【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
読者の皆様、大変ご無沙汰しております。気紛れ作者ことSurvivorです。
最後の更新から早いもので実に3年が経ちましたが、お体に変わりはありませんか。
今回はとうとう、これまであと一歩のところで越えられずにいた一線を越えた話になりました(つまりはそういう要素と描写が含まれてます。察してください)。
「この先これ以上のクシェフィル回は二度書けないかもしれない」と申した前回の話を更に上回る日が本当に来るとは、私が一番に驚いています。
話の都合上、展開されるのは中盤のみですが、作者自身はクシェフィルファンの皆様を全力でノックアウトさせる気満々ですので、「自分はノックアウトされないぞ!」「よっしゃ、どんと来い!」という、我こそはと思う方のみ覚悟してご覧ください(ある意味一番、②seqシリーズの原点となったノックアウトが一番ピッタリだったかも?)。
それでは少し早いですが、読者の皆様、ハッピーハロウィーンです。
英国魔法省・闇祓い局本部の副局長室。
そこにフィールは居た。
時計の針は既に深夜を回っており、デスクワークで生じる微かな音だけが静まり返った室内の空気を震わせる。
「ふぅ……やっと片付いたわ」
暫くして、長時間にわたる残業がようやく全て終わったフィールはレバー式のオフィスチェアの背もたれを後ろに倒し、眼を瞑って疲れ切った表情で深く息を吐く。
流石の彼女も今回ばかりは疲労の色が隠し切れずにいた。
そんな中、コンコン、とタイミング良くノックする音が響き、外から「フィー、入って大丈夫?」と聞き慣れた声が耳に入る。
「問題ないわ、クシェル」
瞼を開き、上半身を起こしたフィールが背もたれを元に戻してOKを出せば、声の主―――クシェルがドアを開けて中に入ってきた。
大きな音は立てないよう静かに後ろ手で閉め、序でに鍵もかけた彼女の片手にはホットミルクティーの缶が握られており、それをフィールに手渡したら、ポケットに入れておいた自分の分も取り出す。
「お疲れ様フィー。そっちはどう? 残業終わった?」
「クシェルがノックする直前にやっとね。クシェルもお疲れ様。ミルクティーの差し入れ、ありがとう」
どういたしまして、と微笑んだクシェルはプルタブを開け、乾杯、と互いに対する労いも込めてフィールと缶をぶつけてから口をつける。
聖マンゴ勤務のクシェルが闇祓い局副局長室に居る理由。
それは、魔法法執行部主催の下、1週間ほど前から今日に至るまで行われた、闇祓いや魔法警察官などの法執行官らが日頃の訓練成果を競い合う魔法競技大会の、癒療班の一人として派遣されたからだ。
開催期間中は出場者の怪我や体調不良に迅速に対応するのは勿論、健診希望者は定期的に挟む休憩時間などを利用して診る機会を設けるなど、こちらはこちらでハードスケジュールだった。
「今回の健診希望者の中にどこか気をつけた方がいい人は?」
「特にいなかったから安心して。怪我人も皆きちんと治したから後遺症の心配はないよ」
「それなら良かったわ」
「でもフィー、普段から言ってるけど油断は絶対しないでね。帝王率いる闇陣営が猛威を振るってた時期に比べたら、業務過多で倒れたり鬱病になったりする人は大分減ったけど、いつ何処で何が起きるか分からないから。訓練中にしろ任務中にしろ、心身の健康は全員が気を付けて、自分だけじゃなく、仲間のことも気にかけてね」
「ええ、分かってるわ」
「私的にはそう言うフィーが一番危なっかしいんだけど?」
「……御尤もです」
「ま、最近は以前より悪癖が改善されてるから、これ以上は言わないでおくよ。……それはそうと、改めてフィー、今年も競技大会優勝おめでとう。フィーが教育係を務めたあの子―――ジャスミンも新米の中じゃ一番の好成績だったし、前に会った時より程よく自信に満ちた顔つきになってて成長を感じたね」
