【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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#32.暗闇の中で鋭く光る

 その日が豪雨でも、運休することなく生徒達を乗せてホグワーツに向かうため、キングス・クロス駅の停車駅に停車中の紅い蒸気機関車、ホグワーツ特急のコンパートメントの一室でフィールとクリミアは椅子に腰掛けていた。

 フィールは日刊預言者新聞を読んでいる。

 一面の見出しには、ある男が脱獄不可能と言われていたはずの魔法界の監獄・アズカバンから脱獄したことで記載されていた。

 今魔法界で話題沸騰中のシリウス・ブラックである。彼は12年前、マグルの人間を大量に爆死させ、その後アズカバンに投獄された。

 そして、現在―――アズカバンから突如脱走したのだ。そのため、魔法界はピリピリとした緊張感が常に走っている状況である。

 

「アズカバンから脱獄、ねえ………」

「そんなことって、出来るのね。でも、どうやって不可能を可能にしたのかしら?」

「さあ、な」

 

 フィールは新聞を畳み、腕組みした。

 ちょうど、ホグワーツ特急が大きな揺れと共に発車し、今年もホグワーツ城へと向かった。

 その時、コンパートメントの扉が開かれ、そちらを見てみれば、フィールの同僚同輩の友人、クシェル・ベイカーが立っていた。

 

「あ、フィー。此処、いい?」

「ああ、構わない」

「ありがと………って、その人は?」

 

 クシェルは、見慣れない女性を見て尋ねた。

 

「クリミア・メモリアルよ。今年6年になるハッフルパフ生」

 

 先輩? とクシェルは少し驚いた顔になり、年上の他寮生と知り合いなのかと、フィールに顔を向ける。

 

「………いいのか? 私達の関係教えても」

「いいわよ」

「わかった。………クリミアは、私の義姉」

「義姉?」

 

 クシェルは二人の意外な関係に、明るい翠眼を剥く。

 

「ええ。生まれてすぐに両親が死んで、身寄りのなかった私をフィールの両親が引き取ってくれたのよ」

「そうなんですか………」

「そういえば、フィール。もしかして、この娘が?」

「クシェル・ベイカー」

「やっぱりね。貴女のことはよくフィールから聞いてるわ。これからも、フィールと仲良くしてくれるかしら?」

「はい、勿論ですよ」

「ふふっ、噂通りの娘ね。それと、私のことはクリミアでいいわ。敬語もいらないから、遠慮なく話し掛けてちょうだい」

 

 気さくな感じのクリミアに、クシェルは笑みを浮かべ、中に入って扉を閉める。手に持っていたトランクを荷物棚に押し上げると、フィールの隣に座った。

 しばらくは三人で他愛もない話題を交わして時間を潰し、そろそろ制服に着替えようかと思った直後、異変が突如起きる。

 到着時間よりも明らかに早く、汽車が速度を落とし始めたのだ。

 

「え? もう到着?」

「いや………そんなはずはない」

 

 雨天の窓外の景色を見ながら全員が抱懐していた疑問を呟くクシェルに、警戒の色を滲ませたフィールが返す間にも………ホグワーツへ向かっていた汽車は完全に停車し、車内の灯りがフッと消え、暗闇に包まれた。

 

「え? 何が起きたの?」

「暗くなったわね………」

 

 突然の事態に驚くクシェルと天井を見上げたクリミアは険しい顔付きになる。

 ふと、ピキピキッ………と、何かが凍っていく音が耳に入り、そちらの方に視線を走らせると、徐々に大雨で濡れた窓ガラスの水滴が凍結していく異様な光景が三人の眼に飛び込んできた。

 それだけでなく、コンパートメント内の気温が時間経過と共に低下しているのを肌で感じ、吐き出す息が白くなる。

 

「………ッ!」

 

 常人を遥かに凌ぐ第六感の持ち主、そしてかつて似たような出来事を体験しているフィールは、謎の寒気の正体にいち早く気付いた。

 平常心を保つように一度深呼吸をすると、ヒップホルスターから杖を抜いて灯りをつけ、クシェルとクリミアもそれに倣って灯りをつける。

 

「………まさか、アイツらか?」

 

