【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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今日はハリー・ポッターの誕生日。
今年もハリーの誕生日に更新する事が出来て良かったです(*´ω`*)。


#110.過去の断ち切り

 血の色が混ざった青い海の水が、冷たい。

 海水に濡れた服は全身に纏わり付いた錘のように重かった。

 脱力感と疲労感に見舞われる華奢な身体が、どんどん海の底へと落ちていく。

 右腕を爆破された右肩からは血液が多量に出血し、体内から体外へと流出する。

 生死を賭けた激闘を制し、海に落ちたフィールは襲い掛かる倦怠感を押してもがいていた。沈みゆく海の中で、残された左腕を必死に伸ばす。

 

(助けて………誰か助けて………!)

 

 溺れる者は藁をも掴む、と言う東洋の故事ことわざがあるように、フィールは今、何でもいいから縋れる物は無いかと、胸中は祈る気持ちで一杯だった。

 水を掻く度、ゴボゴボと口から空気が漏れる。

 手足は冷たく凍え、力が入らない。

 息苦しさに意識が薄れていく………。

 

(ヤバい………もう息が保たない………)

 

 辛うじて持ち堪えた息も、そろそろ限界。

 その事を察したフィールは、諦めたようにもがくのをパタリと止めてしまった。

 このまま何もしなければ、死んでしまう。

 分かっているけれど、心身共に疲れてしまった為か、もがく気にはなれなかった。

 

(最後に………皆に伝えておけばよかった)

 

 後悔に駆られるフィールの躯体が音も無く静かに沈降する。

 そうして、死を覚悟して辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放そうとした、次の瞬間。

 

 海にダイビングし潜水した誰かに下降していた身躯を救い出され、救助に駆け付けた人物の『浮上呪文』でド派手に海面上昇した。

 

♦️

 

 海底へ沈下していく身体が急速に海面へと引っ張り上げられる感覚に似た体感と共に、失われていたフィールの意識は覚醒した。

 視界に広がりゆく室内の照明に、フィールは開き掛けていた瞼を僅かに眩しそうに細める。

 その明かりを遮るように翳した手は、幼少期の頃の小さなそれではなく、年齢不相応の艶かしい掌だ。

 

「………………」

 

 そこでようやく自分は夢を見ていたのだとフィールは気付いた。

 夢と現実の境で微睡みながらも、次第に意識が明瞭になるにつれ、少しずつ己の置かれた現状を把握していく。

 此処はベイカー家2階のクシェルの部屋だ。

 自分は確か、岬でクラウチと戦い、死闘の末に辛勝したが、力尽きて海に落ちて………。

 

「………!」

 

 直後、フィールは弾かれたように上体を起こすと、いきなり動かしたせいで全身が悲鳴を上げその痛みに顔をしかめつつも、慌ててクラウチに爆破された右腕部分を確認した。

 幾重にも渡って白い包帯が巻かれているが、そこには失われたはずの右腕が確かにあった。大方癒術で再生されたのだろう。

 安堵のタメ息と共に緊張の糸が切れて全身からどっと力が抜けたフィールは、ベッドの上―――ちょうど太腿の辺りに頭を乗せて、静かな寝息を立てて居眠りをしているハリーを認めた。

 熟睡中のハリーの頬には、幾筋かの涙の跡が見える。室内に時計はあるが、日付までは確認のしようがない。一体どれだけの長い時間、意識を失っていたのだろうかとフィールが首を捻った時、

 

「―――フィール!?」

 

 扉を開けて入ってきた人の大声が耳を打った。

 入室したのはハーマイオニー達だった。

 何故此処に彼女らが居るのか? と眼を丸くするフィールに先程発声したハーマイオニーが真っ先に駆け寄り、勢いそのままに抱きつく。ウィーズリー兄妹もその後に続き、フィールの意識が戻った事を喜んだ。

 

「フィール! 良かった、目を覚ましたのね!」

「あう………ま、まだ痛いから、もうちょっと手加減して………」

「あ、ごめんなさい………」

 

