【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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第2章秘密の部屋編開始。


Ⅱ.THE CHAMBER OF SECRETS
#19.夏季休暇【前編】


 太陽の日差しが強くなり、夏本番を迎える真夏日の時期。炎天下の元で歩く人々は噴き出る汗をだらだら流しながら、冷たく冷えたジュース缶やアイスを片手に暑い道中を歩いていく。

 そんな街中から程遠い、大自然に囲まれた壮麗な古城。周囲は紫外線防止の結界が張られており、外出してもその範囲内ならば真夏の暑さで苦しむことはない。

 此処の城の主は自家用庭園に完備されているプールやクィディッチコートは時折使用するが、1日の半日以上は魔法の訓練や勉強に時間を費やす努力家でかつ身体を動かすことも多く、現在は古城の中にある訓練部屋を障害物が多い場所に変化させて、障害物を使うマグルの競技パルクールの練習に励んでいた。

 

 これは魔法を駆使するにおいての体力作りと精神力の強化、戦闘中にどうしても逃げなければヤバいという状況に陥った場合、目的の場所まで効率的に移動する移動術を用いて出来るだけ無傷で生還するということを考えて独学で身に付けたアビリティだ。

 早朝から練習を開始し、それからほとんど休む間もなく、身軽に動き回っている黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、思い通りに身体が動くことへ満足感を覚えていた。

 腰辺りの高さの手すりやガードレールなどといった低い障害物を華麗に飛び越える技・ヴォルトをカッコよく決め、次は壁の天辺に手を掛けてしがみつき、腕の力と脚を振り上げてよじ登る技・クライムアップで、高い妨害物を反動で乗り越えた。

 

(よし、あとは―――)

 

 着地の衝撃を吸収する技・ランディングで足裏が地面に着いたら両手で地面を押して衝撃吸収&上体起こしをし、軽く走って―――動くのを止めた。

 大人顔負けの体力があるとはいえ、やはり数時間ぶっ通しで動くと流石に疲労が蓄積し、急激に脱力感に見舞われた。

 

「………ッ、休憩するのも大切だったか………」

 

 ふらつく身体に鞭を入れながら呟き、フィールは此処にも完備されているシャワールームでさっぱりしようと、レッスンルームを0にリセットしたら、そこへ向かった。

 

♦️

 

 8月の中旬に突入した頃―――ホグワーツから手紙がやって来た。去年の成績や各教科担当からの評価、後は2年生で必要な教科書類が記載されている。

 

「全教科オールトップ………流石ね」

 

 リビングのソファーに座るフィールの横から成績表を覗く水色髪紫眼の少女―――クリミア・メモリアルは微笑んだ。フィールより3歳年上で劣等生が多いハッフルパフでは別格の超優等生のクリミアも全教科オールトップの学年首席なので、義姉妹揃って成績優秀である。

 

「今年の防衛術の担当はギルデロイ・ロックハートらしいけど………信用出来ないのよね」

「あ、クリミアもそう思う?」

 

 今年、闇の魔術に対する防衛術の担当はギルデロイ・ロックハートという、魔女達に大人気の売れっ子作家で数々の著作があるのだが、クリミアとフィールは「なーんか、コイツは嘘っぽい」と同感だった。

 何度かロックハート著の本をパラパラと速読してみたが、「あ、多分これ誇張や創作が入ってるな」と直感的に感じた。

 それに、彼が倒したらしい怪物は二人でも倒せるものばかりだし、もしも死喰い人(デスイーター)と遭遇したら僅か1秒で蜂の巣にされそうだなと、何気に不吉なことを考えている。

 

「ま、真実か虚偽かは授業を見てからだな」

「そうね。見分けるのはそれが一番最適ね」

 

 フィールとクリミアはロックハートの話を割愛し、前者はリビングを出て、最上階の自室に向かった。

 ドアを開けると、まず純白のカーテンが眼に入る。フィールの部屋はシンプルだけどお洒落で白と青を基調とし、爽やかな印象を与える。

 フィールは室内に設備されている大きな鏡が視界の隅に入ると、それを一瞥し、自分が寝起きするベッドへ、身体を放り投げた。自室は何よりも落ち着く場所で、どうしても最初はベッドに身も心も任せたくなるのだ。

 

「…………眠い………」

 

