【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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夏苗みらや様、数々の誤字&脱字報告、ありがとうございました。


#10.秘密の共有

「時間だ。書き終えた者は机上に提出。終わらなかった者は次回までの課題とする」

 

 ある日のグリフィンドールとスリザリンの合同授業『魔法薬学』。

 スネイプの呼び掛けと終業のチャイムが地下牢の教室に響き渡ると、それまで重く張り詰めていた空気がどっと緩んだ。カリカリと教室内に静かに響いていた羽根ペンを走らせる音も、同時にパッと止む。

 今日習った授業内容を羊皮紙に全て記載し終えたフィールとハーマイオニーは机上に提出し、それ以外の生徒は丁寧に丸めて仕舞い込んだ。

 

「ベルンカステル、君は少し残りたまえ。他の者は速やかに退室しろ」

 

 教室を出ようとしたフィールは、何故かスネイプに呼び止められた。まだ残っていた生徒達は自分のことのように緊張した面持ちになり、思わず身体が固まる。が、スネイプから「早く出ろ」と無言の圧力を掛けられると、慌てて教室から飛び出すようにして居なくなった。

 二人きりになった途端、奇妙な静寂が訪れる。

 フィールは数歩歩いたところで、歩みを止めて土気色の顔をした寮監を見上げた。

 

「なんですか、スネイプ先生。私、何か悪いことでもしましたか?」

「いや、そうではない。我輩は君に言いたいことがあったのだ」

「言いたいこと?」

「そうだ。前々から君に言おうと思っていたのだが………単刀直入に言わせて貰おう。ベルンカステル、我輩は君に見込みがあると踏んでいる。君の魔法薬学の腕前は素晴らしい。他の者にはない能力があると言うのは、授業中の様子や取り組みを見てわかる。どうやら今年は近年にない逸材を発掘したみたいだ。そこで―――」

 

 スネイプはレンズ越しからこちらを見つめる懐かしい蒼の瞳を見据えながら、滅多に見せない穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「どうだね? 我輩と共に特別授業を受け、一足先に上級生で習う魔法薬の調合法を学んでみないか?」

 

 予想だにしなかった意外なお誘いに、フィールは驚きを露にして眼を見張った。

 

「え………いいんですか? そんな、貴重な時間を設けて貰って」

「無論だ。君は有象無象のウスノロにはない、卓越した才能がある。そんな君ならば、更なる高みへ若くして上り詰められるだろう。君がそれを望むならば、我輩は全力でサポートしようではないか」

 

 フィールは考え込む。

 スネイプと共に特別授業………これは中々得られない超貴重な経験だ。

 既に1年から7年の実技や理論を完璧に会得し魔法薬関連の物事でも独自で正確な調合法を研究してきたが、スネイプほどの魔法薬学に秀でた教師から直接伝授して貰えるという、普通だったら100%の確率で不可能なスカウトを断れば、後に激しく後悔するだろう。

 あのスネイプが生徒に―――それも、今年入学したばかりの1年生に、特例として特別授業を行う時間を設けるくらいなのだ。

 それはイコール、スネイプは相当期待してくれているという意味だ。

 でなければ、こんなことは絶対有り得ない。

 これは、もしかしたらまだ自分が得てない、まだ自分は知らない、既存の知識とはまた別の新知識を手に入れられるビッグチャンスだ。

 その機会を自分から手放すなんてバカな真似はしたくない。故に出した返答は―――

 

「―――是非お願いします、スネイプ先生」

 

 ―――YESだ。

 スネイプは満足げに頷く。

 

「君ならそう答えると思っていた。ではベルンカステル、近頃に特別授業の初日を迎えるとしよう。生憎今夜は都合があって最後まで見てやれんからな」

「? 放課後ではなく、夜なんですか?」

「左様。夜間講義だ。なに、心配しなくていい。万が一見廻りの教師や監督生に見付かったとしても、我輩と共に魔法薬学の特別授業を行うと言えば問題なかろう。それに、帰りは君を寮まで送り届ける。ならば大丈夫だろう?」

 

 それを聞き、なら大丈夫と判断したフィールは「ありがとうございます」と頭を深く下げる。

 

「話は以上だ。今日はもう帰りたまえ」

「はい。では、失礼します」

 

 ドアの所まで歩き、出る前にもう一度軽く頭を下げると、フィールは教室を出ていった。

 教室の外にはもう誰も居ない。

 まあ、グリフィンドールの生徒はスリザリンを依怙贔屓するスネイプを―――特に彼から理不尽過ぎる扱いを受け続けるハリーはとことん嫌っているので、早く寮に帰って寛ぎたいと思うのは妥当だろう。

 フィールは地下牢教室と同じ階に在るスリザリン寮へは向かわず、8階の必要の部屋を目指してその場から歩き出した。

 

 数分後、フィールは最上階の目的地に到着し、いつも通り『魔法の鍛練が出来る部屋』と心の中で3回強く念じながら往復する。そして現れたピカピカのドアを開けて中に入った。

 必要の部屋を発見してからまだそんなに日は経っていないのに、すっかり見慣れてしまった内装にどこか満足感に浸りながら、フィールはショルダーバッグを訓練所の一角に設備された荷物置き場に置く。そうして、邪魔になるローブも脱いで、動きやすい格好になった。

 

 自主訓練する準備は整った。

 普段ならここで、ウォーミングアップ―――ゴーレム人形が発射してくる閃光を避けたり撃ち落としたりする―――を始めるところだが、今回はすぐには開始せず、フィールは本棚が立て掛けられている壁際に向かう。

