【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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FIN.果て無き戦いに終止符を

 時間は少し遡り―――。

 ハリーはフィールとクラウチが一進一退の激戦を繰り広げているのをハラハラしながら陰で静観していた。

 どちらも相手を殺す気が掛かっている一戦だ。

 2人の真剣勝負に横槍を入れるなんて真似をすればどうなるかは容易に想像がつく為、ハリーは大人しく成り行きを見守る事にしている。

 

 そして、長きに渡って続いた対決は遂に結末を迎えた。

 

エクスパルソ(爆破)!」

 

 ありったけの魔力を込めて唱えられた『爆破呪文』が炸裂する。

 あっ、とハリーが声を上げるまでもなく、クラウチの『爆破呪文』はフィールの全身を木っ端微塵にしたかのように思えたが―――

 

「な、なにィ………!?」

 

 現実は違った。

 先刻、肉体を粉砕されたように見えたフィールの華奢な身体が、白銀に輝く美しい衣に包まれている。

 それは、『破滅守護霊』とは相対する『破魔守護霊』であった。

 守護霊の狼が身を護る衣となり、クラウチが放った『爆破呪文』を無効化したのだ。

 勝利を確信した直後に起きた想定外の事態に完全にクラウチは意表を突かれてしまい、挙動が停止する。

 

 それがクラウチ最大の命取りとなった。

 

「終わりだ、クラウチ! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 手を伸ばせば届きそうな程の距離まで接近されたクラウチの顔は驚愕で固まっていた。

 この距離なら、外さない。

 アカシアの杖から緑色の閃光が迸る。

 死の光に包まれたクラウチの身体は吹き飛び、強かに地面に叩き付けられた。

 

「はぁ………っ……はぁ………っ………、か、勝った…………」

 

 ソバカスがある顔は驚いた表情で固定され、見開かれた瞳は虚で何も映していない。

 ピクリとも動かないクラウチが今度こそ死亡したのを確認したフィールは張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、役目を果たし終えた守護霊の衣がフッと消滅した途端、安堵の微笑みを浮かべながらへたり込んだ。

 激闘から押し寄せてくるとてつもない疲労感にボロボロの身躯が見舞われ、肩で息をする。可能であれば意識を手放してしまいたいが、まだ戦争は終戦を迎えていないので、唇を強く噛み肉体的痛みでどうにか保つ。

 

「ハリー………」

 

 身を潜める必要が無くなったハリーがこちらに近付いてくるのを眺めていた、その時、第三者の声が辺りに響いた。

 身体の芯が凍り付く程に甲高くて冷たいあの声が。

 

「―――どいつもコイツも、口先ばかりのヤツらだけだ。この俺様の期待に応えず、無様に死んでいくとは………ヴォルデモート卿自らがこうして赴かねばならんとは、何とも嘆かわしい」

 

 ハッと、声のした方向に顔を向けてみれば、1度見たら忘れられないインパクト大の外見をした男が酷薄な笑みを湛えていた。

 見る者に恐怖を植え付ける真っ赤な瞳、無理矢理切り込みを入れたように潰れた鼻、不健康な程に青白い肌をした、蛇のような男。

 

「ヴォルデモート………!」

 

 闇の帝王ことヴォルデモート卿が居た。

 彼の足元には最後の分霊箱である雌蛇のナギニが獲物を狙う眼で2人をじっと見つめている。

 

「久方ぶり、とでも言っておこうか? ベルンカステル、ポッター」

 

 ヴォルデモートは焦りや不安を微塵たりとも感じさせない余裕綽々な態度でハリーの杖とは兄弟杖ではない別の杖をクルクルと弄びながら、2人に紅い視線を送っていた。

 ハリーはフラフラと立ち上がったフィールを庇うように彼女の前に立ち、ヴォルデモートを睨み付ける。

 

「どうやらお前を探す手間が省けたようだ。ヴォルデモート、今此処で倒してやる!」

「くだらん戯れ言を。お前みたいな小童がどうやって俺様を倒そうと言うのだ?」

 

 ハリーの鋭い視線をモロともせず、ヴォルデモートは嘲笑う。カチンときたハリーはバカにされた悔しさに思わず頭に血が上りそうになったが、挑発に乗っては相手の思うツボだと抑制し、スルーした。

 

「………2人纏めて殺しに来たのか?」

「勿論だ。だが、すぐには殺さん。俺様は貴様らに散々辛酸を舐められてきた。貴様らが俺様に泣いて命乞いをする無様な姿をこの眼に焼き付けるまでは、じっくりと痛め付けてやるつもりだ」

 

 口の端を歪めながらそう言ったヴォルデモートの言葉。

 誰がそんな真似を、と言おうとしたハリーよりも早く、フィールが即座に一蹴した。

 

「―――笑止千万。誰がお前に泣いて命乞いなどするか。そんな無様な姿を晒すくらいなら、蛇に噛まれて死んだ方がまだマシだ」

 

 強い眼差しでキッパリと明言したフィール。

 疲れているはずなのに疲労を感じさせない凛とした佇まいに、ヴォルデモートはニヤリと嗤ってみせ、愉悦そうに嗤い声を上げた。

 

「くくくっ………あっはははははははははは!」

「何がおかしい?」

「ふふっ………安心したぞベルンカステル。劣勢の立場でありながら俺様に歯向かう不屈の精神、今も健在のようだな。流石はエルシーの孫と言ったところか。あの女に似て、実に素晴らしい」

 

 

 

「それでこそ、この俺様が身体を乗っ取るのに相応しい協力者(うつわ)だ」

 

 

 

 それは、まさに刹那で起きた出来事だった。

 万全の状態であれば、本来フィールは並外れた運動神経で避ける事が出来たはず。

 しかし、今はクラウチとの死闘を終えた後。

 全力出さないと勝てなかった戦闘後にもう1度奮戦するのは不可能で………目の前に居たヴォルデモートが突如消えたと思いきや、フィールが頭を押さえて苦しみ出したのだ。

 

