【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
時は流れ、10月31日。
ホグワーツに来て初のハロウィーンを迎えた。
夜は盛大にパーティーをするのだろう、朝からパンプキンを焼く美味しそうな匂いが城中の廊下に漂ってきて、皆は早く夜にならないかと待ち遠しそうな笑顔を浮かべていた。
グリフィンドールと合同の『妖精の魔法』の授業を終えたフィールは放課後、夜のハロウィーンパーティーになるまで先月発見した8階にある『必要の部屋』へ行って課題消化と魔法修練でもしようかと、そんなことをつらつらと考えていたら、急に背中をバンッと叩かれ、振り返るよりも前に叩いた人物は隣に並んだ。
「またアンタか」
「驚いた?」
「いや、別に」
「ノリが悪いなぁ、フィーは」
肩を竦めながら笑うクシェルを見て、フィールは長い睫毛に縁取られた蒼い瞳を伏せる。
この2ヶ月間をよく思い返してみると、どんな時でも自分の隣には必ずクシェルが居た。
無人の所で一人になって頭を冷やしたい自分の意思を尊重してくれたのか、時には敢えて距離感を取ってくれた時もあったが………。
それでもクシェルは、冷たい態度であろうとぶっきらぼうな口調であろうと、次に話し掛けてくる際には全く気にした様子もなく、相変わらずといった感じで普通に接してきた。
(全く………)
クシェルの笑った顔を見ていると、何故だかそれを壊すことに徐々に躊躇いを感じてきた自分にフィールは自嘲気味になった。
その時だ。
ドンッ、とフィールとクシェルにぶつかり、二人の間から、栗色髪の少女が俯きがちに急いで追い越していく背中が、眼に飛び込んできた。
その少女は泣いているのか、微かに泣き声が二人の耳に入る。肩越しにチラリと後ろを見ると、少し離れた場所にハリーとロンの二人が立っていた。
「………ねえ、さっき私達にぶつかったの、グレンジャーじゃない?」
クシェルは小声でフィールに耳打ちする。
眼を細めていたフィールは小さく頷いた。
「………そうだな」
「さっき、チラッと見えたけど………グレンジャー、泣いてたよね? 何かあったのかな?」
「大方、ウィーズリーになんか言われたか、陰口を偶然聞いたんだろうな。ま、出しゃばりで鼻持ちならないグレンジャーのあの性格を考えれば、仕方ないって言えば仕方ないけど」
「………フィーって、冷たいんだね」
クシェルは何処かへ行ったハーマイオニーの後を追い掛けようとしたが、フィールに腕をパシッと掴まれて止められた。
「止めておけ。今日はハロウィーンだし、パーティーの時間になれば自ずと出てくるだろ」
「でも………」
遠回りでほっとけと言ってるものだと目じくらを立てるクシェルに、フィールはため息混じりにこう言った。
「グレンジャーが何処かに行ったってことは、公衆の面前で泣き顔を晒したくないからだろ。それなら、気持ちが落ち着くまで、今はそっとしておいた方がいいんじゃないのか?」
フィールからの意外な言葉に、クシェルは驚いたような顔をする。
そして柔らかく微笑んだ。
やっぱり、何だかんだ言ってもフィールは根は優しい人間だ。
ただ、その然り気無い気遣いや遠回りな優しさが周囲に上手く伝わらないだけなのだと、クシェルはそう思った。
「前言撤回。やっぱりフィーは優しいね」
「別に私は優しくない。思ったことを口にしただけだ」
膨れっ面になったフィールはプイッと逸らし、ショルダーバッグを掛け直す。
そんな天邪鬼な友人の仕草に、クシェルはニッコリと笑みを溢した。
♦️
夜のハロウィーンパーティー。
大広間はいつもと飾り付けがガラリと変わってハロウィーン仕様に施され、数多のジャック・オー・ランタンが照らされている。生徒達はそれぞれのテーブルの皿に載せられたカボチャ料理に瞳をキラキラ輝かせ、ご馳走に食らい付いた。