 何百冊も整然と並べられている背表紙を見流ししていたフィールは、やがて目当ての本を発見して手に取った。

 

 それは、『空間移動』に関する一冊の本。

 高難易度魔法の『姿くらまし/姿現し』の使用方法が記載された、未成年者魔法使いからするととてもではないが、かなり難解な書籍だ。

 

(此処は『姿くらまし』『姿現し』が出来ない魔法が掛けられている。しかもそれを掛けたのがダンブルドア校長となれば、そう簡単に突破は出来ないよな………)

 

 ホグワーツは多種多様の魔法で覆われている。

 大広間の天井が外に広がる本物の空と同じようになる魔法や、マグルが近付くと廃墟に見える魔法(封鎖された門に『危険、入るべからず。危ない』と書かれた注意書きが下がっている)、許可無しに敷地を越えられない魔法、侵入者避け呪文等………。

 これ等は大して気にするようなものではない。

 問題なのは、『姿くらまし/姿現し』を無効化させる呪文が張られているせいで、ホグワーツ城の敷地内では使用が一切不可能なことについてだ(ただし、不死鳥・フォークスを用いての移動と校長のアルバス・ダンブルドアだけは特別に使える)。

 

 自由に瞬間移動(テレポート)が出来ないのは中々に大打撃で厄介である。

 このバラエティー満載で規模がデカ過ぎるホグワーツの校舎構造、移動手段が徒歩しかないのはちょっとどころか、滅茶苦茶不便だ。

 入学してまだ1ヶ月のフィールは、城内の仕組みや場所の全てを知り得てない。が、ある程度把握するようになれば、移動手段が1つから2つになる可能性があるのだ。

 

 それが『空間移動』―――途中の移動ルートをすっ飛ばし、自分自身を瞬間的に離れた場所に転移させる能力。

 だが、ハッキリ言ってこれは至難の技だ。

 誰でも容易に扱えるようなものではないとか、そういう先人との経験の幅や能力の差的な問題ではない。

 『姿くらまし/姿現し』とはまた違う、『今居る場所から遠く離れた場所に出現する魔法』を独自で編み出そうとしてるのだ。

 普通に考えれば不可能に近い………いや、不可能そのものだろう。

 

 しかし、今、フィールは挑んでいるのだ。

 不可能を可能にしようと、未知なる領域に。

 常識と言う名の監獄から逃れようとする、常人とは思考回路が異なる囚人のように、自身の目的を果たすためならばどこまでも追求する、まさにスリザリンの名に相応しい蛇のような執念と覚悟を決めていた。

 

(とは言うものの、流石にこれだけじゃ参照する材料が少ないよな………。ここはやっぱり、『姿くらまし/姿現し』に関連する様々な情報を収集するのが成功への近道か)

 

 そして『空間移動』の魔法が持つ特性への理解を深め、ただひたすら、がむしゃらに試行錯誤を重ねる。

 知識や情報をかき集めるのは重要性がある。

 情報量は多ければ多いほど、順応性や応用性、汎用性がその分利くようになるからだ。

 それに、現段階では活用しなくとも、他の場面で意外な形で活躍したりするパターンやケースは極めて高い。

 知らなくて困ることはあっても、知ってて損はないと言う意味だ。

 

(とは言え、何かあったか? 参考材料になりそうなヤツって………あ、そういえば―――)

 

 何かに思い至ったフィールは、パラパラとページを捲って速読していた本をパタンと閉じ、スカートのポケットから小さな四角い鏡を取り出す。

 一見すると普通の鏡だが、その実これは『両面鏡』と言う、所謂魔法界のテレビ電話だ。

 2つの鏡がペアになっていて、これを持っている者同士で通信が取れる高価な品物である。

 両面鏡を見ながら、フィールは呼び掛ける。

 数秒後、鏡の表面にクリミアの顔が映った。

 これを対で持っているのはクリミアなのだ。

 

『珍しいわね、貴女の方から連絡が来るなんて。どうかしたの?』

「ちょっとクリミアに訊きたいことがあるんだけど、いいか?」

『? ええ、構わないわよ?』

 

 フィールはクリミアに、ある施設の在処と入り方について質問し―――クリミアは丁寧に教えてくれた。

 

『―――以上よ。これで大丈夫かしら?』

「ああ、ありがとう。おかげで助かった」

『どういたしまして。それにしても、これまたなんで、そんな所に訪問しようと?』

「彼処で働いているらしい彼等に、一つ訊きたいことがあるんだ。じゃ、早速行ってみる」

 

 両面鏡をポケットに仕舞い、フィールは本を片手にローブとショルダーバッグを取りに行く。

 内側が緑色の黒いローブを羽織り、ショルダーバッグの奥底に本を突っ込む。一々元の位置に戻して此処に来る度に取りに向かうのは面倒だし、時間の無駄だ。

 参考書となるこれは、なるべく自分の手元に置いておきたい。

 完成したら、きちんと返却すればいいだろう。

 そう自己完結したフィールは必要の部屋周辺に人が不在なのを確認してから、慎重に外に出て、光の速さでその場を後にした。

 

♦️

 

 最上階から1階の玄関ホールにやって来たフィールは、大理石の階段の右側のドアから階段を下りて、明々と松明に照らされた広い石の廊下をコツコツとブーツの音を響かせながら、通り抜けていく。