「うっ………ああぁあああ…………ッ!」

「フィール!? 大丈夫!?」

 

 眼を剥いたハリーはフィールの両肩に手を置き激しく揺さぶり、何度も呼び掛ける。が、フィールはそれに応えず、額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべながらも、口を開いた。

 

「ハリー………私の事は………気にするなよ」

「え………?」

「もし……私が………完全に乗っ取られたら……その時は、容赦無く倒せ」

「フィール、何言って―――」

 

 どういう事だ、と訳が分からずハリーが眼を見張っていると、フィールの身体から、黒い霧のようなものが立ち上ってきて―――茫然と見ていたハリーは軽く吹っ飛ばされた。

 尻餅ついたハリーは顔を顰めながらも急いで立ち上がると、次の瞬間にはもう何事も無かったように落ち着いた、それでいて邪悪な意志を孕んだ面持ちのフィールがそこに立っていた。

 

「フィール………?」

 

 警戒しつつもハリーがそっと問い掛けると、

 

「思った通りだ………コイツは住み心地がいい。過去に憑依してきた人間共よりもずっと、意識を乗っ取って思うがままに操れる」

 

 零れ出た言葉に含まれた歓喜の声音。

 発せられたその声は眼前の少女のそれなのに、何かが全く決定的に違う。

 見慣れた友人の顔をしたそれに、なんとなくではあるが、次第に意味不明だった言葉の意味を飲み込めるようになったハリーは「まさか………」と物凄く嫌な予感がした。

 

「フィール、君まさか、ヴォルデモートに取り憑かれてるのか!?」

 

 先程のセリフからして、それしか考えられないが。

 

(こういう時、どうすればいいんだ!? クィレルの時みたいに、何らかの方法でアイツを引き剥がせるのか!?)

 

 かつて肉体を失いゴーストにも劣る生命体となったヴォルデモートが魔法使いに取り憑いていたのをハリーはこの眼で見ている。

 だけど、あの時はクィレルがヴォルデモート側の人間で、且つ母が遺してくれた『護りの魔法』のおかげでヴォルデモート自身がやむを得ず離れただけであり、今とは全く異なる状況だ。

 血の護りは今年の誕生日を迎えた時点で消失したし、それ以前に憑依された人物は自分達側の人間であり親友。

 彼女からヴォルデモートを引き離すとなれば、それは宿主の肉体が使い物にならなくなるまで傷付けなければいけないのを意味するだろう。

 そんな事―――

 

(出来る訳が無いじゃないか!)

 

 彼女を………この7年間、苦楽を共に過ごし何度も修羅場を潜り抜けてきた戦友を、殺さないまでも酷く傷付けなければいけないなんて、そんなのは断じてイヤだ。

 

「―――ハリー? そんなに怖い顔して、どうしたんだ?」

 

 いつの間に移動したのか―――。

 ハッとハリーが我に返ると、眼前には、妖艶な笑みを浮かべて小首を傾げるフィールが目と鼻の先に居た。

 近い。

 ほんのりと湿った淡い桜色の唇から漏れ出る息遣いが感じ取れる程に近い。

 長い睫毛に縁取られた蒼い瞳は控えめに伏せられ、雪のように白い艶かしい手が、ハリーの頬に触れる。

 甘いシャンプーの香りが鼻腔を擽り、細くしなやかな指が顎を持ち上げる形になった時―――ドンッとハリーは、反射的にフィールを突き飛ばした。

 

「………どうして突き飛ばしたりしたんだ?」

「よくもそんな白々しい事を言えたな。フィールの顔で僕を誘惑しようたってそうはいかない。今すぐフィールから離れろ、ヴォルデモート! 彼女がこんな真似をする人じゃないのは僕がよく知ってる!」

「………あ~あ、なんでこうも上手くいかないかなあ。普通の人間であれば、例え演技だと分かってても色仕掛けの罠にまんまと嵌まるのに」

 

 ちょっと悲しそうだった表情から一変、スッと眼を細めたフィール―――否、ヴォルデモートはガラリと雰囲気を変え、ガッカリしたように肩を竦める。

 

「………まあ、それはいいとして。やはりまだ身体が馴染まないな。乗っ取った直後だから、仕方ないと言えば仕方ないが………。流石はベルンカステルか。あの小娘、まだ意識が残ってる」

 

 独り言のように呟いたヴォルデモートの最後の部分に、ハリーはピクッと反応する。

 

「だが、コイツは好都合だな。ベルンカステルの精神が死に完全にヤツの存在を奪うまでの間、アイツの自由意志は全て俺様―――いや、()のものだ。『闇の陣営に対抗するフィール・ベルンカステル』としての意識を保たせた状態で私の陣営に協力させるとなれば、抑え付けられているアイツの意識は死よりも耐え難い苦しみを味わうであろう」

「ヴォルデモート、貴様!」

 

 聞き捨てならないヴォルデモートのとんでもない発言に、今までに無いくらいのあらん限りの憎悪の炎を燃やしたハリーは声を荒げる。

 

「フィール! フィール! 僕の声、聞こえてるだろ? お願いだから、出てき―――」

「煩い黙れ! コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

 完全に居なくなってる訳じゃないフィールにハリーは必死に呼び掛けるが、その彼の喚起を遮断させるかのように、蒼い瞳が一瞬紅くなったヴォルデモートが『爆発呪文』を詠唱した。

 直後、ハリーの足元が爆発し、衝撃で身体がブッ飛んだハリーは近くにあった建物の壁に背中を強打する。

 

「あぐっ………!」

 

 骨折したと思うような激痛が満身に走り、地面に落ちたハリーは海老のように丸くなり痛みに呻き声を上げる。

 たった一撃なのに何故か肩を上下させるヴォルデモートはこめかみを伝う汗を拭うと、ハリーに背を向け、

 

「くそっ………余計な真似はするなベルンカステル! お前の身体はもう俺の物だ。大人しくしてろ!」

 

