【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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第7章死の秘宝編開幕!
読者の皆様、遂に最終章まで来ましたよ! まさか自分も本当に最終章まで来れるなんて、今でも驚きです。
それでは前書きはここまでにして………しつこいと思うかもしれませんが、本編突入前にもう一度私から一つ注意事項を。

本章は作中で様々な都合が重なった関係上、原作からは大きくかけ離れてほぼオリジナル展開になります。
それでもEverythingOKって方のみ、本章を読み進める事を推奨します。
それでは令和最初の更新もとい最終章1話目をどうぞ。


Ⅶ.THE DEATHLY HALLOWS
#103.記憶喪失【前編】


(………まさか、また此処に来るなんて………)

 

 不死鳥の騎士団のサブリーダー、アラスター・ムーディと名付け親のシリウス・ブラックと共に聖マンゴ魔法疾患傷害病院5階『呪文性損傷』フロアを歩く少年―――ハリー・ポッターは2年くらい前に来たことのある病院内の景色に複雑な心境だった。

 目立たない程度に全員が顔バレしないよう変装している。

 ハリー達が此処に居る理由は、下校途中のホグワーツ特急襲撃事件で瀕死の重傷を負った親友のフィール・ベルンカステルの見舞いであった。

 

 今日は下校中のホグワーツ特急を死喰い人の集団に奇襲されてから、かれこれ数週間が経過した日だった。

 あの日、汽車に乗車していたホグワーツ生や護衛隊は思わぬ襲撃に殆どが大なり小なり負傷し、魔法省勤務の闇祓いや優秀な騎士団の一員を多数喪失しながらも、生き残った者達は辛くもキングス・クロス駅に帰還、生還した護衛隊が生徒の帰りを待っていた保護者達に事情を説明すると、突然の報告に状況を上手く飲み込めなかった何人かがどうしてそのような事が起きたのかと詰問しながらも、ひとまずは愛する我が子の無事を第一に喜び、帰宅した―――。

 それから数日後、予定よりもずっと早くハリーはプリベット通り4番地にあるダーズリー家から連れ出され、騎士団の保護下に置かれた。無論ダーズリー夫妻とその息子のダドリーは騎士団達によって安全地帯へ移動、保護されているので、あの家にはもう誰も住んでいない。

 

 ダーズリー家はこの17年間、ハリーの母・リリーが最期に遺した護りの力によって、ヴォルデモートや死喰い人の魔の手からハリーを護ってきた場所だった。夏季休暇中は嫌々帰省したが、それでもダーズリー家は彼にとって唯一の『実家』だった。

 しかしその護りの力も、17歳の誕生日を迎えるのと同時に消える。

 数十年前―――闇の帝王がいつか必ず復活しハリーに牙を剥くと確信めいたものを抱いていたアルバス・ダンブルドアは、ハリーの母親が彼の体内に遺した護りの力を信じ、彼女の唯一の血縁者であるペチュニア・ダーズリーの家に彼を預けることにした。

 そして古の魔法を掛け、ハリーがダーズリー家を『家庭』と呼べる限り、魔法使いの成人年齢になるその日の前まで、何者も、それこそヴォルデモートであっても、彼を一切傷付けることが出来ないようにしたのだ。

 

 だからハリーは、闇の帝王復活後もダーズリー家に居る時は手出しされなかった。自らの命を犠牲にして一人息子に宿った亡き母の永続的な血の護りがダーズリー家に帰宅することで、護りの魔法が継続されたからだ。

 だがそれも、7月31日の誕生日を迎えた刹那に終わりを告げる。護りの魔法が失われた直後、その瞬間を今か今かと虎視眈々と狙っているヴォルデモート達は一斉に襲来してくるだろう。先日起きた襲撃の件もあり、当初の計画は大幅に狂ってハリーの護衛の手続きは急遽急進した。

 

 結論から言えば、それは英断だった。

 

 闇の陣営は勿論のこと、既に大半が敵に回った魔法省にもバレないようこっそりハリーをダーズリー家から連れ出して2日後、魔法省の魔法法執行部部長であるパイアス・シックネスが裏切り、ダーズリー家を出禁状態にしたと言う衝撃的事実が発覚したからだ。

 突然の裏切りだったので、恐らくは死喰い人の誰かに『服従の呪文』を掛けられ、闇の陣営に寝返ったのだろう。

 真実が何であれ、ダーズリー家での『煙突飛行ネットワーク』『移動キー』『姿現し』等の使用が禁止される前にハリーを騎士団の庇護下に置いたのは正解だった。

 と言っても、ハリーにはフィールの叔父・ライアンが製作した『臭い消しチョーカー』があるので、『臭い』を嗅ぎ付けられる恐れはまず無いだろうが………。

 ただでさえ多くの味方が失われた今、護送手段が制限された不利な状況でリスクの高い護送手段―――箒やセストラルといった様々な飛行手段を取るのは最善策ではない。

 今度は空中戦で仲間を喪失する可能性が高いからだ。

 この現状で戦力が削がれるのは色々と痛手であるので、そうならなくて済んだ事にはちょっと安堵している。

 

「着いたぞ」

 

 やがてフィールの居る病室に着き、ムーディが先頭に立って中に入った。

 ネームプレートはあらかじめムーディに教えられていた偽名が書かれている。

 ヴォルデモートを筆頭とする死喰い人に追われてる以上、グリモールド・プレイス12番地ほどの保護策が施されていない場所で本名を公開する訳にはいかないと言う考慮だろう。だからハリー達も変装していた。

 入室すると、病衣に身を包んだフィールが半身を起こして魔導書を読んでいた。個室なのでフィール以外の患者は居なく静かだ。

 病衣の隙間から上半身が包帯で巻かれているのが見え、ハリーは表情が暗く曇る。

 けれど、その痛々しい姿とは対照的にフィールの表情は明るく、ハリー達に気付くと本から視線を外して片手を挙げた。

 

