【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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※2/10、本文加筆。


#13.クィディッチ初戦

 トロールを処理した後―――クィレルは自分の部屋に戻ったが、マクゴナガルとスネイプは校長のダンブルドアに今回の件を報告するべく、校長室に訪問していた。

 

「ふむ………『失神呪文』1つでか?」

「はい。ミス・ベルンカステルの証言によれば、そうみたいです」

 

 ダンブルドアの問いにコクリと首肯するマクゴナガルの顔は険しい。

 なんといっても、あのトロール相手に呪文一発で失神させたのだ。知能は低くとも身体は頑丈で強固なのがトロールだ。そんな相手に成人にも満たない学生が―――それも今年入学したばかりの少女が無傷で打ち勝ったという事実だけでも、信じがたいことである。

 

「ミス・ベルンカステルの力は、既に1年生の基準値を越えています。彼女が危険人物になる可能性が高いことに変わりはありません」

 

 マクゴナガルは危惧している。

 フィール・ベルンカステルのことを。

 しかし、ダンブルドアはマクゴナガルの言葉に首を横に振った。

 

「ミネルバよ。あの娘はまだまだ若い。確かに他の生徒よりも遥かに凌ぐ実力者であるのは確かじゃろう。だが、それだけが危険視する理由にはならん」

 

 ダンブルドアはあくまでフィールは『規格外レベルの1年生』という認識で接しろ、と言っている。

 だが、そうは言いつつも、ダンブルドアはフィールに気を配る予定であった。

 フィールの潜在能力は底無しだ。

 もしもその力の最終地点が闇であるならば、不確定要素は出来るだけ無くさなければならない。

 

 ダンブルドアは9月1日の組分けを思い出す。

 あの日―――フィールが椅子に座る前に一瞬だけ見えた、少し長めの前髪の下に隠されている、蒼い瞳。

 その時の両眼は氷のように冷たく………まるで見るもの全てを見下ろすような、そんな気がして―――ダンブルドアは直感的に、フィールに対して得体の知れない何かを感じた。

 

 フィールは他の人達にはない闇を背負っている生徒だ。孤独や淋しさ、苦しみ………幼くして様々な苦悩を抱えるような境遇とぶつかったがために、あのような性格になったのかもしれない。

 家族を奪われたショックは、彼女の胸の中で永遠と渦巻く黒い感情となり、いずれは表面化するだろう。

 ならば、そうならないようにも最低限近くで見守り、いざというときは対処出来るようにしなければ。だけれど、最悪の場合は―――。

 

 そこまで考え、ダンブルドアは頭を振る。

 ………馬鹿馬鹿しい。

 こんなことを考えてしまうなんて。

 

 

 ―――最悪の場合は………この世から消すことも考えなければならないなんて。

 

 

 自身が勤めている学校の教え子を、今ではなくとも未来のためには殺すことも有り得るという愚考を少しでも頭に入れた自分が恥ずかしいと、ダンブルドアは自分を責めた。

 

 …………しかし、だ。

 もし………もしもだ。

 フィール・ベルンカステルが、トム・リドルと―――ヴォルデモートと同じ、否、それ以上の脅威となった時、果たして今と全く同じことが言えるかと、心の何処かでそう考えてしまう自分もいる。

 トム・リドルが闇に堕ちたのを止めることが出来ず、彼は魔法界で史上最悪の魔法使いとしてその名を轟かせ、彼は幾人もの魔法使いを殺し、その中には、ハリーの両親であるポッター夫妻ジェームズとリリーも含まれている。

 

 だからこそ、迷い、思うのだ。

 あの悲劇を繰り返さないようにするには、一切の光が存在しない闇に身も心も魂も染め上げるその前に、この手で完全に消滅させるべきではないか、と。

 

(いや………わしは諦めんぞ。ここでわしが見捨てたら、誰が彼女を光に戻せるのじゃ)

 