 自らを怒鳴り付ける言葉を吐き捨てながら、ナギニを連れて何処かへ立ち去った。

 ひとまずは殺されずに済んだハリーだが、しかしここで安心してる場合ではない。

 恐らくヴォルデモートは生き延びた人達が皆集まっている場所―――大広間に向かった。

 ならば早く皆に伝えに行かねば。

 そうは思うが、身体が言う事を聞かない。

 奥歯を噛み締め、ハリーはグッと気合いを入れる。

 地面に身体を縫い止めているような何かを引き剥がすように身を捩り、肘をつき、膝をつき、なんとか立ち上がると、

 

(さっきのあのヴォルデモートの様子………あれはきっと、フィールが抵抗してるからだ………)

 

 と、身体は支配されたが精神はまだ支配されていない友人の必死の抵抗を信じ………戒めが急に解けたハリーは、全速力でヴォルデモートの後を追い掛けた。

 

♦️

 

 一方―――。

 

「トム! お主は何と言う事を!」

 

 案の定生存者が集結していた大広間に辿り着いたヴォルデモートは、直感で『フィール』の中身を見抜いたダンブルドアの怒りの言葉をさらりと受け流し笑みを深めた。此処に到着する間にフィールの意識の大半を抑え込むのに成功したのか、動揺した素振りは無い。広間に居たダンブルドアを除く大衆は未だ混乱しており、訳が分からないと言う表情で視線を黒髪の少女に集中させる。

 

「くくっ………実に面白い顔をするじゃないか、ダンブルドア。そんなにベルンカステルの事が心配か? 以前は密かにベルンカステル抹殺を頭に入れていた貴様が」

「フィールは? フィールは、一体どうしたのじゃ!?」

「そんなに怖い顔をしなくてもいい。まだ此処に居る」

 

 フィールの顔をしたヴォルデモートは自分の胸を指し、フィールの声でこう続けた。

 

「ベルンカステルの意識は俺―――いや、()と言えばいいか? 私の胸の奥に辛うじて引っ掛かって留まっている程度だ。アイツの意識は私の圧倒的な意識によって捩じ伏せられている。どんなにもがいても無駄だと言うのに、アイツは今も抗っているのだから、滑稽な話だ」

 

 言葉の端々からフィールの魂が完全にヴォルデモートに喰われていないと知り、また身体は支配されたが意識はある程度残ってて今も抵抗していると分かって、ダンブルドアはホッとしたが、それも束の間。

 これは状況的に最悪でこちらにとっては圧倒的に不利でしかない事に内心で舌打ちする。

 ヴォルデモートは何の懸念も無くこちらを痛め付けられるが、こちらはフィールの身体だから攻撃しづらいのだ。

 しかもフィールは身体を乗っ取られてるだけで完全に存在は奪われていない。

 取り憑いたまま宿主が死んだ場合、確証は無いが、恐らく宿主に憑依していた者も同時に絶命するだろう。

 だが………それは出来ない。

 何故ならば、ヴォルデモートにはまだ最後の分霊箱が残っているからだ。

 ダンブルドアはヴォルデモートの足元を這う大蛇を見て僅かに顔を歪める。

 分霊箱が全て破壊されていないこの現状では、例えフィールの肉体ごと消滅させたとしても、ヴォルデモートは倒せない。

 つまり………今、このタイミングでフィールを殺したら。

 それは無意味な殺生となってしまう。

 それどころか、逆にヴォルデモートにとっては邪魔者が排除されて有利なだけだ。

 ならばこの戦況でダンブルドア達ホグワーツ陣営が取れる最善策であり唯一の手段はただ1つ。

 フィールの肉体からヴォルデモートを引き剥がす事、それだけだ。

 

「厄介じゃ………フィールの身体を傷付ける訳にはいかん」

「アルバス、一体どういう意味ですか?」

 

 流石のマクゴナガルもこの事態をすんなりと理解するのは難しいのだろう。珍しく頭の中がごちゃごちゃになっているマクゴナガルの問いに険しい顔付きのダンブルドアが答えようとした時、此処まで疾走してきたハリーが現れた。

 休み無しで走り続けたハリーは身体全体からどっと汗が噴き出し肩で激しく息をしたが、深呼吸して乱れた呼吸を整えると、肩越しに振り返るフィールの見掛けをしたヴォルデモートを見据えながら、

 

「皆、落ち着いて聞いてくれ! フィールはヴォルデモートに身体を乗っ取られて操られてるだけなんだ!」

 

 と色めき立つ群衆に向かって必死に説明した。

 それを聞いたダンブルドアは「やはり」と改めて内心舌打ちし、大衆は「そういう事か」とようやく意味が分かってどよめいた。

 生徒を、それもハリー・ポッターと並んで魔法界の希望と象徴されていた少女の身体をヴォルデモートに乗っ取られ、牽制され、行動するのに躊躇うダンブルドア達。

 誰もがどうにかしなければと言う焦燥感に駆らながらも思うように動けないでいた、その時。

 人々の群れから1人の少年が飛び出し、幾重ものロープを出現させて、ヴォルデモートを捕らえようとした。

 

 倒せないならば、捕まえればいい。

 単純にそう考えた訳だが、現状では1番の方法だ。

 そしてその先駆者は―――なんとネビル・ロングボトムであった。

 しかしながら、ヴォルデモートを相手に当然そう易々と上手くいくはずもない。

 ヴォルデモートはチラッと見ただけで飛来してきたロープを無言呪文で全て消し去り、続け様に『武装解除呪文』でネビルを吹き飛ばすと、奪ったネビルの杖を投げ捨て、ハッと鼻で嗤った。

 

「ほう………この期に及んで、まだ抵抗する勇気と気概があるとは。お前は確か、ネビル・ロングボトムだったか? お前は高貴な血統の者だ。新たな死喰い人になれるだろう。私の元へ来い。その勇敢さを讃え、我が腹心として迎えよう」

 

