【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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待ちに待った夏休み真っ只中。
更新速度アップ目指して頑張ります。


#109.約束【後編】

「ど、どういう事だ!? き、君は記憶を失ってたはずじゃ………」

「ああ、失ってたよ。此処に来る前、過去の記憶と眼前の出来事がピッタリとオーバーラップするまでは、な。『破滅守護霊』を使って、ようやく全部思い出せたよ。自分の事も皆の事も。そして―――クラウチ、お前の事もな」

 

 さっきまで見せていた余裕は何処へやら、激しく動揺するクラウチへ、フィールは淡々とした口調で答える。

 『開心術』を使って得た情報の基、ハリーを生け捕りにした後奇襲を掛けてフィールを抹殺しようと企てていたが故に、予想外の展開に思考が追い付いていなかった。

 

「ハリー、私達が此処に来る前に何があったかは大体把握した。嘆きたい気持ちは充分分かるが、嘆くのは後にしておけ」

 

 驚愕に顔が凍り付くクラウチを余所にいつでも発射出来るようアカシアの杖を構えたまま、チラリと肩越しに対岸を見やったフィールは眼を丸くするハリーに言う。

 此処に来る前、『吸魂鬼の接吻』を受け掛けた銀髪の少女と瓜二つの黒髪の少女をちょうどイーサンが抱き抱え、出来るだけ池から離れた場所へと避難させていたところだった。

 フィールは内心ホッとしたものの、足元に転がる死体の数々と真っ赤な血の海と化した庭園の凄惨な殺人現場に、鋭い目付きでクラウチを睨み付ける。

 

「あの銀髪の女の子が言ってた通りだな。茶色い髪に怖い眼をした、右手に細長い棒みたいな物を持ってた人………薄々感付いてたけど、やっぱりお前だったか。聞くまでもないだろうが、騎士団のヤツらを虐殺したのも全部お前の仕業か?」

「………ああ、そうさ。身の程知らずのバカな連中は、この手で1人残らず血祭りに上げてやったよ。あれは中々楽しい時間だったな」

 

 徐々にある程度の落ち着きを取り戻したクラウチは心の余裕を保つ為にも、わざと意地の悪い邪悪な笑みを浮かべる。言葉の端々に銀髪の少女が吸魂鬼の餌食にならなかった事も同時に知り、残念な気持ちになった。

 

「君達はいつも余計な時に現れる。もう少しでポッターを捕らえられたのに、また台無しだ。全くいつになれば抵抗せず素直に従ってくれるんだ」

「悪いけどそれは無理な要望だな。『他人』だと見捨てて命の危機を見過ごしてしまうには、コイツらの存在は私の中でデカくなり過ぎた。命掛かってる状況で見殺しにするなど、最早出来ない」

「仮にポッター達とは赤の他人だったとしても、君の性格の事だから助けられる状況であれば迷わず身を挺しそうだけどね。―――何故だ? 何故君はそこまでして戦う? 君だけじゃない。ポッターの為に死んでいった連中もその他大勢のヤツらも、どうして自分を犠牲にしてまで他人の為に戦える?」

「答えは単純明快、自分と自分が護りたいと思うものの為だ」

「そんなくだらない理由で、わざわざ自分の身体張ってまで戦うのかい?」

「………くだらなくなんかない。むしろそれだけで戦う理由は充分だ」

「そんなのは周りの人間に刷り込まれただけだ、君自身で決めた事じゃない! 君がポッターを護るのも、所詮は不死鳥の騎士団とやらに属する者としての義務感からだ。『魔法界を救う唯一の希望』とか言ってポッターに命を捧げて結局は無駄死となる男もそうだ。所詮君らは『選ばれし者』と言う幻想に盲目のピエロに洗脳されたマリオネット。糸が切れれば、糸を操る人間が居なくなれば、忽ち役立たずとして簡単に使い潰されるただの捨て駒(オモチャ)だ」

 

 かつてクシェルに言われた時と似たような言葉が、フィールの胸に突き刺さる。

 スッと蒼い光を帯びた双眸を細めたフィールはゆっくりと眼を閉じ―――再び開かれた時には、一ミリの迷いも無い決然とした面構えを見せてくれた。

 

「―――『不死鳥の騎士団』や『選ばれし者』の事は、確かに他人に教えられた事とは言え、今こうして戦っているのは、他ならぬ私自身が自分で決めた事だ。他人じゃない。私は己の意志で選んだ道を突き進んだ、ただそれだけの事だ!」