「闇祓い局の未来は明るいから私も安心よ。来年度は更に強くなっているんだと思うと、今から楽しみだわ」
そう言って微笑んだフィールの視線の先には、今大会に出場した闇祓い達全員の記録や改善点、長所等々を纏めた書類の山がある。
闇祓いの未来を背負った彼らの成長を間近で見ることが出来て喜びを噛み締めていると、「そう言うフィーは来年も再来年もその先も連覇を目指すんでしょ?」とクシェルが声をかけてきた。
その問いかけにフィールは微笑から一変、まだ半分ほど中身が残った缶をデスクに置き、真剣な顔で頷く。
「当たり前よ。闇祓い副局長として競技大会に臨む以上、連覇を目指す以外に突き進む道はないわ。年を重ねる毎にどんどん茨の道になって、副局長という肩書きも相まってのしかかる重圧も倍になるのは分かってる。でも屈する気はないわ」
「フィーならそう言うと思ったよ。だけど無理に駆け続けても心身に負担をかけて成長を妨げるだけから、休養もちゃんと取ってね?」
「それは、勿論。連覇の道を進む権利を持ってるのは私一人でも、独りだけで走り続けていたらいずれ限界が来ると今なら分かってるから。しんどくなった時は真っ先にクシェルを頼るし、反対にクシェルが辛くて苦しい時は私が一番に支えるから。改めて言うけど……これからも傍に居てくれる?」
「当たり前じゃん。楽しい時も悲しい時も辛い時も。私はいつだってフィーの味方だからね」
クシェルの優しくも力強い言葉にフィールは真剣な表情を崩して嬉しそうに笑う。
フィールの笑顔を見てクシェルも笑顔を浮かべていたが、程なくして彼女は「ところでフィー。一応確認するけど、今日の仕事はもう残ってない?」と尋ねた。
「ないわ。大会の全日程が終了した翌日は私も含めて殆どの人が休日だから、最後の一仕事としてついさっきまで深夜残業頑張って全部終わらせた。それはクシェルもそうでしょ?」
「まあね。……ねえフィー。悪いんだけど、もう少しだけ頑張れる?」
「え……? ……まあ、少しなら別に構わないけど―――」
疑問に感じながらも、徐々に押し寄せつつあった眠気を押し返してフィールが首を縦に振るや否や、クシェルはミルクティーの香りと味がする彼女の唇に自身のそれを重ねる。
職種こそ異なるが、日程調整や準備期間も含めて最近はどちらも多忙を極めていたが故に、帰宅後もこうして触れ合うことさえままならない日々が続き、時には職場で寝泊まりすることも互いに多くあった。
が、それも今日までの辛抱だとずっと自制していたのだ。
久し振りに感じる柔らかな熱に心身の昂りが抑えられない。
それはフィールの方も同じで、少し眠たげにしながらもクシェルからのキスを拒絶することなく受け入れ、首に腕を回した。
空白の期間を埋めるように息の合間を見つけて何度もキスを交わす度、唇の隙間から漏れ出る二人の呼吸が一つに混ざり合う。
同時に、深夜とは言えいつ誰がやって来るかも分からない会社の密室空間、というシチュエーションに、辛うじて保っていたクシェルの理性も瞬く間に溶けていった。
薄暗闇の中、自分でも気付かぬ内に強い背徳感と甘い高揚感に支配されたクシェルは、無意識にオフィスチェアのレバーを操作しながらフィールの方へ体重をかけ、ゆっくりと背もたれを倒す。
「……クシェル?」
疲労感と眠気から頭が上手く回らないフィールは突然体勢が変わったことに戸惑い、コテン、と首を傾げる。
その仕草があまりにも可愛くて遂に自制のラインを越えたクシェルは、これからに備えて少しでも気力を回復すべく、疲れた身体をオフィスチェアに委ねて無防備な姿を晒す彼女の胸に顔を埋め、深呼吸しながらグリグリと頭を押し付けた。
「んぁ…ッ……、ちょっ、ぁ………、待っ、て、それ反則……ッ」
何となくいつもの流れで唇の次は耳か首にキスしてくるのかと思いきや、予想に反して胸元に熱い吐息を感じたフィールは見事な不意打ちを食らい、とてつもない擽ったさとゾクゾク感に襲われる。堪らず身を捩っても逃れられない。