 軽蔑しているのか勧誘しているのか、よく分からないヴォルデモートの言葉に、力強く立ち上がったネビルは射抜くような瞳で見据える。

 

「地獄の釜の火が凍ったら、仲間になってやる」

 

 そして、敵味方の戦場の境界線で、武器も持たずにネビルは勇ましく宣言した。

 

「僕達はダンブルドアの軍団だ!」

 

 ネビルの勇ましい叫び声に、一瞬、大広間はシンと静まり返った。

 人声も物音も一切無い無音の空間。

 とても長い間だったように思えた静寂は、その数秒後に嵐のような猛々しい叫び声によって突き破られた。

 そのあまりの煩さに普段のフィールからは似ても似つかぬ醜い形相で顔を顰めたヴォルデモートは苛立ったように呟く。

 

「分からず屋の馬鹿めが………よかろう。そんなに死にたいのであれば、今すぐ―――」

 

 が、そこでヴォルデモートの言葉は途切れた。

 杖先をネビルに向け、標準を合わせていた腕が振り下ろされる。

 

「なっ!? くそっ、まだそんな力が………!」

 

 頭を押さえ、ヴォルデモートが何やら喚く。

 ついさっきまで見せていた様子が一変し、何事かと身構えていると―――

 

「………めろ。止めろ………! 私を操るのは止めてくれ………!」

 

 地面に両膝をついたフィールがそう呟く声が耳に入った。

 先刻のネビルの勇気ある叫びが、危うくヴォルデモートの意識に飲み込まれ闇に沈められそうになったフィールの魂に届いたのだ。

 

「! フィール! まさか意識が戻って………」

 

 固唾を呑んで皆が見守っていると、ヴォルデモートに気力が勝ったフィールが無言で『呼び寄せ呪文』で呼び寄せたのだろう、彼女が杖を振るった直後、破れた城の窓の1つからある物が飛び出してきた。

 それはホグワーツに入学した者全員が1度は必ず被った事のある組分け帽子だった。

 呼び寄せたそれをフィールはネビルに向かって放り投げ、声を振り絞る。

 

「ネビル、グリフィンドールの剣だ………! その帽子の中に、真のグリフィンドール生のみが抜けるゴドリック・グリフィンドールの遺産が入ってる………! 今のアンタなら抜けるはずだ。それでナギニを………最後の分霊箱を、破壊してくれ!」

 

 言い終えると、フィールはナギニが何処かへ逃亡しないよう素早くこの場を離れようとしていたナギニを魔法で拘束した。

 今ここでナギニを逃してしまったら、2度とチャンスは訪れない。

 一心込めて、フィールはナギニを捕らえる。

 彼女の決死の覚悟を無駄にしてはいけない。

 駆けながら、ネビルは帽子の中に手を突っ込み抜き放つ。

 彼の手には、白銀に輝く剣が握られていた。

 かつて秘密の部屋にてハリーがバジリスクを討伐した際、バジリスクの毒を刀身に吸収して強化されたグリフィンドールの剣だ。

 組分け帽子を投げ捨てたネビルはルビーが嵌め込まれた銀の剣を振りかぶり、勢いそのままに斬り付ける。

 ナギニの首が斬り飛ばされた瞬間、ナギニの巨大な蛇体は砕け、消滅した。

 これで、ヴォルデモートの分霊箱は全部破壊された。

 ナギニの全身が砕け散ったのを見届け、気が緩んでしまったフィールは、唯一愛情に近しい感情を抱いていたペットを殺害された事から来る激しい怒りを覚えたヴォルデモートに再び身体の主導権を握られ、支配される。

 

「おのれ………貴様だけは絶対許さんぞ、ロングボトム!!」

 

 激昂したフィール―――否、ヴォルデモートがナギニを殺害したネビルに杖を向け『死の呪文』を放つが、咄嗟にダンブルドアがネビルを自分側に引き寄せた事により、難を逃れた。

 

「ロングボトム。貴様のした事は万死に値する。ナギニを殺した貴様は必ずやこの手で葬ってやろう。だが、その前に―――ハリー・ポッター、まずは貴様を始末してからだ」

 

 蒼い瞳が血のように真っ赤な色に塗り変わり、激情に駆られるヴォルデモートは近くに投げ捨てられていた組分け帽子に移動キーを作成する『ポータス』を掛ける。

 

「ポッター、ベルンカステルを助けたくばお前1人だけで秘密の部屋へ来い。1人で来なければ、俺は問答無用でコイツの身体を破壊する。どちらのアドバンテージが高いか、分からぬお前ではないだろう? お前との因縁はそこでつけてやる。1対1の真剣勝負に邪魔者は必要無い。もし警告を破ってポッターについてきた愚か者はヴォルデモート自らが手を掛けてやろう」

 

 言うだけ言って、ヴォルデモートは姿を眩ました。

 先に秘密の部屋に行って、ハリーが来るのを待っているだろう。

 ハリーは移動キー化した組分け帽子をじっと見つめる。

 分霊箱は全て破壊されたとは言え………ヴォルデモートに憑依されたフィールとの勝負に勝機はあるのだろうか?

