【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

32 / 130
第3章アズカバンの囚人編突入。

※1/12、本文加筆。


Ⅲ.THE PRISONER OF AZKABAN
#31.静穏の裏側


「お前のせいで、兄さんは………!」

 

 静寂に包まれていた墓場に響く、男の声。

 静まり返った空気を切り裂くように叫んだ声の主は、兄の葬儀で泣いていた姪をドンッと突き飛ばし、キッと鋭い双眸で見下ろした。

 つい最近兄が亡くなり、たった今埋葬し終えたところであった。

 一番真新しい墓石には、

 

 Jack(ジャック)()Bernkastel(ベルンカステル)〈1959~1985〉

 

 と刻まれている。

 ジャック・ベルンカステルは突然他界した。

 その時、彼の妻も廃人となり、現在彼女は二人の学生時代の友人が勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院し、生と死の境目で存在している。

 

「お前が………お前が………!」

 

 怯えたように見上げる、姪っ子の蒼い瞳。

 その瞳は、亡き兄とそっくりで―――尚更男は癪に障り、何故、この少女は………兄が殺される原因となった黒髪の少女は自分と同じ蒼色の両眼を持っているのかと激しい怒りを覚え、悲痛の叫びを彼女に訴えるように、あらんかぎりの声で激昂の感情を爆発させた。

 

 

 

「―――お前が死ねばよかったんだ………!!」

 

 

 

♦️

 

 

 

「―――ル! フィール! 起きなさい!」

 

 森林の奥深くに建てられている壮麗な古城。

 その城の最上階にある一室の広い室内に配備されている大きなベッドで寝ていた黒髪の少女は、誰かに身体を揺すぶられる振動によって、意識が覚醒した。

 

「ぅ……ぁ………クリ………ミア……?」

「フィール、大丈夫? 貴女、ずっと魘されていたわよ」

 

 苦しそうな呻き声を上げ、ゆっくりと重い瞼を開いた蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、心配そうに顔を覗き込む姉のクリミア・メモリアルの紫眼を朧気に捉えた。

 

「冷や汗が酷いわよ………」

 

 半身を起こしたフィールの額に手を当て、クリミアは顔を険しくする。うっすら汗をかいた額はひんやりとしていて冷たかった。それに寝間着も汗びっしょりで、色白の肌に纏わりついている。

 

「………貴女が中々起きないから様子を見に来たんだけど………何か、嫌な夢を見た?」

 

 比較的早起きなフィールなのだが、普段リビングに来る時間帯に今日は来なく、最初は寝過ごしているのかとくらいにしか思っていなかったが、数十分経っても来る気配がなく、心配になってフィールの部屋に出向き、ノックしても返事が返ってこなかったため、扉を開けて中の様子を確認してみると―――彼女がベッドで魘されていたのを見て、慌てて揺さぶり起こしたのだ。

 

「覚えて………ない………」

 

 フィールは苦しそうな吐息を吐き出し、鬱陶しそうに前髪をかき上げた。

 

「そう………とにかく、まずはシャワーでも浴びなさい」

「うん………そうするよ」

 

 フィールはベッドから下り、軽く伸びをすると着替えを持って室内に配備されている脱衣室に向かった。この城には大浴場があり、基本的にはそこを使用しているのだが………今は身体が気だるいため、部屋に完備されているシャワールームにした。フィールが姿を消した後、クリミアは汗で濡れたベッドを魔法で元通りにしたら、彼女が退室するまで室外の壁に腕組みして背を預けながら待つことにした。

 

(フィールのあの……寝言は………)

 

 クリミアはフィールを起こす前………こんな寝言を呟いていたのを耳にしていた。

 

 ―――いや……止めて……もう止めて………。

 

 入学してきた当初は冷たい性格だと避けられがちだったが、対等の友人を持ったことでちょっとずつ変わっていき、今では頼れる存在として同級生や後輩から慕われているフィール。

