【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
その場に居た誰もが、眼前に広がる光景に我が眼を疑った。
「
フィールの口から、何世紀にも渡って不可能と言われてきた
従来よりも一段と光輝く銀色の光にその身を包んだ巨躯の狼が力強く飛び出して来た。
白銀の光を纏った狼はまさに獅子奮迅の勢いで黒い物体に食らい付く。
その漆黒の生物―――吸魂鬼は誰の眼にも明らかである程、光の中で激しく身悶えする。
フィールは歯を喰い縛り、柄を掴む手に力を込め、更に魔力を守護霊の狼に送り込む。
突進した狼は力を増し、鋭い牙を突き立てて噛み付いたりなどして、やがて出せない悲鳴を上げてもがき苦しむ吸魂鬼の身体を貫通した。
まるで水道管が破裂したように全身が内破した吸魂鬼の千切れ千切れになった黒い物質が、羽根のように虚無の空中に漂う。
突発的な破壊の衝撃で仰け反って倒れたクリミア達は身構える事も出来ずに強かに地面に叩き付けられ、痛みに呻くも、急いで立ち上がる。
起き上がった彼女らは、視界に飛び込んできたある光景にまたしても瞠目した。
ついさっきまで爆裂した吸魂鬼が居た中心地。
そこに、淡く銀白色に輝く小さな光がふわふわと宙に浮かんでいたのだ。それは物体とも気体ともつかない不思議な物質の球体で、なんだか曖昧な存在感である。
言葉を失い驚愕に表情が凍り付いていると、
《フィール………遂に、やったわね》
フィールの首に下げられているロケットに宿ったクラミーの声が、不意に耳朶を打った。
同時、ロケットからフィール達が釘付けとなっている銀色に煌めく光と同じ光彩を放つ球体が出てくる。
フィールの魂と融合しているクラミーの魂だ。
現れた小さな魂へ、守護霊の狼は近寄る。
まるで、その
こうなることを、待ち望んでいたように。
発光する魂に狼が触れた直後、狼の姿から20代半ばくらいの麗しい女性の姿へと変わった。
女性―――クラミーは驚きを露にするフィールへ称賛するような、でもどこか淋しそうな、そんな微笑みを向ける。
『破滅守護霊』を使った事により、フィールは失われていた記憶を取り戻した。先程、頭がズキッと痛み………時間経過と共に痛みが引き、気付いた時には、全て戻っていた。
《貴女がわたしとラシェルの魂を吸収した吸魂鬼を滅ぼした事で、吸魂鬼の中に取り込まれていたわたし達の魂は救われたわ。これでようやく「向こう」へ行ける》
そう、クラミーの言う通り、運命の悪戯か単なる偶然か、12年前にクラミーの魂を吸い取った吸魂鬼は、10年前ラシェルの魂を奪った吸魂鬼張本人だった。
だからこそフィールはあの日、
『………けて。フィール………助けて………』
ラシェルの声を捉える事が出来たのだ。
大半が吸魂鬼の中にある、自分の魂と融合した母の魂の一部を通して―――。
同じ吸魂鬼に魂を奪取された姉の声を、感じ取る事が出来た。
そして今この瞬間、姉を救い出せた。
かつて交わした『約束』通りに―――。
《本音を言えば、最後まで貴女と一緒に戦えなくて残念だけど………死に行くわたしはラシェルと一緒に、両親やエミリー達が待っている場所で見守るわ。ライリー、イーサン………フィールやクリミアの事、お願いね》
「………ええ、任せなさい」
「―――おうよ、任せとけ」
《それからクシェルちゃん。いつもフィールのことを気に掛けてくれて、本当にありがとう。願わくば、これからもフィールの傍に居て支えてあげて》
「―――はい」
ベイカー一家は揃って大きく頷く。
クラミーは満足げに笑うと、愛娘2人へ話し掛けた。