 そんな考えが、ハリーの頭にちらついた。

 

「待ちなさいハリー。貴方、まさかとは思うけどその状態でヴォルデモートと対峙するつもりなのかしら?」

 

 不意に声を掛けられ、ハリーはビクッとする。

 声の主はクリミアだった。

 クリミアは組分け帽子を一瞥後、ハリーに視線を定める。

 

「正直に言うけど、貴方の技量ではヴォルデモートはおろか、フィールにさえ敵わないのよ? それなのにどうやって勝つつもり? 勝てないのに後を追い掛けたって無駄死にするだけよ」

「じゃあどうしろって言うんだクリミア! ヴォルデモートも言ってただろう!? 僕1人で行かなければフィールは確実に殺される! クリミアはそれでもいいのか―――」

「話は最後まで聞きなさいハリー! 私は、貴方に一縷の望みを託すつもりでいたのに無謀にもすぐ行こうとした貴方を引き留めたのよ!」

「………一縷の望み?」

「ええ。………ヴォルデモートがフィールの身体を支配したのは貴方の話で分かった。確かにそれでは下手に手出しは出来ないし、フィールの精神がヤツに喰われてしまうのも時間の問題。かといって部外者の私がついて行けば彼女が殺害されるのを早めるだけ。………だから私は決めた。一か八か、残り少ない私の魔力全て、最後の希望である貴方に託そうと」

 

 そこで一息入れたクリミアは、自分に注目する全ての人間の顔を見渡す。

 

「―――年がら年中『生き残った男の子』に泣き縋って何でもかんでも当てにするなんて情けない話だわ。たまには『選ばれし者』を労い、これまで彼が何年にも渡って背負ってきた重責や苦労、重荷を少しは肩代わりしましょう。それが今まで彼に幾度となく救われてきた私達住民に出来る唯一の恩返しじゃないかしら?」

 

 終始ハリー・ポッターだけに魔法界の命運を任せるのは無責任で恩知らずの人間がする事。

 危機に陥れば英雄の少年に助けて貰う事が当たり前ではない。

 時には運命に選ばれたが故に問答無用で負い続けなければなかった負荷を自分達も背負って、彼が味わってきた苦しみや辛さを身代わりしよう。

 

 そんなクリミアの気持ちを読み取ったのか、まず最初にハーマイオニー達が1歩前に進み出て、

 

「クリミアの言う通りだわ。ハリー、貴方だけに重荷は背負わせたりしない」

「絶対勝って皆で卒業するって約束したもんな。僕らも君に協力するぜ」

 

 と、各自杖をハリーに向け、自分が持てる魔力の全てをハリーに送り込んだ。身体中に流れ込んで来る強力な魔力に、ハリーは力がみなぎるのを感じる。1番初めに言い出したクリミアも魔力を総結集させてハリーに注ぎ込むと、彼女らの一連の動作を見ていた住民や教師陣、卒業生や在校生も真似して自分が持つパワーを彼に託した。

 次から次へと自分に流れてくるマジックパワーにハリーはいつしかのフィールとの会話を思い出していた。

 

『魔力を他者に送り込むのは送る側の人間が体力や気力をそれだけ消耗するからな。代償は当然ある』

『それにいくら絶大な威力を誇る力を得たとしても、その力をコントロール出来なければ意味は無いし、下手すると周囲を破壊し尽くしかねない』

『だから、束になって掛かっても勝てない時やどうしようもない時にのみ、1人の魔法使いに他の魔法使いが魔力を託し、その一撃に全てを賭ける―――と、私は考えてる』

 

 あの時のフィールの言葉はこういう事かと、今なら当時そう語ってくれたフィールの心情が分かる気がして………ハリーは、改めてヴォルデモート討滅とフィール救出の決意を固めた。

 

「ヴォルデモートは魂を7度も引き裂いた。分霊箱が全て破壊された今、ヤツの魂は最早端くれ同然でしかない。となれば、大本の魂は限界に近いはずよ。今ならヤツの魂()()を消滅出来ると思うわ。フィールが編み出した『破滅守護霊』であれば、憑依している彼女の身体が滅ぶ前にきっと。だからハリー、どうかフィールを―――私達の故郷を、救ってちょうだい」

 

 クリミアからの頼みに、ハリーは大きく頷く。

 全員がハリーに魔力を送り終えると、ダンブルドアはいつも通りのキラキラした淡いブルーの瞳でハリーの前に歩み寄り、

 

「運命が選びし子に、神の御加護があらん事を」

 

 と短く激励した。

 たった一言なのに、その力強い言葉はこれから最終対決に向かうハリーを奮起させる。

 沢山の人達の想いを胸に、大きく息を吸って吐いたハリーは彼等に向かって小さく首を縦に振ると、決然とした顔で組分け帽子に触れた。

 瞬間、身体が引っ張られる感覚と共に景色が変わる。

 かつて来た事がある、得体の知れない不気味な雰囲気が漂う通路に心臓が高鳴ったハリーは無意識の内に沸き上がってくる恐怖心を強靭な精神力で抑え込み、歩みを進める。

 左右一体となって等間隔に並ぶ蛇の柱。

 その柱の最後を越えた先には―――

 

「来たかポッター。待っていたぞ」

 

 巨大な石像に背を向ける形で、残酷で余裕ある笑みを浮かべてこちらを見据える黒髪の少女の姿をした宿敵が居た。

 冷や汗を首筋に流しながら、ハリーは柊の杖をギュッと強く握り締める。

 

「俺が言った通り、ちゃんと1人で来たようだなポッター。まあ、どのみち他者がついて来ようとも来なくても結果は変わらん。所詮雑魚は雑魚。雑魚の力を幾ら束ねようと、このヴォルデモート卿の敵ではない!」

「本当にそうだと断じて言えるか? ヴォルデモート」

 

 ヴォルデモートと睨み合い、どちらからともなく互いに距離を保ったまま円を描いて動き出したハリーはいつでも呪文を発動出来るよう身構えながら、質問する。

 

「お前はそうやって何度破れた? 何度お前の言う『雑魚』に退散を余儀無くされた? お前の言葉は最早妄言に過ぎない! お前は今日、此処で再び打ち破られる! 16年前のように不完全ではなく、今度こそ完全にだ! お前と僕の縁を結び付けるこの杖が、お前を倒したがっている!」

 

 ビシッ、とハリーは不死鳥の杖を翳した。

 堂々としたその雄姿に、かつてこの手で葬った勇猛果敢な夫妻の顔が脳裏を過る。

 1度己を打ち負かしたマグルの女の顔が浮かび上がった瞬間、ヴォルデモートは激昂し、蒼い双眸が紅く変色した。

 

「この………虫ケラの分際めが!! 灰になってこの世から跡形も無く消え去るがいい! ―――インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 ヴォルデモートは『悪霊の火』を、ハリーは『破滅守護霊』を詠唱する。

 それぞれの杖から飛び出した炎の大蛇と銀の牡鹿は中央で激突した。両者は自分が持てる力全てを蛇と牡鹿に送り込む。最初は力任せに全魔力をぶつけてきたヴォルデモートの方がハリーの威力を上回りハリーは力負けしていたが、

 

(頼む、どうか耐えてくれ! フィール!)