「わざわざ来てくれたのか? ありがとな」

 

 そう言って、パタンと本を閉じたフィールは鷹揚に笑う。

 その笑顔に、ハリーもニッコリと笑った。

 

「ベルンカステル、具合はどうだ?」

「おかげさまで快調、ライリーさんが言うには直に退院出来るくらい回復してるとの診断だ」

 

 それを聞き、ムーディは傷だらけの顔を綻ばせる。杖を床に打ち付けながら歩み寄ると、力強くフィールの肩をバシバシと叩いた。

 

「お前はそこいらに居る魔法使いよりも優れているからな。今後の活躍に期待してるぞ」

「ちょっ、痛い痛い、もう少し手加減してください」

 

 遠慮無く叩いてくるムーディにフィールは顔をしかめる。身体の傷は大体癒えたとは言え、まだ完治はしていないのだろう。こうして数週間入院しているのが何よりの証拠だった。何せバーテミウス・クラウチ・ジュニアが放った強烈な呪いをモロに受けたのだ。肉を切らせて骨を断つフィール決死の捨て身の戦法であちら側にも大ダメージを与えることに成功はしたが、その代償は大きかった。

 ハリー達は見舞い客用の椅子に腰掛け、フィールが淹れてくれた紅茶を飲み、お茶請けのチーズタルトを食べながら、一息つく。年齢を重ねてから被害妄想が強くなったムーディは相変わらず自前の携帯用酒瓶で飲料水を飲んでいたが、チーズタルトは普通に頂いた。

 

「………そういえば、ハーマイオニーは元気にしてるか?」

 

 束の間の穏やかな一時を楽しんだ後、タイミングを見計らったフィールがそう尋ねてきた。

 友人の一人、ハーマイオニー・グレンジャーが必要最低限の荷物を纏めて両親の記憶を消し、ハリー同様騎士団に匿われていることは、既にフィールも聞き及んでいる。

 何故そのような真似をしたのかと、ハーマイオニーに答えにくいのは承知で騎士団は質問し、その質問にハーマイオニーは「両親が死喰い人に捕らわれないようにするため」と返答したそうだ。

 現在、魔法省は陥落寸前まで陥っている。

 魔法界をほぼ手中に収めた死喰い人達は、去年に引き続きマグルの世界でも殺人や事件などの猛威を振るっていた。また彼等は、主のヴォルデモートが血眼になって捜索しているハリー・ポッターの行方を必死に探している。

 となれば、死喰い人がハリーと常に居るハーマイオニーやその両親にも目を付ける可能性は非常に高い。ハーマイオニーはマグル生まれ出身の魔女であり、彼女の両親は夫婦揃って生粋のマグルだ。魔法力を持たないグレンジャー夫妻では抵抗する術が無い。

 ダーズリー一家のようにグレンジャー夫妻を護ってくれる魔法使いが居たらベストなのだが、そうなれば、他のマグルに対しても同じように対策を講じ、保護しなければ不公平だし、非難が殺到するだろう。と言うか、一々そんなことをしていたらキリが無いのが現実だ。

 力のある魔法使いは少しでも敵を減らすべく、戦場に赴き闇の陣営撲滅に全力を注いでいる。一マグルの私事に構ってる暇などないと一蹴されるのがオチだ。

 

 ………だからハーマイオニーが取ったのは、自分に関する記憶を消去し自分の事を完全に忘れた両親には何処か遠くの地で安全に過ごして貰うと言う、苦し紛れの策だった。

 当然、わざわざそんな辛い事をしなくてもきちんと事情を説明して一時的に両親と別れれば済んだ話かもしれない。だが、ハーマイオニーは両親が猛烈に反対する事を危惧して、敢えてこのような手段を選んだ。

 全ては大切な家族のために―――。

 家族を護るために自ら切り離したハーマイオニーにとっては身を切られるような、まさに苦渋の決断だったが、それが彼女の決意であり、今まで大切に育ててくれた両親に対する愛だった。

 だから、これでいいのだ。

 これこそが、ハーマイオニーにとっても、そして彼女の両親にとっても、最善の選択だったのだから………。

 

「………僕達の前では、いつも通り元気に振る舞ってるよ。でも………辛い気持ちを我慢して両親の記憶を消したんだ。苦しい思いは、今でも残ってると思う」

「………だろうな」

「だけど………これでよかったんじゃないかな。少なくとも、死喰い人に両親を殺されてその悲しみを一生背負って生きるよりかは、後々記憶を復元する方法を探して再会する方が、ハーマイオニーにとって一番後悔しなくて済む話だと思う」

「そうだな。確かに、暗黒の勢力の脅威が去って平穏無事な世界が戻って来てからの方が、心配事や悩み事が纏わり付くこと無く、晴れやかな気持ちで一緒に居られるもんな」

「うん。………フィール」

「ん? なんだ?」

「絶対に、アイツを倒そう。ハーマイオニーのためにも、その他大勢の人達のためにも」

「………ああ、そのつもりだ」

 

 ハリーの言葉に、フィールは大きく頷く。

 ヴォルデモートは多くの物を奪い過ぎた。

 最早あの自称『闇の帝王』を名乗る男を許すことは、今となってはもう誰にも出来ない。アイツが心底悔いを改め、これまで犯してきた重罪に見合うだけの償いをしなければ、皆の気は収まらないのは火を見るよりも明らかだ。

 自分の魂を補強するため、他人の命を奪って強化の糧にしてきたヴォルデモートが本当に悔悟したかどうかを証明する方法はただ一つ。

 分割した分霊箱(ホークラックス)を元に戻すことだ。これには自らを滅ぼすほどの苦痛が伴う良心の呵責が必要とされる。証明としてこれほど相応しいものは無いだろう。

 だが、果たしてヴォルデモートは………罪を悔い改めるだろうか? 長年に渡って平然と殺人を行い、一度は完全に反対勢力を弾圧して暗黒時代を招き魔法界を支配した超凶悪の彼が、今更ながら自分の仕出かした行為を振り返って反省するだろうか………?