《フィール、クリミア。短い間だったけど、貴女達と一緒に過ごしてきた想い出と、今までの冒険は忘れない。そして―――死んでもわたしは、貴女達を心から愛してるわ》
「お母さん………私達の方こそ、今まで、本当にありがとう」
「お母さんは………例え死んだとしても、ずっと私達の傍に居るわよね?」
《勿論よ。言ったでしょ? 死んでもわたしは貴女達を愛してるって。わたしだけじゃない。父も母も、ジャックもエミリーも………皆貴女達が大好きで、傍に居て見守ってる。その想いは絶対に忘れないでちょうだい》
最後まで優しい笑みを絶やさずにそう言ったクラミーの言葉に、フィールとクリミアは微笑み返す。クラミーは紫眼を細め、後ろに振り返って己の魂と娘の魂を抱き寄せる。
《それじゃあ、そろそろわたしはフィールの魂から分離して、取り戻せた魂と合流するわ。じゃないと、二度と分離出来なくなってしまう。そうなってしまえば、フィール。貴女は自分自身の魂を消滅させない限り、ラシェルは永遠に生死の境界線を彷徨う羽目となる。そんなのは誰も望まないわ。特にわたしがね。貴女には、まだやるべき事が残っているでしょう? 娘には、自分のやりたい事全部やり終えてから死後の世界に来て欲しいもの。母親であるわたしのせいでそれが全て台無しになったら、一生あの世へ行けなくなってしまうわ》
そうして、クラミーは歩み始める。
《さようなら。―――あなた達の武運を祈ってるわよ》
別れの言葉を最期に、ラシェルの魂を胸に抱いたクラミーはフィールの身体を通り抜ける。
同時、融合していたフィールの魂から己の魂の一部を分離し、それまで分け与えられていた娘の魂の破片を本体に返戻すると、白い残像を残しながら、吹き抜けてきた風と共にこの世から消え去った。
母親との繋がりが完全に断たれたのを感じ取ったフィールは、胸に右手を当てる。
生きているとも死んでいるとも言えない、曖昧な存在で長年この世を彷徨いていた姉の心は、果たして救われたのだろうか。それは、母と一緒にこの世を去った本人にしか、わからない。
だけれど、きっと彼女は救われただろう。
何故なら、人の魂を喰らう生き物の内側で永遠にこの世界に留まるのなんて、忌み嫌っていたと思うから。
この日をずっと、待っていたと思うから。
「お母さん………お姉ちゃん………」
小声で呟いたフィールは、ハッと今まで忘れていた事を急速に思い出す。
そうだ、あの銀髪の少女は無事だろうか!?
冷気と絶望が去った今も尚怯えたように座り込みながら恐怖でガクガク震え、眼を閉じている幼い女の子に視線を向けたフィールは走り出した。
それを見て、クリミア達も慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か!?」
フィールは大声で声を掛ける。
どうかあの日みたいに………姉の時みたいに、手遅れになっているなんて事にはならないでくれと祈りながら冷たくなった身体を必死に揺さぶっていると、銀髪の少女が恐る恐るゆっくりと眼を開けた。その眼差しは恐怖の色で染まっている。
「………お姉ちゃん、誰………………?」
掠れた声で訊いてきた少女に、フィール達はホッと胸を撫で下ろす。特にフィールは誰よりも安堵の表情を浮かべていた。
「良かった………無事、だったんだな」
だが、その言葉に対し、少女はこう言う。
「………………私の………妹は………?」
「妹?」
「………少し前まで、双子の妹と一緒に居たんだけど………男の人に連れ去られて………」
「なんですって? それは本当なの?」
フィールの隣に膝をついたクリミアは思わず訊き返した。事件が解決したと思った矢先に新たな問題が発生し、一同はもどかしさを募らせつつも今すぐ探しに飛び出したい気持ちを押さえ、気を取り直す。