 そう小さく呟いたフィールの声は、抑えきれない憎しみと恐怖で震えていた。

 三人はコンパートメントを出る。

 通路の隣を見てみると、少し離れた先にハリー達一行がコンパートメントから出てくるのを発見した。

 フィール達はそちらに向かう。

 スリザリン嫌いのロン・ウィーズリー以外はフィールを見て、途端に安堵の顔になった。

 

「貴女が同じ車両に居てくれてよかったわ………この状況って一体………」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが不安げに呟いた時。

 ロンの妹・ジニーが眼を剥いて声を上げた。

 

「見て! 何かが近付いてくるわ!」

 

 ジニーが指差した先に、全員が目線を移す。

 そこに居たのは、車両の出入口から現れた、おぞましい何かであった。

 黒いマントに覆われていて、天井に届きそうなくらい背が高く、顔に頭巾を被っている。

 

「な、何なの………アレ………」

 

 初見のクシェル達は怯えた顔になるが、これが初見じゃないフィールとクリミアは目付きが鋭くなる。

 

吸魂鬼(ディメンター)だ!」

「どうして此処に居るのよ!?」

 

 地上を歩く生物の中で最も忌まわしきものの一つと言われている存在―――吸魂鬼だ。

 彼らは人間の喜怒哀楽から発せられる幸福感や希望、意欲などを感知して吸い取り、それを糧にして生きる闇の生物である。最悪な経験や記憶を持つ者ほどその影響力は酷く、吸魂鬼が付近に居るだけで人間は絶望や恐怖、凋落を味わう。

 今、この場で起きているのがまさにそれだ。

 吸魂鬼はガラガラと音を立てて、ゆっくりと息を吸い込む。

 その瞬間―――凄まじい悪寒と、言い様のない不快感がどっと押し寄せてきた。

 皆はガタガタ震えたり、悲鳴を上げる。

 ハリーに至っては椅子から転げ落ち、その場に倒れて痙攣し始めた。

 

「―――此処にシリウス・ブラックをマントの下に匿う者は居ない。すぐに立ち去れ!」

 

 フィールは声を張り上げ、吸魂鬼へ言い放つ。

 だが、大人しく退散するほど、彼らも甘くはない。彼女の見え隠れしている辛い記憶の奥底を感知し、更に引き摺り出そうとしたのか、吸魂鬼が近付いてきた。

 

『―――なさい! フィール!』

 

 頭の中で響く、女性の鋭い声。

 その声には、聞き覚えがある。

 

(………お母さん………?)

 

 確かに聞こえたその声は、母のものだ。

 そして次の瞬間、ドクリと心臓が飛び跳ねた。

 動悸が激しくなり、眩暈に襲われる。

 すると今度は母親の叫び声とは別の音が、耳の奥から確かに聞こえてきた。

 その音は、生ける者全てが内側に持つ―――

 

「…………止めろ………………」

 

 血の底から這い上がってくるような、低く抑えたトーン。

 左手で頭を押さえ、唇を噛みながら、途絶えそうになる意識を無理矢理にでも繋ぎ止める。

 だが、それでも。

 身体の底から力が抜けていき、見える世界がぼやけてきた。

 

「………ッ、ぁぁ………!」

 

 呻くような、それでもって苦しくも勇ましい声を吐き出し、危うく倒れそうになった体勢を立て直し、両足で踏ん張る。

 左手で頭を押さえながら、堪え忍ぶように伏せていた顔を上げ………鋭くギラつかせた蒼の双眸で黒く蠢く物体を射抜き、右手に握り締めていた杖をクルリと一回転させる。

 

「アイツらからの差し金ならば、こう伝えろ!」

 

 彼女は細長い杖を大きく振るい上げ、

 

 

 

「―――もう、お前らの好きにはさせないと!」

 

 

 

 あらんかぎりの声で、吸魂鬼(魂の捕食者)へ向かって腹の底から叫んだ。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 フィールが声高らかに呪文を唱えると―――力強く飛び出してきた白銀の狼の身を纏う銀の光は従来よりも遥かに強烈なものとなり、威嚇の咆哮を上げながら、吸魂鬼へ襲い掛かった。

 本来ならば、『守護霊の呪文』というものは吸魂鬼を『撃退』することは可能でも、『殺傷』は不可能だ。

 