 申し訳なさそうな表情で謝ったハーマイオニーはハグする腕の力を緩める。

 

「でも、本当に安心したわ………貴女が無事に目覚めて」

「ハーマイオニーの言う通りだぜ。僕達は直接見てないけど、何でも君、右腕が無い状態で運ばれたらしいから………」

「その事を聞かされた時は、ヒヤッとしたわよ」

 

 ロンとジニーの言葉に、フィールは改めて1度右腕を喪失した事を認識し、嫌な思い出だと心に重くのし掛かった。しかしそれも、命を失う事に比べれば軽い物だと割り切る。

 

「ところでフィール。今更訊くけど………記憶が戻ったって本当?」

 

 身体を離し、真剣な面持ちで尋ねてきたハーマイオニーに、フィールは微笑して肯定する。

 

「勿論。ちゃんと戻ったよ」

「なら………私の事、分かる?」

「当然。アンタの名前はハーマイオニー・グレンジャー、学年次席のガリ勉優等生で私の親友、だろ?」

 

 本人の口から直接聞くまでは流石に不安だったのだろう。

 記憶喪失時の不安げな表情や敬語口調が取り払われたフィールの微笑みに、別の意味で歓喜したハーマイオニーは号泣してまた懐抱した。

 

「フィー………意識が戻ったんだね」

 

 ハーマイオニー達の騒ぎを聞き付けてダッシュで駆け上がってきたのか、絶体絶命のピンチでフィールが1番会いたいと強く思った人物―――この部屋の所有者であるクシェルが、肩で息をしながら現れた。その翠眼には涙が光っている。

 

「………クシェル」

 

 長年、世界中を探し回った末に再会を待ち焦がれていた人を見付けたように呟くと、それまで気怠かった身体がみるみる内に回復したフィールはベッドから下りて、自らクシェルを抱き寄せた。

 

「………………貴女に会いたかった」

「うん………私もフィーとおんなじ」

 

 フィールの細い腕に収まるクシェルは両腕を背中に回し、病み上がりの彼女を気遣って力加減しながら抱擁し返す。いつものクシェルのぬくもりと香りに包まれて、フィールは安心したように眼を閉じて身を委ねた。

 

「………クシェル。あの双子の姉妹は?」

「2人共無事だよ。………クラウチや魔法の関与を否定する為の記憶改竄はちょっとしたけどね」

 

 クシェルによると、フィールがクラウチと決闘する為に場所を変更した後、クリミアとイーサンは銀髪の少女をベイカー家に連れて、黒髪の少女と同じくクシェルとライリーが介抱したらしい。

 どちらも命に別状は無く、気を失っている間に幾つか記憶改竄を施し―――2人が目覚めたら、親御さんの所まで無事送り届け、多少の嘘が交じった事情説明をしたとか。

 

「あの娘達の両親には、誘拐犯に姉妹が攫われそうになったところを偶然出会した私達が飛び掛かってレスキューした、ってシナリオかな。それに合わせて姉妹の記憶も改竄したよ。………お父さんが言ってたんだけど、どうやらその親子は海外に引っ越したみたい。ここ最近イギリス国内全土が何かと物騒になってきたところにあんな事が起きたんだから、気が気じゃなかったんだろうね。どちらにしても、あの女の子達が心に深い傷を負うのは避けられないし」

「それでよかったんじゃないか? 常にビクビクしながら生活するよりかは、遠く離れた国で心機一転して平和に過ごす方が、まだマシだろ」

 

 そうは言うが、フィールの表情は冴えない。

 何の関わりも持たないマグルの人間だったが、同族のせいで姉妹やその家族の人生が変わってしまった事に、謝りたい気持ちで一杯だった。

 暗い面差しで皆が黙り込み、場の空気が重苦しいものになると―――

 

「………ん」

 

 爆睡していたハリーが目を覚ました。

 クリミアとイーサンに銀髪の少女共々ベイカー家に連れて行かれて数十分後、瀕死の重態を負い右腕を爆砕されたフィールが運ばれて来て、彼女の容体ばかりが気掛かりで心配だったハリーは、周囲の反対を押し切って片時も離れずにずっと付き添った。