 そんな彼女の、弱気に満ちた言葉。

 他人からすれば、信じがたい光景。

 しかし、クリミアはフィールの過去を知っている。そして、その言葉の訳も。故に、フィールが昔みたいにまた殻に閉じ籠らないかが気掛かりになった。

 

(いや………大丈夫よ、きっと。今のフィールは独りじゃない。だから………)

 

 クリミアは自分の杞憂だと思うようにし、深く息を吐いた。

 数分後、シャワーを浴びてさっぱりしてきたフィールが部屋から出てきたため、クリミアはさっきまでの出来事には敢えて触れないようにしようと、

 

「フィールもこんなに背伸びたのね。あんなにもちっちゃかったのに」

 

 と、他愛もない話題を振った。

 一昨年に比べるとその違いがハッキリとするため、クリミアは妹が成長したのだと実感し、笑みを溢す。

 

「それを言うなら、クリミアもだろ」

「フィールよりも年上だからね」

 

 クリミアはからかい半分でフィールの頭をポンポンと軽く叩いた。

 二人は広いリビングに着き、テーブルの上に置いてある朝食を食べ、ソファーで読書したりして時間を潰し………二人共、あのことについての話題は一切触れようとはしなかった。

 

♦️

 

 あれから数日が経過し、フィールとクリミアは前者の母方の叔父とその妻子が住んでいる他国のフランスに居た。

 前学期、秘密の部屋が開かれて毒蛇の王・バジリスクがマグル生まれや混血の生徒を襲い、一時期恐怖の時間がホグワーツを支配した。

 二人はライアンやセシリアから「クリスマス休暇中は此方に帰ってこい」と言われたにも関わらず、それを無視してホグワーツに留まった。

 バジリスクの被害にはならなかった。

 が、もしかしたら死んでいたかもしれないのにと、特に秘密の部屋へ向かったフィールはライアン達にこっぴどく叱られてしまい、前もって予想はしてたとはいえ、少しブルーな気分になってしまったのだが。

 

「そういえば、フィール」

 

 テーブルを挟んで向かい側のソファーに座って紅茶を飲んでいたセシリアに声を掛けられ、フィールは本から顔を上げる。

 クリミアはライアンとセシリアの子供でフィールのイトコである双子の兄妹・ルークとシレンと一緒に上階に居て、今は此処に居ない。

 ライアンは仕事で不在なので、現在1階のリビングに居るのはフィールとセシリアのみだ。

 

「ん、なに?」

 

 妙にソワソワしてる叔母を怪訝そうに見つめていると、

 

「貴女は、今気になる男の子っていないの?」

 

 と、若干期待する眼差しで訊いてきた。

 今年、フィールは13歳になった。

 13歳と言えば、そろそろ異性の誰かが気になってもおかしくない年頃である。勿論、恋愛的な意味で。

 しかしまあ、なんと言うか、フィールはどこか一般の女の子とは思考回路が異なる。

 故に、返事は既に確定していた。

 

「いや、別にいないけど」

 

 実にあっさりな答えである。

 セシリアは少し残念そうに肩を竦めた。

 

「そう、それはちょっと残念ね。クリミアから話は聞いてるわよ。バレンタインの日には沢山のチョコを大勢の男子から貰ってるそうね」

「なんで私にそんな物を贈ってくるのか、全然意味わかんないけどな。ホグワーツに入学した当初なんて、多数の生徒に忌避されていたってのに」

「でも、それだけ貴女の魅力やいい所が沢山の人達に知れ渡ったってことよ。それに、だて眼鏡も外すようになったんでしょう? フィールは綺麗な顔してるからね。皆は貴女の整った顔立ちに惚れ惚れしてるのよ。と言うか、これだけモテてるんだったら選び放題じゃない」

「いや、私、別に顔立ち整ってないしモテてないけど?」

「貴女そろそろ多少は自覚しないといつか誰かに殺されるわよ」

「? それならそうなる前に返り討ちにしてやるけどな」

(どうしよう、この娘恋愛面では全然可愛くないわ)

 