 だが、彼女は違う。

 何世代にも渡って不可能と言われてきた吸魂鬼の殺傷を、可能へと塗り替えたのだ。

 荒れ狂う銀色の獣がまさにそれを示し、目の前に佇んでいた漆黒の生物は物言わぬ悲鳴を、代わりに悶え苦しむ姿で表している。

 フィールは血混じりの吐息を吐き出し………『破滅(エスティルパメント)』から『撃退(エクスペクト)』へ戻すと、ギリギリまで蹂躙していた吸魂鬼を列車外へと追い出した。

 

♦️

 

(アレは………有体守護霊か………?)

 

 今年、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教師となるリーマス・ルーピンは、眼前の異様な光景に眼を見張った。

 ついさっきまで寝ていたルーピンは、目を覚ましてすぐにコンパートメントの気温が下がっているのを感じると、その正体が抜き打ち調査した吸魂鬼だと瞬時に理解した。

 しかも、その吸魂鬼はすぐ側に居る。

 なので、急いで追っ払おうと杖を構えて『守護霊の呪文』を唱えようとした、次の瞬間だ。

 

 目の前の通路で、目映いばかりに光輝く白銀の狼が飛び出してきたかと思えば、その狼が、吸魂鬼へ強襲したのだ。

 そして、なんとその攻撃は通じており、闇の生物は傍から見てもわかるほどに身悶えし、逃れようと必死になっている。

 吸魂鬼が苦しむ姿など、これが初見だ。

 あの狼を呼び出した術者は誰なのか、ルーピンは前方に眼を凝らす。

 杖を向けている少女のシルエットを朧気に捉えたが、ハッキリとした姿はよく見えない。もっと注視してみようと視線を一点集中した時、吸魂鬼は列車外へと追い払われた。

 

♦️

 

「す、すげえ………」

 

 先程の激しさと眩しさに堪らず眼を覆っていたクリミア達。閃光が収まり、狼が消滅した後、ロンは思わず眼を見張った。

 

「………ッ」

 

 フィールは端正な顔を苦痛に歪める。

 皆には悟られないよう、小さく苦しげな息を吐き出しながら、肩を上下させる。

 

「ひとまずは………問題無いだろ………」

 

 クラクラと眩暈がするが、耐え忍ぶ。

 奥歯をギリッと噛み締め、額に滲んだ冷や汗を拭った。

 

「君達、大丈夫かい?」

 

 ハリー達が出てきたコンパートメントの扉から声を掛けられる。

 声の主は、ルーピンであった。

 みすぼらしいローブを羽織るライトブラウンの髪に白髪が混じった男の登場に、フィールは内心ヤバいと舌打ちする。

 が、表面上はいつも通りの様子を振る舞った。

 

「ええ、まあ………」

 

 フィールはバツの悪そうな表情で、ルーピンから顔を逸らす。ルーピンは妙な素振りをした彼女をまじまじと見つめていたが、深く詮索はしなかった。

 

「まずは皆コンパートメントに入りましょ」

 

 いつまでも通路に突っ立っているのは無意味だと、クリミアはフィール達を促す。

 それから、床に寝転がるハリーをヒョイと持ち上げると、ゆっくりと椅子に寝かせた。

 

「ハリーは大丈夫なの?」

「ただの気絶だから大丈夫よ。時間が経てば、自然と目を覚ますわ。体温が低下しているから、毛布か何かを掛けた方がいいわね」

 

 クリミアは一旦自分が居たコンパートメントに戻り、程無くしてショルダーバッグを提げて帰ってきた。中から暖かい色をした毛布を取り出し、ハリーの身体に掛ける。

 

「これでよし」

 

 粗方処置が終わり、クリミアは一息つく。

 ハーマイオニー達は彼女の無駄の無いテキパキとした動きにポカンとする。

 

「あとはチョコレートを食べればOKよ。吸魂鬼に遭遇した場合はそれが一番だから」

「チョコレートなら、私が持っているよ」

 

 見るとルーピンはチョコを取り出していた。

 皆は素直に彼からチョコを受け取り、バリバリと齧る。

 

「………どうやら、まだ居るみたいだな」

 