 途中、ライリーが持ってきてくれた飲み物を飲んだのは覚えている。そこで張り詰めていた緊張の糸が切れて、睡眠不足で溜まった疲れを一気に身体が思い出したのかもしれなかった。

 本当は、周りの人間がいくら休むよう言い聞かせてもロクに睡眠も食事も取らずに付きっきりでフィールの傍に居るハリーの神経が参る前に、やむを得ず効果を希薄させた『生ける屍の水薬』で休養させたのだが。

 強めの魔法薬を使ってでも休ませないと、ハリーの精神が崩壊してしまう恐れがあるのを危惧したライリーの判断は正しかった。

 

「あれ………フィール!? いつの間に起きてたの!?」

 

 眠そうな瞼を擦っていたハリーはベッドにフィールが居ないのを見て残存していた眠気が吹き飛び、怠さも何処かへ消し飛んで慌てて立ち上がり周囲を見回したと思いきや、両足でしっかりと立っているフィールの姿が眼に入って喫驚した。

 

「ついさっきだ。ハリー、心配を掛けて―――」

 

 悪かった、と言おうとしたフィールだったが、覚束無い足取りで自分の方へ倒れ込んだハリーを急いで抱き止めたので、言いそびれてしまった。

 本来であれば喪われたはずのフィールの右肩へとハリーは恐る恐る手を伸ばすと、その震える指先でそっと触れた。

 何重にも重なって巻かれた包帯の上からではあったが、一般人より痩身のようでいて意外と筋肉質な体躯は、確かにフィールのものだ。

 ハリーは更に確認するようにもう片方の手を伸ばすと、フィールの細い腕や白い手にも触れていく。

 あれだけ失血していたのに、傷は何処にも見当たらない。フィールの右手を握ったまま大きく息を吐くと、ハリーの瞳から大粒の涙が溢れた。俯いたまま泣きじゃくるハリーに、フィールはちょっと困ったような笑みを浮かべる。

 

「全く………泣くなよハリー。私はまだこうして生きてるんだから、泣く必要無いだろ」

「うぅ………ごめん。フィールが生きてるのが嬉しくて、つい」

 

 ごしごしと袖で涙を拭ったハリーは、フィールに小声で謝罪する。

 

「………ホントごめん。僕のせいでフィールは記憶喪失になったり、怪我をしたり―――」

 

 と、そこで何故かハリーは急に口を噤んだ。

 その先の言葉を紡ぐのに躊躇うハリーに、フィールは怪訝な顔になる。

 いつまで経っても話そうとしないハリーの様子に埒が明かなくなったフィールは、『開心術』を使ってハリーの頭の中を覗く事にした。

 ハリーはフィールが『開心術』を使っているのに直感的に気付くと動転して視線を逸らそうとしたが、時既に遅し。

 フィールはハリーがロンとハーマイオニーと大喧嘩して口を一切利かなくなった理由や、記憶が戻ったら絶交宣言されるのを恐れてどこか記憶が戻らなければいいと密かに願っていた………と言うハリーの秘密を知り、眉を顰めた。

 

「は? アンタまさか、そんなくだらない事考えてたのか?」

「え、あ、いや、その………」

「あのなぁ………たかがそれしきの事で絶交するくらいなら、とっくの昔に私はアンタと友人関係止めてるっての。私、前に言わなかったか? 『ちょっとやそっとのことで友人を突き放すなんて、そんなの友情の欠片も無い』って」

 

 叱咤したフィールはハリーの頬をつねる。

 

「イタタタタ! ちょっ、痛い痛い痛い!」

「あんな考え持ってた罰だ、バカ野郎」

 

 つねられた頬をさすりながら涙眼で訴えるハリーに軽く肩を竦めたフィールは、フィールの意外な行動に驚倒していた4人の内、ハーマイオニーとロンの2人に視線を向けた。

 