 大丈夫だ。まだ、あの娘には光がある。

 確かにフィールの心は闇かもしれない。

 だが、その逆を言えば、孤独や苦しみを知っているからこそ、人の苦しみがわかり、恵まれていない環境の厳しさを知っているからこそ、それを見下す行為への嫌悪を知っている性格でもあるのだ。

 彼女のように、本当の意味で誰かのために心を痛めることが出来る人というのは数少ない。心無い綺麗事を言ったり、他人事のように見る人など幾らでもいるのが世界という、冷酷で残酷な有り様なのだから。

 

「ミネルバ、セブルス。あの娘が―――フィールがこの学校を卒業するまで、どうか陰で見守ってくれぬか?」

 

 ダンブルドアは淡いブルーの瞳をキラキラと輝かせながら、二人の教師に嘆願する。

 マクゴナガルとスネイプは、それぞれ思い入れある男女の姿を思い浮かべた。

 

 数十年前自分が受け持った寮の生徒。

 かつて自分が所属していた寮の先輩。

 

 ジャック・クールライトとクラミー・ベルンカステルの姿が脳裏の片隅を過り―――マクゴナガルとスネイプは首を縦に振りながら、切実な願いを強く祈る。

 

 

 ―――どうか、フィールが………二人が命を賭してでも愛した娘が、道を踏み外して、闇になど堕ちないで欲しい、と。

 

 

♦️

 

 

 11月に入ると、めっきり寒くなった。

 ホグワーツ城を囲む山々や敷地内に広がる広大な湖は凍結し、校庭には毎朝霜が降りる。

 生徒達はマフラーや手袋といった防寒具を着用したり友人同士で身を寄せ合ったりして、体温を奪われないよう対策を施した。

 

 11月9日、土曜日。

 今日の大広間は普段以上の熱気と活気にオーバーフローしていた。その理由は今シーズン初のクィディッチ初戦が開幕されるからであり、グリフィンドールVSスリザリンという因縁の対決と言うのもまた、溢れんばかりの盛り上がりに拍車を掛けていた。

 

「フィー、いよいよクィディッチ観戦の日を迎えたね!」

「んん………眠い………」

 

 傍から見ても気合い十分なクシェルとは真逆にフィールは眠そうな顔でコクリコクリと、椅子に座って船を漕いでいた。

 それもそのはず、クシェルに無理矢理叩き起こされたからだ。

 クシェルもクィディッチを好むファンの一人で今日はその当日だというのもあってか、珍しくフィールよりも早起きし、せっかくだからスリザリンのクィディッチチームのキャプテンやメンバーにシーカーになることを期待されているフィールも連れて行こうと、すやすや寝ていた彼女を半ば強制的に起こし―――現在、朝食に入っていた。

 

「せっかくなんだから、フィーも観に行くよ! シーカーになった時のことも考えて、今からでも敵情視察するよ!」

「………眠いから部屋に帰って寝てもいいか? あとでクシェルが詳しく教えてくれたら、それでいいだろ」

「ダ~メ! こういうのはちゃんと自分の眼で観なきゃ意味ないんだよ! ほら、眠気覚ましにも食べて!」

 

 クシェルはフィールの好物焼き立てクロワッサンを口に入れ込み、仕方なく、フィールはムシャムシャとクロワッサンを噛んで飲み込む。

 朝食を食べ終え、フィールとクシェルがクィディッチ競技用の観客席に来た時には既に他のギャラリー達が陣取っており、双眼鏡やメガホン、応援用フラッグ等を手にして開戦前からスタンバイOKである。

 

 ホグワーツのクィディッチ競技場は城の北西に位置し、禁じられた森とは校庭を挟んで反対側にあった。内部はグラウンド周辺に何百と言う座席が高々とせり上げられ、生徒が高所から観戦出来るようになっている。