 

 キッパリと明言したフィールに、クラウチは眼を丸くして呆気に取られてしまう。

 あの時は、戸惑いと迷いが混在してたせいで自分の本心が何なのか、自分でもよく分からなかった。

 でも、今なら分かる。ハッキリと言える。

 己が戦っているのは、護っているのは、全て自分自身が己の意志で決めた事。

 そこに一切の嘘は無い。虚飾で固められた決意であれば、ずっと前に崩れ去っている。

 

「………なるほど。全て自分で決めた事だからポッターや仲間の為に犠牲になるのも厭わないって訳か。僕があの御方に命を懸けて仕えるように、君もまた、命を懸けてポッター達を護る。そういう意味だろう?」

「………確かにお前の言う通り、私は仲間や家族を命を懸けて護りたい。そう思ってるのは否定しない。スリザリンに属する私とかつてスリザリン生だったお前。所詮は似た者同士の、互いに映し鏡の存在だ。考える事だってホントはそう違わない。目的遂行の為ならば、どんなにデカいリスクだろうと汚れ仕事だろうと、それら全てを引き受けて実行する覚悟だってある」

 

 そこで一旦言葉を区切り、ふぅ、と一息入れたフィールは再び言葉を紡ぐ。

 

「だけど………私とお前には、2つの大きな違いがある。ある意味その2つが、共通項が多い私達を決定的に分けたものかもしれない」

「ほう? では聞かせて貰おうじゃないか。その『2つの大きな違い』とやらを」

 

 そう促され、フィールは強い眼差しで射抜きながら、己が考える『クラウチと自分の相違点』を述べる。

 

「1つ目の大きな違いは―――お前は自分1人の野望の為ならば仲間さえも簡単に裏切れるが、私はこの7年間苦楽を共にしてきた仲間を、切り捨てる事が出来ないんだよ」

 

 そして、と。

 1度深呼吸したフィールは、真っ正面から2つ目の事項を伝えた。

 

「2つ目の大きな違いは―――お前には()()()()()()()()御主人様は居ても、()()()()()()()()()()仲間は誰1人として居ない事だ」

「へえ………随分面白い事を言うじゃないか。その口振りからして、命を懸ける云々についてはともかく、他人に命を預けるだと? それも自分よりずっと弱くて使えない無能のヤツに? おいおい笑わせないでくれよ。自分と同レベルの相手ならまだしも、低レベルの人間を命運を共にする存在に選ぶなど、馬鹿も休み休み言え―――」

「―――お前がそう言えるのは、それだけの信頼関係を築けた仲間と出会えなかったからだ。正直哀れとしか言い様が無いよ。クラウチ、お前は可哀想なヤツだ」

 

 クラウチが最後まで言い切る前に冷たい声音で遮ったフィールは、哀れむような瞳で彼を見る。

 「もしかしたらクラウチはヴォルデモート以上に悲しい人なのかもしれない」とでも言うようにフィールがクラウチを見る冷たくも悲しげな双眼は、ある意味フィールだからこそ向けられる憐憫の眼差しだった。

 同情を禁じ得ないような眼を向けられたクラウチはチッと忌々しそうに舌打ちし、杖を握る手に力に込める。

 

「………1つだけ聞かせてくれ。どうして君は、ポッター達に命を預けられる?」

「………―――ッ」

 

 問われたフィールは突然口を閉じる。

 その表情は何だか言いにくそうだった。

 何故か教えるのを躊躇っていたフィールはやがて小さなため息と共に、静かに口を開く。

 

「………彼等なら、仮に私が死んだとしても約束を果たしてくれると、そう見込んだからだ。それは逆もまた然り。最悪仲間に何かあっても、彼等と共有した意志がある限り、私は最後までやり遂げられると胸張って堂々と言えるから、彼等に命を託した」

「―――君の言い分はよく分かった。だが、所詮は死んだら忘れられて終わるだけの無意味な事、最後は僕達闇の陣営とあの御方の圧倒的力の差を前に雑魚は呆気無く屈し、そして死ぬ。勿論君もだ、ベルンカステル。そうやって強がっていられるのも今の内だ。その内僕らに泣いて助けを求めるようになる。必ずな!」

「それはきっと、お前らの方だ、クラウチ。今の言葉、そっくりそのまま返すぞ。―――最後に敗けるのはお前らの方だ。お前らが逆に私達に泣いて助けを求める。必ず、な」

 

