【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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暫くスケジュールが一杯で更新遅延になるかもです。

※5/29、サブタイトル変更。


#104.記憶喪失【中編】

「──────え?」

 

 開口一番、フィールが発した衝撃的な発言にこの場に居た全員が自分の耳を疑った。

 一瞬、ハリー達はまだ意識が覚醒したばかりで寝惚けた彼女が冗談を言っているのかと思った。

 否、思ったかじゃない。

 そう思いたかったのだ。

 まさか………まさか、フィールは―――。

 信じられない面持ちで、4人は不思議そうに小首を傾げるフィールを凝視する。

 

「え? ………え? フィ、フィール? 君、なんでそんな………冗談を言うんだい?」

 

 誰もが言葉を失い絶句する中、いち早く停止した思考が再起動して口を開いたのは、ハリーだった。

 彼は無理矢理作った引き攣った笑顔で、どうかその通りであって欲しいと切実に願いながらフィールに笑い掛ける。

 しかし、最初から答えがわかりきっているハリーの望みは、僅か1秒で粉々に砕け散った。

 

「冗談じゃ、ありません………。本当に、貴方達は一体誰なんですか………?」

 

 その返答に、ハリーは心臓を鷲掴みにされたような、そんな錯覚に陥った。心が裂けそうな痛みが走り、傍から見ても血の気が引いていくのがわかる。

 疑問に満ちたフィールの言葉で、ハリー達は否が応でもこれが事実だと、現実の壁を以てして突き付けられた。

 

 フィールは………聖マンゴ襲撃事件のショックで記憶喪失になってしまったのだ。

 

「ね、ねえ………フィール………」

「『フィール』………? ………それが私の名前ですか?」

 

 震える声でハーマイオニーがそっと話し掛けると、自分の名と思われる『フィール』に蒼い眼を細めながら、彼女が訊いてきた。

 瞬間、室内の空気がまたもや凍り付く。

 自分の名前さえも思い出せなくなっていたフィールにハーマイオニーは泣き出し、ハリーとウィーズリー兄妹は絶望した顔になる。フィールは突然泣いたハーマイオニーにあたふたした。

 

「あ、えっと………ごめん、なさい………」

 

 今にも消え入りそうなか細い声でフィールが謝ると、ハッとしたハーマイオニーが涙を拭って、弛く首を振る。

 自分は誰なのか、彼女らは誰なのか、そして自身はどうして此処に居るのかと言いたげなフィールの瞳に、何かを耐えるような表情でハーマイオニーは口を開いた。

 

「………貴女はフィール・ベルンカステル。私達は貴女の………親友、よ」

「………………そう、ですか」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いたフィールはイマイチ納得がいかなくて、翳りが差した暗い顔になる。

 友人だと言われても、今のフィールにとっては『見知らぬ他人』なのだから。

 いくら思い出そうとしても、頭の中の引き出しは空っぽだった。どんなに開けても中はすっからかんで、誰の名前も出てこない。こうなると、考えるだけ無駄だ。

 

「………っ」

 

 身体を起こそうと思ったフィールは、顔をしかめて頭に手を当てた。包帯が巻かれているので、何らかの理由で負傷したと察する。

 しかし、それ以前に手足に力が入らず、起き上がれない。

 

「まだ無理しない方がいいわ。貴女は襲撃から帰ってきたばかりなのだから」

「襲撃………?」

 

 何故、自分はそのような目に遭ったのか。

 記憶を失くしたフィールに、事情を理解出来るはずもなかった。

 

「………僕、フィールが目覚めたって、ウィーズリーおばさん達に知らせてくる」

「じゃあ、僕も………」

 

 ハリーとロンは階下に知らせに行く。

 女の子同士の方が色々不安なフィールも少しは安心するだろうと、ハーマイオニーとジニーは2人の然り気無い気遣いに感謝しつつ、記憶喪失寸前まで一緒に居たハリーにとって、今のフィールを目の当たりにするのは精神的にキツいのだろうと思い、2人は顔を見合わせて深いため息を吐いた。

 