クシェルも豪華なカボチャ料理を前に顔を輝かせたが、フィールは美味しそうなご馳走を前にしても表情を変えることなく淡々と椅子に座り、黙々と食べ始める。
「フィー、グレンジャー、居ないね………」
然り気無くグリフィンドールのテーブルに視線を走らせたクシェルは、午後の授業に出てこなかったハーマイオニーが今も尚姿が見えないのを確認して、心配そうに呟く。ハリーとロンはハーマイオニーが不在なのに気が付いていないのか、夢中でカボチャ料理にがっついていた。
「ああ、さっき、グリフィンドールの誰かが言ってたのを耳にしたんだけど、どうやらグレンジャーは地下室のトイレで泣いてるみたいだ」
「………そっか」
せっかくのハロウィーンなのに、そんな場所で一人泣いてるなんてことがクシェルは悲しくなり―――気分を変えようとカボチャジュースを喉に流し込んだが、やるせない気持ちは渦巻くばかりで。
(………もう、こうなったら―――)
「フィー、私、ちょっと大広間出ていくね。ご馳走の確保、任せたよ」
「は? ちょっ―――」
フィールが言い切る前にクシェルはガタッと席を立ち、駆け足で大広間を出ていった。
♦️
クシェル・ベイカーはスリザリン生でありながらも正義感が強く、困っている人がいたらほっとけないタイプだ。
それ故に、フィールからの情報を頼りに地下室のトイレへと向かっていた。廊下は暗く、杖先に灯りを灯しながら進んでいき―――女子トイレの扉を開けた。
人通りが少ないこの場所で独り泣いていた『誰か』は此処に人が来たことで、嗚咽を堪えようとしたのか、隠しきれていない泣き声が更にか細く、小さくなる。
クシェルは一番奥に居るとわかったら、その個室の扉前まで歩き、
「早く行かないと、食べ損ねるよ?」
と、人物確認も兼ねてそっと声を掛けると、
「! ………誰?」
涙で震えた小さな声が返ってきた。
その声の主は間違いなくハーマイオニー・グレンジャーだった。
相手の警戒を解くように、出来るだけ穏やかな声音でクシェルは扉越しに名乗った。
「クシェル。クシェル・ベイカー」
「…………ああ、あのベルンカステルとよく一緒に居る………」
「なんで此処に居るの?」
クシェルがそう尋ねると、
「ほっといて! 貴女も悪夢みたいなヤツだと思ってるでしょ!?」
と、ハーマイオニーは大声で叫んだ。
が、クシェルは怯まず、更に問い掛ける。
「誰かにそう言われたの?」
すると、ハーマイオニーは口を噤んだ。
「…………………」
クシェルはハーマイオニーが口を開くのを待ってみたが、黙ったままで。
しかし、その沈黙は肯定しているようなものだった。
「無言は肯定とみなすよ。多分だけど、ウィーズリーに陰口言われたんでしょ?」
ハア、とクシェルは深くため息をつく。
ハーマイオニー・グレンジャーは規則重視系の優等生だ。今年魔法に触れたばかりのマグル生まれでありながら才知に優れ、昔から英才教育を受けていたら、今頃は物凄い魔女として大注目を浴びただろう。しかし、それ故に彼女はなんでも自分が上だと主張する傾向がある。
だからこそ、クシェルは一つアドバイスした。
「貴女さ、少しは誰かの意見を聞いたりしないとダメじゃない。自分の意見ばっかり一方的に押し付けたって、結局は何にも解決しないよ。今回のことだってそうじゃないの?」
第三者のクシェルに指摘されたハーマイオニーはハッとし―――何かを考えるように、しばし沈思黙考。
そして数分後、ハーマイオニーは自ら扉を開けた。眼は真っ赤に充血しているから、相当な時間此処に居たのだろう。
「………眼真っ赤だよ。今日はちゃんと冷やして寝てね」
「わかったわ………その、ありがとう」
「どういたしまして」
クシェルが淡く笑むと、
「あの………一つ訊いてもいいかしら?」
と、今度はハーマイオニーが質問してきた。
「なに?」
「………貴女はなんで、ベルンカステルと一緒に居るの?」
「え?」
予想外の質問にクシェルはパチクリする。
ハーマイオニーは構わず続けた。