 グラウンドの両端にはそれぞれ16mの金の柱(ゴールポスト)が3本ずつ立っていて、その先端には輪(ゴールリング)が存在する。ちなみに競技場の隣には、更衣室と箒置き場が設置されている。

 

 クシェルは試合開始前のこの時から張り切り、フィールはマフラーの隙間から冷風が当たらぬよう手を添え、開戦を待つ。

 11月で尚且つ肌寒い時期のため、生徒達はマフラーやニット帽、手袋などは必須で着用していた。

 

「さあ、いよいよ因縁の一戦が始まろうとしています! 本日の試合はグリフィンドールVSスリザリン! グリフィンドールはここ6年に渡るスリザリンの卑怯なラフプレーに今年こそは是非とも雪辱を果たして貰いたいです!」

「ジョーダン!」

「失礼、マクゴナガル先生」

 

 と、初っぱなから実況席に座るグリフィンドール生のリー・ジョーダンのグリフィンドール贔屓の内容に、マクゴナガルが叱咤を飛ばしていたため、なんだか絶妙なタイミングだなと、フィールとクシェルは、

 

「あれって一種のコントかな?」

「あれって一種のコントなの?」

 

 と、語尾は違えど見事にシンクロ。

 二人は顔を見合せ、ふはっ、と笑い、

 

「ハモったね」

「そうだな」

 

 クシェルとフィールは競技場に眼を向けた。

 クシェルは、ふと、隣に居るフィールを見て笑みを溢す。

 あのトロールの一件以来、フィールの態度が少し変わった気がするのだ。

 それに………微妙な変化ではあるが、出会ってから一度も変えることのなかったポーカーフェイスを、ちょっとは崩すようになった。

 

 とは言えこれといった大きな変化はまだ無い。

 それでも、フィールと出会ってからずっと彼女にアプローチしてきたクシェルにとって、嬉しいことに変わりはなかった。

 すると、競技場に選手達が姿を現した。

 これまたグリフィンドール贔屓の選手紹介が終わった後、キャプテンのオリバー・ウッドとマーカス・フリントは握手という名の握り潰し合いをし、レフェリーのマダム・フーチが、

 

「正々堂々と戦ってください! 期待してますよ!」

 

 と、選手14人に呼び掛け―――クアッフル、ブラッジャー、金のスニッチを時折爽やかな風が吹く大空へと一斉に開放し、試合が開始した。

 

 クアッフルはサッカーボールぐらいの大きさの直径30㎝の真っ赤な縫い目の無いボールだ。各チームに3人いるチェイサーはこれを投げ合い、相手ゴールの輪の中にシュートすると10点得点する。なのでキーパーは、一人で3つのゴールポストをセーブし、敵にクアッフルを入れられないように試合終了まで防がなければならない。

 

 ブラッジャーは直径10inch(25㎝)の真っ黒な鉄製のボールだ。暴れ玉とも言い、試合中は2個のブラッジャーがロケットのようにフィールド内を飛び回り、プレイヤーを箒から叩き落とそうとする。ブラッジャーにはどの選手も無差別に追い掛けるよう魔法が掛けられており、放置すると一番近くに居る選手に向かって来る。

 なので各チームに2人いるビーターは、味方の陣地に入ってくるブラッジャーをバットに似た短い棍棒を使って絶えず叩き、敵の陣地に打ち返していかなければならない。時には箒から手を離して両手打ちでブラッジャーを叩かなければならないので、高度なバランス感覚と強靭な肉体が必要とされる。

 

 スニッチは胡桃ほどの大きさの銀色の羽が生えた金色のボールだ。物凄い速さで飛び回るので、捕まえるのは非常に困難である。シーカーがこれを取ると150点を獲得し、同時に試合も終了する。スニッチを取ったチームが勝つことが多いので、各チームは何としてでもシーカーがこれを取るのを妨害しようとする。