 バニラアイスのような甘い香りは、今日も限界まで魔法の鍛練をしたフィールに眠気を誘い、心地良い微睡みに抗えるはずもなくもなく、フッと瞼を閉じると、規則正しい寝息を立てて、眠りに落ちた。

 

 数時間が経過した頃―――。

 静かな室内に、コンコン、と扉をノックする音が響き、ガチャッ、と扉を開けてクリミアが入ってきた。

 

「フィール、おやつでも食べ―――あら?」

 

 クリミアは、リビングで一緒におやつを食べないかと誘いに此処まで来たのだが、フィールがベッドですやすや寝ているのを見て、首を傾げた。

 

「珍しいわね、この時間帯で寝るなんて」

 

 いつもなら読書してるのに、と起こさぬよう小さく呟き、クリミアは足音を立てないようにベッドまで歩き、それに腰掛けると、フィールの黒い髪を梳くい取り、長い睫毛を伏せる。

 フィールとは、幼い頃からずっと一緒に居て、共に過ごしてきた。そうしてきたのも、生まれて間もない頃に両親が死んで、孤児となった自分をフィールの両親が引き取り、その数年後に彼女が生まれて、姉妹という関係になったからだ。

 

 ………昔のフィールは本当に可愛かった。

 いや、今でも充分可愛いのだが…………。

 昔と今では、その性格と瞳がまるで違いすぎるのだ。見た目はそこまで変わっていないはずなのに、そっくりそのまま誰かと入れ替わったみたいに、雰囲気と眼光がガラリと激変した。

 そう思うのは、フィールの両親が―――ジャックとクラミーが自分達の傍から消えた後の彼女を誰よりも間近で見、肌で感じているクリミアだからこそ、その変貌ぶりを語れるのだ。

 

 7年前に起きた悲劇の前―――。

 フィールはもっと明るくて、底抜けに優しかった。それが今ではとても冷たく、他人に無関心な性格になり、去年ホグワーツに通うまで、笑うことすらほぼなかった。

 血の繋がった父親と同じ蒼い瞳のはずなのに、それに宿る光は全く真逆なのだ。ジャックはキラキラと満天の夜空に煌めく星や月みたいに輝いていたのに対し、フィールは闇のような暗さと氷のような冷たさで翳っている。

 

「……………」

 

 クリミアは静かに動き、寝ているフィールを起こさないように頭を自分の太腿の上に乗せる。所謂膝枕だ。クリミアはフィールの黒髪を指先で弄り、そっと雪のように真っ白な頬に触れる。

 惨劇の日を境に、妹は変わった。

 それまでの面影が無くなるほど。

 ただただ、強くなることを胸に………。

 母親との約束を護り通すために―――。

 

「……………」

 

 クリミアは、悲しげな表情を浮かべる。

 フィールが………妹が、気高く、強くなったことは、確かに嬉しい。

 でも………強くなるために、妹が自分の身体を限界以上まで追い詰めてきたのを、姉は何度も見てきてる。

 その時姉は、心配しつつも、決して手を差し伸べようとはしなかった。

 手を出さないというのは、本当に難しいことで。

 ましてや、幼少期から自分の妹のように見てきたフィールがボロボロになっていく姿を、ただ我慢して見守るしかないクリミアの心情は、察するに余りある訳で………。

 

 再び、静寂に包まれる部屋の中で。

 安らかな寝顔を浮かべる妹へ願う。

 ―――どうか、自分を大切にして欲しい、と。

 

♦️

 

 8月19日。フィールは若干テンション低めで新学期に必要な学用品を買いにロンドンに所在する魔法界の商店街・ダイアゴン横丁の石畳の通りを歩いていた。

 どうしても、持ち物リストに載っていた防衛術関係の教科書が、授業では絶対に役立つことは無いと断言出来るほどくだらない書物で全部埋められていたので、この時点で既に気が滅入ってしまうのだ。

 もう防衛術は教科として取り入れるよりも独学で学ばせた方が何億倍もいいんじゃないかと、呆れて物が言えなくなってきた少女の背後に誰かが気配を隠しながら忍び寄り―――

 

「わっ!」

「ッ!?」

 

 いきなり肩に手が置かれたのと間近で声が上がったことに、心臓が飛び跳ねたフィールは反射的に振り返る。

 そこに居たのは、元気よくピョンピョンはねたショートカットの茶髪に明るい翠の瞳の、中性的な容姿で活発そうな少女。

 ルームメイトで親友のクシェル・ベイカーがイタズラ大成功と言わんばかりの笑顔を向けていた。

 