 チョコを飲み込んだフィールはそう呟く。

 クリミアもそれをなんとなく感受していた。

 

「恐らく、数体で脱走中のシリウス・ブラックの捜索に当たっているのね。捜索を理由に一般人が襲われるなんて本末転倒よ、全く」

 

 イライラと呟き、クリミアは杖を抜く。

 

「このまま放っといたら、いつまで経ってもホグワーツ特急は発車しないと思うわ。それに、きっと大勢の生徒が少なからずの影響を受けてるだろうから、車両販売の人に全員分のチョコレートを配って貰えないか、相談しましょう」

「それなら私が行こう。ちょうど車掌と話をしてこようと思ってたからね」

「では、お願いします。貴方達、その子が目を覚ましたらチョコを食べさせてあげなさい」

「あ、はい………」

「それでは、私達はこれで失礼します。………フィール、大丈夫? 無理そうなら休みなさい」

 

 クリミアは小声でフィールに耳打ちする。

 フィールは小さく首を横に振った。

 

「いや、大丈夫。早く追い出しに行こう。………クシェル、私達で残りの吸魂鬼を撃退してくるから、コンパートメントに残って荷物を見ててくれないか?」

「うん………わかったよ。気を付けてね」

 

 クシェルはコンパートメントで荷物の見張りをするよう言われ、流石に今回ばかりはその指示に従った。

 まだ有体守護霊を創れないのに自分が行ったら足手まといになるだろうと危惧したからだ。

 そうして、三人は元来た道を小走りで戻る。

 ロンは不思議そうな眼差しでその背中を見送っていた。

 

「あの人、ベルンカステルの知り合いか?」

「あの人?」

「ハリーを介抱してくれた人だよ。あの人、2年前、ベルンカステルと同じコンパートメントに居たんだ」

 

 二人が義姉妹関係なのを知らないロンは、目の前の空虚の空間を見つめながら、怪訝な面持ちになるのであった。

 

 クシェルにコンパートメントの見張りを頼んだフィールとクリミアは、吸魂鬼の捜索と撃退を目的にホグワーツ特急内の通路を歩行していた。

 暗闇の中、唯一居場所を示すは杖の灯りだ。

 その小さな光を頼りに進んでいると、向こう側の通路で2つのシルエットを発見した。二人が慎重に近付いてみると―――相手側が灯りのついた杖をこちらに向けてきた。

 

「ん? もしかして、クリミアとフィール?」

「奇遇ね、こんな所で会うなんて………って、呑気なこと言ってられる状況じゃないわね。何が起きたの?」

 

 2つのシルエットの正体はソフィア・アクロイドとアリア・ヴァイオレットであった。前者はクリミアの同輩、後者はフィールの先輩だ。

 

「吸魂鬼よ。大方、シリウス・ブラックの捜索が目的で抜き打ち調査でこの汽車に無断侵入してきたと思われるわ。恐らく数体。因みに一体はさっきフィールが駆逐してくれたわよ」

「吸魂鬼が? だから矢鱈寒いし不快感を味わうしなのね。と言うか、脱獄囚捜索そっちのけでただ単に来襲してきたってことも考えられるわね。汽車には大勢の人間が一箇所に集まってるからその気配に引き寄せられて本来の目的を忘れてる可能性も十分あるし」

「とにかく………理由は何であれ、いつまでも此処に居座られたら迷惑千万この上ないわ。魔法省ったらロクなことしないわね。何かもっと他に良案が思い浮かばなかったのかしら」

 

 と、謎の現象の秘密が判明したソフィアとアリアがこのように言った直後、フィールの同級生男子生徒達が顔面蒼白しながらこちら側に走ってくるのが見えた。

 度々ハリー達一行に嫌がらせをしては逆にやり込められるのが大体お決まりのドラコ・マルフォイ、グレゴリー・ゴイル、ビンセント・クラッブの三人である。

 

「お前ら、どうしたんだ?」

「あ、ああアイツらが、ぼ、僕達に、おそっ、襲い掛かってきたんだ………!」

 