「その男、どんなヤツだったか覚えてるか?」
どのような状況でも冷静さを失わないように心掛けているフィールは、落ち着いた口調で質問する。少女は暫く虚ろな視線を漂わせて考えた後、静かに口を開いた。
「………茶色い髪の、怖い眼をした人だった。あと………右手に、何か細長い棒みたいな物を持ってた気がする………」
(細長い棒みたいな物? それって―――)
マグルの人間の手前、声には出さず心の中でフィール達の考えが一致した瞬間、少女はフッと瞼を下ろして気を失ってしまった。
フィール達が駆け付けてきた時には、危うく吸魂鬼に魂を吸われそうになっていた直前だったのだ。
得体の知れないモノに迫られて、とても怖い思いをしていた少女が疲労と緊張のピークに達して気絶してしまうのは無理も無い。
「私はさっきこの娘が言ってた妹を探して来る。その間、ライリーさん達は介抱を頼んだ」
「待ちなさい、フィール。探すにしても、手掛かりが無いんじゃどうしようも………」
難色を示したクリミアに、フィールは首を横に振った。
「私の記憶違いでなければ、この娘とその妹は3年前、ブライトンに居た姉妹だ。ほら、私達も海水浴しにブライトンに行った事あるだろ? あの時、私は見たんだ。銀髪の少女を『お姉ちゃん』と呼んでる黒髪の女の子を。その姉妹の1人は、この少女と似てる気がする」
「でも、仮にそうだったとしても、何処に誘拐されたかまでは―――」
割り出せない、と険しい顔付きで言い掛けたクリミアだったが、突如、
狼になったフィール―――ウルフフィールは、雲1つ無い夏の晴れ空を見上げた。
「今日は雨が降らない快晴だ。妹ちゃんが魔法使いの男に誘拐されるまで姉妹一緒に此処ら辺に居たんなら、まだ何処か近くに匂いが濃く残されているはずだ」
「そっか。フィーは犬の仲間の狼に変身出来るから、人間の倍以上の嗅覚能力が得られるもんね」
「要は警察犬みたいに匂いを追跡する事が可能になったって事か」
「おいコラ、人を犬呼ばわりするな」
「あ、ごめんごめん」
「せめて狼と言え」
「いやそっちかよ」
「ちょっと皆! コントやってないで早くそれぞれ役割分担決めて行くわよ!」
ライリーの一声でウルフフィール達は「そうだった」と現状を思い出してキリッと表情を引き締め、すぐに誰がこれからどう行動するか、役割の割り振りを決めた。
♦️
時間は少し遡り―――。
隠れ穴から遠く離れた場所の、池がある庭園にハリーは居た。畔に座り、見るとはなしに眺めている湖面は荒んだ心のハリーとは対照的に穏やかである。
ロンとハーマイオニーと仲違いしてから、ここ数日、ハリーは1人になってあれこれ物思いに耽られるこの庭園を訪れていた。
親友と彼女の2人に非難の言葉を受け、気にする必要は無いと自分に言い聞かせつつも、やはり頭の片隅ではちらつき………隠れ穴に居ると否が応でも顔を合わせなくちゃいけないのに嫌気が差し、それで人目を避けてさ迷う内に、ハリーが見付けたのが、此処だった。
最近は何かと物騒になってきているせいか、人気が無い。その為、1人になりたいハリーにとって此処は絶好の場所だった。
(………あれから、どのくらいロンとハーマイオニーと話してないんだろ………)
本来であればいつも一緒に居たはずだが、現状はそうもいかなくて。2人も、自分とは口を利くつもりは無さそうだし………。
(今頃、フィールはベイカー家でどうしてるのかな………クシェルやイーサンと会って、何か思い出すきっかけでもあっただろうか………)
脳裏に思い浮かぶ、黒髪の女の子の顔。