「フィー、久し振り!」

「………ああ、久し振り」

「ビックリした?」

「………まあな」

 

 未だに心臓がバクバク鳴っているが、フィールはそれをなんとか落ち着かせる。

 

「フィーも買い物しに来たの?」

「ああ、そうだけど」

「やっぱりね。私も此処に来たばっかりなんだけど、なんかフィーみたいな人が居るなって思ったら、本当にフィーだったからさ。せっかくだし驚かせよっかなって」

「もう止めろ。クシェルじゃなかったら、反射的に魔法撃ち込んでる」

「流石にそれは怖いよ!」

 

 他の人なら「冗談だ」と言って笑い飛ばすだろうが、生憎フィールならマジでやりかねない。フィールは戦闘のプロと言っても過言ではないほどの腕前と神経を兼ね備えているので、実際彼女の知人ではない人がクシェルと同じことをしたら、まず間違いないなく数十m程は軽々と吹き飛ばされているだろう。

 

「………なんてことはどうでもいいとして」

(いや、どうでもよくはないよ………)

「クシェルは一人で来たのか?」

「え? あ、うん。お父さんとお母さん、どっちも仕事で忙しいから。フィーも?」

「うん、一人で来た」

「そっか。じゃあ、一緒に行動しない?」

「別に構わない。行くか」

「うん!」

 

 と言うことで、フィールとクシェルは二人で買い物しようとのことでまずは『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』へ出向いた。そこではギルデロイ・ロックハートのサイン会が行われていたらしく、長蛇の列だった。

 フィールは「来るタイミング間違えた」と再びブルーな気分に逆戻りし、クシェルは苦笑しながら励まし、必要な本を購入してすぐに抜け出そうとしたが―――。

 

「あれ? もしかして、フィール?」

 

 と、聞き慣れた声が二人の耳を打ち、そちらを見てみると、そこにはハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーが居て、その近くには赤毛が特徴的な大家族が立っていた。

 

「ハリー達か」

「久し振りだね。君も買い物しに?」

「まあな。途中でクシェルと会って、二人で此処に来た」

「クシェル?」

 

 ハリーが首を傾げると、フィールの隣に居た茶髪翠眼の少女は笑って教えた。

 

「ポッター、私がクシェルだよ。ちなみに名字はベイカー」

「ああ、フィールとよく一緒に居る君か。僕、ハリー・ポッター。ハリーって呼んで」

「なら、私のこともクシェルでいいよ」

 

 グリフィンドール生のハリーとスリザリン生のクシェルはそれぞれ『フィールの友達なら問題無い』と言う見事にシンクロした思考の元、犬猿の仲の寮生同士であるにも関わらずあっさりとフレンドリーに接した。

 それからクシェルは、ハーマイオニーの方に眼を向ける。

 

「元気にしてた?」

「ええ、勿論。貴女は?」

「こっちも元気だよ」

「そう。ならよかったわ。………その、あの時は指摘してくれて、ありがとう」

「どういたしまして、ハーマイオニー」

 

 クシェルは優しく微笑む。

 ハーマイオニーもその笑みに釣られて笑った。

 さて、そんなやり取りをしてたら、目敏くハリーを見つけたロックハートが彼を壇上まで引き出した。ハリーはあからさまに迷惑そうにしているが、そんなものお構い無しにロックハートはツーショットを新聞記者に写真を撮らせている。

 

「ロックハートってウザい男だな………」

「フィー、心の声漏れてるよ」

 

 クシェルはフィールに鋭く突っ込む。

 ハーマイオニーは夢中でロックハートを見つめているが、ウィーズリー家の男性陣はハリーに同情の眼差しを向けていた。

 ロックハートがホグワーツで教師をするという発表を聞いてハーマイオニーは終始興奮しっぱなしであるのに対し、ハリーとロンは終始嫌そうである。そしてハリーは赤毛の少女―――ジニー・ウィーズリーに、ロックハートからタダで貰った本を全部渡した。ハーマイオニーはロックハートのサインを貰いたかったが、あまりの長蛇の列に諦めざるを得なかった。と言うより、フィールが「ホグワーツで貰えばいいだろ」と言って諦めさせた、その時だ。

 

「ポッター、ちょっと本屋で買い物しただけで有名気取りかい?」

 