 ハリーとロンが1階に降りると、いつの間にかシリウスとムーディが帰っていた。キッチンではモリーが沢山のサンドイッチを作っていて、アーサーがそれを手伝っている。

 クリミアとライリーはまだ事後処理中なのだろう、姿が見当たらない。

 そしてハリーは、現状で今最も会いたくない人物を認めてしまった。

 フィールの叔父・ライアンである。

 彼の隣には、リーマス・ルーピンも居た。

 シリウスとムーディから聖マンゴで起きた詳しい事情を聞いて、それで駆け付けてきたのだ。

 ライアンを見て、ハリーは顔を歪めた。

 彼に………姪のフィールがどうなったか、なんと説明すればいいのだろう。

 実の娘みたいに可愛がっているフィールが記憶喪失になったと聞いたら………長年、父親代わりとして面倒見てきたライアンはきっと………。

 合わせる顔がないハリーはその場で硬直し、その彼を心配してロンが立ち止まっていると、2人が降りてきたのに気が付いた大人組が視線をこちらに向けてきた。

 

「君達が降りてきたってことは、目を覚ましたのか?」

 

 飲み物が入ったグラスを片手に、シリウスが問い掛けてくる。

 俯きがちに、ハリーとロンは小さく頷いた。

 その仕草にシリウス達は安堵の笑みを浮かべたが………男子2人が何やら嬉しそうじゃない様子を感じ取って、今度は疑問符を浮かべた。

 

「2人共、どうしたんだい? 君達の事だから、あの娘が目を覚ましたのを喜ばない訳がないと思うのだが………」

 

 ルーピンの問い掛けに、一度眼を合わせたハリーとロンは意を決して顔を上げると、大人の男性陣―――特にライアンの方へ向き合った。覚悟を決めたようなその顔色には、隠し切れない苦痛が滲んでいる。

 ライアン達は怪訝な顔付きになった。

 

「………実は―――」

 

 ハリーは努めて落ち着いた口調で、意識が戻ったフィールが記憶喪失になったことを話した。ハリーの口から語られた予想外過ぎる衝撃的な報告に、大人達は驚いて眼を剥く。台所に居たモリーとアーサーも、耳に入ってきた驚愕の話に作業の手を止めて振り向いた。

 

「フィールが記憶喪失になったって………本当なのか?」

 

 信じられないと言うような相形で、ライアンは確認を取る。

 どうか嘘であって欲しい………そんな、現実逃避したくなるライアンの気持ちを聞かずとも理解しているハリーとロンは何も言えず、返事をする代わりに弱々しく項垂れた。

 ………本当は、わかっている。

 この2人がこんな冗談を言う子じゃないことは十分わかっていた。

 わかっているからこそ………能天気に笑い飛ばせないライアンは放心状態になってしまった。

 金色の瞳から、徐々に光が失われていく。

 力無く椅子に座った彼に、覇気は感じられなかった。

 居たたまれなくなったハリーは、ライアンから視線を逸らす。

 こうなることは予測していたが………どうしても、やるせない思いは募るばかりだった。

 嫌な沈黙が流れる重苦しい空気だけが漂い、誰もが言葉を発することが出来ずにいると、タイミングがいいのか悪いのか、ようやく仕事が終わったクリミアとライリーが現れた。

 女性2人はやっと一息つけると思った矢先、新たな問題が発生したのだろう家中にのし掛かる物凄く重くて暗い雰囲気に、眼を見張る。

 

「えっと………皆、どうしたのかしら?」

「なんかどんよりした雰囲気なのだけど………何かあったの?」

 

 とりあえず何か深刻な事態が発生したのはなんとなく察知したが、来たばかりで状況が掴めないクリミアとライリーがそっと尋ねると、先程と同じくハリーが代表して、簡単に説明した。

 ライアンやシリウス同様、すぐには上手く意味が飲み込めない2人は揃って瞠目する。数分か数十分か、事情を整理しようと黙りに黙っていた女性2人は一つ深呼吸した。

 過去に一部の記憶を失った状態のフィールとずっと関わってきたクリミアと、長年多種多様の患者を相手にしてきてそれ相応の心構えを得ているライリーは、家族のことになるとデリケートなライアンのように放心状態にはならなかった。無論内心は、自分の名前さえも思い出せなくなるほどの重症なフィールにかなりのショックを受けているが………。

 