ハーマイオニーには、済んだ事をいつまでも引き摺ってウジウジする暇があるならどうすれば護れるか考えろと言われたが。
(皆は、夢にも思わないだろうな………僕が、フィールの記憶が戻らなければいいと願ってるなんて………そんなの、誰が考え付くだろ)
記憶が戻って―――もし、絶交だなんて言われたら。戦犯を見るような冷めた眼差しで、鬱陶しそうな顔をされたら。
そこまで考えたハリーは、醜い感情を振り払うように頭を振る。でも、全然スッキリなんかしなくて、ただただ嫌な感情が心の端っこに引っ掛かったままだ。
(僕はなんて最低なヤツだ………心のどこかでそんな酷いことを願うなんて………僕のせいでフィールもその他大勢の人達も苦痛を味わっているっていうのに………)
「ごめん、フィール………こんな僕、本当に最低だよな」
ギュッと唇を噛むと、涙が一筋頬を伝った。
フィールには大怪我を負わせ、更には記憶喪失にまでさせてしまった。この最悪の事態を、ハリーはどう償えばいいか分からない。
昔のフィールも当時はこんな気持ちだったのだろうかと、今なら彼女が過去に抱懐していた罪悪感や自責の念が痛いくらいによく分かるとハリーが思った、次の瞬間。
「こんな所に居たんだな、ポッター」
その声にハリーが勢いよく振り返ると、案の定そこにはクラウチが立っていた。その片腕には、黒髪の小さな女の子を抱えている。
クラウチの顔を見たハリーは憎しみにも似た敵意―――否、『殺意』が一気に膨れ上がり、同時に驚愕して、手の甲で涙を拭うと、すぐさま立ち上がった。
「お前………その娘は」
ハリーは知らないが、それはフィールが助けた銀髪の少女の妹だった。
意識を失っているらしく、眼を閉じてぐったりとしている。
「ああ、このチビッ子? 見れば分かる通り、さっき連れ去って来たんだよ。もう1人居たんだけど、流石に2人はキツいからね。今頃あの娘は、近くに居た吸魂鬼の餌食になってるんじゃないかな」
「なんだと!?」
吸魂鬼の餌食と聞き声を荒げたハリーに、クラウチは軽く肩を竦める。
「そんな怖い顔しないでくれよ。君の友人がそうなった訳じゃないんだし。あ、そういえば1人、もうちょっとのところで『
暗にフィールの事を指しているのを察したハリーはそれには答えず、
「ふざけんな! 今すぐその娘を離せ! 魔法使いでも何でもない、ただの
「ああ、こんな子供、僕は別に要らないよ。今からでも、この池に投げ捨ててもいいんだし」
「なっ………!」
ハリーは緑眼を剥いた。
そんなハリーを面白そうに見ながら、クラウチは言葉を続ける。
「君が大人しく僕と一緒にあのお方の元へ来てくれるなら、止めてあげてもいいよ?」
そういう事か、とハリーは歯噛みする。
クラウチはハリーと戦って彼を生け捕りにすると言うリスクを冒さず、もっと簡単に連れて行こうと企んだのだ。
「誰がお前の言う通りにするものか!」
「僕と戦うのかい? それは止めておいた方が身の為だよ。だって、ベルンカステルやダンブルドアに護って貰わなければとっくの昔に死んでたような君が、御主人様直々に手解きを受けた僕に敵う訳が無いんだから。それともなんだい? 君の危機を察知した救世主が駆け付けてくれるまで、無謀にも時間稼ぎしようとでも言うのかい?」
「舐めんな………僕はもう、昔のような弱いヤツじゃないぞ!」
素早くヒップホルスターから柊の杖を抜き出したハリーは、前学期『魔法薬学』で主に役立った『半純血のプリンス蔵書』に書き記されていたあの呪文を詠唱する。
「
半純血のプリンスことセブルス・スネイプが開発した闇魔術に分類される『斬撃呪文』が、クラウチに向かって一直線に迸った。
が、少女に当たらないよう、足下を狙って放った一撃は、軽く飛びすさったクラウチにあっさり躱わされてしまった。