「だって………ベルンカステル、いっつも貴女に冷たい態度を取るじゃない。なのに、なんで話し掛けられるの?」
「………まあ、確かに皆からすればそう思うかもしれないけど、ああ見えても本当は―――」
クシェルの言葉をまるで遮るように。
突如異臭がし、そちらを見てみると、そこには約4m程の人型をした、人ならざる生物が棍棒を手に此方まで近付いてくるのが見えた。
「あ、あれって―――」
「トロール!? なんで………!?」
その生物―――トロールは、獲物を見つけたと言わんばかりの歓喜の声を上げた。
袋のネズミ状態のクシェルとハーマイオニーはどうにかして逃げようにも、恐怖で身体が思い通りに動けない。
仮に動けたとしても、無意味だっただろう。
何故ならば、自分達は外部から完全に閉じ込められてしまったからだ。
トロールの後方にある扉が何故か閉まっているのが見え、もう助からないという絶望心に飲まれた二人は壁に背中がつくと、ズルズルと座り込んで逃げる意思を沈ませてしまった。
トロールは緩慢な動作で棍棒を振り上げる。
ハーマイオニーは最後の抵抗とばかりに外まで響く悲鳴を上げ、クシェルはそんな彼女を護るように上から覆い被さる。
どうせ死ぬくらいなら、せめて同級生を死守しようと、いつもの勝ち気で明るい瞳を涙で濡らしながら死を覚悟した―――はず、なのに。
(あぁ………私、死ぬのかな………)
その決意は、儚く散り、粉々に砕けていく。
「フィー………」
クシェルは細い声で、黒髪の少女の名を呟いた。
いつも冷たくて、無表情で、何を考えてるのかわからなくて―――だけど、優しいところもちゃんとある、親友のフィール。
「―――助けて………」
無意識からなのか、それとも意識からなのか。
それさえもわからず、その親友に助けを求めるように呟いた一言。
まさに、トロールが少女の助けを木っ端微塵にしようと、大きな棍棒を振り下ろそうとした、その時―――
―――閉塞されていた扉が派手な音と共に破壊され………細かな破片を撒き散らしながら、誰かが、凛とした佇まいで姿を現した。
♦️
ハロウィーンパーティー真っ盛りで賑やかな大広間で、スリザリンテーブルにフィールは一人浮かない顔をし、腕組みしながら、目前の料理を見るとはなしに眺めていた。
いつもの騒がしい時間ではなく、一人だけの静かな時間―――そうでもないが―――が流れていて、それは有り難いのはずなのだが………。
普段、呆れるほど自分の隣に来ては、自身が決して浮かべることのない、満面の笑みで話し掛けてくるクシェルが居なくて、何か食べようにも料理に全く手をつけずにいる。
恐らくだが、クシェルは誰も居ない場所で独り涙しているハーマイオニーを連れ出そうと、地下室のトイレに行ったのかもしれない。誰かが困っていたら助けるような性格だから、きっとそうだろう。
毎回思うことなのだが、クシェルは何故スリザリンに所属しているのか疑問である。
スリザリンの理念である狡猾さ等はまるでないし、他の寮でこそ、クシェルは誰よりも輝いたかもしれないのに。まあ、スリザリンでも十分過ぎるくらい輝いているし、どちらかと言えば、孤立しているスリザリン寮に所属する生徒で他寮からの人気があるなら、どの寮でも変わらないと思うが………。
フィールがそんなことをつらつらと考えていたら、閉ざされていた大広間の扉が、バンッ! と開かれ、反射的にそちらを見た。
大広間に居た生徒達は突然の音にビクッとし、慌ただしく走っている人物を見ると、闇の魔術に対する防衛術担当のクィリナス・クィレルであった。
何故かは知らないが、恐怖と焦燥で顔を引きつらせ、ターバンは歪み―――校長の前まで来ると、テーブルにもたれ掛かり、過呼吸を起こすんじゃないかというくらいに喘ぎながら拙い言葉で告げた。
「トロールが………地下室に! お、お知らせしなくてはと思って―――」
直後、クィレルは糸が切れた操り人形のようにバタリと音を立ててその場に倒れた。