 フィール本人は現在では自分がかなりモテている事実に全く気付いておらず、自身に向けられている好意に超鈍感な彼女にファンの生徒達は撃沈している。

 でも、意外にもめげずにファン達は熱い視線を送り続け、1年に一度の一大イベント・バレンタインデーが近付くと、クールなフィールに気付いて貰うべく、有名店の包装紙に包まれた高級チョコやトリュフ、中には一生懸命手作りしたお菓子を事前に用意する。

 そのため、2月14日のスリザリン談話室にはフィール宛てに贈られてきた大量のチョコの箱がドンと山積みで置かれていて、ファンのスリザリン男子生徒は友達同士固まってソワソワ、女子生徒は「フィールばっかりモテて~っ! ズルいのよ!」と嫉妬の炎をメラメラと燃やしている。

 色々な視線がフィールの背中に突き刺さるので友人のクシェル・ベイカーは「私、もしかしてとんでもない人を親友に持っているんじゃ?」と嬉しいやら困るやら、複雑な心境になるのだが、当の本人はそんな視線などどこ吹く風、といった感じに涼しい顔で片付けるのだから、これまた女子生徒の嫉妬の炎に油どころかガソリンを撒いていることに、一切気付いていない。

 

「………まあ、それは置いといて。こういうのはもっと素直に喜びなさいよ。いいじゃない。バレンタインのチョコは女のプライドよ? 私も学生の頃にはそういう贅沢な悩みを抱えてみたかったわ。沢山貰いすぎて食べきれないとか、色んな視線が背中に突き刺さって痛いとか」

「セシリア叔母さん、まさか1個も貰わなかったのか?」

「失礼ね、もう」

 

 セシリアは頬を膨らませ、身を乗り出してフィールの額を小突く。

 

「ライアンから貰ってたに決まってるでしょ」

 

 それを聞き、フィールは「ああ」とする。

 

「ライアン叔父さん、その時からセシリア叔母さんにベタ惚れだったんだな。あ、それを言うならセシリア叔母さんもか」

 

 小突かれた仕返しとばかりにニヤリと笑いながら言うと、セシリアは少し頬を紅潮させた。

 

「羨ましいな。誰かを好きになれて、しかもその好きな人と両想いなんて」

「むぅ………そんなにも悔しいなら、気になる男の子の一人や二人、見つけてみなさいよ」

「今はフリーが楽だから、遠慮しておく」

 

 微笑しつつ、セシリアの言葉を一言でかわしたフィールはテーブルに置かれたコースターの上に載せられているティーカップを掴み、中に入っているミルクティーを飲んで喉を潤す。

 

「フィールはどんな感じの男が好みなの?」

 

 その問い掛けに、フィールは首を捻る。

 そうは言われても、異性に対する好みのタイプなど今まで考えてこなかったので、パッとは出てこない。元々恋愛に疎いフィールだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが………。

 

「………今はまだわからないな」

「やっぱり、そう言うと思ったわ。まあ、その内わかるわよ、きっと」

 

 セシリアは笑い、フィールも微苦笑する。

 

「じゃあさ、よく会話する男子はいるの?」

「いるって言えばいる」

「誰々?」

「ハリー」

 

 比較的会話をする回数が多い男子と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、同級生のハリー・ポッターだ。彼との初対面は2年前にダイアゴン横丁に出向いた時で、本格的に話をしたのはトロール騒動が起きたハロウィーンの事件後だ。

 それ以来、ハリーとは賢者の石を巡っての激闘や秘密の部屋に関する事件を共に解決したりと、年々毎に交友関係を築いている。

 

「ハリー………あのハリー・ポッターね?」

「うん」

「ハリー君ってどんな子なの?」

「猪突猛進な性格が玉にキズだけど正義感強い。箒に乗る才能に関しては天性で意外と運動神経抜群」

「結構大雑把ね」

「これでもわかりやすく言ったんだけどな」

 

 フィールは中身が空になったティーカップをコースターの上に置く。

 

「ハリー君以外の男子とは話さないの?」

「まあ、そうだな。ハリー以外の男子とはあまり話さない」

 