「………とりあえず、フィールが以前のような軽度の記憶喪失とは違って重度だってことは理解したわ。話を聞き及んだ今でも、全く持って信じられないけど………」

「………ところで、フィールちゃんの様子はどうなの?」

「落ち着いてはいるけど………まだ混乱しているみたい、です」

 

 ハリーがそう答えると、アーサーが彼と息子にジュースの入ったグラスを手渡した。

 

「まずはこれでも飲んで落ち着きなさい」

「………ありがとうございます」

 

 礼を言って、ハリーはグラスに口をつける。

 続いてアーサーはクリミアとライリーにもグラスを渡し、動きっぱなしで喉が渇いていた彼女らは一気に飲む。そうして、全員が少し落ち着いてきたところで、ハリーはライリーに尋ねた。

 

「あの………ライリーさん。記憶喪失になった人間は………」

「………残念だけれど、こればかりは魔法でどうにか出来る類いのものではないわ。確かに魔法傷や普通の病気は、余程でない限り治療可能よ。でも心因性記憶障害は別。あれは精神的なストレス等によって記憶が失われる障害だから、肉体的な症状に対し癒術や魔法薬で治療に当たる私達癒者でも、不可能なのよ」

 

 心因性記憶障害は、大きな精神的ストレスや心的外傷が原因となって発症する。そのため、いくら魔法界の素晴らしい医療技術を以てしてでも、記憶喪失の人間の失われた記憶を戻すことはどう足掻いても無理なのだ。

 

「事情が事情だし、魔法的手段による解決法が無い以上、なるべく早く記憶が取り戻せるようにも私達の間で解決策を探り出すしかないわ」

 

 もう少し時間が経ったら、後で診察してみるとライリーは言い、ハリー達は「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 こうなった以上、ライリーの言う通り、自分達で最善だと思われる解決案を見つける他はない。

 闇の陣営にこの事がバレない内にも、出来るだけ早く記憶が取り戻せるようにしなければ。

 万が一、ヴォルデモートや死喰い人にフィールが記憶喪失になったと知られたら………ヤツらのことだ。邪魔者である彼女の記憶が戻る前に排除しようと乗り込んでくるに違いない。

 そうなったら十中八九、一貫の終わりだ。

 

「それじゃ、早速どうするかだけど………現時点で確定事項なのは、フィールちゃんが記憶喪失になった理由は、高確率で聖マンゴの襲撃事件で受けたショックと言うこと。もっと言えば、危うく『吸魂鬼の接吻』を受けそうになったことだと思われるわ」

 

 ライリーの言葉にハリーは「あっ………」と今になって、脳内であの光景が甦る。

 あの時………出口が近付いて気が緩んでしまった自分は、周囲への注意が散漫になって密かに潜んでいた敵の存在に全く気付かなかった。

 その結果、魔法を使えなかったフィールは己の身を投じて庇い………クラウチや吸魂鬼に対し抵抗する術がなかった彼女は身体的にも精神的にも追い詰められ、そして記憶が失われた。

 フィールが記憶喪失になった一因は迂闊だった自分にもあることに今更ながら知ったハリーは、次第に頭の芯が痺れてくる。胸の奥で、ドロドロしたものが渦巻いて………何かに心を締め上げられるような、そんな痛みが走った。

 

「フィールちゃんは過去にも吸魂鬼に魂を吸収されそうになった経験を持っている。その他にも、目の前でお母さんのクラミーが『吸魂鬼の接吻』を受けているのを見たり、お姉さんのラシェルちゃんが廃人になって新たな吸魂鬼に成り果てたりしたから………それと同じように、危険な目に遭ってとても怖い思いをしたせいで、無意識の内に自分を守るため"閉ざした"のでしょうね。ラシェルちゃんの時みたいに」

 

 淡々とした口調で推測するライリーの言葉が、次々とハリーの胸にグサグサと突き刺さる。自分の不注意でこのような由々しい事態を生み出したことを遠回りに咎められているような、そんな気がして、此処に居ることすら耐えられなかった。

 

「何か名案があるといいのだけれどね………」

 

 ライリーは考え込むように腕を組む。

 罪悪感に苛まれるハリー以外の皆も同じように思案した。

 

「それは確かに悩むが………フィールとハリーが狙われていると言う事実は変わらない。何かあったら、我々が命に代えてでも全力で護るぞ」

 