一方、豊満な胸の感触と香りを存分に堪能し、気力の充電が完了したクシェルは高鳴る鼓動に忠実なまま、スカートの中に手を滑らせる。
深刻なフィール不足のせいで心身共に猛烈に飢えて限界を迎えているせいか、いつもと比べて大分段階を飛ばしていることは勿論自覚している。
が、今日はもう、昂る自分を自分では抑えられないし、抑える気も更々ない。
「……っっ、ふぅっ…、っん……、はぁ……っ」
薄手のストッキング越しにゆっくりと、強くも弱くもない絶妙な力加減で太腿を撫でる度、色を孕んだ吐息混じりの喘ぎ声が、クシェルの情欲を更に掻き立てる。
荒波のように押し寄せる色情の激流に呑まれたクシェルは、躊躇うことなくフィールの細い脚を覆う薄手のストッキングに手をかけた。
その瞬間、忽ち繊維を引き千切る音が部屋に響き、程よい透け感と深みのある黒いそれとはコントラストの、白く美しい肌が露わになる。
「……相変わらずえろ過ぎ」
「……っクシェル」
細めたクシェルの視線が破かれたストッキングと素肌に釘付けになれば、疲労感も眠気も一時的に何処かへ吹き飛んだフィールは両手で彼女の腕をギュッと掴み、引き留める。
普段と違って気を緩めば垂れ下がりそうになるほどの弱い力で、腕も微かに震えていたが、クシェルはすぐに振り払おうとはせず、「何で止めるの?」と不服そうに眉を顰めた。
あからさまに不満げな表情を見せるパートナーに対し、身体や顔の火照りは鎮まらなかったものの、束の間の休憩時間を利用して幾分か呼吸を整えたフィールはジト眼で彼女を見つめる。
「……貴女、此処が何処なのか分かってて言ってる?」
「今はフィー専用の闇祓い局本部の副局長室」
「流石にそんな場所でするのは止してくれない? 防音魔法とかもかけていないのに、誰か来たらどうするのよ?」
「……ふぅん。あんなによがってたくせに、まだそんなこと考える余裕あるんだ」
ここまで来れば流石のフィールも前みたいにおねだりしてくれると思ったのに、ギリギリの所で理性が勝っていて謎の敗北感を味わったクシェルの表情が、スッと抜け落ちる。
同時に身に纏う空気も変わり、甘く危険な熱気に包まれていた部屋の温度が少し下がったような気がして、フィールの肩がゾクッと揺れた。
クシェルはそんな彼女の耳に唇を寄せ、紅く染まったそれに口付けし、真っ赤な痕をつけながら、首筋に舌先を這わせる。
彼女が来るまで誰も居ない自分の専用室で事務作業をしていた為か、最初からネクタイを外して首元も開いていたので、抜き取る時間が省けたことに内心感謝した。
「っぁ、ん…、んんん……っ!」
今度は全神経に電流が走ったような快感に身体がビクッと反応し、クシェルの腕を掴んでいた両手の内、反射的に利き手を離して口元を押さえた頃には時すでに遅し。
進行を妨げていた両手の力が完全に抜けた一瞬の隙を突いて、クシェルの指先が太腿より先の最奥部に触れてきた。
「ッ……! クシェル……っ!」
火照った身体はクシェルからの愛撫に正直であることを示すように、ニヤッと笑って指先についたそれをこれ見よがしに舐め取れば、恥ずかしさで一層赤面したフィールは目元を吊り上げ、クシェルを睨め付ける。
が、当の本人は柳に風といった様子で含み笑いを崩さなかった。
中途半端な所で終わるくらいなら、いっそのこと最後まで―――と、フィール自身の心はクシェルからの熱を求めているのが、こちらへ向ける蒼い眼差しにハッキリと反映しているのに、闇祓い副局長としての理性がそれを阻害している。
表面上はどんなに取り繕っても、内面の感情は潤んだ瞳や乱れた呼吸に滲み出て隠し切れていない。
―――ならば、このまま突っ切る以外に道はない。踏み留まる理由もない。
此処が自分のオフィスじゃなくて、退勤後の自宅であれば今頃はとっくの昔に快楽に溺れていたと確信が持てるからこそ、表の言葉と裏の感情が一致しないフィールの本音を引き出すべく、もう一度唇を彼女の耳に寄せ、口を開く。