 プラチナブロンドの髪をオールバックにした青白い顔の少年―――ドラコ・マルフォイが嫌味な笑みを浮かべながらフィール達の行く手を阻み、ハリーを小馬鹿にしてきた。

 

「ほっといてよ! ハリーが望んだことじゃないわ!」

 

 ジニーがマルフォイに言い募る。

 ハリーの前でジニーが口を利いたのはこれが初めてだった。

 

「ポッター! ガールフレンドが出来たじゃないか!」

 

 と、マルフォイは更に嫌味な笑みで今度はジニーにねちっこく言い、彼女は真っ赤になる。

 すると、それを見かねたフィールが、低音の声音でマルフォイに呼び掛けた。

 

「おい、マルフォイ」

 

 その声に、彼は今更気付いたような顔になる。

 

「ベルンカステルか。なんだ?」

「年下の女の子を嘲笑うなんて、年上としてどうなんだ?」

 

 フィールがそう訊くと、マルフォイはうんざりしたような顔を見せた。

 

「君はなんでそんなヤツらと居るんだ? スリザリン生だって言うのに、ポッターやグレンジャーとも仲良くして………この、スリザリンの恥曝しが」

 

 ジニーは驚いたような顔で、フィールを見上げた。自分を庇ってくれたことやハリーとも普通に話してることから、てっきりハーマイオニーと同じグリフィンドール生の友人だと認識していた。

 だが、実際はマルフォイと同僚同輩だと知り、どういうことなんだと、視線を慌ただしく行き交わせる。

 すると、マルフォイの父親だと思わしき男性がやって来た。背丈が高く、滑らかなプラチナブロンドの髪を持ち、血の気の無い青白い顔、尖った顎や灰色の瞳はまさに彼の息子と瓜二つである。

 

「ドラコ、帰るぞ。………おやおや、ハリー・ポッターではないか」

「ルシウス」

 

 ドラコの父親―――ルシウス・マルフォイは、小馬鹿にしたような表情を浮かべる。そこにウィーズリー兄妹の父親―――アーサー・ウィーズリーが威圧するように、ハリー達の前に立ちはだかった。

 

「アーサー・ウィーズリー、どうやら職場でも家庭でもあくせく働かねばならないみたいだな。さぞかしご立派な家庭で………ああ、そうでもないらしい。これらは全て中古か」

「妻は倹約家でね。返して貰おうか」

 

 ルシウスはせせら笑いながら、ジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本が沢山入ってる中の、使い古しの擦り切れた中古の教科書を手に取った。それは『変身術入門』だった。アーサーはしかめっ面で取り返す。

 その後、マグルに対する思想が真逆で魔法使いの面汚しがどちらなのか、その意見が食い違う二人は激しい舌戦を繰り広げ、挙げ句の果てに殴り合いに発展しかけた、その時―――。

 ルシウスはふと、ハリー達の近くに居る黒髪の少女と茶髪の少女の内、前者の方に意地の悪そうな薄灰色の眼を留めた。

 

「………クラミーやエミリーとそっくりだと?」

 

 ルシウスはアーサーとの喧嘩を離脱。

 驚愕の色に染まった声を漏らし、息子のドラコへ問い詰める。

 

「ドラコ、まさかその娘は―――」

「―――父上、コイツがフィール・ベルンカステルです」

 

 ルシウスは息子から確認を取るが否や、やはりという瞳で彼女の顔を見つめ、薄ら寒い笑みを浮かべる。アーサー夫妻は揃って仰天し、フィールをまじまじと見つめた。

 

「かの有名なエルシー・ベルンカステル家の末裔か。闇の帝王や死喰い人から多くの魔法使い、マグルを救った英雄として崇められている……… 」

 

 ルシウスは微かな敵意を宿した瞳でフィールを見下ろす。フィールは怯まず睨み返した。

 そんな彼女へルシウスが腕を伸ばした、その時―――

 

 

 

「―――私達の姪っ子に、不用意に触れないで貰えますか?」

 

 

 

 鈴を転がすような、でも、凛とした響きを持つ声が背後から聞こえたと思いきや、フィールは後ろから誰かにそっと抱かれ、その隣から、黒髪で背が高い男性が現れると、彼女の肩へ伸びていったルシウスの手を止めた。

 フィールは驚いて横と上を見てみると、

 

「ライアン叔父さん? エミリー叔母さん?」

 