「アンタらがなんで険悪だったのか、悪いが『開心術』でハリーの脳内覗かせて貰って知ったぞ。私はちゃんと記憶を取り戻したし、クラウチも倒した。だったらこれ以上3人がいがみ合う必要は無いはずだ。………それとハリー。アンタは騎士団のヤツらが殺されて自責の念に駆られてるようだが、気に病む事は無い。彼等がアンタに希望を託して死んだんなら、その犠牲を全て無駄にするか貢献させるかはアンタ次第だ。その為にもまずは過去を忘れろ。過去に囚われていたらいつまでも経っても進めないし、進んだとしてもお先真っ暗だ。そんなのはアンタらしくない。どこまでも向こう見ずで無鉄砲で、それでいて何があっても自我を貫き通そうとするのが私の知るハリー・ポッターその人だ」

 

 かつてロンやハーマイオニーに言われたのと同じ言葉が、ハリーの胸にスッと入り込む。

 あの時は自暴自棄になっていって心が理解するのを拒んでいたが………今なら、2人の言ってた意味がよく分かる。

 

『たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!』

 

 絶望に打ちのめされ、暗闇の中で見失い掛けていた己に勇気の灯りを灯したフィールの勇ましい咆哮が、ハリーの脳裏に響き渡った。

 例え誰かが死んだとしてもその誰かの意志を受け継ぐ者が居る限り、その者の中で死んだ人間の魂と想いは生き続け、そして消えない。

 その言葉に再び励まされたハリーは、フィールの蒼い眼を真っ直ぐ見ながら大きく頷く。

 満足そうにフッと微笑んだフィールは、

 

「ロンとハーマイオニーと関係を修復するなら、私はチャラにしてやる」

 

 と、チラッと2人を見やりながら言った。

 ハリーはフィールから離れ、2人の元へ歩く。

 

「その………ごめん、2人共。僕、君達の言ってくれた事を蔑ろにして」

 

 ハリーが頭を下げて謝ると、2人は首を横に振り、

 

「僕らこそ………言い過ぎた面もある。ごめん」

「ええ………ごめんなさい、ハリー」

 

 と、2人も頭を下げてハリーに詫びた。

 いつまでもドロドロと引っ張るのではなく、互いに潔く謝った姿にあの日の夜、実はこっそり物陰で一部始終をバッチリ目撃していたジニーは「よかった………」とホッと胸を撫で下ろし、フィールとクシェルも、安堵の息を吐いた。

 

「………そろそろいいかしら?」

 

 温かい雰囲気に包まれたクシェルの部屋に、第三者の声が不意に下ろされた。

 全員がそちらを見てみると、いつの間に居たのか、クリミアが腕組みしながら立っていた。

 その顔には、静かな怒りが滲んでいる。

 皆、クリミアの心情が読み取れず小首を傾げると、腕組みを解いたクリミアはゆっくりと、フィールに歩み寄った。

 

「クリミア………」

 

 今、彼女が物凄く怒っているのを長年一緒に過ごしてきて1番理解しているフィールが珍しく恐る恐るといった感じに声を掛けると、

 

 

 

「フィールの………バカ!!!!!!」

 

 

 

 溜めに溜め込んだ感情を吐露するように、クリミアは自分が出せる限りの最大音量で大声を発した。

 クリミアの怒鳴り声が、室内に大きく響く。

 ビクッとしたフィールは勿論の事、普段は大人しいクリミアが大声を上げたのが意外過ぎて、ハリー達も信じられないと言う表情で珍しく怒気を露にしたクリミアを見る。

 

「どうしてあの時、身体動かすの止めたのよ! 助けが来なかったら、冗談抜きで本当に死んでたのよ!? 分かる!?」

「え、あ………私を助けてくれたの、クリミアだったのか?」

「当たり前よ! 貴女にはバレないよう、恐らくクラウチが戦闘中に掛けたんでしょうけど………暫くの間貴女の魔力が感知出来なくて、あちこちイギリス中探し回ったわ。いざ感知出来るようになったと思ったら、右腕が丸っきり失われた状態で海に落ちてたんだから………今までの人生の中で1番、今度こそ貴女を失ったと心臓が止まったわよ! 死んだのかと………あともう少し救助が早かったらって………」