クィレルが言った言葉の意味がわかった瞬間、大広間は大パニックに陥った。皆はトロールの恐怖に怯え、喚く者も居れば、隣に居た友達と抱き合って泣いたり、ガタガタ震えたり、叫んだりする人も居た。
フィールは「いつもトロールのことを馬鹿にするのにいざ実物が間近に存在したら喚くとか、コイツらってよくわかんない………」と取り乱すどころか、むしろ呆れて何も言えず、冷静さを一切欠かさない。
大混乱になった大広間に、ダンブルドアが杖先から紫色の爆竹を何度か爆発させる。やっとのことで、大広間はシンと静まり返った。
「監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻りなさい」
その言葉に、各寮の監督生達が動き出す。
スリザリンの監督生も例外ではなく、寮生を纏めて早々に移動を始めようとするが。
「おい、ちょっと待て」
何故だか引き留めようとする声が、自然とスリザリン生全員の耳に入った。
声がした方向に皆は一斉に振り向く。
そして総員が「え?」と眼を丸くした。
意外や意外、あのフィールだったからだ。
「どうしたの、フィール」
ジェマは首を傾げながら訊く。
「今、私達は寮に戻らない方がいいと思うぞ」
腕を組ながら、フィールは迷うこと無くキッパリと言い放った。
その爆弾発言に、スリザリン一同は信じられないという面持ちになる。
「お、おい、ベルンカステル! 正気か!? さっき、クィレルが言ってただろ!? トロールが居るって!」
マルフォイが眼を剥きながら問い詰める。
他の生徒も非難めいた眼差しを送った。
そんな彼等へ、フィールは静かに言う。
「ああ、そうだな。トロールが居る。だからこそだろ」
「は? お前、何が言いたいん―――」
「―――お前ら、ちゃんとクィレルの話を聞いてたか? 先生は
何処に―――。
そこでようやく、スリザリン生はフィールが言いたいことを理解し、ハッと息を呑む。
そうだった………トロールは地下室に、スリザリン寮が在る階に居るんだった!
フィールの意味不明だった発言の意味を突き止めたスリザリン生は、途端に周章狼狽した。
またもや取り乱した同僚にフィールはため息を吐きつつ、彼等より幾分かは落ち着きを保っている監督生に眼を向ける。
「監督生。そういう訳だから、事件が解決するまで私達は下手に動かない方が賢明だと思うぞ。それはスリザリン寮と同じ地下室に寮があるハッフルパフ生もそうだ。ひとまずは此処で待機するよう彼等にも呼び掛けた方がいいんじゃないか?」
「そ、そうね………スリザリン生全員に指示します! 寮には向かわず、大広間で大人しく待つように! いつでも戻れるよう、集団からは決して離れないでちょうだい!」
いち早く、ジェマはスリザリン一団に向かって声を張り上げる。
続け様に男子監督生も寮生に呼び掛け、約二名程がハッフルパフの監督生に話をしに行く。普段は不仲だが、この非常時、そんなものは関係無いと見切りをつけてるらしい。
どうやらそれは彼方側も同じみたいで、今回ばかりはいつもの対立関係を持ち出していがみ合ってる場合ではないと、スリザリンからの伝達内容に賛同し、一時待機を寮生達に命じた。
これで一件落着―――と誰もが思ったが。
「そういえば………まさかとは思うけど、不在の生徒は居ないわよね?」
どこか希望的観測を孕んだジェマの呟き。
その呟きは、フィールにある事実を急速に思い出させた。
ちょっと待て………現在大広間に不在中のクシェルは確か―――
「マズい………!」
「え?」
フィールは今すぐ大広間を飛び出したい衝動を必死に抑え、早口でジェマに伝えた。
「地下室にクシェルが居る! クシェルはトロールが彷徨いていることを知らない!」
「そ、それは本当なの!?」
「ああ、もし、トロールと遭遇したら危険だ」
今、この瞬間にも―――クシェルの身に危険が迫っている!