 間髪入れずにブーメラン返ししたフィール。

 どこか生意気とも言えるその態度に、クラウチは遂に我慢の限界を迎えた。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって………。大体お前は最初から気に食わなかった。お前が調子に乗って何度も何度も邪魔してこなければ全て計算通りだったと言うのに、何もかも全部お前のせいでメチャクチャだ、ベルンカステル。もう俺は我慢出来ん! お遊びは終わりだ! 今度こそ俺はお前をブッ殺す! 最期の瞬間まで哭き喚け、そして無様に死んで奈落の底に堕ちろ!」

 

 一人称が『僕』から『俺』に、二人称も『君』から『お前』に変わったクラウチは度重なる妨害の連続に遂に激昂して凄まじい形相で叫ぶ。

 これまでの軽い口調から一転、荒々しい言葉遣いになり鼓膜が痛くなる程の大声を上げたクラウチの剣幕にハリー達は思わずビクッとし、ビックリした表情になるが、唯一フィールだけは別段驚いたりもしなければ、怯えたりもしない。

 この程度の怒鳴り声にビビっていたら、逆に今まで泣き腫らしてこなかった方がかえっておかしいのだから。

 怒号を飛ばしてきたクラウチを嘲笑うかのように、フィールは闘志を宿した双眸で鋭く縛り付ける。

 消え失せる事を知らないかのような闘志を感じられる蒼い眼と凛々しい顔付きに、クラウチは更に苛立ちを覚える。

 

「ああ、本っ当にイライラする………どうして哭き喚こうとしない! 助けてくれとも殺してくれとも言わない! さっさと絶望してみせろ! 膝をつき俺達に降参の言葉を聞かせろ!」

 

 苛立ちが頂点に達したクラウチは、凄まじい形相で吼える。

 

「誰がお前らなんかに屈するか! お前らに屈服する事だけは、死んでもやらない!」

 

 が、フィールの言葉をクラウチは「黙れ!」と即座に一蹴する。

 

「諦めろ! お前達に勝ち目は無い! 悪いがベルンカステル、お前には今日こそ死んで貰うぞ!お前の死は、光の陣営敗北の口火を切るのだ! そうすれば、勝利は我々の掌にあるのも同然。闇の陣営はお祭り騒ぎだ。何と言ったって『蒼黒の魔法戦士』様たる御方が戦死したとなれば、光の陣営にとっては大打撃。まさに敗色濃厚を物語るって訳だ」

 

 ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、闇の陣営の勝利と光の陣営の敗北を宣言するクラウチ。

 しかし、その彼にハッキリと異を唱える者が、目の前に居た。

 

「いいやその逆だ。私の死は、お前らに勝利を齎すんじゃない。お前らに敗北を与える」

「………は? 何が言いたいんだ?」

「なんだ、聞いてなかったのか? お前らがよしんば私を殺したとしても、私の死は、私の意志を受け継ぐ誰かの糧となる。どんなにお前らが束になって引き離そうとしても、お前ら如きに引き離す事は絶対に出来ない。そう言ったんだ」

 

 怪訝な顔で首を傾げるクラウチへ、フィールは力強く言い放つ。

 

「たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!」

 

 それは、どんな大敵を前にしても絶対に屈しない、不屈の精神を持った勇者の咆哮だった。

 枯れない闘志を胸に秘めた、勇ましい戦士の叫び声。

 その毅然たる態度と確言は、絶望に打ちのめされていたハリーの心の奥底に忘れ掛けていた勇気の灯りを灯す。

 

「舌戦はこの辺にして、そろそろ戦うとするか。お前だって早く戦いたいだろ? だけど此処では思うように戦えない。場所を変えさせて貰うぞ」

「好きにしろ。どのみち結果は変わらない」

 

 真剣味を帯びた声音で、だけど粗暴な口調でクラウチは吐き捨てるような口調で了承する。

 フィールは軽く頷くと、何処かへ『姿現し』した。クラウチもその後を追って高速で『姿現し』する。

 2人が現れた場所は、先程まで居た庭園とはずっと遠距離に位置する岬だった。

 此処ならば、誰にも邪魔されずに思う存分戦える。フィールもクラウチも、今回は本気で互いに殺す気で掛かるつもりでいた。

 