 

 フィールに対する怒りやら喜びやら、色んな感情がごちゃ混ぜになったクリミアの綺麗な顔は心底苦しそうに歪んでいた。

 息継ぎ無しに大声で一気に話し続けたせいでハアハアと肩で息をし、普段の優しげな目元には不釣り合いな、キッと吊り上がった紫眼の目尻に溜まった涙が一筋色白の頬を伝った瞬間、まるでそれが合図になったかのように、

 

「あー………本当、生きてて良かった………」

 

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を覆い隠すよう、ポスッと頭をフィールの右肩に乗せた。嗚咽を堪えて震えるクリミアに「ごめん」と謝罪の言葉を言おうとしたフィールはすんでのところで飲み込み、

 

「………ありがとう。そして、ただいま」

 

 と心からの感謝を込めて呟き、再生された右手で背中を優しくさすった。

 クリミアは我慢し切れず、わあっと小さな子供のように泣き出し、両腕を回してフィールをギュッと強く強く抱き締める。

 その光景を、クリミアの本心を知りようやく先程の怒った表情に合点がいったハリー達は黙って温かい眼で見守っていた。

 幼い頃よりずっと一緒に居たクリミアは誰よりも心配していたのだろう。

 実際に血の繋がりは無いと言っても、その絆は血の繋がった家族に負けず劣らず、あるいはそれ以上の強さと固さで結ばれていると、この場に居た人間全員が改めてそう認識した瞬間だった。

 

♦️

 

 それから数日後。

 フィールとハリーは2人で一緒に歩いていた。

 正確に言えば、前者が後者をある場所へ案内している、だが。

 7月31日の今日はハリーの誕生日だ。

 この日を以て、ハリーの身体に施されていた母親の護りの魔法は綺麗さっぱり消失した。

 未成年魔法使いに掛けられている『臭い』が消え晴れて成人したのと同時、ヴォルデモートを筆頭に闇の陣営が攻め込んでくる可能性が飛躍的に上がった日でもある。

 それでも皆は今日くらい嫌な事は忘れ、暗い話題も一切NGにしてハリーの17歳の誕生日を目一杯祝おうと、朝起きて彼と顔を合わせたら口々に「おめでとう」と言い、用意したプレゼントも渡した。

 ハリーもハリーで、純粋に誕生日を仲間達に祝って貰えた事が嬉しかった他に、これで『臭い消しチョーカー』を身に付けなくても自由に魔法が使用出来る事実に暫し有頂天になった。

 時間経過と共にほとぼりが冷め、大分落ち着いた頃、「ちょっといいか?」とフィールが改まった感じで声を掛けてきて、その声音に少し緊張しつつも用件を聞くと「一緒に行きたい所がある」と言ったのだ。

 フィールからの頼み事は珍しいし、ヴォルデモートや死喰い人がいつ奇襲してくるか定かでない現状に敢えて出掛けたいと言う事は何かあるのだろうかと、ハリーはビックリした。

 当然驚いていたのはハリーだけじゃなく、誰が何度何処に行くのかと質問しても、フィールは珍しく口を固く結んで教えてはくれなかった。

 フィール曰く、「其処に行くまでハリーにも他の人にも教えたくない」だ。

 大人達はフィールの返答に少々渋っていたが、

 

「そんなに遅くならないつもりだし、何かあったらすぐに連絡する」

 

 と言ったので、それならと了承すると、「気を付けて行って来い」と2人を送り出して―――現在に至る、と言う訳だ。フィールの事だから危険な場所には連れて行かないだろうし、万が一危ない目に遭ったとしてもすぐに連絡するだろうと、何かハリーにサプライズしたいと思われるフィール個人の意思を尊重したのだ。

 念のためハーマイオニーに一言断っておき、許可を得て早速目的地に向かうフィールの後をハリーは「何処に行くんだろ?」と皆目見当がつかず首を捻りつつも、大人しくついていく。