「私はクシェルを探しに行く。探すのと同時にまずは私が様子を見てくるから、ジェマは他の監督生と一緒に大広間に待機して、事態の悪化を防いでくれ。クシェルを見付けたら、彼女を連れて此処に必ず戻って来る」
ジェマが頷いたかどうかはわからないが、それをチェックする間もなく、フィールは走り出し、全速力で地下室に向かった。
「ちょっ、待ちなさい!」
思考が追い付いたジェマは慌ててフィールを追い掛けようとしたが、
「待て、ジェマ!」
マーカスが肩に手を置いてきた。
「監督生のお前が居なくなれば、下級生はまたパニック状態になるぞ!」
「それじゃ何!? 後輩が危険を冒して様子見に行ったのに、先輩の私達はただ黙って待ってろって言うの!?」
「ベルンカステルを信じろ! アイツはトロールが現れたと聞いても尚、年上の俺達よりずっと落ち着いていただろ! それに、ベルンカステルはベイカーを見付けたらすぐに戻って来ると言ってた! だったら問題は無いだろ!」
「大有りよ! 探索中に万が一トロールと遭遇したらどうするの!? フィールはクシェルと同じ1年生よ! 勝てる訳がないじゃない!」
意見が食い違う二人は舌戦を繰り広げる。
他の監督生がマーカスとジェマの間に割り込もうとしたが、
「落ち着きなさい、二人共」
一足先にアリアが口論を中断させた。
二人はハッとし、肩を上下させる。
「ジェマ、マーカスの言う通り、今はフィールがクシェルを連れて帰ってくるのを信じましょ。フィールだってバカじゃないわ。ヤバい相手に無謀に挑むなんて真似はしないわよ。だけど状況的にはかなりマズいわ。先生にこの事を知らせるくらいはした方がいいわね」
喧嘩勃発を起こさぬよう、アリアは二人の意見をバランスよく取り入れてそう提案する。
アリアの説得力が効いたのか、二人は大きく頷くと、迅速に教師に伝達しに駆け出した。
「ふぅ………」
アリアはやれやれと一息つく。
とりあえずは沈静化し、安堵の顔だ。
チラリ、とハッフルパフ一団を見てみる。
集団の中で一際目立つ、水色髪紫眼の女子生徒―――クリミア・メモリアルは、何かを耐える表情でホールの出入口を見つめていた。
真っ正面に向き合ったアリアは、クリミア同様切実に強く祈る。
―――どうか無事に帰ってきて………と。
♦️
薄暗い地下1階の廊下を少女は駆けていた。
陰口叩かれて地下のトイレで泣いている同級生をパーティーに連れ出そうとした、明るく活発的なルームメイトを助ける為に。
これが危険極まりないことはわかっている。
だけど―――。
クシェルを………自分のことを『友達』と言い曇りない笑顔を向けてくる、謎過ぎてよくわからない、でも心の何処かで手放したくないと想うあの少女を失うことに比べたら。
そんなもの、どうってことない。
自分の命でさえ、惜しまなかった。
どうしてそう思うのかは自身でもわからない。
これまで、クシェルにさえも打ち明けず、無口無表情の裏側で密かに心に誓っていた「もう二度と人助けはしない」と言う決心に胸が締め付けられつつも、悪事を見掛けても見て見ぬフリをする学校生活を繰り返してきたが………。
『誰かが頑張ってる姿は、誰かがちゃんと見守っているよ。だから―――フィーが頑張ってる姿、私はちゃんと見てるからね』
苦悩していた自分に、クシェルが後ろから抱き締めて励ましてくれたあの言葉。
その言葉に感銘を受けたフィールは、心の何処かで別の決意を新たにしていた。
これからはクシェルを大切にしよう、と。
もうじき地下の女子トイレまで辿り着くという距離まで来たフィールは、真紅と黄金のレジメンタルのネクタイを締めた少年二人―――ハリーとロンが、女子トイレの扉の鍵を閉めている光景をバッチリ捉えた。
「やった! トロールを閉じ込めたぞ!」
どうやらこの馬鹿共は、あろうことか人が居る場所にトロールを閉じ込めたらしい。いつもなら大声を出さないフィールでも、思わず眼を剥いて叫んだ。
「おい、何してるんだ!」
「え………フィール? なんで此処に―――」
「中には人が―――」
居るんだぞ! と言い切る前に―――聞き覚えのある少女の悲鳴が、鍵を閉めた女子トイレから発せられ、こっちまで大きく響いてきた。
しかし、その声はハーマイオニーのみ。
クシェルも居るはずならば、何故………!?