「お前には幾つか借りがある。これで返上だ」

「充分だ。俺の方もお前には借りがあるのだからな」

「そうか。―――さてクラウチ、いつかの約束の勝負、やるか」

「ああ、そうするとしよう。しかしベルンカステル、記憶が戻ったとは言え、約1ヶ月間のブランクがあるだろう? 本調子じゃない状態で、御主人様直々に手解きを受けて更に強くなった俺に勝てるとでも思うのか?」

 

 口の端を歪め、杖をクルクルと弄びながらクラウチは挑発的な発言をフィールへかます。戦闘開始前の煽動は常套手段だ。神経を逆撫でする言葉で敵に隙を作らせるよう触発する。

 これがハリーであったら十中八九まんまと乗せられていただろう。彼はあからさまな挑発行為に過敏に反応する煽り耐性0の人間だ。まず間違い無く隙を露呈していたに違いない。

 だが相手はフィール・ベルンカステル。

 あの手この手の戦略を心得ている彼女に、その手の揺さぶりなど利かない。

 

「なら、その1ヶ月間のブランクはお前との決着で埋めさせて貰うとしよう」

 

 バッサリと切り捨てたフィールは杖を構え、臨戦態勢に入る。明示的な挑発にはやはり乗らなかったかと、初めから分かっていたとは言え、ハリーのように冷静さを欠かす気配は感じられないフィールに苛立ちを募らせたクラウチも諦めて気持ちを切り替え、迎撃態勢を取った。

 互いに眼を離さず、攻撃するタイミングを見計らっていた2人の内、先手を切ったのはクラウチの方だった。

 

「あのホグワーツ特急でグレンジャー共にトドメを刺せなかったベラトリックスのように、これ以上邪魔者のお前を見逃すなんて失態は犯してなるものか。今日こそこの手で屠ってやる! 死ね、アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 クラウチは杖先をフィールの心臓に定め、『死の呪文』を叩き込む。

 並みの魔法使いとは比べ物にならない速度で放たれる緑色の光線。

 それをフィールは同じ最強呪文で迎え撃ち、相殺する。

 今のフィールにハリーのような『死の呪文』を無効化させる術はもう残されていない。

 故にあの呪文を直撃したら最期、フィールは確実に死ぬ。去年の神秘部の戦いで起きたような奇跡は、2度と訪れない。

 ならばそうならないよう全力で戦うしか、身体が鈍っているフィールに勝算は無い。先程クラウチが言った通り、記憶喪失になって1ヶ月間魔法の鍛練をしてこなかったフィールと違い、その期間クラウチは御主人ことヴォルデモート卿直々に指導を受けているのだ。

 単純な魔法の技能で言えばハンデを背負ってもフィールの方が上だが、クラウチにはそれを補う経験値がある。曲がりなりにもフィールより倍以上の人生経験・実戦経験を積んできてるのだ。そう簡単にあっさりとやられるほどクラウチもヤワではない。

 力と力、意地と意地、そして実力と経験。

 これは全くと言っていい程互角の勝負だ。

 勝敗を決するのは、どちらが一撃を決めた時。

 両者の内、1人だけが殺られて死んだ時だ。

 

「わおっ、初っ端から『死の呪文』か。あ、でも私もアイツに対して開戦一番撃ってたか」

 

 もう1度放たれた緑色の閃光を今度は持ち前の運動神経を活かしてヒラリと躱わしたフィールは軽口を叩きつつ、右腕を突き出してブンッと勢いよく振る。次の瞬間、太く長いロープ状の火が杖から出現した。

 フィールはクラウチ目掛けて火の鞭を一閃させる。クラウチは後方に飛び退き、回避した際に感じた灼熱の熱波に、アレをまともに喰らったら一溜まりも無いなと、額に若干冷や汗が流れた。

 

「そんな奇異の技を持ってるとは、君も中々変わったヤツだな」

「そうか? 杖に鞭や刃を宿すくらい、別にそんな変わった気はしないけど」

 

 続けてフィールは火の弾丸を発射した。真っ赤な火の火球はクラウチの頬を掠めたように見えたが、

 

「危ねッ!」

 

 クラウチは咄嗟に身体を反らし、フィールの攻撃を間一髪のところで避けてしまった。2発、3発、4発と続けて撃ち込むが、

 

シュヴェンメン・カタストロフ(殃禍の氾濫よ)!」

 

 海面から噴き上がり渦を巻いた水流が多くの魔法使いに見掛けられるローブを形取ってクラウチの全身を覆い、フィールの放った火炎の砲弾は全て水の衣の表面に触れて蒸発した。