「もうここまで来たら場所なんて些細な問題なんだから。素直に気持ちいいって認めたらどうなの?」
「ふぅっ……、っん、ぅ…、五月蝿い、黙って……っ」
軽く悪態をつきながらも否定はしないフィールの内腿を、触れるか触れないかの際どい所で擽るように、そして焦らすように柔く摩れば、無意識なのか、もどかしそうに弛く腰を振る彼女の顔が悩ましげに歪む。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、悪戯な手つきから生まれる擽っさと気持ちよさが入り混じった甘美な刺激に全身の感覚が研ぎ澄まされ、徐々に理性が陥落しつつあった時。
何故かクシェルの手が、ピタッ……と完全に止まった。
「………ぇ」
あまりにも唐突過ぎて落胆したようにフィールは小さく声を発し……クシェルが意味深な笑みを浮かべた瞬間、全てを理解して今日一番の羞恥心に襲われた。
クシェルは最後の最後で理性の陥落を自ら認めさせる為に、わざと変なタイミングでやめたのだ。
そんな彼女の意図に気付いた頃には既に手遅れで、顔を背けようにも上気した頬に温かい両手が添えられ、現実逃避が出来なくなる。
「んっふふ……ねえフィー? 今、何でやめたのって思ったでしょ?」
「……ッ、……」
「黙ってもムダだよ? 顔にそう書いてるんだから。それに……さっきからずっともどかしそうに身体を動かしてるのに、まだ意地を張るの?」
くつくつと喉を鳴らすクシェルは意地の悪そうな笑みとは裏腹に、仄暗い部屋の中でフィールを愛おしげに見つめる明るい翠の眼はどこまでも優しく真っ直ぐで、どんな時でも彼女のことを愛してやまないのは明白だった。
そのギャップに改めてフィールは、世界中何処を探し回っても唯一無二の特別な感情を抱くのはクシェルただ一人だけだと、身に沁みて感じるのと同時に、彼女じゃない人間に同じことをされても不快なだけなのよね……と、長い睫毛に縁取られた蒼瞳を伏せる。
あまり思い出したくはないが、過去にクシェル以外の人間に無遠慮にも身体を弄ばれた経験があるフィールにとって、同じ行為でもクシェルからのそれは愛があるのに対し、彼らのそれは己の欲望を満たす為だけの都合の良いオモチャみたいなもので、そこに自分の意思や感情は存在しなかったことを彼女は痛いほどよく理解している。
でなければとっくの昔にフィールはクシェルを突き飛ばし、完全に拒絶していた。
なのにそうしない。
それが何よりの事実であり、言葉には出さないフィールの本心の顕れだった。
「……そろそろこっちも本気で限界だから、最後に言わせて貰うよ。いい加減堕ちて─────フィール」
フィールの変化を感じ取ったクシェルが最後の一押しとして、いつもの倍は低い声音でトドメの一言を放った瞬間。
クシェルの手に、指先に、唇に散々焦らされまくった身体と心は限界の先を強く求め、遂にフィールは理性の陥落を自ら認めた。
「ふっ…ぅ……、………ッ…、クシェル、お願い……イカせて……ッ」
恥もプライドも理性も肩書きも、何もかもかなぐり捨ててねだったフィールに、クシェルはようやく自分の本心に従い率直に求めてくれた高揚感や、先刻とは打って変わって彼女の理性をノックアウトさせた僅かばかりの勝利感に浸りながらも、スーツ越しに感じる最愛の人の火照った身体を抱き上げ、デスクに座らせる。
ここに辿り着くまで少々時間はかかったが、その過程も含めて伴侶である自分だけの特権なのだ。
最初は闇祓い副局長としての理性から自分の職場で熱を求めるのを拒んでいた彼女が、最終的に自ら懇願する瞬間を自身の記憶に、心に、魂に刻むことが出来て幸せと思うこそすれ、気に障ることなど微塵もない。
此処で最初にキスした時から、或いはそれ以前から今に至るまでずっとフィールに悩殺されてきたクシェルは、気を緩めば意識がぶっ飛びそうになるのを全力で堪えながら、彼女の白い脚をゆっくりと開き、熱く濡れたそこに舌を這わせる。