 不安や心配を拭い去るように、シリウスが力強く言う。とても頼もしい反面、大事な名付け親にこのような発言を言わせていることに、ハリーはまた心が痛んだ。

 と、そこへモリーから声が掛かった。

 

「ひとまず、このくらい作ったわ。皆、お腹空いたでしょう? まだまだ作るから、好きなだけ食べてちょうだい」

 

 モリーなりに沈んだ空気を払拭しようと思ったのだろう。サンドイッチを持った大皿をテーブルに置きながら、敢えて明るい声音で言う。そんなモリーのおかげで幾分か空気は和み、2階に居るハーマイオニー達の所にも持っていこうと、ハリー達は階段を上がった。

 ノックして2階にあるジニーの部屋に入室すると、ハーマイオニーかジニーの手を借りて、フィールが身を起こしていた。だが、フィールは扉が開いても、そちらを見ようとしない。ハリーとロンが下に降りている間、一通りの説明は済んだようだが、色々と混乱し切っているせいで、気持ちが整理がつかないのだろう。

 

「モリーおばさんが作ってくれたサンドイッチを持ってきた。とりあえず、食べようか」

 

 ぎこちなく笑いながら、ハリーは机にサンドイッチが載った大皿を置いた。ロンは女子3人にジュースが入ったグラスをそれぞれ手渡す。そうして、気まずい雰囲気が拭えないまま、皆はサンドイッチを頬張った。フィールは誰の眼を見ようともせず、顔を伏せたまま受け取ったサンドイッチを黙々と食べ続ける。

 粗方食べ終えたところで、そろそろ頃合いかなとタイミングを見計らったライリーがノックして部屋に入ってきた。

 大人が現れて、なんとなく顔を上げてみたフィールは若干怯えた眼になる。色んな意味で緊張しているフィールにとって、大人は落ち着かない存在だった。

 

「この人はライリーさん。聖マンゴで働く癒者でさっき私達が言ったクシェルのお母さんよ」

 

 ハーマイオニーが簡潔に紹介すると、ベッドに腰掛けたライリーはフィールに目線の高さを合わせて、優しく微笑み掛ける。温厚な顔立ちが形作る柔和な笑顔に、どこか安心感を得るフィールの瞳から次第に警戒心が薄れていく。

 

「ねえ、フィールちゃん。ちょっとの間だけでいいから、私と2人きりになっても大丈夫?」

「………………はい」

 

 ライリーがフィールに2人きりにならないかと提案したのは、周りに人が居ない方が診察のための質問等に答えやすいかもしれない、と言う配慮もあってのことだろう。その事を察したハリー達は空いた皿と空になったグラスを持ってすぐに退室した。

 1階に降りてシンクに食器類を運び、運ばれてきたそれをモリーが洗い、ハリー達はライリーが診察し終えるのを待機する。

 それから数十分後―――2階からライリーが降りてきた。居間にやって来た彼女は、どうだったと一斉に視線を向けてきた皆の顔を見回しながら診査の結果を伝える。

 

「………予想してた通りよ。フィールちゃんは『逆行性健忘』だったわ」

 

 逆行性健忘―――。

 聞き慣れない単語に、ウィーズリー親子やシリウス達は首を傾げるが、マグル出身でマグルの知識に関しても豊富なハーマイオニーだけは「やっぱり………」と呟く。

 

「えーっと、それってどういう………?」

 

 言葉の意味を知らないロンが首を傾げると、代わりにハーマイオニーが簡単に説明した。

 

「『逆行性健忘』は簡単に言うと、過去のことを思い出せなくなってしまう記憶障害のことよ。強い精神的ストレスや心的外傷が主な原因で発症するわ」

「へえ………ってことは、前にフィールが一部の記憶を失くしてたのもそれが原因ってことか?」

「………恐らくそうでしょうね」

 

 ハーマイオニーのわかりやすい説明のおかげで納得した顔のロン達の前で、ライリーは続ける。

 

「逆行性健忘は全て忘れる訳じゃなく、一般的知識はそのまま保たれるから必然的に自分が魔女であることは()()理解してるみたいよ。でも………肝心な魔法の使い方は忘れてしまってるみたいで本当に自分が魔女なのか、半信半疑って様子ね」

 

 ライリーがそこまで言ったところで、ハーマイオニーは何かを思い出したように尋ねる。

 