 『怨霊の水』は使い勝手が非常に良い。

 ある時は人を苦しめる縄となり、ある時は敵を殺す凶器にもなり、そしてある時は………己の身を護る鎧にもなる。

 同じ闇魔術の一種でも攻撃手段にのみ特化した『悪霊の火』や『亡霊の風』とは違って万能型の魔法だ。それはフィールが編み出した『破滅守護霊』と『破魔守護霊』にかなり近い。同類の呪文でも流儀次第では様々な場面で活用出来る。

 

「『怨霊の水』か………なるほど。それを使って騎士団の男達を惨殺したのか」

「御名答、その通りだ。そら、今度はこっちから攻めるぞ!」

 

 クラウチは杖を海に向けて大きく振るい、反撃に転じた。

 再びド派手な音を立てながら出現した海水の水柱が大量の水流の槍となり、まるで放たれた矢のような速さでフィールを狙って突き進む。

 

プロテゴ・ホリビリス(恐ろしきものから守れ)!」

 

 杖を前に突き出しながら、フィールが叫ぶ。

 その言葉に応じ、フィールの目の前に青色に輝くバリアが現れた。

 濁流のように押し寄せる闇の水槍を、青の障壁がことごとくブロックする。幾つかの水槍は跳ね返され、海に消えたり凸凹の地面に穴を穿つ。

 

アバタ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 水槍を防ぐフィールに再度緑の閃光が迸る。

 防ぎようが無い殺人魔法の一条の光が高速に飛んで来て、フィールは防壁を消失するのと同時に固い地面を転がり、『死の呪文』と水槍から身を躱す事に成功した。

 突如目標を失った水流の槍は今しがたまでフィールが立っていた地面に激突、強大な威力が秘められた突槍がぶつかったせいで地面は見るも無惨に深く抉れていた。

 ちなみに遮る物が無かった『死の呪文』はそのまま一直線に進み、フィールのずっと後ろにあった崖の岩肌に直撃して、命中した部分が破壊され炎上した。

 その後2人は時折隙を見て『死の呪文』を撃ちつつ、強力な呪文や魔法を用いての一進一退を繰り返す。激しいバトルを続けるクラウチは暫くしてある違和感を覚えた。

 

(さっきから薄々変だなと思ってたんだが………アイツ、『死の呪文』が当たらないように全部避けてないか?)

 

 フィールにはロケットに宿る母・クラミーによって分霊箱の一種に近い半不死性の力がある。

 それがある限り、フィールは『死の呪文』を受けても死なないハズ。しかも戦闘が開始されて以来、クラミーが『盾の呪文』を展開させた事は一度も無い。

 1対1の真剣勝負だから、敢えて母の助力は不必要としているだけかもしれないが………。

 

(そういえばアイツ、こんな事言ってたよな。えーっと、何だったっけな。確か『破滅守護霊』を使ってどうとか………。『守護霊』って名前が付いてるから『守護霊の呪文』の類いの物なんだろうけど………一体なんなんだ? それは)

 

 杖を交えながら思考を回転させるクラウチ。

 やがて彼は「あっ」と心の中で声を上げ、閃いた。

 

(もしかして、『悪霊の火』を貫通したと言う例の守護霊か!)

 

 去年の6月頃、神秘部内部で行われた一戦。

 ムーディの『死の呪文』を受け『魂の境界線』に送り込まれたフィールは真相を聞かされた後に復活、ヴォルデモートと交戦し、彼が放った『悪霊の火』を狼の守護霊で貫通し、驚愕させた。

 その話は当然クラウチの耳にも入っている。

 

(その守護霊がどのような特性を持っているかは分からないが………少なくとも『悪霊の火』を穿通させるだけの特殊能力があるのは間違いない。あくまで仮説だが、もし、その技があの吸魂鬼相手にも通用するなら―――)

 

 それは殺傷不可能と言われている吸魂鬼さえも破滅可能なのではないだろうか?

 しかし、仮にこれが本当だとしても、庭園にやって来るまでの間、マグルの少女を救った彼女の身に果たして一体何があったのか。

 

(分からない事が多過ぎる。だが今は、それを考えてる場合じゃない。事実はともかく………今のアイツにあの厄介な護りは無い可能性が高い事だけは言える!)