「せっかく、忠告してやったのに………僕が本気じゃないと思ったのか?」
怒ったクラウチは、本当に少女を池に向かって思い切り投げた。
「止めろ―――っ!」
次の瞬間、少女の身体は派手な水飛沫を上げて池に落ちた。緊急事態に頭がパニクり、魔法を用いると言う手段が頭から抜け落ちてしまったハリーは反射的に池の中に飛び込もうとしたが、それよりも早く、ぐぐぐ、と池の水面に起きた波が少女の身体をさらい、掬い上げたまま反対側の岸に打ち寄せられた。
「ポッター、無事か!?」
声のした方向に顔を向けると、此処ら一角を徘徊していた騎士団の一員が多数、こちら側に近付いてきた。
1人を望んでいたハリーには気付かれぬよう、こっそり護衛として彼の周囲に居たのだ。
「遂に姿を現したな!」
そう叫ぶと、先程少女を救った騎士団の男はクラウチを睨め付けた。他の魔法使い達も、ハリーを護るように杖を一斉に向ける。しかし、今回はいつもと違って戦線離脱する気配は感じられなかった。
「ざっと数えて大体15人か。まあ、どいつもコイツも僕の敵ではないけどね。並みの魔法使いよりはそれなりに強いんだろうけど、所詮は中の上だ。あのお方の御指導の元、レベルアップした僕に勝ち目などない。今の内だ。死にたくないなければ、大人しくポッターを渡してくれるかな?」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 誰が大人しく退避するものか! 不死鳥の騎士団の名に懸けて、此処でお前を始末してやる!」
その言葉が合図で、団員15名は一斉にクラウチに襲い掛かった。
だが、クラウチは次々と撃ってくる魔法を強力な『盾の呪文』で全て弾き飛ばしたら、遊びの最中に邪魔が入っては興醒めだと、この庭園の辺り一面を濃い霧で覆う。
以前、吸魂鬼が聖マンゴで吐き出した冷気による濃霧とは違うが、それでも霧の向こう側を視認することが不可能なのは変わらない。
周囲を覆う濃い霧を作り出した人物を男達は凄まじい形相で攻撃する隙を与えぬよう次々と魔法を撃ち続けるが、クラウチは相変わらず嫌味なくらい悠然な笑みを崩さない。相手の攻撃に応じて銀の盾と壁を使い分け、その攻撃を完璧に防ぐ。
反撃することが出来ず防戦一方であるにも関わらず、クラウチは余裕綽々の態度だった。
「しつこいハエ共だな………所詮君らは半端な魔法使いだ。僕に勝てると思うなよ!」
『盾の呪文』を解除したクラウチは、杖の切っ先を池に向ける。
「
『悪霊の火』同様の深い闇魔術の一種『怨霊の水』が唱えられた時、
バシャ──────………………ン!!!
術者に応えた巨大な水柱が出現し、その直後、豪雨のように大量の水が降ってきた。
「―――ッ!?」
クラウチを除くこの場に居た全員はモロに水を被り、ずぶ濡れになってしまった。この真夏日、冷たい水を浴びて暑さを忘れられたのは有り難いが、それが目的でクラウチがこのような不可解な行動を取るハズがない。
皆警戒した眼でクラウチを注視していると、彼がニヤリと笑ってパチンと指を鳴らした。
次の瞬間、ハリーの全身に締め付けられるような激痛が走った。
「くっ………、ああっ………!」
あまりの激痛に立っていられなくなったハリーはその場に崩れ落ちた。雨に打たれた草の滴が痛みに呻くハリーの身体を冷やす。
「貴様! ポッターに何をした!?」