 結論を言えば、フィール自身に恋愛というものに関する物事は明確ではない、とセシリアは考える。

 

「いつか見てみたいわね、フィールが誰かに夢中になっている姿。ま、貴女が恋愛を知る日はずっと先になりそうだけど」

 

 硬派で男に媚びないタイプのフィールだ。

 そんな姪が誰かを好きになるには、十分な期間が必要みたいだと、セシリアは遠い眼差しで高い天井を仰ぎ見た。

 

♦️

 

 フィールとセシリアがリビングで対話している一方で、クリミアはルークとシレンと一緒に3階の部屋に居た。

 シレンはベッドに座って壁に背を預け、ルークとクリミアは椅子に座っている。

 

「一昨年は『あの人』が生きてるって発覚、去年は秘密の部屋が開かれてパニック………。ホグワーツは毎年トラブルだらけね」

「その度にフィールが解決してるんだろ? ホントにスゲーよな」

「正しく言えば、ハリー・ポッターとその友達二人もだけどね。………私個人の感想だけど、トラブルメーカーのハリー・ポッターが近くに居て彼らが猪突猛進しそうなのを見てるから、フィールは黙ってられなくて事件に首突っ込むんじゃないの?」

 

 クリミアから聞き及んでいる話を基に冷静に分析したシレンの言葉。

 あながち間違いではないと、クリミアは苦い顔をする。

 

「………フィールは冷静だけど、自分から身を投げ出す悪癖があるわ。ハッキリ言うと、危なっかしくてヒヤヒヤするわよ」

 

 はあ、とクリミアは深く息を吐く。

 フィールもあの少年少女三人も、周りからすれば勇敢な行動だが、視点を変えて追求すれば自殺行為そのものだ。

 いつ、命を落としたって不思議ではない。

 心配性なクリミアはとても気掛かりだった。

 

「だけどよ、フィールも成長したよなあ。あんなにも冷たくなったのに、今では友達作ったり学校の平和を救ったり。昔じゃ、全然考えられないことだよな」

 

 と、従妹の人間性としての進歩を従兄として嬉しく思うルークは楽観的に笑うが、

 

「………でも、やっぱりまだ、友達と仲良くするのを躊躇ってる様子があるのよね」

 

 クリミアは沈んだ顔になってしまった。

 しかし、ルークは笑みを絶やさない。

 

「俺的には、フィールもかなり変わったなって思うけどな」

「え、どうして………?」

「そんなのは、素直な気持ちで友達と接することに対して照れてるだけなんだよ。それに、友達と仲良くするのを躊躇ってるってことは、それだけ好きで信頼を寄せているから。もしも『会えば話すくらいの同級生』程度の認識なら、塩対応だったと思うぞ、アイツは」

 

 確かにフィールの性格上、何とも思っていない人間に対する態度はクール一貫だ。

 とっくの昔に誰にも気を許さないで突き放すようなフィールが何だかんだ言いつつもクシェルやハリーと共に居るということは、何か理由があるからだと考えてもいいかもしれない。

 そう考えたクリミアは、元気を取り戻す。

 

「そうね………そうかもしれないわね」

 

 が、まだ表情は幾分か冴えない。

 すると今度は、

 

「お姉ちゃん」

 

 と、シレンがクリミアを見た。

 昔はよく此処に遊びに来ていたクリミアは、1歳年下のルークとシレンと一緒に居る時間が多かった関係上、後者は昔から1歳年上の彼女のことをそう呼んでいる。

 

「お姉ちゃんって、鋭いようで鈍いよね」

「それ、どういう意味よ………?」

「周りの状況把握とかは鋭いけど、近い人物ほど近すぎて逆にわかってない。私達『家族』のことは割りと理解してるけどね」

 

 シレンの瞳と語気は真剣味を帯びていた。

 尚更クリミアは戸惑ってしまう。

 

「『家族』で言うなら、フィールもよ?」

「確かにそうだけど………とにかくさ、お姉ちゃんからすると、私達家族の中で最も近いのはフィールでしょ? それでいて、お姉ちゃんがフィールと私達に対する気持ちは微妙に違う」