 

「ところでさハリー。戦争が終わったら、また皆でどっか遊びに行かないか?」

 

 暫し流れた重苦しい空気を切り替えるように、敢えて明るい、それで持って弾んだ声音でフィールが別の話題、と言うかそんな提案を持ち出した。

 ハリーは、まさかフィールの方からそのような提案を出すとは思わなかったので少し驚いてしまったが、それも束の間、自然とニッコリ笑顔になった。

 

「それは名案だよ、フィール。じゃあさ、今度は遊園地にでも行かない? 僕、一回行ってみたかったんだ」

「遊園地か。いいな。私も行ってみたかったし。そうとなれば、早いとこクシェル達も誘うか」

 

 早くも終戦後の予定について思いを馳せる少年少女に、大人2人は顔を見合わせる。

 入学した当初から命の危機に晒され、あらゆる修羅場を潜り抜けてきたハリーとフィールは精神構造こそ大人顔負けならぬ闇祓い顔負けにタフであれ、その実まだまだ遊び盛りの年頃だ。

 経緯は違えど、幼少期は人権を無視された束縛生活や魔法の鍛練に明け暮れた生活を送ってきた2人がこんな風に子供らしい一面を見せたことはあまり無い。

 ハリーとフィールの年齢相応の側面を見て、ムーディとシリウスはその願いが必ず叶えられるよう自分達も精一杯サポートしようと、眼と眼で会話した、次の瞬間―――。

 

「きゃあぁあああああああああああああッ!?」

「うわぁああああああああああああああッ?!」

 

 何処か遠方の場所で甲高い悲鳴が響いた。その声は明らかに恐怖と驚愕の色で染まっており、何か非常事態が発生したのが容易にわかる切迫感を嫌でも感じ取った。

 この声音には、全員が聞き覚えがある。

 何故ならば、あの阿鼻叫喚と化したホグワーツ特急と全く同じ悲鳴だったからだ。

 

「なんだ!? 何事だ!?」

 

 率先してムーディが扉を開け、周囲を見回す。

 その間にも、ガバッとベッドから跳ね起きたフィールはサイドテーブルに置かれたアカシアの杖を手に取ってサッと一振りする。

 すると、備品類が入った棚がひとりでに開いて瞬く間に病衣から私服に変わった。こういう時魔法は非常に便利であると再認識しつつ、ポーチやホルスターをベルト通りに括り付け、普段通りの完全武装が終了したフィールは、まだ微かに残存する痛みに端正な顔を歪めながら、今しがた聞こえてきた叫喚に舌打ちする。

 

「今の悲鳴は………どう考えても、十中八九死喰い人が奇襲してきたからだよな」

 

 フィールが忌々しそうに呟いた直後―――担当癒者で亡き両親の親友だった女性ライリー・ベイカーと、その弟子で義姉のクリミア・メモリアルが緑色のローブをたなびかせながら血相変えて駆け付けてきた。2人はフィールと見舞いに来たハリー達が無傷なのを見てホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締める。

 

「見たところ、全員無事のようね。多分さっきの悲鳴でわかってると思うけど、死喰い人が侵入してきたわ。偵察した感じ、人数は多くないけれど、油断は禁物よ」

「やっぱりそうか。まさか此処にも襲撃してくるとはな………いや、むしろ此処だからこそか」

 

 何せ此処は病院だ。動けない入院患者や見舞い客、忙しく働く癒者などまさに非戦闘員の集まりなのだから、日々戦いと血に飢えてあちこちでマグルや魔法使いに襲い掛かっているヤツらにとっては格好の獲物だ。先日のエクスプレス事件で大怪我したホグワーツ生も幾人か聖マンゴに入院中なので、与えられる大打撃は相当だろう。

 幸いなのは、場所柄の関係上あちら側もそこまで多くの死喰い人を駆り出す必要が無くて少数グループなことか。こちら側も戦力喪失はしたが、それを言うなれば相手側もそうだ。そこまで差異は大きくない………と思う。思いたい。

 

「私達は癒者として最後まで残るわ。フィールちゃんとハリー君は早く逃げて、シリウスとアラスターは手を貸してちょうだい」

 

 癒者とは患者を死守するガーディアンだ。

 生徒を護る教師と同じように、癒者にもまた、責任を持って患者を護らねばならない立場と義務がある。そして反ヴォルデモート卿の秘密組織・不死鳥の騎士団の一員であり闇祓いのムーディとシリウスにも、弱者を救済しなければいけない責務が暗黙の了解であった。

 

「言われるまでもない。シリウス、行くぞ!」

「わかってる! ハリー、フィール、聖マンゴから出たら君達は隠れ穴に行け。いいな?」

 

 シリウス達を残して自分達だけが一足先に逃げるのに抵抗のあるハリーは反発しようとしたが、似たような戦況でかつて神秘部にてベルンカステル兄妹に窘められたのと、肩に手を置いたフィールの掌の強さや厳しい視線に、喉の奥に言葉を引っ込めた彼は悔しげに唇を噛み締める。

 現在ムーディ達は、患者や市民を庇護する他にハリーとフィールを聖マンゴから脱出させると言う任務が課せられているのだ。ただでさえ、その2人が此処に居るだけでも劣勢に立たされている彼等を更に窮地に追い込ませるなんて真似をしたら………どうなるかは、ご丁寧に1から説明されなくとも察しがつく。そこまでハリーも己の立場がよくわからない無知な子供ではなかった。