 シーカーがスニッチを手にしない限り、ゲームはいつまでも続行される。そのため、シーカーは各選手の間を縫うように器用に飛び回り、相手シーカーよりも早く金のスニッチを捕まえなければいけない。

 通常は最も身軽ですばしっこく、速く飛べる者がシーカーになる。同時に眼が利くこと、片手または両手を箒から離して飛ぶ高等技術も必要である。

 シーカーの役目は責任が重く、とても重要だ。

 チームのスターなので華やかなポジションではあるが、試合中敵側から妨害されることも多く、一番酷いケガをするのもシーカーである。どの選手よりも限り無く危険に近いと言うのを理解出来る人間でなければ、シーカーは務まらないのだ。

 

 さて、試合開始から数分が経過した。

 スリザリンのラフプレーがかなり目立ちながらもそれが項を奏しているのか、スリザリンが一歩リードしている戦況だ。途中ハリーがスニッチを見つけて捕まえようとしたが、スリザリン側の反則行為により妨害された。

 試合が白熱していく中、突如異変が発生。

 ハリーが乗っている箒・ニンバス2000が、彼を振り下ろそうとしたのだ。

 

「なんだ? 箒の不具合が起きたのか?」

「いや、それはないと思う。古い箒ならともかくポッターが乗ってるのは最新のニンバス2000だから、不具合なんてことは起きないはずだよ」

「なら、考えられるのは―――」

 

 外部からの干渉。それしかない。

 

(だけど、なんでそんなことを………? いや、まずはそれよりも犯人を―――)

 

 相手の心理は二の次、まずは犯人探しだ。

 フィールは教員席に視線を向ける。

 箒に呪いを掛けるなんてことは、生半可な実力の生徒には不可能だ。ならば、魔法に関する知識を教える立場の教師の誰かという可能性が非常に高い。

 そして、ビンゴ。不審な人物が約2名居た。

 

(スネイプ先生と………クィレル先生?)

 

 どちらもハリーが乗るニンバス2000を凝視して口を動かしている。それを見て、フィールは一方の呪いを、一方が反対呪文を唱えていると考えた。もしも両者が呪いを掛けていたら、いくら運動神経抜群なハリーでもとっくに暴走する箒から振り下ろされている。そうならないのは、どちらかが呪いを抑止させようと反対呪文を詠唱してくれているからだろう。

 フィールは前者と後者の内、後者が怪しいと踏んだ。普段の彼は常にオドオドしている挙動不審の変人だ。なのに、あの豹変ぶり………あからさまに何かあるなと、不信感を抱いた。

 

 その時だ。

 突然、スネイプのマントの裾が燃え始め、教師員は慌ただしくなった。クィレルは何故か倒れており、視界の隅に、素早く退散するハーマイオニーの姿を捉える。

 さて、試合の最終結果はと言うと―――体勢を立て直したハリーがスニッチを()()()()()ことによっての、グリフィンドールの勝利でゲームセットした。

 

「………アレは許容範囲なのか?」

「まあ、一応は、じゃない?」

 

 フィールの呟きにクシェルが若干悔しそうに答え、スリザリンを除いた3寮が歓喜し、すっかり意気消沈になったスリザリン生達の波に乗って観客席から退場した。

 

♦️

 

 その日の夜。

 スリザリン以外の寮生は皆歓喜の表情で、上機嫌に夕食を口に運んでいた。グリフィンドールがスリザリンを打ち破ってくれて、獅子寮のクィディッチチーム、特にデビュー戦を華やかに飾ったハリー・ポッターに称賛の言葉や尊敬の眼差しを送った。

 対し、スリザリンは屈辱に満ちた気持ちで、ニヤニヤしながら時折此方をチラ見してくる彼等にイライラを募らせる。

 