「終わりだ! ヴォルデモート!」

 

 ここで必ず果て無き戦いに終止符を打つと心に決めたハリーは勝利宣言をかまし、ダンブルドアを初めとする多くの魔法使いから託された渾身のフルパワーを1発叩き込む。

 世界を、そしてフィールを救うと言うハリーの想いが守護霊にも影響を与えたのか、牡鹿の逞しい身体を纏う銀白色の輝きが増し―――

 

「ば、馬鹿な………有り得ん………この俺が、ヴォルデモート卿が、たかが1人の小僧に圧されるとは………」

 

 ヴォルデモートが眼を剥いた、次の瞬間。

 徐々に弱まっていったバジリスクの形を模した炎を貫いて、守護霊の牡鹿がフィールの肉体目掛けて突進した。

 フィールの身体を乗っ取っていた魂の端くれたるヴォルデモートが想像を絶する痛みに苦痛の叫びを上げる。

 中身はヴォルデモートであると分かっていてもハリーの眼にはフィールが苦しみ悶えているように映り、思わず中断しそうになるが、奥歯を噛み締める事で思い留まる。

 

「俺1人だけで終わってなるものか………貴様らも地獄の道連れにして…や……る………」

 

 その言葉を最期に、分霊箱を製作する度にすり減らしていった魂が消滅する寸前―――ヴォルデモートは最大出力の魔法を高過ぎる天井に叩き込んで粉砕、凄まじい轟音が秘密の部屋内に轟いた刹那、彼の存在は完全に消失した。

 すぐには直視出来ない眩い輝きに眼を閉じていたハリーが瞼を開くと、ヴォルデモートに無理矢理肉体を操作され更には破滅守護霊の威力を生身でまともに受けたフィールが地面に倒れ込んでいるのが視界に飛び込んだ。

 

「フィール! 大丈夫!?」

 

 急いで駆け寄ったハリーはフィールを助け起こす。心身共に疲労困憊のフィールは眼を閉じてぐったりとしており、気を失っていたが、程無くして、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「……………ハリー、私………」

「全て終わったよフィール。ヴォルデモートは倒された。僕達の勝ちだ」

 

 操られていたとは言え、結果的にハリー達に迷惑を掛け足を引っ張ってしまった事を謝ろうとしたフィールに、無事で良かったと笑顔を向けたハリーは早口で遮る。が、悠長な事は言ってられない。最後の悪足掻きとばかりにヴォルデモートが秘密の部屋を全壊し生き埋めにしようと目論んだせいで、急ぎ此処から脱出せねばならないのだ。

 満身創痍のフィールに肩を貸したハリーはどうやって脱出しようかと思考をフル回転させていると、薄れそうな意識を繋ぎ止めていたフィールが神経を集中させて意識を研ぎ澄ませ、ギュッと杖を強く握った手を翳した。

 

 直後、翳した先の空間に真っ黒な穴が開く。

 フィールが開発した『空間移動』の穴だ。

 ハリーはパアッと顔が輝くが、同時に疲れ切った状態での魔法の行使に心配の念も抱く。

 しかし、今はその事を話してる場合ではない。

 フィールが脱出経路を作ってくれた以上は、1分1秒たりとも無駄には出来ないとハリーはなんとかして黒い穴の元まで歩みを進める。

 

 だから彼は気付かなかった。

 ヴォルデモートに身体を支配され限界以上の力を発揮された影響で、自分はもう長くは保たないと死期が迫っているのを悟ったフィールがせめて()()()()()()脱出させようと考えている事に。

 今頃は大広間で自分達が帰還するのを待っているだろう仲間達への伝言をハリーに頼もうとしている事に、2人で一緒に脱出する事で頭が一杯の彼は気が付かなかった。

 

「フィール、しっかり掴まってて。今から穴に飛び込―――」

 

 が、まるでハリーの言葉を拒絶するかのように彼を振りほどき自分の足で立ったフィールは、自分の首もとに手をやった。

 

「フィール? 何をしてるんだ? 早く此処から出よう!」

 

 ハリーの急かす声を無視し、フィールは真ん中に嵌め込まれている魔法陣が描かれた青い石に亀裂の入ったロケットを外して、続いて左手の指に嵌めていたリングを外す。

 そして最後に、羽織っている黒ローブの左胸に施されたある物を右手で取り外したフィールは、彼女の行動に戸惑っているハリーの手にそれらを託し―――

 

「ハリー………あっちに帰ったら、皆にも伝えてくれ。………私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達と出会えて………本当に、よかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーの眼を真っ直ぐ見ながら別れの言葉を告げ、伝言を託したフィールは、ドンッと彼を大広間に繋がっている黒い穴へ思い切り突き飛ばす。

 

「フィール!? 何で!? フィール!! フィールッッッ!!!」

 

 訳も分からず、空いた手で必死に腕を伸ばしフィールの名を叫ぶハリーが完全に穴が閉じる前に見た光景は、崩れ行く秘密の部屋と運命を共にする友の凛々しい姿だった。

 

♦️

 

 最大最悪の宿敵・ヴォルデモートを討滅したにも関わらず、ハリーの胸中は何もかもが信じられない気持ちで満たされていた。

 崩壊する秘密の部屋から大広間に転移するまでの間、ただひたすらフィールに向かって千切れんばかりに手を伸ばしていたハリー。

 因縁の決着をつけたハリーは身体だけでなく、心もボロボロだった。

 大切な仲間や生き延びた住民が待機していたホグワーツ城のホールにいつの間にか帰還していたのを茫然自失の彼が気が付いたのは、一瞬衝撃が漂った空気を劈く人々の喚声が耳にガンガン響いた時だ。