 そして城壁に飾られた『巨大な果物皿の絵』の中の緑色の梨をくすぐった。すると梨はクスクス笑いながら身を捩り、程無くして、大きな緑色のドアの取っ手に変化する。

 

 フィールは取っ手を掴み、ゆっくりと開けた。

 そこには、真上に在る大広間と同じくらいの面積を誇るキッチンルームが広がっており、少なくとも約100人程は居るだろう沢山の屋敷しもべ妖精が、ホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトーガ風に巻き付けた姿でせっせと働いていた。

 

 そう、此処は大広間の真下に位置する厨房だ。

 天井の高い部屋で、奥には大きなレンガの暖炉が設置されている。石壁の周りには、ピカピカと光沢を放つ真鍮の鍋やフライパンが、ズラリと山積みになっていた。

 部屋には4つの長テーブルが設置されており、料理はそこから天井を通じて、ちょうど真上に在る大広間のそれぞれの寮テーブルに移送されるのだ。

 

「これはこれはお嬢様、ホグワーツの厨房へよくぞいらっしゃいました。狭い所ですが、どうぞゆっくり寛いでください。温かい紅茶でもいかがですか?」

「今、お茶請けのお菓子をお持ちします」

 

 フィールの存在に気付いた、魔法界の大きな館や城に住み込み、特定の魔法使いを自身の『主人』として生涯その家族に労働奉仕を行う魔法生物―――屋敷しもべ妖精が、彼女の方を向いてお辞儀をし、寄って集って世話をしようとした。

 彼等は細く長い手足が特徴で、甲高いキーキー声を発する。外見は多少異なるが、ハゲ頭でコウモリのような長い耳を持ち、テニスボールのような大きな眼をしている点は共通している。

 

 他人(?)からおもてなしされるのに慣れていないフィールは、珍しくちょっと戸惑う。

 屋敷しもべ妖精がどういう魔法生物なのかは、知識として一応知ってはいたが………こうして現実味に突き付けられると、本当に人に仕えるのが好きなんだなと、どこか不思議な心境になりつつ用意してくれた椅子に腰掛ける。先程の言葉通り、寛げるようチェアにはクッションカバーが掛けられていた。

 

 フィールは屋敷しもべ妖精が淹れてくれた温かい紅茶とお茶請けのクッキーを喉に通し、久し振りに感じる穏やかな一時を過ごす。

 そうして一息つくと、まだ何かやるべきことはあるか、とこちらを見上げる健気な瞳を見下ろしながら、彼等に問い掛ける。

 

「私、屋敷しもべ妖精の貴方達に一つ頼みたいことがあるんだけど、いいか?」

「ええ、何なりとお申し付けください」

 

 彼等が頷くと、フィールは此処に来た用件を口にした。

 

「一応確認するが………屋敷しもべ妖精は、魔法使いが『姿くらまし/姿現し』出来ない場所でも使用可能で、それはホグワーツでも出来るんだよな?」

「はい。魔法使いと妖精では、本質的に魔法の種類が違いますので。………あの、お嬢様。大変失礼かとは思いますが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「お嬢様は、何故そのようなことを私達にお聞きになられるのですか………?」

「ああ………実は今、新開発しようと考えてる魔法があるんだけど、それにはその魔法に関連するデータが必要でな。そこで、魔法使いとは本質的な種類が異なる魔法を扱う屋敷しもべ妖精の貴方達に直接教わって、参考材料を増やしたいんだ」

 

 その言葉に、屋敷しもべ妖精達は眼を見張る。

 まさかそんなことを頼まれるなんて、予想だにしなかったからだ。

 人から命令されるのは全然不思議じゃない。

 だが、指南を願われるのは―――。

 思考が追い付かず、暫しあんぐりと口を開けたまま唖然としてしまう屋敷しもべ妖精達。

 そんな彼等を目の当たりに、フィールは「ダメか………」と少し肩を落とす。

 

 すると、彼等は我に返ったようにハッとした。

 自分達に教わりたい、と言う『命令』を下された以上、それに従わなければならない。

 仕えるべき人からの命令に背くのは、屋敷しもべ妖精の名に泥を塗る行為そのものだ。

 思考が再起動した屋敷しもべ妖精達は慌てて、「も、申し訳ございません」と謝罪する。

 しかし、ふとあることを懸念した眼前の屋敷しもべ妖精が、恐る恐る口を開いて言った。

 

「ですがお嬢様、魔法使いと妖精では身体の造りが異なります。人間の身体で私達の魔法を使いこなすのは、とても………」

「それは言われなくてもわかってる。だけど、人間と妖精では具体的に何が相違するのか、その仕組みや原理に理解を深めてマイナスになることは無い。知識を吸収し蓄積するのはプラスになる」

 

 だから、と。

 フィールは強い瞳で、もう一度懇願する。

 

「私に貴方達の魔法を教えてくれないか?」

 

 曇り無き瞳で再びそう依頼したフィールの本気の言葉を受け―――屋敷しもべ妖精達は、今度こそ了承の首肯を見せた。

 

「貴女様が、それを望むなら」

 

 その後、屋敷しもべ妖精はフィールに人間と妖精の身体の構造の違いや、妖精独自の魔法についての詳細等を丁寧に教え―――知りたい情報を得られたフィールは満足げに微笑した。

 

「なるほどな………おかげでよくわかった。教えてくれて助かったよ。やっぱり、本人に直接話を聞くのはタメになるな」

 

 ところで、と―――そう前置きしてから、フィールは話題を変更する。

 