 今にも大声で泣き出しそうな勢いで半泣きのマルフォイは背後を指差す。

 よく眼を凝らしてみると、暗闇の空間の中で吸魂鬼が2体、こちら側に接近してくるのが見えた。

 マルフォイ達は恐れをなして「ギャーッ!」と喚きながら付近のコンパートメントに駆け込む。

 吸魂鬼が近付いてくる度、フィールは冷や汗が全身から噴き出す。

 冷たい吐き気を催され、口元を押さえつつフィールとクリミアは一歩踏み出そうとしたが、その前にソフィアとアリアが前線に出た。

 

「此処は私達が仕留めるわ。貴女達、早く下がりなさい」

「ちょうどストレス発散になる獲物(モノ)が、御丁寧にも現れたようだわ」

 

 吸魂鬼や魔法省に対する鬱憤を手軽に晴らすストレス発散法を早くも発見したと言わんばかりに「獲物は仲良く一匹ずつだからね」と一瞬目配せして以心伝心した二人は、大きく杖を振るった。

 

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」」

 

 声高らかに『守護霊の呪文』を詠唱したソフィアとアリアの杖先からそれぞれ、銀色の光を纏った大鷹と大鴉が力強く飛び出し、2体の吸魂鬼を列車外へと追い出した。退散したのを確認したソフィアとアリアは「もう大丈夫よ」と振り返って微笑む。フィールとクリミアは目元を和らげた。

 

「………スゴいな、二人共」

「ええ、おかげで助かったわ」

 

 ふと、何処からか視線を感じ、そちらに眼を向けると、先程マルフォイと取り巻き二人が駆け込んだコンパートメントから、ウィーズリーツインズのフレッドとジョージ、その二人の親友でクィディッチ解説者、リー・ジョーダンが顔を覗かせていた。

 

「クリミア、さっきのは」

「もしかして吸魂鬼か?」

 

 フレッドとジョージの問いにクリミアは頷く。

 

「ええ、その通りよ」

「マジかよ………アレが吸魂鬼ってヤツか」

 

 フレッドは眼を見開かせながら、吸魂鬼が居なくなった方向に顔を向ける。その彼に、クリミアはチョコを手渡した。

 

「この後、車内販売の店員から全員にチョコが配布されるだろうけど、先に渡しておくわ。悪いけど、その子達にも渡しておいてくれるかしら」

「ああ、わかったぜ。サンキューな」

 

 クリミアの頼みにフレッドは頷き、顔を引っ込める。ジョージとリーも椅子に座り直した。

 

「さて、と。これで3体駆除したけど、灯りが戻らないってことは―――」

「まだ、何処かの車両に残存してるのね」

 

 笑顔から一変、ソフィアとアリアは険しい顔付きで天井を見上げる。光が戻る気配は無く、相変わらず車内は真っ暗であった。

 

「………私、あとの車両見てくる」

 

 冷や汗を拭い、フィールは杖を片手に次の車両へと進んだ。

 この車両には居なかったが、その次で吸魂鬼1体が突き当たりのコンパートメントに入り込もうとしているのを遠目から捉え、すぐさま従来型の『守護霊の呪文』を唱えた。守護霊の狼は吸魂鬼に体当たりし、弾き飛ばす。

 逃げ去った吸魂鬼を狼は追い掛けた。

 『破滅守護霊』使用後の本日2度目の『守護霊の呪文』使用にフィールは凄まじい疲労感と強烈な眩暈を覚え、身体がふらついたが、唇を強く噛み締めて肉体的痛みで無理矢理でも意識を繋ぎ止めると、その場から駆け出す。

 

「………おい、大丈夫か?」

 

 コンパートメントに居たのはグリフィンドールのクィディッチチームの男女四人―――キャプテンのオリバー・ウッドとチェイサー三人、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルであった。四人は若干血の気が引いている。

 

「あ、ああ………今、あの黒いヤツを追っ払ったの、ベルンカステルか?」

「まあな。………あ、帰ってきたか」

 

 主人のフィールの元へ狼が戻ってくる。

 フィールは狼の頭を撫で、狼は満足そうにクンクンと鼻先を擦り付けた。

 オリバー達は思わず眼を見張る。

 