「そういえば………フィール、1人にして大丈夫なんですか? 1人だったら心細いでしょうし、誰か一緒に居た方が………」

「それなら大丈夫よ。フィールちゃん、疲れて部屋で寝ちゃってるから。色んなことがあって心も身体も疲れ切ってるのでしょうね。アーサー、モリー。今夜は此処であの娘を泊まらせて貰ってもいいかしら?」

「ええ、私達は構わないわ」

 

 ウィーズリー夫妻は快く承諾する。

 暫くは静養に専念した方が回復も早くなるし、今日はもう遅いので、対策については明日から練ろうとライリー達は引き上げることにした。

 一人前の癒者になるべく現在ライリーの家で下宿しているクリミアは彼女と一緒にベイカー家に帰り、シリウスとルーピンとムーディも幾つか騎士団の仕事が残っているので『姿現し』で何処かに消えた。

 皆が居なくなった後、モリーはハリー達に今日はもう寝るよう促し、彼等は素直に頷いた。

 

「フィール、大丈夫かしら………」

「ハーマイオニーやライリーさんから話は聞いたし、少しは気が楽になったんじゃないか」

「だといいんだけど………」

「ま、その内慣れるってか、時間が解決するさ」

「………それもそうね」

 

 ロンが言うと、本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。彼をムードメーカーとしてどれだけ心強く思っているか、改めて感じ入るハーマイオニーである。

 

「こういうのは焦っても仕方ないし、時間を掛けて少しずつ思い出していけば、いずれフィールも記憶が完全に戻ると思う。と言うか、絶対戻るって僕達が信じなきゃ、誰が信じるのさ」

 

 続けてロンが言った言葉に、ハーマイオニー達は表情を緩め、大きく頷く。

 だが、未だに自責の念に駆られているハリーは暗い顔のまま、無言で部屋に戻った。

 

♦️

 

 最上階の自室で寝ていたロンは、寝返りを打った途端、パチリと目を覚ました。すぐに目を瞑り直したが、困ったことに眠気が吹っ飛んでしまった。

 そうなると、ベッドの中でじっとしているのが嫌になってきて―――ロンは気晴らしにちょっと外出することにした。念のため、杖は所持する。

 正確な時間はわからないけれど、外の暗さと静けさから、まだ真夜中らしい。家の中はすっかり寝静まっている。

 静かに部屋を出、足音を立てないように階段を降りようとして、下の階段―――階段の上がり口に誰かが座っている背中が見えた。

 一瞬驚いたロンだったが、シルエットですぐに誰なのか思い当たり、階段を降りながら、そっと声を掛ける。

 

「フィール?」

「……………」

 

 振り向くフィールに「眠れないのか?」とロンは尋ねた。フィールは寝間着の上に薄手のカーディガンを羽織っている。

 

「………いや、寝てたんですけど、一度目が覚めたら寝れなくなって………」

「そっか、僕も同じだ。なんとなく起きちゃったんだけど、一回起きたら、中々寝付けなくなるんだよなあ」

 

 ロンは階段を降り、フィールの隣に座る。

 

「………すいません、急に泊めて貰って」

「いやいや、そんなこと、気にしなくていいよ。去年の夏休みも泊まりに来てたんだしさ」

「そうなんですか?」

「皆で魔法の練習したり、箒に乗ってクィディッチしたりして、スゴい楽しかったんだよな。そういえば、3年前はブライトンに行って海水浴したり、バーベキューしたりもした。こうして思い返すと、また皆で遊びたくなるなあ」

「……………」

 

 楽しそうに語りながら天井を仰ぎ見るロンをフィールは無言で見つめる。その夏の想い出には自分も居たのだろうが、頭の中にその時の記憶はなくて、どう返せばいいかに困ってしまう。

 黙り込んでしまったフィールにロンは慌てて取り繕った。

 

「あ、そうだ、此処で話すのもアレだし、居間に行ってアイスティーでも飲もうぜ。フィールはソファーにでも座って、少し待っててくれ」

 

 と言って、立ち上がったロンは早速台所に向かい、食器棚からグラスを2つ取り出して、アイスティーを作る。言葉を噤んだ自分に気を遣わせてしまって、フィールが申し訳なく思いながらロンに言われた通りソファーに座って待っていると、淹れ終えたロンが渡してきてくれた。