「っ…んっ、はぁっん……、ぁぁ……ッ」
何度聞いても心を、身体を、鼓膜を、魂を熱く震わせる嬌声が、二人だけの危険な熱気に包まれた部屋の空気を甘く揺らす。
無意識に脚を閉じようとしても力が抜けて無抵抗に終わり、股に顔を埋められているから息遣いまで敏感に感じ、口元を片手で押さえながら吐息混じりに悩ましげな声で喘ぐ彼女の紅く染まった頬が、耳が、首筋が、いつ見ても狂おしいほど愛しい。
一旦顔を離して見上げた時に、折良く今日見た中で最も熱と色を宿してトロンと堕ちた蒼瞳と絡み合い、思わずフッと笑ったのだが、恥ずかしいのか、フィールはふいっと視線を逸らして代わりにぐしゃぐしゃ、とクシェルの髪を無言で掻き乱すだけだった。
つい先程まで、闇祓い副局長という肩書きを捨て去ってでも快楽に負けてあられもない姿を晒し、喘ぎ声を上げていたにも関わらず、まだ少し悔しげな表情が生意気で、本当は気持ちいいくせにその見せかけの澄ました態度を完全に崩してやりたい、とS心に火がついたクシェルはイタズラも兼ねてグッと舌先を押し込む。
「ッッぁ……! ゃ、っん、んんっん……! ダメッ、待って……ッ…!」
今度こそ余裕のない声音で首を横に振り、肩を強く叩いてきたフィールの完全に焦った表情が、直接見ずとも頭に浮かぶ。
付き合いの長さや繋がりの深さから、この場合の「ダメ」は「ダメじゃない」ことを分かっているクシェルは内心口角を上げて、そのままノンストップでラストスパートをかけ―――
「―――っん……、イク……ッ」
体感的には永遠のように感じた時間は、肉体的にも精神的にも本当の意味での極致に達したフィールが、デスクに両手をついて背中を仰け反らせたその刹那に終わりを告げた。
手をついた拍子に近くに置いてあった二つの缶が、カラン……と小さく音を立てる。
流れ出て一つに混ざり合った生温い液体がデスクを濡らし、そこから漂う甘く上品な香りが、二人を温かく包み込んだ。
「っは……ぁ…、……ッ…」
一気に弾け飛んだ強烈な快感の余韻に暫くは全身を震わせていたが、限界を迎えたのと同時に、今の今まで忘れていた疲労感や眠気も思い出したのだろう。
身体中の力が弛緩して間もなく、疲れ果ててぐったりとした様子で危うく後ろに倒れそうになったが、クシェルがすぐに抱き寄せ、「大丈夫?」と声をかけながら、微かに痙攣し続ける背中を優しく摩する。
「…っ、……クシェル………」
まだ少し乱れた呼吸で、でも満足げにふにゃりと小さく笑ったフィールは、熱で溶け切った色っぽい蒼瞳をクシェルの翠の瞳に合わせながら、ほんの僅かにミルクティーの香りが残る彼女の唇に自身のそれを重ね、心ゆくまで味わう。
最初とは逆に、フィールからのキスをクシェルが受け入れる形で気が済むまでずっとそうしていたのだが、ふと顔を離して至近距離から見つめてきた彼女の、
「……早く、連れて帰って。続き、して」
という、第二ラウンドの誘いを見事な不意打ちで受けたクシェルは、それだけでノックアウトされた。
言葉とは裏腹に今すぐにでも深い眠りに落ちそうなのに、そのような熱に堕ちた眼で言われたらクシェルの理性も意識も自制心もコントロール出来そうにないが、どうにかグッと堪える。
ぶっちゃけ帰宅後とは言わずにこのまま夜明けを通り越して朝を迎えたい気持ちでいっぱいだが、他でもない彼女からのお願いなのだ。ここは我慢するところだろう。
一向に鎮まらない感情の昂りを、理性という理性を総動員させて抑え込んだクシェルは数回深呼吸した後、「寝て起きたらね」と微笑しながら彼女をギュッと抱き締める。
触れ合うことでしか感じ得ない、自他の体温が二人の心を甘やかに溶かし合う中、クシェルが手櫛で乱れた黒い髪を優しく梳けば、心地よさに眼を細めたフィールは重い瞼を閉じて彼女に身を委ねた。