「ベルンカステル、それはまさか―――」

「私の守護霊。見てわかる通り、形は狼だ」

「ちょっ、ちょっと待ってちょうだい………去年の決闘クラブでクリミアとソフィアが呼び出してたけど、その呪文、メチャクチャ難易度高くなかった?」

OWL(ふくろう)試験だったら確実に『闇の魔術に対する防衛術』で最高得点叩き出せるだろうな。もしかしたら、NEWT(いもり)試験でも獲得出来るかもしれないけど」

 

 なんてやり取りをしながら、フィールはポーチからチョコを取り出して四人に配った。

 

「さっき、私達が居た車両に今年の新任教師だと思う男性が、車掌と話をするのと同時に車内販売の店員に全員にチョコを配布して貰えないか相談するって言ってたから、後々チョコは貰えると思うけど、アンタ達、さっき軽く接触しただろ? だから、先にチョコを渡しとく。ああ、毒は入ってないから安心しろ。それじゃ、私は失礼する」

 

 そう言って、フィールは後にした。

 オリバー達はポカーンと呆気に取られる。

 

「なあ、本当にアイツ、スリザリン生なのか?」

 

 去年同様オリバーの疑問の呟きに。

 アンジェリーナ、アリシア、ケイティは同感して小さく頷いた。

 

♦️

 

 誰も居ない、監督生のみが使える専用車両。

 そこに入った二人の少女の内、黒髪の少女は入室して扉を閉めた途端、苦しげな表情を浮かべて倒れかかり、水色髪の少女が抱き留めた。

 停車していたホグワーツ特急は動いている。

 有体守護霊を呼び出せるフィール達の活躍により全ての吸魂鬼は列車外に追い払われ、その証明としてつい先程まで消え去っていた列車内の灯りはついていた。

 

「正直、かなりビビった………クリミアが居なかったら、私、マジでぶっ倒れてた………」

「フィール、よく耐えたわね。偉いわよ!」

 

 クリミアだけには本音を打ち明けるフィール。

 実のところ、『破滅守護霊』を発動した瞬間、否、吸魂鬼が姿を現したあの時から、フィールは本当に倒れそうになった。

 しかし、そうならなかったのは、頼りになるクリミアが居たからだ。

 だから、耐えることが出来た。

 だが………クリミアが居なかったら、焦りのあまり、昏倒していたかもしれない。

 

「クリミア………」

 

 辛そうな顔を隠さず、フィールは見上げる。

 

「……ごめん、ありがとう」

「気にしないの。大丈夫?」

「………うん」

 

 フィールは弛く首を振った。

 クリミアは椅子に座らせ、見上げる形でフィールの顔色を覗き、頬に触れた。

 雪のように白い肌はいつも以上に白く、血の気が引いている。

 吐き出す息は苦しげで、どこか血混じりで。

 そして、体温を感じられないほど、身体全身は氷のように冷たく冷えきっている。

 此処に来る前にチョコは口にしたので、その時に比べれば幾分かマシだが………。

 

「………大丈夫じゃないでしょ、これは」

 

 クリミアは先程のフィールの言葉と実際の状態が矛盾していることに叱責する。フィールは弱々しく項垂れた。

 

「………私の前で、無理をするのは止めなさい」

 

 クリミアは、フィールを抱き締める。

 まるで、失われたぬくもりを取り戻すように、強く、強く。

 

「言ったでしょう? 独りで抱えるような真似はしないで、私に頼りなさいって」

 

 抱き締める腕に力を込め、そっと囁く。

 フィールは何を考えているかわからない複雑そうな表情であったが………少しして、フッと瞼をおろし、クリミアに身を預けた。

 全体重が掛かっても重いとは感じず、むしろ軽いと思うので、幼い時からずっと一緒に居たクリミアですら「ご飯ちゃんと食べてるのかしら?」と心配してしまう。

 前にルークとシレンから心配性過ぎると言われたのはわかるが、どうしても、クリミアはフィールの傍から離れられなかった。

 

 生まれて間もない頃に亡くなった両親。

 孤児となった自分を引き取り、可愛がってくれた………ジャックとクラミー。そして、自分のことを姉と言って慕ってくれたフィール。

 ジャックとクラミーを失い、哀しんだのは、フィールやライアンだけでない。

 ジャックとクラミーを、父親と母親という認識しか出来なかったクリミアも、二人の実娘のフィールと同じくらい、心に深い傷を負った。

 そんな時………絶望の淵に居たのも同然のクリミアの心を救ったのは、妹のフィールの存在であった。彼女の傍に居ることが、そして、彼女を護ることが、クリミアにとって、何よりの救いだった。