「此処の厨房って、いつでも来ていいのか?」

「勿論でございます! 是非ともまたいらしてください! 私達はいつでも大歓迎します!」

「そうか。なら、気が向いたらまた来るよ。あ、聞き忘れてたけど、此処って生徒が料理しても大丈夫なのか?」

「ええ、何も問題はございません!」

 

 調理しても大丈夫と聞き、フィールは「久々に今度御菓子でも作ろっかな」と思いながら、そういえばまだ名前を名乗っていなかったのを思い出し、今更ながら自己紹介する。

 フィールが名を名乗ると、次は屋敷しもべ妖精全員が甲高いキーキー声で順番に名前を教えてくれたのだが………これだけの数の屋敷しもべ妖精の名前と顔を完璧に覚えるには時間が掛かりそうだなと、ざっと見回して小さく嘆息した。

 唯一忘れないのは、今目の前に立っているマルクと言う男性の屋敷しもべ妖精だろう。

 

「それじゃ、私はそろそろ行く。………ああ、それと―――」

 

 フィールはフッと息を吐き、目元を和らげる。

 

「ありがとな。急にやって来たっていうのに、こんなにも手厚い対応をしてくれて。ホントに、久し振りに安らかな気持ちになれたよ」

「………! も、勿体無きお言葉であります!」

 

 フィールからの感謝の言葉を受け取った瞬間、マルク達は思わず歓喜の声を上げた。

 通常は屋敷しもべ妖精を奴隷同然に扱いそれを当たり前に思うのが魔法使いのほとんどで、労働奉仕を受ける側の人間からこうして礼を言われるのは滅多にない。

 感謝の言葉を貰った彼等は、驚きと喜びと畏れ多い気持ちに一瞬だけ忠誠心が塗り変わる。

 

「フィール・ベルンカステルお嬢様、今日は誠にありがとうございます。何かございましたら、いつでもお呼びください。貴女様の御命令とあれば、このマルク、たとえ何処に居ようとも馳せ参じる所存でございます」

 

 その言葉に、フィールは少し困った顔になる。

 いや、真心から本当にそう言ってくれたのは確かに嬉しいのだが………正式な『主人従者』という関係でないが故に、どう返答すればいいのかがわからない。

 マルクはホグワーツで働く屋敷しもべ妖精だ。

 『ホグワーツ』に仕えている彼が、一生徒の、それも今日出会ったばかりの自分なんかの為に仕事に大穴を開けるような行為は、決して許されることではないだろう。

 かといって、何か上手い断り方があるかと言えばそうでもなく………こちらを覗くマルクの強い眼差しを見ていると、せっかくの申し出を拒絶するのはなんだか申し訳なく感じてきて、「何かあったらな」とフィールは曖昧にしてお茶を濁す方向に持っていった。

 

♦️

 

 それから3日後。

 ショルダーバッグを肩に提げるフィールは、生徒が寝静まった夜中にひっそりと気配を殺しながら外出し、いつも魔法薬学の授業が行われる地下教室へと向かっていた。

 教室の前まで来たフィールは立ち止まり、慎重にドアを開ける。

 昼間と違って夜間と言うのもあるが、室内は深い暗闇に覆われていて、妙にシンとしてる静寂がより一層不気味であった。

 

「思ったより早く来たな」

 

 暗がりの中から、突然低い声が耳を打つ。

 フィールは本能的に杖を抜き出し、構えた。

 臨戦態勢のまま、ジリジリと近寄る。

 

「君が此処に来た目的は?」

「寮監のセブルス・スネイプ先生から魔法薬学の特別授業を受けるため」

 

 唐突の質問に、フィールはさらっと答える。

 すると―――パッとランプの灯りがつき、夜の闇を切り裂いた。

 フィールが来る前に準備を整えていたスネイプの顔が、ほのかな灯によって照らし出される。

 

「ちゃんと本物のベルンカステルらしいな」

「と言うか、私以外に今夜此処で夜間レッスンするのを知ってる人は居ませんよ? 何故、このような確認を取るのですか?」

 

 フィールの問いに、スネイプは漆黒の瞳をスッと細めて険しい顔付きになる。

 

「近頃、魔法界にて一躍話題沸騰となったニュースがあるのは、君も知っているだろう?」

「ニュース? ………ああ、そういえば、ありましたね。確か、何者かがホグワーツに次いで安全と評されているグリンゴッツに侵入したって事件ですよね」

 

 つい最近、7月31日にグリンゴッツ魔法銀行で発生した強盗事件のことを記載した『日刊預言者新聞』の中身を記憶の中から引っ張り出したフィールの呟きにスネイプは「そうだ」と小さく頷く。フィールは怪訝な顔になり、眉を顰めた。

 

「………まさか、その襲撃者がホグワーツに潜んでいるのですか?」

「現段階ではハッキリとした確証は持てんな。だが、あのセキュリティーが万全なグリンゴッツに強盗は侵入したのだ。そうとなれば、此処ホグワーツにも侵入されている可能性は極めて高い。警戒するのは当然だろう?」

「………そうですね」

「まあ、あまり神経質になり過ぎてもかえって参ってしまうだけだ。今夜くらいは忘れよう。……さて、では早速本題に入ろうではないか」

 

 スネイプは懐に杖を仕舞い、フィールもヒップホルスターに杖を仕舞ってショルダーバッグを机の上に置く。

 