 キッチン付近の照明だけが灯された家中は、そこだけスポットライトが当たったようにうっすらと浮かび上がっている。

 ロンはフィールと並んで座ると、アイスティーを一口飲んだ。フィールもグラスに口をつけ、喉に通す。氷を入れているので、通常よりも冷たくて透明感が増していた。グラスに注ぐ前、砂糖を少し入れたのか、ほんのり甘く味付けしてある。

 夏にはピッタリのアイスティーを少量飲み、短時間ではあるがこの時期特有の暑さを忘れると、フィールはグラスを包み込むように握り、見るとはなしに目の前に広がる光景を眺めた。

 

「そういえば………僕達のことや魔法界のことはハーマイオニーとジニーから聞いたんだよな?」

「………はい。と言っても、この世界のことや情勢に関しては、ちゃんと覚えてます」

 

 診察したライリーによると、フィールはマグルの世界でも存在する、発症以前の過去の出来事に関する記憶を思い出せない『逆行性健忘』との診断だ。これは不快な体験や出来事、特定の人物を思い出せなくなるのが多いとされている。

 しかし、全て忘れる訳ではなく一般的な知識は保たれるので、日常生活にはあまり支障はないが自分が誰だがわからない人も居るとのことで、まさにフィールはピッタリ当て嵌まっていた。

 

「………ハーマイオニーさんとジニーさんが言ってたのですが、私、『闇の帝王』と呼ばれる魔法使いやその部下の『死喰い人』に命を狙われてるんですよね」

「ああ、うん………君の実力もそうだけど、君のお祖母さんが『例のあの人』に一番最初に反発した先駆者だから………それでアイツら、昔から君の一族に脅威を感じてるんだ」

「私の祖母が? 凄い人物ですね………」

「エルシー・ベルンカステルも確かに凄いけど、君も負けず劣らず凄いよ。何度もホグワーツの危機を救って、僕達を護ってきてくれた。2年の時は秘密の部屋でトム・リドル―――『例のあの人』が学生時代だった頃の姿が実体化したヤツをたった一人で倒しちゃったし、4年の時は最年少で三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)のホグワーツ代表選手に選ばれたり。僕達にとって、君はヒーローみたいな存在だよ」

 

 記憶を失う前の自分の人物像を聞かされ、フィールは眼を丸くする。まさか自分自身がそのような人物だとは、周囲の人間同様魔法を扱える魔女以外の情報は何も覚えていない今のフィールにとっては、全く想像がつかないのだろう。

 フィールは俯き、掌を見つめながらポツリと呟く。

 

「私、全部思い出せるでしょうか………自分のことも、皆のことも」

「勿論!」

 

 絶対思い出せる、とロンは励ますように頷いてみせる。

 彼がそう断言出来るのは、前例があるからだ。

 経緯がどうであれ、フィールは以前、失われていた一部の記憶を取り戻した。

 だから、今回も必ず取り戻せる。

 一片の迷いも無く笑顔で明言したロンに、フィールは不思議と心がほっこりしてきて、記憶喪失後、初めて笑みを浮かべてみせた。

 

 

 先程まで2人が座っていた下の階段で、ハリーは息を殺して佇んでいた。

 ふと目が覚めた時、なんだか下の方で話し声が聞こえ、物音立てずに退室してみると、何やらフィールとロンが居間に居て会話をしていて、中断させるのも悪いと遠慮している内に立ち聞きしてしまって………。

 和やかな2人の談話が胸に刺さって、ズキズキと痛む。

 自分がもっとしっかりしていれば、こんな風に友人が心配することもなかったし、フィールだって何も思い出せないと言う苦しい体験をしなくて済んだのだ。

 こんなことが起きなければ、今頃は―――。

 

「ごめん、フィール………」

 

 謝罪の言葉が溢れてくるけれど、それを届ける勇気が今のハリーにはなくて。

 ふいっと顔を逸らしたハリーは来た階段を戻り―――逃げるように2人から離れてしまった。




【フィール】
サブタイトルの通り。

【ライリー】
一応この人半純血の癒者なのでマグルの医療用語とか心得てます。

【ロン】
原作と比較したら随分成長した。
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