 ………でも、自分には、フィールの心を救うことは出来なかった。突然父と母が目の前から消えて、そのショックから立ち直れず、殻に閉じ籠ってしまったフィールの心を開くことは出来なかった。

 

 だが………一人だけ、彼女の心を開かせた人がいた。

 叔父のライアンにも、叔母のエミリーやセシリアにも、そして、義姉の自分にも出来なかったことを、やってのけられた人が存在した。

 その人のおかげで………フィールは悲劇が起きる前の笑顔を浮かべるようになった。また、共に過ごすようになってくれた―――。

 でも、フィールは再び逆戻りしてしまった。

 ある日を境に、またもや自分の殻に閉じ籠るようになってしまった。

 そして、フィールはある人物のことを、今では全く覚えていない。

 いや………覚えていない、ではなく。

 忘れてしまった………の方が正しい。

 

(………ねえ、ラシェル―――)

 

 クリミアの頭の中に思い浮かべられるのは、一人の小さな少女の姿。

 見慣れている少女と瓜二つの外見で。

 でも、その性格と笑顔はまるで逆で。

 幻想的に輝く銀髪と神秘的な光を宿す紫眼。

 整った顔立ちが形作る柔らかな微笑みに、不思議と安心感をもたらしてくれた………。

 あの少女に―――クリミアは、問い掛ける。

 

 

 

 ―――なんで………私達の傍から消えたの、と。

 

 

 

♦️

 

 

 

 途中、吸魂鬼が抜き打ち調査したと言うアクシデントを挟みつつ、ホグワーツ特急は無事にホグズミード駅に停車した。

 皆は氷のような雨が叩き付ける狭くて冷たい空気に覆われたプラットホームに下車し、1年生以外の生徒達は凸凹のぬかるんだ馬車道に出ると、ざっと100台近くはあるだろう馬車が生徒達を待ち受けていた。

 他の生徒は『馬なしの馬車』と認識してるが、実はセストラル―――死を見たことがある者だけに見える魔法生物が率いる馬車である。

 セストラルが見える生徒は限り無く少ない。

 その少数の中に、フィールとクリミアは含まれている。

 二人は何とも言えない気持ちで、ガタゴトと揺れながら隊列を組んで行進するセストラルをじっと見つめた。ちなみにクシェルはハリー達一行と同じ馬車に乗っており、二人が乗車する馬車にはソフィアとアリアが居る。

 やがて馬車は、壮大な鋳鉄の門をゆるゆると走り抜けた。門の両脇には石柱があり、その天辺に羽を生やしたイノシンの像が立っている。

 そして本日何度目かわからない、門の両脇を警護しているらしい吸魂鬼をフィール達は見た。

 

「………ッ!」

 

 またしても聞こえる、女性の鋭い叫び声。

 続け様に響く、ドクリ、と脈打つあの音。

 フィールはビクッと身体を震わせる。

 特急の時と同じ凄まじい寒気に襲われ………クリミアは咄嗟に彼女の肩を抱き寄せると、素早く杖を抜いて『守護霊の呪文』を唱えた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 杖先から銀色の大鷲が飛び出し、大鷲は吸魂鬼を遥か彼方へ追い払った。ホグワーツの警備に当たる以上、どうせその内戻って来るだろう。

 吸魂鬼を退散したクリミアは杖を仕舞い、寄り掛かってギュッと眼を瞑るフィールの背中を撫でて落ち着かせる。

 

「フィール、大丈夫よ。吸魂鬼は追い払ったわ」

 

 ハリーやクシェルの前では彼等を不安にさせぬよう堂々たる態度で対峙したフィールも、クリミアの前では強い自分で居られなくなる。フィールはゆっくりと眼を開け、少しぐったりとした様子で、疲れたため息を漏らす。

 

「………ごめん、本当………負担掛けて」

「気にしないでちょうだい。ほら、もう少しもたれ掛かってなさい」

「………うん」

 