「あれ、君達もしかして『怨霊の水』を知らないの? これだから凡人は困るなあ。こんなにも使い勝手がいい闇魔術なんて、然う然う無いのに。皆は甘く見てるけど、水の力って案外スゴいんだよ? 水は火や雷とは異なり、自ら形を持たない流動性の象徴。そしてそれは、『怨霊の水』も例外ではない。『悪霊の火』や『亡霊の風』とは一味違って腕を磨けば磨くほど、自由自在に、術者の思いのままに駆使出来る。例えば、今僕の目の前に居る君達の服に染み込んでいるのもね」
クラウチはハリーの服に含まれた水分―――闇の魔力が含有された水気―――を使い、身体を締め上げているのだ。
先程庭園に広がる池の水を利用して水柱を上げたのは、『怨霊の水』を発現させる補助的役割を果たす為である。
わざわざあのようなド派手な演出をせずともコントロールする力さえあれば『怨霊の水』は扱えるが、池や湖など水が豊富に満たされた環境下であるならば、ああした方が楽に発動出来る。
掛かる負担が大きい難易度が高い魔術を使用する際、出来るだけ体力の消耗を軽減する為の工夫だ。
「さて、馬鹿な君達もこれを聞いたんなら、僕が何をやろうとしているか、もう想像がついている事だろう? この至近距離で、そんなにもびしょ濡れになっているんだから………今しがたポッターが味わった以上の苦しみを味わうだろうさ」
意地の悪い、邪悪な意志を孕んだ笑みを貼り付けながら、クラウチは口の端を歪める。
「さあて、果たして君らはどこまで耐えられるかな?」
再びクラウチの指が鳴った。
それを合図に、団員達の服に染み込んだ水が一斉に動き出し、ロープのように全身に巻き付き、ギリギリと容赦無く締め上げる。
「ぐぅ………くそっ、かはっ………!」
痛みに耐え、彼等は膝をついた。
濡れた服さえ乾かせば―――と杖を強く握り締めつつも、絶え間無く続く痛覚に集中力が途切れてしまう。
やがて、全身を駆け巡る激痛に堪えきれず、辛うじて展開していた防壁も消滅してしまった。
「なぁんだ、まだたったの数十秒しか経ってないじゃん。やっぱり、弱者は弱者だな。そんなんでよくポッターの護衛が務まったもんだ。聞いて呆れるよ」
つまらなそうにやれやれと肩を竦めたクラウチは、スッと杖を握った腕をまずは一番左端の男に伸ばす。
「さようなら。―――そして死ね」
クラウチは水面から激しく吹き出た水流の槍を放つ。
遮る物は何もない。
一直線に進んだそれは、男の腹部を完全に貫いた。
「………………ぐはっ!」
まるで糸が切れた操り人形のように、男の身体が崩れ落ちた。大きく開いた傷口からは大量の血が流れ出し、赤い水溜まりを作る。その光景を、ハリーと護衛隊14人は見ていることしか出来なかった。茫然自失となる彼等に、悲しむ時間は与えられない。一気に形勢が逆転したクラウチは次から次へと槍やら剣やらを創造して恐怖に顔が染まった騎士団員を1人1人確実に仕留めていき、その度に見える世界が一面真っ赤な紅の場景へと染まっていく。そして、遂にはハリーを護るように立ち塞がる魔法使いだけになってしまった。あれだけ居たハリーのガーディアンが、たった1人の魔法使いによって殺害されてしまったのだ。
「待たせたね。仲間が殺されていく瞬間を眼に焼き付けられて、今どんな気分だい?」
「コイツ………!」
「そんな怖い顔で睨まないでくれよ。ほら、もっと笑って笑って。これから君も、死んだ仲間の所へ行くんだから」
なんて、残酷な事をさらりと言えるのだろう、この男は。
「お前………お前には分からないのか? 仲間が殺されていくヤツの気持ちが、お前には―――」
「ああ、分からないね。分かる必要も無いさ。仲間や家族を殺されて復讐するのは君達特有の考え方だ。例え100人の仲間を殺られたとしても、僕は何とも思わないからね。あの方の右腕は僕1人だけでいい。その為ならば、同じ死喰い人のメンバーだって易々と裏切れるよ。………と言うかさ君、自分の事は棚に上げて人に物をエラソーに言える立場じゃないだろ?」
