛かろうとしたが、ダドリーが「お前らは引っ込んでろ!」と命令し、『彼』に向かって突進した。

 迫ってくる気配を察知した『彼』の、再び開いた双眸に浮かんだ冷酷な眼差し。

 その瞳には、無謀にも突っ込んでくるバカの姿をハッキリと反射している。

 アイスとナイフを組み合わせたかのような、冷たさと鋭さが入り交じった蒼い両眼がスッと細められたと思いきや―――『彼』の華奢な身体が回転、細い左脚の甲で、ダドリーの腹部に一発蹴りをお見舞いした。

 

「う、あ………ッ………!」

 

 爆発するような打撃をモロに喰らい、唾液を吐きながら、ミドルキックにより軽く吹き飛ばされたダドリーは熱い地面をのたうち回った。

 『彼』が今しがたしたのは『回し蹴り』だ。

 あらゆる格闘技で用いられる蹴り技の一種で、腰と蹴り足の円運動を支持足(軸足)で支えるのでバランスを維持するのが難しく、非常に複雑な運動をする蹴り技であるが、正確に使えば強力な技となる。

 通常、格闘技でハイキック、ミドルキック、ローキックというのは、それぞれ上段、中段、下段の回し蹴りを意味していて、ミドルキックは相手の腹部と腕部に蹴るものを言い、単に『ミドル』と略称されることもある。

 右ミドルよりも、左ミドルの方が相手に大ダメージを与えやすい。左ミドルは相手の右脇腹にある肝臓に当たりやすいため、クリーンヒットすれば相手を悶絶させることが可能だ。

 

「言っただろ? 極力は傷付けたくはないって。それともなんだ? まだやるのか?」

 

 冷たい光を宿した蒼色の双眼に、上半身を起こしたダドリーはゾクリと背筋が凍り付く。大将が打ち負かされて、子分のデニスとゴードンは額に冷や汗が流れた。

 

「お、覚えてろよ! 僕のパパとママに言い付けてやる!」

 

 ダドリーはプライドがズタズタにされた気分に打ちのめされながら、下っ端感がスゴい捨て台詞を吐き捨てると、フラフラと立ち上がって無様に立ち去った。

 慌ててダドリー軍団も逃げ去り―――『彼』は一息つくと、ハリーの方を見て歩み寄った。

 

「大丈夫か?」

 

 手を差し伸べながら、『彼』はそう尋ねる。

 

「う、うん………大丈夫」

 

 ハリーは『彼』の手を借りながら、ヨロヨロと起き上がって土埃をパンパンと払う。

 

「その………助けてくれて、ありがとう」

「別に気にしなくていい。当たり前のことをしただけだ」

 

 『彼』はダドリーとその友人達が去った方向を一瞥後、軽く肩を竦める。

 

「君、力強いんだね。僕、ビックリしたよ。アイツらを一人で倒すなんて………」

「一応、独学で格闘技を身に付けたからな。こんな所で役に立つとは、()もビックリだけど」

 

 『彼』の一人称に、ハリーは眼を見張った。

 

「………なんだ?」

「あ、いや、えっと………君、女の子なの?」

 

 捉え方によっては少し失礼な物言いになってしまったが、『彼』は特に気にした様子もなく、小さく頷く。

 

「ああ、そうだよ」

「………僕、君を見た時、一瞬少年かと思った」

 

 ハリーがそう呟くと、『彼』―――否、『彼女』は微苦笑した。

 

「やっぱり、少年と見間違えられたか。ちょっと髪を切ってみようと思って、これくらい切ったんだけど………どうしても、周りからすると性別が男と勘違いされるんだよな。だから、今は髪を伸ばしている。………ま、それ以外の理由もあるんだけどな」

 

 そこまで言ったら、今度は『彼女』が尋ねてきた。

 