 若干朦朧とする意識の中、フィールは大人しくクリミアに身を委ねることにする。城に向かう長い上り坂で馬車は更にスピードを上げ、やがて、一揺れして完全に止まった。

 四人は馬車を降り―――ソフィアとアリアは顔色が悪いフィールを心配そうに覗き込んだ。

 

「フィール、大丈夫? 汽車で貴女と会った時から気になってたけど、なんだか、血の気引いてない?」

「新入生歓迎会パーティーは欠席して、先に部屋に行って休んだ方がいいわよ。クシェルには、私の方から伝えておくわ」

 

 フィールは顔を歪めていたが………今回ばかりは素直に従おうと、コクリ、と首肯した。そうして、フィールは気だるい身体に鞭を入れて歩き出し、ハリー達の姿を認める。フィールとクリミアはホッと胸を撫で下ろしたが、途端に顔をしかめた。何処から聞き付けたのか、マルフォイがハリーの気絶をからかったのだ。両脇のゴイルとクラッブも嘲笑っている。

 

「自分のことを棚に上げるなんて、どうかしてるわね」

 

 呆れを全面的に押し出してソフィアが呟いた直後、ルーピンが穏やかな口調で割って入り、マルフォイはルーピンの身なりを眺め回して皮肉めいた声音で「先生」と言うと、取り巻き二人を連れて石段を上っていった。

 

「あら、あの人、新しい先生かしら」

「多分そうでしょうね。………フィール、寮まで歩ける?」

「ええ、なんとか大丈夫です………」

 

 石段を上り、正面玄関の巨大な樫の扉を通って広々とした玄関ホールに入ると、此処でフィールと別れることにした。6年女子監督生のアリアはフィールに合言葉を教えると、クシェルの所へ行った。

 フィールはクリミアとソフィアに軽く手を振り―――一人地下牢へと向かう。

 スリザリン寮の前に辿り着き、合言葉を唱えて中に入ると、早足で談話室を横切ってクシェルと同室の二人部屋まで歩いていき………トランクから寝間着を取り出す余力も無く、フィールは制服のまま、ベッドに身を投げ出して深い眠りに落ちた。




【エスティルパメント・パトローナム(破滅守護霊)】
『守護霊の呪文』を進化・改良・アレンジしたオリジナルスペル。吸魂鬼だけでなく、ありとあらゆるものを『破滅』に導く守護霊。最強レベルの退魔魔法で術者のコントロール次第で威力の調整可能。

【『守護霊の呪文』のアレンジ】
前々から守護霊に何かしらのアレンジ加えたいなと考えてたんですよね。と言うか昔からずっと、「吸魂鬼を『撃退』するだけじゃなくて『殺傷』も可能だったらいいのに」と何気に物騒なこと思ってました笑。

守護霊に攻撃性を持たせる呪文はまさかの既出だったので流石にビックリしましたが………それでも、アレを見る前から「守護霊に何かの要素をプラスさせよう」とずっと思っていたことを曲げたくはないという信念もあって、あれこれ悩みました。

大きく分けて『守護霊をルーツにするか、オリで破滅魔法を作る』で苦悩していたある日、「困った時はどっちも取り入れればいいじゃないか」との結論が出た最終結果、《破滅守護霊》と言う原作既存呪文のアレンジ魔法を編み出しました。

日本語訳にすれば、《守護霊よ滅ぼせ》。
『エスティルパメント』って言い方カッコいいし、しかも最初と最後の文字が『エクスペクト』と同じだから、これは好都合だなと思いました。

そして、あともう一つ、破滅守護霊を生み出したのにはかなり大きな意味があります。それが判明するのはまだまだ先ですが、どうか忘れないで記憶の片隅にでも刻んでくれたら幸いです。

【獲物は仲良く一匹ずつだからね】
ソフィアリ、バシッとカッコよく決めてくれました吸魂鬼駆逐ワンシーン。
私が『守護霊の呪文』メッチャ大好きなので作中では出来ればどっかで出陣させたいんですよね、一人1回は。
現時点ではオリキャラしか生徒で扱える人は居ないので、原作キャラの生徒でエクスペクト・パトローナムはまだまだ先になりますね。
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