 今自分がすべきことはただ一つ、フィールと一緒に逃げることだ。ムーディやシリウスは数々の戦闘を経験し生き残った豪傑なのだ。そう簡単にやられるような人達ではない。

 彼等の無事と武運を祈って、ハリーは頷く。

 彼が首肯したのを確認したフィールは、1年時に創作した『空間移動(バンデルン・エスパシオ)』でロビーまで一気に瞬間移動しようと杖を床に向けたが―――ここでまさかのアクシデントが生起した。

 

「えっ………ウソだろ」

 

 なんと、『空間移動』が発動しなかったのだ。

 この魔法は繊細なセンスを求められるので、それで上手くいなかったのかと思い、もう一度試しにやってみる。が、その試行も虚しく、本来現れるはずの黒い穴は一向に姿を見せなかった。ありったけの力を込めたつもりだったのに出現しなくて、フィールの顔に困惑と焦燥が滲む。

 皆一様に当惑する中、ふと、あることを思い出したシリウスが呟いた。

 

「もしかしたら、膨大な魔力を使ってまだ完全に身体が癒えてないんじゃないか? ベラトリックスと戦って力を使い果たしたハーマイオニーもそうだったが、あの娘も暫くは魔法を使えない状態に陥った。恐らく今のフィールは、それと同じ状態だろう」

 

 シリウスが言うには、一時期ハーマイオニーが魔法を使おうにも使えなくなったらしい。

 応援が来るまでベラトリックスと単身で挑んだ彼女はあの一戦で持てる全魔力を消費し、魔力枯渇や精神疲労で暫く寝込んだとか。

 大きな魔力を使えば使うほど、自分では大丈夫なつもりでも、身体は極限の大ダメージを受けている。これらから推測するに、回復し切っていない時にはどれだけ頑張って魔法を出そうともしても無理なのだろう。

 暫く身体を休めて完全復活を図らなければいつまでも魔力は応えてくれないのかと、フィールは苦々しい表情を浮かべる。

 あの日、ホグワーツ特急の車両でクラウチJr.の呪いをモロに受けたフィールは意識を失う前、肉体のダメージを軽減しようと無意識の内に残り少ない魔力を全神経に送り込んだ。それで消耗し尽くしたのだろう。

 次に目覚めたのは今から3日前………その間自分は死線を彷徨っていたと、目を覚ました際に涙ぐんでいたライリーとクリミアから言われたのを思い出す。

 死の淵に臨んだ己の脆弱さに改めて腹立たしくなったが、今はそんなこと考えてる場合ではないと気持ちを切り替える。

 

「そうとわかれば、長居は無用だ。わしらでベルンカステルとポッターを屋外まで護送するぞ!」

 

 フィールが戦えないと判断すると、ムーディ達も思考を一転し、死喰い人と戦闘を交えながら彼女とハリーを護衛すると即座に決めたら、4人は2人を促し、病室を後にしてロビーを目標地点に疾駆した。

 本音を言うと、あの場で『姿現し』出来たらどれ程よかっただろうかと強く思うが………大抵の建物には『姿現し』を無効化させる術が掛かっており、この聖マンゴも例に漏れずのことから内部での『姿現し』は不可能だ。そのため『姿現し』とは別物の瞬間移動の魔法を身に付けたフィールの『空間移動』で1階まで行けたらかなり有利だったのだが、病み上がりの彼女の容態を考えたら文句は言えない。

 全速力で廊下を駆けながら、シリウス達は不気味な仮面を被った黒い魔法使いを片っ端から倒していく。その後も果敢に死喰い人に立ち向かう癒者に加勢したりなどして順調に撃破したが、暫くして何処からかゾッとするような冷気を感じた。

 謎の悪寒が全員の背筋を走り、吐く息が白くなる。

 

「この感覚は………まさか―――」

 

 その時、視界の奥で大量の黒い塊が現れた。

 マントを着た、大きな黒い影のような存在。

 元は魔法省と手を組んでアズカバンの看守をしていた闇の生物だが、ヴォルデモート復活と同時に闇の陣営に寝返った、現状ではある意味最大最悪の敵。

 

「―――吸魂鬼(ディメンター)だと!? くそっ、ヤツらまで居るのか!」

 

 立ち止まり、ストレス発散するかのように杖を床に一突きしたムーディは大声で叫ぶ。

 そう、アレは紛れもなく吸魂鬼だった。

 吸魂鬼は手当たり次第襲い掛かるつもりなのか散り散りになった。よりにもよって散開され、状況が悪化していくばかりの悪循環に舌打ちの連続だ。そんなムーディを他所に、ライリーとクリミアが吸魂鬼に対応するべく、真っ先にその場から飛び出す。もし、抵抗する術が無い患者の居る病室に侵入され、襲われでもしたら………逃げ場の無い密室だ。十中八九、手遅れになってしまうだろう。

 もう、誰かが廃人となった姿は見たくない。

 何もかも空っぽになった魂の脱け殻状態の人間など、これ以上生み出したくなかった。

 大切な人の廃人姿を見たことのある2人同様にシリウスとムーディは応援に行こうとしたが、此処には吸魂鬼の影響力が人一倍酷いハリーとフィールが居るのを思い出し、思い止まる。するとその心中を察したのか、ハリーがこう言った。

 

「2人は援護に向かって! 万が一吸魂鬼が襲撃したら僕が追い払うよ! 聖マンゴの外に出たらフィールを連れて隠れ穴に『付き添い姿現し』して先に戻るから!」

 