 しかし、今のハリーに誰が何を言っているのか一言も聞き取れない。

 さっきから無言のハリーに代わって勝利の雄叫びを上げたり拍手喝采して英雄の凱旋を祝う彼等を他所に、その救い主は夜が明け新しい朝が徐々に近付いてきた大空に向かって泣き叫んだ。

 

「フィ─────────────ル!!!!」

 

 光と歓喜で輝いていた大広間の隅々まで、涙混じりのハリーの叫び声が虚しく響き渡る。

 いくら叫んでも、それに応えてくれる『彼女』はもうこの世界の何処にも居なくて―――。

 地面を両の拳で叩き慟哭する彼の姿に、それまで割れんばかりの歓声を上げていた群衆の興奮は一気に冷め………大広間は先刻の喧騒が嘘のように静まり返った。

 

「う………う………わああああぁぁ──────っ!」

 

 滅茶苦茶に叫びながら何度も何度も拳を地面に叩き込んでいると、

 

「ハリー、大丈夫!?」

 

 真っ先にハーマイオニー達が駆け寄ってきた。

 彼女らはハリー・ポッターの生還を喜ぶ万人とは違い何故かハリー1人だけが戻ってきた事に驚き、そしてハリーの叫喚する姿に最悪な予感を覚えていた。

 

「ハー………マイオニー………………」

 

 ハリーの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 彼女や仲間の顔を見て少しは安心した反面、フィールの事を考えると、彼等に合わせる顔が無いような気がして、胸が痛む。

 

「何があったの? フィールはどうしたの?」

「うぐっ……うぁっ…………僕………僕………わああああぁぁ!」

 

 肩を揺さぶられながらハーマイオニーにそう問われ、言葉が詰まってすぐには答えられないハリーは代わりに大声を上げて泣く。

 手の甲で溢れる涙を拭っても拭っても勝手に溢れ出てきて、始末に負えない。

 ハーマイオニー達が困った表情でハリーを見守っていると―――ふと、ハリーの手元を見たクシェルは、彼の手に何かが握られているのを見て、それらを取り出す。

 手に取ったのは、フィールがいつも身に付けていたヒビの入ったロケットと裏側に名前が刻印されたリング。

 そして―――フィールの物と思われる、血が滲んだスリザリン寮のワッペン。

 

「…………………フィー……………」

 

 どこか遠い眼でフィールの『遺品』を見つめていたクシェルは小声で呟く。その顔と瞳から、クシェルの感情は読み取れない。フィールの名がクシェルの口から飛び出してきてビクッとしたハリーに、発声した張本人は静かに尋ねる。

 

「………ねえ、ハリー。―――フィーは最期の瞬間まで、フィール・ベルンカステルとしての使命を全うした?」

 

 最期、と言う単語を含んだクシェルの言葉が、ハリーの胸に重くのし掛かる。

 ハーマイオニー達もフィールがどうなったか、おおよその察しはついていたが、今クシェルが手に持っているアクセサリーとワッペンを見て、言葉を失っていた。

 その他大衆はハリー達を囲むようにして呆然と立ち竦み、あるいは絶句し、哀悼する。

 親友2人や家族に続いて長年ずっと一緒に暮らしてきた妹さえも喪ってしまったクリミアに至っては堪え切れずに泣き崩れており、涙する彼女を同じく頬に涙を流していたルークやセシリア、トンクスが背中をさする等して慰めていた。

 

「…………すまないクシェル。僕を護ってくれたばかりにフィールは―――」

「いや………謝らないでよ」

「でも―――」

「謝らないでって、言ってるでしょ!?」

 

 クシェルが急に声を荒げたので、ハリーは勿論の事周りに居た人達もビックリした。

 こんなに激しい感情をぶつけてくるクシェルは珍しい。

 

「私はハリーに、フィーが死んだ事を詫びて欲しいとは一言も言ってないし、責めるつもりも殊更ない! ただ………フィーは死ぬ時も立派だったのか………堂々とした最期だったのかを私は訊いてるの!」

 

 見れば、金切り声を上げたクシェルの眼には大粒の涙が浮かんでいた。

 最期の最期までフィールが自分達の親友として誇れる人物だったのか否か。

 その事を確認したいクシェルに、ようやく話せる状態になってきたハリーは拙くも語り始める。

 

「フィールは………クシェルの言った通り、最期の瞬間まで………立派だった。フィールに憑依していたヴォルデモートと戦って勝った僕にフィールは………遺品と伝言を託して僕だけを崩壊する秘密の部屋から脱出させた。その時の姿は………今もこの眼に焼き付いてる」

「………………伝言?」

 

 ハリーは一度、ゆっくりと周りに居る仲間達の顔を見回して………それから、口を開いた。

 

「―――『あなた達と出会えて………本当に、よかった』。………それがフィールが最期に言った言葉だ」

 

 ハリーがフィールからの伝言を伝え終えた直後、それまで黙って聞いていた皆は顔を伏せた。

 俯いているせいか、その表情はよく見えない。

 でも、皆がフィールとの死別を嘆いている事だけは確かで………。

 

「…………………そっか…………」

 

 暫く奇妙な静寂に包まれたこの場の重苦しい空気を最初に切り裂いたのはクシェルだった。

 色白の頬を透明な、熱い雫で化粧するクシェルはいつもの溌剌とした笑顔とは違う悲壮感漂う笑みを浮かべている。

 

「全く、フィーは………昔から全然変わらない。どんな時でも、フィーは………自分の事ほったらかしで………。だから、眼が離せなかった。なのに………なのに………。もう、フィーは………この世に………―――私達を置いて、先に逝っちゃったんだね………」

 

 胸が痛みで締め付けられる、悲しい声だった。

 涙で顔を汚すクシェルはゆっくりと太陽が昇る夜明けの空を仰ぎ見、問い掛ける。

 