最悪な想像が脳裏を過り、フィールは学校のドアをぶっ壊すことに対して何の躊躇いも迷いもなく、
「下がってろ!」
『身体強化
右脚に『強力』を帯びたフィールは、回し蹴りでハリーとロンが鍵を閉めた扉をド派手にぶっ壊し、勢いそのままに突入した。
そして、彼女が見たものは―――約4m程の巨体を誇るトロールが、壁際まで追い詰められた二人の少女に向かって棍棒を振り下ろそうとしていた光景だった。
「
フィールはすぐに『盾の呪文』を発動。
クシェルとハーマイオニーの前に半透明の防壁が出現し―――トロールが振り下ろした巨大な棍棒を弾いた。
クシェルは扉が破壊された際に撒き散らす破片と煙で誰なのかすぐにわからなかったが、その人物が自分が助けを求めた親友であるとわかると、思わず泣き叫んだ。
「フィ、フィー………!」
「………なんとか、間に合ったか」
フィールは粉砕した扉の残骸を飛び越える。
ハリーとロンの男子二人は、実物のトロールを前にして恐怖で身を震わせた。
しかし、フィールは恐れない。
彼女は青のだて眼鏡を外し、放り投げる。
そして―――レンズ越しからではない、蒼の双眸が、ゆっくりとこちらに振り返ったトロールを鋭く縛り付けた。
「
恐ろしいくらいの、低音で威光が孕んだ声と放たれる濃厚な殺気。
それは、知能が低いトロールでも、たじろぐには十分過ぎる威力を発揮した。
が、それをはね除けようとしたのか、先程のハーマイオニーの絶叫を上回る獣のような雄叫びを上げ、暗闇の中で鋭く光る蒼い眼で真っ直ぐ射抜く少女を威嚇する。
だが、彼女は全く臆しない。
それどころか、軽蔑に近い眼差しで、
「お前の威嚇は、たかがそんなものなのか?」
見下すような口調で、トロールを貶した。
馬鹿は馬鹿でも、悪口には敏感なのか、トロールはズンズンと重い足を少女の元まで緩慢な足取りで運び、棍棒を振り上げようとしたが。
「
素早く、フィールは『武装解除呪文』をトロールの手元に叩き込んだ。
トロールが手にしていた棍棒が、放物線を描いて宙を舞う。
唯一の武器である棍棒を何処かへ飛ばされたトロールは混乱するが、それを尻目に横を通り抜けたフィールは「
「ごめん、遅れて。もう大丈夫だ」
フィールの優しげな笑みと力強い言葉。
それは、死を覚悟していたクシェルにとって、何よりの心の救いだった。
と、その瞬間―――彼女の背後からこれまでにないほどの咆哮が響き渡り、この場を支配した。
クシェルはフィールの背後に居るトロールが目の前の友人を始末しようとする光景が見え、息を呑む。
戦闘中に背を見せたフィールへ、これは潰すチャンスだと思ったのだろう。棍棒は無くともトロールには桁外れの『腕力』という武器が残っている。トロールは屈辱を倍にして返そうと図太く頑丈な腕を振りかぶった………が。
「
フィールは振り返らずに杖を後方に向け、壁に映る巨大な影を一目見ただけで、背中越しから『
まるで真っ正面から撃ったというほど、正確に紅い閃光はトロールの顔に直撃し………無様にも惨敗。大きな身体が後ろへ傾き、ズドンッ、という鈍い物音だけが閑静な場に響いた。
「
最後に縄を何重も出し、気絶したトロールの巨体をキツく縛り上げ、スッと立ち上がる。
「殺傷は流石にマズいから控えてやる。だけど、お前がしたことは許さないからな」
冷めた両眼でノックアウトさせたトロールを見下ろしながら低い声で言い、フィールは一息ついて振り返り、もう一度膝をつくと、
「大丈夫か?」
と、心配した声を掛けた。
「うん………フィー…………ッ」
「ん?」
「うわあぁぁぁん! 怖かったよおぉぉぉ!」
解き放たれた緊張や恐怖から、クシェルはフィールの胸に涙で濡れた顔を埋め、大いに泣き出してしまった。人前で泣く、というのは活発的なクシェルからは想像がつかなかったため、フィールは少し眼を見張ったが………。
「………クシェル、無事で良かった」