「どういう意味だ?」
その問いに、クラウチは冷笑を持って答えた。
「どうやら君、散々ベルンカステルを『役立たず』だの『クズ』だのボロクソにあの娘の悪口言ってきたそうじゃないか。正直、どっちが役立たずなんだって思うよ。15人も束になって掛かってきてるのに、敵に傷1つ負わせられないような連中に見下されるベルンカステルが哀れで仕方ないよ。しかもベルンカステルは聖マンゴの襲撃以来記憶喪失状態なんだって? 記憶失うくらいの事が起こるほど追い詰められたベルンカステルを陰で悪口叩いていたヤツが、そんなセリフを吐く資格なんてあるのかな?」
「ぐっ………」
『開心術』を用いての心理攻撃に、反論出来ない騎士団の男は押し黙る。
クラウチの言う通りだった。
自分は陰でフィールの悪口を叩いていた。
どう言い訳しようと、若くして騎士団に従順だった彼女をストレス発散のやり場として、感情の捌け口にしてきたのに変わりはない。
確かにフィールに対する仲間意識は皆無だったかもしれないし、それこそ前まではハリーを、まだ年端も行かぬ10代の子供が本当にヴォルデモート卿を打ち破れるのか疑問が残る『選ばれし者』の護衛も、嫌々だったかもしれない。
でも、今は違う。
(ポッター達を………魔法界の最後の希望であるコイツらを、俺は命に代えても護ってやりたいんだ)
激痛を堪えて、騎士団の男は立ち上がる。
こんな事をしたところで、もう無駄な抵抗だ。
自分にはもう、魔法を撃つ余力さえない。
だが、曲がりなりにも不死鳥の騎士団として、その一員として戦ってきた意地がある。誇りがある。
それに賭けて、屈する訳にはいかないのだ。
「………俺はお前の言葉通り、ベルンカステルを陰で傷付けてきた。その事は否定しない。だけど今は違う。俺は………この未曾有の危機に瀕した魔法界を救う唯一の希望の、ポッター達を護りたい。コイツらなら………俺達の生まれ育った故郷を救ってくれる。そう信じてる。その為ならば、この身が朽ち果てようとも………俺は構わん」
「へえ………見上げた自己犠牲精神だねえ。ま、それも直無駄に終わるけど」
クラウチが突き出した杖の先に、再び闇の水が集う。
受けたダメージのせいで、もう逃げる事は不可能だ。
あれを喰らったら、自分は死ぬ………。
その考えが過った時、肩越しに振り返った騎士団の男は、
「頼む、ポッター………この世界を………俺達の故郷を、救ってくれ」
と言う最期の願いを託し―――ハリーの目の前で、クラウチが放った槍に身体を貫通された彼は血飛沫を上げて、命を落とした。
最後のガーディアンが殺され、その男の返り血を浴びたハリーは、自分を護る為に彼等が殺されていく事態に、精神が耐えられなかった。
(戦わないと! 皆の為にも、戦わないと!)
そう思うけど、身体は言うことを聞いてくれない。涙が溢れ、口からは嗚咽しか漏れない。戦う気力が、今ので完全にへし折れてしまったのだ。
そんなハリーの正面に、クラウチが立つ。
「あーあ、可哀想に………君を護る為に騎士団の人間達ははこんな目に遭ってしまって………。じゃあ、そろそろ終わりにしようか」
勝ち誇った顔でクラウチは、杖を持った腕をハリーに向かって振り下ろした。
ザアッと、ハリーの耳元で水音が聞こえる。
(………!?)
『怨霊の水』で生み出された水の檻。
あっという間に、ハリーはその中に閉じ込められてしまった。
(うっ………)
苦しい、苦しい、息が出来ない………。
ここで絶対に倒れる訳にはいかないのに。
大切な仲間を―――仲間達を。
もう二度と………失いたくない、傷付けられたくないのに―――!