 此処には居ないはずの叔父、ライアン・ベルンカステルと―――叔母のエミリー・ベルンカステルが、鋭い目付きでルシウスを睨んでいた。

 

「おやおや、ライアンとエミリーではないか。フィールとやら言うその娘が君達のことを叔父と叔母と言ったということは、姪なのか」

「そんなことはどうでもいいわ。フィールへ不用意に触れようとしないでちょうだい」

 

 エミリーはフィールを抱く腕に力を込める。

 マルフォイは彼女の蒼い眼を見据えた。

 

「まあよかろう。いずれその娘はこの世から消える運命だ。私が触れようが触れまいが関係ない」

 

 その言葉に―――フィールは賢者の石を死守し終えた後にダンブルドアから言われたことを思い出す。

 闇の陣営からすれば、ベルンカステル家の者は脅威と殺害の対象。特に子供である自分は命を狙われる危険性がある、と。

 フィールが警戒心を改めて持ち直した瞬間。

 ルシウスの胸ぐらを、ライアンが掴んでいた。

 

「もういっぺん言ってみろ。そしたらオレは、アンタをブッ飛ばす」

 

 ライアンは鋭い双眸でルシウスを睨んだ。

 ルシウスは余裕綽々の笑みを崩さぬまま、手に持っていた教科書をジニーの方へ突き出してライアンの腕を振り払い、

 

「その娘に限らず、お前達も同じ末路を辿るであろう。母親みたいにな」

 

 捨て台詞を吐き捨てると、息子のドラコを連れて彼女らに背を向け、何事も無かったみたいにこの場から立ち去った。

 

「ったく、あの男は………。フィール、大丈夫だったか?」

 

 ライアンはルシウスとドラコのマルフォイ一家が見えなくなるまで見届けたら、フィールへ声を掛けた。

 

「ごめんなさい、助かりました」

 

 フィールは叔父に礼をすると、後ろから抱いてきた叔母の顔を見上げた。

 

「………エミリー叔母さん、久しぶり」

「ええ、本当に久しぶりね。………フィール、お姉ちゃんそっくりになってきたわね」

 

 フィール似の顔立ちで、両眼はライアンと同じ金色の女性は柔らかく微笑み、そのたおやかな手は、姪っ子の頬を優しく包み込んだ。

 彼女の名前はエミリー・ベルンカステル。

 フィールの叔母であり、ライアンとクラミーの妹だ。

 

「………………」

 

 フィールはどこか遠い眼で、エミリーの顔を見つめた。

 ライアンの妹と言うことは、フィールの母親クラミーの妹と言うことでもあり―――姉妹だったから、とても似ているのだ。

 黒髪も、微笑みも………瞳の色は違うが、それでも、確かな面影があり……………。

 

(………何を考えているんだ…………)

 

 目の前にいるのは母ではなく、叔母。

 だが、どうしても、錯覚してしまう。

 亡くなった母が戻ってきたんだって。

 

(………ッ)

 

 違う、とフィールは否定した。

 どんなに似ていても、違うものは違う。

 ありもしない希望や夢にすがるなんて、現当主として、辱しめだ。

 私は、フィール・クールライト・ベルンカステル。

 亡き母の背中を追い掛け、その遺志を引き継ごうとベルンカステル家の当主になったのだから。

 

「………フィール?」

 

 エミリーは、さっきから黙ったまま自分の顔を見つめるフィールを心配し、頬を撫でた。それによってフィールの意識は半ば取り戻され、くすぐったさに顔を少し動かした。

 

「あら? そういう所は昔から変わらないのね」

「………っ、止めて」

 

 フィールはエミリーの手を止め、フイッと顔を逸らす。こうして見てみると年齢相応の少女に見えるのだから、不思議なものである。

 

「………ああ、そうだったな」

 

 フィールは横目でポカーンとしているクシェルやハリー達を見て、いつも通りのクールな表情へ戻ると、簡単に紹介した。

 

「私の母方の叔父と叔母」

 

 それに続く様、気さくに二人は自己紹介した。

 

「皆、はじめまして。僕はライアン・ベルンカステル。フィールの母方の叔父。フィールのお母さんの弟だからね。で、こっちは―――」

「エミリー・ベルンカステルよ。ライアン兄さんの妹だからフィールのお母さんの妹でもあるわ」

 

 明るい笑顔を浮かべる二人にクシェルやハリー達もそれぞれ自己紹介すると、二人はフィールの親友だという茶髪の少女に眼を向けた。

 