 

 フィールには気付かれぬよう密かに歓喜したクラウチは1つの可能性に賭ける事にし、勢いに乗って激しい攻撃を続けた。呪文が一気に苛烈になったクラウチに劣勢に立たされたフィールは徐々に押されていく。

 

スポンジファイ(衰えよ)!」

 

 防戦一方になってきたフィールは対象物を弱化させる『柔軟化呪文』を背中越しに行使し、背後の固い地面をクッションのように柔らかくさせると後方にジャンプして飛び乗った。普段より高く跳んだフィールは後方宙返りして崖に着地する。

 クラウチもその後を追い、フィールの背後を見やりながら挑発的に言った。

 

「また場所を移動したのか? そんな事しても無意味だと思うけど? しかもベルンカステル、お前の背後は断崖絶壁じゃないか。追い詰められたら一巻の終わりだぜ?」

「無駄口叩く暇があるなら、さっさと掛かって来いよ」

「虚勢を張るのもいいところだな。お前、もう『死の呪文』喰らったらアウトな身だろ?」

「…………………………」

「黙ってたってムダだ。その黙りが何よりの証明なんだからな」

 

 確信を持てたクラウチが先手を切った事により戦いが再開された。

 色とりどりの光が飛び交う呪文の応酬。

 互いに一歩も譲らず互角の勝負を繰り広げていたが―――

 

「どうだ? もうその辺が限界だろう? 腕が錆び付いてる状態でいきなりハードな太刀打ちしたんだから、疲労度は相当のハズだ」

「ぐっ………」

 

 クラウチの言葉にフィールは悔しげに呻く。

 クラウチの言う通り、フィールの身体はかなり疲労していた。実戦の勘は徐々に取り戻せてきたとは言うものの、この1ヶ月の間で体力と戦闘力は大分低下してしまった。完全に元通りの力と感覚を戻すには、まだまだ時間が掛かる。

 パワーダウンしてる状態で逆にパワーアップしたクラウチと互角に渡り合えるのも、もう限界だった。足元はフラついており、立っているのもやっとだ。

 憎々しげに睨むフィールに、クラウチは嘲笑を浴びせる。

 

「さて、そろそろ終わりにしようか。弱くなったお前にしてはよくやったと思うぞ」

 

 そう言うと、クラウチは杖をフィールに向かって突き出した。ハッとしたフィールが動くよりも早く、

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)! エクスパルソ(爆破)!」

 

 『武装解除呪文』の真紅の閃光によってアカシアの杖を吹き飛ばされ、渾身の『爆破呪文』がフィールの右腕にモロ直撃し、ロング丈の黒いカットソーに覆われた肩からその先の部分が爆音と共に吹き飛び、おびただしい量の血飛沫が周囲を紅に染め上げた。

 

「ぐっ………、あああぁ………ッ………!!」

 

 右腕を爆破され、あまりの激痛にフィールは呻き声を上げた。

 片膝をつき、大量の紅い血が溢れ出す右腕があった部分を残された左手で押さえる。傷口からは今も尚血液が流れており、その光景はまさに流血淋漓と言う言葉が相応しい。

 綺麗に弧を描いて飛んできた杖をパシッと掴み取ったクラウチはゆっくりとした足取りで断崖に追いやられたフィールに近寄る。足元で蹲るライバルの姿に勝利を確信したクラウチは酷薄な笑みを貼り付け、声を立てて嗤った。

 

「ククク………敵を前に抵抗出来ないとはいいザマだな、ベルンカステル。目の前に居る俺が憎くないのか? 疲労困憊のお前にとって俺を倒すのなら、今をおいて他に無いのにな」

「うっ………くっ…………」

 

 全身を駆け巡る激痛に意識が失われないよう歯を食い縛って耐える事が精一杯のフィールに、冷笑を持って発せられるクラウチの言葉は屈辱感に見舞われる心を嬲るには十分過ぎる威力だった。

 

「その口が動く内に最後に訊いておこうか。どうしてお前は、こんな世界の為なんかに俺達と対敵するのだ?」

「そんなの………この世界が好きだからに………決まってるだろ」

 

 話す度に口から血が吐き出されながらも、フィールは色褪せない戦士の眼差しを以て、訳が分からないと言う面持ちをするクラウチを見上げる。

 

「確かに魔法界は様々な問題を抱えてる。正直、『こんな世界の為なんかに戦う意味や守る価値なんてあるのか?』って疑問は、無いと言えば嘘になる。………それでも私は、私達は、此処が好きなんだ。何だかんだ言っても、結局は生まれ育った故郷を捨てる真似は出来ない。そして何より、この世で巡り会った―――真っ暗だった私の世界の色を変えてくれた数多くの人達の存在が、自分の命懸けるのに値する戦う意味と守る価値を私自身の中に見出だしてくれる」