「ところで………アイツら、アンタを苛めてたように見えたんだけど、いつもそうなのか?」

「え? あ、うん………いつもそうだよ」

「クラスメイトか?」

「うん。僕を殴ろうとしてたのは、従兄でもあるけどね」

 

 それを聞き、『彼女』は僅かに眼を丸くする。

 

「は? アイツ、血の繋がった従兄なのか?」

「そうだよ」

 

 ハリーが首肯した途端、『彼女』は嫌悪感を丸出しにしながら、端正な顔をしかめる。

 なんてヤツだ、と言いたげな表情だ。

 

「………まあ、立ち話もアレだし、ブランコの椅子に座るか」

 

 と言うことで、二人はブランコまで歩き、それに腰を下ろした。

 

「………………」

「………………」

 

 どちらも互いに口を開かない。

 まあ、二人は出会ってまだ間もないので、仕方ないと言えば仕方ないが………。

 しばらく、二人の間で沈黙が流れ………それを先に破ったのは『彼女』の方からであった。

 

「そういえばさ………私の直感だけど、アンタ、何かしらの事情抱えてるだろ」

「! …………………そう、見える?」

 

 唐突の問い掛けに、ハリーはギクッとする。

 

「なんとなく、だけどな」

 

 『彼女』はチラリと見て、すぐに前方の視界に広がる何も無い空虚の空間を眺める。

 

「当たってるか?」

「………まあね」

「………そうか」

 

 再び訪れる、静けさに覆われた空間。

 ハリーが口を開くか開かないかで悩んでいると―――『彼女』はフッと一息ついて、

 

「―――で、それから?」

 

 と、頭にポンと手を置いた。

 

「………え?」

 

 突然のことにハリーが呆然とすると、

 

「全部言ってしまえ。アンタ、他人に弱音を吐きたくても吐けない環境だったんだろ。最後まで聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ? ………まあ、ついさっき出会ったばっかの女が、こんなこと言ってもどうしようもないだろうけど………こうして私とアンタが此処で出会ったのも、きっと何かの縁だろうし」

 

 と、『彼女』は言った。

 その言葉に、ハリーは一瞬戸惑った。

 が、同時に衝動にも駆られた。

 『彼女』本人が言ってた通り、まだ会って間もない他人に自分が抱える複雑な家庭環境を話すかどうか、ハリーは苦悩したが………『彼女』の言葉が頭の中でリフレインする。

 

 ―――最後まで話を聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ?

 

 その言葉を掛けられた刹那―――思わずハリーは感激してしまった。

 この数年間、誰にも悩み事や苦しみを打ち明けられない環境に心が蝕まれていき、苛まれてきた自分に救いの手を差し伸べてくれたのだ。

 『彼女』の本意はよくわからないが………理由はどうであれ、助けようとしてくれているのに代わりはないと思う。

 気付いた時には、ポツリポツリ語っていた。

 

「僕、生まれた時から両親いなくてさ。それで、母方の親戚の人達に育てられたんだけど………叔父さんも叔母さんも、息子―――僕の従兄に対しては溺愛するのに、甥の僕に対しては………何て言うか、奴隷的な扱いかな」

 

 これまで受けてきた冷遇を思い返しながら、ハリーは俯きがちに言う。『彼女』は黙って聞いていた。

 

「一度もお腹いっぱい食べさせてくれないし、新しい服だって買ってくれない。渡されるのはいつも従兄のお下がりで、今着ているこの大きすぎる服もそうなんだ。それに………」

「それに?」

「………それに、今日は僕の誕生日なのに、今までプレゼントをくれたことも、『おめでとう』って言ってくれたこともない」

 

 そう、7月31日の今日はハリーの誕生日だ。

 誕生日は年に一度しかない特別な日だ。

 それを親戚の人が祝ってくれないと知り、表面上はあまり変化は見せないが、『彼女』は愕然としてしまった。

 