「ベルンカステル。我輩がこれから君に教えようと考えているのは、本来であれば上級生が習う魔法薬の調合についてだ。生憎我輩はOWL(ふくろう)試験で成績が評価最高の『優・O(大いに等しい)』を取った極めて優秀な者にしか、NEWT(いもり)レベルの魔法薬学の授業を受講する資格はないと見なしている」

 

 ホグワーツの成績は点数ではなく、6段階評価で行われている。

 

『優:O(大いに等しい)』

『良:E(期待以上)』

『可:A(まあまあ)』

『不可:P(良くない)』

『落第:D(どん底)』

『トロール並み:T』

 

 以上の6つだ。

 Aまでが及第点、合格である。

 先程スネイプがNEWT(いもり)レベルの生徒しか受講する資格はない云々は、実は結構後に大きく関わっている。

 最上級生(7年生)は卒業前にホグワーツが授与する最高の資格テスト・NEWT(いもり)試験を受けるのだが、実はその前に5年生の時に実施されるOWL(ふくろう)試験と呼ばれる、将来的にも重要性が高くて6年生から受講する教科も決まる大事なテストがある。

 前述の通り、そのOWL試験で一定の成績を修めた生徒しか、6年生からのNEWTレベルの授業に進めない。しかもその成績の一定基準は各教科の各教師によって異なる。

 スネイプの場合は『優』を取った者のみ。

 つまり、最高点を取らなければならないのだ。

 

「結構厳しいんですね」

「左様。マクゴナガル先生辺りの教科は『良』さえ取れれば何も問題ないだろう。尤も、君みたいな優秀な生徒は全て『優』を取ると我輩は思うがね」

 

 遠回りな言い方で自分が受け持つ寮生を誉めつつ、スネイプは机の上に2冊の本を置く。

 1冊は割りと新しく、もう1冊は古びている。

 フィールは首を傾げながら、その2冊を手に取ってスネイプを見た。

 

「スネイプ先生、これは………?」

「その2冊は我輩の学生の頃、魔法薬学の授業が行われた教室の棚に置かれていた『上級魔法薬』―――NEWTレベルの教科書だ。2日前、久方ぶりにそこの教室内を探索していたら、ちょうどこの2冊を見付けてな。それぞれに記載されている中身を比較するにはピッタリだろうと思い、持ってきたのだ」

 

 フィールはパラパラと新しい方の本を捲り、次に古びた方の本のページを開く。

 そして10ページの所で手を止め、思わず眼を見張ってしまった。

 そこには、前の持ち主が書き加えたのだろうそのページに記されている魔法薬の調合法に関する指示書きが、滅茶苦茶施されていたのだ。

 余白が本文と同じくらい黒々としていて、材料の欄にまでメモを書き込んだり、活字を線で消したりしている。

 もしやと思い、他のページも捲ってみる。

 案の定、どのページにも明らかに人の手による調合法の走り書きがぎっしりと、ほぼ隙間無く書き込まれていて、中には呪文らしきワードも発見した。

 

「これはスゴいですね………」

 

 フィールは感嘆の声を漏らす。

 そういう彼女もこの本の所有者同様、数々の魔法薬の正確な調合方法を独自で編み出してはオリジナルスペルも多数開発しているので、十二分にファンタスティックだろう。

 だが、こうして自分じゃない誰かの驚異的な能力を現実味に突き付けられると、どこか悔しい気持ちになり、対抗心が燃えるのは仕方ない。

 フィールは裏表紙を見てみる。

 裏表紙の下に、小さくて若干読みにくい手書き文字が執筆されていた。

 それはこの本の中身の指示書きと同じ筆跡であり、こう書かれている。

 

『半純血のプリンス蔵書』

 

「半純血のプリンス………?」

 

 初めて聞く名前にフィールは眼を丸くする。

 恐らくは所有者の俗称なんだろうが、『半純血のプリンス』と言う名の魔法使いは初見だ。

 一体誰なんだろうと思い、裏表紙と教科書の筆跡を何度も見比べ―――ふと、フィールはこちらを見下ろす寮監に眼を向けた。

 

「………もしかして、スネイプ先生ですか? この『半純血のプリンス』の正体って―――」

 

 フィールの問い掛けにスネイプは、

 

「ほう………初見で正体を見抜くとは流石だな」

 

 と肯定した。

 フィールは「やっぱり」と、ボロボロの教科書がスネイプの物だと推測した理由を述べる。

 

「さっき、強盗がホグワーツに紛れてるんじゃないかと私に対しても警戒するくらい、慎重な性格で疑い深いスネイプ先生が、危険そうな品物を持ってくるはずがありませんからね。と言うか、この筆跡………よく見てみると、スネイプ先生のそれそのものでしたし」

「観察力に優れていて何よりだ。やはり君は将来が楽しみな人材だな」

 

 それからスネイプは魔法薬学に必要な調合鍋や秤等の道具類、魔法薬の材料を机上に並べる。道具も材料も通常より多めに用意されていた。

 

「今回は10ページに載せられている『生ける屍の水薬』を2冊それぞれのやり方で2回行って貰う。最初に普通の教科書、次に我輩の教科書の指示に従ってやってみろ」

「わかりました」

 

 いよいよ、夜の特別授業の開始だ。

 フィールはスネイプに見守られながら、表面上には出さず、でも張り切って、教科書を覗いた。

 

♦️

 

「出来ました、スネイプ先生」

 