 

 そこで一旦言葉を区切ったシレンは、一瞬口を噤んだ。が、すぐにキリッとし、意を決したように口を開く。

 

「『あの日』、クラミー伯母さんとジャック伯父さんがお姉ちゃんやフィールの前から居なくなって………お姉ちゃん、物凄くフィールに過保護になった。だから、気付けない。親しい人物になればなるほど近すぎてわかっていない」

 

 重みを孕んだその言葉に、クリミアは俯く。

 キッパリと言い放つシレンに反論出来ない。

 いつもはしゃんとしている肩を丸くした。

 

「………そう、かもね。私は、フィールと近すぎるのかもしれないわね」

「過保護なのは勿論わかってるけど、たまには黙って見守るのも必要だぜ?」

「姉妹仲が良いに越したことはないけど、お姉ちゃんの場合は行き過ぎの感があるわ」

「………ええ、わかったわよ。今後は、ちょうどいい距離を探してみることにするわ」

 

 最後に二人からやんわりと、でも遠回りにグッサリと釘を刺されたクリミアは、胸に深く刻んで肝に銘じるのであった。

 

♦️

 

 8月の中旬―――。

 パブ『漏れ鍋』の11号室に宿泊しているハリー・ポッターはダイアゴン横丁にズラリと並ぶ店舗を毎日好きなだけ物見遊山した。

 先週、ホグワーツが夏季休暇の間は居候しているダーズリー一家に1週間滞在しに来た叔父・バーノンの妹・マージを滞在最終日にハリーは両親を『出来損ない』呼ばわりして真っ向から侮辱した彼女に烈火の如く怒り、遂に我慢の限界を迎えて魔力を制御出来ずに暴走させてしまい、マージを風船のように膨らませて天井に飛ばしてしまった。

 ハリーはトランクに学用品や誕生日プレゼント等の荷物を纏めて激情の赴くままに家を飛び出し、迷子の魔法使いや魔女のための緊急お助けバス・夜の騎士(ナイト)バスを利用して漏れ鍋までやって来たのだ。

 

 その後、何故か漏れ鍋に居た英国魔法省大臣コーネリウス・ファッジに少々叱責はされたが、どういう訳か『未成年魔法使いの制限事項令』を破ったにも関わらず、処罰は一切無しと言われ、現在の自由な生活に至る。

 因みにマージの風船事故の一件は、魔法省を構成している7部門の一つ・魔法事故惨事部(魔法によって起こった大惨事の処理などを担当)の内部業務の一種『魔法事故リセット部隊』が駆け付けて彼女の記憶を修正し、実害は発生しなかったので、ひとまずは一件落着と言う形だ。

 

 そして漏れ鍋に来てから1週間後。

 ハリーはお気に入りの店『高級クィディッチ用具店』にて、思わずグリンゴッツの金庫を全部使い果たしてでも欲しいと言うくらいの誘惑に思わず負けてしまいそうになるほど、今まで見てきた箒よりずっと素晴らしい箒に出会った。

 最新式で世界最高峰の箒・炎の雷(ファイアボルト)だ。

 店のオーナーによると、どうやら先日、世界選手権大会のチーム『アイルランド・インターナショナル・サイド』から7本も注文されたらしい。因みに御値段は何と500ガリオンだ。

 世界的国際チームが購入するくらい、ファイアボルトはプロの選手のみならず、クィディッチファンの魔法使い達にとってはまさに喉から手が出る程欲しい品物であった。

 それからと言うものの、ファイアボルトが一目見たくて、ハリーはほとんど毎日通いづめであった。

 金貨をどのくらい支払わなければ自分の私物に出来ないかを考えたくて、値段は敢えて聞いてないにしても、学生の身分では到底無理購入不可能なくらいは、流石のハリーでも察しがついている。

 他の客もハリーと同じように買えないにしても、せめてこの眼には焼き付けておきたくて、毎日のように新しく作られた陳列台に飾られているファイアボルトを恍惚の表情で、嘆息しながら眺めていた。