「………そうか。………ところで、学校はどうしてるんだ?」

「一応通ってるよ。でも………本当は、学校に行きたくない。孤児ってだけで、クラスメイトには蔑まれるし、中にはさっきのヤツらみたいに苛めてくる。………学校でも家でも、僕の味方は誰もいない」

 

 だから、と。

 ハリーは微笑しながら、『彼女』を見た。

 

「君がさっき僕を助けてくれたの、凄く嬉しかった。他の皆は、僕がちゃんとした家族を持っていないってだけで馬鹿にしてくるのに………」

 

 その言葉に、『彼女』は挙動を止める。

 粗方口に出したことでストレス発散して気分が楽になったハリーは、ハッとする。

 

「………なんて、こんなこと、初対面の君に言っても困るよね。気にしないで。聞いてくれただけでも、僕は嬉しかったから。さっきの話は忘れてくれないかな?」

「………いや」

 

 首を振った『彼女』は、静かに口を開く。

 

「初対面のヤツがこういうこと言っても、お前に何がわかるんだって思うかもしれないけど………アンタの気持ち、少しはわかるつもりだ」

「え………?」

「私もアンタと同じで、両親はいない。………だから、アンタの気持ち、少しはわかるよ」

 

 またまた訪れる、互いに無言の静かな空間。

 ハリーはじっと『彼女』を見つめ、恐る恐るといった感じに話し掛けた。

 

「じゃあ、今まで、どうしてたの………?」

「それもアンタと同じで、私と一緒に住んでいる血の繋がってない義理の姉は、母方の親戚に面倒見て貰ってる。今はたまに会う程度だけどな」

「………その人達は、君をどう思ってるの?」

「実の娘みたいに可愛がってくれるよ。…………アンタからすると、『なんで?』って思うかもしれないけど。………私は、あの人達と顔を見合わせるのが本当は辛いよ。出来ることなら、遠ざけてしまいたいって思うくらい」

 

 ハリーはビックリしてしまった。

 自分とも少なからずの共通点がある『彼女』と決定的に異なる点―――母方の親戚に愛情を貰っている、が心苦しいとは一体何故………?

 

「………なん、でなの?」

「…………………………」

 

 『彼女』は視線を落とし………深くため息をついて、語った。

 

「私のお母さんの妹―――血の繋がった叔母さんは、私のお母さんと姉妹関係だったから、顔が似ている。………だから、辛い。もうどうしようもないのにお母さんが戻って来たって、錯覚してしまう」

 

 あと、と。

 『彼女』は暗い翳が差した顔で続けた。

 

「私には母方の叔父夫妻がいてさ。その人達は、実子の双子の兄妹と変わらない愛情を注いでくれるけど………時々、こう思うんだ。私は血の繋がりがあるからこその息子と娘のオマケで………ただ一人の人間として、個人として愛してくれる人は、もうこの世の何処にも居ないんじゃないかなって」

 

 ハリーは、何とも言えぬ気持ちだった。

 今までは、両親ではない保護者が面倒見てくれる人達は自分とは違って、その人達から愛情を貰えるのをとても幸せに感じていると、そう思い込んでいたが………実際はそういう気持ちになる人も居るんだと、世界観が少し変わった気がした。

 

「そっか………でもさ、叔父さんや叔母さんは君のことを心の底から愛してくれてるよ、きっと。実の子供に対する愛情と全く変わらない愛情を注いでくれるのが、何よりの証拠じゃないかな。だからさ、ちゃんと叔父さん叔母さんのことを信じてあげて。君自身がそう思ってくれなかったら、親戚の人達は皆悲しい気持ちになるよ」

 

 酷い扱いをしてくる自分の叔父夫妻とは違うんだから。

 言外にそう含みを持たせ、少しばかり羨望や嫉妬といった帯びた眼差しで見つめながら、ハリーは『彼女』に言う。

 『彼女』は鬱屈そうに長い睫毛に縁取られた蒼瞳を伏せていたが―――やがて大きく息を吸い、深く吐いた。

 