 が、やがてハリーは見覚えのある光景に「もしかして………?」とある予感がし、自身を何処かへ誘導する黒髪の少女の背中を、微かに眼を大きく見張りながらじっと見つめた。

 隠れ穴から出発し、徒歩で目的地を目指してフィールがハリーを連れて辿り着いた場所は、2年前の今頃、ドローレス・アンブリッジが派遣した吸魂鬼に襲われる前に立ち寄ったマグル界の公園であった。

 どうして此処に? と予想が見事的中したハリーが人気の無い公園と親友の姿を見たり来たりしていると、

 

「2年前は、私も気付かなかった。時間が時間だったし、状況がアレだったから、思い出す暇も無かったんだけど………此処がまさか、10年くらい前に偶然通り掛かった公園だったとはな。やっぱり、世の中何処でいつ何が起きるか分かったもんじゃない」

 

 と、懐かしさを滲ませた瞳で公園内に設備されたブランコに視線を一点集中させながら呟いた。

 過去の想い出に浸るフィールに、ハリーはそっと問い掛ける。

 

「フィール………なんで僕を此処に連れて来たんだい?」

「………その様子だと、まだダメか。此処に来たら少しは思い出すかと思って期待したんだけど、そう上手くはいかないか。ま、私もつい最近思い出したから、あまり強くは言えないけど」

 

 微塵の変化も感じられないハリーの様子に軽く肩を竦めたフィールは、疑問符を浮かべる彼の前方に立ち、真っ正面から向き合う。

 対向したフィールは瞼を閉じ―――フッと息を吐きながらゆっくりと開くと、意を決したようにズバリ言った。

 

「率直に言うぞ。―――私とアンタは昔、一度出会った事がある。今日此処に来て貰ったのは、ちょうどアンタの誕生日に邂逅したこの場所でその事を思い出して欲しかったからだ」

 

 フィールの口から告げられる衝撃的な発言に、意想外過ぎたハリーはこれ以上ないくらいに瞠目した。頭が混乱したハリーは思考が追い付かず、声を詰まらせる。

 

「なんて、急に言われても困るよな。でも、今言った事は本当だ。なあハリー。アンタは昔、この公園で従兄やその取り巻きに暴力を受け掛けた覚えはないか?」

 

 そう訊かれたハリーは「あ………」とフィールに言われて何か思い当たるのか、ピクッと反応を示した。

 

「………言われてみれば、確かに………。そこのブランコに座って1人考え事してたら、アイツらがやって来たんだ。それで僕、慌てて逃げようとして………それから―――」

 

 曖昧な記憶が少しずつ鮮明になっていき、そこまで考えたハリーはハッと息を呑む。

 ―――そうだ………ダドリーに殴られる寸前、『誰か』の声が割り込んで、それで殴られずに済んだんだった。

 その声の主は、確か………。

 

 足元に目線を落とし黙考していたハリーはゆっくりと伏せていた顔を上げる。

 記憶が戻った日と同じ、ロング丈の黒いカットソーに身を包んでいるフィールと眼が合った。

 視線が交錯したフィールは、両眼を細める。

 ハリーが俯いていた間に抜き取っていたのか、その右手には杖が握られていた。よく見てみると杖の先には刃が宿されている。

 

「フィール? 何をするんだ?」

「こうすれば、多分アンタは高確率で確実に思い出してくれるだろうし、それに―――自分の中にある過去を断ち今と未来を生きる為にも、私は捨て去る」

 

 グッと、後ろで長い髪をフィールは左手で掴んだ。

 そして。

 あっ、とハリーが声を上げるよりも早く。

 バッサリと、刃を宿した杖で首筋辺りまで髪を切った。

 

 

 

 

 

 ―――全部言っちまえ。アンタ、他人に弱音を吐きたくても吐けない環境だったんだろ。最後まで聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ? ………まあ、ついさっき出会ったばっかの女が、こんなこと言ってもどうしようもないだろうけど………こうして私とアンタが此処で出会ったのも、きっと何かの縁だろうし。

 

 ―――こうしてアンタと出会ったんなら、また何処かでアンタと出会えるかもしれない。世界は広いからな。この世に生き続ける限り、意外な場所で巡り会うってことも、もしかしたら有り得るんじゃないか?