 死喰い人と吸魂鬼の両方を相手する癒者側は当然苦戦を強いられることになる。特に吸魂鬼は厄介者だ。そこに居るだけで精神攻撃が出来るし、守護霊で撃退しても消滅はしないので根本的な解決にはならない。加えて『守護霊の呪文』―――出来れば有体守護霊―――が創り出せる癒者や見舞い客が何人居るかもわからないのだから、このままでは甚大な被害が及ぶ。

 有体守護霊を創出可能で、且つ死喰い人と互角に渡り合えるだけの実力が備わっているシリウスとムーディは、形成不利なこの局面打開に必須の存在だ。この2人が援軍に来ただけでも、勝機はまだあると死喰い人に対抗する者達は僅かながらでも希望が持てるだろう。

 2人は少々渋っていたが、ハリーの言わんとすることをなんとなく察したのと、その彼の覚悟を無駄にすることは出来ないと、

 

「何かあったら、すぐに助けを呼べよ」

 

 と言って、味方の援護に向かった。

 2人の背中を見届けたフィールは「ごめん」と自身が戦闘不可能なせいで皆に手を煩わせてしまっていることを詫びる。謝罪してきたフィールにハリーは首を横に振った。

 

「謝らなくていいから、早く行こう!」

 

 そう言うと、ハリーはフィールの手首を掴んで通路を駆けた。フィールが戦えない以上、戦線離脱するまで何としてでも死喰い人や吸魂鬼の魔手から彼女を全力で護るしかない。これまで彼女に助けられてきた分、今度は自分が彼女を助ける番だと、移動しながらハリーは視界に入った死喰い人を次々と『失神呪文』や『全身金縛り呪文』で一発ノックアウトさせる。途中何体か遭遇した吸魂鬼はハリーが牡鹿の守護霊を呼び出して駆逐した。そうして、5階から1階に来たハリーとフィールは階段を降りてる最中に信じられない景色が眼に飛び込んできて、驚愕に顔が凍り付く。

 1階のフロアが冷たい霧で包まれていたのだ。

 凄まじい冷気を感じる濃霧は時間経過と共にどんどん深くなっていく。この謎の現象の正体は恐らく吸魂鬼だ。此処に来て最大の難関に直面したハリーとフィールは悔しげに唇を噛み締める。視認不可能なまでの空間をどう切り抜けようかとフィールが思考を回転させてると、

 

「こうなったら、この霧を撒き散らす吸魂鬼を纏めて一掃させるしかない。それで晴れてくれたら嬉しいんだけど………考えても仕方がない。まずはやってみる。エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 じっと考えるよりもこういうのは行動で解決しようと、ハリーは『守護霊の呪文』を唱えた。力強く飛び出してきた白銀の牡鹿は怒涛の勢いで濃霧を切り裂き、この階に存在する吸魂鬼を車が人間を撥ねるかのように吹き飛ばしていく。やがて全吸魂鬼が退散したのか、少しずつ霧が晴れてきた。眼を凝らせば屋内の様子が確認可能なくらいになってきたところで、問題は解決したと微笑したハリーは再び走り出す。それに釣られて走りながら、フィールはある違和感を覚えた。

 

(変だな………死喰い人が1人も居ないなんて)

 

 先程の冷気と濃霧から間違いなく吸魂鬼は居たと思われるのに、何故か死喰い人の姿は見当たらない。

 1人や2人くらい、エントランス付近に配置されてもおかしくはないはずだ。それとも総勢で1階以外のフロアを奇襲したのだろうか? 

 結論の出ない思考にフィールが囚われている間にも等間隔で視界に入る世界は流れていき、程無くして、急に足を止めたハリーが指を指しながら歓喜に満ちた声でフィールに話し掛けた。

 

「フィール、出口だよ!」

「え? あ、ああ………」

「やった、これでようやく出られる―――」

 

 と、その時だ。

 フィールの視界の隅に、確かに今まで居なかったはずの人影が映ったのは。

 そいつは杖先を、すっかり気が緩んでしまっているハリーに向けて標準を合わせている。

 

「―――ッ!? ハリー、避けろ!」

「え―――っ?」

 

 フィールが鋭い叫び声を発するのとほぼ同時、シルエットの杖先から閃光が迸った。現在魔法が使えないフィールは反応が遅れて反撃が間に合わないハリーをドンッと突き飛ばす。おかげでハリーは難を逃れたが、これが思わぬ展開に発展する。

 

「あっ………!」

 

 何とも最悪なタイミングで、フィールが首に下げている母・クラミーの魂が宿ったロケットの鎖が閃光で切れてしまったのだ。

 此処に来るまでフィールが無事だったのも、ハリーが護ってくれた理由の他にクラミーが『盾の呪文』を展開してサポートしてくれたからだ。

 今のフィールにとって、ロケットの護りが失われると言うことは無防備になるのを意味する。

 急いでロケットを拾おうと咄嗟にフィールは身を屈めたが、そんなフィールにシルエットがまた攻撃を放った。フィールの身体は軽々と吹き飛ばされ、冷たい床に叩き付けられる。

 尻餅ついたハリーはハッとして立ち上がりフィールの元へ向かおうとしたが、フードを被った魔法使いが頑丈な鎖で彼を拘束し、続いて『沈黙呪文』を掛けて発声を禁じた。

 足を取られて引き倒されたハリーは身を捩ってはみたものの、身体は完全に縛り上げられ、両腕が使えないようにされている。

 床に転がされるままのハリーを一瞥した後、素顔が隠された魔法使いは人の魂が宿っていることを知った上で、ロケットを思いっきり蹴り飛ばした。ついでに強力な超音波を出して強制的に眠らせ、シャットダウンさせる。

 

「! 止めろ!」

 