いつも冷たいフィールが―――先程までの恐ろしい殺気を放っていた人とは思えないくらいに柔らかく眼を細め、少し困ったような笑みを浮かべながら、抱きついてきたクシェルを優しく抱き、奔放で明るい茶色の髪を撫でた。
悲鳴を上げていたハーマイオニーはまだトロールと死に対する恐怖から抜け出せていないのか、数秒間は放心して、ぼんやりとその光景を眺めていたが―――次第に、クシェルの泣いた姿にシンパシーを感じたのか、ハーマイオニーですら、相手がスリザリン生で自分が唯一ライバル心を燃やす同級生であることを忘れて、フィールに泣いてすがった。
「全く………ほら、もう大丈夫なんだから、泣くなよ」
「うぅ………ごめんなさい………」
優しい手つきで頭を撫でられたハーマイオニーはようやく落ち着きを取り戻し、ローブの袖でゴシゴシと顔を拭い、
「ベルンカステル………助けてくれて、本当にありがとう」
と、心の底から感謝の言葉を述べた。
ホグワーツに来て以来、クシェル以外の他人に初めて礼の言葉を言われたフィールはちょっとビックリする。
「………どういたしまして」
が、微かに微笑んだフィールは、ハーマイオニーの頭にポンと手を置いた。すると、廊下から複数の足音が聞こえてきたため、それを皮切りに二人を立たせ、さっき放り投げただて眼鏡を拾う。
トイレから出ると、扉付近で呆然としているハリーとロンの側にマクゴナガル、スネイプ、クィレルが駆け寄った後で、三人の少女に眼を向けるとすぐに室内でぐるぐる巻きにされているトロールを見て、眼を見張った。
「こ、これは一体どういうことですか………?」
「………私が説明します」
説明しようにも上手く言葉が出てこないハリー達を見かねて、教師陣の前に出たフィールが簡単かつ簡潔に事情を述べた。
「クィレル先生が地下室にトロールが現れたと大広間で報告した際、クシェルが居なかったことを思い出し、トロールが彷徨いているのを知らないクシェルの探索と、様子見として此処にやって来たんです」
「なんと………それは本当ですか? ミス・ベルンカステル」
「はい。此処に辿り着いた際には、グレンジャーを探しに来ていただろうポッターとウィーズリーが、トイレの中にクシェルとグレンジャーが居ることを知らないで閉じ込めた後だったので、やむを得ずドアを蹴破って突入し、最後はトロールを『失神呪文』で倒して、縄で縛り上げました」
一度束縛したトロールの方に眼をやって、フィールはマクゴナガルに事情を伝える。マクゴナガルは1年生がトロールをKOさせたと聞いて驚愕の表情を浮かべた。
「………事情は粗方よくわかりました。つい先程貴女方の先輩、ミスター・フリントとミス・ファーレイからミス・ベルンカステルがミス・ベイカーを探しに地下室へ向かったと聞いて、我々も急いで来たのですが………どうやら、本当だったみたいですね。しかし―――」
マクゴナガルは室内を一瞥後、厳しい目付きでフィールを見下ろした。
「ミス・ベルンカステル。道徳的な行動であるとはいえ、貴女の命を投げ出すような無謀な行為にスリザリンから10点減点。ミスター・ポッターとミスター・ウィーズリーも同じく、10点減点です」
しかし、とマクゴナガルと続ける。
「友を救うため、その窮地に駆け付ける姿勢、勇気は素晴らしいものです。グリフィンドールに15点追加。そして、トロールを討伐したミス・ベルンカステルに30点を与えます」
予想外の加点に皆は少し元気を取り戻した。
「怪我はありませんね? それでは、急いで寮に戻りなさい。パーティーの続きを、寮で行っています」
あとの処分は先生方がやると言ったので、ハリー達は大人しくグリフィンドール寮へ戻ろうと暗い廊下を歩き始めた。
「クシェル、大広間に戻るぞ」
「え?」