「たかが1回の試合で勝ったからって、アイツら浮かれすぎだろ。次に対戦する時には、今とは比べ物にならないほど成長して強豪チームになってるかもしれないってのに。レイブンクローやハッフルパフもそうだ。他寮が優位に追い上げたってのに、焦燥感がまるで感じられない。ホグワーツでのクィディッチは、寮対抗なんだろ? なのに他寮が他寮を撃破するのを期待するとか、どうかしてると思う。他人任せにするんじゃなくて、少しは自分達もやってやるぞっていう競争心や対抗心を燃やせよな。そんなんだから、いつまで経っても何も変わらないんだよ」

 

 何気無く呟いたフィール個人の感想に、彼女の右隣に座って意気消沈していたマーカスは今にも大声で叫び出しそうな勢いで大きく頷く。

 

「そうだ! お前の言う通りだ! アイツらは明日は我が身と言う言葉を全く持って知らない! 今度の試合で目にも見せてやるぞ!」

 

 そしてマーカスはやけくそ気味に料理にがっついた。キャプテンのメラメラと屈辱心を燃やす姿に感化されたのか、暗い気持ちだったメンバーはモチベーションが飛躍的に上がった。

 

「フィー、スゴいね。あれだけ激しく落ち込んでたマーカスを元気付けられるなんて」

 

 左隣に座っていたクシェルが淡く笑むと、フィールは肩を竦めた。

 

「キャプテンにいつまでもブルーな気分でいられたら、メンバーにも悪影響が広がるからな。……と言うか、元気付けた覚えはないんだけど」

「ま、でもマーカスにとっては激励になったんじゃない?」

「だったらいいんだけど………」

 

 チラッと横目でマーカスを見たフィールは、ガタッと立ち上がる。クシェルは首を傾げた。

 

「あれ? もう食べないの?」

「ああ、今日はもうお腹いっぱいになったし、それに―――」

「それに?」

「………それに、このまま居たら、またマーカスに『来年シーカーになってくれ!』ってしつこく言われそうだから、早めに出るわ」

 

 連勝していたスリザリンが敗北した原因の一つは、やはり最年少シーカーに抜擢されたくらいの箒の才能を持って生まれたハリー・ポッターの存在だろう。その彼に匹敵する実力者がシーカーでなければ、スリザリンに一生勝ち目はないとマーカスは考えるに違いない。

 そしてその最強切り札は間近に存在する。

 クシェルは、確かに、と苦笑した。

 

「じゃあ、また後でね」

「ああ、またな」

 

 そうして、フィールは大広間を後にした。

 フィールが居なくなってから数分後―――食事の手を止めたマーカスが然り気無く隣を見て、眼を大きく見開かせた。

 

「おい、ベイカー、ベルンカステルは何処に行ったんだ!?」

「え? え~と………もう帰りました」

「帰っただと!? それは本当か!?」

 

 グッと厳つい顔を近付けて問い詰めるマーカスに、クシェルは迫力に気圧されつつ、コクリと頷く。直後、「くそっ、また逃してしまった!」とマーカスは悔しそうに喚く。どうやら本当にフィールに懇願する気だったようだ。

 クシェルはまたまた苦笑いし、ドンマイ、とマーカスの肩をポンポンと叩いて励ました。

 

 ドンチャン騒ぎのグリフィンドールテーブル。

 そこでハリー・ポッターを初めとするクィディッチチームを誉め称える獅子寮生徒がほとんどの中、数人の男子生徒はスリザリンテーブルの方に眼を向け、ニヤリと人知れず笑った。

 

♦️

 

 夕食時間帯も終わり、鱈腹食べ終えたホグワーツ生は各自寮へ続く帰路を歩いていた。

 クシェルも他の生徒同様、地下室に在る蛇寮へ向かっていたが―――突如として暗がりの中から手が伸びてきてグッと右腕を掴まれ、人目のつかない所に強引に引き寄せられた。

 

「ッ!?」

 