 

 

 

 

 

 耳の奥でやけに鮮明に響くそれらの言葉は、今まで記憶が断片的だったハリーの脳裏にある少女の輪郭を描く切っ掛けとなる。

 吹き抜けてきた風に散っていく切られた髪を横目に目の前に居る断髪した親友の姿と、記憶の中の少女の姿形がピッタリリンクした。

 その過去を映した瞳のまま、ハリーは目元を和らげて笑むフィールを見つめた。

 

 狼を思わせる、丸っこくて柔らかそうなウルフカットを施した短めの黒髪。

 眼光炯々という言葉がまさにピッタリな、蒼色の獣っぽい鋭い瞳。

 

 精悍な印象を受ける凛々しい顔付きは、叔父のライアンの面影を感じさせた。

 あの日、あの時………自分を助けてくれた少女がこの7年間、同じ学舎で過ごしてきた親友だったのだと、断髪したフィールを見てハリーはようやく思い出した。

 

「その顔………やっと思い出してくれたか」

「ほ、本当に………? あの女の子は………フィールだったの?」

「嘘だと思うなら………証拠付ける物があるぞ。ハリー、ちょっと後ろを向け」

「え?」

「いいから早く」

 

 急かされたハリーが慌てて後ろを向き、言われた通り動かずに居ると、

 

「わっ………!」

 

 頬に冷たい何かを当てられた。

 振り返って見てみると、そこには何処からか取り出したコーラ缶を手に微かに口角を上げてフィールが笑っていた。

 

「驚いたか?」

 

 再び重なる、過去と現在の言葉。

 フィールの微笑みとその手に持つコーラ缶に、半信半疑だったハリーはこれで確信を持つ。

 

「遅れたけど………誕生日おめでとう」

 

 祝いの言葉と一緒にフィールはハリーにコーラ缶を差し出す。

 ハリーは「ありがとう」と言って受け取ろうとしたが………最後に何かを思い出したのか、寸前で手を引っ込めた。

 

「あ、待ってフィール。渡すのは後にしてくれないか?」

「は? なんでだ?」

 

 首を傾げたフィールに、今度はハリーが言う。

 

「約束しただろ? 今度会ったら、僕が君にコーラを奢らせてくれって」

 

 ハリーの言葉に、記憶を辿ったフィールは納得した表情になる。

 

「ああ………そういや、そんな約束したな」

 

 と言う事で、公園を出た2人は近くにあった自販機に寄り、ハリーはボタンを押してコーラを購入する。ゴトンと音を立てて落ちてきた赤い缶を自販機から取り出したハリーはフィールと交換すると、プルタブを開け、

 

「「乾杯」」

 

 と缶を軽く当て、笑い合いながら口をつけた。

 炭酸特有のシュワシュワが口内で広がり、冷たくて甘い味が喉の奥で爽快に弾ける。

 よく冷えたコーラを喉に流しながら、ハリーはフィールの笑った顔を見て、やっと曖昧だった記憶を思い出せたと、同時に約束も果たせて胸中は満足感に満ちた。




【激怒&号泣クリミア】
よくよく考えてみればクリミアがあそこまで怒った事や泣いた回数って結構少ない?

【断髪したフィール】
この日の為にずっと前から温めておいた瞬間、遂に迎える事が出来ました。

【ハリーの誕生日と更新日時】
まさか7月31日にちょうどハリーの誕生日を祝う回にもなるとは少々ビックリ。

【まとめ】
今回はフィールさん断髪するの回でした。
女性が過去を断つのに髪を切ると言うのをどっかで見掛けて、断髪する事でハリーにプロローグの事を思い出させるのと同時にそういう意味合いも込められるなと、作者としては好都合だらけです。
いつかキャラの誰かを思い切って断髪させようと企てていた事項が叶って大満足です(*´ω`*)。
さっぱりとフィール、決意を新たにしたハリーが今後どのように活躍するのか。
#112に続きます。
また見てね、バイバイ。
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