 開始してから約1時間が経過する前に、フィールは作業していた手をピタッと止めた。

 既に机の一角には一番最初に作り終えた調合薬が入った大鍋が置かれており、その隣に今しがた作業終了した大鍋を滑らせる。

 スネイプは大鍋の中を覗いて比較し、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「最下級生でこれを完璧に作ったか。大したものだ。どうやら我輩の眼に狂いはなかったらしい」

 

 スネイプの誉め言葉にフィールは微笑する。

 

「私はただ、指示通りにやっただけです。スネイプ先生のヤツは従来のやり方ではなく、また私が編み出したやり方とも違った点が複数あったので、こういうメソッドもあるんだなと勉強になりました」

 

 『上級魔法薬』と『半純血のプリンス蔵書』では相違点が幾つもあった。

 たとえば、催眠豆の切り方。

 『上級魔法薬』では至って普通に刻むと書かれているが、『半純血のプリンス蔵書』では「銀の小刀の平たい面で砕けば切るより多くの汁が出る」と別の指示が書き込まれている。

 それは実際やってみると本当で、銀のナイフの平たい面で豆を砕いてみると、こんな萎びた豆の何処にこれだけの汁があったのかと思うほど汁が分泌された。

 その他にも、薬が水のように澄んでくるまで時計回りと反時計回りに撹拌しなければならないのを、7回撹拌するごとに1回時計回りを加えなければならなかったりと―――如何にスネイプが魔法薬学に秀でているのかを再認識する特別授業であった。

 

「ベルンカステル、その製法は教科書にでも記述してるのかね?」

「え? あ、はい。教科書ごとに記述してます」

「それは今持参してるのか?」

「勿論です。ちゃんと全部暗記してますが、なるべくは肌身離さず所有してます」

「そうか………ベルンカステル。折り入って頼みがある。その教科書、我輩に一度見せてくれぬか?」

 

 スネイプからの御願いにフィールは少し考え込む表情になり………程無くして、ショルダーバッグから真新しいテキストブックを数冊取り出す。

 

「本来は他人に見せるつもりはありませんが、まあスネイプ先生なら大丈夫でしょう。貴方の教科書の閲覧許可を貰ったのに、その反対で私は閲覧禁止にするのは不公平ですし」

 

 スネイプは1冊1冊じっくりと書見する。

 フィール独特のスタイルを物覚えのいい脳みそに叩き込み―――数十分後、全てのページを読み終えたスネイプは「見事だ」と称賛した。

 

「なるほど、このような手もあったか………。その年齢でこれだけの流儀を見せ付けてくれた君には流石の我輩でも圧倒され続けている。初日にして君の実力はよく理解出来た。今後も気を抜かず日々励め」

 

 そしてスネイプは今日一番の笑みをフィールに見せ、

 

「スリザリンに50点だ」

 

 といつもの倍、得点を与えた。

 フィールは数秒間ポカーンとしたが………慌てて「ありがとうございます」と礼を言う。

 

「スネイプ先生、一つ御願いがあります。しばらくの間、貴方の教科書を貸して頂けませんか? どうせなら、じっくり時間を掛けて研究に没頭したいので」

 

 フィールの申し出に、スネイプは了承する。

 

「構わん。君ならばいくらでも貸してやろう。ただし、我輩が開発した呪文の中には闇の魔術に分類される危険な呪文も含まれている。くれぐれも不用意に乱用しないように。特に『セクタムセンプラ』は一般人に向かって使用するな」

「どんな呪文なんですか?」

「人に命中すると見えない刀で斬られたように、ざっくりと身体を切り裂くことが出来るほどの威力が込められた闇の呪文だ。切り裂かれるとそこから血が噴出する為、放置すればそのまま出血死に追い込むのも可能だ」

 

 それを聞き、「わかりました」とフィールはしっかり頷き―――杖を収納するケースとは反対側のベルトに装着したポーチから一冊のハンドブックを引き出し、スネイプに手渡す。

 

「これはなんだ?」

「私が開発した呪文や魔法をレコーディングしたマニュアルです。魔法薬の調合方法とオリジナルスペルの説明は別々にしてるので。タダで貴方の教科書を借りるのもなんか悪いですから、こんなのでよろしければ、私も貴方に貸します」

「ふむ………君の気持ちはよくわかったが、本当にいいのかね?」

「ギブアンドテイクは、良好な人間関係を築く基本中の基本ですから」

 

 フィールがそう言うと、スネイプは「わかった」と素直に受け取ることにする。

 

「ではベルンカステル。寮に送り届ける前に我輩が褒美としてハーブティーでも淹れよう。君は椅子に座ってなさい。長時間、休憩する間も無く立った状態のまま作業して疲れただろう」

「あ、はい………」

 

 スネイプに言われた通り、フィールは大人しく近くの椅子に腰掛ける。

 座った途端、疲労感がどっと押し寄せてきた。

 知らぬ間に気を張り過ぎていたらしい。

 フィールは「ふう………」と息をつき、チラッと手際よくハーブティーを作るスネイプの姿を見る。

 自分も人のことは言えないが、スネイプは基本的に無愛想で他人に無関心だ。

 なのに、こうして御茶を淹れてくれてる。

 人は見掛けによらないと言うが………その言葉通り、案外スネイプは近寄りがたい雰囲気を身に纏っているのとは裏腹に、本当はいい人なのかもしれない。

 

「出来たぞ」

 

 つらつらとそんなことを考えていたフィールのスネイプの声でハッと我に返る。

 

「どうした?」

「い、いえ、なんでもありません。………レモンバームですか? いい香りですね」

「よくわかったな」

「たまにハーブティーも作るので」

 