なのに、意志とは裏腹に身体は思うように動いてくれない。
必死にもがいても、クラウチは水の膜の向こうそれを眺めているだけだ。
「最後のトドメは我が主の役目だからね。部下である僕が君の身体に傷を付ける訳にはいかない。大人しくしていれば、すぐに済むよ?」
ごぼり。
水の中で浮いたハリーの唇から、小さな泡が浮かんでは消える。
手足は冷たく凍えて………力が入らない。
絶望に心を打ちのめされ、無力感を味わいながら、薄れゆく意識の中―――息苦しさに霞むハリーの眼が、僅かに見開かれた。
「な………!? な、何故だ!? 何故居場所がバレた………!?」
くぐもったクラウチの焦った声が耳朶を打つ。
ハリーが見たもの、それは。
この公園を覆う濃霧を切り裂いて、大きな黒い狼が咆哮を上げながら現れた光景だった。
予想外の展開に身体が硬直したクラウチに、狼が高く跳躍して襲い掛かる。鋭い牙で噛み付いた黒狼の攻撃に、クラウチは痛みに呻いた。集中力が途切れ、発動していた水牢がただの数多の滴となって地面に滴り落ちる。ぬかるんだ地面に叩き付けられたハリーを中心に、大きな染みが周辺に作り出された。
直後、庇い護るようにぐったりと横たわるハリーの前に降り立った黒狼は、驚きを露にするクラウチを鼻面に皺を寄せ、牙を剥き出しにしながら低く唸り声を上げて威嚇する。
「ハリー! 大丈夫かしら!?」
霧が掛かったみたいにぼ朧気な視界の中、神秘的な光を帯びた紫の瞳がハッキリと捉えられる。
空気を吸い込んだハリーは激しく咳き込みながらも、声を掛けてきた人物を見上げた。
「ク………リミア………?」
特徴的な水色の髪に紫眼の女性は、紛れもなくクリミア・メモリアルだ。
焦りと安堵が入り交じった複雑な表情を浮かべていたクリミアはホッとしつつ、杖を一振りしてびしょ濡れになったハリーの服を乾かしたり、冷えた身体を温めたりした。
ハリーは顔だけを動かして、見覚えのあるイヤーカフとピアスを付けた黒狼に視線を送る。
次の瞬間、黒狼はロング丈の黒いカットソーに身を包んだ少女の姿に変わった。
いや、この場合は『戻った』と言う表現が正しいかもしれない。
ハリーは眼を大きく見張る。
まるで『全身金縛り呪文』に掛かったかのように、彼は瞬きもせず、見慣れた『彼女』の後ろ姿を凝視した。
「間一髪、と言ったところか。さて―――」
肩越しに一瞬チラリと振り返った少女は、すぐに目の前の敵を鋭い蒼瞳で射抜く。
クラウチは信じられないと言う顔で眼前の少女を見つめていた。
何故だ? 何故、この少女が………記憶を失ってたはずの彼女が、何故今此処に居るのだ!?
愕然とし言葉を失う男へ、少女は口を開く。
「―――ハリーや騎士団の仲間に危害を与えた行為は許しがたい罪だぞ、クラウチ。それ相応の覚悟は出来てるだろうな?」
低くて冷たい、それでいて聞く者全ての心に響く、威厳溢れる声。
その声の持ち主―――フィール・ベルンカステルは、驚愕するクラウチと対峙しながら彼から眼を離そうとはせず、アカシアの杖を構え直した。
【約束②】
やっとラシェルを救済しましたベルンカステル母子。同時にクラミーさんも、これにてフェードアウトとなります。
さようなら、クラミーさん。
#39の意外な形で初登場以来、本当にお疲れ様でした(ここまで長かったぁ………)。
【ウルフフィール再び】
スッゴい久々に登場。
確か#92以来だった気が………。
【怨霊の水】
やっと登場しました悪霊の火の水バージョン。終盤になってようやく出てきたので、今回は槍や檻など形らしい形を持たない特質を利用してバンバン活躍させました。
【名も無き男の最期】
最期だけはカッコいい場面を見せてくれました、最期だけは。
【間一髪でやって来ましたフィール達】
救世主とは、遅れてやって来るものなんですよ。
【次回予告】
フィールとクラウチの一騎討ち。