 大事なロケットを眼前で傷付けられ、ロケットに宿った母の意識が闇に沈んでいくのを感知したフィールは怒りで眼をギラつかせる。傷付けた張本人はロケットを取り戻そうと必死になっているフィールを面白そうに見ると、何度も何度も攻撃系の魔法を叩き込んで、死なない程度に彼女をいたぶった。

 強力な闇魔法で即死させれば早い話なのに、敢えてそうしない。すぐには致命傷にならないようわざと威力を落とした攻撃を続ける。弄んでいるのだ。

 

「うっ………ぐっ………」

「君がたかがロケット一つに必死になる姿は愉快だな」

 

 身を包む服はズタズタに切り裂かれ、痛め付けられた全身はボロボロで、頭や口からは真っ赤な血が溢れ出て。

 それでも尚、懸命にロケットの方へ手を伸ばすフィールは死喰い人にとって、実に滑稽な姿に映っていた。

 

「はぁ………はぁ………」

 

 何度目かわからない斜めになった霞んだ視界の中、だんだんと意識が朦朧としていくフィールはこちらを見下ろす冷たい瞳が、やけに鮮明に眼に焼き付けられた。

 

「エルシー・ベルンカステルの孫であり、闇の陣営に対抗する切り札として世間からは名高い魔法戦士様が這いつくばる姿は見物だ」

 

 やがて起き上がれなくなったフィールを見て、謎の魔法使いはゆったりとした足取りで近付く。

 そして『エレクト』でフィールを無理矢理立たせると壁に背中を押し付けて動きを封じた。

 

「お前………クラウチか………」

 

 鋭い目付きでフィールは忌々しそうに呟く。

 フードの下でニタリと嗤った魔法使いは被っていたそれを外して素顔を露にする。案の定、正体は数週間前に一戦を交えたクラウチだった。彼は思わずゾッとするほど歪な、歪んだ邪悪な笑みを貼り付かせている。

 

「惨めだねえ。君にとって、あのロケットはそんなに大事な物なのかい? 何処にでもあるようなちっぽけなアクセサリーが」

「ふ………ざける………な………」

「おー怖い怖い、そんな怖い顔で睨まれちゃ、下手に手出しが出来なくなるじゃないか」

 

 言葉とは裏腹に、余裕綽々な様子のクラウチの顔は愉悦の表情を維持したままだ。

 

「あ、そうか、手出しが出来ないのは君の方だったか」

「………………っ」

「黙ってたってムダだよ、顔に書いてある」

 

 悔しげな顔をするしかなく、その表情を真っ正面から直視されたくなくてフイッと反らすフィールを冷ややかに見つつ、クラウチは屈辱に打ちひしがれる彼女の顔を仰向けにさせると、顎に片手を添えて軽く持ち上げた。

 ニヤニヤと意地の悪い笑みでキッと睨んでくるフィールを涼しい顔で受け流しながら、観察するようにグッと顔を近付けて覗き込む。

 脱力感に見舞われ、息が荒くなっていく様は元々の美貌と相まって中々に艶かしい姿だった。

 

「へえ………あまり意識してこなかったけど、よくよく見てみると、かなりの美形なんだな。ま、それも今は鮮血で彩られてるし、服もボロボロだから、せっかくの端麗さが台無しだけど」

 

 そう言うクラウチが傷物にしたのだが、それを棚に上げてせせら笑う彼は舌なめずりすると、フィールの首筋に触れた。男にしては細長い指が白い肌の上を這い、なぞるようにしてゆっくりと撫でる。

 

「んぁっ………」

 

 小さな喘ぎ声が唇の隙間から漏れ出た。

 クラウチの指先が触れる度、フィールの身体は跳ね上がる。彼は期待以上の反応を見せてくれた彼女にニヤリと嗤ってみせると、犯罪にならない程度に華奢な肉体を自由に弄んだ。

 

「ッ……、くっ…はぁっ……や…、めろ………」

 

 敵の男にいい様に身体を弄られ、意思とは裏腹に正直に反応してしまう自分にフィールは嫌気が差す。

 プライドはもうズタズタだった。

 暴れたくても暴れられないのがとにかく絶望的で、ならば極力声は出さないようにと、此処には同級生の男子が居て見られている恥ずかしさもあり、歯を食い縛って耐える。

 しかし、どうしても時折「んっ」「あぁ」と声が漏れてしまうのだけは抑えられなかった。

 ほんのりと頬を紅潮させ、額に汗を滲ませながら涙を浮かべた眼を強く瞑って我慢する美少女の姿に男は悪人だけが浮かべる酷薄な笑顔を刷く。

 

「本当は、もう少し君の面白い反応を見てからにしようかと思ったけど………時間も無いし、そろそろ終わりにしようか」

 

 そしてクラウチはフィールの顎に掛けている手とは別の手に握られている杖を胸に突き付け、

 

クルーシオ(苦しめ)

 

 対人使用が禁止されている『磔の呪文』を何の躊躇いも無く詠唱した。

 

「ッ!? うっ、あぁあ………ッ………、ああぁあぁあぁああああああぁあぁあああああッ!!」

 

 眼は半開きで放心状態のフィールは不意打ちで『磔の呪文』を掛けられ、突然のことに身構えることが出来なかった彼女は全身と精神を駆け巡るあまりの激痛に泣き叫んだ。これまで受けてきた磔の呪いを遥かに上回る痛みに涙が溢れる。

 叫ぶ度に真っ赤な血が吐き出されるフィールの絶叫は静寂なフロアに響き渡り、ハリーは普段からは想像がつかないほどもがき苦しんで悲鳴を上げる親友と、クラウチがその彼女に苦痛を与えることを楽しんで『磔の呪文』を続ける姿に嫌悪感を丸出しにし、見るに堪えられない凄惨な光景に眼を逸らしたくなった。