 レモンバームティーを淹れたコップを差し出され、フィールは受け取り、口をつける。スネイプも椅子に座り、自分の分のレモンバームティーを飲んだ。

 レモンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、ほのかなレモンの味が口内で広がった。

 

「美味しいですね」

「気に入って貰えて何よりだ」

 

 それからは互いに無言のままレモンバームティーを喉に通し………一息ついたところで、フィールはふと、プリンスの本に眼を向ける。

 

「そういえば………スネイプ先生は半純血だったんですね」

「ああ、そうだ。………我輩の父親はマグルで、母親は純血だった。母親の旧姓が『プリンス』でな。だから我輩は『半純血のプリンス』と名乗っているのだ」

「へえ………そうなんですね」

「ところで、ベルンカステル」

「なんですか?」

「ホグワーツに入学して1ヶ月程が経つが………学校生活には慣れたかね?」

 

 その質問に、フィールは顔を曇らせる。

 挙動を停止し、俯きがちになった。

 学校生活に慣れたか否か、と訊かれ、フィールは考えを巡らせる。

 バラエティー満載でギミックだらけなこの構造にはまだまだ慣れない部分はあるが、その内慣れるようになるだろう。

 しかし、それとは違う意味に関しては―――。

 慣れたとは言えない。

 

「………まあ、大体は」

 

 だが、フィールは本音とは真逆の言葉を言う。

 けれど―――スネイプはそれが建前の言葉だとすぐに見抜き、別の質問を投げ掛ける。

 

「………君にもう一つ質問する。―――スリザリンに所属して、君はよかったと思うか? それとも後悔したか?」

 

 これも答えにくい………と言うか、胸に突き刺さるキツい質問だった。

 狡猾さや臨機応変の能力、野心を持つ者が多く集う蛇寮・スリザリン。

 純血主義やマグル差別に傾倒する等、『典型的』生徒が過半数を占める中、フィールは『例外的』なケースとしてスリザリンに組分けされた。

 しかし、その結果は………吉と出るか凶と出るかで言えば、後者と出てしまった。

 他寮との関係は絶望的な反面、家族意識や縄張り意識は強く、比較的寮内での結束は高い傾向にあるのがスリザリンなのに………フィールに対する意識は異端者そのものだ。

 談話室に現れただけで露骨に忌避された時を思い出し、フィールは暗い表情になる。

 

「………わかりません。今の私では、よく。ですが………時々、こう思います。もし、スリザリンじゃない別の寮に入ってたら、今とは全く違う環境に置かれていて、他人からの扱いも全く違ったのではないかなって」

 

 気付いた頃には、自然と口を開いていて。

 フィールはそのまま言葉を紡いだ。

 

「組分けの際、私、組分け帽子に言われました。『素質を考えればスリザリンそのものだが、性格はグリフィンドールそのものだ』『母親や祖母と同じスリザリンより、父親と同じグリフィンドールの方がベストだろう』と。だけど………正直な話、グリフィンドールへの印象はあまりよくありません。むしろ不愉快な印象が強いです」

「ほう? それはまた何故?」

「………グリフィンドールって、確かに勇猛果敢で騎士道精神を重視するヤツは多いけど、その反面、傲慢で思い込みや決め付けが激しいヤツも多いって、入学してから散々思い知らされました。勿論、全員が全員そうでないのはわかってます。ですが………どうしても、アイツらに対し嫌悪感を覚えずにはいられません」

 

 今まで溜め込んできたストレスを吐き出すように―――スネイプにこれまであった出来事や本音を打ち明けたフィールは、視線を足元に落とす。

 すると、スネイプが意外なことを言った。

 

「君の気持ち、少しはわかるつもりだ。我輩も学生時代はスリザリンでは珍しい混血であることや上級生よりも多くの闇の魔術を知っていたことでスリザリン生の間で異端児扱いされ、あるグリフィンドール生に対しては嫌悪と言う言葉すら生温いほどの憎しみの念を抱いた。その怨念は我輩にとって、永遠に晴らせないだろう。たとえそいつがこの世に居なくてもな」

「………………」

 

 顔を上げたフィールは僅かに眼を見張った。

 他人に心を見せないような心証が強いスネイプがそんなことを語るなんて、思ってもいなかったからだ。

 

「だが、我々はまだマシな方だ。何せ周りの人間共が何と言おうとも、決して傍から離れず最後まで味方で居てくれる者が居るのだ。そのような人間と巡り会えただけでも、我輩達は幸せだろう」

 

 だから、と。

 スネイプは黒い瞳でフィールを見据える。

 

「ベルンカステル。ベイカーにはもっと優しく接してやれ。いずれあの娘の存在は、君にとって心の拠り所になるだろう。ベイカーだけでない。君を心配してくれるフリントやファーレイの厚意、少しは受け入れてやれ」

「……………………善処はします」

 

 言って、フィールはハーブティーを飲み干す。

 飲み終えたフィールはスネイプに訊いた。

 

「………あの、スネイプ先生」

「なんだ?」

「………スネイプ先生は、自分にも味方が居た的な発言をしましたよね。その人って、一体誰なんですか?」

 

 スネイプは挙動がピタッと止まる。

 ―――その人って、一体誰なんですか?