程なくして規則正しい寝息が聞こえ、幸せそうな寝顔にこちらも幸福感に満たされながら、クシェルは片腕でしっかりフィールを抱きながら、抜き取った杖を軽く振るい、手慣れた様子で事後処理をする。
短時間で綺麗さっぱり後片付けが終わったクシェルは魔法の便利さを再認識しつつ、帰宅後の楽しみに胸を弾ませながら副局長室のドアを開けた瞬間、「あっ」という声が漏れ出るのと同時に表情が凍り付いた。
いつから居たのかは分からないが、バッチリ全て聞いていたのだろう、色んな意味で赤面しながらこちらをジト眼で見据えるハーマイオニーが、腕組しながら仁王立ちしていたからだ。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
物凄く気まずい沈黙が、二人の間に流れる。
例えるなら、そう……仕事帰りに立ち寄ったアダルトコーナーで会社の上司とばったり出会したみたいな、そんな感じだろうか(アダルトコーナーどころか、ハーマイオニーがドア越しに直面したのはマジの場面だったのだが)。
「全身金縛りの術」を受けたみたいに身体はフリーズしながらも、頭の中は目の前の現実から逃避行するようにそんな呑気なことを考えていたら、ハーマイオニーがゆっくりと口を開いてきた。
「……随分とまあ、お楽しみのようだったけど。こんな時間まで二人は一体どんな残業をしていたのかしらね?」
こちらはこちらで気を紛らわそうとしているのか、ハーマイオニーは何とも彼女らしくない皮肉な笑みを貼り付けながら、非常に答えづらい質問をどストレートに投げかけてくる。
誤魔化そうにもフィールを抱き上げている以上は言い逃れなど出来る筈もなく、かと言って包み隠さず返答するのも恥ずかしい為、クシェルは無言でハーマイオニーと会話のキャッチボールをした。
「グレンジャーさんグレンジャーさん」
「ハイどうしましたかベイカーさん?」
「いつからそこに居たんですか?」
「みなまで言わせようとするんじゃないわよこのおバカ」
「スミマセン」
「開心術」を使っている訳ではないのに、アイコンタクトによる完璧な意思疎通を漫才みたいなテンポ感で見事に披露した二人はその後暫く、黙り込んだまま互いの顔を凝視する。
奇妙な静寂が場を包む中、先に沈黙を破ったのは、やれやれと言わんばかりに盛大にタメ息を吐いたハーマイオニーの方だった。
「親友の誼で1週間、口止め料として昼食代を出してくれるなら今回だけは見逃してあげるわよ」
何だかんだでクシェル達には甘いハーマイオニーがそう取引を持ち掛ければ、迷わずクシェルは何度も首を縦に振って「ありがとう」と心底感謝の言葉を述べ、即刻交渉が成立する。
しかしそれも束の間、ある疑問が頭に浮かんだクシェルはサッと顔面蒼白し、恐る恐るといった感じにハーマイオニーに尋ねた。
「えっ、と……。その、このことを他に知ってる人は……」
「安心なさい。私以外に此処を訪れた人は誰もいないし、念のため周辺には貴女達に代わって人避け魔法や防音魔法もかけておいたから。このことが外部に漏れる心配はないわよ。私以外は、ね」
私以外、の部分を二度強調したハーマイオニーの言葉から、改めてフィールとのやり取りを全部聞かれていたことを思い知る。
辛うじて理性を保っていた時のフィールから一度指摘を受けたのに、熱中するあまり認識阻害魔法をかけ忘れた自分の油断ぶりを呪いつつ、奇跡的に最悪の事態は免れて今度こそ緊張の糸が切れたクシェルは「はぁぁぁぁ……良かったぁ」と安堵の吐息を漏らした。
そんなクシェルに対しハーマイオニーは、
「良かった、じゃないわよ、全く……。今後は時と場所を考えなさい。止めようにも止められないこっちの身にもなって欲しいわ」
と、渋面を作って思い切りデコピンするのだった。
イテテテ……と顔を顰めるクシェルと、クシェルに抱かれて眠っているフィールを見比べたハーマイオニーは、再びタメ息を吐く。