 

 フィールの脳裏に、ホグワーツで出会った個性豊かな仲間達の顔が思い浮かぶ。

 ハリー、ハーマイオニー、ロン、ジニー、ネビル、ルーナ………。現在は卒業してしまって直接会う事は無いけれど、初めて己に対し告白してくれ、今でも時々連絡を取り合ってるセドリック・ディゴリーもそうだ。それは妹みたいに可愛がってくれた先輩のソフィア・アクロイドやアリア・ヴァイオレットにも同じ事が言える。

 

(クシェル………)

 

 数々の仲間が脳内に浮かぶ中、幼馴染みの女の子の笑った顔が去来する。クシェルの顔が胸を過った時、早くコイツを倒して彼女に会いたいと言う気持ちがフィールの中で膨れ上がった。

 クシェルに会いたい………。仲間や家族に、記憶が戻ったと自分の口から報せたい。

 その為にも―――私はここでコイツを倒さなければならない。

 

「もしもアイツらと出会わなかったら、心が荒んでた私は喜んでお前らの仲間入りを果たし、ヴォルデモートの腹心になってただろう。異常な程闇の帝王に執着してるお前みたいにな。だけど現実は違う。………私がそうならなかったのは他でもない、どんな境遇であっても離れず支えてくれる仲間が居たからだ。でもお前には居なかった。居なかったから今みたいな人格が出来上がってる。ただそれだけの事だ。その僅かな差異が、私とお前をそれぞれ別のゴールに繋がる道に導いた。そしてその結果がこれだ。今、私とお前はこうして敵対してる。行き着く先が正反対同士なんだ。もしかするとこうなる事は運命、ひいては前世からの因縁だったのかもな」

「だったら今こそその因縁にケリをつけようじゃないか、ベルンカステル」

「ああ………そうするとしよう。いい加減お前との間にある紲を断ち切りたいしな。それに早いとこお前倒して、クシェル達に会いたいし」

 

 どんな状況下でも軽口叩ける神経の図太さと決して希望を捨てないポジティブさ、己の中で掲げるブレない信条がフィールの強さだ。今にも殺されそうになっているのに、こうして不敵な笑みを絶やさないのが何よりの証拠である。

 

「お前はバカか? もうすぐ殺されるって言うのに―――ッ!?」

 

 次の瞬間、クラウチの言葉が途切れ。

 信じられないと言う表情で、自分の胸元に視線を落とした。

 

「な………なに………ッ?」

 

 いつの間に出していたのか、左手に強く握り締めた予備の杖に宿した刃でクラウチの胸元を斜め一直線にグッサリと深く斬り裂いたのだ。それもただの刃ではない。強力な呪いを宿した、魔法のブレードだった。

 

「接近戦では魔法による射撃より、得物による斬撃が有利だ。言っただろ? 杖に鞭や刃を宿すくらい、変わった気はしないと。杖そのものを『変身術』で長剣に変化させられるんだ。杖先を切っ先にするくらい、何もおかしくない」

「ぐ………あ………お、お前………まさか、わざと『爆破呪文』を喰らって………」

「いや………今回は違う。お前の言う通り、本当に体力的に限界で、ワンテンポ遅れた。正直、もうダメかとヒヤヒヤしたよ。獲物を捕食する直前まで追い詰めておきながら、さっさとトドメを刺さなかったお前のその慢心さに、皮肉にも命拾いしたんだからな。獲物を前に舌舐めずりするのはバカのやる事だ。御主人様にそう教わらなかったのか?」

 

 フィールの声がどんどん遠ざかっていく。

 クラウチは盛大に血の塊を吐き出した。

 身体が傾き、顔から血の気が引いていく。

 

「もしも………命を預け預かる事が出来る関係を築ける程の仲間に恵まれなかったら―――私もお前みたいに、文字通り地に堕ちた人間になってたのかもしれないな」

 

 力を失った両手から己の杖とフィールの杖が滑り落ち、地面に落ちる。

 

「こんな事なら、さっさとトドメを刺しとくんだった………」

 

 よろめいたクラウチは血塗れの胸を押さえ、フィールから距離を取ろうとした。しかし、ふらついた拍子に断崖の縁から足を踏み外し、

 