 突然のことにビックリしたクシェルは声を上げようとしたが、口元を押さえられてしまい、出そうにも出せない。

 必死にクシェルはもがくが、その抵抗も虚しく―――クシェルは何者かに、滅多に人が寄らない場所まで連れていかれた。

 口を塞がれた状態で城壁に押さえ付けられる。

 薄月夜の月明かりが城内をほの白く照らし、うっすらと人影を浮き出す。

 クシェルは明るい翠眼を丸くする。

 名前は知らないが、見覚えのある顔だったからだ。

 攫ったのは、グリフィンドールの男子生徒数人―――あの飛行訓練の日、フィールを痛め付けようとした連中だった。

 

「大人しくしてろよ」

「まさか、こんなにも簡単に作戦が成功するなんてなあ」

 

 男子達はケラケラと笑う。

 真っ正面に居る男子は、あの日真っ先にフィールに敵意を剥き出しにしたアイツだ。

 

「本当だったら、生意気なベルンカステルを拉致して恥ずかしい写真を撮ったら、グリフィンドール内で拡散してやろうと思ったけど………予定変更だ。スリザリン生のクセにやたら人気が高いコイツのエロ写真を撮ってホグワーツ全体に拡散してやる。そうすればコイツの人気はガタ落ちするし、ベルンカステルにも打撃を与えられる」

 

 見れば、一人はカメラを持っていた。

 身ぐるみを剥いだ後、撮影するつもりなのだろう。

 これから何をされるのか、容易に想像がついたクシェルは怯えた眼差しになり、おぞましさが背筋を走った。

 

「んん~ッ!」

 

 クシェルはより一層暴れる。

 だが、華奢だけど力は強いフィールと違ってクシェルは一般女子と同じように非力だ。

 拘束する男子の力には敵わなかった。

 

「おい、暴れるな!」

 

 ジタバタ抵抗してきたクシェルを、残りの男子達も加わってガッチリホールドする。最後の足掻きとばかりに手足を動かそうとするが、どうにもならなかった。

 

「もう少しいたぶってやりたかったけど………時間も無いし、さっさと脱がすか。ふふっ、コイツのエロ写真を見た時のベルンカステルの顔が楽しみだな」

 

 クシェルはギュッと眼を閉じる。

 ダメだ………もう、助からない。

 皆はとっくに寮に帰宅し、今頃は談話室で寛いでいるだろう。

 絶望心に飲まれたクシェルは諦めてしまった。

 撮影係の男子はワクワクとカメラを構える。

 そうして、一番フィールに意趣返ししてやりたかった男子が打ちひしがれるクシェルのローブの留め金を外し、緑と銀のネクタイに手を掛けようとした、その瞬間―――。

 

「うおっ………!?」

 

 物凄い速さで男子は背後の方に引き離された。

 不可思議な力で後ろまで引っ張られたそいつは冷たい床に叩き付けられる。

 クシェルを押さえていた男子達は眼を剥き、思わず手を離してしまった。その隙をクシェルは逃さず、距離を取って離れる。

 するとそのタイミングを見計らったように、今度は連中が何かの力で引き寄せられた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 立ち上がった男子達は狼狽しつつ、うっすらと浮かび上がる人影に向かって集団で反撃しようとするが、人影は華麗なる体術を駆使して次々と制圧していく。

 クシェルはじっと眼を凝らす。

 薄暗がりの中、ぼんやりと浮上するシルエットには見覚えがあると直感した。

 最後にカメラを持参していたヤツを倒し、自分を助けてくれた人物は肩を上下させながら、こちらに顔を向ける。

 ローブを羽織ってなかったためか、身体とスカートのアウトラインで、救済してくれたのは女子生徒であると言うことが明確にわかった。

 クシェルはゆっくりと近付き、誰なのか見ようとすると、シルエットは踵を返してその場を走り去った。

 

「あ、待って!」

 