彼女の脳内でさっきからずっと再生されているのは、あの一件で記憶と鼓膜に焼き付いたまた未だ忘れようにも忘れられない、フィールの熱に侵された淫らな姿と嬌声。
ギリギリだったがどうにか彼女を助けるのに間に合ったハーマイオニー達も、当時はまさか現場であのような場面を目の当たりにするとは夢にも思っていなくて。
相手が相手なだけに、余計に強い衝撃を受けたせいで今でもふとした拍子に思い返せば、彼女の艶めかしい表情や熱を含んだ荒い息遣いが鮮明に甦るほどに、あの短時間で強烈な印象を植え付けられた。
特に、聖マンゴに連れて行く前のフィールに口移しで薬を飲ませた上に彼女を押し倒した経験があるハーマイオニーは、激しいギャップ萌えを改めて感じて頭を抱える。
クシェルに釘を刺しておいてあれだが、もしも自分がクシェルの立場だったら、案外人のことは言えないかもしれない。
「どしたのハーマイオニー。急に頭を抱えて」
「あ〜……いや、えっと……。クシェルの前で言うのはあれなんだけど、フィールの艶めかしい一面って学生時代や仕事中からは想像もつかないから、尚更ギャップが凄いわよねって」
「……そういえばハーマイオニー、フィーに口移しした上に押し倒したことあるんだっけか」
「何かごめんなさい……」
「その件に関しては本当にやむを得ない状況だったし、危機に陥ったフィーを救ってくれたのも他でもないハーマイオニー達だから、怒ってはいないよ。これでもしハーマイオニーじゃない人間が同じことをしたら今頃ブッ殺してたけどね」
「そんな命知らずの強者はこの先一生現れないと願いたいわ……。寧ろ現れたら色んな意味で一巻の終わりよ」
まさかまさかの将来、自分の娘がその「命知らずの強者」としてクシェルに真っ向から対立する唯一の人間になるなど、この時はまだ知る由もないハーマイオニーは、相変わらずフィールが絡むと可愛らしい見た目に反して物騒な単語が飛び出てくる彼女に苦笑する。
「ハァ〜……。本当、今の貴女達を見ていると、学生時代にトロールから命懸けで私を助けてくれたコンビだってことが信じられないわ。シラフでこれなんだから、酔ったらもっと大変なことになってそう」
「私は偶々居合わせただけで、トロールを倒したのはフィーだけどね。フィーが間一髪助けに来てくれなかったら、今頃私達、この世にさよならバイバイしてた可能性だってあるし」
至って普通に受け答えしたクシェルは平静を装っていたが、その実、内心はハーマイオニーの何気ない一言に内心ドキッとしていた。
いつだったかフィールと二人でお酒を酌み交わした際、酔った彼女が可愛くてからかい過ぎた結果、アルコールが全身に回って理性や自制心が大幅に低下していたことも相まって、ブレーキが外れた彼女からのカウンターパンチをモロに喰らった経験があるからだ。
その時のフィールは最初こそふわふわした雰囲気で、シラフの倍はスキンシップが多くなるほどの甘え上戸だったのに、スイッチが入った途端、別人みたいに積極的になって―――
「―――ル? クシェル? 大丈夫?」
今もなお細胞の隅々まで、心の奥深くまで浸透している羞恥と幸福が混ざり合った甘い記憶にほろ酔っていたら、ハーマイオニーが心配そうな表情で声をかけているのに気づき、半ば朦朧としていた意識が覚醒したクシェルはハッとする。
「あ、ごめんハーマイオニー……。流石にちょっと疲れてボーッとしてた」
「……そうね。私も何処かの誰かさん達のせいでとっても眠いわ。帰ったらすぐにベッドにダイブしたいくらい」
「本当にごめん……。それから、色々ありがと」
「本気でそう思うなら次からは気をつけなさいよね。……1週間分の昼食の約束、忘れるんじゃないわよ」
「勿論です」
申し訳なさそうな表情から一変、最後は改まった口調と真面目な顔つきで頷いたクシェルが面白くてつい噴き出したハーマイオニーは小さく頷き返し、
「ほら、貴女達も早く帰ってぐっすり寝なさい。明後日……いや、とっくに日付は変わってるから、明日の出勤に差し支えない程度に楽しんで」