 その問いに、ある女性の顔が脳裏を過った。

 闇で染め上げられたような黒い髪。神秘的な光を宿した―――紫の瞳。

 周りの人間が揃って疎む中、優しい微笑みを自分に向けてくれた………。

 

「―――話は変わるが、今日は眼鏡を掛けていなかったな。コンタクトでもつけてるのか?」

 

 我ながら話のはぐらかし方がメチャクチャ下手くそだなと痛感しつつ、スネイプはわざと話題を強引にねじ曲げた。

 

「え? あ、はい………。ちなみにアレはだて眼鏡で、視力は別に悪くないですよ。読書する時とかに魔法を施しただて眼鏡を掛けるようになってから、一々取り外すのもダルいと感じて普段からつけるようにしただけです。ま、気分次第でたまには外しますけどね」

 

 あからさまに質問をスルーされたのには流石に理解しているが、フィールは首を傾げつつ、素直に答える。

 

「アレはだて眼鏡だったのか。せっかく整った顔立ちをしてるのだ。常に外したらどうだ?」

「いや、先生。私、顔立ち整ってませんよ?」

「………………」

(ベルンカステル、完全に自分が美形だと自覚しておらんな………まあ、そこが基本無意識・無自覚のベルンカステルらしいと言うか、他人と違い高慢じゃなくていいと言うか………)

 

 スネイプは何とも言えない気分になり、内心苦笑いする。直後、腕時計を見てみた。

 もうすぐ針が11時を上回る。

 そろそろフィールを寮まで送り届けようと、スネイプはレモンバームティーを飲み干して、彼女を促した。

 フィールは頷き、教科書を仕舞う。

 その間にスネイプは魔法薬調合材料セット(魔法薬キット)を片付け………二人は地下教室を後にした。

 地下教室とスリザリン寮は同じ階なので、思ったよりも早く辿り着いた。

 

「ではベルンカステル。初日の特別授業はこれで終わりだ。次はいつになるかは未定だが、決まったら君に告げよう」

「はい。今日はありがとうございました」

「我輩も色々と勉強になった。礼を言おう。夜は冷える。早く部屋に戻り就寝しろ」

「お気遣い感謝します」

 

 フィールは一礼し、寮の合言葉を言って中に入ろうとした………が。

 

「待ちたまえ。君にうっかり言い忘れていたことがあった」

 

 と、スネイプに一度呼び止められた。

 フィールは振り返り、なんだろうかと全身に緊張感が走る。

 そんな彼女の肩に、スネイプは手を置いた。

 

「我々はスリザリン。本人の選択であれ組分け帽子の選択であれ、『スリザリン』と言う数々の輝かしい歴史を現代に渡って永遠に引き継がれてきた由緒正しい寮に組分けされたことに変わりはない―――」

 

 スネイプはグッと手に力を込め、静かに、でも重みを孕んで、フィールに伝えた。

 

「―――見せてやれ、君の底力を。周りからの罵詈雑言なんかに屈するな。君は君らしく、スリザリン寮生としての誇りを持って生きろ」

 

 フィールは呆然とスネイプを見上げる。

 こちらを強く見下ろす漆黒の双眸に目線を外せず、ただただじっと見つめ―――スネイプは肩から手を離すと、漆黒のローブを翻して、思考が再起動したフィールが慌てて呼び止めようとする前に、夜の闇の中に滲むように消えていった。




【スネイプとの特別授業】
マクゴナガルがハリーを最年少シーカーにさせたんだ。スネイプがフィールに上級生で習う内容を一足先に教えても問題ないだろう。

【空間移動:オリジナル】
『姿くらまし/姿現し』とはまた違う空間転移の魔法。
今回はまだ考察段階ですが、後にこの空間転移の技は本編で大活躍する予定。
詳細は後々どこかの#に載せます。

【屋敷しもべ妖精】
最初このハウスエルフをフィールに持たせると言う手もありましたが、よくよく思い返してみればホグワーツにわんさかいたなと、ああいう流れに。

【マルク】
100近く居る屋敷しもべ妖精の一人。
流石に全員に名前はつけられませんが、まあ一人か二人くらい作者がつけても問題ないでしょう。
実は物語当初からフィール(ベルンカステル家)に仕える屋敷しもべ妖精を持たせていたら最初につけようと思って長らく没になってた名前です。

【上級魔法薬と半純血のプリンス蔵書】
まさかのスネイプどっちも持ってきました。
これでフィール、スネイプが発明した呪文もマスターするので実質ハリポタシリーズで出てくる呪文をちゃっかりコンプリート。
安心してください。完璧に暗記したら6章までにどちらも戻しますよ。

【マニュアル(ハンドブック)】
アレにオリジナルスペルのオールが詰め込まれている。後々新たに発明したら、フィールは書き加えてます。

【ギブアンドテイク】
良好な人間関係を築く基本中の基本。

【レモンバームティー】
精神安定には最適なハーブティー。
落ち込んだ心を癒しリラックスさせてくれる効果がある。抗うつ作用があり、精神的に弱っている時の症状に効果的。

【スネイプとフィールの共通点】
学生時代の頃から闇の魔術に没頭、魔法薬学が得意、オリジナルスペルの発明、幼少時に閉心術習得、自分に素直じゃない、同僚からは異端児扱いされるetc.

【実はいい人スネイプ先生】
フィールに自分と同じ魔法薬学の才能を見出だして特別授業の時間を設けたり、フィールが精神的に不安定なのを察してさりげなく↑↑の効果があるレモンバームティーを淹れたりと、実はとても優しい人。

【スネイプの名言:誇りを持って生きろ】
スネイプに一度言わせてみたかった言葉。読者がこれを一つの名言と思ってくれたら嬉しい限りですね。
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