 

「ああぁぁ………ッ、やだってばぁ………!!」

 

 首を左右に振って痛みに屈し哀願するフィールは成す術無く叫びに叫んだせいで声は掠れ、長時間に渡って極度に追い詰められたせいで、フィールの精神はおかしくなり始める。

 

 そんな彼女に対し、現実は非情だった。

 

「おや、どうやら戻って来たようだ」

 

 クラウチの視線の先には―――つい先程ハリーが遥か彼方まで追い払った、1体の吸魂鬼。

 魂と言う極上の餌に餓えた吸魂鬼が、本能の赴くままにまた此処に戻って来たのだ。

 それを見て、クラウチは口角を歪める。

 彼が今何を考えているのか、その邪悪な表情で容易に察しがついたフィールはおぞましさが背中を走った。それは当然、ハリーもそうで。

 彼はクラウチの目的に、激しい怒りを抱いた。

 コイツは………よりにもよって、吸魂鬼にフィールの魂を葬らせようとするつもりなのか! 死よりも惨い姿に変えさせる気なのか!

 廃人と言うものがどれだけ恐ろしいのか、どれだけ酷い姿なのか、この眼でハッキリと見ているハリーにとって、過去に吸魂鬼によって母親を廃人に変えられ、更には双子の姉が吸魂鬼に成り果て今も魔法界を彷徨っているフィールに同じ末路を辿らせようとするクラウチの行為に、憎悪を募らせずにはいられない。

 呪文の効果が切れたら即叫び出しそうな勢いのハリーは拘束する鎖から逃れてクラウチに掴み掛かりたい一心で激しく身を捩る。

 しかし、依然として鎖は解けず、焦燥感だけが強まる一方だった。

 そのハリーの焦りを嘲るように、クラウチがようやく顎から手を離す。戒めが解けたフィールは支えを失い、床にどさりと倒れた。

 床に倒れたまま身動ぎ一つしないフィールを軽蔑の眼差しで見下ろすその瞳は、ある意味ヴォルデモートよりも冷たいかもしれない。

 

「ポッターはそこで見てるといい。実際に吸魂鬼が獲物の魂に食らい付く光景は貴重だぞ」

 

 そう言って、ぐったりとうつ伏せで倒れるフィールの身体を仰向けにさせたクラウチはその場から離れた。今のフィールに逃げる余力は残されていなく、意識を手放さないようにすることで精一杯だった。

 動けないフィールに、吸魂鬼が覆い被さる。

 霞んだ視界の中、吸魂鬼のおぞましい顔がすぐ目の前にあるのを捉えた。すっぽり頭巾で覆われたその顔に、眼球は無い。あっ、と思った時には既に遅く、吸魂鬼に片手で首を締め付けられる。

 拘束した吸魂鬼は最悪の武器『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』を実行しようと、魂を吸い取るため、首を絞めてる方とは別の手でフィールの頭を持ってグッと押さえ込み、口を自分の上下の顎で挟もうとした。

 

「やっ………」

 

 吸魂鬼の顔が近付いてくると、フィールの胸中は言い様の無い嫌悪感で満たされた。魂を吸われ命を脅かされることよりも、穢らわしい口腔が触れることに対する生理的嫌悪感で胸の中はいっぱいだった。

 

「うっ………ああぁぁ………んん………!」

 

 なんとか顔だけ反らして吸魂鬼の拘束から逃れようとするが、一度捕らえた獲物は逃すまいと言わんばかりの強い力で押さえ付けてくるので、身動きが取れない。もがけばもがくほど一層力を込めてくるので、尚更無理だった。しかも吸魂鬼特有の幸福の感情を吸収する能力のせいで、身体中から急激に力が抜け出ていく。脳内でフラッシュバックする辛い過去の情景に、直前に磔の呪いを受けたこともあって、いよいよフィールは身体的にも精神的にも限界が近付いてきた。

 

「うぅ………あっ………」

 

 吸魂鬼の顎が口元に触れたのを感じ、ビクッと身体が震える。そして、確実に仕留めるべく首を掴む力が増した。このままでは、絞殺されるか魂を奪われるかのどちらかだ。既に呼吸すらままならないフィールには、打つ手が無い。脳に酸素が供給されず頭痛が起き、何も出来ない己に無力感が広がる。

 

(ヤバい………気がおかしくなりそう………)

 

 全身に襲い掛かる倦怠感と疲労感、二重の恐怖を前に精神が参っていく。首を締め付ける冷たい手を引き離そうと掴んでいた手の力が緩み、力無く振り下ろされた。

 最早押し退けたいと思う気力も抗う余力も失われ、絶望しか残されていない。フィールの強靭な心は徐々に軋み、ひび割れていく。

 

「………けて………誰か………助けて………」

 

 今の助けは意識なのかそれとも無意識なのか。

 それすらわからず、声を振り絞ったフィールがか細く呟いた直後―――。

 

 首を絞めてた吸魂鬼の手の力が、一瞬緩んだ。

 

(…………え………………?)