と、遠回しに念を押してからクシェルの肩にポンと手を置き、それから彼女の腕の中で寝ているフィールの髪を優しく撫でる。
はにかんだクシェルは「善処するよ」と曖昧に答え、「それ、十中八九守らないヤツじゃないの?」と懐疑的な視線を向けてくるハーマイオニーの横を通り過ぎて行く。
二重の意味でスルーされたハーマイオニーはそのまま、遠ざかっていくクシェルの背中が暗闇の中に紛れるまで見送り……軈て、額に手を当てて本日何度目か分からないタメ息を吐きながら、先程までクシェルが立っていた方向へ振り返る。
最後まで閉まり切らなかったドアの隙間から僅かに見える室内の景色は、何事もなかったかのように綺麗なのに、部屋全体に充満している甘く熱い空気は未だ希薄することを知らない。
下手に一歩踏み出してこれ以上向こう側へ近付いたら危険だと本能が警鐘を鳴らす中、気を抜けば目眩を起こして倒れそうになるのを必死に堪えながらハーマイオニーは杖を振るい、魔法で部屋の扉を完全に閉める。
パタン……と小さな音を立て、ようやく熱気が完全に遮断されたのを肌で感じて全身の緊張を解いた彼女は踵を返し、足早にその場を立ち去っていくのだった。
【魔法競技大会】
本作独自設定の大会。
イメージは世界警察消防競技大会。
闇陣営が猛威を振るってた時代は中止されてたけど終戦後は再開され、現在に至るまでフィールが連覇している(準優勝及び3位は局長のハリーや幹部のシリウスが毎年競い合ってる)。
【ジャスミン】
マンハッタンで登場したルーキーちゃん。
一番弟子繋がりでリリーと同じ花の名前になった(花言葉の一つが『あなたについていく』で彼女にピッタリだったのも理由です)。
【酒が絡むと立場逆転のクシェフィル】
シラフの時は皆様よくご存知クシェルがフィールを攻める方ですが、お酒を飲んで酔った時は実は甘え上戸のフィールの方が理性や感情のブレーキがぶっ壊れて積極的になるタイプ(クシェル限定)。
元々ベルンカステル家の中では末っ子だったこともあり根は甘えん坊+シラフでもクシェルには甘えてますが、アルコールが回るとスキンシップも倍になって初見時のクシェルは幸福なクルーシオをされて以来、自分が居ない所で酔うのは絶対ダメだと滅茶苦茶念を押した(とは言え、フィールは緊急事態に備えて非番でも自宅以外で飲酒するのは控えてるのであまり心配ないですけど)。
【余談】
中盤で遂に18禁要素を含んだ展開を迎えましたが、実はの話、今回の話は次回作まで温めておく予定だったのを一部変更しての投稿になりました。
いつ更新されるかも分からない次回作のハードルを自ら上げてしまったような気もしますが、久方ぶりに蒼黒の話を執筆して、前書きでも述べたように、作者の私自身ドキドキしながらも楽しい時間を過ごせたので後悔はしていないです(同時に執筆に夢中になり過ぎた結果、睡眠不足で何度か遅刻しかけましたけどね笑)。
読者の皆様、ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
???「いや本当、マジで一体いつになったら連載開始するんだよ。こんだけ読者さんを待たせておいて、そろそろ読者さんも呆れて離れて行くぞ」
???「まあまあ落ち着いて。キャラ設定は殆ど決まってるし、結末はもう既に決めてるそうだから、ラストに至るまでのベースがしっかり固まるまでは待とう。焦って投稿したらそれこそエタるだけさ」
???「……それもそうだな。でも代わりに謝っておくか。読者の皆さん、数年間も待たせてしまって本当にすみません。俺も早く皆さんに会いたくて堪らないです」
???「作者さんの創作意欲は依然として衰えていないから安心してください。いつになるかはまだ分かりませんが、無事に次回作が投稿された暁には私達のことも応援よろしくお願いします!」
???「よろしくお願いします!」