「なんで………どうして………? フィー………前に私に言ったでしょ? 『黙って私の前から居なくなるなよ』って。なのに………なんで………なんで………なんで、私にそう言った貴女が黙って私の前から居なくなるの!! こんなのおかしいでしょ! どうして貴女はいつも私に何も言わず何処かへ消えるの! これじゃ『貴女を捉えて離さない』って豪語したのに面目は丸潰れ………どんな犠牲を払っても離したりしないと誓ったのに、その約束を私は果たせなかった………」

 

 地面に手をつき俯くクシェルの手の甲に溢れた涙が垂れ落ちる。

 もうこの手には、何も残っていない。

 大好きでやまなかった人のぬくもりも、柔らかかった肌の感触も。

 その本人が本当の意味でこの世から居なくなってしまった今、ショックに打ちのめされるクシェルの手に『彼女』に関する何かが残されているはずもなかった。

 と、その時―――。

 

「―――『たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!』」

「………え………………?」

 

 突然のハリーの謎の発言に、クシェルは顔を上げてきょとんとする。他の人達も揃って首を傾げる中、今しがたハリーが発した言葉に聞き覚えがあるクリミアとイーサンはハッと息を呑む。先程までの涙で濡れた苦悶の表情が嘘みたいに消えたハリーは、脳裏に反響する生前フィールが遺してくれたあらゆる言葉によって、徐々に立ち直っていった。

 

「………以前、記憶喪失だったフィールが記憶を取り戻して僕を助けてくれた際、彼女がクラウチに向かってそう言ったんだ。その言葉は今も僕の心に深く刻み込まれている。………フィールは死んでいない。正確に言えば、彼女の魂は僕らが彼女の事を覚えてる限り、彼女と過ごした想い出は僕らの中で生き続ける。だからフィールは………僕らに『命を預けて共に戦える』と、そう、全幅の信頼を置いてくれた。例え、最悪自分の身に何か起きても、その意志を僕らが受け継いでくれると信じて………彼女はこの世を旅立ったんだ」

「………………」

「………死んだ人は、いくら『生き返ってもう一度帰ってきて欲しい』って願っても蘇らないし、起きてしまった事はもう取り返しがつかない」

「そんなの、分かってるよ、本当は………。仮に『私の命と引き換えにフィーを生き返らせて』って神様に頼めたとしても、それはただ、自分の成すべき事をやり遂げて命を散らしたフィーの尊厳を傷付けるだけだって………。そう、頭では理解してるよ。でも………」

「だからこそ生き延びた僕達に出来る事は、フィールを含め亡くなった人達の事を忘れないでいる事じゃないかな。いつかまた、彼女達に会う日まで。………前に僕が吸魂鬼対策のレッスン休憩中に吸魂鬼についてリーマスとフィールに質問した時、彼女はこう言った。『世界は拡い。何処までも行ける。私達はこの世界の彷徨いの旅人も同然だ。魂だってそうだ。その人と共に彷徨い、共に死に、そしてそこからまた別の形で廻り巡る』。嘘は吐かないフィールがそう言ったんだ。きっとまた何処かで彼女と会えるよ」

 

 涙を拭ったハリーは眼を真っ赤に充血させながらもそう言って微笑んだ。

 その彼の微笑みをクシェルは無言で見つめていると―――不意に誰かの手が肩に置かれた。

 ゆっくりとクシェルが見上げると、そこにはハリーの言葉に同意するかのように静かに微笑み掛けるダンブルドアが優しい眼差しで見下ろしていた。

 

「…………ダンブルドア………先生…………」

 

 今のは無意識なのかそうではないのか。

 クシェル自身もよく分からず、久方ぶりに先生を付けてダンブルドアの名前を呼んだ途端、それまで抱いていた敵意が何故かスッと消え去った気分に疑問を感じていると、小さく頷いたダンブルドアは皆の前に歩み出て、ニワトコの杖を天に掲げ花火を1発高く打ち上げた。

 それはまるで、ホグワーツ陣営の勝利をこの戦争で戦死した者達に告げ報せるかのように、そして冥福を祈るかのように、朝日が昇る拡い空を見上げたハリー達にはそう見えた。




【フィールVSクラウチの勝敗の行方】
残念ながら戦闘場面はカットォォォ!となりました。ま、前回の最後から結果は明白だったのも同然でしたが。

【ヴォルデモートの一人称】
正直言うと「俺様」って一人称はなんか小物感半端じゃないと言うか何と言うか、せっかく強いのに台無しと言うか。
私としては「俺」か「私」の方がより強者に見える気がします。と言うかハリポタに出てくるキャラってダンブルドアの「わし」やスネイプの「我輩」等を除いて基本「僕」か「私」がメインでしたね。

【最後の戦死者・フィール】
お辞儀野郎ことヴォルデモートのせいで寿命が一気に縮まってしまい、ハリーと一緒に生還しても早くに死ぬと悟って遺品と伝言をハリーに託し、自身は崩壊していく秘密の部屋と運命を共にした。

【フィールが遺した伝言】
あらすじにある冒頭のセリフは、最終話にて回収されました。ここまで長かったですね。

【まとめ】
と言う事で、今回遂に最終話を迎えました。
ヴォルさんに憑依されたフィールとハリーのダブル主人公による一騎討ち、最終的にはホグワーツ陣営の勝利で終止符が打たれましたが、結果は御覧の通り所謂『ビターエンド』に。
どっかの#でフィール本人が宣言した通り、大団円の代償として最後に犠牲を払ったのはなんと本作のオリ主と言う結末になりました。この展開を決定したの、実は結構ギリギリだったり。
まあ、このラストをハッピーと捉えるかバッドと捉えるか上記のビターと捉えるかは読者にお任せします。
オリ主(フィール)は最期までこの物語の主人公として使命を全うしてくれたので、作者の私は何も言う事はありませんからね。
オリ主のフィールさん、今まで本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。
それではエピローグでまたお会いしましょう。

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