「あ―――ッ!?」

「消えろ。奈落の底に堕ちて、二度とその面見せるな」

 

 落下する寸前、最後の力を振り絞ったフィールに魔法を叩き込まれ、クラウチは姿を消す。

 死闘の末、勝利を勝ち取ったのはフィールの方であった。

 

 

「………はぁ………はぁ………ッ………」

 

 一か八かの賭けに成功したフィールはクラウチの姿が見えなくなった途端、喀血した。

 クラウチに気付かれぬよう慎重に杖を抜き出したので、あの時、予備杖の存在がバレていたらと思うと………ゾッとする。

 深傷を負ったフィールはなんとかして取り返した自分の杖をヒップホルスターに収納すると、『両面鏡』でクリミアに迎えに来て貰おうとしたが―――

 

(もう………限界………………)

 

 遂に力尽きたフィールはぐらりと身体を傾かせ―――そのまままっ逆さまに海へと落下した。




【フィールとクラウチ】
原作で言うところのハリーやヴォルデモート、スネイプのように「共通項は多いけど何らかの要素が最終的に切り分けた」似た者同士。
本文中でもありましたが、フィールにとってクラウチとはハリーとは別の方面で鏡の存在。

【命を懸ける・預ける】
クラウチ→懸ける>預ける
フィール→懸ける≦預ける

【フィールVSクラウチ】
紆余曲折を経てようやく一騎討ちの展開に。
ダンブルドア、シリウス、ムーディ等々原作では死亡したハリーsideにおける猛者が結構な数で生存ルートになってるので、ヴォルさんsideにもせめて「原作じゃ死亡したけど存命してたらそれなりに活躍してただろう」敵キャラ導入しなければ闇の陣営(笑)になってしまう。
あ、でもここまで来てしまったら今更か。

【我が家のクラウチ】
ヴォルさん率いる闇の陣営って強者集いとか言われてますけど、正直イマイチなんですよね。
ルシウスは保身に走りがちでまとめ役に向いてない、ベラさんは感情のルーズコントロールが激しい、団員もただ単に暴れたいだけのチンピラとかいる。
本作ではこの問題だらけの闇の陣営をどうにかしようと抜擢したのが、皆さんご存知のクラウチ。

我が家のクラウチは「ハチ公にも劣らぬ忠犬」「主さえ良ければ他はどうでもいい」「主のご命令であればたとえ火の中水の中草の中etc.」「(デスイーター内では)お前がナンバーワンだ」等、『ヴォルさんにとって「これぞまさしく理想の腹心だ」と言える右腕』『(悪の)エリートの中のエリート』を目指して上記の要素をブチ込みました。

【炎のフィール第3弾】
炎の鞭。
杖先に鞭の先端を発現させる。

ちなみに第1弾は魔法で出した狼に炎を吸収させた『紅蓮の狼』。
第2弾は守護霊に吸収させた『炎の守護霊(ファイア・パトローナス)』。
後者に関しては#95にてハーマイオニーが土壇場で『水の守護霊(ウォーター・パトローナス)』を披露してくれたようにバリエーション豊富。

【炎のフィール第4弾】
炎の弾丸(砲弾)。
そのまんまの意味通り火の火球を発射。

余談ですが、フィールは炎系の魔法属性(エレメント)が突出して得意と言う裏設定があります。

【まとめ】
今回はフィールとクラウチの一騎討ちの回でお送りしました。ここ最近めっきり活躍が激減したフィール、今般でやっとそのツケを払ってくれました。何気に最終章初のド派手なシーン連発の話だったような気がします。
さて本文中でも出てきた通り、フィールとクラウチはかなりの似た者同士です。クラウチの「主さえ良ければ他はどうでもいい」点、実はフィールにもそれっぽい点があると捉えられてもおかしく無い場面があります。

それが序盤の「嘆くのは後にしておけ」発言。
もし死んだのがハーマイオニーやクシェルだったらそんな事言わなそうなフィールのこのセリフ。ハリー達以外の事だと切り替えが驚くほど早いと思われても仕方ないですね(´・ω・`)。

ま、フィールがどういうキャラに見えるかは読者にお任せします。一応フィールのコンセプトは「カッコいい女」「ヒーローらしいヒーロー」「主人公属性兼ね備えたクーデレキャラ」等々ですが、皆さんにはどのように見えますか?
子供にとって優しいヒーロー、仲間に慕われ頼りにされるリーダー………そんな感じのオリ主に見えていたら嬉しいですね。
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