「貴女が噂の親友ちゃんね」

「あ、はい。フィー………あ、いや、フィールとはルームメイトで友達です」

「おいおい、そんな固くならなくていいさ。フィール、愛称で言ってくれる親友が出来てよかったじゃないか」

「ん、まあ………」

「それにしても、安心したわ。フィール、ちょっと見直したわよ」

 

 フィールがホグワーツで友達が出来るか心配だった、とエミリーは言いながら、姪の頭をポンポンと叩き、

 

「クシェルちゃん、これからもフィールとは仲良くしてくれるかな? いつもクールで動じないけど、結構照れ隠しするのが多いから」

 

 と、エミリーはまた笑ってフィールの頭をポンポンと叩いた。

 フィールは「そんなことない」と言い返し、ふと、気になったことを尋ねた。

 

「………なんで此処に?」

「クリミアから今日フィールがダイアゴン横丁に行ってるって聞いてな。誰かと一緒に買い物してないかと思って、エミリーも連れて此処に来てみたら―――」

「あの男が貴女に近寄ろうとしたのが見えて、思わず」

「………そう、助かったよ」

 

 経緯を聞くが否や、フィールは額に手を当て、深く息を吐く。今回ばかりはクリミアに感謝だなと、此処に居ない姉に「ありがとう」と心の中で礼を言った。

 

「エミリー、ライアン。その、すまなかった。往来で騒ぎを起こして」

 

 アーサーがタイミングを見計らい、罰の悪い顔で二人に謝った。

 部門は違うが、同じ英国魔法省に勤務している関係上、アーサーとエミリーは面識があり、彼女の兄とも知人であるのだ。

 

「アーサーとルシウスが険悪な関係は勿論知っていますけど、あまり騒ぎは起こさないでくださいね」

「ああ、肝に銘じる。………そうか、その娘が君達の姪の―――」

「フィール・ベルンカステルです」

 

 フィールは自己紹介をしつつ、顔を曇らせる。

 ルシウス・マルフォイのあの言葉は、冗談ではないと思ったからだ。自分だけでなく、叔父や叔母にもあんな発言を吐いていた。

 そのことに、心が重苦しいのだ。

 それは皆もそうらしく、重い空気と気まずい沈黙が不意に訪れる。

 時間にして僅か数秒間のことだが、それはとても長い時間のように感じて………誰も口を開くことなく、その場に突っ立っていたが、

 

「ねえ、気分転換に、なんか食べに行かない? ほら、彼処に美味しそうな店あるよ!」

 

 クシェルがレストランの看板を指差しながら明るい笑顔と弾んだ声音でそう提案すると、一瞬にして場の空気が和み、皆は賛成した。

 

「よし、じゃあ食べにでも行くか」

「皆、好きなもの頼みなさい。私達が奢るわ」

 

 ライアンとエミリーがそう言ったら、ウィーズリー夫妻と、グレンジャー夫妻はそれは悪いと遠慮した。が、二人はあっけらかんと笑って「奢らせてください」と言うと、ウィーズリー夫妻とグレンジャー夫妻はお言葉に甘えることにした。クシェルはライアンとエミリーの側に寄り、小声で謝罪する。

 

「あの、すいません。後でお金を―――」

「なに、そんなこと気にしなくていい。君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「そうそう。だから、そのお礼としてって思ってちょうだい。ね?」

 

 ライアンとエミリーは微笑んでクシェルの頭を撫でる。クシェルは顔をほのかに紅潮させるのと同時、二人の微笑みがフィールと重なって見え、「やっぱり血が繋がっている人同士なんだ」と改めて実感した。男女で顔付きの違いがあるため、ライアンとフィールは一見するとそこまで似てはいないが、それでも、フィールを男性にしたらこんな感じだろうとクシェルは思った。

 同じ黒髪に高身長。整った顔立ち。

 何故この一家は超美形しか出てこないのだろうと、クシェルは思わず疑問符を浮かべた。

 

「ん? 僕達の顔に、なんかついてるのかい?」

「あ、いや、その………フィーは物凄い美少女なんですけど、フィーの叔父さんと叔母さんも物凄い美男美女だなぁって」

 

 クシェルは慌てて本音を伝えると、ライアンとエミリーは照れたように微笑んだ。

 