「──────ッ─────」

 

 幾分か呼吸が楽になり、口元に触れていた冷たい物が僅かに離れたフィールは少しだけ意識を取り戻し、糧である魂を補食する直前で見せた吸魂鬼の謎の行動と、微かに聞こえたような気がする声に眼を見張った直後―――

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 『守護霊の呪文』を唱える男の鋭い声が、不意に耳に入った。声の持ち主が創ったと思われる大きな犬は吸魂鬼に向かって突進し、撃退する。

 

「フィール、ハリー、大丈夫か!?」

 

 こちら側に走ってきたのはシリウスだ。

 彼の他にもムーディやライリーが居る。

 1階以外の全フロアに出現した死喰い人や吸魂鬼を全滅させた直後、フィールの悲鳴が聞こえてきて、それで急いで駆け付けてきたのだ。

 頼もしい救世主の登場に、2人は安心する。

 対し、クラウチはチッと舌打ちした。

 あともう少しのところで、またもや任務が失敗したからだ。百戦錬磨の魔法使い・魔女を一度に相手するのは分が悪い賭けだと、クラウチはやむを得ず戦線離脱を選ぶ。

 

「運が良かったな、ベルンカステル。そいつらが来なかったら、今頃君は『吸魂鬼の接吻』を受けてただろう。前回は君が勝ったが、今回は僕の勝ちだ。決着をつけるのは次に会った時にしよう」

 

 その言葉を最後に、クラウチは踵を返して施設外に出ると『姿現し』をして姿を消した。

 ムーディはクラウチを追い掛けようとしたが、悔しそうに舌打ちし、まずはフィールとハリーの対応に当たるのが先決だと、今回ばかりは見逃すことに決める。

 シリウスは拘束されているハリーに自由を取り戻させ、ライリーは遠くに飛ばされていたロケットを拾い上げる。そしてクリミアは真っ先にフィールの元へ駆け寄り、傷だらけの彼女を抱き上げた。

 

「―――フィール! しっかりしなさい!」

 

 苦痛と脱力感で朦朧となった意識の中、ぼんやりとした声が聞こえてくる。

 眼の焦点が合わないフィールにクリミアは必死に呼び掛けるのが、フィールの意識が繋ぎ止められたのもそこまでで、彼女は姉の悲痛な叫びをどこか遠くのように聞きながら、思考が真っ黒に染まって視界が暗転した。

 

♦️

 

 ホグワーツ特急に引き続き聖マンゴでも死喰い人とそれにプラス吸魂鬼に奇襲された後、ムーディとシリウスは大至急ハリーとフィールを隠れ穴に送り届け、仕事がまだ残っているクリミアとライリーは生存した癒者仲間と共に後者の指揮の元、休む暇も無く奔走した。

 隠れ穴でハリー達の帰りを待っていたウィーズリー夫妻や兄弟、ハーマイオニーは辛くも生還してきた彼等から一連の出来事を聞き及ぶと、驚愕と同時に一層警戒心を強め、それから学生組は昏睡状態のフィールの傍で彼女の目覚めを待った。

 ムーディとシリウスはこの事を総司令官のアルバス・ダンブルドアを初めとする騎士団全体に報告するため、現在は本拠地のブラック邸に行っている。

 フィールはジニーの私室で寝かされていた。

 去年の夏季休暇でハーマイオニーとフィールが隠れ穴で寝泊まる際、ウィーズリー家で唯一の女の子であるジニーの部屋を借りたのだ。

 皆、心配そうに一向に目が覚める気配がしないフィールをじっと見つめる。

 

「大丈夫………よね?」

 

 ふと、ハーマイオニーが誰にともなく尋ねる。

 フィールの頭には包帯が巻かれていて、ボロボロになった服の代わりに、新しく綺麗な服に身を包んでいた。包帯さえなければ、疲れ果てて眠った子供のように穏やかな寝顔である。

 

「大丈夫よ、きっと」

 

 ハーマイオニーの問いに、隣に居たジニーが安心させるように背中をさすりながら言う。兄のロンも頷き、トントンと優しく肩を叩いた。

 ウィーズリー兄妹の励ましにハーマイオニーは少し笑顔を取り戻すと、タイミングよく、フィールが微かに呻いて、うっすらと眼を開けた。

 

「フィール、気が付いたの?」

 

 ハリーの声にフィールはハッキリと眼を開け、首を動かして周りを見る。

 皆はフィールの意識が戻って安堵の息を吐いたが………当の本人は、まるで知らない人や知らない部屋を見て戸惑っているような様子で、落ち着きがない。

 

「………此処は………?」

「此処は隠れ穴で、ジニーの部屋だ。覚えてるかい? 僕達、聖マンゴでクラウチや吸魂鬼に襲われて―――」

 

 次の瞬間。

 目覚めたばかりで状況が上手く把握出来てないだろうフィールに詳しい説明をしようとしたハリーの言葉を遮った彼女の口から、衝撃的な発言が飛び出した。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい………貴方達は誰なんですか?」

 

 

 

 

 




【ハリー・ポッター移送作戦没】
当初の予定は原作通り進行するつもりだったが、ホグワーツ特急襲撃事件後にやるのもなあ、と思って最終的にはナシに。その代わり作中では聖マンゴ襲撃が導入されました。

【死喰い人&吸魂鬼襲来in聖マンゴ】
特急に引き続き今度は病院が戦場に。
毎回思うのだが、毎度お騒がせなトラブルメーカーことハリー・ポッターはトラブル引き寄せる磁石でも食べたのだろうか?
あ、それを言うなら二次創作ではオリ主にも言えるのか。

【クラウチJr.】
前回に引き続き登場。
時間軸としては特急から数週間経過だが、どうしても読者からすると「コイツ早くも出てきたぞ」と思うかもしれない。だが彼は生存ルートになったにも関わらず前回まで全く登場しなかったんだ。どうか温かい目で見守ってくれたら嬉しい。

【年頃の女の子を攻める中年のおっさん】
犯罪にならない程度ではない、犯罪だ。

【フィール】
詳細は次回。

【まとめ】
今回は初っぱなからオリジナル展開のバトルの回でした。そしていきなりオリ主さん、絶体絶命のピンチに陥って危うく突然最終回になりそうだったと言う。ギリギリピンチは回避しましたが、ラスト、まさかの衝撃的展開に。
それでは次回、またお会いしましょう。
あ、お気軽に感想ください。
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