 慌ててクシェルは呼び止めようと叫ぶ。

 が、シルエットは走り去ってしまった。

 クシェルはシルエットを追い掛ける。

 廊下を駆ける足音を頼りに廊下を進み………やがてクシェルは、グリフィンドール数人に襲われそうになった所とは遠くかけ離れた所までやって来て、不意に足音が消え去った周囲をグルリと見回す。

 

 すぐ側に、空き部屋のドアがあった。

 もしや………と思い、ドアノブを握り、軽く押して慎重に中に入る。

 そこには案の定、助けてくれた人物が居た。

 突き当たりの壁に背を預け、ローブを羽織ってフードを目深に被っている。

 クシェルが少しずつ接近すると………意外や意外、シルエットの方から口を開いてくれた。

 

「此処まで来れば、もう大丈夫だろ」

「私をあの人達から距離を離すために、此処まで連れてきてくれたの?」

「………さあ? どうだろうな?」

「素直じゃないねえ………もしかして、ずっと傍に居てくれたの?」

「……………………」

「無言は肯定と見なすよ。………助けてくれて、ありがとう。貴女は私のヒーローだね」

「そのヒーローは、皆からの嫌われ者だけどな」

「そんなの関係無いよ。皆が何を言ったって、貴女を嫌ったって、私にとってはカッコいいヒーローなのに変わりはないから」

「………そいつは嬉しいね」

「あのさ………御礼したいんだけど、いい?」

「………礼は別にいらない」

「ううん、ちゃんとさせて」

 

 目の前の謎の人物の正体。

 クシェルは既に誰なのか見抜いていた。

 口調とか声とか………そして何より、フードに覆い隠された、闇と同化する黒髪から漂う甘い香りが、『彼女』だとハッキリ示していた。

 でも敢えてそれは口に出さず………クシェルは『彼女』の方に腕を伸ばし、ギュッと優しく抱き締める。

 『彼女』の身体は少し冷たかった。

 その冷たさを温かさで溶かすように、クシェルは細い両腕に力を込める。

 

「………こんなのでごめんね」

「………………いや」

 

 されるがままにクシェルに抱き締められた『彼女』は、クシェルの背中に腕を回してハグし返すと思い切ったようにグッと抱き寄せ、フッと小さく息を吐いた。

 

「肌寒い今の時期、こうして肌でぬくもりを感じられるのは有り難いよ。………しばらくはこうさせて。私にとっては、それが『御礼』になる」

 

 『彼女』の意外な言葉にクシェルは驚く。

 だが、次第にはにかむような笑みになり―――わかった、と頷き、そっと見る。

 素顔が隠されたフードの下の『彼女』は、一瞬だけ優しげな笑みを浮かべて見せてくれた。

 

「ねえ………もう一つ、御礼してもいい?」

 

 そう言って目元を和らげたクシェルは眼を閉じながらそっと唇を寄せ、

 

 ―――チュッ。

 

 と、『彼女』の白い頬に口付けを落とした。

 冷たくも柔らかい感触が唇に下り―――。

 完全な不意打ちでチークキスされた『彼女』は戸惑うのと同時に身体が火照った。

 そんな『彼女』へ顔を離したクシェルはフッと口角を上げて、小首を傾げる。

 

「クールで何事にも動じない貴女でも、不意打ちキスには恥ずかしがるんだね」

「………別に恥ずかしがってない」

 

 『彼女』はプイッと顔を逸らす。

 その仕草が羞恥を表しているのに、とクシェルは心の中で思いながら、さっきとは反対側の頬にもう一度、優しく口付けを落とした。




【教師陣】
実力が一般生徒よりも桁違いのフィールを後の危険人物になる可能性大して認識。

【クィディッチ初戦】
原作と変化無し。

【暴漢生徒に襲わそうになったクシェル】
予定変更で狙われた。

【コテンパにやられる暴漢生徒】
コイツら全然懲りないな、と思えばオーケー。

【クシェルを救った『彼女』の正体】
読者の皆様ならば、誰なのか言わなくともわかるだろう。
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