「地下に寮が在るスリザリンとハッフルパフは、現在トロール騒動が収まるまで大広間で待機してる。私はクシェルを見付けたら、アンタを連れて戻って来るって約束したんだ。だから行くぞ」
その説明にクシェルは小さく首を縦に振り、フィールと共に仲間達が待っている大広間へと歩いていく。
二人は無言で歩いていたが………後ろから、誰かが疾走してくる足音が聞こえ、振り返ってみると、グリフィンドール寮へ帰っていたはずの黒髪緑眼の少年―――ハリー・ポッターが、息を切らしながら近付いてきた。
「何の用だ? ポッター」
乱れた呼吸を一度深呼吸して整えたハリーは、フィールの顔を見て笑みを見せる。
「フィール………君、本当に凄いよ。たった一人でトロールを倒すなんて。………ハーマイオニーを助けてくれて、本当にありがと。それとさ、フィール」
「なんだ?」
「ごめんね、いつもロンが君に酷いこと言って」
ハリーは軽く頭を下げて代わりに謝罪する。
フィールは「ああ………」と肩を竦めた。
「別に他人から嫌われることにはもう慣れてる。アイツがスリザリン嫌いなのは、とっくに知ってるし」
「でも………」
「………まあ、それでも」
フィールは真っ直ぐハリーを見返し、言った。
「アンタが私を嫌わないなら、それでいいだろ」
その言葉に、ハリーは眼を丸くする。
が、次第にはにかむように笑い、
「そうだね………これからは、また話さない?」
「ああ、別に構わない」
「よかった。あとさ、今度からは『ポッター』じゃなくて『ハリー』って呼んで。友達なのに名字で呼ばれるのも、なんか変だし」
「………わかった」
クシェル以外で自分を『友達』と言ってきたハリーに一驚しつつ、フィールは了承する。
ハリーは笑って頷いたら、一足先に寮へ続く道を歩いていったあの二人を追い掛けた。
そうして二人は大広間へと向かい―――。
「クシェル!」
「怪我は無い?」
大広間に到着後、ジリジリしながら待っていたクシェルと交友関係のあるハッフルパフ生とスリザリン生が駆け寄り、安否確認した。クシェルは泣き腫らした目元を和らげて柔らかく笑いながら「大丈夫」と頷く。
「………事態は収まった。もう寮に戻っても大丈夫だぞ」
フィールは邪魔にならぬようジェマに報告し、危機に晒された身を案じてくれる沢山の友達に囲まれたクシェルを微かな羨望を帯びた瞳で一瞥すると、静かに大広間を立ち去るのだった。
【スリザリン&ハッフルパフ、大広間で待機】
そういえば、よくよく思い返してみれば地下室にトロール現れたってのに地下室に在る寮に帰宅するのは危険だなと気付きました。
【身体強化魔法(スキル)】
★身体強化:魔力による身体強化。身体に均等に魔力を纏った状態。
★強力:魔力を筋力のパワーに集中した強化。
★俊足:魔力を筋力のスピードに集中した強化。
★遠見:魔力を眼に集中して強化。所謂望遠鏡スキル。
★盗聴:魔力を耳に集中して強化。名の通り盗聴スキル。
★嗅覚:魔力を鼻に集中して強化。名の通り嗅覚スキル。
★思考加速:魔力を脳に集中して思考速度アップ。
【ドアを蹴破るフィール】
↑でいう『強力』。
身体強化スキルはファンタジー世界の基本的なスキルの一つ。ハリポタはファンタジーやアクション系ストーリーなので、せっかくだから取り入れるかとのことで導入しました。
カタカタ読みは『フィジカル・インフォース』。
フィジカルは『肉体的』『身体的』『物理的』の意味。
インフォースは『補強』の英単語『リインフォースメント』から。
作中では主に熟練魔法使いが行使してます(当たり前だがレベルや才能次第で個人差有り)。
【マキシマ(最大限)】
ドラクエで言うところの『最上級』。
皆が知っているマキシマが使われる強化版と言えば、ルーモス、ボンバーダ、プロテゴ。
ステューピファイが強化版として使用された場面は有りませんが、まあ問題は無いでしょう。既存の攻撃系呪文は主にマキシマで強化させます。そっちの方が効率的なので。