 

 そんなある日、大事件が発生した。

 なんと、誰もが欲しくても買えない金額のあのファイアボルトをケロッとした顔で、普通にポンと購入した者が現れたらしいのだ。

 興奮気味な魔法使い達の異様な熱気に溢れていた店内は瞬く間にどよめきの波紋が広がり、店のオーナーや店員はこれ以上ないくらいビックリ仰天して、その購入者に釘付けであった。

 

「おいおい、マジかよ。あのファイアボルトを買うとか! こんなん絶対有り得ねえ! しかもまだ子供じゃねえか!」

 

 それを聞いたハリーは眼を大きく見開いた。

 子供? 自分と同じ年頃と思われる人間が、あの箒を買ったのか?

 ハリーはその人物が誰なのかを確かめたくて、サッと踵を返して戻り―――人混みの中をなんとか掻き分けて進み、前に出ると、そこには自分がよく知っている女の子が、ファイアボルトの包みを片手に困った表情で立っていた。

 

「えっ!? フィール!?」

 

 そう、ファイアボルトを購買したのは紛うことなく、同級生のフィール・ベルンカステルその人であった。

 ハリーが驚いてしまうのも無理はない。

 何故なら、彼女は自分と同い年の、今年ホグワーツ3年になる学生なのだから。

 

「ハリー? 久し振りだな」

「あ、うん………久し振り。フィール、その包みってもしかして―――」

「ああ、ファイアボルトだ。今年必要な学用品を買いにダイアゴン横丁に来てみたら、最新式の箒が発売されたみたいだから、それで」

「お金とかは大丈夫なの………?」

「え? 全く問題無い。(いえ)には既に生産中止となった箒やアンティークな箒とかがズラリとコレクションされててさ。そういうのを見ると、なんかコンプリートしたくなるな………って」

 

 そこまで言ったフィールは、突如殺気混じりの視線を感じ………眼を動かしてみると、店内に居た客全員がこちらへキツい眼差しを向けていた。

 その眼は「さっさとその箒寄越せ!」と無言でビシバシ伝えてくる。

 

「…………………………」

 

 フィールは背筋が凍り、全身に緊張が走った。

 本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らしている。

 

「あ、私、急用思い出した。そろそろ行かないとマズいな。それじゃハリー、またな」

「う、うん………健闘を祈ってるよ」

 

 ハリーも店内に漂うドロドロしたオーラを敏感に察知し、自分のことのように冷や汗を流しながら、どうかフィールが無事逃げ切れますように願いながら小さく頷き―――フィールは静かに店内を出た瞬間、ダッシュで高級クィディッチ用具店を後にした。

 同時、客が生存者に襲い掛かるゾンビみたいに血眼になって、群れを成してファイアボルトを片手に逃走したフィールを追い掛ける。

 つい先程まで寿司詰め状態だった店内は嘘のように人がめっきりと居なくなり―――恐る恐るハリーは店を出てみると、購買したばかりの新品の箒に乗って上空へ素早く逃げたフィールの姿をバッチリと目撃するのであった。




【バレンタインのチョコ】
本編では出てませんが、これでもフィールさん滅茶苦茶チョコ貰ってます。男子からは熱い視線を、女子からは嫉妬の視線をビシバシ送られるので、本当にクシェルはとんでもないヤツと親友になったなと苦笑い。
イギリスでは主に男性が女性に愛を伝える日みたいですので、セシリアが言ってた通り、男から貰ったバレンタインのチョコは女のプライド。
日本ではその逆ですけどね。

【過保護なクリミアを心配する双子】
ルークとシレンですら心配するレベル。
二人から伝えられたとはいえ、クリミアのことだからすぐに心配性なお姉さんに逆戻りするでしょう。

【コレクションコンプリートを目指すフィール】
結果大勢の客に追い掛けられる羽目に。
この作品ってやたら逃走中要素が多いような気がするのは気のせいだろうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。