「………そう、だな。確かにそうだな。………指摘してくれて、ありがと」

 

 すると、『彼女』は急に立ち上がった。

 

「ちょっと待っててくれないか? すぐに戻ってくる」

「? うん」

 

 ハリーは首を傾げつつ、小さく頷く。

 『彼女』は駆け足で公園を出ると、何処かへ行ってしまった。

 その背中を見送っていたハリーは、見た目はワイルドな少年みたいなのに本当は女の子と言う、少しばかりインパクトが強い事実を改めて認識する。

 そうして、ブランコの鎖を握りながらボーッと輝く晴れ空を仰ぎ見ていると―――

 

「わっ………!」

 

 頬に冷たい物が当たった。

 ハリーはバッと振り返ると―――背後側に設置されたフェンスを飛び越えてきた『彼女』が、いつの間にか此処に戻って来ていた。

 『彼女』は周辺に在った自販機で購入したコーラを2缶手にしている。

 

「驚いたか?」

 

 『彼女』はイタズラ成功と言わんばかりに、あくまでもクールな表情ではあるが、微かに口角を上げて笑っていた。

 

「そういや、何がいいか訊くの忘れてたけど……まあ、その辺は許してくれよ」

 

 『彼女』はハリーにコーラ缶を一つ差し出し、

 

「こんなので悪いけど………誕生日おめでとう。これがその………私からの誕生日プレゼントだ」

 

 と、生まれて初めて誕生日を祝福してくれた。

 頭が追い付かなかったハリーは唖然とする。

 が、思考が再起動した直後―――感激したハリーは思わず涙ぐんでしまった。

 人生初、誰かが自身の誕生日をこうしてお祝いしてくれたのだ。今まで他人から冷遇を受けてきたハリーにとって、心の底から今一番幸せだと感じたことはない。

 

「これ、僕にくれるの?」

「ああ………受け取ってくれるか?」

「勿論だよ! ありがとう、本当に!」

 

 ハリーは感謝感激の気持ちで胸がいっぱいになりながら、『彼女』からコーラ缶を受け取ると、プシュッとプルタブを開け、『彼女』もプルタブを開ける。

 視線を合わせた二人は赤い缶を軽く当て、

 

「「乾杯」」

 

 と笑い合って、缶に口をつけた。

 炭酸特有のシュワシュワが口内で広がり、冷たくて美味しい。でもそれ以上に、『彼女』からの厚意がより一層コーラを美味しいと感じさせているとハリーは思った。

 

「僕、初めてコーラを飲んだ」

「そうなのか?」

「うん、そうだよ。今日初めて飲んだけど、凄く気に入った」

 

 ハリーの感想を聞き、『彼女』はよかったと安心した表情を浮かべる。

 炎天下の元、二人の少年少女はキンキンに冷えたジュースを渇いた喉に通し―――飲み干した二人はきちんと空き缶をゴミ箱に捨てた。

 

「じゃあ、そろそろ、私は帰る」

「うん。………今日は、本当にありがとね」

「こちらこそな。………ああ、そうだったな」

 

 『彼女』はキョロキョロ辺りを見回し、近くに誰も居ないのを確認してから、ハリーの前に立ってこう言った。

 

「私がいいって言うまで、眼を瞑れ」

「え………?」

「いいから早く」

 

 急かされたハリーは慌てて眼を瞑った。

 途端に何も見えなくなり、ハリーは何故こうしろと言われたのかがわからず、全身に緊張感が走る。

 『彼女』が何らかのモーションをしているのは気配でわかるが―――。

 

「―――よし、眼を開けてもいいぞ」

 

 『彼女』の許可が下り、恐る恐る、ハリーは瞼を開き………アーモンド状の緑瞳を剥いた。

 なんと、丸メガネが完全に直っていたのだ。

 思わず手に取ってチェックする。

 そしてまた驚いた。

 ピアーズに突き飛ばされた際、擦り剥いた掌が治療されていたからだ。

 