「ありがとう、クシェルちゃん」

「そう言ってくれて、嬉しいわ」

 

 ライアンとエミリーは、どうやらフィールと違うようだ。フィールのだて眼鏡を外した素顔を見たスリザリン生は「綺麗」や「可愛い」など誉め言葉を言う人が続出したのだが、本人は無表情を崩さなかった。

 それに対し、彼女の叔父叔母は生き生きと表情を変えるので、クシェルだけでなく、ハリーやハーマイオニー、ウィーズリー家の子供達は「本当にフィールの血縁者なの?」と外見はまるで同じなのに、中身が違いすぎてビックリした。

 

「そろそろ行くか」

「そうね。あの店でいいかしら?」

 

 先程クシェルが指差したレストランでいいかと問い掛けて特に異論はなかったため、皆はゾロゾロと歩き出した。クシェルは、何故か歩こうとしないフィールを見て、

 

「フィー? どしたの? 早く行こうよ」

 

 と左腕を引っ張り、連れていこうとした。

 

「………ああ、そうだな」

 

 フィールは、柔らかく微笑む。

 でも、二人が微笑んでいたものとはなんだか違う、悲しそうな、それでいて、淋しそうな、貼り付けの笑み。

 なんで、こうも大きく違うのだろうかと、クシェルは益々混乱した。

 

♦️

 

 その日の、真夜中のベルンカステル城のリビング。

 そこには、大きなソファーに身を任せて本を読む黒髪の少女と、テーブルの上に置いた皿に載せられているクッキーを頬張る水色髪の少女が居た。

 

「エミリー叔母さん、元気にしてた?」

 

 今日の午前中、久方ぶりに叔母と会ったらしいフィールにクリミアが問うと、

 

「うん、元気にしてたよ」

「なら、よかったけど………私も、久しぶりに会いたかったわ」

 

 クリミアは少し残念そうに肩を落とすと、

 

「あら? それなら嬉しい限りだわ」

 

 突然誰かの声が聞こえたと思えば、クリミアはそっと後ろから抱かれた。驚いて顔を上げれば、今まさに話をしていた人物のフィールの叔母・エミリーが笑顔で見下ろしていた。

 

「エミリー叔母さん………!?」

「久しぶりね、クリミア。大きくなったわね」

「あ、はい………って、いつから此処に居たんですか!?」

「あら? 今日、フィールから聞いていなかったのかしら?」

「え?」

 

 クリミアは訳がわからず、フィールとエミリーに視線を行ったり来たりしていると、

 

「なーんてね。ふふっ、成功ね? フィール」

「うん。今日、エミリー叔母さん此処に泊まりに来るそうだったんだけど、どうせならサプライズにさせようってことで、黙ってたんだよな」

「………ってことは、随分前から此処に居たってこと?」

「クリミアがリビングに来る前に、エミリー叔母さん来てたからね」

 

 二人の会話から言葉が意味を理解したクリミアは、やられたと額に手を当てる。いつもは自分がフィールをからかったりサプライズしたりするのだが、今回はその逆になったのだ。

 

「むぅ………」

「クリミアの悔しそうな顔、珍しいわね」

「そうだな」

 

 ホグワーツでは決して見せることのない悪戯っ子のような笑みを作ったフィールは、前方からクリミアをギュッとハグした。

 

「私、挟まれたんだけど………」

「いいじゃない、たまには」

「そうそう、たまには、な」

 

 ベルンカステル血族者からハグサンドされたクリミアはやれやれとしつつも、どこか嬉しそうな、はにかんだ笑顔になっていた。

 生まれてすぐに両親を失った自分を引き取り、実の娘同然に可愛がってくれたフィールの両親が亡くなった後、今度はエミリーやライアンが親代わりに面倒を見てくれ、フィールも昔と変わらず自分のことを姉として慕ってくれる。

 

(もう………でも、たまにはいいかしら)

 

 顔立ちがとても似ている、黒髪の二人。

 一人はチアフルで、もう一人はクール。

 ルックスは瓜二つでも、タイプは反対。

 だけれどクリミアにとっては、何よりも代えがたい家族であった。




【エミリー・ベルンカステル】
黒髪金眼。レイブンクロー出身。魔法省魔法生物規制管理部に勤務してます。見た目は姉のクラミーや姪のフィールと似てますが、性格はライアンと同じ明るく活発的。後は何気にお茶目。
なんて言うか、大人版クリミアですかね?

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