「え? な、なんで………?」

 

 ハリーは驚愕に凍り付いた顔で見上げる。

 そこには、意味ありげな表情でこちらを見据える『彼女』の端正な顔があった。

 

「! ………もしかして、君が?」

「さあ? どうだろうな?」

 

 スッ………と、細長い物を服の下に隠した『彼女』は背を見せ、歩き出す。

 

「じゃあ、私は帰るぞ」

「ま、待ってくれ!」

 

 ハリーは急いで立ち上がり、呼び止める。

 『彼女』は肩越しから振り返った。

 

「なんだ?」

「………一体、君は何者なんだ?」

「何者、ねえ………なんて言えば、一番いいんだろうな?」

 

 肩を竦めるだけで、『彼女』は答えない。

 ハリーは強い眼差しで、言葉を続けた。

 

「………僕達、また、会えるよね?」

 

 すると、『彼女』は眼を細めた。

 

「さあ? どうだろうな? 会えるかもしれないし、会えないかもしれない。こればかりは、私でもわからないよ」

 

 でも、と。

 小さく振り返っている『彼女』は、ハリーの瞳を真っ直ぐに見つめながらこう言った。

 

「こうしてアンタと出会ったんなら、また何処かでアンタと出会えるかもしれない。世界は広いからな。この世に生き続ける限り、意外な場所で巡り会うってことも、もしかしたら有り得るんじゃないか?」

 

 ハリーは目元を和らげ、笑みを浮かべた。

 

「そうだね。………僕、また君と会えたら嬉しいよ。そしたら今度は、僕が君にコーラを奢らせてくれない?」

「コーラ、か………アンタ、面白いヤツだな。そんなに気に入ったのか?」

「べ、別にいいじゃないか!」

 

 からかうような口調で『彼女』は笑い、ハリーはムキになって言い返す。

 

「まあ、気に入ってくれたなら何よりだ。………約束、忘れるなよ?」

「ああ、勿論」

 

 ハリーが大きく頷いたのを見た『彼女』は鋭い目付きを穏やかに和らげ………そして今度こそ立ち去った。

 

 

 この時。

 まだ己が果たすべき使命を知る由もない少年少女は、予想だにしなかっただろう。

 まさか本当に………意外な場所で、再び巡り廻るとは思いもよらずに。

 そして―――今日、初めて出会った刹那。

 運命の歯車が回り、狂い始めたとは、どちらも全く知らずに。

 

 




【プロローグの時間軸】
実は明確には定めていません。
1章が始まる数年前の出来事ですので、まあ6~8歳くらいの時に起きていたダブル主人公のエピソードだと思ってください。

【『彼』or『彼女』表記のオリ主】
実は一度、一時期だけどちっちゃい頃のオリ主の見た目は少年と間違えられるくらいの見た目、にしてみたかったんですよね。
そういう訳で一瞬少年と見間違えたハリーですが意外にも鋭い洞察力を発揮し、少年ではなく少女じゃないかと推測。
そこで性別が区別がつかないからとりあえずは『彼』と呼ぶようにし、後に少女だとわかったら名前がわからないので『彼女』と呼ぶように。
名前はあらすじに記述されてます。

【喧嘩の腕が強いオリ主】
なんだろう、進撃で言うところのライナーとアニみたいなもの?
ダドリーとダドリー軍団を一人で圧勝してしまうところを見た感じ、オリ主は喧嘩が滅法強いことが判明。
これには原作主人公もビックリです。

【一足先にハリーの誕生日を祝うオリ主】
ダブル主人公の約束事や乾杯をやってみたかったからです。ちなみにこれを書いてた時、無性にコーラが飲みたくなりました。

【まとめ】
プロローグはちっこい時のダブル主人公のエンカウンター、でした。
この二人が本編にて今回のことを思い出し、コーラの約束を果たせるかは………これから読み進める読者の想像にお任せとします。
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